ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話   作:高丸

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恋を芽吹かせ、愛咲かせ

サクナヒメの部屋は、都の中でも一等景色の良い高所にあった。

風が吹けば、桜の花びらが障子の隙間から舞い込み、陽が差せば、畳の縁が淡く金色に染まる。

高貴な神の娘として相応の格式を誇る空間――けれど、そこに立つココロワの眼には、ある種の空虚さがはっきりと映っていた。

 

畳には少しずつ歩いた痕。

座布団には、小さな手で折り曲げた跡。

そして、角に置かれた茶器は、一人分しか使われた形跡がない。

 

ココロワはニヤリとほくそ笑む。

 

(やっぱり、今のサクナはタマ爺と二人きり…その孤独に付け込んで、私の存在を徐々に大きくしていく。)

 

襖の前で息を整え、優雅に微笑みを浮かべ、声をかける。

 

「サクナさん、入ってもよろしいですか?」

 

「お、おうっ!もちろんじゃっ!わしの部屋に客が来るとは珍しいのう〜っ!」

 

慌てた様子で立ち上がるサクナ。

その手が、畳の上に置かれた団子の包みに伸びるが、時すでに遅し。

 

「ふふ、それは……また、おやつをつまみ食いしていたのでは?」

 

「べ、別にっ、ちょ、ちょっとだけじゃ!昼過ぎの間食じゃ!」

 

サクナが顔を赤くしながら両手で団子を隠そうとする姿は、

まるで子狐が盗み食いを誤魔化そうとするようで、可愛らしさに満ちていた。

 

「では、お茶をご一緒しても、いいでしょうか?」

 

「……う、うむ。仕方ないのう〜、と、特別に、許してやろう!」

 

(かわいい)

 

得意げな顔をするサクナに微笑み返しながら、

ココロワは懐から、小さな急須を取り出した。

茶葉が蒸気で開くたび、内部の歯車がくるくると回転する――自作の絡繰り急須だ。

 

「な、なにじゃそれは?すごいのう!お主どこでそれを手に入れたのじゃ!」

 

「わたくしが作りました。今朝、サクナさんとお茶を飲めたらと思って」

 

その一言で、サクナの瞳がまたキラキラと瞬く。

やかんの口から立ち昇る蒸気、ゆっくりと回る歯車の蓋、広がる茶葉の香り――

たった一杯の茶を淹れる所作が、もうすでに“娯楽”となっていた。

 

茶を飲みながら、ココロワは語る。

 

「都では最近、“飛ぶ木馬”が流行っているそうですよ。

風を読んで羽を広げて、子供たちが空に投げて遊ぶのです」

 

「なんじゃそれは、わしも欲しいぞ!」

 

「わたくしが作ります。あ、ですがその前に……」

 

ココロワはふわりと懐から、小さな“絡繰り虫”を取り出す。

木の足でコトコトと歩き回る、それは自走する虫の形をしたからくり細工。

 

「な、なんじゃこりゃあああ!!」

 

「“迷子の蟲”といいます。サクナさんに会いに行くように、今日から躾けました」

 

そのひと言に、サクナの顔が一瞬で緩む。

 

「ココロワ、お主……ひょっとして天才か?」

 

「ふふ、光栄です」

 

ココロワの話は、すべてが新鮮で、面白かった。

絡繰りに、都の流行に、昔語りに、茶器の仕組みに――

話題は途切れず、その豊富な語彙と命を吹き込むかのような語り口に、時の流れを忘れるほど引き込まれる。

 

「――――『六、七、八、九、今なんどきでぃ?』そこで、蕎麦屋の店主が言いました。

『へえ、今四刻でぇ』」

 

サクナが興奮して身を乗り出す。

 

「『五、六、七、八…』こうして、お代をちょろまかそうとした男は、逆に多くを支払う羽目になったのです」

 

笑いあり、驚きあり、ちょっとした痛快さと、最後はホッとする終わり。

ココロワはふわっと微笑みながら、サクナの反応を待った。

 

「ぶわっっはははははは!! その男は極めつけの阿保(あほう)じゃあああああ!!!」

 

畳を転げ回るサクナの笑い声が、部屋中に反響する。ココロワは心の中で満足げに頷いた。

 

(良い、良いわ。今この瞬間、“楽しい”という感情に、私の名が焼き付けられていく)

 

「すいません、サクナさん。そろそろわたくし、帰らねばなりません」

 

「ええ!? もうか!? まだ来たばかりであろう!」

 

「……サクナさん、外をご覧くださいませ」

 

サクナが障子を開けた先に、夜の帳が降りていた。

 

「よ、夜になっておる……」

 

「ですので、今日はこの辺で。また、明日――」

 

「嫌じゃココロワ!もっとここにいてくれー!!」

 

畳の上をゴロゴロと転がりながら、サクナは駄々をこねた。

その光景に、たまらずタマ爺が声を上げる。

 

「おひいさま!我儘ばかり申してはなりませぬぞ!ココロワヒメ様にもお時間が――」

 

「でも嫌なんじゃー!もっと話していたいんじゃー!」

 

ココロワは微笑みながら、手のひらを軽く重ねて膝を正す。

 

「ふふ……では、また明日も来ますから」

 

「ほんとうか!? 約束じゃぞ!!」

 

