聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
神闘士候補たちが鍛錬に励むその影で、フレアの胸を焦がす想いがあった!
野心を隠すアルベリッヒ! 熱き誓いを立てるジークフリート!
そして――遠く届かぬ背中を追い続ける戦乙女の心!
「オーロラよ照らせ、私の迷いを!」
(フレア視点)
アスガルドの空気は、いつも肺を刺すように冷たい。けれど私にとっては、この厳しさこそが何より心を引き締めてくれる。氷と雪に閉ざされたこの地にあって、未来を担う神闘士候補たちが今日も訓練に励んでいる。その姿を見守るのが、今の私の務めだった。
訓練場の中央で、ひときわ目立つ小宇宙を燃やす若者がいた。ジークフリート。彼は群を抜いた力と気概を持ち、既に「候補最強」と囁かれている。彼の視線は真っすぐで、冷気を吹き飛ばすほどの熱を秘めていた。
「ドラゴン・ブレーヴェスト・ブリザード!」
その拳が突き出された瞬間、空気が震えた。凍てつく風と龍の咆哮が重なり、訓練場の観客たちが息を呑むのが分かる。だが、私はその勢いに怯まない。むしろ、その力の中に潜む微かな隙を見逃さなかった。
指先を伸ばし、一歩踏み込み、心臓に届く寸前で止める。彼の胸に触れぬほどの距離で、私の指先は冷たく空気を押した。
「そこよ、ジークフリート。今の一瞬、心臓ががら空きだったわ。守るべきもののために、その一瞬の油断が命取りになるのです」
彼の瞳が見開かれ、すぐに深々と頭を下げた。
「はっ…!ありがとうございます、フレア様!今の御教示、必ずや己がものにしてみせます!」
誠実な返答。その声に揺るぎはない。私は頷き、言葉を続けた。
「ええ、いいですわ。ただし、私の炎はアッシュ様をお守りするためにあるのです。あなたたちも、誰かを守りたいという強い想いを持ちなさい!」
その瞬間、場にいた全員の表情が引き締まった。
ハーゲンは拳を握り締め、目に宿した光で誓いを立てていた。彼の炎は熱く激しいが、その奥には仲間を思う優しさがある。シドは静かに頷き、双子の兄への想いを胸に秘めているのだろう。その冷静さは必ずや武器になる。ミーメは柔らかい笑みを浮かべながらも、心の奥底に複雑な影を抱えている。だがその影を越えたとき、彼は大きな力を示すはずだ。
彼らの決意を確かめるたび、私は安堵を覚える。アスガルドの未来は、確かにここに芽吹いているのだと。
訓練を重ねる中で、彼らが見せる成長は目覚ましい。初めはただ力任せに技を放っていたジークフリートも、今では一瞬の隙を意識できるようになった。ハーゲンは感情に振り回されることが少なくなり、炎を的確に制御している。シドの冷静な判断は仲間を導き、ミーメの音色は仲間の士気を高める。
私は彼らを見ながら、自分の役割を改めて胸に刻む。私はただの戦士ではない。指導者として、彼らに「守る意味」を伝えなければならない。力を持つ者が暴走すれば、それは破滅を招く。だが、守るべきもののために振るわれる力は、未来を築く。
かつて、私自身も迷ったことがあった。炎の力は破壊の象徴だ。けれど、その炎を注ぐべき対象を見つけてからは迷いは消えた。私の炎はアッシュ様をお守りするためにある。それが、私の誇りであり、存在理由でもある。
訓練を終えた候補生たちが息を整える中で、私は最後に告げた。
「あなたたちは強くなるでしょう。でも、力そのものは目的ではないのです。力を誰のために使うか、それがあなたたちを神闘士にする。忘れてはなりません」
その言葉に、若者たちは静かに頷いた。彼らの瞳に揺らぎはなかった。
氷に閉ざされた大地に、小さな炎が確かに灯っている。その炎を絶やさぬよう、私は彼らを導いていく。アスガルドの未来を担う戦士たちが、守るべきものを胸に刻んで戦えるように。
◆
訓練を終えて、候補生たちが次々に引き上げていく。冷気を切り裂いた小宇宙の余韻がまだ漂っているが、訓練場に残るのは私と、ひとりの青年だけになった。
