Fate/The White Fatalis   作:灯火011

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第四話:黄金の王と白銀の少女

 冬木教会、地下聖堂。

 

 この聖杯戦争の監督役である言峰綺礼は、師である遠坂時臣へと先の先頭の詳細を伝えていた。

 

「―――アサシンの殆どが消滅した、だと?」

 

 綺礼の優雅な仕草の問いに、時臣は愚直な仕草で頷く。彼の背後には報告を届けたであろうアサシンの生き残りが、深く頭を垂れていた。

 

「その通りです。我がアサシンが複数、戦闘の痕跡すら残さず、空間から抉り取られるようにして消滅した、と。生き残った者の報告も要領を得ない。ただ、間桐雁夜のサーヴァント――バーサーカーは、幼い少女の姿をしていた、と」

 

「狂戦士が、少女…そのような英霊を間桐が召喚していた、と?」

 

 綺礼は眉をひそめた。あり得ない話ではないが、アサシンの報告と結びつかない。魔術的な破壊痕ではない「消滅」。それは、いかなる宝具の権能なのか。

 

「残ったアサシンの数はどの程度かな?」

「片手で数えた方が速いかと」

 

 その時、密会の場にそぐわぬ、傲岸な声が響いた。

 

「フン。雑種どもが寄ってたかって、つまらぬ憶測を巡らせおって」

 

 いつの間にか実体化していた黄金のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュが、腕を組んで二人を見下ろしていた。

 

「時臣、貴様の駒は役に立たんな。だが、その報告は我の耳を楽しませた」

 

 その言葉に、時臣は臣下の礼をとる。それを詰まらなそうに見届けた英雄王は、アサシンと綺礼を一瞥し、鼻を鳴らした。

 

「は、それにしても『サーヴァントを消滅させる』と来たか。この我の知らぬ理で戯れる者がいる、と。良い。少しは興が乗ってきたわ」

 

 その真紅の瞳には、退屈の色に混じり、初めて明確な好奇心が灯っていた。

 

 

 同じ頃、雁夜はアジトに戻っていた。

 

 バーサーカーは間違いなくアサシンを退けた。令呪は一画失ったが、バーサーカーの力が、この聖杯戦争で通用することを証明できた。恐怖はあった。だがそれ以上に、雁夜の心には黒い希望が芽生え始めていた。これなら、やれる。あの男を、討てる。

 

「……遠坂時臣…」

 

 全ての元凶。桜を、葵を、自分の人生を狂わせた張本人。

 

 憎悪が、雁夜の思考を加速させる。時臣さえ倒せば、聖杯戦争の趨勢は大きく動く。遠坂という血脈が召喚したであろう強力なサーヴァントも、マスターを失えばいずれ消えるはずだ。

 

 それは合理的な判断であると同時に、雁夜の、あまりにも人間的な復讐心からくる決断だった。

 

「行くぞ、バーサーカー。次の敵の顔を見に行く」

 

 呼びかけに、窓の外を眺めていた少女が静かに振り返る。

 

 その瞳には、賛成も反対もなかった。ただ、雁夜が「面白い場所」へ連れて行ってくれる、と言っている。そう解釈しているかのようだった。

 

 その夜のこと。雁夜は、バーサーカーと共に、その屋敷を見下ろせる森の暗がりから、内部の様子を窺っていた。

 

 遠坂邸は、丘の上に立つ優雅な洋館でありながら、強力な結界に守られた難攻不落の要塞でもあった。並大抵の魔術師であれば、内部を伺う事など出来はしない。

 

 これも、バーサーカーの持つ、人ならざる知覚能力によるものだった。彼女の視界と聴覚を感覚共有で借りれば、分厚い壁の向こう側すら、ぼんやりとだが認識できるのだ。

 

「……居るな」

 

 書斎だろうか。二つの人影が見える。一人は、優雅にワイングラスを傾ける遠坂時臣。そして、もう一人の姿を認識した瞬間、雁夜は息を呑んだ。

 

 黄金の鎧。天を衝くような傲慢さ。アーチャー、ギルガメッシュだ。

 

「あれが時臣のサーヴァント……。金色の鎧?趣味の悪さは時臣みたいだな」

 

 嘲笑ったその時だった。屋敷の中で、ギルガメッシュがふとワイングラスを持つ手を止め、庭の外――雁夜たちが潜む暗闇へと、正確に視線を向けた。

 

