川を渡った烏と首なき天使   作:しものふ指揮官

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新ストーリーと3.5周年きましたわ!!!
もうニケが始まって3.5年ですか・・・早いものですね・・・

ちなみにですが、まだ新ストーリー見れてません!!
このパートが終わったら見に行こうと思います!

そして何と何と!!
しおり数:500突破でございます!!
ありがとうございます!

10話以降更新頻度がめちゃくちゃ遅くなってしまい、お待ちいただいている方々には申し訳がねぇですよ・・・

というか1話から10話までの更新スパンが鬼更新すぎるんだわよ…
あの時の私はどうなっていたのか…




15話:名前のない部分

 ゴッデス部隊にある訓練施設は、正直なところあまり大きくはない。

 第08観測基地のシミュレーションルームと比べると、半分以下の床面積。

 

 まあ、そりゃゴッデス部隊にはリリスしかいなかったのだから、これで十分だったわけだしね。

 今は違うけど。

 

 私はその訓練施設の入口で足を止め、中をぐるりと見渡した。

 

 広さは十分。

 設備も十分。

 

 よし……

 

『ねえ、エア。リリスって今どこにいる?』

 

《作戦室で指揮官と対話中ですね。なにか用ですか?》

 

『ちょっとお願いをしようと思ってね...』

 

 踵を返し、作戦室へ向かう。

 廊下を歩きながら、頭の中で言い方を整理した。

 

 一騎討ち、は多分ダメ。

 言葉の響きが物騒すぎるし、速攻で指揮官に止められるのが目に見える。

 

 

 だからこそ...

 訓練、で通す! 

 

 そう、【近接訓練】。

(本気で行う)リリスとの【近接訓練】! 

 訓練という事にしておけば指揮官も止めにくいし、リリスも断りにくいしね。

 騙しているわけじゃない。

 …………まあ、ぼかしてはいるけど。

 

《……レイヴン》

 

『うん?』

 

《"一騎討ちを申し込みたい"、と素直に言えばいいのでは?》

 

『いや、十中八九、断られる』

 

《……なるほど》

 エアが短く納得する。

 呆れた様な声で。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 作戦室の扉を開ける。

 指揮官が書類から顔を上げ、リリスが静かにこちらを見た。

 

「レイヴンか。どうした?」

 指揮官が先に声をかける。

 指揮官はよく書類と睨めっこしているのを見かけるけど、目は悪くならないのだろうか。

 何か重要そうな話をリリスとしているわけではなさそうだから、まあいいか。

 

「うん。リリスにお願いがあって」

 

 私は真っ直ぐリリスに視線を向ける。

 リリスは「私?」と言って、少しだけ首を傾げる。

 

 こういう時は、はっきりとお願いしないと誤魔化しがばれるので、単刀直入に言うことにする。

「1対1で、訓練しない?」

 

 一拍の沈黙。

 

 リリスが私の顔を見て、少しだけ目を細めた。

「訓練……?」

 

「うん。訓練」

 

「……相手が私である必要は?」

 

「リリスじゃないと意味ないから」

 

 また沈黙。

 今度は少し長かった。

 

 リリスが指揮官の方へ視線を移す。

 指揮官は顎に手を当てながら私を見ていた。

 その目が、じわじわと細くなっていく。

 

「……レイヴン」

 

「うん?」

 

「それ、本当に訓練か?」

 

 グキッ……。

 

 やはり、ゴッデスの指揮官なだけはある……鋭い。

 思わず一瞬、視線が泳ぐ。

 

「……うん」

 

「……うん?」

 

「……まあ、そうだよ」

 

 自分でも若干説得力に欠けると思いながら答えた。

 

 いやだって、しょうがないじゃん! 

 これしか言い訳思い付かなかったもん! 

 

《レイヴンは嘘をつくのが下手ですね》

 

 うるさい、エア! 