アルベリッヒ。名門の家系に生まれ、幼い頃から才気煥発と称されてきた男。神闘士候補の中でも、知略と技術では抜きん出ている。けれどその性格は、どうにも扱いにくい。
彼は汗ひとつかいていないかのような顔で私の前に歩み寄り、恭しく頭を下げた。
「フレア様。今日の貴女の炎も、実に美しかった…。このアルベリッヒ、貴女の美しさを前にしては、我が智謀も霞んでしまいますな」
私は深く息をつき、冷ややかな声を返した。
「お世辞は結構ですわ、アルベリッヒ。それより、今日の組手、動きに無駄が多すぎました。名門の出だからと驕っているのではありませんこと?」
彼はにこやかに笑った。軽く受け流すようなその態度が、時に私を苛立たせる。だが、その裏で誰よりも努力していることを、私は知っている。夜遅くまで残って技を磨き、記録を分析し、誰にも見られないところで血を吐くように鍛えている。それを隠すように、こうして軽口ばかり叩く。
彼は私の手に触れようとした。
「ならば、稽古の後、二人きりで反省会などいかがでしょう?私の知略が、必ずや貴女のお役に…」
私はその指を払いのけた。
「必要ありません。報告書で提出なさい」
冷たく言い放ち、背を向けて歩き出す。雪を踏む音が静かに響く。その背後で、彼の肩が落ちるのを感じた。
訓練場を離れ、人気のない回廊に入ったとき、私は小さくため息をついた。
(…フン。…少しは可愛げもあるのかしら。毎日毎日、飽きずによく愛を語りに来るものね。誰にも見せない努力を続けながら…。私も、似たようなものかしら)
デルタ星メグレスの神闘衣。それは私が纏ってきた鎧であり、私の炎を受け止めてくれた相棒でもある。その後継者候補として最も優れているのは、皮肉にもアルベリッヒだ。誰よりも努力し、誰よりも冷徹に未来を計算する彼。頭が痛いほどに、その事実は揺るがない。
ジークフリートの豪放な力、ハーゲンの熱情、シドの冷静、ミーメの情感。どれも素晴らしい資質だが、デルタ星に最もふさわしいのは、やはりアルベリッヒ。だが、彼の心に潜む野心と、私への執着が、私を迷わせる。
私は彼を拒絶するように振る舞いながら、同時に認めざるを得ない。彼は決して驕ってばかりの男ではない。むしろ驕りを装い、自らを追い込んでいる。私が彼を冷たく突き放しても、決して折れない。その執念は、刃のように鋭く、時に私の胸を突き刺す。
指導者として私は公平でなければならない。感情に流されず、最も優れた者を選ばなければならない。だが、アルベリッヒを見るとき、私は迷いを覚える。彼を後継者に選べば、アスガルドは強くなる。だが同時に、その野心が炎を狂わせる危険も孕む。
歩きながら、窓の外に目をやった。凍りついた大地に、淡い月光が射している。白銀の光の下で、候補生たちの未来を思う。
(私もまた、誰かを想う力で強くなった。彼らにも、その力を知ってほしい。アルベリッヒ、お前は…誰を想って戦うのかしら)
彼の答えは、今のところ「私」だ。だがそれだけでは足りない。神闘士とは、己の野心ではなく、大地と人々を守るために戦う存在でなければならない。その境地に至らぬ限り、彼はデルタ星の鎧を継ぐことはできない。
私は一歩を止め、静かに息を吐いた。
(結局のところ、私の頭痛の種は自分自身ね。彼の努力を認めながら、突き放すことしかできない。…それでも、私は指導者であり続けるしかないのよ)
夜の冷気が頬を撫でた。私の炎は、迷いながらも燃え続けている。アルベリッヒの野心を試す日が、やがて来る。その時、彼が何を選ぶのか。それが、私の責務の答えとなる。
◆
私室は、静かだった。外では吹雪が荒れ狂っているのに、厚い石壁に守られた部屋の中は、薪の炎の揺らめきだけが穏やかな温もりを与えていた。私は窓辺に立ち、夜空を覆うオーロラを見上げていた。氷の帳を突き抜けて舞う緑と紫の光は、天の川よりも鮮烈で、目にするたびに心を奪われる。けれど今夜は、その美しさすら胸を満たしてはくれなかった。
