ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話 作:高丸
三日後の午後。
天の風は穏やかで、陽の光が畳を金色に照らしていた。
その日も、ココロワはいつも通りサクナの部屋を訪れていた。
けれど、どこか空気が違っていた。
ココロワがいつものように茶器へ手を伸ばそうとした、その瞬間。
「――ココロワよ、今日は少し変わった茶葉が手に入ってのう!」
サクナが、ひょいっと手を差し出し、茶器の取っ手を押さえるように制した。
その表情は、どこか誇らしげで、けれど少し照れくさそうだった。
「それはまた、楽しみですね」
ココロワは微笑んだまま手を引いた。
いつもの流れを変える提案――それだけで、心に小さな波が立つ。
「それでな、いつもココロワに入れてもらってばかりじゃろう?
だから、偶にはわしも……ココロワに茶を入れたいのじゃ」
ちょっとだけ早口になるその声。
それは、まるで“なにかを隠す子供”のようだった。
「ふふっ、そんなこと気にしなくていいんですよ?
わたくしが好きでやっていることですから」
やわらかい返事。
けれどサクナは、そこにかぶせるように笑って言った。
「いいんじゃ! わしもやってみたいだけじゃからの!」
ほんの少しだけ、声に力が入っていた。
“これは気まぐれだ”と自分に言い聞かせるように。
ココロワは、そんなサクナの声色の変化も見逃さなかった。
「……では、お言葉に甘えて。お願いします」
やがて、サクナが茶を差し出した。
湯呑を両手で丁寧に持ち、ココロワの前に差し出す手は、微かに震えていた。
ココロワは、微笑を絶やさずに湯呑を手に取る。
手のひらに伝わる熱。ふわりと立ち昇る香り。
――そして、舌先に乗る、わずかに苦く、舌に浸透するかのような異物感。
それは、あらゆる知識に精通しているココロワだからこそ感じ取れる、僅かな物。
(……これは、睡眠薬かしら。しかも――かなり強め)
「ど、どうじゃココロワ?」
その問いかけは、想像以上に震えていた。
一見堂々と構えているように見えるが、
瞳の奥では、サクナ自身が答えを“怖がっている”のがわかった。
(嬉しいわ……サクナ。最高の贈り物よ)
あれほど無邪気に見えていた少女が、
自分を“眠らせよう”としている。
それはつまり、“行動で欲望を証明してきた”ということだった。
「ええ、独特の風味がまた、甘味の味を引き立てるようです」
表情ひとつ変えず、口に出すその感想は、まるで普通のお茶会の会話。
「どこで買われた茶葉ですか?」
さらりと質問を重ねる。
その答えに、サクナの肩がびくりと動いた。
「え? あ〜……いや、実は知り合いから貰った物でのう!
聞き忘れてしまったわい! わははっ……」
笑いながらも、サクナの視線はどこか宙を泳いでいた。
その姿が、ココロワには可愛くて仕方なかった。
「今度会ったときにでも聞いてくることにしよう!」
「それはまた、楽しみがひとつ増えてしまいました」
ふんわりと笑い返す。
いつも通りの声。いつも通りの距離感。
「そういえばな――」
そのとき。
サクナが、話題を変えるようにふと声を上げた。
まるで「一刻も早く茶の話を断ち切りたい」と言うように。
けれどココロワは、何も咎めず、ただゆっくりと湯呑を口元に運んだ。
“いいわ、飲んであげる。
あなたの手で、私を縛るその手段ごと。”
***
数十分が経っていた。
昼下がりの柔らかな光が、部屋の隅をゆっくりと橙に染めてゆく。
その間、ココロワはいつも通りだった。
何気ない話題をつなぎ、都の出来事や絡繰りの話に、サクナも耳を傾けていた。
けれど――その声に、ほんの僅かな“乱れ”が混じり始めたのは、話の途中だった。
「――で、そのとき、風向きが急に変わって……ええと……それで……あれ?」
語尾が、ふわりと揺れた。
口調のリズムが、わずかに崩れた。
一瞬、サクナは気づかなかった。
だが、すぐに、その“異変”が視覚としても現れた。
ココロワの瞳が、かすかに揺らぎ、まばたきの頻度が増える。
頬にかかる髪を払う手が、少しだけゆっくりになった。
そして。
(眠い…)
ココロワは、いつもは青空の如く冴え渡る己の頭脳が、鈍く錆びついていくのを感じていた。
(私が眠った後、貴方は私に何をしてくれるのかしら…)
