Fate/The White Fatalis   作:灯火011

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第五話:王たちの聖杯問答

 アジトに戻った雁夜は、床に座り込み、荒い息を繰り返していた。

 

 英雄王ギルガメッシュ。

 

 雁夜からすれば、謎の英霊ではあったが、あの男と対峙しただけで、全身の魔術回路が悲鳴を上げ、刻印蟲が再び蠢きだすのを感じる。少女が隣にいなければ、あのプレッシャーだけで精神が焼き切れていたかもしれない。

 

「時臣……化け物みたいな英霊を召喚しやがって…」

 

 吐き捨てるように呟く。遠坂時臣は、あんなものをサーヴァントとして従えているのか。おそらく、正攻法では万に一つも勝ち目はない。

 

 だが、と雁夜は思う。あの英雄王が、自分のバーサーカーに対しては、他の者とは違う態度を取った。それは、恐怖や警戒ではない。まるで、未知の宝物を見つけたかのような、愉悦に満ちた眼差しだった。

 

「君は……あの英霊が、怖くはないのか?」

 

 問いかけると、少女はきょとんとした顔で雁夜を見つめ、小さく首を傾げた。まるで、

 

『怖いとは、どういう感情か?』

 

 とでも問うているかのようだった。その反応に、雁夜は乾いた笑いを漏らすしかなかった。恐怖という概念すら、このサーヴァントには存在しないのかもしれない。

 

 

 その夜、雁夜は臓硯から新たな指令を受けていた。

 

『アインツベルンの城に、他のサーヴァントどもが集うておる』

 

 使い魔の蟲が伝える情報によれば、ライダーが酒を持ち込み、セイバーとアーチャーを招いて酒宴を開いているという。

 

『馬鹿げた真似じゃ。じゃが、敵の懐を知る好機じゃ。行って、奴らの腹の内を探ってくるのじゃ』

 

 臓硯の命令は、雁夜自身の考えとも一致していた。特に、今まで接触が無いセイバー陣営には興味があった。それは衛宮切嗣という魔術師殺しが何を考えているのかという事。そして、その英霊が誰で、クラスが何で、そして何を願って聖杯を求めるのか。

 

 ジャーナリストをしていた雁夜はよく判っている。情報を制するものが、この戦争を制するのだ、と。

 

「とはいっても……また、見物か」

 

 皮肉げに呟きながら、雁夜は立ち上がった。少女は、既に玄関のドアの前で彼を待っていた。まるで、次の「面白いこと」が始まるのを、心待ちにしているかのように。

 

 

 冬の森は、静寂と冷気に満ちていた。アインツベルン城の中庭からは、男たちの快活な笑い声と、時折響く真剣な議論の声が漏れ聞こえてくる。雁夜は、バーサーカーの知覚を借り、森の奥深くから城の様子を「見て」いた。

 

「あれか」

 

 中庭では、三人のサーヴァントが杯を交わしていた。

 

 征服王イスカンダル。英雄王ギルガメッシュ。そして、騎士王アルトリア。

 

 彼らは、それぞれの「王道」と、聖杯に託す「願い」について、激しく、そして真摯に語り合っていた。

 

『聖杯は我にこそ相応しい! 聖杯を以て受肉し、この世をもう一度、我が軍勢で蹂躙する! それこそが王の望みよ!』

 

 ―――豪放に笑うライダー、イスカンダル。彼の願いは、純粋な征服欲。

 

『戯け。この世の全ての宝は、元より我のものだ。聖杯とて例外ではない。それを雑種にくれてやる気など毛頭ないわ』

 

 ―――傲岸に語るアーチャー、ギルガメッシュ。彼の願いは、絶対的な所有欲。

 

『私は、私の選定のやり直しを願う。故国ブリテンの救済こそ、私の責務』

 

 ―――悲痛な覚悟を滲ませるセイバー、アルトリア。彼女の願いは、自己犠牲に満ちた救済。

 

 

 三者三様の、剥き出しの「願い」。それは、英雄たちがその生を懸けて貫いた信念の結晶であり、彼らを英霊たらしめる根源そのものだった。

 雁夜は、その光景をただ呆然と「見て」いた。自分の願い――桜を救いたいという、たった一つの個人的な願いが、彼らの壮大な王道の前では、あまりに小さく、矮小なものに感じられた。

 

「……英霊ってやつは、やっぱり眩しいな」

 

 その時、雁夜は隣に立つ少女の、異様な様子に気がついた。一見すれば彼女は、身じろぎもせず、三人の王の問答に聞き入っているように見える。

 

 だが、その瑠璃色の瞳が、これまで見せたことのない輝きを放っている。

 

 ライダーの夢物語を聞く時は、楽しそうに。アーチャーの傲慢さを聞く時は、面白そうに。

 

 そして、セイバーが己を殺して国を救おうとする、その悲痛な願いを語った時―――。

 

 少女の瞳が、初めて、ほんの僅かに、揺らいだ。それは、好奇心とは違う。憐憫でも、同情でもない。

 まるで、完璧だと思っていた芸術品に、たった一つの「美しい歪み」を見つけてしまったかのような。あるいは、絶対に交わらないはずの線が、奇跡のように交差する瞬間を目撃してしまったかのような。

 

 そんな、知的で、根源的な「驚き」の色だった。

 

「……そうか。人間は、『自分以外のもののために、自分を滅ぼす』ことすら出来るのか」

 

 また、あの鈴の鳴るような声が聞こえた。今度は、空耳ではない。確かに、少女の口元から、言葉にならない思念が漏れ出ている。

 

 雁夜は、悟った。このサーヴァントは、今、この瞬間、人間の「自己犠牲」という、彼女の理解を超えた、最も不可思議で、最も面白い概念に、初めて触れたのだ。

 

 王たちの饗宴は彼女にとって、最高の娯楽であり、最高の研究対象と言えるものだったのだろう。そして、セイバーの願いはその中でも極上の、最も興味深いサンプルとして、彼女の記憶に深く刻み込まれたのであろう。

 

「バーサーカー。お前は一体、なんなんだ?」

 

 改めて雁夜は問いかける。少女の目が雁夜を捉える。

 

「……」

 

 だが、帰ってきたのは小さな、首の動きだけであった。

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