聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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次回――退屈に沈む教皇の間!
ゲーミングチェアに腰かけ、書類を裁くサガ!
だがその心を侵すのは――退屈!

正義は破壊を望み、悪は秩序を守る!
善悪逆転、世界のバランスが揺らぐ時――
迫るは混沌か、それとも……メロンソーダか!?

「退屈こそが、最大の敵だ!」


秩序を守る悪、破壊を望む善

(悪サガ視点)

 

 教皇の間に響くのは、サーバーの低い駆動音と、カチャカチャと鳴るキーボードの音だ。そう、今やこの聖域の象徴たる場所は、ただのオフィスである。

 

 かつて黄金の玉座と呼ばれた椅子も、今では最新型のゲーミングチェアに変わった。腰のサポートが完璧で、リクライニング角度も自由自在。これを提案したのはもちろんアッシュだ。やつめ、「教皇の腰痛が原因で戦争に負けるリスクを減らすため」という屁理屈で経費を通したらしい。いや、通すなそんなもん。

 

 そしてその椅子に座るのは、この俺――サガ。だが、今の俺は教皇というより「最終承認ボタン」でしかない。

 

 ディスプレイに次々と浮かぶ申請書の山。「パライストラ備品購入申請書」「白銀聖闘士・福利厚生プラン改定案」「聖域カフェテリア新メニュー試験導入計画」血も涙もない、ただの書類の群れ。

 

 俺は画面をスワイプしながら、大きくあくびをした。

 

「ふぁああ……」

 

 平和。実に平和。いや、平和すぎる。

 

 善サガの奴が心の中でぼやく。

(平和だな…アスガルド以来、大きな事件もなく、実に平和だ…。平和すぎる…)

 

 おいおい、何を言ってやがる。俺は鼻で笑った。

(何を言う。これこそ我らが望んだ完璧な秩序だ。アッシュの奴が作り上げたこのシステムの上で、我らは神として君臨しているのだぞ)

 

 善サガは黙り込む。まあ、俺の言うことは正しい。実際、今の聖域はかつての無秩序な血みどろの戦場ではない。きっちりと整備されたデジタル官僚制。その頂点に座るのが、この俺だ。

 

 だが――心の奥底で俺自身も気づいていた。

 

 これは退屈だ。

 

 いや、退屈すぎる。

 

 俺は黄金聖闘士として数えきれぬ修羅場を潜ってきた。血を浴び、命を奪い、奪われかけ、それでもなお立ち上がる。そういう戦いこそが生きる実感を与えていた。なのに今はどうだ? 俺の仕事は「承認」「却下」「再提出」の三択だけ。神々の黄昏かと思ったら、書類の山の黄昏だった。

 

 リクライニングを倒し、天井を仰ぐ。そこにはステンドグラスではなく、アッシュが設置したLED照明が光っている。目に優しい昼白色。こんな気配り、戦場で役立つか。

 

「……ふぅ」

 

 ため息をついた瞬間、通知音が鳴った。

 

【新規決裁案件:聖域福利厚生部より】

 

 開くと、「教皇専用マッサージチェア導入計画」とある。添付資料にはご丁寧に、腰痛改善効果やコストパフォーマンス比較表までついていた。……提出者、エレナ。あの秘書官め。

 

 俺は頭を抱えた。

「マッサージチェアを玉座に並べる教皇ってどうなんだ…」

 

 善サガがまた囁く。

(いいじゃないか。腰痛は誰にでもある。健康第一だ)

 

 馬鹿か。俺は神だぞ。神が腰痛を理由に装備を追加するなど笑い話にもならん。

 

 とはいえ、承認しなければエレナの冷たい目にさらされるのも確かだ。俺は画面をにらみながら、ひとまず「保留」にしておいた。

 

 ……ああ、退屈だ。

 

 俺の中の衝動は、血と混乱と戦火を求めている。だが現実は、完璧すぎる秩序と、完璧すぎる退屈。アッシュの描いたシステムは美しい。だが、美しすぎるがゆえに息苦しい。

 

 ふと窓の外を見ると、遠く十二宮の上空に訓練用ドローンが飛んでいた。候補生の小宇宙を測定するための機械だ。昔なら、そんなもの必要なかった。強者は拳一つで示せばよかったのだ。

 

「はぁ……」

 

