どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目)   作:bbbーb・bーbb

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──みいつけた。

 歌声の代わりに、息遣いのみがあった。もう一つ、白い硬質な足裏が地面を踏みしめる音がこつこつと響いている。

 

 ふとアキラの鼓膜を掻く、金属の擦れ合う長い音。見てみれば、狩人の懐から巨大な曲刀が伸びていた。

 

 その背中には二つに折り畳んだように見える木製の曲がった棒を抱えており、ノコギリ鉈は既にどこかへやっていた。

 

 構えを取る塊の中、狩人がゆっくりと歩き出していく。先に動いていたリュシアも数歩遅れて前へ出ると、それを皮切りにアキラを除く全員が巨体目掛けて駆け出した。

 

 ──閃光。血液にも似たそれが一閃。二手に分かれて飛んだ五人の間を開き割る。

 

 「それ」の頭上にて赤黒い球体が高速で渦を巻き、次々と同じ色の光弾で張られた弾幕が狩人らを追う。

 

 動きの極端に速い相手ではない。そう踏んだ狩人が地を蹴り、消えたと思えば十歩ほどの距離を既に詰めていた。伸ばせば腹に拳の届く位置である。

 

 刺すように飛んできた右脚に身を翻すなり潜り込み、すれ違いざまに刀身をふとももに滑らせる。水に沈めるように骨まで達した。

 

 直後、背後からの衝撃によろめく巨体。イドリーである。顎と地面の触れそうなほどに身を低く跳ぶ狩人の頭上を掠め、イドリーの戦槌が無事な膝裏を叩き割ったのだ。

 

 片膝をつく巨体と、一歩遅れて振り下ろされた真斗の大剣。刃物と化して肥大した右腕がそれを受け止めると火花さえ散った。

 

 刃を噛んだ右腕を巨体が左に薙ぐと、その視界に真斗の顔面が現れた。腕を戻すようにして顎に肘を叩き込まれ、咄嗟に真斗が数歩下がる。

 

 突如巨体の胸から飛び出す黒。リュシアの召喚するデュラハン、その剣である。

 

 立ち上がる勢いを利用した振り返りざまの右アッパーに消し飛ばされるデュラハン。巨体の咆哮に皆が後方へ吹き飛ばされる。

 

 後ろに転がった狩人が起き上がるなり、勢いよく壁を叩いたような甲高い隕鉄の音が空気を裂いた。見れば、背負っていた棒は展開し、持ち手となって曲刀と繋がっている。その風貌は大鎌そのものであった。

 

 葬送の刃。かつて最初の狩人の用いた大鎌は、その名に違わず弔いの為の代物である。無論、それは戦闘に適さないことを全く以て意味しない。

 

 空気が凍る。鎌は背中へ。右肩の上で柄尻近くを握りしめ、左手は腰の後ろへ。刃は地面近くへと下ろされ、曲がった刀身の先は、巨体からは狩人の左脚から天井へ向かって伸びているように見えた。

 

 狙うは懐。すれ違いざまに斬る。一瞬の溜めの後、狩人の縮地。巨体が右腕を真っすぐ天井へ掲げる。

 

 入った。筋肉が爆発するばねとなる。大鎌を一閃。巨体の袈裟斬り。一瞬先なのは後者であった。先に動いていたのだ。文字通り、真っ二つとなる狩人。

 

 しかし、二つとなった狩人が離れるその瞬間、確かに大鎌は巨体に触れた。抵抗は無かった。空気を斬る清潔な、隕鉄の音が鳴る。

 

 狩人は仕組みを知らない。知るつもりすらありはしなかった。なぜこの鎌が、これほど血の応酬に強いのか。それは弔いの祈りによるものかもしれず、あるいは単純な切れ味によるものかもしれない。

 

 つまるところ、狩人にはどうでも良かったのだ。ただそれが、葬送に役立つならば。

 

 右肩から左脚の付け根まで。いよいよ奥を見通せそうなほど離れ始めていた二つの間に血が迸る。隙間の景色が埋まっていく。

 

