ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話   作:高丸

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すまん。間違って前の話の後半を投稿してたから、一回消しました。
これがほんとの六話や


契り人には、まだ遠く

夜は、静かだった。

鈴虫の声も遠く、風もなく、星も雲に隠れていた。

 

ココロワはまだ回復途中と称して、サクナの部屋に寝かされていた。

布団の中、穏やかに呼吸する彼女の横で、サクナは座布団の上にじっと正座していた。

 

もう三度目の夜。

 

手当ての包帯が少し減って、頬の傷も乾いてきたというのに――

サクナの胸は、治るどころか、どんどん苦しくなっていった。

 

目の前で眠る(ふりをしている)ココロワの姿が、

どれだけ優しく微笑んでも、どれだけ「もう大丈夫」と言っても。

 

(……怖いんじゃ)

 

目の前に横たわる彼女は、今にも消えてしまいそうな儚さを感じさせる。

そしてその横顔が、サクナの目にはまるで見えない障壁のように感じられる。

 

(また突然、いなくなるんじゃないかって、また何も言わずに……どこか遠くに、行ってしまうんじゃないかって……)

 

サクナは、拳を握りしめていた。

爪が掌に食い込んでも、何も感じなかった。

代わりに、胸の奥が――ギリギリと音を立てて締め上げられていた。

 

「……ココロワ……」

 

呼びかけると、ふわりと目が開いた。

焦点が合い、サクナを認めた途端、穏やかな笑みが浮かぶ。

 

「……起こしてしまったか……?」

 

サクナの目が、揺れた。

 

「だって……サクナさんが、泣きそうな声でわたくしを呼ぶから」

 

そう言って、ココロワは寝たまま、こちらを見つめる。

包帯の巻かれた腕が、そっと掛け布の上に浮かんだ。

その動作の、なんと弱々しくて可憐なことか。

サクナの喉が、きゅうっと痛くなった。

 

「わし……」

 

小さく声が漏れた。それだけで、胸がきしむ。

 

「わし、どうしていいかわからんくて……」

 

「はい」

 

「この気持ちが、なんなのか……でも、でも……」

 

唇が震える。

目が潤む。

けれど、もう止められなかった。

 

「……わし、おぬしのことが――」

 

言い切る直前だった。

ココロワが、ふわりと目を細め、笑った。

 

(まだ足りないわ、サクナ。

愛が煮詰まって、逃げ場のない泥になるまで――

私だけに沈んで、抜け出せなくなって)

 

「……ふふっ」

 

「――え……?」

 

「サクナさんが、そんなふうに照れるなんて、珍しいですね」

 

「え……あの、いま、わし……」

 

「やっぱり疲れているんですね。心がいっぱいになると、ちょっと混乱することもありますよね」

 

「ま、待ってくれ……別に混乱など……!」

 

「ふふ、無理に言葉にしようとしなくてもいいんですよ」

 

そう言って、ココロワは寝返りを打つ。

布の中で、そっとこちらに背を向けた。

 

(……今の……無かったことにされた?)

 

心臓が、ざらりと削られる音がした。

言ったはずだった。

けれど、言ったことにされなかった。

 

伝えたつもりだった。

けれど、“冗談”として処理された。

 

「…………っ」

 

拳が、震える。

けれど、もう一度言い直す勇気は、なかった。

 

なぜなら――

もし、もう一度言って、それでも笑って流されたら。

そのとき、本当に“拒絶された”と知ってしまうから。

 

「……おやすみなさい、サクナさん」

 

「………………おやすみ……ココロワ……」

 

夜の帳が降りる中、サクナはゆっくりとその場に膝を崩した。

 

言ったのに、伝わらなかった。

伝えたのに、触れられなかった。

まるで――夢みたいだった。

 

でも、夢ではなかった。

 

“本気の恋”が、“かわいい照れ隠し”にすり替えられた――

それが、ココロワの愛し方だった。

 

(……なら、もっと強くならねばならん。わしの気持ちが冗談などではないと……証明せねばならん……)

 

その決意が、彼女の胸に大きな炎を生み出した。

 

 

 

***

 

ココロワが回復し、自力で起き上がれるようになると、「仕事がありますので」と言って、サクナの部屋から自身の工房へと帰っていった。

 

それは当然のことで、決して不自然ではなかった。

だが――その背中が障子の向こうに消える瞬間、サクナの胸の内では、何かがそっと剥がれ落ちるような感覚があった。

 