 

 私の反応に指揮官が深く、深くため息をついた。

 ため息に込められた何かが、じわじわとこちらに伝わってくる。

 

「一抹どころじゃない不安があるんだが……」

 

「ちゃんと訓練だよ。たぶん」

 

「“たぶん”が付く時点で駄目だろう……」

 

 リリスはといえば、こちらを見たまま何かを考えているようだった。

 数秒後、静かに口を開く。

 

「……指揮官」

 

「……なんだ、リリス」

 

「受けます」

 

「そうだな。レイヴン、悪いがリリスもこう言って……は?」

 

「受けます」

 

 私のどう考えても含みのある「訓練」に、リリスはあっさりと承諾の意を示し、指揮官が驚愕の表情を浮かべる。

「え、本気で言ってる?」というような顔をしていた。

 と言うか顔に書いてた。

 

 

 暫くの沈黙の後、指揮官の顔に、盛大な諦めが浮かんだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 リリスの武装は、素手だ。

 後は素手から繰り出される衝撃波とも斬撃ともいえる攻撃。

 うん! やっぱりリリスもリリスで普通におかしい強さしてる! 

 いうなれば、自身の手から月光の攻撃を撃てるみたいな感じ。

 

 まあ、ほぼ月光の攻撃と思えば、避ける事なんて案外簡単。

 もっと言うと、遠距離アセンでちまちま攻撃すると近接どころか、月光の攻撃すら当たらない。

 

 でも、それだと意味はない。

 それに……私は格闘戦で行こうとする者に対して、遠距離からちまちま攻撃するような無粋な事はしない。

 だからこその【近接訓練】。

 

「準備はいい?」

 私が聞く。

 

 普段使っている武装を付けず、素手の状態で私はリリスに尋ねる。

 リリスも私の意図するところを理解したのだろう、一瞬の驚きの後、静かに頷いた。

 

『エア、時間計測お願い』

 

《了解です。それと、レイヴン》

 

『うん?』

 

《ほどほどに》

 

『それ、今言う?』

 

《今しかないので》

 

 相変わらず、ひどい。

 こらえ性のない駄犬ではないのだがなぁ……

 でも反論できないのがちょっと悔しい。

 

 私は軽く肩を回し、足元を鳴らす。

 よし。やるか。

 そう思った、その時だった。

 

「せっかくだから、何か賭けない?」

 

「……は?」

 

 間の抜けた声が出た。

 

 今、誰が言った? 

 リリス? 

 リリスが? 

 

 目の前の彼女は相変わらず静かな顔をしている。

 なのに、言っていることだけが妙に軽かった。

 

「賭けるって……何を?」

 思わず聞き返してしまう。

 

「なんでもいいわ。勝った方が、負けた方に一つお願いをする、とか」

 

 指揮官が片手で顔を覆った。

 その反応だけで、私の困惑が間違っていないと分かる。

 

「だって、ただ訓練するだけでは味気ないでしょう?」

 リリスは本当に何でもないことのように言う。

 

 味気ないか……

 そういう発想がこの人から出てくると思わなかった。

 

 ……いや、違うか。

 私の性格を鑑みての発言なのかもね。

 出会ってそんなに日が経ってないはずなのに、私のことを結構分かってる感じがするし。そこは流石って感じだね。

 

 人を見る目という点で言うと、私は非常に向いていない。

 強さと言う点であれば見る目はあると思うけどね? 