「はい。約束です」

 

「絶対じゃぞ!!」

 

サクナの期待を込めた瞳に、ココロワは心の中で確信を抱く。明日も、そしてその先も――彼女の心を、ゆっくりと包み込んでいけるだろう。

 

「ええ、絶対に。また、ここでお会いしましょうね」

 

サクナの笑顔を最後に見届けながら、ココロワは立ち上がった。

冷めた茶を一口、ゆっくりと飲み干す。

 

その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ――

鋭く、冷たいが光が灯る。

 

(もうすでに“種”は植えた。あとはゆっくりと水をやって、サクナの心に私という根が食い込むのを待つ)

 

足音を立てずに襖を閉めたその背中には、誰にも見せない、獣のような笑みが静かに浮かんでいた。

 

 

***

 

それから、季節が二度巡った。

 

ココロワは、毎日のようにサクナのもとへ通い続けた。

花が咲けば、押し花の帳面を。風が吹けば、風車を。

空に雲が流れれば、それを追いかける絡繰りの鳥を作って見せた。

 

「それにしても、ココロワの話はほんっとに面白いのぉ…わし、笑いすぎて腹を痛めるなど初めてじゃぞ!」

 

ココロワは微笑みながら振り返り、軽く首をかしげて言った。

 

「ありがとうございます。では、こんな話はいかがでしょう?」

 

サクナが目を輝かせて、すぐに答える。

 

「早う聞かせてくれ!ココロワの話なら、どんな話でも大歓迎じゃ!」

 

ココロワはちょっと考えた後、意地悪く微笑みながら話を始めた。

 

「ある日の夜、男たちが集まって己がもっとも恐れる物を話し合っていました。蜘蛛が怖い、狼が怖い、火が怖い。」

 

サクナは少し驚きながらも、興味津々でココロワに注目する。

 

「続々と上がる中で、太郎という男がこんなことを言いました。

『あっしは団子が一番怖い』」

 

「団子?なにゆえそのような物を怖がるのじゃ?美味いだけではないか」

 

「その通りです、サクナさん。なので、他の男たちは口々に疑問を投げかけました。

しかし、その太郎という男、尋常ではなく震え上がり、答えることすら拒否してしまうのです」

 

ココロワの声には、どこか含みがあって、サクナもそれを感じ取ったのか、首をかしげながらじっと聞き入っていた。

 

「それを見た男達は面白がり、翌日には山となるほどの団子を買い込んで、部屋に置き自分達は物陰へと隠れました。

しかし帰ってきた太郎はあらびっくり、山盛りの団子を一つ残らず食らってしまったではないか」

 

「なぜじゃ!?太郎は団子が嫌いではなかったのか!?」

 

「当然、男達は太郎を問い詰めました。

『おめえ、ほんまに嫌れえなもんはなんだべか!』」

 

ココロワは少し間を取って、サクナの表情を確かめるように見つめた。

 

「それでそれで、太郎はなんと申したのじゃ!?」

 

サクナの顔には、もうすっかり物語の続きを知りたくてたまらない様子が浮かんでいる。ココロワは満足げに微笑み、さらに話を進めた。

 

「『今は、餡に合う熱~いお茶が怖い』」

 

その瞬間、サクナは思わず畳の上に倒れ込み、大声で笑い転げた。

 

「ぶわっっははははは!太郎は天才じゃ!わしも団子とお茶が怖くなって来たぞ!」

 

「ふふっ…そう言うと思いまして、こちらに山盛りの団子と熱~いお茶を用意してあります」

 

サクナは日に日に笑うようになった。

最初は“都に友達ができた”というだけの、ささやかな喜びだったはず。

けれどその感情は、気づけば日々の空気のように、心の中に静かに、しかし確実に根を下ろしていた。

 

ココロワが現れるとサクナは目を輝かせ、笑い、安心した。

そして、ココロワが帰ろうとするたびに名残惜しそうに袖を引き、視線を離そうとしなかった。

それは、まるで小さな鳥が止まり木を求めるような無垢な甘えで――

ココロワにとって、それ以上ない“手応え”でもあった。

 

そんなある日の夕暮れ。

いつものようにお茶を淹れ終えた頃、タマ爺が静かに口を開いた。

 

「……ココロワヒメ様と出会ってから、おひいさまは本当によく笑われるようになりました……

貴方様には、感謝してもしきれませぬ」

 

その言葉とともに差し出された湯呑みを、ココロワは丁寧に両手で受け取る。

目元に浮かぶのは、決して崩れない“上品な微笑み”。

 

「わたくしなど、大したことは……

ただ、サクナさんと過ごすのが嬉しいだけです」

 

柔らかく響くその声に、タマ爺は深く頷いた。

その顔には、安心と安堵がにじんでいる。

 

表の顔は、あくまで謙虚で清楚。

しかし、心の奥では――

 

(ふふ……それでいいの。あなたが信じきってくれるのなら、それでいい)

 

湯呑みに口をつけるふりをして、ココロワは目線を少しだけ伏せた。

茶の香りの奥で、タマ爺の存在を“盤面から外れた駒”として認識する。

 

(一番面倒だったタマ爺の信頼は、これでもう完璧。次は――もっと、“孤独”を掘り起こす)

 

 

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