それでも、彼女はまた部屋に来た。

また団子を受け取り、また笑った。

いつもと変わらぬ午後――そう、“表面”だけは。

 

茶器の湯が静かに湯気を立て、団子の甘い香りがふんわりと障子越しに満ちていた。

けれど、そんな平穏を壊すように――

ココロワの口から告げられた言葉は、あまりにも“静かな断絶”だった。

 

「すいません、サクナさん。この度、カムヒツキ様から正式に御役目を頂戴しました」

 

「……え?」

 

その一言で、時の流れが止まったようだった。

目の前の景色は同じままなのに、何か根底から塗り替えられていく。

ココロワは変わらぬ声色で続ける。

 

「なので、暫くの間忙しくなると思います」

 

その言葉が、まるで刀の背で胸を打たれたように響いた。

優しいのに、どうしようもなく痛い。

当たり前の報せ。断られたわけでも、拒絶されたわけでもない。

けれど――サクナの胸には、確かに“自分が外へ押し出される”感覚があった。

 

「今までのように、毎日ここに来ることは叶わなくなります」

 

その一言に、サクナの喉奥が焼けついた。

言葉が、ぽとりとこぼれ落ちる。

 

「ど、どういうことじゃ……?」

 

頭は理解していた。だが心が、追いつかない。

目の前にいるのは、いつものココロワ。

笑っている。優しく、丁寧に。

けれどその笑顔が、“壁”のように思えた。

 

心の奥に、ざわりと冷たい波が立つ。

波はすぐに、全身を覆い尽くしていった。

 

「そうですね。三日に一度は必ず訪れるように調整致します。なので……それまでは、待っていてください」

 

にこりと、穏やかな笑顔。

その柔らかさが、むしろ傷になった。

 

(……三日に、一度……?)

 

心がざらりと乾いた音を立てる。

その限定された愛が、

サクナにとっては“存在の否定”のようにすら思えた。

 

「……でも、もしまたあのようなことがあったら……」

 

喉から漏れた声は、自分でも情けないほど小さかった。

ただ、怖かったのだ。

あの日のように、何も言わずに消えてしまうのが。

 

ココロワは微笑んだ。

その目には、揺らぎひとつなかった。

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。もう以前のような無茶はしませんから」

 

その瞬間、心が凍ったように感じた。

サクナの鼓動が、わずかに――でも確かに、止まった。

 

「無茶……?」

 

声がかすれた。

耳鳴りのように、あの日の音が蘇る。

血の匂い。震える手。冷たい布。

それを、ただの“無茶”と言うのか。

笑って語れるほどに、大したことではないと言うのか。

 

「以前のような怪我や事故は、もう起こさないように気をつけます。

ですから、安心して……」

 

(安心など、できるわけがなかろう……!)

 

サクナは、自分の中で何かが軋む音を聞いた。

深く、鈍く、決して元には戻らない音だった。

 

「わしは……!」

 

口が開く。言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。

頭が熱い。胸の奥が、ひりひりと灼けている。

けれど、目の前のココロワは、何も変わらぬ顔で――

ただ、静かにサクナの声を待っていた。

 

「お主が、突然いなくなって……

わしが……どれほど、恐ろしかったか……!」

 

もう、涙すら出ない。

それほどまでに、感情が剥き出しだった。

 

「もう、会えぬやもしれぬとまで、思っておったのじゃぞ!」

 

声が震えた。指も震えた。

けれど、どうしても伝えたかった。

自分にとって、あの数日が、どれほど地獄だったかを。

 

ココロワのまなこが、一瞬だけ細く揺れた。

けれど、すぐに戻る。いつもの、柔らかい微笑みに。

 

「サクナさん……ごめんなさい。

わたくしにはまだ……これ以上の我儘は、許されません」

 

そして、手が差し出された。

 

「代わりに、これを」

 

布に丁寧に包まれた、藍色の文様。

開かれる前から、中身は分かっていた。

ココロワが、今のサクナに与える、唯一の“贈り物”。

 

『片恋物語・第五巻』

 

物語の中のウツスミは、きっとこの続きを迎える。

“欲しい”と願い、“触れたい”と願い、“奪いたい”とすら思った。

 

それでも、言葉は、届くとは限らない。

――現実もまた、そうであるように。

サクナは、震える手でその書を受け取った。

 

「ありがとう……ココロワ」

 

口ではそう言った。

だがその胸の奥では、ある種の絶望が、ゆっくりと根を下ろし始めていた。

 

