どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目) 作:bbbーb・bーbb
翌日の正午前。新エリー都の漁村こと泅瓏囲にて、狩人たちは聞き込みを行っていた。
というのも、サラの探していた「古書」なるものを、古書マニアの頑固老人からダイアリンが独自経路*1で入手したものの、その内容に問題があったのだ。
つまるところ、全くもって理解不能なのである。狩人は試しに啓蒙を限界まで得てみたが、やはり読み取れることは殆ど無かった。
これでもかと重要な部分が白塗りされているのだ。読めないのも当然である。突如目の前で人間の頭蓋骨を砕き始めた男に警戒を強めるダイアリン。
──真に秘密を暴きたいのなら、鉱区跡地をあたるがよい。それは結論として読み取れた、唯一の導きであった。
だが無論、鉱区跡地はいまやホロウの中である。その生き残りの殆どが移住した先と聞き、狩人らは久しぶりにこの漁村へ足を踏み入れたのだ。
さて、まず誰から話を聞くべきか? 狩人の答えは決まっていた。彼でしか話の行えそうにない相手がいるではないか。迷いもなく足を進め、目当ての者の前で立ち止まる。
「貴公、元気かね」
「讃頌会……讃頌会……冒涜的殺戮者……」
青白く濡れた身体が陽光に照らされて輝き、驚くほど歪んだ歯並びをした口からはえずくような磯の臭いと澱んだ呪詛が絶え間なく吐き出されている。
「鉱区跡地について、何か知っていることがあれば教えてもらいたいのだが」
「奴らに報いを……母なる
また言ったな? 狩人はまたも目の前の魚人を殺そうかと思ってすぐに踏みとどまった。せめて情報を聞き取ってからにしなければ。
そうして暫く歩いていると、海の前で魚人がふと立ち止まり、狩人の後ろを指差した。狩人が振り向いてみれば、そこにはラマニアンホロウが。
恐らくは、いや間違いなく鉱区跡地を意味しているのだろう。その内の、棄てられた市街地の近くに個人的に一度訪れたことがあったことを狩人は思い出した。
ならばやはり、実際に訪ねるしかないのだろう。アキラたちの協力があればあの橋も渡れるかもしれない。狩人はそう自分の中で結論付けると、謝礼にいくつかのディニーを渡して去っていった。
今のところまだ実害が無いようだったので、今回もみすみす見逃すことにしたのだ。今司法を敵に回すのも得策とは思えなかった。
魚人は再び呪詛と共に歩き始めた。その後もいくつかの扉を叩いて聞き込みをしていくうち、狩人は異変に気が付いた。
隙間だらけの古びた木扉を叩く。木の板を適当に張り合わせたような代物で、扉の向こうに居る男どころか、その奥のガスコンロの一つしか無い様まで見えた。
「休日の昼間に失礼。だが良ければ少し──」
「……あんた、あの鉄くずの仲間だろう?」
我々は、歓迎されていない。アキラたちの全員がそれに気が付いたが、最初に察したのは狩人である。
理由はごく単純、悪意の形が似ているからである。ヤーナムであらゆる狩人が向けられる視線と、今瞬光らを見つめる視線の臭いと色が。
「すまんが、関わり合いになりたくないんだ。帰ってくれ」
「そうか。それでは」
これ以上は不毛だろう。扉越しの怒声に背を向けた狩人の視界に、瞬光一同が。
「ああ、やっと見つけた……! 何か収穫はあった?」
「すまないが、特には。そちらは」
「こっちもあんまり……」
肩を落とす瞬光。アキラは彼女を慰めてやりたかったが、「何も得られなかったわけじゃない」と言うのが精いっぱいであった。
互いの情報を擦り合わせて分かったことは大きく分けて二つ。
まず、ホロウに咲く白い花は、恐らくは何かしらの凶兆の類である。そして、もう一つはサラの探している陣法のことである。
鉱区跡地の居住区には何かがある。後者に関しての情報はそれが殆ど全てであった。
ならば向かうのみである。幸いまだ日は浅いと狩人が踏み出したところで瞬光が呟く。
「ワタシは、昔の知り合いが居ないかもう少し探してみるわね」
「やめておきたまえよ」
えっ? 目を丸くする瞬光に、辺りを見渡すように言う。素直に従った瞬光の目に映る、数々の人、人、人、そして憎悪の淀み。
「鉄くずが……」
「心も無いくせに、偉そうに……」
「呪われろ……!」
「冒涜的殺戮者……貪欲な血狂いめ……」
瞬光は息を呑んだ。それは扉の向こうから聞こえてきた。商店の奥から聞こえてきた。路地裏から、物陰から、あの建物の二回の窓から──。