 

 でも、そうか……

 賭けねぇ……

 

「……ふふ」

 思わず笑ってしまう。

 

「なに?」

 リリスが首を傾げた。

 

「いや、リリスってそんなことも言うんだなって思っただけ」

 

「あら、意外だった?」

 

「かなりね」

 

 賭けること自体に興味が沸いてしまっている時点で、リリスの作戦は成功だよ。

 その賭け事にどんな意味があるかはまだ分からないけど、面白そうだなって思っている自分がいるのも事実。

 

「それで、どうするの?」

 リリスが聞いてくる。

 

「乗った」

 私は即答した。

 

 こういうの、嫌いじゃない。

 むしろ好きだ。

 勝ち負けがはっきりするなら、その方が面白い。

 

「お願いって、何でも?」

 

「常識の範囲内ならね」

 

「ふーん……」

 私は少しだけ考えるふりをした。

 本当は、勝った時点で一つ思いついていたけど、今ここで言うのはやめておく。

 リリスの反応も見たいしね。

 

 指揮官が諦めたように言う。

 

「……いいか、二人とも。くれぐれも“訓練”の範囲を超えるなよ」

 

「善処する」

 私は答えた。

 

「善処、ね……」

 指揮官の声が重い。

 

「善処します」

 リリスが静かに言った。

 

 指揮官の表情は、逆にさらに不安になった気がした。

 

 ◇◇◇

 

 最初に動いたのは私だった。

 

 床を蹴る。

 50m先に居るリリスに向かって、アサルトブーストで一気に距離を詰める。

 速度は高め。まずは反射速度を測るつもりだった。

 この程度で動じないのは分かっている。問題は、その先だ。

 

 リリスは動かない。

 50m先にある物体が、時速360キロで近づいてきた場合の到達時間は、約0.5秒。

 普通のニケなら瞬間移動したように見えるはず。

 

 リリスに対して蹴りを入れるため、方向調整の推力を左に少しだけ入れる。

 そのとき、リリスと目が合った。

 

 ……見えてる。

 マジか。

 

 この速度を、ちゃんと目で捉えてる。

 銃弾ですら遅く見えるっていうのは、比喩じゃなくて本当なんだろう。

 

 一瞬で判断を変える。

 左から右へ。着地点を半歩ずらし、角度を変えて踏み込む。

 

 空いた脇腹を狙った蹴りは、当たる直前で止められた。

 

 止めた、というより流された。

 リリスの腕が私の脚を受け、そのまま外へ逃がす。

 体勢が崩れ、予想より大きく横へ弾かれる。

 

「っ……!」

 

 床を滑って着地。

 膝の奥が少しだけ痺れる。

 今の一連、反射だけじゃない。完全に見て、選んで、捌いてる。

 

「速いのね」

 リリスがぽつりと言う。

 

 ははは……

 褒めてんのか、けなしてんだか。

 

「そっちは、見えすぎ」

 私は無意識に上がった口角のまま答えた。

 

「そうかもね」

 

 あっさりと認めたねぇ……

 でもまあ、それだけで、この人とやる意味があると思える。

 

 確かにフェリーとの模擬戦では、出力を抑えてフェリーでもギリギリ避けれないくらいの速度で動いていた。

 まあ、それでもよけきったフェリーはすごいと思うけどね。

 だからこそ、もう少し鍛錬を積んだフェリーなら通常の速度でも対等に戦えるようになるんじゃないかと思っていた。

 

 でもやっぱり、リリスは別格だね。 

 

 距離を取ったうえで再度攻撃を仕掛ける。

 次は細かく左右に刻んでみるか。

 ブーストを小刻みに分けて軌道にノイズを入れながら、足を狙って低く潜る。

 

 リリスは一歩下がり、それからふっと跳んだ。

 

 真上。

 天井の照明を背にした拳が、落ちてくる。

 

 やば……!! 

