ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話   作:高丸

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片恋機巧譚(かたこいからくりたん)

ある日、サクナの部屋にて。

 

いつも通りの茶会。

けれど、今日は少し違っていた。

 

「なあ、ココロワ……」

 

「はい?」

 

「わしの母上と父上って、どんな神様じゃったんだろうな……」

 

その問いに、ココロワは一瞬、間を置いた。

だが表情には出さない。

 

(……来た。これが、サクナの心の空洞。その核心)

 

「サクナさんは……お母様とお父様のこと、あまり覚えておられないのですか?」

 

「うむ……なんか、顔はぼんやりじゃが……でも、強くて、優しかった……ような気がするんじゃ……」

 

その瞬間、ココロワは自らの感情を制御しながら、あえて少しだけ“感情的な声色”を使った。

 

「……わたくしも、親の顔は、あまり覚えておりません」

 

「えっ……お主もか……?」

 

「でも、記憶はなくとも……たとえ誰よりも遠くなっても……

心の中で“こうであってほしい”って願うことは、できます」

 

「こうであってほしい……?」

 

「サクナさんのお母様は、きっと美しくて、聡明で……

いつでも笑っていて、寂しい時には、静かにそっと寄り添ってくれるような方だったのではないでしょうか」

 

「……っ」

 

「だから今、もしも寂しさに潰されそうになった時は――

その“こうであってほしい誰か”を、わたくしに重ねてください」

 

「えっ……?」

 

「わたくしは、それでも構いません。

サクナさんの中の“理想”になれるのなら……嬉しいのです」

 

それは、確信的な一撃だった。

 

ココロワの“優しすぎる言葉”に、サクナの表情がくしゃっと崩れる。

 

「ううっ……うわぁあああああん!!」

 

「……サクナさん」

 

「ココロワ~~っ、わしはぁっ、ほんとはっ、ずっと、さみしかったんじゃああっ!」

 

泣きながら飛びついてきたサクナを、ココロワは静かに抱きしめる。

その腕の温度を、少しずつ上げながら――

 

(よし……これでサクナの心の穴に嵌まれるのは、完全に私だけ。他の誰にも入り込む余地はない)

 

サクナが泣き疲れて眠ってしまった頃、部屋の障子越しには夜風がそっと吹き込んでいた。

香炉の火は静かに揺れ、部屋の空気はじんわりと温かい香草の匂いに包まれている。

 

「サクナさん、サクナさん……起きてください」

 

「うむ…? ココロワ……?」

 

まどろみの中で名を呼ばれ、サクナがぼんやりと目を開ける。

泣き腫らした目はまだ赤く、頬には涙の痕がわずかに残っていた。

その姿すら、ココロワには愛おしいものに思えた。

 

「こんな所で寝ては、風邪をひいてしまいます」

 

そう言って手を伸ばし、サクナの額にそっと触れる。

優しい手つき。

 

「ココロワ…今日はもう、帰ってしまうのか?」

 

サクナのどこか不安げな声。

その響きに、ココロワの胸の奥がくすぐられる。

 

(ああ、いい反応。私がいなくなることに“恐れ”を感じ始めてる)

 

「いいえ。サクナさんがよろしいのなら、今夜は共に過ごしてもよろしいですか?」

 

「ほ、ほんとか!」

 

ぱっと瞳が輝く。

あどけない笑顔。まるで子犬のように無垢で、無防備で、ココロワにとっては“育てたくなる”感情そのもの。

 

「はい。ですがその前に、体が冷えてしまったでしょう。この茶を飲んでから眠りましょう」

 

「お主は本当に気が利くなぁ、恥ずかしながら、泣き疲れて喉が渇いておったのじゃ…」

 

素直に茶を受け取り、口をつけるサクナ。

その湯呑みの底には、ほんのわずかな高揚成分――“心拍を微妙に上げる薬”が、極めて薄く混ぜ込まれている。

 

