聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
フィーネは、愛しい人へと届くために。
絶望の再生を前に、竪琴の旋律が奇跡へと変わる!
白銀を超え、伝説となる音――オルフェウス覚醒‼
「ストリンガーフィーネ――翔子へ届け!」
次回、闇のエデンを震わす響きが、希望の扉を開く!
(オルフェウス視点)
森を駆け抜けながら、私は己の焦りを必死に抑え込もうとしていた。ドルバル殿が開いたゲートから飛び出したのはいいが、落ちた場所は神殿から遠すぎた。どれほど全力で駆けても、翔子様のもとへ辿り着くには時間がかかる。その時間が、致命的な遅れになるのではないか。胸の奥に重くのしかかる焦燥が、息を切らせるよりも苦しかった。
「(くっ…ドルバル殿は老獪な方だが、やはり精密な術には向かぬか。私ならば、距離など一瞬で詰められるが…」
己の不甲斐なさに歯噛みする。今はただ、人間の肉体に頼って駆け抜けるしかない。
その時だった。背後から枝を踏み割る乾いた音が聞こえた。敵かと身構え、振り返った俺の目に飛び込んできたのは、長い金髪を揺らし、肩で息をする女の姿。――神闘士フレアだった。
「待ちなさい!」彼女は鋭い声を張り上げた。「あなた!なぜここに!?」
驚きよりも苛立ちが勝った。こんな時に、なぜ彼女が現れる。
「それはこちらの台詞だ、フレア殿。あなたこそ、なぜ一人で森を走っている?」
彼女の胸は激しく上下し、汗に濡れた頬には余裕など微塵もない。
「邪精霊に遭遇したのです!」吐き捨てるように答える声は震えていた。「名はフォノス。殺戮を司る存在。あまりに厄介で…一度、退いてきましたわ」
殺戮の邪精霊――フォノス。聞くだけで背筋が冷たくなる名だ。フレアの実力は疑いようもない。それでも退かざるを得なかったというのなら、敵は常軌を逸して強大ということだ。
「……なるほど。厄介極まりない。だが今はそれ以上に急を要する」
私はすぐに背を向け、再び神殿を目指して駆け出した。その瞬間だった。
大気が震え、地面が揺れるほどの衝撃が背後から押し寄せてきた。神殿の方角――翔子様がいるはずの場所から、凄まじい小宇宙が爆発したのだ。
思わず立ち止まり、振り返る。薄紫の光が森の向こうに迸り、雷鳴のようなうねりが空を裂いていた。その気配は、私の知るどんな聖闘士とも違う。いや、違わない。確かに翔子様と、そして彼女の中にいるエリス様の気配がある。だがそれらは、決して相容れるはずのないものが、無理やり融合し、絡み合い、異様に膨れ上がっていた。
フレアも青ざめた顔でその光を見つめている。
「なっ…!?この気配は…翔子様とエリス様!?でも違いますわ…混じり合って、変容している…!これは…!」
彼女の声は震え、いつもの余裕も色気も欠片もなかった。
私の胸にも同じ不安が広がっていた。あれは力の高まりではない。均衡を崩した狂気だ。魂が軋み、崩壊する寸前のような不協和音が、確かにあの小宇宙には含まれていた。
「…これは、ただ事ではない」私は低く呟いた。「このままでは翔子様の身が危うい。もはや一刻の猶予もない」
その時、初めてフレアと視線が重なった。互いの焦燥が、一瞬で理解し合える。
「行くぞ、フレア殿!」
「ええ!」
迷う余地はなかった。二人の焦燥は一つになり、全身の力を絞り出して駆け出す。森の枝を裂き、岩を蹴り砕き、風のように走る。
私の心臓は鼓動を早め、呼吸は荒い。だが足取りは止まらなかった。翔子様が、あの闇の中で一人きりで戦っている。あの光は彼女のものだ。
「(待っていてください、翔子様、エリス様。今行きます…あなたが失われる前に)」
◆
神殿の入り口に辿り着いたとき、私は思わず立ち止まった。そこにはまだ戦いの余韻が色濃く残っていた。空気は焼け焦げたように熱を帯び、地面には砕けた石片が散乱し、そして何よりも、まだ消えきらない黄金の残光が空間に漂っていた。
「これは…」胸の奥で言葉が凍った。「アイオロス殿の小宇宙か…」
あの男の放った光だ。確かにそれは、私が知るどんな黄金聖闘士のものよりも鋭く、神々しささえ孕んでいた。その証拠が目の前にある。壁に叩きつけられ、放心したように座り込む女――邪精霊アテ。
「あなた…翔子様を襲った邪精霊ですわね!」隣でフレアが鋭く叫んだ。
