Fate/The White Fatalis   作:灯火011

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エピローグ:ある求道者の答え

 夜明けから数時間が経ち、陽は高く昇っていた。

 

 しかし、冬木市の中心部に、その光は暖かさをもたらさない。ただ、瓦礫の山と、抉れた大地、そして、未だ燻る炎の跡を、無感動に照らし出すだけだ。

 

 言峰綺礼は、その静寂の廃墟を、一人歩いていた。

 

 彼の足は、自然と、この惨状の中心地へと向かっていた。そこで、一人の男が、崩れた教会の壁に、静かにもたれかかっているのを見つけた。

 

 英雄王、ギルガメッシュ。

 

 その体は、既に透け始めていた。黄金の粒子が、陽光を浴びて、きらきらと剥がれ落ちていく。聖杯からの魔力供給が断たれ、先の戦いでその力の大部分を使い果たした彼のサーヴァントとしての限界が、訪れようとしていた。

 

「――王よ」

 

 綺礼は、静かに声をかけた。

 

「その目に、今、何が映っておいでか」

 

 ギルガメッシュは、ゆっくりと顔を上げた。その真紅の瞳には、もはや傲岸な光はない。ただ、ウルクのジッグラトの頂から、人の営みと、その終わりを、幾千年も見つめてきた賢王の、深く、そして、どこか疲れたような静けさが湛えられていた。

 

「……綺礼か」

 

 王は、薄く笑った。

 

「我の目が映すもの、か。我は生涯で初めて―――『見えぬもの』を見たのだ」

 

 綺礼は、その言葉の意味を測りかねて、黙って次の言葉を待った。

 

「難しい事ではないぞ、綺礼。あの白き龍はな、サーヴァントなどではない。敵ですらなかった。あれは『基準』。この世の全ての物事を測るための、絶対的な物差しよ」

 

 王の体から、また一つ、黄金の光が剥がれ落ちる。

 

「人の善悪、英雄の武勇、王の治世。我はその全てを裁き、その全てを所有する者と自負してきた。だがな、綺礼。あの物差しの前では、人の営みなど、砂漠の砂粒一つほどの意味も持たぬ。我の財宝も、あの騎士の願いも、征服王の夢も、等しく無価値よ」

 

 それは、敗北宣言だった。

 

 だが、その声に、悔しさや怒りは微塵も感じられなかった。あるのは、ただ、途方もない真実を知ってしまった者の、静かな諦観だけだった。

 

「貴方は、愉しかったのか?」

 

 綺礼は、問うた。己の内に渦巻く、根源的な問いを。

 

「ギルガメッシュ。この結末に、貴方の言う愉悦はあったのか?」

 

 ギルガメッシュは、その問いに、初めて声を上げて笑った。それは、いつものような哄笑ではない。静かで、乾いた、そして、どこか慈しむような笑い声だった。

 

「……ああ、愉しかったぞ、綺礼。我は王として、己が治めるべき国の、その『果て』を見届けたのだ。―――その外側に、あのような理不尽で、美しい『無意味』が広がっているのだと知れた。これ以上の悦びがあろうか」

 

 王は、綺礼を真っ直ぐに見つめた。その瞳は、綺礼の魂の奥底、その空虚の正体までをも、見通しているかのようだった。

 

「綺礼。貴様は、人の苦しみの中に愉悦を探す。だが、貴様も見たであろう。人の営みが織りなす悲喜劇など、あの『観測者』にとっては、ほんの暇つぶしにもならん」

 

 それが、王が弟子に与える、最後の言葉だった。

 

「つまるところ、貴様の求める答えは初めから、あまりにも矮小なのだ」

 

 それは、慰めでも、導きでもない。ただ、冷徹で、残酷なまでの、真実の宣告。

 

「……さらばだ、綺礼。実に、見事な喜劇であったな」

 

 そう言うと、ギルガメッシュの体は、完全に光の粒子へと変わり、風に吹かれて、跡形もなく消え去った。

 

 後に残されたのは、崩れた教会と、瓦礫の山、そして、言峰綺礼、ただ一人。

 

「……美しい、『無意味』。そして、矮小、か」

 

 綺礼は、王が消えた天を仰いだ。そして、破壊された街を見下ろす。

 

 王の最後の言葉が、彼の空虚な魂に、静かに反響していた。

 

 愉悦は、なかった。

 

 悲しみも、怒りも、ない。

 

 最高の喜劇が終わった後には、ただ、がらんどうの劇場と、絶対的な静寂だけが残されていた。

 

 それは、彼の魂の形と、寸分違わぬ光景だった。

 

 求道者の旅は、その答えが「無意味」であると知ることで、終わりを告げる。騒がしかった王も、滑稽だった人間たちも、世界を壊した龍も、全てが消え去った。

 

「―――静かだ」

 

 第四次聖杯戦争の、本当の終幕だった。

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