どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
意外なことに、アキラたちの間は賑やかであった。とりわけ、光ちゃん──すぐに葉瞬光と名を明かした──と寧謙が師を同じくしていたことが大きかった。
盤岳。イアスを操るリンを含めその場の全員が彼の名を知っていた。特に瞬光と寧謙は幼少期から彼との縁があるというのだ。
そういうことなので、道中の会話の主語はたいてい「盤岳」であった。
やれあの時彼に叱ってもらえただの、あの時命を救われただのといった具合だが、彼を咎める言葉だけはうんともすんとも出てこない。それが彼の人となりなのだろう。
また、兄の話をする瞬光を見て、狩人はなぜアキラが釈淵の話を禁じたのか理解した。瞬光は彼の妹なのだ。兄が行方不明と知らされて、どんな思いをすることか。
そうして努めて平静を装うアキラと狩人を挟んで皆が盤岳の人徳の高さをこれでもかと証明していれば、いつの間にかエーテリアスに囲まれるのもただ時間の問題であった。
「またですか、しつこいやつ……」
気怠げに呟くダイアリンだが、動きに躊躇は無かった。走り出した彼女を追って皆が飛び出す。無論アキラとイアスが下がる中、狩人の狙いは大物である。
ゴリラめいた巨体の咆哮。それを掻き消して耳を刺す轟音に瞬光が肩を跳ねさせ、ちらりと目をやってみると、狩人の左腕で大砲が煙を吐いていた。
頭に命中したか。怪物が存在しない顔を覆っている隙に、狩人が懐へ潜り込む。間髪入れず振り下ろされる怪物の右腕。皮膚とパンツが波打つ。
風も止まぬ内に巨体の絶叫が響く。力を溜めた渾身の車輪薙ぎがその手首をへし折ったのだ。怯んだ隙にこれ幸いと左腕目掛け前転。
咄嗟に腕を振り上げようとしたゴリラの頭部目掛け、ダイアリンの巨大なアッパーが地面から飛び出した。小さな足で畳みかけ、再び体勢を崩す。
変形攻撃。頭上で構えた車輪が二枚に展開するなり溢れだした、悍ましい怨念の類。その塊を超高速回転と質量のままに振り下ろす。
ゴリラの左拳が爆裂する音は実に心地の良いものであった。叫び声を上げ、遂に上体が地面へ落ちる。それを見逃す狩人ではない。
黒い球体である頭部へ回り込むなり半身を引いた時点で、アキラには狩人の次の動きが読めていた。
ゴリラの首筋に突き刺さる右腕。筋組織と思われるものの一切を掴み取ると、狩人はそれを、全身の膂力を持って引きずり出したのだ。
内臓攻撃。もはやリンもアキラも驚かなくなってきていた。瞬光は口に拳を当てて、感心しているのか拒絶しているのか良く分からない様子を見せている。
怪物は激痛に仰け反った直後、巨大なブーツに踏みつぶされ哀れにも消し飛んだ。黄金兜にへばりついた緑の血が風圧で飛んでいく。
「凄いぞダイアリンっ」
「では星五評価を忘れずにっ!」
ぱしんっ、と右手同士で音が鳴る。やはり車輪仲間、不思議と息が合うのだ。女王殺しトリオで聖杯を駆け抜けたあの日の記憶が脳裏に蘇る。
それはそれとして抱擁を試みるとさっと距離を取られた。照れ屋さんめ。
「あんな態度だったわりには、随分と仲が良さげだな……」
「GRAAAAAAAAWLL!!!」
アキラの苦笑を遮って響き渡る怒鳴り声に恐る恐る振り向く二人。視界が完全に塞がっている狩人にもなんとなく分かる。敵は未だ大勢揃っている。
車輪の回転が速度を増した頃、ダイアリンは、既にその一体の背後に回っていた。随分と余裕そうに笑みを浮かべている。
「いくぞダイアリンっ」
「そっちこそ、遅れないでくださ──」
──兆候はなかった。それは晴れの日に落ちる雷のように彼女の脊椎を貫いて、焦げ跡として脳にへばり付いた。
「い、痛いっ……!」
「『無数の死者の声よりも……』」
狩人が駆け寄る僅かな間、ダイアリンの脳内を駆け抜けるは怨嗟の声である。かつてこの地で斃れ、無念の中息絶えていった死者たちの、地面に染み付いた声である。
「助けて……お願い……!」
「なんで……! どうして俺が……!」
