聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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氷と炎が交わるアスガルド!
兄の優しさに揺れ、候補生を導きながらも、フレアの胸を焦がすのはただ一人の男!
夜空を彩るオーロラの下、ついに訪れる邂逅――!

「アッシュ様!私は、ここで…!」


オーロラの下で――届いた温もり

(フレア視点)

 

 

机の上の通信機が小さく振動し、着信を告げた。私は少し驚きながらも応答ボタンを押した。画面に映し出されたのは、懐かしい顔。兄、フレイの姿だった。

 

「フレアか。元気そうで何よりだ」

 

兄の声は、いつ聞いても穏やかで落ち着いている。荒れ狂う北の風に育てられたはずなのに、その響きにはどこか春風のような優しさがあった。私は自然と背筋を伸ばし、笑みを浮かべた。

 

「兄上…。ご無沙汰しております」

 

画面の向こうの背景には、日本の邸宅らしい調度品が見えた。西洋の石造りとは異なる、木の温もりと柔らかな光。そこに兄が座っている姿は、少し不思議に見えた。

 

「日本は今日も賑やかだぞ」

兄は軽く笑った。

「響子殿は…いや、ヴィーナス様は、また新しい事業を立ち上げると息巻いておられる。まったく、あの方の情熱はどこから湧いてくるのか」

 

兄の声音は楽しげで、画面越しにその場の活気が伝わってくるようだった。私は小さく頷きながらも、胸の奥に小さな棘を感じた。

 

「楽しそうですわね…。その方のそばにいるのが」

 

言葉を濁した私に、兄は少しだけ目を細めて微笑んだ。

「ああ。彼女は…太陽のような人だ。厳しくも、温かい。誰もがその光に惹かれていく。…フレア、お前も、あまり一人で抱え込むなよ」

 

その言葉に、私は瞬きもせず兄を見つめた。抱え込むな――兄は昔から、私の弱さを見抜いてしまう。最強と謳われようと、誰よりも炎を操ろうと、兄の前ではただの妹でしかなかった。

 

「私は…」と口を開きかけたが、その先は言葉にならなかった。

 

兄の言葉が優しいほど、胸の奥の痛みは強くなる。兄が日本の女神と親しくしていると聞くたびに、私は自分と比べてしまう。私には、誰かに寄り添う余裕などなかった。アスガルドを背負い、戦乙女として立ち続ける。それが私の務めであり、生きる意味だったはずだ。

 

だが、心のどこかで思ってしまう。兄が見上げる太陽のような女神。その温かさを、私もほんの少しだけ浴びてみたいと。羨望に似た感情が、胸の奥で渦を巻く。

 

「兄上…。私は大丈夫です。候補生たちもよく頑張っています。ジークフリートも、ようやく心臓を隙だらけにせずに拳を出せるようになりました」

 

話題を変えたのは、自分でもわかっていた。兄はそれを咎めることもなく、ただ穏やかに頷いた。

 

「そうか。それを聞いて安心した。…だが、忘れるなよ。お前は戦乙女である前に、フレアだ。無理をして、自分を見失うな」

 

その言葉に、思わず胸が詰まった。私は誰かのために炎を燃やす。それが当然だと思ってきた。けれど兄は、私に「自分」を忘れるなと告げる。

 

画面の向こうの兄は、穏やかに、けれど確かに幸せそうに見えた。太陽のような女神のそばにいて、彼は柔らかな光を纏っている。私はそれを見て、どうしようもなく自分の立場を思い知らされた。私は北の地に縛られている。氷と炎の狭間で、誰かに触れることもなく燃え続けるだけ。

 

「兄上…。どうか、お元気で」

 

やっとの思いでそう告げると、兄はいつもの優しい笑みを浮かべた。

「お前もな、フレア」

 

通信が切れた後、私はしばらく机の前で動けなかった。兄の言葉は温かく、それでいて残酷だった。

 

私は窓の外を見上げた。オーロラの光は相変わらず夜空を彩っている。けれど今夜の光は、どこか遠い国の太陽に劣って見えた。私の炎は、この地を守るために燃えている。それでも心のどこかで、私も誰かの太陽になりたいと願っているのかもしれない。

 

「抱え込むな、か…。兄上は、簡単に言ってくださいますわね」

 

誰に聞かせるでもない言葉を呟き、私は端末を閉じた。氷の夜はまだ長い。私の炎は、凍える大地を照らすために燃やし続けなければならない。だが、その炎の奥底に潜む小さな願いだけは、決して消すことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、空はまだ灰色の雲に覆われていた。アスガルドの空気は澄んでいても、候補生たちの息は白く凍りつく。訓練場に足を踏み入れた瞬間、私はその冷たさよりも、若き戦士たちの熱に包まれるのを感じた。ここで燃える小宇宙こそが、この地を未来へ導く。私はそれを信じていた。

 

「さあ、始めましょう」

 

号令をかけると、候補生たちは一斉に構えを取った。その眼差しは真剣で、迷いのない者もいれば、まだ不安に揺れる者もいる。私は一人ひとりを見渡し、その強さと弱さを見極めていった。

 

まず目に留まったのはハーゲン。炎と氷、その二面性を宿す少年は、力強く拳を繰り出していた。だが、その動きにはまだ揺らぎがある。

 

「ハーゲン」私は彼の前に歩み寄り、冷たい空気の中でもはっきりと響く声で告げた。

「あなたの強みはその二面性。氷で敵の動きを封じ、炎でとどめを刺す。その切り替えの瞬間に、まだ迷いが見えますわ。父上から学んだものと、私から教わったもの。どちらかに偏っては駄目です。二つを融合させ、あなただけの牙としなさい」