 わずか、瞬き一つ分の一騎討ち。互いが遥か遠くで背を向けたまま、じっと硬直している。息を呑むアキラの声の直後に噴き出した血液は、緑色であった。

 

 崩れ落ちた巨体がすぐに再び立ち上がる。駆け寄った真斗が大剣を振り下ろすも、地面を叩き割るのみであった。消えたのだ。

 

 遅れて流れるかぞえ歌。目に見える脅威は無い。それが意味することはただ一つ。「目に見えない脅威がある」。

 

 このかぞえ歌の第一番を歌い切らせてはならない。アキラの直感と経験がそう叫んで頭を揺らしていた。恐らく間違いでは無いだろう。唯一の問題は、どう中断させるか、彼らの誰にも見当がつかないことである。

 

 頭を抱えるアキラ。背を向けて囲む四人。皆も無論、白痴ではないのだ。頼りのプロキシが過集中の負荷に固まっているとなれば尚更である。

 

 かぞえ歌の半分が歌い終えられたその時、痛むアキラのニューロンに、ふと小さな記憶の電流が走る。

 

「『かくれんぼ』……?」

 

 それは幼きリュシア、まさに今相対する者の執着してやまないもの。見えぬ相手とかぞえ歌。まさに今の今までに飽きる程やってきたことではないか。

 

 第一番の三分の二が終わった。もう時間は無い。汗に濡れた掌を太腿の生地に執拗なほど擦り付け、染み込ませるアキラ。見えないものを探すなら、あれしか方法は無いだろう。こめかみの下、瞳の奥に力を込める。

 

 「覚感の術」。かつて彼が師匠より教わった秘儀。能うことは多種多様だが、本来人には見えざるものを見せることもその一つである。啓蒙と似たその力は、しかし根底より袂を分かつものである。

 

 四分の三。いやもはやあと数行か。青く染まったアキラの視界が壁を舐めまわす。

 

 ──見つけた。三人居る。同じ体格、同じ姿、異なる色の幼いリュシアが、三人。赤と赤と青。青は一人。そして本体も。

 

「あそこだ!」

 

 指を指した時、既に巨体はアキラの視界を覆っていた。刃先は既に鼻の頂点に迫っていたが、アキラにはそれが酷く遅いものに見えた。身体が動かない。妹の顔が脳裏で形を成した、まさにその時。

 

 刃に向かって真横から、縦一文字の振り下ろし。わずかに逸れる剣筋。直後鳴り響く轟音と土煙にアキラの肩が反射で跳ねる。遅れて左頬を刺す違和感に手を当ててみれば、掌は一線の模様に赤く染まった。

 

 全員が慌てて駆け寄ろうとした土煙から飛び出した、二つの巨体。片方は真斗である。

 

 真斗の怒号が地面すら震えているような錯覚を引き起こす。彼の連撃は悪く言えば力任せででたらめで、良く言えば若い。

 

 真っすぐ、片手で何度も縦に振り下ろしながら前へ出る。とにかく大きな質量をとにかく高速で叩きつける。ただそれだけであり、故に防ぐは至難である。若く大きな獣の膂力は、それだけで十分すぎる程に脅威たるのだから。

 

 白き巨体、山のようなそれが目に見えて押されている。切り結んですらいない。ただ右腕を頭上で水平に構え、圧倒的なエネルギー量に踏ん張っている。炎で肩まで黒く焦げていた。

 

 ひとたびコンクリートにひびが入るとたちまち巨体の両足先が地面へ沈み込み、そのまま石の海を割って進む大船のような跡を残して滑っていく。

 

 好機。見逃す者など居る筈も無かった。背後より飛び掛かる三人。幻影デュラハンの刃が突き刺さり、イドリーの戦槌が背骨を凍らせ叩き割る。

 

 ──風切り音が、一つ。真斗をくぐった狩人の大鎌。右から左へと一閃。大気が凍る。

 

 直後、緑色の血液が真斗の顔面を殴りつけた。リュシアとイドリーの間を通るように後ろへ数歩巨体が下がる。追撃。巨体の顔面にめり込んだ戦槌の下から、リュシアが腹部目掛けて繰り出した、渾身の突き。