それは至る所に染みた憎悪であり、しかし到底掴むことなどできない呪詛であった。
「盤岳先生、これは……」
住民の視線が一点に集まっていることに気付き、アキラが尋ねる。瞬光はそれでももう少し聞き込みを続けるそうだったので、アキラたちは先にその場を離れた。
「我はかつて、大罪を犯した」
揺るがぬ証もあり、弁明の余地もない。沈黙の中、そう語り始めたのは盤岳だった。彼らの憎悪、その全ては自身の行いの報いであり、また逃げるつもりもないと。
適当観で全員が集合し、居住区へ向かう間も、狩人は初めて盤岳を見たダイアリンの顔を思い出していた。
「……なんというか……急に優等生になりましたね」
尤も、あの訝しげな顔は、現在は困惑に片眉を痙攣させているのだが。
市街地、正確に言えばそこへ続く大橋の前にて、ダイアリンの声を掻き消す重打音。それは二つあり、時折銃声も混じっている。
杖を突いたようなサクリファイス目掛け、ヤーナムの狩装束に身を包んだ狩人が特大剣を振り降ろす。
熟れ切ったトマトを勢い良く踏み潰したかのように撒き散った緑の血液を浴びながら、瞬光が前に入れ替わる。
飛んできた腕の突きを刀身で滑らせ、弾く瞬光。右下からかちあげる狩人の変形攻撃と、左上から瞬光が振り下ろす袈裟斬りが決まり、また一匹が屠られる。
少し離れて、成人男性の二倍はあろうかという巨躯のエーテリアスが咆哮を上げていた。異様に肥大化した拳がダイアリンと寧謙の頭部を纏めて狙う。
二人が構えるなり叫ぶ炸裂音。一瞬目をやった彼女らの視界に入ったのは狩人である。
ルドウイークの長銃。ヤーナムの散弾銃の中で最長を誇る射程と拡散範囲、そして圧倒的な衝撃力を持つそれが巨躯の背中目掛けて火を噴き、大きく怯ませる音だったのだ。
「ナイスです!」
この好機を逃すほど、ダイアリンはやわではない。円環で脳天から真っ二つにされるエーテリアス。裂けた間から瞬光の背中が覗く。
軽量の直剣で目の前の白い肉どもを斬り伏せる。返しの刃でもう一匹。アキラの目では終えぬ程の速度である。
殻を持つ海老めいた種を見るなり、長い銀の直剣を背中へ回す瞬光。
すると、彼女は肩を介して、なんとその巨大な鞘ごと振り下ろした。響く重打が地面を割る。
それはノコギリ鉈や教会の杭と並びヤーナム最強と呼ばれて名高い、上質狩人の導きの聖剣。ルドウイークの聖剣なのだ。
金細工の走る黒い大剣、それを直剣の要領で振り回し、瞬光が辺りを緑の血の海へと変えていく。おおよそ人を超えた挙動に啓蒙を得る狩人。やはり獣の膂力というのは測り得ぬものである。
自分たち以外に動くものが視界から消えた頃、アキラはちょうど橋を塞ぐ障害物を術法で爆破したところであった。
開けた橋から覗く景色を前にして、瞬光が僅かに目を細めるのにアキラは気付いた。彼女が懐古を覚えていることは皆にも伝わっているようで、また彼女も隠す様子は無かった。
かつて彼女が如何にして、ホロウに呑まれたゆく故郷から逃れ、亡くした両親を胸にこうして生きているのか。あの冷たい腕の持ち主が誰なのかを未だに考えることがあるという彼女の話を、アキラたちは静かに聞いていた。
木の板の床と鉄の手すりで出来た長く幅の広い橋を渡って対岸に着くと、狩人はすぐに正面建物前に灯りを見つけて灯した。
町は一見すると崖上にあるだけの泅瓏囲にも見えたが、至る所に巨大な白い花──薄い青にも見える──が生えている点で異なっていた。
こういった、ホロウ特有の静けさが狩人は時々嫌になることがあった。呪詛や鼠の声すら聞こえない、本当の静けさを。
普段は楽しさや使命感により掻き消されているそれが、極稀に質量を持って姿を表した際の静寂。ふと立ち止まってみても何も聞こえないその静寂を、狩人は、本当に極稀に極僅かにだが──不気味に思っていたのだ。
探索が本格化するまでもなく、早速アキラが幻を見つけた。緑に塗られた鉄格子の向こうにあった幻は、サラと釈淵のものである。
ヤーナムで墓標に触れた際に浮かぶ遺影に似たそれらが、奥へ進みながら消えたのを見るに、「陣」とやらはこの奥にあるのだろう。両開き、スライド式の鉄格子に狩人が両手をかける。
扉は断固として開く様子を見せなかった。おもむろに大砲と油壷とパイルハンマーを取り出した狩人を瞬光が止める。
なんでも、兄や家族、住民たちとの思い出があるので、できれば傷を付けたくないのだという。
「先に他のところを見てきてくれる……? もうちょっとで開け方を思い出せそうなの」
「そういうことならば、全く以て構わんよ」
