ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話 作:高丸
まず最初に感じたのは、“違和感”。
「……っ、は……あっ……」
(なにこれ……体が軽い……?)
ゆっくりと目を開けると、空気が違っていた。
木の香り。静けさ。
太陽の光が、障子越しに“粒”で差し込んでいる。
そして、正面の鏡に――少女がいた。
(……だれ?)
青い着物。小さな肩。白い肌。背に浮いている巨大歯車。
そして、美しい黒髪には精巧な髪飾りが揺れている。
知っているよりも幾分幼いが、間違いなく、
――ココロワヒメ
(……え、これ……うそ……)
喉が震え、言葉にならない呼吸が漏れる。
鏡の向こうにいる“彼女”が、こちらの呼吸に合わせて瞬きをした。
(いや、待って。知ってる。知ってるこれ――)
あの世界。あの物語。
『天穂のサクナヒメ』というゲーム。
その中で、主人公の親友ポジションにいた、あの発明神。
その“彼女”が、今――鏡の中に、自分として立っていた。
目の前に映る、完璧な他者の顔が、自分の動きに寸分違わず一致する。
感覚がリンクしている。神経のすみずみまで、ぴったりと一体化していた。
(夢?これって……マジで……?)
辺りを見渡す。
風の吹き方も、太陽の光も、部屋の埃の匂いも、自らの鼓動も――異常にリアルだった。
意識が覚醒する。脳が熱くなる。
(……転生、ってこと……!?)
現実感の波が脳を駆け抜けた瞬間、思考の速度が跳ね上がる。
空間の情報、匂い、空気の密度――すべてが異常に明晰に感じ取れた。
(これが、発明神の頭脳……!)
今、この瞬間、自分は神の脳を持っている。
発明を司る神、ココロワヒメとしての身体。
その性能が、まるで加速装置のように知覚を膨張させていく。
(この脳なら……世界を、書き換えられる)
化学理論も、機構設計も、薬学、天文、果ては神術の構造まで――
今なら理解できる。創れる。応用できる。
その確信と、万能感が、神経を焼くように身体中を駆け巡った。
けれど――その圧倒的な感覚をすら打ち消すほど、彼女の中にもっと鮮やかに湧き上がるものがあった。
(……ってことは――)
「……サクナ、いるんじゃん」
それは、歓喜だった。
歯車がゆっくりと回るように、ココロワの口元がかすかに歪む。
(あのサクナ……)
わがままで、怠け者で、でも涙も笑顔も誰よりまっすぐで。
仲間を思い、田を守り、己の無力を噛み締めながらも前に進んでいった少女。
ゲームを通じて見ていた彼女の“成長物語”が、今も頭に残ってる。
(あの子が、これから目の前に現れるってことよね?あの子が、今、幼くて、無垢で、)
「――誰にも汚されてない状態で、存在してるってことよね?」
サクナヒメ。
――わたしがこの手で、育てたら?
――わたしが、最初から“全部”を与えて、導いて、守って、恋を教えたら?
(どれほど、最高の恋人になるだろう?)
ゾクリと、背中に電流のような戦慄が走る。
喉が熱を帯び、思わず息が漏れた。
ふらりと脚がふらつくほど、感情が昂っていた。
目の奥に焼きついていたサクナの姿――
それが、今、目の前で手の届く現実として立ち上がる。
原作知識?使える。
親の死?利用できる。
どうやって恋心を抱かせる?