 俺はまたため息をついた。教皇――神に等しき存在。その実態はただの「電子決裁マシーン」アッシュは俺を神にしたのではなく、オフィスの上級職員にしただけではないか。

 

 ……まあ、いい。退屈もまた秩序の証。いずれ何かが起こるだろう。その時、俺は再び血の匂いを思い出すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディスプレイを切り替えると、聖域全体の監視映像がずらりと並んだ。訓練場で汗を流す候補生、街角で談笑する聖闘士、カフェテリアで限定スイーツに列を作る白銀。どこを見ても争いの影はない。完璧な平和。――退屈極まりない。

 

(この緑色のグラフを見ていると…心が凪ぎすぎて、逆に落ち着かん。血が沸き立つような戦いもない。命を懸けるべき巨悪もいない。俺は…俺たちは、ただの決裁マシンになってしまったのか?)

 

 善サガがまたブツブツ言い出した。こいつ、平和になると必ず「退屈だ」「刺激が欲しい」と言い始める。駄々っ子か。

 

(何を甘ったれたことを。決裁マシン?結構ではないか。我らの指先一つで、世界の予算が動くのだぞ。食料も、武器も、聖衣の修復も、全て我らの管理下にある。これ以上の支配があるか?)

 

 そう、俺の言う通りだ。候補生が食べるパンの一斤から、黄金聖闘士のマントの布地まで、全部俺が承認してる。俺が「却下」と言えば、ライブラの武器庫だって閉鎖できるんだぞ。これぞ究極の支配。まさに神の座。

 

 だが、善サガは納得しない。

(支配、か…。だが、俺が求めていたのは、もっと…こう、魂が燃えるような、ギリギリの感覚だったはずだ!)

 

 はいはい、分かってるよ。お前が求めてるのは「命のやり取り」「血が飛び散る修羅場」「友情と裏切りの板挟み」とか、そういう劇的なやつだろ?だが現実は「備品購入申請」「出張旅費精算」「白銀寮のトイレ修繕依頼」だ。これが聖域のリアルなんだよ。

 

 俺はため息をつきつつ、椅子をリクライニングした。ふかふかのゲーミングチェアは背中を完璧に支えてくれる。腰痛ゼロ。アッシュの入れ知恵だ。戦いはなくとも、健康寿命は延びるというわけだ。

 

 だが、善サガが懐古モードに入った。

(かつてアイオロスと拳を交えた日々、アッシュと共に聖域の未来を語り合った夜。その熱狂が、今はひどく懐かしい…)

 

 おいおい、しんみりするな。アイオロスのあの真面目顔、俺は今でも忘れん。戦いの最中に「サガ!君は間違っている!」とか叫んでいたが、今考えると、間違っているのはお前のセリフ回しだ。もっとバリエーションを増やせよ。

 

 そしてアッシュ。あいつと夜中に議論したのは確かに楽しかった。「聖域の近代化は避けられない」とか「黄金は過去の遺物にすぎない」とか、熱弁を振るっていたっけ。俺はジュースを煽りながら「まあ好きにやれ」と言ったら、翌朝には情報管理棟が建っていた。あいつ、実行力が化け物だ。

 

 でもな。お前らとの熱い夜を思い出しても、今俺の目の前にあるのは「小宇宙出力平均値グラフ」だ。候補生の成績表を見てワクワクするタイプじゃないんだよ俺は。

 

 俺は机を指でトントン叩きながら、善サガに言った。

(お前の求める「魂が燃えるような瞬間」は、ここにはない。だが、世界を握る権力の痺れる感覚なら、ここにあるだろう?俺たちは今や、戦場の勇者じゃなく、世界の支配者だ。それを楽しめ)

 

 善サガは黙り込んだ。まあそうだろう。昔は拳を振るえば良かったが、今はクリック一つで世界を動かせる。魂の震え方は違うが、権力の味は悪くない。

 

 だが俺自身も薄々気づいていた。――確かに退屈だ。戦火もない、裏切りもない、ただの承認作業の日々。俺が欲しているのは、もしかすると「血と汗の匂い」より「スキャンダルと失敗の匂い」なのかもしれない。誰か、派手にやらかせ。

 

 そう思いながらディスプレイを切り替えた。次に出てきたのは「黄金聖闘士健康診断結果報告」

「……ああもう」

 

 俺は頭を抱えた。戦場の英雄、蠍座のミロ。診断結果の欄には「コレステロール値やや高め」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はゲーミングチェアをくるりと回転させ、窓の外の聖域を眺めた。ステンドグラス越しに見えるのは、平和そのもの。訓練場では候補生が元気に走り回り、白銀は昼下がりのカフェでラテを啜っている。黄金たちはそれぞれ研究や外交に勤しみ、どこにも血の匂いはない。

 

 ……完璧だ。完璧すぎる。

 

 その時、俺の中で善サガがボソリと呟いた。

(なあ…)

 

「……何だ」

 

 俺は面倒そうに返す。どうせまた退屈だの何だのと愚痴を言うに決まっている。

 

(…少し、退屈ではないか?)