どのみち、まだ時間はあるだろう。狩人は一度武器をしまうと、近くに灯りへ繋がる小さな扉を見つけたのでそちらを先に開けておいた。それを合図に、各々は町を探索し始めたのだった。
とはいえ、夕日の中を歩いてみてもさして見つかるものはない。迷子の自走カーゴかエーテリアスがぽつぽつと居るのみである。
公園らしき場所に出てみれば、ダイアリンとアキラが、暮れる日を背にしてブランコに腰掛けていた。ああ、ちょうどよかったとアキラの声がかかる。
「生き死にの話なら、彼もきっと何か話せるはずだ」
「そうなんですかあ? じゃあ、遠慮なく……」
言葉とは裏腹に遠慮がちな顔と声でダイアリンが尋ねたのは、殺しと感謝についてのことであった。
「……『人が自分を殺した相手に感謝する状況』、か」
ダイアリンの言葉を反芻する狩人。嫌なら答えなくていいんですがね、とダイアリンは口早に付け足していた。
狩人は顎に手を当てた。自らの手で屠ったものも葬ったものも数え切れないほど居るが、その内に、自らに感謝して死んだものがどれだけいただろうか。
暫く経って、「それは介錯だろう」と狩人は答えた。
ギルバートやエミーリア、ルドウイークにゲールマン。彼らの誰も、死ぬ前に感謝の言葉など述べなかった。少なくとも、殺されることそれ自体に対しては。
言ってしまえば、あの葬送の全ては狩人の独善とすら言えるのだ。
それでも、もし自らが同じ目に遭ったのなら同じように殺して欲しいと考えていた。故に狩人は、彼らの一切を殺し、狩り、あるかもわからないどこかへ送ってきたのだ。
尤も、彼女はゲールマンの罪もギルバートの名も知る由が無い。詳細を濁して伝えると、狩人はそれが自身の話せる全てだと説明した。
「介錯、ですか……」
ダイアリンは幾ばくかの間顔を伏せたあと、「変な空気になっちゃいましたね」とまた明るい顔を上げて笑ってみせた。
「そろそろ、戻りましょうか」
彼女の言葉に異を唱える者も無く、再び扉の前へ向かおうと広場に出た時のことであった。
「──!! 伏せよ!!」
居合わせた盤岳の声に従い身を伏せた三人の頭上を、鋭い白躯が裂く。ダイアリンの長い白黒の髪が風に舞う。何が起きたのかを認識するなり、皆がそれを目に焼き付けた。
「あれは……」
「サクリファイス!?」
ダイアリンの戦慄にアキラが叫ぶ。女のものに見える白い身体。背中から生える一対の細い、機械めいた翼。
誰の目にも明らかであった。サクリファイス、その一匹である。見たことのない姿をしているあたり、おそらくは特別に強い一匹なのだろう。
なぜこんなものが町の中に。橋が塞がれていた以上、あの長い距離を飛び続けて入り込むことはほぼ不可能であるはずだ。
呑気に考える暇もなく繰り出される、怪物の鋭い右翼。狩人の左肩から腰を狙う軌道である。
狩人が左へすれ違う。ダイアリンが刃を弾いて動きを止めた一瞬の隙に、駆け寄りながら背中へ一太刀。
左から一文字に斬りつけるも、流石に軽い直剣、怯ませるには至らない。
振り返りながらの裏拳を前に躱す。至近距離に潜り込み、細い腹に丸い銃口を押し付ける。
瞬間、爆発。寸前に怪物が身体の上半を下へ倒したため、腹部を吹き飛ばすには至らなかったが、左胸を背中ごと消し飛ばされた怪物は大いによろめいた。
すかさず駆け寄り、回し蹴りを決め込む寧謙。盤岳も距離を詰めて畳みかける。
光る金属の背中に格納されていたもう二本の腕が飛び出し、阿修羅が如く四つの拳を叩きつけ、次々と怪物の急所を穿つ。
獅子の咆哮が大気を裂く。突き立てられた腕が地面を割る。地形ごと引きずり出し、四メートルはあろうかという岩の塊二つの間で怪物を勢いよく挟み込んだ。
やったか。誰もそう言っていないというのに怪物は岩を叩き割り、復活した。辺りのミアズマが急激に濃さを増す。
「来ます!」
ダイアリンの声に全員が身構えた、まさにその時。上空に閃光。見上げる間もなく飛んできた黒い棺のような何かと、その上に乗っていた女の影に全員がその正体を察した。
怪物が飛来する鞘を咄嗟に躱す。着地と共に立ち込める土煙。それが晴れた時、姿を表したのはやはり──。
「瞬光!」
アキラと共に、全員が歓喜に声を張り上げた。ダイナミックな入場に歓声を上げる。吹き飛ぶ恐怖、沸き立つ全能感。
狩人がその両手を見るまでのことだったが。突然呆然と固まった狩人に声をかけたアキラが、指に導かれるまま彼女の手元へ向かう。
「な……なんだあっ」
瞬光の右手に握られた聖剣。鞘と合体し、大剣となっている。では、左手は?