惚れ薬の一つや二つ、この頭脳なら簡単に調合できる。
誰よりも信頼して。
誰よりも依存して。
誰よりも、愛してくれる存在に――
(ぐふっ…全部、最初からそうなるように導いてあげるの)
この世界の理も、神々の常識も、すべて計画の上に敷かれていく。
たったひとつの、“最高の恋”を手に入れるために。
***
そして出会いの時は、あまりにあっけなかった。
神々の都、まだ幼いサクナヒメが、よちよちと庭園を歩いていた。
「うぅ〜〜〜……お腹すいたのじゃ……タマじぃ〜〜〜、団子ぉ〜〜……」
その姿は、あまりにも無防備で。
あまりにも、理想的で。
ココロワ――いや、転生者の彼女は、その場で確信した。
(ああ、これはもう、一生モノだ)
(育てる。絶対。徹底的に、“わたしの理想”にしてあげる)
心からの笑顔を浮かべながら、ココロワはしゃがみ込んだ。
「サクナヒメ様、お隣よろしいでしょうか?こちらつまらない物ですが」
小さな手に忍ばせた団子を渡す。
ココロワは、あくまでにこやかに、丁寧に、やさしく微笑んだ。
けれどその手は、計算された温度でサクナの指に触れ、
その視線は、わずかに媚びるような角度で覗き込んでいた。
「団子……?わしに……?」
サクナは一瞬、ぽかんと口を開けたまま固まった。
「おぬし、えらい気が利くのぉっ!! よいぞよいぞ! 遠慮なくいただくぞっ!」
けれど次の瞬間、サクナは目をキラキラと輝かせて、ココロワの差し出した団子に両手を伸ばした。
小さな手が、迷いなく団子に触れ、そのまま勢いよく頬張る。
もぐもぐ、ぱくっ。
小さな口が必死に動き、満面の笑顔が咲く。
「うま……! んま~~~いっ!!」
声も高らかに、大げさに喜ぶ姿は、子どもそのもので、あまりにも無防備だった。
(……かわいすぎるでしょ。
この反応、どれだけでも甘やかしたくなるわ)
ココロワは微笑を崩さず、整えた膝の上に手を置いたまま、少しだけ上体を傾けた。
その仕草すら計算の内だと、自覚している。
「ふふ、お気に召していただけて、光栄です」
「お主、名はなんと申す!」
「車輪と発明を司っている、ココロワヒメと申します。気軽にココロワとお呼びください」
「わしはサクナヒメ。偉大なる武神タケリビと、豊穣神トヨハナの娘じゃ!」
胸を張って名乗る様子は誇らしげで、同時にどこか寂しさを纏っていた。
「存じております」
その言葉に、サクナは目を丸くした。
(そう、“あなたの物語”は全部、知ってる。だから、全部、わたしが正しく“導いて”あげる)
サクナの口いっぱいに団子を押し込みながら、ココロワは柔らかな笑みをたたえたまま、静かに様子を観察していた。
視線の角度。頬のゆるみ。声の抑揚。
今この子の心が、どれだけ開いているのかを、五感すべてで計っている。
「たいそう、よい団子じゃった!
いやはや、都には、こんな気の利いた神もおるのじゃな〜〜!」
ココロワは柔らかく微笑んだまま、手を膝の上で静かに重ねた。
仕草一つ、声のトーン一つまで“計算されている”ことに、サクナは当然気づかない。
ただ、団子の味と、やさしくて変わった神様に出会ったことに、無邪気に喜んでいるだけ。
(ふふ、よしよし。まずは“楽しい相手”という印象から刷り込んでいくわよ)
「それでお主、わしに何のようじゃ?」
その問いに、ココロワは少しだけ視線を伏せ、声を落とした。
「実はわたくし、友達がいないのです。なので……貴方と、お友達になれたらと……」
ほんの少しだけ潤ませたような瞳。
緊張している風を装った声色。
けれどその裏には、綿密に組み上げた心理的シナリオが走っている。
「ほんとうか!? では、今日から毎日、わしのところに来るとよいぞっ!」
期待を上回る反応が返ってきた。
サクナは嬉しそうに、両手をパァッと広げ、まるで“新しいおもちゃ”を見つけた子どものように無邪気にはしゃいでいる。
(かわいい。ほんとうに、かわいい)
「ありがとうございます……これからも、お茶やお菓子……それに、楽しい話も。たくさんご一緒できたら、嬉しいです」
ココロワは、やさしく手を差し伸べた。
「もちろんじゃ!
特別に、わしのことは“サクナ”と呼んでよいぞ!ふふんっ、特別じゃからなっ!」
名前呼びの許可。
それは“距離の近さ”を意味する、特別なサイン。
それを自ら言い出してくれるサクナに、ココロワは心から微笑んだ。
(ああ、順調すぎる)
肩が触れるか触れないかの距離。
けれどその“絶妙な間”を、サクナはまったく意識しない。
逆に、心地よささえ感じているようだった。
(これで、私は彼女の“日常に必要な存在”になれた……)
にっこりと笑いながら、ココロワは――心の内側で、静かに拳を握った。
(この子にとって、“隣にいて当たり前の存在”。その最初の一歩は、もう踏み出してる。)
「はい、サクナさん。これからよろしくお願いします」
(ここからじっくり……心を育てて、導いて、“わたしだけのサクナ”にしてあげる)
「じゃあ、明日も来てくれるか?」
「ええ。約束です」
微笑むココロワの瞳は、優しさと――支配の光で、ゆっくりと輝いていた。