聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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神話とインフラの狭間で

(シオン視点)

 

 

 

神殿の深奥、教皇の間。

 私は静かに玉座に座し、新たな白銀聖闘士――杯座(クラテリス)のアッシュが到着するのを待っていた。

 

 朝の光は大理石の床に美しい文様を描き、重厚な扉の向こうにはこれから新時代を担うであろう逸材が立っている。

 扉越しにも、彼の大きな小宇宙の息吹が伝わってきた。まるで若木が勢いよく天を衝こうとするような、鮮烈で、しかもどこかしら未完成のきらめき。

 私はその小宇宙を感じ取り、心のどこかで思わず微笑んでいた。

 

 やがて重々しい扉が、ゆっくりと音を立てて開かれる。

 現れたのは、年端もいかぬ少年――しかし、その身には堂々と白銀聖衣を纏い、整った礼儀作法でこちらに歩み寄る。

 まだ十二歳とは思えぬ落ち着きと、堂々たる雰囲気。

 私は思わず内心で「なるほど、報告通りの逸材だ」と感心してしまった。

 

 「初めまして、教皇シオン様。杯座のアッシュです。本日より、聖域の一員としてお仕えいたします」

 ――声には緊張が混じっていたが、はっきりとした言葉で挨拶をする。

 

 私は柔らかく頷く。

 「よく来てくれた、アッシュ。遠い道のり、ご苦労だったな」

 この神殿にたどり着くだけでも容易ではない。聖闘士となり山道を抜け、村を経て、十二宮の長い石段を登り、ようやくこの場所まで――それをたった十二歳の少年が成し遂げたのだ。

 

 しかも、その小宇宙の規模。

 まるで扉の向こうから波のように押し寄せてくる。これほど若くして大きな小宇宙を発する者は、私の記憶の中でも稀有な存在だ。

 サガやアイオロスも、たしかに傑出した才能だったが、今の年齢ではまだこのような礼儀や作法は見せていなかった。

 

 私は、さりげなくアッシュの仕草に目をやる。

 丁寧に聖衣の肩を整え、床の文様を一瞥し、慎重に距離を計ってから玉座の前に立つ。

 だが、その眼差しには時折、不安や戸惑いの色もちらついている。

 

 ――子供らしい一面。

 そう思った私は、少し柔らかく語りかけた。

 「どうした、アッシュ。何か不安なことでもあるのか?」

 

 アッシュはふと、言い淀むようにして、しかし決意を込めてこちらを見つめ返す。

 「いえ、その……憧れていた聖域にこうして来られて、本当に夢みたいで。気が張り詰めてしまって、どうしても緊張してしまいます」

 顔を赤らめ、視線を少し泳がせるその様子に、私は思わず頬が緩んだ。

 

 ――かわいらしいところもある。

 なるほど、まだ十二歳。

 いかに早熟であっても、子供の純粋さと不安は拭えないものだ。

 私は玉座から身を乗り出し、静かに声をかけた。

 

 「誰しも、初めてこの場所に立った時は緊張するものだ。私も、かつては同じだったよ」

 「だが、今ここにいるお前は、すでに自らの力でここまで辿り着いた。どうか自信を持ちなさい」

 私の言葉に、アッシュは小さく息をついて、ほんの少し肩の力を抜いたようだった。

 

 ――これからは、私がこの少年を導いてやらねばならない。

 現代の子供は、我々の時代よりも遥かに速く、遥かに柔軟に変化する。

 だが、どれほど時代が移ろおうとも、“聖闘士”である限り守らねばならぬ誇りと矜持がある。

 その橋渡しをするのが、今の私の責務だ。

 

 「アッシュ。聖域は、伝統のある場所だ。

 お前の柔らかな感性と、熱い志を失わぬまま、時には迷い、時には悩みながら進んでいくがよい。

 私はいつでも、見守っている」

 

 アッシュは、はにかみながらも力強く頷いた。

 「はい、教皇様。必ず聖闘士として、皆を守れるよう精進します!」

 

 私は、かすかに目を細めて、

 (――この子が。新たな風が吹くのが楽しみだ)

 と、心の奥で密かに期待を込めるのだった。

 

 そのとき、遠くの空を、朝の光が黄金色に染めていた。

 この新しい聖闘士の登場が、きっと聖域に新しい時代をもたらすだろう――

 私はその一瞬を、静かに、そして深く胸に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

(アッシュ視点)

 

とてつもなく長い石段を登りきったとき、僕はもう人間をやめたい気分だった。

ここに来るまでの道のり――舗装なし、標高差あり、サバイバル要素しかない。まさに現代日本のバカンス精神とは真逆の、“古代ギリシャ式修行”を満喫したといっていい。

 

石段を踏みしめるたび、僕の服や靴は悲鳴を上げ、頭の中では「もっと安物で来ればよかった」と一人決意していた。

ようやく登り終えて視界が開けると、目の前にそびえるのは伝説の「教皇の間」――聖域の頂点。ここに来るのが、僕のひとつの夢だった。

 