私は思わず彼女の肩に手を伸ばした。「待て、様子がおかしい」
確かにアテはまだ生きている。だが、その小宇宙は荒れ狂ってはいなかった。まるで、恐怖に支配されて縮こまっているかのようだった。私たちが知る傲慢な彼女の姿とはかけ離れていた。
「(これは、ただの敗北ではない。魂を震わせるほどの恐怖を植え付けられたのだろう。アイオロス殿…お前は一体、どこまでの高みに…)」
考える間もなく、空気を裂く気配が背後から襲いかかった。反射的に竪琴を構え、弦を弾いた。「ストリンガーノクターン」無数の音の壁が展開され、迫る黒い糸を弾き返す。その瞬間、フレアの全身から炎が立ち上がり、焼け残った糸を灰へと変えた。
「ふふ…やるではないか」闇の中から低い嘲笑が響いた。姿を現したのは、蜘蛛の糸を思わせる小宇宙をまとった男。フォノス――フレアが語っていた殺戮の邪精霊だった。
「アテ!」フォノスは冷たく呼び捨てる。「いつまでそこに腑抜けている。役立たずが!」
アテは震える声で答えた。「フォノス…ごめんなさい…。でも、あの黄金聖闘士が…」
「黙れ」一蹴する声に容赦はなかった。「言い訳は聞かん。お前も手伝え。この二人を始末する」
その瞳が私を射抜いた。炎をまとったフレアを睨みつけた。二つの殺意が同時に迫る。
「お前たちが、次の供物か。ちょうどいい。二人まとめて、我が殺戮の糧にしてやろう」
冷たい汗が背筋を流れるのを感じた。だが退くわけにはいかない。私は竪琴を構え直し、フレアと一瞬だけ視線を交わした。彼女もまた、燃え盛る小宇宙を抑えきれずに滲ませている。
「(これは試練だ。絶望に沈んでいる暇はない。翔子様のもとへ行くために、この二人を突破せねばならない)」
フォノスの糸が再び放たれた。今度は先ほどよりも密度が濃い。闇そのものが形を持ったように、森を埋め尽くさんばかりの黒い線が押し寄せてきた。私は指を走らせ、竪琴の弦を強く弾いた。旋律が空気を震わせ、糸のいくつかを切り裂く。しかし全てを防ぎきることはできない。迫る糸を、フレアの炎が焼き払い、辛うじて私たちは立っていられた。
「はは…なかなかやるな」フォノスは薄笑いを浮かべる。「だが焼いても切っても、俺の糸は無限に生まれる。お前たちの体力が尽きるまで、何度でもな」
「口だけは達者ね」フレアが唇を吊り上げた。「私を誰だと思っているのかしら?」
彼女の背後に燃え盛る幻影が現れる。炎の巨人――スルト。その姿を目にした瞬間、フォノスの笑みがわずかに引きつった。
「(フレア殿…あの力を今ここで放てば、この神殿そのものが焼き尽くされかねない。だが彼女は迷っていない。ならば、私も全力で支えるしかない)」
私は旋律を変えた。防御のための調べから、攻撃のための歌へと。音は刃となり、矢となり、空を駆けてフォノスの糸を断ち切る。音の一つひとつに私の焦りと祈りが込められていた。
「翔子様…待っていてください。必ず、あなたのもとへ辿り着きます」
アテはまだ壁際で震えていた。だが、その瞳は確かにこちらを見ていた。恐怖と憎悪が入り混じった視線だった。彼女がいつ動き出すかは分からない。二対二――いや、彼らが本気を出せばそれ以上だろう。
「(だが、退けぬ。退けば全てを失う。私の音は、仲間のためにある。今こそ歌うときだ)」
私は竪琴を高く掲げた。音が鳴り響く。炎が燃え盛る。絶望の残滓を纏った敵の前で、私とフレアは一歩も引かずに立ち向かった。
◆
今この瞬間にも翔子様は、神殿の奥で命を削るような戦いを強いられているかもしれない。だというのに、私の眼前に立ちはだかるのは二体の邪精霊。アテとフォノス。先ほどまで私の旋律に吹き飛ばされていたはずの彼らは、まるで何事もなかったかのように立ち上がり、笑っていた。
「お前たちのような雑魚に関わっている暇はない!」私は怒りに似た焦りを声に乗せた。「道を開けろ!」
弦を弾く。夜を切り裂くような旋律が響き渡る。
「我が旋律に散れ!ストリンガー・ノクターン!」
無数の音の奔流が二人を直撃し、骨が砕ける音すら錯覚するほどの衝撃で彼らを吹き飛ばした。普通なら、これで勝負は終わる。だが――。
「なっ…!?」フレアが驚愕の声を上げた。
吹き飛ばされたはずの二人の身体から、黒い靄が噴き出している。それは邪悪そのものの気配で、肉体の傷を覆い隠すように染み込み、次の瞬間には裂けた肉も折れた骨も、すべてが元通りになっていた。
