どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
「た、助けてくれ!」
エーテリアスに囲まれて、男の叫び声がエーテルを割っていた。悲痛な音に耳を貸す道理もなく、一歩また一歩と黒い怪物が距離を詰めていく。
そのとき、ペンキを塗ったような肌に、ぶすり。ナイフが一本突き刺さる。一斉にふり返る怪物一行。
「ええい、律儀に足並みを揃えおって」
「だ、誰だ! いや誰でもいい、助けてくれ!」
Wait, just wait! ちょうど車の後退を手伝う声色で返し、懐を漁る。
取り出すなり投げたのは火炎瓶。放物線を描いて着地すると、やはり彼らにも痛覚があるのだろう、いくつかはもがいたり離れたりといった様子を見せた。
平たく巨大な両手で身体を覆って海老よろしく身体を丸めたそれらはハスクロンと呼ばれるそうで、外殻の硬さ故に斬ったり突いたりが通用しづらいことで知られている。
故にこそ、こういった単純な狩り道具で蒸し焼きにしてみると面白いほど良く効くのだ。石鎚や車輪で叩き潰すのに限界があるとき、この男は、狩人はしばしばこうして狩りをしていた。
囲まれそうになり、慌てて何度か後ろへ跳ぶ。位置取りを変えては投げていく様は作業のようで、実際そうであった。期待外れだったのか黒衣の男は少し訝し気な表情を浮かべていた。
杖を振り、変形。刃の並んだ鞭で横に薙ぐ。先端が五匹ほどを一度に巻き込み、外殻の隙間を抉り取っていく。返り血が辛うじて届かない距離を保つのがコツである。
三十秒と少し経ったころ、一匹、また一匹と数を減らす怪物たちがとうとう居なくなったころ、既に黒衣の男は消えていた。
逃げたか。狩人は呆れたが、ここまでして放っておいて、結果あの男が死んでしまえば自身の行いが無駄になるように感じた。
そうして唯一と思われる逃げ道目掛けて右足を出し、狩人は飛んだのだ。
「お客さん? 人助けには感心しますけど、背中がお留守ですよお?」
若い女の声を聞くと同時に、つい先ほどまで狩人が居た場所へ、黒い怪物が鋭い腕を振り下ろした。背後からの一太刀を、彼はついつい見逃したのだ。
しかし、突如その頭上に巨大な鉄の環が生まれたと思えば、その輪より飛び出したこれまた巨大な黒と貧金色のスニーカーに、まるで蜘蛛や多足類を何気なしに踏みにじるように勢いよく叩き潰され、怪物は霧散してしまった。
持ち主の足自身より分厚い底を持ったそのスニーカーは右足のものだったが、狩人を掴んでいたのは左手で、右の拳はあの黒衣の男を握っていた。
拳の中ですっぽりと両腕を収めて藻掻く狩人に、近づく影が一つ。驚くほど小さなそれはダイアリンであった。わざとらしい明るい笑顔を張り付けて、狩人たちを見上げている。
「お客様あ、ぜひ星五評価と、『低評価、クレームの削除』をお忘れなく。さもないと──」
「ふんぬっ」
「は?」
突如狩人の全身から噴き出す鮮血。雨となって辺りに降り注ぐそれを真横から浴び、黒衣の男があえなく失禁。ダイアリンは上から振る濁流によって体中が真赤となった。
「ダイアリン!」
狼狽えるより先、続いた声に彼女が振り向けば、見覚えのある銀髪と知らない栗色の獣人が。僅かに頭を下げればスカーフを巻いたボンプまで居た。
銀髪ことアキラが血塗れの彼女にぎょっとしたのも束の間、巨大な手に握られてくたばっている狩人まで視線を上げるなりその顔面が真っ青となる。
「なんてこった! 狩人が殺されちゃった!」
「この人でなし!」
「あっあっあっ違くて、違くて」
ボンプと獣とダイアリン。青赤白と運動会のように三者三様に顔色を変える。