 

 白い身体が吹き飛ばされる。地面に叩きつけられて数秒、それは起き上がろうとして、しかし足を滑らせて膝をついた。

 

 決着だ。せめて、葬送は人らしく。狩人が一歩踏み出すと、その前に居たリュシアが、背を向けたままそっと手で制した。全員が動きを止めると、巨体の苦しそうな息遣いだけが辺りに響くようになった。

 

 荒々しいその声に、混ざる者が一人。

 

「ひとつ、星を」

 

 掠れる手前のか細い歌声。杖と本を床に、静かに乗せる。青い髪を揺らしてゆっくりと進むその背中に恐怖はなかった。

 

「ふたつ、星を」

 

 巨体の呼吸が落ち着いていく。それは膝で立ったまま、目の前の人間を、目も無いというのに呆然と眺めている。小さなあの子も、巨体の横で同様に彼女を見つめていた。

 

 互いの間から、遂に距離が消えた。

 

「みっつめ、はどこでしょう」

 

 膝を曲げ、そっと瞼を閉じ、額を重ねる。巨体から漏れた息は震えていた。触れた場所から、黄金色の輝きが広がっていく。

 

「みいつけた」

 

「リュシア」

 

 巨体が声を掠らせると同時に、輝きは波として、正に爆発した。広い広い広場を、瞬く間に覆いつくして、そしてすぐに消えていく。

 

 巨体もその例外ではなかった。大きな白のあらゆる個所が、エーテルの粒子となって待っていく。考えるより先に、リュシアはその右手を掴んでいた。

 

「おとうがね」

 

 小さなリュシアが身を乗り出すと、大きな方も彼女を見つめた。彼女もまた消え始めていたが、笑っていた。見開かれたリュシアの瞳は微細に揺れていた。

 

「『大きくなったね』って」

 

 瞳の震えが勢いを増す。巨体の顔を見つめなおすと、それは既に半分以上が消えていた。それとね、と彼女が続ける。

 

「ごめんよリュシア、見届けてやれなくて」

 

 どちらもが消えるその瞬間、最後に響いた幼い声には、確かに男のそれが混ざっていた。懐かしいあの人の、あの優しい声が。

 

「おとう」

 

 下の瞼に、みるみる内に透明な液体が溜まっていく。堪えられる筈が無かった。両の頬が濡れていく。

 

 虹色の粒子を追いかけるように立ち上がり、一瞬だけ空へ向かって手を伸ばす。何も掴めないことなど確かめるまでもなかった。歌声が消え、辺りが一層静かとなる。

 

 一滴の澄んだ液体が、音も無くコンクリートに吸い込まれていった。

 

「行っちゃった。やっと来てくれたばっかりなのに、またどこかに行っちゃった」

 

 潤んで掠れた声に返す言葉も無く、アキラ一行にできたことといえば、暫く一人にさせてほしいという頼みに「なら、何かがあったら必ず呼んでくれ」と頷く程度のものであった。

 

 リュシアが広場の縁に腰かけるのを背にして歩いていく。リンの操るボンプがしきりに振り向いていた。きん、と音を立てて狩人が鎌を曲刀へ変える。

 

 イドリーが幻を見つけるまで、そう長い時間はかからなかった。サラ、の二文字が出るなり狩人とアキラの間の空気が色を変えた。

 

 無理はしないようにアキラに言われながらも、あと少しなら大丈夫と言って快くそれを可視化するイドリー。幻は二つあった。

 

 一人はイドリーの言っていた通り、あの忌々しき女、サラ。狩人が殺すと誓った女である。問題はもう片方、その女となにやら計画めいたことを話しているもう一人の影であった。

 

「大兄弟子っ!?」

 

 驚愕に目を見開くアキラ。狩人が僅かに柄を強く握り締める。話に耳を傾けると、いくらか分かることがあった。

 

 まず、葉釈淵はサラと敵対していない。お世辞にも仲睦まじい様子とは言えないが、殺し合いを行ってはいないのだ。

 