「無駄だと言ったはずだ」フォノスが冷笑を浮かべる。「この闇のエデンでは、我らの力は無限に湧き上がる。貴様らがいくら小宇宙を燃やそうとも、いずれ尽きる。それが限界だ」
「…ならば!」フレアが一歩前に出る。燃え盛る炎がその身を包み、幻影の巨人スルトが背後に顕現した。彼女の拳が灼熱の光を帯びる。
「その根源ごと焼き尽くすまでですわ!ムスペルス・エルズル!」
世界の終焉を想起させる炎が空を裂き、大地を灼き、二人の邪精霊を包み込んだ。視界が白く染まり、私は思わず腕で目を覆った。アスガルドすら焦土に変える終末の炎。あれを真正面から受けて、生き延びる者など存在するのか。
しかし、炎が消えた後に立っていたのは――無傷で笑うアテとフォノスの姿だった。
「ありえない…!」私は喉を震わせた。
「面白いわ」アテが妖艶に笑みを浮かべる。「燃やされても、斬られても、私たちは再び立ち上がる。ここは闇のエデン。あなたたちの希望は、すべて無意味に終わる場所よ」
「ちっ…!」フレアが歯噛みする。「なんて厄介な…!これではただの足止めにしかならない!」
私も同じ思いだった。ここでいくら力を尽くそうとも、敵は再生する。彼らを完全に消し去る方法は、この場には存在しないのではないか。だが、退けばどうなる?翔子様は?アイオロスは?神殿の奥で、何が起きているというのか。
「(埒が明かん…!だが、諦めるわけにはいかない!)」
再生する敵の前で、私たち二人はただ足止めされるしかなかった。攻撃を重ねるたび、奏でる音が重くなる。炎が空気を焦がすたび、フレアの息は荒くなる。対してアテとフォノスは、笑みを崩さぬまま立ち続けている。絶望的な構図だった。
フォノスが蜘蛛の糸を放ち、無数の黒線が私とフレアを絡め取ろうと迫る。私は全身で竪琴を鳴らし、弦を走らせた。旋律が刃となり、糸を断つ。フレアの炎がさらに残滓を焼き払う。しかし、切っても焼いても、すぐにまた糸は生まれ、根は這い寄ってくる。
「(時間を稼がれている…!これは明らかに意図的だ。奴らは我々をここで止め、翔子様のもとへ辿り着かせないつもりだ!)」
私は胸の奥に込み上げる怒りを必死で抑え込んだ。感情に呑まれれば旋律は乱れ、音は力を失う。私は冷静でなければならない。だが、心の奥底で焦燥は炎のように燃え広がっていた。
「翔子様…どうか、ご無事で…!」
フレアも同じ思いで戦っているのだろう。彼女の炎は荒れ狂うほどに強大になり、周囲の大気を揺らす。だがそれすら、再生する悪意の前には虚しい。
アテが艶めいた声で囁いた。「あの少女のことが心配なの?でも、無駄よ。彼女はもう、私たちの母の器。あなたたちが足掻いても、すべては決まっている」
私は竪琴を強く握りしめた。指先が血を滲ませるほどに。
「決まっているだと?ふざけるな…!」
旋律が轟く。私の魂そのものを叩きつけるように。だが敵はまたしても笑うだけだった。
闇のエデン。ここは絶望の残滓が形を持つ場所。いくら攻撃を重ねても、彼らは倒れない。私とフレアは、まるで悪夢のような無限戦に囚われていた。翔子様のもとへ行かねばならないのに――。
◆
私は一度、深く目を閉じた。胸の奥にある焦りと苛立ちを、音もなく沈めていく。フレアの炎も、フォノスとアテの笑い声も、遠ざかっていくように感じた。ただ静寂の中に、自分の心音と竪琴の存在だけが残る。
ここは闇のエデン。再生を繰り返す邪精霊を相手に、力を尽くしても意味がない。だが、私はただ無力に時間を浪費するためにここに来たわけではない。翔子様を、あの少女を守るために来たのだ。ならば、もはや迷う理由などどこにもない。
「ほう…?まだ何か隠し持っているのか?」フォノスの声が、嘲るように響く。
私は答えない。竪琴を静かに構え直す。身体の中で小宇宙が広がっていくのを感じる。それは炎のように燃え上がるものではない。雷鳴のように荒れ狂うものでもない。ただ、底なしの湖のように、深く、透き通り、重く広がっていく。
白銀聖闘士として歩んできた日々、敗北と苦悩、音楽でさえ救えなかった無力な夜。それらすべてが今、音となって私の中に積み重なっていく。これはただの白銀の輝きではない。黄金の輝きをすら凌駕する、伝説の旋律への到達。
「(この小宇宙は…!?)」フレアの息が詰まる気配を感じた。「(ただの白銀聖闘士ではない…!)」