ボンプの「中の人」ことリン、そしてアキラがダイアリンとわずかにでも知り合っていたのは不幸中の幸いだろう。心のどこかで、彼女はわけもなしに人は殺さないだろうと踏んでいるところがあった。
問題は獣人、葉瞬光の方である。すでに抜き身の刀、その柄をアキラが必死に押さえているが、所詮は獣に人、まるで抵抗になっている様子すらない。
そんな瞬光が突如自分を、正しくはその背後を見て目を丸くして動きを止めたので、ダイアリンはまたもや嫌な悪寒に襲われた。
「助かった。感謝する」
「びゃ゙ぁ゙っ゙!!」
肩に手が触れるなり跳ねるダイアリン。次にアキラが瞬きをしたとき、彼女は既に数メートルほど距離を開けながら狩人の方を向いていて、上下する平坦な胸を押さえて肩で息をしていた。
「い、生きて……!」
「しぶとさには定評があるのでな」
不死であることを伝えようか少し迷って、狩人はまたあとで決めることにした。なにせ彼女はまだ混乱しているようであったから。
「な、なんで、なんで急に……」
息も絶え絶えに膝に手を着いて、それでも堪えきれずに話すダイアリンは随分と早口なようだった。急に、のあとは明らかで、狩人の発狂を咎めている。
致し方のないことなのだ。ヤーナムの道端を歩いていて突然身体が巨大な拳に握られたなら、それは既に発狂を意味するものなのだ。条件反射というやつである。
「すみませんちょっと何言ってるかわかんないです」
どうにも通じなかったようである。
とはいえ謝罪は欲していなかったし、また彼女の方も謝るつもりはなかった。自然と場が収まると、やはり視線は獣人に集まった。
「ああ、えっと、はじめまして、だよね」
照れくさそうに栗色の前髪を上げたその女は「光ちゃん」としか名乗らず、アキラは彼女を、雲嶽山に憧れる友人だと紹介した。この辺りに閉じ込められた鉱山夫を助けに来たらしい。
どう考えても訳ありである他なかったが、狩人にとってそれは特段問い詰める程のことでもなかった。アキラのことだ、まさか悪逆の限りを尽くそうとしている筈はない。
何を隠そう、このダイアリンすら秘密を抱えているようなのだ。TOPS部署横断型カスタマーサポートを名乗る彼女は、「君は黒枝の人間ではないか」と聞くアキラの口を慌てて塞いでいたのだ。
アキラたちからの助力の頼みを受け入れて、ダイアリンが思い出したように黒衣の男へ目をやると、代わりに数体のエーテリアスが居た。
「っと……引き受けたそばからなんか来ちゃいましたね。あたしの口ってば、いつだって災いの元なんですから」
一拍置くほど大きなため息をついて、ダイアリンは己の得物を持ち上げた。
直径およそダイアリンの足から腰まである、一つの輪。跳び上がると同時に貧金色のそれを投げつけ、一匹を粉砕。
どういうわけか戻ってきた輪を空中で引っ掛けるようにして腕を通すと、その肘から先が消えたように見えたのも一瞬、少し離れたところから巨大な腕となって現れて二匹を叩き潰した。
残りは三匹。一匹の頭を踏みつけ、跳び上がり際に両断。二匹の頭上で輪を二枚に分裂させて投げると、彼女が静かに着地したとき、ちょうど両方の首が落ちて霧散した。
狩人が思わず始めた拍手に皆が続くと、彼女は露骨に照れてみせた。嫌ですねえ、このくらい、たいしたことじゃありませんよ。
すぐに見つかった黒衣の男をダイアリンがナチュラルに脅迫すると、あっさりと彼の勤める会社の従業員、まさしくアキラたちお目当ての人物が見つかった。
既に大半は避難を終えるか死んだようで、黄色いヘルメットを被った炭鉱夫だけが爪を噛みながら突っ立っていた。