『――時臣。貴様の庭に、感度の悪い鼠が紛れ込んでいるぞ』

 

 その声が聞こえたかと思うと、彼の姿が掻き消える。

 まずい、と雁夜が後退るよりも早く、目の前の空間が黄金の光と共に揺らぎ、数多の武器が彼を狙うように空中に浮かぶ。

 

「……っ!」

 

 そして、遅れるように黄金のサーヴァントが、彼の前に現れた。圧倒的なまでの存在感(プレッシャー)。魔力の奔流が、雁夜の呼吸を止める。

 

「覗きとは感心せんな。雑種」

 

 だが、ギルガメッシュは、そんな雁夜など意にも介さなかった。虫けらを見るような一瞥をくれると、すぐに興味を失い、その隣に立つ純白の少女へと視線を固定する。

 

「……ほう」

 

 彼の真紅の瞳が、驚きと愉悦に見開かれた。

 

「この気配は、鼠ではないな。虫ケラでも、ましてやそこらの雑種どもとも違う」

 

 ギルガメッシュは、少女の本質を、その「格」を、一目で見抜こうとしていた。

 

「貴様、何者だ? 我が知る英霊の座に、貴様のような『在り方』のものは記憶にない。英霊ですらない、のか…?」

 

 王の問い。その威光の前では、並の英霊であれば平伏し、己が真名を明かす以外の選択肢はないだろう。

 

「……」

 

 しかし、少女は違った。

 

 彼女は、ギルガメッシュの威圧にも全く動じることなく、ただ静かに、そして真っ直ぐに、黄金の王を見返していた。

 

 その瞳は、恐怖もなければ、敵意もない。

 

 これまで見てきた人間たち――ドラマの登場人物や、セイバーや、アサシンたち――とはまた違う、非常に「面白い観察対象」を見つけた。ただ、それだけの光に満ちていた。

 

「………愚かなシュレイドの王によく似ている」

 

 少女の不遜な態度に、ギルガメッシュの口元が、三日月のように吊り上がった。

 

「我が愚か?…ク…ハッ――ハハハ! 我を前にして、その目!その態度! 良い、実に良いぞ!!」

 

 彼の背後に、空間が漣のように揺らめく。黄金に輝く、無数の宝具の先端が、まるで孔雀の羽のように現れ、その全てが少女へと狙いを定めた。

 

「その不敬、万死に値する! 我が宝具の錆となる栄誉をくれてやろうぞ!」

 

 殺気。

 

 純度100パーセントの、神々の兵器が放つ殺意の奔流が、雁夜の意識を刈り取ろうとする。しかし、それでも少女は動かなかった。宝具の群れを見ることすらせず、ただ、ギルガメッシュの紅い瞳だけを見つめ返している。

 

 ぴり、と空気が張り詰める。一秒が、一時間に感じられた。

 

 やがて、その緊張を破ったのは、ギルガメッシュ自身だった。彼は、ふ、と笑みをこぼすと、背後の宝具を霧のように消し去った。

 

「――興が乗った。許す」

 

「……え?」

 

 思わず雁夜の口からそう漏れる。だが、ギルガメッシュは雁夜などには目もくれず、相変わらずバーサーカーにのみその興味が向けられているようだった。

 

「ここで貴様という玩具を壊しては、この先の饗宴がつまらなくなる。その正体、いずれ我が前に自ら晒すがいい。それまでは、せいぜい我を愉しませるが良いぞ、謎のサーヴァントよ」

 

 そう言い残すと、英雄王は再び黄金の光と共に掻き消え、その気配は遠坂邸の中へと戻っていった。

 

 後に残されたのは、王の威圧に膝が笑い、冷や汗を流し続ける雁夜と、何事もなかったかのように、ギルガメッシュが消えた空間を、名残惜しむかのようにじっと見つめている、純白の少女だけだった。

 

 雁夜はこの時、はっきりと悟った。

 

 自分が呼び出したこのサーヴァントは、この聖杯戦争において、あの遠坂が呼び出したサーヴァント、それも明らかに英雄のトップに君臨しているであろう英霊すらも、「対等」か、あるいは「それ以下」の存在としか認識していない。

 

 あまりにも、規格外の存在なのだと。

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