 彼ら二人の目的は「始まりの主」とやらを呼び出し、謁見を果たすことだという。釈淵の方は、それの力で悪夢を払ってもらったのだと。

 

 悪夢。それが狩人と関係するものかを皆が──狩人自身すらも──考えているうち、行き止まりと出くわした。

 目の前に広がるコンクリートの灰色。

 

 エーテルの裂け目を通って彼らが更に奥へ進んだこと、それが分かったことはよい。問題は、Fairyの言葉を信じるのなら、その裂け目が再び開くまでに最短で30日はかかることである。あの忌々しい次元の裂け目の開閉には、一丁前に周期性というものがあるらしい。

 

 そういうことなら、今は戻ろうか。目印だけつけて、アキラたちは来た道を戻っていった。リュシアは元気な様子を取り戻していたが、目には僅かに泣きはらした跡があった。

 

 そうしているうちに、やがて例の場所へ辿り着いた。開け放されたままの白いシャッター。ホロウの出口であり、イドリーを「町」に縫い留めてきたものである。だが今、もはや彼女を縛るものはない。

 

 だが真斗が見下ろしてみれば、イドリーが門の前で立ち止まり、気持ち俯いたまま、よく見れば拳まで握りしめているではないか。

 

 ふと、手元に生まれた熱にイドリーが目をやると。アキラの手があった。顔を上げた拍子に目が合うと、彼は微笑んだ。

 

「行こう」

 

 たった一言と共に踏み出された一歩は、あまりにも呆気なく地を踏んだ。左足も前に出して振り返ると、もう門は彼女の背後であった。

 

「──ほら、イドリー」

 

 次にイドリーが目を覚ましたとき、彼女は夜の街、その明るさに目を細めていた。もう夜も更けているというのに止む気配のない喧騒の中、不思議と一人の声だけがくりぬかれたようにはっきりと聞こえる。

 

「帰ってこれたよ」

 

「ええ……そうね……」

 

 アキラ。彼の声を聞いていると、これまた不思議とイドリーの心は落ち着いていった。唯一無二の輝く瞳が、イドリーの視界に瞬く。

 

「ただいま」

 

 笑うイドリーの右目には、微かな涙が溶け消えていた。

 

「おかえりい。探してた人が見つかったならいいけど」

 

 センチな雰囲気の中を割り開いて、聞き覚えのある声に辺りを見渡して困惑する狩人が、真斗に言われて視線を下げると、小さな身体に大きなお耳、そしてその全てを包み込む桃色の獣毛が目に飛び込んだ。照である。

 

 繭の中に居た連中はどうだ。真斗が聞くと、皆無事だったと帰ってきた。戻るのがあと一時間遅れていれば追加で捜索部隊が出されるところだったと聞き胸を撫でおろす一同。

 

「およ? 初めましての人が居るね。キミがイドリー?」

 

 瞼を見開き、驚いたように目の前の女を見つめる照。無言を貫き、どこか上の空な様子を見せるイドリー。

 

 まさか、まだ人の見分けが付かないままなのか。アキラが心配すると、イドリーは慌ててそんなことは無いと返した。

 

「ただ……見入っちゃって。『夜魔の語り部』に、『荒魂丸』……」

 

 ふたりとも、まさにハンドルドール通りの名をしているとイドリーは微笑んだ。これでようやく顔と名前のイメージが一致したわけである。

 

「私はどうかね」

 

 背後から狩人が問う。イドリーの身体が凍る。ぎこちない動きでゆっくりと振り向かれた顔面は、しかしすぐに驚きと困惑、そして何より安堵によってその硬度を失った。

 

 目が二つしかない。まずはそれに安堵した。あの顔面いっぱいに広がる冒涜的な色の瞳は、既に消えていたのだ。ただの人間の青い目が、二つだけ。

 

 口と鼻を覆う黒いマスクを外しても、やはりそこにいるのはただの若い西洋人に過ぎなかった。何故か帽子だけは頑なに取ろうとしなかったが。

 

「はいはい、とにかくみんなが無事でよかったよお」

 