「AAAAAAAAAAGH!!」
「『己が心の叫びに耳を傾けてはどうだ?』」
やだ、いやだ。幼い身体を駆け抜ける恐怖。辺りに立ち込めたどす黒い霧が幻想であることに気づく余裕など残っているはずもなかった。
「AAAAAAAAAAGH!!」
「いやだ、死にたくない!」
「こんなところで……」
「AAAAAAAAAAGH!!」
「命だけは!」
「AAAAAAAAAAGH!!」
……ん? ダイアリンが何かに気付きかけ、それを阻止するように霧が晴れた時、既に刃は、死は、すぐ眼前まで迫っていた。
「あっ」
咄嗟にダイアリンが我が身を庇った、まさにその時。しゅるり、と風切り音。
するとどうだろう、刃を振るおうとしていたエーテリアスがいくつかの球体に抉られ、超高速回転しながら木っ端微塵に爆裂四散したではないか。
球体の飛んできた方向に視線が集まるなり、一斉に全員の目が見開かれた。
「助かった……盤岳師範!」
一心不乱、泰然自若。漢盤岳、胸の光沢を輝かせ堂々参上。安堵の声を漏らす寧謙を置いて拳骨を握り締め、最寄りの敵へ一直線。
咆哮と共に繰り出される刃ごとエーテリアスを打ち砕き、蹴り砕いては鉄球で牽制をかける。
そうだ、助けねばと誰かが気付いた時、ちょうど最後のエーテリアスが足の浮くほどの連打を前に粉微塵と化したところであった。
「皆のもの、無事か?」
「ナイスタイミングだ、盤岳先生!」
アキラの歓声が飛ぶ。狩人も拍手で「賞賛」している。ああ、英雄よ! 幾ばくか落ち着きのない様子を見せているが、ダイアリンもへりくだって挨拶と感謝を述べている。
「すみません、師範……!」
困惑する一同を置き、前触れもなく頭を下げる寧謙。アキラが理由を聞く寸前で盤岳が合金製の口を開いた。
「僕が軽率でした。己の力量を見誤り、人々を助けられるなどと……」
「繰り返さぬよう励むことだ。明朝、三百の打ち込みを課す」
声を荒げてもいないというのに、叱咤の意思がこれでもかと伝わってきた。アキラは無論、ダイアリンですら息を呑んだ程である。
それにしても、三百だと。些かやりすぎではないかと狩人が訝しんだ矢先、盤岳は続けた。
曰く、「己を守れぬ拳なら、他者に託そうとて同じこと」と。力及ばぬ身で差し出した手は、時により大きな災いをもたらしかねないのだという。
「おぬしの手が、溺れる者たちにとっての石となったこと……しかと心に刻むがよい」
心に刻みます。澄んだ声であった。道場に戻り次第鍛錬に励む所存だと顔を上げた寧謙の目からは、既に濁りが消えていた。
意外にも、教え子には厳しいのかと狩人は驚いた。表情には殆ど出していない上、そもそも兜に隠れてしまっているが。普段の謙虚な立ち振る舞いと比べてみると人が変わったようである。
放任主義気味な僕の師匠とはタイプが違うかもしれないな、と、アキラは儀玄のことを思い出していた。どちらも、誠実であることに違いはないのだが。
説教が終わると、盤岳は瞬光に話しかけられて、思い出話に暫し花を咲かせることとなった。こうなると途端に謙虚さの戻る様が狩人には少し愉快であった。
とはいえ内輪の思い出話、やはり部外者には分からないことが殆どなため、瞬光も早々に会話を切り上げようとしたところ、とうとうダイアリンが口を挟んだ。
なんでも、雲嶽山には前々から興味があり、特に瞬光の得物に心当たりがあるのだという。
「もしかしなくても、そのおっきな鞘に封印されてるのはかの有名な『
瞬光の息が詰まったのを見て、狩人もそれが図星なのだと確信した。青溟剣という言葉に心当たりはないが、それでもである。
とはいえ、まさかアキラが彼女の肩を掴むほど動揺するとは考えていなかったので、その点には驚愕した。続く言葉に狩人も同じ戦慄したのだが。
「記憶と命が、削られるだと」
狩人はそう呟くと、彼女の背負う大剣に一瞬目をやったあと、なぜ先にそれを伝えなかったのかと怒りすらあらわにした。そんなことなら、大人しく下がっていても誰も責めはしないのだぞ、と言った具合である。