炭鉱夫は狩人らを見るなり顔色を変えて、「ああ、あんたたち、助けてやってくれ!」と半狂乱に縋ってきた。
やってくれとはどういうことだ。尋ねると鉱山夫はおもむろに崖下を指差したので、突き飛ばされないか少し不安に思いながらも、狩人は身を乗り出してのぞき込んでみた。
「これは」
「盤岳先生の道場の弟子さ。俺たちの安全を守ってくれていたんだ」
少年が一人いた。崖下、とは言っても大人の白人三人分かそれより少しある程度の高さの壁の下で、紺色の服を着た少年がぐったりと座り込んでいる。
息は俄然としてあるようで、しかしミアズマの濃度のために炭鉱夫自身は降りられないのだという。
そういうことならば、と狩人はさっそく飛び降りた。一瞬栗色の女が悲鳴を上げたが、彼女が上からのぞき込むまでには輸血液を刺して、折れた右足首を戻しておいた。
「身体が頑丈なの?」
「そうともいえる」
言葉を返し、抱えようとすると少年は気を取り戻したので、そのまま連れて上へ向かうこととなった。アキラたちは迂回して会いにくるそうだ。
ミアズマの濃度は聞いていたより酷いもので、狩人は一度咳き込んだ。湿った咳嗽の音がマスク越しに重く聞こえた。
少年は、その名を
無事であることが分かった以上、話すことも無いので、一言二言やりとりをするとすぐにお互い黙りこくってしまった。
歩きながら、狩人は考えていた。ダイアリンのことである。あの輪っかのことがちらついて仕方がない。
跳んだり跳ねたりは、まあ、よい。それは彼女自身の身体によるものだろうから。問題はやはりあの輪っかなのである。
腕を通せば離れたところでそれを巨大化し、環自体も二つ三つと分裂してはまた一つに戻る。
仕掛け武器。ぜひとも欲しい。殺して奪うことも可能かもしれないが、彼女の交友関係と、まだ幼い見た目によってまず狩人の選択肢からは消えていた。
仲良くならねば。打算的にも狩人はそう考えた。仲良くなって譲ってもらうか、それはまず無理だとしても同じものをどこで手に入れられるのか聞いてみよう。
郷は異なるとて仕掛け武器使い、通じ合えるものはあるはずである。狩人は確信していた。ああ、まさにかの、我が兄弟が代表するように!
「輪」の一文字が、狩人の頭蓋の奥底で鳴り止まずに座り込んでいた。
一方、ダイアリンたちはといえば、道すがらに打ちのめした白い装束の男を尋問していた。無論襲ってきたのは男の方だが、尋問の理由は他にあった。
「おかしいですねえ、讃頌会に生き残りだなんて」
ダイアリンは口元に右手を当てて、わざとらしく目を見開いていた。だからいい加減な仕事は良くないのだ、と防衛軍への愚痴を漏らしている。
「そこのアナタ! 早く白状しなさいよ! どうしてここにサクリファイスが居るの!」
仰々しく瞬光に怒鳴られて、まだ小童ではないかと嘲笑する態度を見せる男は無造作に──とはいえ小綺麗である──茶髪を肩にまでかけて、顎には申し訳なさそうに小さく髭まで生やしていた。
アキラが加勢しようと鬼の形相を試みるも、根の優しさが漏れているのだろう、男の嘲笑は勢いを増すばかりである。
あのですねえ、とダイアリンが割って入った。「尋問の仕方がてんでなってませんよ」。ため息交じりに笑っている。
とはいえ、しないで済むのならそれに越したことはない。生まれてこの方、彼女はそれを楽しいと感じたことは無かった。
防衛軍をだしに脅し始めたところで、角の向こうから重たい轟音が響き始めた。重量物を叩きつけるようなそれに、やがて地面を擦る摩擦音が混ざり込んでいく。
それが狩人によるものであることは、ダイアリンにもなんとなく察せられた。都合の良いことだと思った。あの男、少なくとも見てくれの恐ろしさならぴかいちである。