 直感で横へクイックブーストを挟む。

 遅れて轟音。床が抉れ、白い粉塵が舞う。

 

「……すご」

 思わず声が漏れた。

 

 素手の一撃で、ここまでいくのか。

 やっぱりおかしい。いや、私が言うのも変だけど。

 

「力加減は難しいのよ」

 リリスがさらりと言う。

 

「うん、それは見て分かる」

 

 再度距離を取る。

 胸の奥が熱い。

 怖さはある。でも、それ以上に面白い。

 私と同等。少なくともこの瞬間、そう思える相手とやっている。

 

 これが楽しくない訳がない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 中盤を過ぎたころには、余計な思考が削れていた。

 見えるもの、聞こえるもの、全部が少しずつ狭くなる。

 リリスの重心移動。呼吸。視線。肩の開き。

 そういうものだけが、輪郭を持って浮かび上がる。

 

 次は正面から行く。

 変化球はもう見せた。なら今度は、いちばん単純な一手でぶつかって、どこまで通るか確かめたい。

 

 私は最短でブーストを焚き、一直線に踏み込んだ。

 リリスも私の意図を理解し、同時に前へ出る。

 互いに避けない。真っ向からの衝突。

 

 勝負は……どちらが先に当てるか! 

 

 正直この時点で、私はミスった。

 何で見切られるのを分かったうえで、避けられやすい顔を狙ったんだかね……

 

 私の拳がリリスの肩をかすめた。

 その直後、リリスの拳が胴に入る。

 

「……ッ!!!」

 

 衝撃は、痛みより先に空白を連れてきた。

 体の中の配線が一斉に切れたみたいに、手足の感覚が消える。

 音が遠のき、景色の色だけがやけに濃くなる。

 

 ──ACS限界値超過。オーバーヒートによる冷却・再始動を開始。

 

 眼前に広がるおびただしい数値と警告の文字。

 

 膝が落ちた。

 片膝をついたまま、指先ひとつまともに動かない。

 呼吸が引っかかる。

 冷たい床の感触だけが、妙にはっきりしていた。

 

 拳一発で負荷限界に入るとか……冗談でしょ!! 

 

 心の中で叫ぶ。

 出力も装甲も、AC基準だと考えられるのだから相当な硬度なはず。

 それを素手の一撃でここまで持っていくのは、いくらなんでも反則だ。

 

《ACS復旧まで2秒》

 エアの声は、いつも通り落ち着いていた。

 

 2秒。

 たったそれだけ。

 なのに、この場(戦場)では、その2秒がどれだけ長いか。

 

 リリスは追撃しない。

 ただ、目の前で静かに待っている。

 わざわざ倒しきらないのが、逆に強者っぽくてちょっと悔しい。

 

《ACS復旧》

 

 ようやく制御が戻る。

 指先、膝、肩。順番に感覚が戻ってきて、私はゆっくり立ち上がった。

 脚の奥に遅れて熱が残る。

 

「……言わなくていい」

 リリスが何か口にしようとしたため、私は先に口を塞いだ。

「今のは、私が甘かっただけ」

 

「そう」

 リリスは短く頷く。

 

「でも、わかった」

 私は息を整えながら続ける。

「やっぱり、リリスは強い」

 

「貴方も、十分に強いよ?」

 リリスはそう返したが、慰めに聞こえないのがこの人らしい。

 本当にそう思って言っている。

 だから余計に、次はもっとちゃんと当てたくなった。

 

「もう一回、いい?」

 そう聞くと、リリスはほんの少しだけ目を細める。

 

「懲りないのね」

 

「懲りてるよ。だから次は、ちゃんとやる」

 

 ◇◇◇

 

 次の交錯で、私は一段深く入った。

 ACS負荷限界による感覚がまだ残っている。

 悔しい。けど、それだけじゃない。

 私自身が、リリスに対して「下手に近づくぐらいなら遠距離での攻撃がマシ」と思ってしまっている

 それはつまり、近接戦でリリスを相手にしたくないと判断しているのと同義だった。

 

 でも──―コツは掴んだ。

 

 私は握った拳をひらいて、もう一度握り直す。

 骨格フレームの駆動音が、わずかに高くなる。

 次は、さっきみたいに真正面で殴り合わない。

 

 リリスの左足が半歩だけ前に出る。

 重心は前、でも肩は開かない。

 

 ──―来る! 