 

「またその話か。いい加減にしろ」

 

 ほら来た。退屈退屈って、子供か。俺だって分かってる。書類承認の毎日なんて燃えない。だが秩序の維持こそ俺たちの役割だ。

 

 だが善サガは続けた。

(だから、提案なんだが。…たまには何か、こう…世界を揺るがすような邪悪なことをしてみないか?)

 

 …………俺は固まった。いや、本当に固まった。

 

「…………は?」

 

 精神世界の空気が一瞬凍りつく。おい待て。今言ったのは本当に正義の人格か?

 

「お前はどちらのサガだ!?正義の化身であるはずのお前が、何を言い出すか!狂ったか!?」

 

 俺は叫んだ。正義が悪を誘うな。そんなのアイデンティティ崩壊もいいところだ。

 

 しかし善サガは涼しい声で言う。

(至って真面目だ。例えば、どこかの小国に宣戦布告してみるとか。あるいは、冥界の封印を少しだけ緩めてみるとか…スリルがあって面白そうだとは思わんか?)

 

 ……真面目に頭がおかしい。

 

「お前は俺を試しているのか?それとも本気で言っているのか?小国に宣戦布告?冥界の封印を緩める?そんなことをすれば世界は大混乱だぞ!」

 

(だから良いんじゃないか)

 

 善サガの答えは簡潔すぎた。いや、怖い。正義の人格が一番怖い。

 

「ふざけるな!お前は聖闘士の鑑だろうが!理性と調和と秩序を守る側だろうが!」

 

(いや、守ってばかりじゃ飽きるだろう?どうせアッシュが全部システム化してくれてるんだから、ちょっとくらい壊してもバランス取れるんじゃないか?)

 

 俺は額を押さえた。参った。正義の人格が不満を爆発させた結果、やってることが完全に悪の俺よりタチが悪い。

 

 しかも善サガは本気で楽しそうに語り始めた。

(見ろよ、この退屈なグラフ。候補生の小宇宙出力、平均値でずっと横ばいだ。戦争でも起きれば一気に伸びると思わないか?)

 

「教育におけるカリキュラムの話をするな!戦争をスパルタ教育みたいに言うな!」

 

(だってこのままじゃ、英雄なんて育たないぞ?)

 

「お前が英雄だったんだろうが!」

 

 俺は叫んだ。いや、正確には俺とお前で一人の英雄だ。だがその英雄が退屈を理由に冥界の封印を緩めようとするのはどうなんだ。

 

 善サガはまだ続ける。

(それにさ。アッシュだって多分、心のどこかでスリルを求めてると思うんだ。ほら、あいつ昔から言ってただろ、『予定調和は嫌いだ』って)

 

「……確かに言ってたがな!」

 

 俺は思わず肯定しかけて慌てた。危ない。正義の口から出る悪魔の囁き、恐るべし。

 

 善サガの提案はさらにエスカレートする。

(じゃあさ、誰かに裏切らせてみるのはどうだ?スパイ事件とか起こせば刺激的だろう?)

 

「そんなサバゲーみたいなノリで裏切りを仕込むな!」

 

(あるいは、黄金聖闘士同士で模擬戦をやらせて、ちょっと本気で殺し合ってもらうとか)

 

「それ、模擬じゃなくて本戦だから!」

 

 俺は頭を抱えた。どうしてこうなった。正義の人格にブレーキ役を期待していたのに、アクセル全開で突っ走っている。

 

(退屈なんだよ、俺は)

 

 その一言に、俺は沈黙した。……まあ、気持ちは分かる。退屈だ。アッシュの作った完璧すぎる秩序は、確かに居心地が良いが、血の匂いがしない。

 

 だがだからといって正義が悪事を提案するのはおかしい。役割逆転も甚だしい。

 

「……いいか、善サガ。もし本当にそんなことをしたら、俺たちは二度と立ち直れなくなるぞ」

 

(でも、楽しいと思うぞ?)