それが「思っていた」へ変わるまで、そう時間はかからなかったのだが。
「ひいいい!!」
仮面から覗く鼻から下を真っ青にして慌ただしく飛び出してきた女は、装束からして讃頌会の者であった。あまりの気迫に固まるアキラたちを押しのけ、見る見るうちに遠くへ消えていく。
「売女めが!! 汚れた売女めが!!!」
続いてエントリーするは全身を血と臓物に濡らして走る裸に三角兜一丁の男。またの名を狩人という。どう考えてもろくなものではない怨嗟を赤黒く纏い右肩に担がれているのは木製の複輪である。
最後にそれを追いかける寧謙が来た。エーテリアス相手に回し蹴りや掌底で応戦する姿に敗北の可能性は見えないが、どういうわけかその表情には怯えが浮かんでいた。
「みっともない!! 報い──ああ、アキラ。探したぞ」
ふと立ち止まり、車輪の接続部を畳んで怨念をしまう狩人。鉄の臭いで鼻腔を突き刺しながら歩み寄る。瞬光は目を見開いたまま凍り付いていた。
「いやはや、讃頌会の生き残りなどを見つけたものでな。ここで滅ぼしておかねばと」
そう言って、狩人は車輪を下ろした。心なしか見せつけているようにも見えた。立てて椅子のように座ってみせたり、胸の前で理由もなく掲げてみたりといった様子である。
「おい、さっきから何を黙っている、というか臭いぞ。さっきから誰が喋って──」
後ろ手に縛られた讃頌会の男が振り向くなり目に飛び込んだ、真紅の肌。何かしら、あるいは誰かしらの腸だの脳だのが兜からつま先にかけて巻き付き、へばり付いている。あと覗き穴もないのになぜか彼を見つめている。
「……それで」
ダイアリンの言葉を待たずして恐ろしく早口であらゆる秘密を漏洩する白衣の男。結局聞き取れなかったので狩人たちはもう一度聞くこととなった。
曰く、彼はサラの命令により「百年以上の時を経ていて、なおかつその場にふさわしくないもの」を見つけて報告するように言われていたのだという。
当然彼にも命令の内容はさっぱりであり、他に聞き出せたことと言えば、サラがどのようにしてかサクリファイスを人間に戻す力を得ているということくらいであった。
途中男がサラの傍に付き添う男について話し始めるなり、アキラが他に助けを求める人が居ないか探そうとあからさまに話題を逸らしたので、尋問はそこでひとまず中断となった。
釈淵の名を出そうとするなり口をアキラに塞がれたので、狩人はなんとなくある程度のことを察した。観念したようで、詳しいことは後で教えてくれるらしい。
「とにかく、釈淵さんの名前は──ああ光ちゃん、剣をしまってくれ。彼はこれが悪い人ではないんだ。あんまり」
「……本当なんだよね? 本当に本当なんだよね?」
本当に本当だとも。兜越しに狩人の耳に囁いていたアキラにそう返されて、瞬光はようやく剣をしまった。
「あー、帰りたい……」
ぶっきらぼうに吐き捨てるダイアリンの胃腸は、既にきりきりと痛み始めていた。
ダイアリン虐多めになるかもです。リョナはするつもりないのでご安心をば。寧謙くんかわいいね……
以下あんまり関係ない話(ブラウザバック推奨)↓
PC版に移行したら熱落ちしなくなったので今日から最新ストーリーまで追えるようになりました(今まで妄想エンジェルまでしか追えていなかった)。嬉しい。
原神にも手を出せるようになったのでいつか原神×ブラボも書きたい。でもモンドだけでもう二回原作挫折したことあるからなあ……多分無理だ……でも月とか狩人とかクロリンデとかいろいろ気になるよ……少なくともまずは更新頻度上げてからの話ですね。