(この気持ちは、やはり……“恋慕”だけでは、足らぬ。

わしは、もう……ただの想いだけでは、耐えられぬのじゃ)

 

『ヒイラギ、遠方の役目終え、ふたたび都へ戻りしは、

寒椿(かんつばき)匂いはじめし初冬の候(こう)なりき。

 

されどウツスミ、その再びの邂逅を、ただ歓びて迎うること能(あた)わず。

 

(――我、もはや……“嬉しき”の一言にては納まらぬものを、抱えておる)

 

いま一目彼の姿を見し折、

胸の内より湧き上がりしは、ただ

 

――「奪いたし」

 

と、言の葉にならざる焔なりき。

 

彼が誰と語らうとも、

いかに優しき声を交わせども、

そのひとつひとつに、もはや「羨まし」と感ずる余白すら、彼女の内に遺らず。

 

(……そなたの声、他者に聞かせたくはなし。

視線も、名を呼ぶその声も、皆、我一人のものたらしめたし)

 

いまや、これは「恋慕」と称するにはあまりに、

濃く、深く、そして危うきものとなりぬ。』

 

 

 

***

 

朝の空気は、どこか冴え冴えとしていた。

鳥の声も、団子の湯気も、何もかもが輪郭を持っていた。

 

サクナは、ひとつ深く息を吸い込んだ。

心を決めた朝の息は、少しだけ震えていた。

 

(もう、“待ってる”ばかりでは……伝わらぬのじゃ)

 

障子を開かれると、温かな陽が差し込む。

 

今日こそ――この胸にあるものを、

全部とはいかずとも、少しでも、伝えたい。

 

***

 

「お主、今日も相変わらず、涼しげで綺麗じゃのう」

 

「ふふ、朝からそんなに見つめられると……照れてしまいますわ」

 

「……わしは、お主の笑みが見られる日を、誰よりも心待ちにしとるのじゃ」

 

「それは光栄ですね。わたくしの笑顔なんて、得していただけるものかしら」

 

サクナの言葉は、ひとつひとつがまっすぐだった。

だが――ココロワの返しは、いつもの柔らかい笑顔で、

すべてを“上品な会話”へと変換してしまう。

 

「……今日の団子はな、特別仕込みじゃ。

 お主の好きな“山葵餅”をまねてみたのじゃよ」

 

「まぁ。覚えてくださってたんですね。優しいですね、サクナさんは」

 

「……好き、じゃからな……」

 

そう、小さく呟いた言葉。

でもココロワは、それを聞こえていたのか、いないのか――

 

ただ、茶を注ぎながら、にこりと笑った。

 

(……また、流されたのじゃ)

 

『その日を境に、ウツスミは幾度となく、

ヒイラギの姿を見るたび、胸裂くる思いに堪えぬ。

 

されど挨拶の言の葉すら震えて、

唇に乗らぬまま、喉奥に沈みゆくばかり。

 

陰(かげ)に潜みてのみ、

そを見つめる己が姿に、己ながら唾棄せしなり。

 

(――これしきが、剣にて都を渡りし我か。

いっそこの想い、斬り捨て得ば……)

 

剣を操るその手にて、心を掬ふ術はなく、

ただ不器用さのみが、雪のごとく積もりて、

胸奥を白く冷たく閉ざしゆくばかりなりき。』

 

次に会えるのは、三日後。

サクナの心に、ほんの少しだけ“棘”のようなものが残った。

 

***

 

 

 

今日は、違った。

 

(会えぬなら、わしが会いに行けばよいのじゃ。

 いま、お主の側に居たいというこの気持ちを……

 止める理由など、どこにもない)

 

そうして、神殿の一角にある“発明神の工房”へと向かった。

 

初めて踏み入るその空間は――

熱く、鋭く、喧しく、眩しかった。

 

歯車の回転音。

硝子器の泡立ち。

炭と蒸気の入り混じった匂い。

 

その中心に、ココロワがいた。

 

図面に赤い筆を走らせ、

助手の下級神たちへ立て続けに指示を出し、

試作機の歯車をいくつも組み上げては、再び分解し直している。

 

忙しない。

でも、凛としていて、美しい。

 

(……わしの知らぬ顔、ばかりじゃ)

 

声をかけようとして、足が止まった。

 

ほんの少しだけ、

ほんの一言だけ――

「来たぞ」と言えばいい、それだけのはずだったのに。

 