青冥剣。それは握るものに虚狩りと並ぶ力を授けるが、振る度に使い手の記憶を奪い、五感を奪い、そして命を奪う呪われた得物。そうアキラと盤岳の口から伝えられ、狩人は遂に取り乱したのだ。
「すまない、瞬光! そんなものを背負っていると知っていれば、僕は絶対に……」
「いやいや、平気だって!」
両手を胸の前で振って、瞬光は笑ってみせた。直後飛び出した「剣棺」という言葉に困惑するアキラ。
「剣棺」とは儀玄の長年の研究成果であり、つまり、大剣にみえる青冥剣の刀身そのもの、鞘なのだと彼女は言う。狩人は親近感を覚えた。
本体を抜かずにさえいれば、青冥剣の「代償」を完全に抑え込むことができるのだと聞いて、アキラたちはようやく肩の力を抜いたのだ。
……のだか、盤岳はいまだ、眉間らしきものを寄せたまま押し黙っていた。具合でも悪いんですか、とダイアリンが聞いて、ようやく続けた。
「……その装いは、如何に……?」
沈黙に間を置いて、溜め息が二つ。狩人とダイアリンである。ダイアリンも、である。絶対に抱擁はしたくないが、なるほど多少の義理はある。不思議と友情に近い何かを抱き始めていることに彼女はまだ気づいていない。
「彼女の装いに何の問題があるのだ」
「は?」
凄まじい殺気に思わず跳ねかける狩人。幼子程度の身体から北極熊並みの殺意が漏れ出しているのだ、当然の反応だろう。
自分のことだと言われて狩人がようやく気付くも、少し肌面積が多いだけ、珍しくもないだろうと伝えると特段文句も無く通じた。盤岳の顔には些か渋みが残っていたが。
DUN DUN DUN DUN DUN DUN DUN DUN DUN!!!!
YO PHON LINGIN!! YO PHON LINGIN!! 突如ひどい訛りで叫び始める肩の電話を取ると、ダイアリンは何度か頷いたのち、「お目付け役」に呼ばれたと言って去っていった。
「それではな」
「ありがとうダイアリン。今日はすごく助かったよ」
「はいは~い! それではまた、ご縁があれば~!」
笑顔で手を振りながら小さくなる身体をひとしきり見送った後、狩人たちはとうとうホロウから抜け出したのだ。
──時と場所を変え、夜の澄輝坪の路地の裏にて、アキラに言われて狩人が服を着る中、瞬光は盤岳を相手に言い訳を連ねていた。目が逸れている。
山奥に籠って修行を強いられていたそうで、数年にも渡る孤独と退屈に耐えかねて降りてきたのだという。それを禁じた師匠の顔を覚えていながら。
しかし意外にも盤岳がそれを認め、儀玄への報告をひとまず見送るとまで言ったので、瞬光は刹那瞳を輝かせた。ただし、と付け加えられるまでだが。
とはいえ条件はそう厳しくもなく、一に軽々しく危地へ飛び込まないこと、二に青冥剣をむやみに振り回すことの禁止、三に釈淵の捜索には盤岳を伴うことというものであった。
「約束する! やっぱり盤岳先生は頼りに……え? 捜索?」
瞬光が目を丸くするのと同時に、盤岳の奥からアキラが姿を表した。目を伏せている姿と、「単刀直入に言おう」という前置きから、瞬光は既に彼が良い知らせを持ってきたわけではないことを悟った。
「君の兄、釈淵は、師匠たちと市内に言ったわけではない……失踪したんだ」
アキラは釈淵の身に起こったこと、彼ら自身に起こったこと全てを瞬光に伝えた。釈淵はその間、ただ黙って聞いていた。
「──そういうわけなんだ。今まで黙っていて、本当にすまない……」
「……ふう。大事なことかと思ったら、まさかお兄ちゃんのことだったなんて」
「えっ?」
数分前の瞬光のように目を丸くするアキラを置いて、瞬光は「お兄ちゃんにも事情があったはず。これからは一緒に探すだけだよね」と気丈な姿を見せていた。
盤岳まで落ち着いた様子なのをアキラはどうにも受け入れきれず、つい口から言葉が漏れた。
「瞬光……怒ってないのか?」
うーん。瞬光は顎に手を当てて暫く思案したのち、何かを隠されていることに気が付いた時には流石に「ムカついた」とを語ったが、同時に、今打ち明けてくれたので良しとする旨を伝えた。