 

 直線じゃなく、上から潰す軌道。

 

 私はわざと一拍遅らせて踏み込んだ。

 リリスの拳が落ちる直前、腰だけ残して軸をずらす。

 拳が頬をかすめ、熱だけが走る。

 そのまま沈み込み、今度は私の拳を体の中心線へ差し込んだ。

 

 鈍い音。

 

 リリスの体が、ほんの一瞬だけ止まる。

 目が少しだけ見開かれ、すぐに元に戻る。

 

「……もう適応したの?」

 リリスが短く言う。

 

「学習は得意だからね」

 私は口元を上げる。

 

 ほんの少し。

 ほんの少しだけど、届いた。

 

 でも駄目だね。

 

 ダウンもしてないし、膝もついてない。

 ははは……

 これは、あと数回撃ちこめないと厳しいな……

 

 すぐに次の交錯に入る。

 拳と拳、肘、肩、踏み込み。

 短い間合いの中で打点が何度も入れ替わる。

 壁も床も、打撃音を跳ね返して、訓練施設の中で乾いた反響になった。

 

 リリスの呼吸がわずかに深くなる。

 私はそれを見逃さない。

 もう一段上げる。

 ここで取れば、流れが変わる。

 

 地面を蹴る。

 同時に、リリスも前へ出る。

 次の一撃が交わる、その寸前で──

 

「そこまでだ!」

 

 指揮官の声が訓練施設に響いた。

 強制停止の合図。

 私は反射的に拳を止め、リリスの拳も止まる。

 

「……えー」

 思わず声が漏れた。

 

 指揮官は端末を見せるように掲げる。

「リリスの戦闘稼働時間が限界値に入った。これ以上は許可できない」

 

 リリスは小さく息を吐いて、拳を下ろした。

「……残念ね」

 

「うん。ちょうど面白いところだったのに」

 私も拳を下ろす。

 

 まだやれる。全然やれる。

 でも、ここで無理を通すのはさすがに指揮官も許さないだろうし、リリスも無理はさせたくない。

 さすがにそれくらいは分かる。

 

 少しの沈黙のあと、リリスが私を見る。

 視線は静かだけど、どこか決めたような目だった。

 

「レイヴン。賭け、覚えてる?」

 

「うん。もちろん」

 

 私の負け……だね。

 最初に一発貰ったのが大きすぎたなぁ……

 でも、賭けは賭け。

 

「じゃあ、お願いしていい?」

 リリスが一歩だけ近づく。

 

「いいよ。何?」

 

 私は軽く返す。

 食事とか、次の訓練メニューとか、そんな感じだと思っていた。

 でも、リリスの言葉は予想と違った。

 

「……あなた自身のことを、教えてほしい」

 

「……へ?」

 

 間の抜けた声が出た。

 え、そっち? 

 いや、賭けとしては全然アリなんだけど、そう来るとは思ってなかった。

 

 リリスは続ける。

「レイヴンの戦闘スタイルも戦闘に対する理念もここ数日でだいぶ分かったわ。でも──―」

「戦闘以外でのレイヴンは、まだ分からないから──―レイヴンが良ければ教えて?」

 

「……うん、いいよ」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 とは言ったものの、私自身か……

 

 ……

 

 だめだ、何を話せばいいのか全然思い浮かばない。

 え? 私そんなに社交性ないの? 

 泣いていい? 