左手には、否、左手にも大剣が握られていた。剣棺に入った青冥剣である。
「きっ貴公っ何をやっているのだ」
「これ強いんでしょ!?」
「それはそうだが──」
「じゃあ強いものを二つ持ったら最強じゃない!」
何を言ってるこの女は? 遅れて気付いたダイアリンの心の声である。細い眉が限界を超えて寄せられていく。開いた口の塞がらない寧謙。
「あれが……最強……」
「いけーっ天才瞬光っ」
「なんでこれで騙されるんですか???」
素直に感心する盤岳と狩人。ダイアリンの胃が急速に限界を迎えていく。いや、でも、と続けるアキラに貴方までと小さな身体で見上げる。
「あんなふざけた戦い方が──」
「強いぞ……!?」
えっ。前を向き直したダイアリンの瞳に飛び込む瞬光の背中。怪物が防戦一方になっていることに理解が追いつくまでには暫し時間を要した。
距離を取った怪物を見た瞬光が腕を胸の前で交差させ、突如高速で回転しながら跳躍してミサイルのように怪物へ突っ込んだ。
衝撃により割れた地面が岩の棘として彼女の周囲に飛び出す。怪物は幸運にも範囲の外へ逃れたが、それが反撃の隙を意味することはなかった。
怪物が振りかぶるも、それより速く瞬光が右手を斜めに振り下ろす。怪物が後ろに避けたのも束の間、それを追った左手での二撃目が命中。避けてなお喰らうのだ。
手首を返し、ばつの字に斬りつける。かろうじて躱した怪物を休ませず、瞬光の攻撃はむしろ熾烈さを増していく。
右肩の上で二つの刃を並べ、瞬光が腰を回す。罠である。刃を振る時を数瞬遅らせているのである。
瞬光の狙い通り、焦りに負けて早々に横へ跳んだ怪物。着地と同時に、数拍遅れた大剣が怪物を殴り飛ばす。
「すごい……まるで鬼神のようだ……!」
「……あーもうどうにでもなれ!!」
寧謙まで感嘆し始めたのを見て遂にやけになるダイアリン。どのみち黙って見ている場合ではないのだ。
狩人たちが一斉に走り出し、地面に転がる怪物に寄ってたかって殴る蹴るの暴行を浴びせる。
逃げるべく翼を広げた背中に再び散弾。筋繊維のほぐれたところへ瞬光が聖剣を振り降ろすと、翼はどちらも根元から千切れ飛んでしまった。
勝った。狩人の確信は実際正しかったようで、這って逃げ出した怪物の身体がみるみるうちに足から消えていく。
「傾聴せよ……始まりの主の……呼び声を……」
濃くなっていくミアズマの中、怪物が最期に吐いた言葉であった。黒紫の気に包まれ身構える一同。どうしてサクリファイスがここに居るのかと瞬光が口を開いた。
「『忘れるな……』」
「──!」
しかし、突如脳内に走る激痛にダイアリンは頭を抱えた。アキラたちの呼びかけ虚しく、その意識は昏い記憶へ沈み込んだのであった。
復刻開始したら悠真回書くと思います。というか書く。それまでには3章まで書いておきたいところ。
それと、アンケートを行いたいと考えています。一話における平均文字数がどれくらいだと一番読みやすいのかを知りたいので、できれば協力していただけると幸いです。
一話ごとの平均文字数について。
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3000字以下
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3000~4000字
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4000~5000字
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6000~7000字(今回が6603字)
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7000~8000字
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8000字以上