 ぱしん、と両手を合わせ、話をまとめる照。今回の任務が上手くいったのはアキラたちの活躍のおかげであるため、後日また飲茶仙の予約を取って改めてお礼をするそうだ。

 

「それじゃあ、今日はゆっくり休んでねえ」

 

 アキラから「輝磁の匣」を回収すると、気の抜けた声と共に照は去っていった。話しているうちに流石に人気も少なくなっており、多少静かになっていた。

 

 そうだ。真斗がはっと顔を上げる。イドリーが今晩泊まる場所が無いのである。彼女はそもそもこの辺りの生まれではないのだ。

 

 柚葉に泊めてもらうことを真斗に勧められたイドリーは顎に手を当て、少しの間低く呻った後、何かに気づいたかのようにリュシアの顔を見た。

 

「リュシアちゃんはどこに泊まるの?」

 

「あたしぃ?」

 

 リュシアが目を丸くする。彼女は夜は寝ないがために基本は宿無しであり、テントで過ごしているらしい。一緒に寝転がるかと聞かれ、イドリーはうっとりとした顔で快諾した。

 

 漂い始めた解散ムードに従い、やがて各々が各々の帰路についていった。

 

 しかし去り際、イドリーがもう一度振り向いた。真っすぐ、同心円の浮かぶ瞳でアキラの瞳孔を見つめる。

 

「何から何まで本当にありがとう、アキラ。また明日も、きっと会えるわよね」

 

 ほんのわずかに不安げな声と、それでいて確信を抱いた眼差し。それを見るとアキラは柔らかく微笑み、当然だと返した。

 

「おやすみ、イドリー。良い夢を」

 

 その言葉にイドリーは真っ白な歯を見せ、そしてまたリュシアの下へ戻っていった。Have a good night, good friend! 狩人が言うともう一度だけ彼女は振り向いて、笑顔を見せて手を振った。

 

 そうしてアキラと狩人の二人が澄輝坪に置かれると、やがて狩人もアキラと分かれることとした。最寄りの灯りは適当観の中にあるが、今夜は暫く辺りをうろついていたいのだと狩人が言う。

 

 狩人。それではと向けた背中にかけられる、アキラの声。

 

「ありがとう」

 

「……礼には及ばん。私がそうしたかっただけだ」

 

「だって、あの時、君は泣くのを堪えていたじゃないか」

 

 狩人の動きが止まる。背中は向けたままだったので、アキラには顔は見えなかった。

 

「間違っているなら謝るとも。けれど、君はこういうことが特別嫌いなはずだ」

 

 少しの沈黙のあと、恐らくはと答える狩人。ガスコインとその娘について詳しく話したことはないが、彼は良くも悪くも感が良すぎる節がある。

 

「蒼角に刃を向けたときでさえ、躊躇いがあるのが僕にすら見えた」

 

 責める口調ではなかった。ただ、アキラは伝えていた。互いに口を閉じると、そのまま数秒にも数分にも思える程の間黙りこくった。

 

「でも、それでも君はやってくれた。ありがとう」

 

「……こちらこそ、いつも助かっているとも」

 

 再び歩き出す背中を眺め、ゆっくりと踵を返すアキラであった。

 

 

 

 ……狩人が血質特化型千景作りを諦めたのは、衛非地区の時間で数日、夢の中の時間で数ヶ月後のことであった。物理併用型の方が使い勝手が良いではないかと自分に言い聞かせる方が早いことに気が付いたのだ。

 

「それにしても、全く不思議な偶然もあるものだ」

 

「うん。わたしもびっくりしちゃった」

 

 狩人がビスケットを一つ摘み、口へ運ぶ。隣ではイドリーが笑ってミルクティーを飲んでいる。茶葉も牛乳も、イドリーのビスケットも、どれもこれも安物だが、美味ければそれで良いのだ。

 

 きっかけは単純なことである。いつものように賞金首を負っていた狩人が、いつの間にか新エリー都の漁村に来ていた。

 