……だが今は、夢より現実が厳しい。

 

何より帰り道のことを考えると、真面目にヘリコプターでも呼びたくなった。

案内人のおじさんに「帰りはヘリで」とお願いしたら、あっさり「それはできません」と却下された。

せめてゴンドラでもあればいいのに。だが、聖域の伝統はそんな甘いもんじゃないらしい。

 

「教皇様の前だから失礼のないように」と言われ、僕はしばし準備の時間をもらった。

 

ドライシャンプーを髪に吹きかけて爽やかにリセット。

顔と体はデオドラントシートでしっかり拭き、さらにスプレーで清潔感をプラス。

これが未来の聖闘士の礼儀ってやつだ。

案内人のおじさんがじっと見てくるけど……おじさんよ、頼むから変な目で見ないでくれ。僕はそっちの気はゼロだ。

 

念のため、聖衣にもメロンソーダを補給する。

(……って、あれ?いつの間にか補給用の口が増えてる。さすが杯座聖衣、カスタム機能が進化しすぎてて怖い)

 

最後に、聖衣を身にまとって深呼吸。

舞い上がるホコリが容赦なく襲いかかってきたので、小宇宙を静かに燃やして防御バリアを展開する。

 

扉がゆっくりと開かれる。

荘厳な雰囲気、朝日が石の床に差し込む様子はまさに伝説のワンシーンだ――

……と感動しかけたが、同時に一陣のホコリが僕に襲いかかる。

 

「え、待って、こんなに埃っぽいの……?」

心の中でつぶやきながら、一歩一歩慎重に進む。

 

儀礼にのっとり、玉座の手前で片膝をつき、

「杯座のアッシュ、教皇シオン様に拝謁いたします」

と、できるだけ優雅に挨拶。

そのままさりげなく肩のホコリを指で払い落とし、

床の複雑な文様を一瞥して「ここは踏んじゃいけないゾーンだな」と勝手に判定。

そっと距離を測りつつ、ホコリバリアを維持しながら玉座の前に立つ。

 

教皇様――牡羊座のシオン。

その目は優しくもあり、どこか厳しさもにじむ。

まるで“聖闘士星矢大全”から抜け出してきたみたいだ。

 

静かな声で問われる。

「どうした、アッシュ。何か不安なことでもあるのか?」

 

(きた、これが“人生の分岐点”というやつだ)

 

本音では、「このホコリをどうにかしてください」と言いたい。

さらに言えば、「聖域に水洗トイレと温水シャワーを!そしてエアコンも!」と切実に訴えたい。

 

だが、初対面でいきなりクレームを入れる勇気はさすがにない。

聖域のリーダーに向かって「掃除して!」はまずい。

しかも周囲には聖域関係者がズラリと並び、変なことを言えば翌日から僕の評価は“問題児”まっしぐら。

 

迷いながら口を開く。

 

「いえ、その……憧れていた聖域にこうして来られて、本当に夢のようで。気が張り詰めてしまい、緊張してしまいます」

お茶を濁しておく。

「まあ、本当はホコリのせいで気が抜けないんですけど……」と心の中でつぶやきつつ。

 

シオン様は優しく頷いてくれた。

「誰しも、初めてこの場所に立った時は緊張するものだ。私も、かつては同じだったよ」

その声に、僕はほんの少しだけ肩の力が抜けた。

 

(うん、やっぱり大人の余裕ってやつだ)

 

でも、僕は決めた。

いつか必ずこの聖域に――水洗トイレを実装し、ホコリ対策を万全にし、シャワーとエスカレーターを導入してやる。

聖闘士の誇りは大事だけど、現代人の快適さも捨てたもんじゃない。

(これ、改革フラグだよね……)

 

その時、聖衣がシュワッと控えめにメロンソーダを吸い上げ、満足げに点滅していた。

案外、この聖衣が一番、聖域改革に乗り気なのかもしれない。

 

儀式が終わったあと、控室で案内人のおじさんが「すごかったな」としみじみ言った。

「いや、普通にホコリ耐性が鍛えられただけですよ……」

と返しつつ、僕はこっそり自分の手を見つめた。

新しい時代の聖闘士、快適さと品格の両立――これが僕の目標だ。

 




アッシュという少年の到来に、私は正直なところ、引き締めねばならぬ――と内心で気を揉んでいた。
 奔放さ、そして“現代的すぎる発想”に、伝統の重みを改めて教えねばならぬと考えていたのだ。
 文官たちも「厳しく規律を!」と意気込んでおり、教皇の間も普段より念入りに掃除され、張り詰めた空気が漂っていた。

 だが、蓋を開けてみれば――

 アッシュは極めて礼儀正しく、誇り高く振舞っていたのだった。

 私や文官たちの心配など、全くの杞憂であった。
 
 ――シオン

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