「……すいません。サクナさん」
呼ばれた名前に、サクナの背筋がぴくりと伸びた。
ココロワの声が、まるで羽毛のように軽く、けれどどこか締まりのない音に変わっていた。
「わたくし……今日は、少し調子が悪いようです」
その瞬間、
サクナの喉が、ひゅっと狭まるように音を立てて鳴った。
「申し訳ありませんが…今日はこの辺で…」
(……効いてきたんじゃ……わしの茶が――)
「失礼しても、よろしいですか…?」
サクナは、瞬間的に心が揺れた。
嬉しさ。
戸惑い。
罪悪感。
期待。
そして――熱。
「その前に……少し、横になってはどうじゃ?」
茶器を片付けようとするココロワの手が、止まる。
まるで、手先だけで動いていた機械が、突然電力を失ったように。
「……すいません、では少し……失礼を……」
言い終わる前に、身体がふらりと傾いだ。
その瞬間、サクナが手を伸ばしていた。
「……だ、大丈夫か!?」
慌てて支えたその肩が、思った以上に熱く、重かった。
ココロワは、サクナの腕の中に身体を預けながら、微かに苦笑する。
「……もしかすると、久しぶりに……無理、しすぎたかのもしれません」
そう言った声は、どこかあどけなくて、
まるで幼い神が、安心したように力を抜いたものだった。
サクナの中で、感情が渦を巻く。
嬉しさとも、怖さともつかぬ“熱”が、ぐらぐらと心を揺らす。
それでも、今はただ、ココロワの体温を感じていた。
静かに、静かに、
寝台に運び、布をかける。
肌の白さ。
睫毛の長さ。
唇のかたち――
今なら触れられる。
起こしてしまう心配も、拒まれる怖さもない。
この神は、いま、完全に自分の手の中にある。
茶器を片付け、灯りを落とし、
彼女の隣で寝台に入る。
目の前には、ぐっすりと眠るココロワ。
その姿はあまりに穏やかで、まるで命を持った人形のようだった。
呼吸は浅く、整っていて、触れれば壊れそうなほど、繊細な静けさが漂っていた。
サクナの手が、ふるふると震えた。
緊張か、高揚か、もはや判別すらつかない。
その胸の奥で、何かが確かに――熱を帯びて膨らんでいく。
今夜の彼女は、もはや“友”ではない。
頬をなぞり、髪を梳き、喉元に指を這わせる。
まるで“美術品”に触れるような慎重さ。
だが、それはやがて“愛撫”へと変わっていく。
そして、そっと耳元で呟いた。
「ココロワよ。今宵、お主をいただく」
その言葉は、まるで契約の呪。
甘く、囁くようでいて、明確な宣告だった。
「返さぬ」と。
「誰にも渡さぬ」と。
けれど、ココロワは何も答えない。
当然だ。
眠っているのだから。
(返事など、いらぬ。この静けさこそが、返事なんじゃ)
そのまま顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
一度だけでは満たされない。
もう一度。さらに深く。
それはまるで、神殿の奥に隠された禁忌へと踏み込んでいくようだった。
唾液が混じり、舌が絡み、熱が伝わる。
閉じたままの瞼。
何も抗わない、無抵抗の唇。
眠る神の身体は、ただ静かにそこに在るだけ。
絡み合う唾液が、ひとすじの銀糸となってココロワの頬を伝い落ちる。
その滴り落ちる光景は、どこまでも淫靡で、そしてひどく背徳的だった。
(お主は、わしのもの……)
心の奥で何かが崩れていく。
その音は甘美だった。
けれど同時に、どこか取り返しのつかない“境界線”を越えた音でもあった。
「……ふふっ……ふふふふ……」
声が漏れた。
それは、笑いとも、泣き声ともつかない――けれど確かに、悦びの音だった。
(ついに、手に入れた。
望んで、焦がれて、届かなかった存在が……
いま、わしの手の中にある)
星のない夜。
灯りを落とした部屋の中、
サクナは、誰にも邪魔されぬ初めての夜を迎えた。
けれど、その夜の記憶は、朝が来ると共にどこか霞んでいった。
理由は、わかっていた。
本当に欲しかったのは、“眠るココロワ”ではなかったからだ。
目を伏せず、こちらを見返すあの双眸。
理を説き、笑い、時に茶を差し出してくれる手。
眠らせて得た静けさは――
それを“封じ込めてしまった”という、どうしようもない矛盾。
だが、それでもその夜、サクナは確かに幸福だった。
ギリギリR17.9の内に収まってるやろ