これは惚れ薬ではない。

されど、恋と勘違いするには十分な“環境”が、もう整っている。

 

両親の喪失。

寂しさ。

癒しを与えてくれるたった一人の存在。

そして、今――

夜、眠り、“ぬくもり”という、心を無防備にする条件が揃っていた。

 

サクナが湯呑みを置いたとき、頬にはうっすらと紅がさしていた。

部屋の中は静かで、空気が少しずつ、意味を持ち始めていく。

 

「のうココロワ。お主と共におると、胸の内が温かくなるのじゃ。

これは一体なんなんじゃ?」

 

その問いは、単なる疑問ではなかった。

自分の感情に、自分で“名前をつけたい”という、本能の声。

 

ココロワは、微笑を浮かべた。

唇の端だけをわずかに上げる、完全に計算された“穏やかさ”。

 

「ふふ、わたくしもです。“お揃い”、ですね?」

 

それだけで、言葉は濁す。

断言もしない。けれど、否定もせず、ほんのりと“恋”をにおわせる距離感。

 

この一言は、サクナの心に疑問という形で新たな“種”を植える行為だった。

答えは与えない。

気付かせるために、あえて余白を残す。

 

そして――サクナの脳内ではココロワという存在が、「親愛でも、友情でもなく、特別な誰か」という位置へと変わり始めていた。

 

不安と温もり。寂しさと優しさ。

その狭間で、感情のラベルはゆっくりと形を変えていく。

 

「……ココロワ。今日は、隣で寝てくれるか?」

 

小さな声でそう願うサクナに、

ココロワはどこまでも穏やかな眼差しを向け、ふんわりと微笑んだ。

 

「ええ。サクナさんのそばなら、わたくしも安心できますから」

 

(さあ……このまま夢の中で、もっと“私”を好きになっていって。

愛し方すら、私が教えてあげるから――)

 

***

 

その日、ココロワはいつものように笑顔で訪れた。

 

藍染の布に包まれた一冊の本。

触れた指に、ほんのわずかな重みと温もりが宿る。

表紙には、金糸で控えめに――けれどしっかりと、こう綴られていた。

 

『片恋物語(かたこいものがたり)』

 

「今日は……少し、違った遊びをしてみませんか?」

 

「ほう? 本か? わしにも読めるやつかの?」

 

「もちろんです。文字は少し多めですが……サクナさんなら、きっと楽しめます」

 

そう言って差し出された本は、程よく使い込まれた感触を残していた。

表紙の角はわずかに丸まり、紙の匂いは、どこか懐かしく温かい。

 

「ふふ……こちら、都で最近ひそかに話題になっている物語なんです。“片恋物語”といいます」

 

サクナは少しだけ眉を上げたが、布を解く手は止めなかった。

その瞬間、彼女の目に金文字が映った。

“恋”という字に、わずかなひっかかりを覚えながらも、ページをめくった。

 

――そして、そのまま、動けなくなった。

 

『男にも劣らぬ手練れにて、猪のごとき勢いを持つ一人の女子(おなご)あり。

その名をウツスミと申し、平民の出ながら、剣にて都に名を馳せたる者なり。

腕は確かにて、肝も据わり、恐るることを知らぬ気性。

然れども、その身にて気づかぬうちに、人々は遠のき、傍らには語らう者ひとりも無く、胸の奥底には、言の葉にも乗せぬ寂しさ、ひそかに根を下ろせり。

 

彼の女子(おなご)、それを覆わんとて、より一層に声を張り、剣を振り、虚勢を張りて日々を凌ぎぬ。

まるで、誰にも弱き背を見せぬよう、風を切りて立ち続ける影のごとし。

 

されどある日、ウツスミが人知れず稽古の帰りし折――

静かなる庭にて、ひとり佇む若き男の姿ありけり。

黒髪は夜を梳きたるごとく艶を帯び、その眼は澄みて、心の底を見透かすごとし。

 

