Fate/The White Fatalis   作:灯火011

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第九話:王の財宝 vs 白き天災

 雁夜が意識を取り戻した時、彼の心は、奇妙なほどに凪いでいた。バーサーカーの力によって強制的に鎮められた精神は、怒りも、絶望も、焦燥感すらも感じなくなっていた。ただ、ガラスのように透明な思考だけが、そこにあった。

 

 その明晰となった頭脳で、雁夜は結論を出す。

 

「もう、駄目だ」

 

 この聖杯戦争は、既に破綻している。臓硯の約束も、聖杯の奇跡も、何もかもが信用ならない。自分のサーヴァントですら、制御不能の観測者だ。この地獄で桜を救う唯一の方法は、この地獄そのものから、彼女を連れて逃げることだけ。

 

 雁夜は、静かに立ち上がった。そして、部屋の入り口でこちらを見ていた少女に向き直った。

 

「……行こう、バーサーカー」

 

 その声には、もう懇願の色はない。ただ、事実を告げるだけ。

 

「この街を出る。桜ちゃんを連れて、全部捨てて逃げるんだ。もう、聖杯はいらない」

 

 少女は、じっと雁夜の顔を見つめた。

 

 そして、彼女の関心が、聖杯にも、聖杯戦争にもないことは、雁夜にも分かっていた。彼女の関心は、ただ一つ。自分という「観察対象」と、それを脅かす「不純物」。

 

 雁夜がこの舞台から降りるというのなら、彼女もそれに従うだろう。その先に、また別の「面白いもの」があれば、それでいいのだから。

 

 こくり、と。少女が、初めて、ほんの僅かに頷いた。

 

 それは、雁夜にとって、この地獄で初めて得た、確かな希望の光だった。

 

 

 間桐の屋敷に着いたバーサーカーと雁夜は、小細工をすることもなく、真正面からその扉を開け放っていた。

 

「雁夜……貴様、何を」

「くそジジイ。桜ちゃんを貰いに来た。邪魔をするならば……」

「邪魔をするならばなんじゃ?ワシを殺すか?」

「ああ。……バーサーカー」

 

 一歩、彼女が歩みを進める。すると、間桐臓硯の体がボロボロと崩れ始めていた。

 

「なん、なんじゃ……何が……」

「大人しく桜ちゃんを渡せ。さもなければ、この屋敷ごと全てを薙ぎ払う」

 

 令呪を見せながら、臓硯にそう迫る雁夜。これは既に脅しではなく、決定事項の伝達だった。

 

 ―――くそジジイ。どうする?ここで全員死ぬか、それとも生き残るか?

 

 

 そして、バーサーカーが放つ、人ならざる者の気配に屋敷の蟲たちは沈黙し、桜への道は開かれていた。

 

「港へ向かおう。そこから船に乗れば、この呪われた街から脱出できる」

 

 夜陰に紛れ、桜を含めた三人は間桐の屋敷を抜け出した。屋敷の門を抜け、自由への出口が見えた、その時だった。

 

 月光を背に、一人の男が、道の真ん中に立ちはだかっていた。

 

「―――待ちかねたぞ、道化ども」

 

 黄金の鎧が、月明かりを反射して妖しく輝く。

 

 英雄王、ギルガメッシュ。

 

 その真紅の瞳は、愉悦に満ちて、爛々と輝いていた。

 

「宴もたけなわという時に、主役が舞台から降りるとは、無粋の極みよな」

 

 ギルガメッシュは、雁夜や桜など、まるで存在しないかのように無視し、その視線をバーサーカーただ一人に固定していた。

 

「臓硯という老いぼれの骸で、貴様がどう舞い踊るか、楽しみにしていたのだが……興醒めも甚だしい。ならば余興はこれまでだ。我自身が貴様という謎を、その身ぐるみ剥いでくれるわ!」

 

 次の瞬間、ギルガメッシュの背後の空間が、漣のように揺らめいた。

 

 一つ、二つではない。数十、いや、百を越える黄金の波紋が、夜空を埋め尽くす。その全てから、神話に謳われた宝具の切っ先が、ギラリと覗いていた。

 

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。その、本気の威容だった。

 

「さあ、始めようぞ! 我が至宝の輝きに、貴様の正体を白日の下に晒すがいい!」

 

 号令と共に、宝具の嵐が、三人に襲いかかった。

 

 天を裂く剣、地を穿つ槍、山を砕く斧。その一振り一振りが、小国の運命すら左右する、伝説の兵器。

 

 死。

 

 雁夜の脳裏に、その一文字が浮かんだ。彼は、咄嗟に桜の体を抱きしめ、盾になろうとする。

 

「くそっ……ここまで来て!」

 

 だが、命を刈り取る筈の衝撃は、一向に来なかった。雁夜が恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 バーサーカーが、雁夜と桜の前に、ただ静かに立っている。

 

 彼女は、手も、指一本すら動かしていない。

 

 しかし、降り注ぐ宝具の豪雨は、彼女の数メートル手前で、まるで分厚いガラスに阻まれたかのように、次々と軌道を変え、砕け散り、地に落ちていく。

 

 ガシャン! ギン!

 

 と、無数の金属音が鳴り響くが、そのどれ一つとして、彼女が作り出す不可視の領域を突破できない。

 

 それは、魔術障壁などという生易しいものではない。

 

 彼女の存在そのものが、この世界の物理法則を、因果律を、捻じ曲げているように雁夜には見えていた。ギルガメッシュの宝具が持つ「この世の理」を、「別の理」で、ただ一方的に「拒絶」している、と思えるほどに。

 

「ハッ―――ハハハハハハハ! 素晴らしい! なんという理不尽! なんという傲慢! それこそが貴様の本質か!」

 

 ギルガメッシュの哄笑が、夜空に響き渡った。彼は、恐怖するどころか、歓喜に打ち震えていた。

 

「ならば、これはどうだ!」

 

 波紋の数が増す。そこから現れる宝具は、先ほどまでとは明らかに「格」が違った。呪いを付与する魔剣、自動追尾機能を持つ魔槍、因果を逆転させる曰く付きの凶器。

 

 宝具の嵐は、より激しい暴風雨へと変わっていた。不可視の壁に激突した宝具は、その行き場を失い、周囲の道路を、建物を、無差別に破壊し始める。アスファルトが捲れ上がり、電柱がへし折れ、火花が散る。

 

「本気かよ……!くそっ!」

 

 雁夜は、桜を庇いながら、その暴威に耐えることしかできなかった。

 

 前には、この世の全ての宝具を以て、全てを破壊し尽くす黄金の王。

 

 後ろには、この世の全ての理を捻じ曲げ、全てを拒絶する、沈黙の少女。

 

「逃げられない、か……!」

 

 この二柱の怪物が対峙するこの場所こそが、世界の中心であり、そして、地獄の釜の底だった。

 

 このままでは、桜が、戦いの余波で死んでしまう。雁夜の心に最後の決断が、黒い炎のように灯った。

 

「……バーサーカーの宝具を解放させるしかない」

 

 それを行えばどうなるかそれは、誰にも分らない。だが、このままではジリ貧で、打つ手もない。もう、雁夜に選択肢は残されていなかった。

 

 この怪物を、この天災を、完全に解き放つしかないのだと。

 

 たとえ、その結果、この世界の全てが、自分自身と共に消滅することになったとしても。 

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