 

 いやいやいや。

 落ち着け、私。

 

 戦闘のことなら話せる。

 武器の好みも、間合いの取り方も、ブーストの使いどころも、そういうのならいくらでも出てくる。

 でも、今リリスが聞いてるのはそういう話じゃない。

 

 私自身。

 

 そう言われると、急に何も浮かばなくなる。

 

 好きな食べ物。

 趣味。

 休日の過ごし方。

 昔好きだったもの。

 

 ……だめだ。

 本当に、何もない。

 

 いや、正確には「無い」んじゃない。

 考えたことがない。

 必要もなかった。

 

 起動したらACのメンテナンスやって、アセンブル組んで、ウォルターかエアかカーラから依頼が来れば、それをこなして。

 依頼から帰ってきたら、ACのメンテナンスやって、アセンブル組んで、次の依頼が来るまで待機して。

 

 あぁ、そうか……

 これが私の普通か……

 

「……ごめん」

 思わず、先に謝っていた。

 

 リリスが小さく首を傾げる。

「どうして謝るの?」

 

「いや……」

 頭を掻く。

 上手くまとまらない。

 でも、このまま黙るのも変だ。

 

「……私、自分のことを話せるほど、自分のこと知らないかも」

 にへらっと笑いながら、そう言ってみる。

 

 正直、だからと言って別にどうってことない。

 悲しくもない。

 実際今の今まで、気にしさえしなかったことだしね。

 

 ただ、せっかく賭けでリリスにお願いされたのに回答が出来ない申し訳さがある。

 

 リリスは何も言わない。

 指揮官も口を挟まない。

 訓練施設の中にあるのは、さっきまでの打撃痕と、熱の残りと、今の私の声だけだった。

 

「戦いのことなら話せるんだけどさ」

 私は言葉を探しながら続ける。

「どう動くとか、何を警戒するとか、そういうのはすぐ出てくる。

 でも、それ以外になると……てんでダメそう」

 

 変な話だよね。

 自分でもそう思う。

 でも、変だからって、急に中身が生えてくるわけでもない。

 

「ニケになった際に記憶が消えたというわけではなさそうね」

 リリスがぽつりと言う。

 

「うん。そうみたい」

 

 でもある意味では、そうかもね。

 エアの調べでは、ニケになるには人間の脳が必要らしい。

 そしてその脳をニケの体に移植する。

 意志や人格が強ければ強いほど、その人の個性……つまり、理想の自分がニケに反映されるらしい。

 

 そう考えると、元の脳の持ち主の意志は残っていないのかもしれない。

 悪い事したかもなぁ……

 

「なら、今から見つけていけばいいんじゃない?」

 私が思考の中で色々考えていると、リリスがそう言った。

 

「……そんな簡単に言う?」

 思わず、少しだけ笑ってしまった。

 

「簡単ではないわ」

 リリスはきっぱりと言う。

「でも、分からないまま止まっている必要もないでしょう?」

 

 あっさりした口調で言うね。

 慰めるでもなく、可哀想がるでもなく、ただ当たり前の事みたいにリリスは言う。

 

 足りないなら、これから作ればいい。

 白紙なら、これから埋めればいい。

 

 そういう言い方をされると、なんだか拍子抜けする。

 

 私なら、そこで会話を終わらせていた気がする。

 無いものは無い。

 それで終わり。

 でもリリスは、そこを終点にしなかった。

 

「そうだな」

 今まで黙っていた指揮官が、そこで口を開いた。

 

 腕を組んだまま、でもさっきまでみたいな警戒の色は少し薄い。

 どちらかと言うと、現実的な話に戻してくる時の顔だった。

 

「むしろ、そこまで白紙なら色々な体験ができるだろう」

「戦うことしかなかったなら、なおさらだ」

 

「……二人とも、なんか気楽に言うね」

 私は肩を落とす。

 

 でもそっか……新しい【体験】ねぇ……

 いいかもしれないな。

 ウォルターが居ても同じ様な事を言うだろうしね。

 

《そこに感けすぎないでくださいね》

 

 ちょっと、エアさんよ。

 今めっちゃ良い空気感なんだから、邪魔しない! 

 というか体験に感けて何が悪いのさ! 

 

《レイヴンなら「体験だから」という免罪符片手に危なっかしい事をしだす可能性が大いにありますので》

『例えば?』

 

《……変なものを食べるとか》

 

 子供か! 

 そんなことしないし、すでにミールワーム食べてるから、あれ以上に変なものって何よ! 