 どこに相手が住んでいるか分からないので、民家の呼び鈴を鳴らしては家主の顔を確認し、人違いと分かれば隣の家の呼び鈴を鳴らしてを繰り返していたところ、イドリーと会ったのだ。怪談作りのために一時的に帰省していたらしい。

 

 去ろうとしたところを呼び止められた狩人に、断る理由は無かった。どのみち、幾らでも時間はある。怪談作りに協力してほしいと頼まれたのだ。

 

 狩人は、自身がヤーナムにて体験したことを──プライベートとやらにより、話を作る際には様々な改変を加えるそうだ──話した。

 

 狩人とて、ヤーナムの全貌を知っているわけではない。しかしそれでもイドリーの目に適う話だったようで、彼女は話の間中、しきりにペンを動かしていた。

 

 そして菓子と紅茶を嗜みながら友人と話ができるとなれば、狩人も楽しくない道理が無かった。先触れを見せたら舌なめずりされたときはちょっとだけ怖かったが。

 

「信じられるかね、あの時の彼らを。葉が『悪夢』と言うなり揃って私を見つめおって」

 

「ふふ、だってしかたないじゃない。悪夢の主になるほうが悪いわよ」

 

「手厳しいな」

 

 弾けるように一瞬笑い声を上げたあと、狩人が紅茶を一口飲み、机にカップを戻す。今こぼしたら大変なことになるからか、心なしか扱いが慎重さを帯びていた。

 

 ヤーナムの話が終わってから数十分。ホラー映画のビデオがあったので鑑賞することになったのだが、内容があまりに下らないものだったので二人ともひっきりなしに喋っていた。

 

「そうだ。人形ちゃん、わたしを『様』付けしないで呼んでくれるようになったの」

 

「本当かっ」

 

「うん。このまえ会ったら、『良い天気ですね、イドリー』って」

 

 少し複雑な気分だと冗談半分に言うと、イドリーも笑った。実際のところ、人形ちゃんに友人が出来たことの方が嬉しくはあるのだ。だから狩人は「私だってまだ『様』呼びされてるのに」と喉まで出かけた言葉を飲み込んだのである。

 

 そうしてイドリーが紅茶を注ぎ足そうとしたその時、ふと、呼び鈴が鳴った。わざわざ止める程のビデオでもなかったので、流したまま出た。玄関が狭いので、横に並ぶと肩がぶつかった。ドアを開け放つ。

 

「すいません、『海の怪物』について通報が、って……」

 

 手元の紙から視線を上に向けた小さな鼠の婦警──ジェーンではなかった──が凍り付く。

 

「ひゃああああっ! どうしたんですかあっ!」

 

 かと思えば突如、顔を真っ赤にして用箋挟で顔を隠す。狩人とイドリーが怪訝な表情を浮かべて距離を詰めると、鼠女は目に涙を浮かべた。

 

「どうしたとは何だ。何がだ」

 

「服! 服です!」

 

「服など着ていないが」

 

「だからです!!!!」

 

 悲鳴を上げる婦警にあらごめんなさいと微笑むイドリー。なぜ脱いでいるのかと問われる。イドリーはただ単に自宅だと服を着ない主義なのだそうだ。

 

 狩人の方はもっと単純で、イドリーが服を着ていないから自分も脱いだだけである。「因果関係はいずこに……」と婦警は絶望した。

 

「と! に! か! く! その身振り手振りやめてください! お願いですから! その、なんというか、すっごくぶるんぶるんしてるんです! たまにこっち向いて飛んでくるの最悪すぎるので!!」

 

「チッ仕方がないな」

 

「今舌打ちしました?」

 

 殺気立つ婦警。一瞬で狩人装束を着込む狩人。イドリーは服を取りに自室へ戻っていった。

 

 その後に始まった事情聴取は、随分と手短なものであった。




血晶マラソンのために聖杯ダンジョン攻略してたら遅くなりました。すみません。

漁村の下りは時系列とかぐっちゃぐちゃになってるかもですがお許しを。この時空ではリュシアと会った後にエピソード動画の内容が起きてるんです。ただの言い訳ですが。

アクション描写ってどうやったら上達するんだろう。
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