ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話   作:高丸

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月を堕とすは、我が決意にて

その日、空はいやに高く、風は刺すように冷たかった。

 

三日に一度の“約束の再会”――

けれど今日の空気は、どこか違って感じた。

サクナは、縁側に座ったまま、何度も空を仰いでは目を伏せた。

けれど、手は落ち着かず、指先に力が入らなかった。

 

(……来る。もうすぐ……)

 

期待と不安がせめぎ合う。

“また会える”のに、なぜこんなに怖いのか。

 

――そして、やがて、馴染みある足音が、静かに近づいてきた。

 

「サクナさん、お待たせしました」

 

「コ、ココロワっ……!」

 

思わず立ち上がってしまった。

けれどココロワは微笑むだけで、特に言及もしなかった。

 

「“片恋物語”、第六巻です。これで最終巻。ヒイラギとウツスミの物語は、ついに幕を閉じます」

 

その声は、どこまでも穏やかだった。

けれど、その言葉のひとつひとつが、サクナの胸に棘のように刺さる。

 

(……終わってしまうのか。この物語も……)

 

渡された書物は、いつもの重さ。いつもの厚さ。

けれど、今日だけは――妙に、重く感じた。

それが“最後”であることを、肌で理解してしまったからかもしれない。

 

そして、渡されたとたん――ココロワが、ふっと視線を外した。

 

「ではサクナさん。今日は何をして遊びますか?」

 

そこからはあっという間だった。

ココロワに会えぬ、あの二日間の長さが嘘のように、時は刹那の早さで流れてゆく。

瞬きをした瞬間、外は既に夜だった。

 

「ではサクナさん。今日はこの辺で…」

 

別れを告げる声が響く。

 

「また、三日後に」

 

「……ああ……三日後に」

 

笑顔を保ったつもりだった。

でも、たぶん、うまくできていなかった。

 

襖が閉まる音が、やけに遠く聞こえた。

 

手の中に残ったのは、一冊の本。

ただの紙束。けれど今は――

まるで、ココロワの“温度”そのもののようで。

 

胸に押し当てると、熱くて、苦しかった。

 

 

***

その夜。

 

寝台に身を横たえたサクナは、静かに本を開いた。

『片恋物語・第六巻』――最終巻。

ページの向こうに待つ結末を知りたくて、それでいて、恐ろしくて。

震える指先で頁を繰るたび、胸の奥で何かが目覚めていく。

 

『月、すでに天頂を越え、

その光、さながら水面(みなも)のごとく冷たくも、えも言われぬほどに美し。

 

ウツスミとヒイラギ、互いに言の葉を交わすことなく、

ただ、黙して歩みを並べたり。

 

行く先は、離れの奥座敷。

長きこと使われざる、静謐に満ちた間なり。

 

板戸は軋まず、畳は凛として、

障子越しに満ちる月光のみが、ふたりの影を、ながく、ながく曳きぬ。

 

まるで、時すら息をひそめたるかのよう。

 

やがて、ふたり並びて畳に膝をつき、

少しの沈黙を経て、ヒイラギ、ゆるやかに口を開きぬ。

 

「……今宵、我は、この身を貴女に預けとうございます。

我が心も、命も、御身の御手にて抱かれたく……願い申し上げ候」

 

その声音(こわね)に、ためらいは微塵もなく、

ただ、静かなる誠意と覚悟のみが宿っておりき。』

 

言葉ひとつひとつが、心に深く突き刺さる。

その、ためらいもなく宣言される決意が、どこかサクナ自身の欲望を呼び覚ますようだった。

何もかもをその手に預ける。その感覚が、自分にはできるだろうかと胸が高鳴った。

 

『ウツスミ、返す言葉はなく、

そのまま、すっとその頬に手を添えぬ。

 

手は剣にて鍛えし者なれど、

その指先は、風よりも柔らかく――まるで羽衣のごとく、彼を包みたり。

 

ヒイラギの瞼が、ふるりと震え、

まなざしをそっと返したその刹那。

 

ふたりの唇、音もなく重なりぬ。

 