(今……わしが声をかけたら、

 お主の流れを、止めてしまうのでは……)

 

そう思った瞬間、言葉は喉の奥に沈んだ。

 

ココロワが、誰かに笑いかけていた。

きっと、いつもの丁寧で、気品ある笑みだった。

でも、サクナの胸には――焼けるように痛かった。

 

まるで、自分だけが“そこには入れぬ者”になったようで。

 

(……わし、お主の何を、知っておるのじゃ……)

 

そのまま、背を向けた。

足音を立てないよう、ゆっくりと。

 

呼び止められることはなかった。

 

『ある日の夕暮れ。

 

雪は未だ降らねど、風の冷気、頬に沁む折――

ヒイラギより一通の書、彼女のもとへ届きぬ。

 

「夜、裏庭にて、御目通り叶えば、この上なき幸いにて候」

 

筆圧、常よりも深く、

そこに籠もりし心ばせの強さ、読み取れし。

 

(――今宵、終の決着つけるべし)

 

ウツスミ、深く息を吸いて、

常に腰に携えし佩刀(はいとう)を、そっと帯より外しぬ。

 

今宵に刃は要らず。

必要なるは、ただ、想いと覚悟のみ。』

 

 

 

***

 

夜。

サクナの部屋には、湯気の立つ茶器も、団子もない。

机の上には、開かれたままの『片恋物語・五巻』があった。

 

『屋敷裏の庭、

月影淡く照らし、竹葉の音さえ息ひそめたるその場にて――

 

ヒイラギ、静かに木蔭に佇みをり。

 

ウツスミの歩みの音に気づきて振り向けば、

その目、迷いなき光を湛へ、穏やかに名を呼びたり。

 

「ウツスミ殿……お越し下さり、忝(かたじけな)う存じます」

 

「そなたが呼びし故に」

 

ただその言の葉交わしただけにて、

ふたりの胸奥に澱みし長き沈黙は、音を立てて崩れしが如し。

 

「我は、もはや……見ぬふりは致さぬ。

 

そなたが他の者と笑い、名を呼ばれる様を見れば、

胸、断たれし如く……耐え難し。

我は、そなたを――欲す。誰にも、渡したくはなし。

 

傍に在りてくれ。誰のものともなるでない。

そなたを、この手で守りたし。

……もし許されるなら……我が“契り人(ちぎりびと)”としたきなり」

 

その言の葉、真のままにて、

声震わせずとも、魂ごと響けるものなりき。

 

その告白に、ヒイラギはふっと眼(まなこ)を伏せ、

ややあって、静かに――深く、頷きぬ。

 

「……ようよう、口にして下された。

我も、長らく……貴女を思うておりました」

 

さればこそ、長きに渡る“片恋”は、

ここにて遂に、結びの刻を迎えたるなり。

 

ウツスミ、堪えきれぬ想いをそのままに、

彼――ヒイラギを、両の腕に強く抱き締めぬ。

 

「……もはや、手放しはせぬ。いかなる代償をも、構わぬ。

 

今宵、我は、そなたの一部となりて……ただ共に、夜を越したしと願う。

いかなる名を持たぬこの想い、そなたに注ぎ尽くさせてくれ。」

 

その声に、ヒイラギは目を細め、

微笑を浮かべたるまま、そっと囁きぬ。

 

「――我も、この身、この心――すべてを貴女に抱かれとうございます」』

 

 

月の光がページを照らす。

そこには、ウツスミの言葉が、真っすぐに刻まれていた。

 

『我が“契り人”としたきなり』

 

それを読んだ指が、震えた。

目の奥に、滲むものがあった。

 

(……わしには、言えぬのじゃ)

 

――言えば、きっと、また“冗談”にされる。

 ――“気の迷い”に、されてしまう。

 

 (わしのこの、降り積もるような気持ちが……)

 

胸の奥が、ぐぅ、と締めつけられる。

何もしてないはずなのに、心だけが、苦しくて。

 

(ココロワ……お主は、誰のものにもならぬ神でありながら……

 わしの心だけは、こうして掴んで離さぬ)

 

サクナは、寝台に潜り込む。

片恋物語を胸に抱いたまま、ただ、黙って目を閉じた。

 

(こんなにも、欲しているというのに――)

 

その唇が、誰にも聞こえぬほどの小さな声で呟いた。

 

ただ、障子の外で――

月が静かに沈んでいった。

 

 

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