名はヒイラギ。

名家の御子息にして、文に優れ、言葉穏やかなる者なり。

彼の者、微笑むさまは姫君のごとく麗しきに、その声には、ふと心を撫でる風のごとき静けさあり。』

 

(……なんじゃ、これ……)

 

サクナは、ページをめくる手を止められなくなっていた。

最初は“暇つぶし”のつもりだったはずだった。

なのに、気づけば本の中に体ごと引きずり込まれている感覚があった。

 

物語の中のウツスミの息遣いが、自分の中に流れ込んでくる。

汗ばむ掌、胸の奥でくすぶるような不安、孤独――

それがなぜか、自分のもののように感じられた。

 

(わしは……なんでこんなに、惹きこまれておるんじゃ……)

 

隣では、ココロワが湯を注ぐ音だけが静かに響いていた。

けれどサクナには、それさえ遠く、霞んで聞こえた。

 

『その折、ウツスミ、ふと呟けり。

 

「あの御方、傍に在らせらるると、不思議と心穏やかに成るなり。

さながら、荒ぶる我が胸の内、風の音に鎮めらるるが如く……誠に、妙なる気色なりや」

 

さもあらん、

風を斬りて生きし者が、初めて風に包まれる心地を知りし、その瞬間なりけり。』

 

その一文を読んだ時、サクナの喉が、ごくりと鳴った。

文字が心に触れたのではない。

まるで、すでに自分の中に存在していた“感覚”を、言葉として見せつけてきたようだった。

 

目が離せない。

物語はもう、単なる話ではなかった。

それは――自分の“内側”だった。

 

無意識のうちに、サクナは本をそっと胸に抱いた。

ページを読み終えたわけでもないのに、何か大切なものを抱きしめるように。

 

(わしの心、一体どうしてしまったのじゃ……)

 

「ふふ、面白かったですか?」

 

ココロワの声が、夢から引き戻すように聞こえた。

サクナはハッとして本を離し、咳払いをひとつ。

 

「う、うむっ!まぁまぁ……ちと長かったが、読み応えはあったぞ!」

 

「それは良かったです。実は……“片恋物語”はこれで終わりではないのです。続きは、また今度お持ちしますね」

 

「えっ!? 続きがあるのか!?」

 

反射的に身を乗り出してしまった。

自分でも驚くほど、声が上ずっていた。

 

「はい。一巻ではまだ……“恋”という感情が芽生えたかどうかも、はっきりとは分からないでしょう?」

 

「う、うむ……ウツスミのやつ、妙な気持ちばかり感じとったが、結局なにも言っとらんしのう……!」

 

「ふふ……ですが、きっと読めば分かるはずです。

“誰かを好きになる”というのは、理屈ではなく、少しずつ――心が決めていくものですから」

 

ココロワの声はやわらかく、耳に心地よかった。

だがその笑顔の奥に潜む意図には、サクナはまだ気付かない。

けれど確かに、サクナの中で何かが始まっていた。

まだ名前も、形もない感情。

でも、それは確かに心のどこかに、芽を出していた。

 

(この一巻だけで、読書と感情の回路は繋がった)

 

ココロワは静かに湯呑みを口元に運び、

その裏側で、ゆっくりと目を細めた。

 

(次の巻では、“嫉妬”を仕込む。三巻では“告白の恐れ”……ぐふふ、完璧)

 

サクナの膝の上には、本を読んだ余韻がまだじんわりと残っていた。

その瞳は、遠くの物語を見つめているのか――それとも、隣の誰かを見つめているのか。

 

「ココロワ……次の巻、いつ持ってきてくれるんじゃ?」

 

「……もちろん、すぐにでも。楽しみにしていてくださいね」

 

その言葉に、サクナは安堵の息をついた。

 

(わし……あの続きを知らぬまま、眠れそうにないのじゃ……)

 

 

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