最初の口づけは、かすかなる吐息を混ぜただけの淡きものなれど、

やがてそれは、情を帯び、熱を帯びて――深く、深く、沈みゆく。』

 

始まりからもう、息が詰まりそうだった。

物語の中で、ウツスミとヒイラギはもう“言葉すら必要としない”ほど近くにいた。

ページをめくるたび、空気が熱を帯びていく。

描かれる言葉は、どれも静かで、美しくて、けれど――異様に、生々しい。

 

(……なんじゃ、この気持ちは……)

 

いつものように胸が苦しくなるだけじゃなかった。

喉の奥がひりついて、目が熱い。

そして――身体が、火照る。

 

手のひらがじっとりと汗ばみ、指先が震える。

足を組み替えても落ち着かず、背中がじんわりと熱い。

 

『唇が唇を求め、

指先が頬をなぞり、

そのまま首筋へ、肩へ、胸へ――静かに降りてゆく。

 

衣の合わせ目が緩み、

帯は音もなくほどかれぬ。

 

ひとつ、またひとつと、肌の白さが露わとなり、

それに触れるたび、ウツスミの心は、鼓動を忘れそうになる。

 

「……そなたの、ぬくもり。

……ああ……たしかに、ここに在る……」

 

言葉が、思わず漏れぬ。』

 

(ヒイラギの……肌……

 ウツスミの……息遣い……)

 

文字が、鼓動になって響いてくる。

布団の中で、思わず本を胸にぎゅっと抱きしめた。

 

たまらず、天井を見上げる。

目には涙が滲んでいた。けれど、それは悲しさじゃなかった。

 

(……苦しい……けど……それ以上に……)

 

身体が反応していた。

 

鼓動が、早まる。

息が、浅くなる。

胸の中心に何かが芽生えて、熱く、脈打っている。

 

唇が、乾いていた。

息を吐くたび、喉がひりついた。

それは間違いなく――ココロワへと向かっている。

 

(わし……わしは……)

 

『ヒイラギの肩、雪のごとく滑らかにして儚く、

その肌よりただようは、淡く甘き梅の香のごとし。

 

その一滴すら、ウツスミにとっては、命の香り。

まるで、長き夢の果てに辿り着いた、ひとしずくの現実なり。

やがて、ふたり、掛け布の中に身を沈めぬ。

 

身体が触れ合い、息が重なり、

その静けさは、いっそう濃く、深く――夜の奥底へと沈みぬ。』

 

ページの中、ヒイラギがウツスミの肌に指を這わせる描写。

息を呑むような接吻。

触れ合うたびにより深く、互いを求める姿。

 

(わしも……したい。ココロワと……)

 

そこにあるのは、衝動だった。

突き上げるような感情じゃない。

静かで、ゆっくりと、でも確かに全身を満たしていくような――熱。

 

今ここにココロワが現れたなら。

自分はきっと、もう迷わない。

ためらいなく、その手に触れる。抱きしめる。

そして、もう二度と離さないと誓うだろう。

 

このまま、すべてが溶けてしまいそうな夜。

眠りに落ちるには、熱がありすぎて。

目を逸らすには、想いが深すぎた。

 

――けれど、ひとつだけはっきりしていた。

 

この夜。

サクナの心と身体に、「性」が目を覚ました。

 

それは恋の先にあるもの。

ただ“想っている”だけではもう満たされない、渇き。

誰かを“欲する”という感情の、はじまり。

 

それは、穢れでも、迷いでもない。

ただの“本音”。

この胸の内に芽生えた、嘘のない、“目覚め”だった。

 

***

 

夜が、深く静かに降りてくる。

 

『片恋物語・第六巻』を閉じたサクナの胸の奥では、まだ名もなき熱が渦巻いていた。

息をするたび、心がざわつく。目を伏せても、胸の高鳴りは鎮まらない。

 

あれほど静謐で、美しい物語だったはずなのに――

読後のサクナの内には、ただただ嵐が吹き荒れていた。

 

(いま……ココロワに……触れたい……)

 