「分かってる。ワタシが衝動的に動かないか、心配してくれてたんでしょ」
だから約束する。ゼッタイ黙って動いたりしない。そうアキラの目の前で誓ったのち、瞬光は、だからそちらも隠し事はしないでほしいと軽く笑って指切りげんまんを決め込んだ。
平静に戻ると、瞬光は連れてきた讃頌会の残党へ向き直った。聞けば、やはり釈淵は讃頌会に宗旨替えをしたそうだ。
そのくせ、かのサラは釈淵をひどく信頼しているのだと男は緊張感も無く顔と文句を垂れていた。宗旨替えの目的は、男に言うには「『始まりの主』への謁見」に他なる筈がない。
どうにもサラは今、とある古書を求めているのだと男は最後に付け足した。それ以上のことは、下っ端故になにも分からないのだそうだ。
一体、なぜあの釈淵が讃頌会に。疑問も推測も尽きないが、答えばかりがない。寧謙が男を防衛軍に引き渡すと言って連れていく間も、全員が各々の頭を振り絞っていた。
「……はあ。考えても仕方がないよね」
瞬光の溜息が合図となって、結局は自然に皆が帰路についた。更けた夜、これ以上できることはどのみち無いのだ。
そのはずなのだが、さらに数刻後、やることも無く狩人が深夜の適当観を歩き回っていると──恐らくはまたイドリーと出かけているのだろう、人形ちゃんは夢に居なかった──遠くの方で苦しそうに喘ぐ声が聞こえてきたではないか。
「ん……あ……はあっ……ふうっ……んっ……」
瞬光の声である。アキラの部屋越しに聞こえてきたときは一瞬肝が冷えたが、どうも部屋の更に奥、広場から飛んできている。そろり、と塀から顔を出すと、瞬光が一人丸太を振っていた。
……目を擦る。開く。光景は変わらず。瞬光が、一本の丸太を、縦一文字に何度も振り下ろしている。
「貴公、何を」
「ひゃあっ!」
叫び声を上げると瞬光はすぐに片手で自らの口を塞ぎ、どうしてここに居るのかと丸太を担いだまま聞いてきた。暇だったと狩人が答えると額に手を当てた。
「青冥剣って、もうみだりに使えないじゃない?」
だからこそ、新しく手に馴染む得物が無いか探していたのだと寂しそうに語る瞬光。栗色の馬耳もしょんぼりと垂れている。元からではあるが、より一層にである。
「……ね」
「え?」
「得物が要るのかね」
「え、ああ、うん……そうだけど……」
ならば、できることがあるかもしれない。狩人の言葉に馬の耳がぴくりと跳ねる。僅かに身を乗り出している。
「いや、なに、その青冥剣とやらと似た機構の得物があるのでな。私の居た場所で、扱いやすいと好評だった」
「……ほんと……?」
「無論だ。先に言っておくが、代償はない」
「ほんと……!?いやでも、悪いわよ……!」
「いくらでもある、問題はない。どれ、一つ譲らせてくれたまえ」
「ほんと!?」
「ほんと」だとも。目に見えて色めき立つ瞬光を右手で制止して、狩人は自らの懐に腕を突っ込んだ。直後どこからともなく取り出されたそれに瞬光が目を奪われる。
──それは、一本の長い直剣と、あまりにも大きな鞘であった。
↓以下後書き。自我強めで長いのでブラウザバック推奨。
悠真!!!!復刻!!!!ありがとうございます そして、ありがとうございます
配布でゲットした勢だけど今回で一凸して持ち武器も引きます。絶対に。私はやるんだあーっ!ヒャハハハハハハァーッ
あとダイアリンも引きます。未だ無課金パ使ってるせいでアンビーがもうムッキムキの完凸状態になっててかわいそうなので……憐れな女、身体を大切にな。あと半年は働いてもらうつもりだから覚悟してねニコ♡ アストラ引けてないんだ……赦してくれ……赦して、くれ……
まさか私がふざけて言ってたメイド悠真がほんとに公式から供給されるとは思ってなかったのであの不意打ちは本気で心臓止まるかと思いました。上目遣いかわいいよマサマサ。サウナで溶けてるのかわいいね……かわいいね……でも普通にしっかり心臓に負荷かかってそうなので本当に気を付けてほしい。
浅羽悠真が紀寿を迎えられますように。