Fate/The White Fatalis 作:灯火011
二柱の超常存在による最後の激突。一瞬、金の鎖によって動きを封じられたと思ったミラルーツではあるが、その拘束は瞬間で破られる。
間髪入れずに放たれたエアのエネルギーの奔流と、ミラルーツのブレスが何度もぶつかり合い、かと思えばミラルーツの雷が王の財産を打ち砕く。
それは、もはや宝具と権能の応酬ではなかった。
世界を「切り分けた」英雄王の理と、世界そのものである「天災」の理。二つの、決して相容れない法則そのものが、互いの存在を賭けて、その正当性を喰らい合う、概念の戦いへとその本質が変貌し始めていた。
(桜、ちゃんは、最後まで、守る)
その中でも、魔力を吸い尽くされ、さらに生命力の最後のしずくまで搾り取られようとしている雁夜は、その飛びそうになる意識を辛うじてつなぎ留めている。
そして、この2柱の衝突は、物理的な破壊という現象を超え、霊的、概念的な次元にまで影響を及ぼしてしまっていた。
柳洞寺の地下、大聖杯が眠る大空洞。
聖杯戦争の根幹を成すその魔術儀式は、二柱の怪物が放つ、あまりに巨大で、あまりに純粋な魔力の奔流に耐えられなかったのだ。
溜め込まれた六十年分の魔力が、汚染されるでもなく、ただその許容量を超えて、暴走を始める。聖杯そのものに亀裂が走り、制御を失った純粋な魔力の嵐が、地上へと噴き出したのだ。
「……この魔力は一体……!?まずい、アイリスフィ……」
セイバーが一瞬その変化に気づくも、既に時遅し。
戦場は、冬木市という土地そのものが、一瞬で無へと還った。柳洞寺からあふれたモノが全てを分解し、洗い流す、魔力の大津波とも言える現象を引き起こしてしまっていた。
「く……!器の方が我らの戦いに耐えられんとは……!興覚めにも程がある……!」
ギルガメッシュは、なけなしの宝具でその身を守りながらも、奔流に呑み込まれ、吹き飛ばされた。
そして、天を覆っていたミラルーツの巨体もまた、自らが引き起こした世界のバグとも言うべき、そのエネルギーの嵐に、その姿を掻き消されていく。
雁夜の意識は、白く染まる世界の中で、急速に遠のいていった。体の痛みは、もう感じない。
ただ、暖かい。
桜を救いたいという、たった一つの願い。そのために、この身を蟲に喰わせ、憎悪に魂を売り、そして、世界を滅ぼしかねない厄災を解き放った。
馬鹿なことをした、と思う。
だが、後悔はなかった。
朦朧とする視界の片隅で、崩れゆく龍の巨体が、こちらを一瞥したように見えた。その紅い瞳に宿っていたのは、もはや冷徹な裁きの光ではなかった。ほんの僅かな、子供のような、名残惜しさを感じたのは、きっと、死の間際に見る幻覚だろう。
(……桜ちゃん……どうか、幸せに……)
瓦礫の中で、
彼の戦いはこうして、静かに終わった。
■
夜が、明けた。東の空から昇る朝日は、変わり果てた冬木市の姿を、容赦なく照らし出していた。
街並みはない。
あるのは、巨大なクレーターと、瓦礫の山、そして、まるで世界の墓標のように立ち上る、いくつかの煙だけだった。
その、最も大きなクレーターの中心に、一人の少女が立っていた。
純白のドレスは、塵一つなく、清いままだ。
彼女は、自らが創り出したこの「結末」を、静かに、そしてどこか満足そうに眺めていた。
瓦礫の山が、ガラガラと音を立てて崩れる。そこから、一人の男が、這い出てきた。
英雄王、ギルガメッシュ。
その身に纏っていたはずの黄金の鎧は砕け散り、体は無数の傷で血に濡れている。彼の背後に、王の財宝の気配は、ほとんど感じられなかった。
彼は、疲れ切った足取りで、少女の元へと歩み寄った。
その顔に、もはや王の傲慢さはない。ただ、全てを理解し、全てを受け入れた、賢王の静かな表情があった。
「……貴様」
王は、静かに、化け物に問いかける。
「貴様の望みは、何だったのだ。この結末に、一体、何の意味がある」
少女は、ゆっくりと王を振り返った。そして、その小さな唇が、初めて、意味のある言葉を紡ぐために、開かれた。
鈴が鳴るような、清らかで、そして、どこか人間離れした声だった。
「――ああ、実に面白い」
彼女は、微笑んでいた。聖母のようでもあり、悪魔のようでもある、完璧な笑み。
心の底からの、純粋な歓喜と、知的な満足感に満ちた、美しい微笑みだった。
「人間とは、これほどまでに輝き、これほどまでに見事に壊れることが
その言葉を最後に、彼女の体が、ふわり、と光の粒子に変わり始めた。白く、銀色に輝く光の粒は、朝日を浴びてキラキラと舞い上がり、空へと溶けていく。
彼女の「観測」は、終わったのだ。
最も面白いサンプルを、最も美しい結末を、その目に焼き付けて。彼女は、満足して、自らの「座」へと還っていく。英霊の座とは異なる、遥か高次の次元へと。
ギルガメッシュは、その光景を、ただ黙って見送っていた。やがて、彼は、天を仰ぎ、長く、深いため息をついた。
それはやがて、自嘲的な笑いへと変わっていた。王として、全てを手に入れたはずの自分が、初めて、全く理解できない理不尽に敗北した。その事実が、なぜか、少しだけ可笑しかった。
「……我も、まだまだ、非力な人間だったらしい。世界は広いな、エルキドゥ」
■
遠く離れた、無事だった丘の上。
言峰綺礼が、双眼鏡を下ろした。
彼の目には、廃墟と化した街と、そこに呆然と立ち尽くす、傷だらけの英雄王の姿が映っていた。
「……己が願いのために身を滅ぼした男。国を救えずに終わった騎士。そして、ただ退屈を凌ぐためだけに、世界を壊した神、か」
綺礼は、楽しむでもなく、つまらなそうにするでもなく、ただ淡々と呟いた。その表情は、誰にも読み取ることはできない。
「実に、下らない
第四次聖杯戦争は、こうして、幕を閉じた。
勝者は、いない。
叶えられた願いも、ない。
ただ、圧倒的な破壊と、一人の観測者の満足だけを残して。
それは、歴史上、最も唐突で、最も理不尽で、そして、ある意味では、最も美しい終焉だったのかもしれない。