その思いが言葉となった瞬間、全身がきゅっと収縮した。

まるで、自分の中に何か異質なものが芽吹いたようだった。

羞恥も理性も追いつかない。ただ、身体の奥が疼く。

それは恋とは異なる、もっと深く、濃く、厄介で――抗えぬ感情。

 

(肌を……見たい。声が……聞きたい。手を……握りたい。顔を近づけたい……)

 

“欲しい”。

その言葉がまざまざと、脳裏に浮かび上がる。

 

(……ココロワの身体を、抱きたい……)

 

その一念に至ったとき、はっきりと理解した。

これはもう「心」だけの話ではない。

今の自分を支配しているのは、確かに「身体の渇き」だった。

 

呼吸が浅くなっていく。

脚のあいだにじわりと生まれる熱が、戸惑いと共に滲んでゆく。

無意識に握り締めた布の端は、汗でしっとりと湿っていた。

そのまま、逃げるようにまぶたを閉じた。

 

そして――夢を見た。

 

月明かりが、畳の間を淡く照らしていた。

そこに佇むのは、まぎれもなく、ココロワ。

その瞳は、いつものように、やわらかい光を宿している。

 

「……サクナさん。あなたに触れられるなら……わたくし、すべてを差し出してもかまいません」

 

「え……っ」

 

現実のような夢だった。

 

その声が、胸に焼きつく。

現実よりも現実めいた夢だった。

 

ゆるく結い上げられた黒髪、乱れた襟元、うっすらと紅潮した頬――

ひとつひとつが、サクナの理性を溶かしてゆく。

 

「ココロワ……」

 

触れた指先は、確かに温かく――

その肩は、逃げなかった。

 

夢だと分かっていた。

けれど、それでもいいと思えた。

この胸の奥にある「どうしようもなさ」が、すべてを肯定していた。

 

そのまま、抱きしめた。

唇を重ね、指を滑らせ、胸元をなぞる。

ただ、ただ――

この神のすべてを、自分のものにしたかった。

無限に広がる欲望が、ただただ満たされることを求めて、身体を突き動かす。

 

どこにも行かせたくない。

誰にも見せたくない。

ずっと、ずっと、自分だけの中に閉じ込めていたい。

 

「好きじゃ……!

お主のことを、どうしようもなく、愛してるっ……!」

 

ココロワは何も言わずに、ただすべてを受け入れるように、まなざしを返した。

その眼差しは、優しく、そして――すこしだけ哀しかった。

 

「……でしたら、わたくしを奪って。サクナさんが、わたくしの全てを支配して……」

 

その声が、夢の奥で響いた。

 

そして――

 

サクナは、汗に濡れた寝具の中で目を覚ました。

 

喉が焼けるほど乾いていた。

鼓動はうるさいほど鳴っている。

身体の奥に、今もなお余熱のような火が灯っていた。

 

(あの夢は……わしの“本音”じゃ。わしの中に、もう……)

 

“欲”が、芽生えてしまった。

それは、恋の先にあるもの。

“所有”したいとすら思ってしまう、どうしようもない渇き。

 

『片恋物語』の結末が、頭の中でぐるぐると回っている

 

『 「……ヒイラギ……我、もう……離れとうはござらぬ。

そなたの隣に在ることこそが……我が生(しょう)の証にて……」

 

「我も同じく……貴女は、我が心の最奥に――深く、深く、棲みついてしまいたり……」

 

その夜、ふたりは、まことに一つとなりぬ。

その瞬間、ただ一夜にして、永遠にも等しかりき。

 

その契りの証として、夜は静かに更けゆき、

月はゆるやかに傾きぬ。

 

ふたりの想いは、

長き時を待ちて、ようやく重なりし。

それは、刹那にも似た契りにて――

されど、永遠の約束ともなり得る、強き光なりき。

 

ゆえに、月が傾きて尚、

その影はなお離れず、

明けゆく空に、ふたりのぬくもりを、なお、残しおりぬ。 』

 

サクナは心の中で誓った。

 

(わしは、次の約束の日、ココロワを手に入れる)

 

――奪わねば、通じぬなら、

――この想いを、暴かねばならぬのなら。

 

もう、手段を選ぶ時ではない。

 




多分R17.9の内に収まってると思ふ
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