 

「でもまあ、楽しみでもあるかなぁ」

 私は少しだけ笑う。

 

「そうだな。だが、せっかくのところ悪いが、まずは基礎教養からだな」

 

「えー……」

 

「えー、じゃない。お前のその行動原理が性格ではなく、知識不足によるものだと分かったなら良好だろう」

 

「はいはーい」

 私は軽く返す。

 

「返事が軽い。そもそも、虚偽とも見れる提案をしたのは誰だ?」

「私?」

「自覚があるなら結構だ」

 

 呆れたような声。

 でも、最初の時ほど険しくない。

 それだけで、十分だった。

 

 私はもう一度、訓練施設の中を見渡す。

 床に刻まれた跡。

 壁に残るひび。

 まだ少しだけ熱を持つ右腕。

 そして、向かいに立つリリス。

 

 今日やったこと全部が、ちゃんと残っている。

 

 勝った負けただけじゃない。

 少しだけ、前に進んだ感じがした。

 

 ……まあ、次はもう少し勝ちに行きたいけどね。

 

《結局そこなんですね》

 エアの声に、私は心の中で肩をすくめた。

 

 しょうがないじゃん。

 だって悔しいものは悔しいんだから。

 

 

 

 

 

【おまけ:戦い以外で見えるもの】

 

 作戦室は、いつも通り静かだった。

 指揮官がモニターと書類を行き来しながら、何かを確認している。

 私はソファに腰を下ろしたまま、窓の外を見ていた。

 

 雲の流れが、今日は妙に速い。

 

「……リリス。さっきから何か考え事か?」

 

 指揮官の声に、視線を戻す。

 

「少しね」

 

「少し……なぁ……」

 指揮官が苦笑する。

「リリスの"少し"は、大抵"かなり"だろう」

 

 否定はしない。

 

 しばらく沈黙が続く。

 書類をめくる音。モニターの低い駆動音。

 それだけが部屋の中にある。

 

「……レイヴンのことを聞いてもいい?」

 

 指揮官の手が、一瞬止まった。

 

「レイヴンの……何をだ?」

 

「何でも」

 

 答えになっていないと分かって言っている。

 指揮官もそれを分かっているのだろう。少し考えるように椅子の背に体を預けた。

 

「戦闘データなら、リリスの方が詳しいだろう」

 

「戦闘のことじゃない」

 

「……なるほど」

 指揮官が低く呟く。それから、どこか困ったような顔をした。

 この人がこういう顔をするのは、うまく言葉にできない時だ。

 

「……難しいな」

 

「難しい?」

 

「開示できる情報が、思ったより少ない」

 

 率直な言い方だった。誤魔化しではないと分かる。

 

「軍の資料には何か書いてないの?」

 

 指揮官は少し迷ってから、口を開く。

 

「戦術評価は最上位。統制難度は……非常に高い。動力源は未知物質。それだけだ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ。正式な資料としてはな」

 指揮官が苦い顔をする。

「……つまり、どういう経緯であの子が今ここにいるのか。そういった詳細は、私には届いていない」

 

 届いていない、という言い方。

 届けられていない、が正確なのだろうと思う。

 

「意図的に?」

 

「おそらくな」

 指揮官が頷く。

「最高戦力の部隊の指揮官だからといって、軍の全情報が手に入るわけじゃない。むしろ、知らせる必要があると判断されたことしか来ない」

 

 それはそうだろう。

 私も同じだ。自分がどういう経緯で作られたか、詳細を全て知っているわけではない。

 

「……なら、指揮官が見て分かったことは?」

 

 指揮官はしばらく黙っていた。

 今度の沈黙は、言葉を選んでいるものだった。

 

「……戦闘好き」

 ゆっくりと、話し始める。

「本能的に、というより……楽しんでいる。でもそれは無軌道な暴力性じゃない。勝つことより、戦うこと自体に喜びを感じているような……そういう感じだ」

 

