ココロワに転生したレズが光源氏よろしくサクナを理想の恋人として教育していく話   作:高丸

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最終話 共依存機構、完成

目が覚める。

 

瞼を開けた瞬間、天井の木目がぼんやりと滲んでいた。

光はやわらかく、部屋の空気はぬるく静まり返っている。

――けれど、どこかがおかしい。身体が重い。感覚が鈍い。息が浅い。

 

「起きたか、ココロワ」

 

その声に反応して、ココロワはゆっくりと顔を横に向けた。

そこには、昨日と変わらぬ装いのまま、寝台の傍らに正座するサクナの姿があった。

髪も乱れておらず、手も膝の上にきちんと置かれている。

けれど、ただ一点――その眼差しだけが、冷えていた。

 

「……サクナ、さん?」

 

舌がわずかに回らない。喉が渇いている。

着物ははだけ、頭の奥に薄い靄がかかり、股の間には鈍い熱が残っていた。

足には痺れのような感覚があり、上体を起こすと、背骨がぎしりと鳴った。

 

――これは、

 

(……私は遂に、彼女の“もの”になったのね)

 

そう思った。

確信と陶酔が、喉の奥からじわりと滲み出す。

けれど顔には出さない。

目を細め、少しだけ困ったように微笑んで、あくまで“いつも通り”を演じる。

 

「随分……ご迷惑をおかけしたようで」

 

微笑は仮面。

口元に浮かべた“穏やかさ”を、慎重に丁寧に、乱さぬよう貼り直す。

 

「……どういうことじゃ?」

 

その問いに含まれた空気が、場を凍らせた。

サクナの声に、温度がなかった。

柔らかくもなく、怒りもなく――ただ感情が“抜けている”。

まるで何かを落としてしまったまま、拾うことをやめてしまったような声。

 

「わたくしの体を……布で拭ってくれたのでしょう?」

 

そう言って手を動かそうとした瞬間、手首にぴり、とした感触が走る。

 

――縄だ。

 

視線を下げれば、枕元の下から伸びた細い縄が、手首にしっかりと結ばれていた。

痛みはない。皮膚を傷つける気配もない。

けれどその“逃がす気がない”という意志だけが、皮膚を通して重たく伝わってくる。

 

足首も同じだ。

優しい手つきで巻かれたようなその縄は、まるで「甘やかな鎖」。

逃げようと思えば思うほど、“ここが檻だ”と気づかされる。

 

そして、サクナの顔。

 

無表情。

にこりともしない。泣いてもいない。怒りもない。

ただ、「そうするしかなかった」という、壊れた人形のような“納得”だけが、顔に浮かんでいた。

 

(嬉しい、嬉しい、嬉しい……!)

 

けれど、顔には出さない。

微笑も、恍惚も、わずかな狂気すら。

この瞬間すらも、“相手に言わせることで完成させたい”。

私の欲しい“愛の言葉”を、あなたの口から聞きたい。

 

「……どうして、縛るんですか?」

 

演じる。怯えを。困惑を。

わざとほんの少し声を震わせ、息を詰まらせる。

 

「タマさんはどこに…?」

 

その瞬間、サクナの顔がぴくりと引き攣った。

眉が微かに動き、口元に硬い線が走る。

 

“タマさん”――

たったそれだけの言葉が、サクナの内側に鋭く突き刺さる。

例え親代わりの存在であっても、

今この空間で、“サクナ以外の名”を言ってほしくなかった。

 

わしだけを見て、

わしだけを呼び、

わしだけを世界と信じていてほしかった。

 

それが崩れかけたたった一瞬に、サクナの中の“なにか”がはっきりと壊れた。

 

「ずっと、お主のことが欲しかった」

 

その言葉は、ただの告白ではなかった。

焼き尽くすような熱と、呪詛のような執着が込められていた。

 

「誰にも触れさせたくない。

誰にも見せたくない。

誰にも、名前すら呼ばせたくない」

 

迷いも、理性も、常識もすべて剥がれ落ちて――

それは、人が人を欲する原初のかたち。

腐り落ちるほどに甘く、

光すら差さぬほどに真っ直ぐで、醜くて、美しい。

 

「共に暮らそう。ここで。永遠に」

 

サクナの目の奥に宿っていたのは、

ココロワが焦がれて止まぬ――爛れきった、純然たる独占欲だった。

 

そして、ついに。

 

「嬉しいわっ……“サクナ”っ……!」

 

その声は、演技ではなかった。

今まで幾度となく、心の中では呼び捨てていた名前。

けれど、面と向かって声に出したのは――これが、初めてだった。

 

「“私”も、ずっと……“サクナ”のそばにいたかった…!」

 

その音を、サクナは確かに聞いた。

目を、見開く。

その眼差しには、驚きと、歓喜と、混じりきらぬ戸惑いが入り交じっていた。

けれど次の瞬間、すべてを押し流すように、

 

「……貴方の愛を、受け取ります」

 

ココロワが告げたその言葉は、

自ら檻に入る者の“自発的な誓い”だった。

 

サクナの指が、かすかに震えた。

声は出ない。言葉が、うまく口から落ちてこない。

ただ、胸の奥がじん、と焼けつくように熱く――

その熱が涙となって、頬を伝った。

 

欲し、求め、奪い、与え、壊し、喰らった――

そのすべての果てに残ったのは、

ひとつの静かな結末。

 

この夜、ふたりは――

互いの狂気を抱きしめ合い、完全な恋の機構を閉じた。

 

まるで絡繰り人形が最後の歯車を噛み合わすように、

すべては収まるべき場所に収まり、もう二度と戻れない。

 

永遠が始まる音すらないまま、

夜は静かに、更けていった。

 

 

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