 

 ――ああ、やっぱり正義が一番危険だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は狼狽していた。いや、俺が狼狽するなど前代未聞だ。だが仕方ない。正義の人格が「退屈だから世界を壊そう」などと言い出したのだ。悪の俺ですら考えない暴論を、あいつは本気で口にした。

 

(やめろ!馬鹿なことを考えるな!アッシュに知られたらどうする!あの男は我らの支配体制の要だぞ!下手をすれば全てが崩壊する!)

 

 俺は必死に叫んだ。アッシュの目が光ったら最後、俺たちが組み上げたこの近代化システムは一夜で更地にされる。あいつはそういう男だ。

 

 だが善サガはふてくされた声で返してきた。

(ちぇっ…つまらんな。お前の方が、よっぽど今の秩序とやらに縛られているではないか。昔はもっと過激だっただろうに)

 

 ぐぬぬ。確かに昔は血も涙もないことをやった。だが今は違う。秩序を守るのは俺の役割になってしまった。いや、なぜだ。なぜ悪の俺が理性担当で、正義の人格が破壊担当なのだ。

 

(誰のせいだと思っている!貴様が暴走しないよう、俺が!この俺が、理性の番人をしてやらねばならんとは…!なんという皮肉だ…!)

 

 思わず嘆息する。俺が「秩序側」に回る日が来るとは思わなかった。悪がブレーキで正義がアクセル。聖域の未来は、車検も通らないオンボロ車のごとくガタガタだ。

 

 チェアをくるりと回転させ、ディスプレイに目を戻す。通知が一件来ていた。開いてみれば、アッシュからの稟議書。「メロンソーダ業務用サーバー導入について」。

 

「……ああ、やっぱりな」

 

 笑いが込み上げてきた。冥界の封印だの宣戦布告だの、そんな血なまぐさい話じゃなく、俺が承認すべき現実は「メロンソーダをいかに効率よく供給するか」だ。

 

 善サガが小声で言う。

(なあ、それちょっと面白そうじゃないか。メロンソーダが無限に出るサーバー?夢があるな)

 

「夢を語るな!飲料のインフラ計画だ!」

 

 だが俺も、つい笑ってしまった。確かに、これはこれで狂気じみている。世界の未来を担う聖域の中枢で、真剣にメロンソーダを議題にする。血の戦争よりも、ある意味で危険かもしれん。

 

 俺は承認ボタンに指を伸ばした。軽くタップするだけで、予算が動き、機材が発注される。かつて拳一つで国を揺るがした俺が、今は指先一つで清涼飲料水を動かしている。

 

「……やれやれ。平和というのも、存外、厄介なものだな」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 正義は混沌を求め、悪は秩序を守る。皮肉な役割逆転の中で、俺たちはかろうじて均衡を保っている。二人三脚で走りながら、互いに逆方向へ引っ張り合っているようなものだ。

 

 奇妙だ。だが、この奇妙さこそが今の聖域の平衡。

 

 ……世界の未来は、もしかすると本当に俺の「退屈」ひとつにかかっているのかもしれん。退屈しのぎに冥界の封印を緩める日が来ないことを祈る。いや、正義の人格に言い聞かせねばならんか。

 

 ため息をつき、俺は椅子を揺らした。善も悪も、どちらも厄介だ。だが――この退屈な平和が続く限り、俺たち二人は共犯者として聖域を支配していくのだろう。




サガ(悪)「俺が理性担当で、正義が破壊衝動とかどういうことだ!」

サガ(善)「いや、ちょっと退屈すぎるんだよ!世界揺るがすくらい、いいだろ!」

サガ(悪)「お前は子供か!俺の胃が死ぬわ!」

アッシュ(ドアを開けながら)「お二人とも、落ち着いて。ところで――メロンソーダサーバー導入の件ですが」

サガ(善悪同時に)「そこは承認だ!」

この物語の着地点は‥‥。

  • 十二宮編までで十分
  • ハーデス編で終わらせて
  • ΩやNDまで続けて欲しい
  • エピソードGの世界線も欲しい
  • 黄金魂とか海皇再起も手を出そう
  • もうつまらない。今すぐ完結
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