「(嘘でしょ…人間がこれほどの気を…!?)」アテの声にも怯えが滲んでいた。さっきまで無限の再生を誇り、笑っていた顔に、初めて恐怖と警戒の色が浮かぶ。
私はゆっくりと目を開く。視界に映るのは二人の邪精霊。その姿は確かに恐ろしい。だが、今の私にはただの雑音にしか見えなかった。澄み切った瞳で彼らを見据え、静かに呟く。
「……お前たちに聞かせるには、惜しい曲だがな」
その瞬間、竪琴の弦が一斉に鳴り響いた。音ではない。光であり、風であり、祈りそのものだった。音が空気を伝うより早く、小宇宙が旋律に変わり、空間そのものを震わせていく。
フォノスが焦りを隠せず糸を放つ。だが、その糸は弦に触れた瞬間、音に溶けるように消滅した。アテが根を伸ばす。しかしそれもまた、旋律に触れた瞬間に弾け飛んだ。
「馬鹿な…!」フォノスが呻く。「俺の糸が…音で断ち切られるだと!?」
「これは…伝説の旋律…?」アテがかすれた声で呟いた。
私は答えない。ただ音を紡ぎ続ける。旋律は戦いのためだけにあるのではない。人を救うためにある。今、この音は、翔子様を守るための刃だ。
音が空間を震わせ、邪精霊たちの身体に食い込む。再生を繰り返す肉体でさえ、旋律に触れるたびに軋みを上げて崩れ始める。彼らの力の根源、闇のエデンの祝福さえ、この音には抗えない。
「グッ…がああああああッ!」フォノスが絶叫し、膝をついた。
「ば、馬鹿な…!この場所で…この闇の祝福の中で…なぜ…!」
アテもまた顔を歪める。「この旋律…私たちの再生そのものを拒絶している…!?」
私はただ一歩、前へ踏み出す。弦を弾く指が震えることはない。心も乱れない。ただ一つの確信だけが、私を導いていた。
「これが私の音だ。翔子様を守るための、伝説の旋律だ。ストリンガーフィーネ!」
二人の邪精霊が怯えを隠せない目で私を睨む。私は構わず竪琴を高く掲げ、最後の和音を奏でる。
世界を貫くほどの衝撃波が走り、森も闇も揺らいだ。フォノスとアテの身体は弾き飛ばされ、再生の靄すら掻き消えていく。彼らが消えたわけではない。だが、少なくともこの場で再び立ち上がる力を奪うには十分だった。
私は荒い息をつきながらも竪琴を握りしめた。
「フレア殿、急ぐぞ。これ以上、翔子様を待たせるわけにはいかない」
彼女が頷いたのを横目で確認し、私は駆け出した。背後にまだ不穏な気配が残っている。それでも構わない。今はただ前へ。翔子様のもとへ――。
フレア「琴座の聖闘士……正直、意外でしたわ。聖闘士といえば拳で戦うものと思っていましたけれど、音楽で敵を断ち切るだなんて」
オルフェウス「拳も剣も、結局は破壊のための道具にすぎん。だが琴は違う。旋律は、人の心を救い、導き、そして時には刃ともなる。それが琴座を授かった者の宿命だ」
フレア「ふふ……宿命、ね。けれど、あなたが竪琴を奏でている姿は、どう見てもただの戦いではありませんわ。あれは――祈りそのもの」
オルフェウス「……祈り、か。そうかもしれんな。翔子様に届くよう願い、音を放った。あの瞬間、竪琴は武器ではなく、確かに祈りの器だった」
フレア「なら、琴座の聖闘士とは戦士であると同時に、吟遊詩人のような存在。破壊の中に歌を残す者……あなたに、ぴったりですわね」
オルフェウス「……皮肉を言うな、フレア殿。だが、そう言われて悪い気はしない」
この物語の着地点は‥‥。
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十二宮編までで十分
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ハーデス編で終わらせて
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ΩやNDまで続けて欲しい
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エピソードGの世界線も欲しい
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黄金魂とか海皇再起も手を出そう
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もうつまらない。今すぐ完結