手にしているのは、聖域から送られてきた戦術データの端末。差出人の名を目にした瞬間から、私の胸は落ち着きを失っていた。――アッシュ。その名を、私はどれほど胸の内で呼んできただろう。
彼は聖域の参謀長。神々の戦いを終わらせ、新しい秩序を築き上げた立役者。アスガルドにいた私ですら、その名と功績を知らぬ日はなかった。彼が紡ぐ戦略、築く仕組み、それらはすべてが冷徹に見えながらも、人々を守るためのものだった。私は初めて会ったときから、彼の背中に憧れを抱いていた。
だが、私はアスガルドの戦乙女。北の地を守る盾であり、炎であり、戦場で舞う刃。彼と並んで歩むことなど、許されていないのかもしれない。
端末を開けば、そこに並ぶのは合理的で冷静な指示の数々。部隊の編成、補給の分配、候補生育成の進捗。そこには彼の姿そのものが表れていた。無駄がなく、誰にでも理解できる簡潔さ。読み進めれば進めるほど、私は彼がどれほど遠い存在かを思い知らされる。
「アッシュ様は、今頃エレナと…」
思わず声に出してしまった。彼の隣に立つのは、常に首席秘書官のエレナだ。誰よりも近くで彼を支え、仕事の一挙手一投足を共にしている。私はアスガルドの地に縛られている。たとえ最強と呼ばれようと、その距離は縮まらない。
胸の奥に、冷たい棘が刺さるような痛みが広がる。私は誰よりも強いはずなのに、この気持ちにはどうしようもなく脆い。戦場で血を浴びても揺らがない炎が、彼を想うだけで小さく震える。
机の上に端末を置き、私は両手で顔を覆った。
「この炎も、この力も、すべてはあの人のために…」
誰に聞かれることもない告白。氷の大地に立つ者として、人前でこんな言葉を吐くことは決してできない。だが、心の奥で燃えているのは確かだ。私はアッシュのために鍛え、アッシュのために戦い、アッシュのために生きている。それなのに、その想いは届かない。
窓を開ければ、凍てつく風が頬を打つ。夜空のオーロラは揺れながらも、どこか遠くへと伸びていく。その光の果てに、彼がいるように思えてならない。手を伸ばしても届かない。どれほど炎を燃やしても、その背中には触れられない。
私は人知れず笑った。
「遠いわね、本当に…」
アスガルドの候補生たちは、私を絶対的な指導者だと思っている。フレア様に追いつきたいと、日々血を吐くように鍛えている。私がどれほど揺らいでいるか、誰も知らない。私が胸に秘めた炎は、彼らのためではなく、一人の男のために燃えていることも。
もしアッシュ様がここに来てくださったら、私は何を言えるのだろう。強き戦乙女として、最強の神闘士として、胸を張れるのだろうか。あるいは、ただの一人の女として、彼の前で小さく見えるだけなのかもしれない。
私は窓を閉じ、深く息を吐いた。弱さを晒すのは今だけ。明日になれば、私は再び戦乙女でなければならない。候補生たちを導き、アスガルドを守る盾であり続ける。それが私の務め。私が炎を燃やす理由。
けれど、その炎の源は、どこまでも彼の背中だ。遠くて、届かなくて、それでも消えることはない。むしろ届かないからこそ、燃え続けているのかもしれない。
「アッシュ様…」
名を呼んだ瞬間、胸が締め付けられるように熱くなった。私の恋心は、凍てつく夜空の下で燃え続ける。オーロラの光は、遠い彼の姿に重なって見えた。
フレア「私は戦乙女として彼らを導く。でも…女としての私は、アッシュ様の背中を追うばかり。届かないからこそ、炎は燃えるのね」
アルベリッヒ「その炎を、私に向けてくれればいいのに。努力しているのに、冷たいなあ」
フレア「努力は認めます。でも“私を守る”ためじゃなく、“アスガルドを守る”ために燃やしなさい」
(ふと、窓の外のオーロラが輝く)
フレア「明日もまた、戦乙女であり続けるわ」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
-
アッシュと星矢
-
サガとアイオロス
-
アッシュとアイオロス
-
サガと星矢