「うん」

 

「あとは、仲間を大切にしている。本人が思っている以上にな」

 

 それは私も見ていた。

 

「……踏み込んだことを言うなら」

 指揮官が少し口ごもる。

「……あの子自身のことを、本人があまり知らないんじゃないかと思う」

 

 視線が動く。

 

「どういうこと?」

 

「いや……うまく言えないんだが」

 指揮官が眉をひそめる。

「戦い方も、武器の選び方も、仲間への接し方も、全部戦闘に関してのことだ。だが……そういう"外側"じゃない部分。何が好きかとか、どういうものに惹かれるかとか。そういう話になると、とたんに答えが出てこなくなる」

 

「……経験がないから?」

 

「そうなのかもしれない。あるいは……考える機会が、今まで無かったのか」

 指揮官が静かに言う。

「戦場しか知らない、ということは、あり得る話だと思う。あの子の来歴を考えると、な」

 

 来歴。

 それも、詳細は届いていないのだろう。

 

「出生については……何か分かることはある?」

 

 指揮官の表情が、少しだけ硬くなる。

 

「……普通じゃない」

 短く、きっぱりと言う。

「それだけは断言できる。あの強さも、あの動力源も、今の軍の技術の延長線上にはない。どういう経緯でああなったのかは分からないが……少なくとも、通常の製造ラインから生まれた子じゃない」

 

「そう」

 

「……気になるか?」

 

 私は少し考えた。

 

「気になる、というより」

 

 窓の外を見る。雲は相変わらず、速く流れている。

 

「……【レイヴン】の戦闘は分かったわ。強さも、癖も、判断の仕方も。でも戦闘以外のあの子を私たちはまだ何も分からない」

 

「それを知りたいと?」

 

「……知りたい」

 答えは簡単だった。

「戦いの中でしか見えない人も居る。でも、戦い以外で初めて見えるものもある。……あの子は後者な気がする」

 

 指揮官がしばらく黙って、それからゆっくり頷いた。

 

「……確かに、そうかもしれないな」

 

「指揮官もそう思う?」

 

「私が一番実感してるよ」

 指揮官が少し苦笑する。

「作戦室でいつも顔を合わせて、一緒に任務に出て。なのにあの子が今、何を考えているかが一番掴めないのも、私だからな」

 

 それはこの人らしい、正直な言い方だった。

 

 私は立ち上がり、窓に近づく。

 

「なら、直接聞くのが早いわね」

 

「レイヴンにか?」

 指揮官の声に、微かな不安が混じる。

「だが、ああ見えて突然そういう話を振られると……」

 

「分かってる」

 

 急がなくていい。機会を作ればいい。

 ちょうどいい機会が——来るかもしれない。

 

「……リリス、なんか企んでないか?」

 

「企んでない」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 どちらかといえば、まだ考えていない。

 どうやって機会を作るかは、その時次第だ。

 

 指揮官は信じていなさそうな顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。

 

 作戦室に、また静けさが戻る。

 書類をめくる音。モニターの低い駆動音。

 

 それと——扉をノックする音。

 

「レイヴンか。どうした?」

 指揮官が書類から顔を上げる。

 

 扉の向こうに立つレイヴンを見て、私は静かに思った。

 ——思ったより、早かったな。と




そりゃ戦場しか知らない子に個人的な事聞いても戦闘に関することしか出てこないわな・・・

でもここで落ち込むレイヴンではなくってよ!!
というかAC世界感情カラッカラが多すぎなんですわ・・・
いや、まあ、ブルーマグノリア戦を思うとカラッカラでもないんですけどね・・・

なんでそんなイメージ沸くんだろう?
おそらくPS1~PS2時代のACが悪い可能性が微レ存・・・

聞いてるかい?前作主人公諸兄よ。

あと!リリスの言葉づかいが分からんで泣いてる!

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