 

彼は一瞬息を呑み、やがて強い瞳で私を見返した。

「はい、フレア様!必ず自分のものにします!」

 

その声に、私は僅かに微笑んだ。努力は裏切らない。だが努力をどう積み重ねるか、それを選ぶのは本人にしかできない。

 

次に視線を向けたのはミーメ。彼は竪琴を抱き、雪原のように静かな顔で音を奏でていた。音色は澄み切って美しく、耳にした者の心を奪うほどだった。だが、それだけでは足りない。

 

「ミーメ」私は膝を折り、彼と視線を合わせた。

「オルフェウス殿からの指導はいかがですか?」

 

「…ええ。彼の音は、深く、強い。僕にはまだ、届かない境地です」

 

彼の声は低く、感情を抑えていた。私はゆっくりと首を振る。

「違います。あなたは比べる必要などありません。あなたの旋律は美しい。けれど、戦場では美しさだけでは通用しない。悲しみだけではなく、怒りも、喜びも、絶望も…全ての感情を音に乗せなさい。それこそが、最強の鎮魂歌となるのです」

 

彼は目を見開き、そして深く頷いた。

「…心に刻みます」

 

私は立ち上がり、他の候補生へと視線を移した。ジークフリートは己の力を誇示するように拳を振るっている。その技は鋭く、候補生たちの中で群を抜いていた。だが彼に必要なのは力を示すことではなく、力を制御すること。

 

「ジークフリート、あなたに必要なのは慢心ではなく謙虚さです。強さを誇るのではなく、強さを守るために使いなさい。その一撃で救える命があるのなら、そのためだけに拳を振るいなさい」

 

彼の額に汗がにじみ、凍りついた空気の中で小さな湯気を上げていた。真剣な瞳がこちらを見返し、やがて深く頭を下げる。

 

「御意。必ず、その言葉を心に刻みます」

 

私は頷き、全員に声をかける。

「強さとは誇るためにあるのではありません。守りたい者のために燃やすのです。あなたたち一人ひとりの小宇宙が、未来を織りなす炎になる。その誇りを胸に刻みなさい」

 

その瞬間、候補生たちの瞳に光が宿ったのを感じた。彼らはただ戦士になるのではなく、自分の道を歩む者となる。その背を押すのが私の務めであり、かつてアッシュ様が私に示してくださったものでもあった。

 

訓練が終わり、皆が散っていく。私は少し離れた場所で一人残ったハーゲンの背を見つめていた。彼は氷と炎を交互に放ちながら、自分の技を磨こうとしている。その姿に、私はかつての自分を重ねた。迷い、揺らぎ、けれど決して止まらなかった日々。

 

「迷ってもいいのです。大切なのは、その先に立ち上がること」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下り、アスガルドの空は一層透き通った冷気に包まれていた。私は自室のバルコニーに立ち、夜空を染めるオーロラを静かに見上げていた。手には温めたワインのグラス。北の地に伝わる蜂蜜酒を赤ワインで割ったもので、冷え切った身体を内側から温めてくれる。

 

訓練を終え、候補生たちの寝息がヴァルハラの廊下に満ちている頃、私はようやく一人の時間を得た。ジークフリートの豪腕も、ハーゲンの二重の牙も、シドの静かな刃も、ミーメの鎮魂歌も、着実に磨かれている。アルベリッヒは相変わらず奇抜で手のかかる存在だが、それも含めてアスガルドの未来を担う者たちだ。胸を張っていいはずだった。

 

「(アスガルドは安泰…そう思うのに、胸の奥は少しも軽くならない)」

 

グラスを揺らすと、淡い光が赤く反射して、まるでオーロラと混ざり合うように揺らめいた。私は笑みを浮かべようとしたが、唇は震えるばかりだった。兄フレイは日本で幸せを見つけ、支えるべき人もいる。羨ましいとは思わない。ただ、私は一人だという事実が否応なく突きつけられる。

 

そして心のどこかで、ギリシャにいる参謀長の影を追っている自分に気づいてしまう。アッシュ様。私が剣を振るう理由の根は、結局のところあなたにある。最強と呼ばれることも、指導者として敬われることも、私にとっては副次に過ぎない。本当に欲しいのは、あなたの隣で「共に戦うこと」。

 

だが現実は違う。エレナが傍らにいることを私は知っている。彼女と比べれば、私はただ遠い北で炎を燃やすだけの存在。分かっているからこそ、余計に苦しい。

 

ワインを口に含むと、喉を通る熱さよりも胸の奥の冷えの方が勝っているのが分かった。私はオーロラに目を凝らし、誰にともなく誓う。

 

「(アッシュ様…。私はここでアスガルドを守り続けます。いつか、あなたの盾ではなく、あなたの隣に立つ剣となる日まで…)」

 

その瞬間、背後から足音が聞こえた。夜更けに訪れる者などいるはずがないと振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた影だった。

 

「やあ、フレア。冷えるだろう。相変わらず、休むことを知らんな」

 

アッシュ様だった。長い外套を纏い、吐く息は白い。いつもの飄々とした笑みを浮かべながら、視線だけは鋭く訓練場の方角を見やった。

 

「アッシュ様!?どうして…アスガルドに…」

 

「定期視察だ。候補生たちの成長を直に見るのは、俺の楽しみでもあるからな」

 

言葉は軽やかだったが、その背にある小宇宙は変わらず堂々としていて、私の心の迷いをあっという間に溶かしていった。堪えていたものが一気に崩れ落ちる。私は考えるより早く、ワインを置き、駆け寄っていた。

 

「アッシュ様っ!」

 

自分でも驚くほどの勢いで、その胸に飛び込んでいた。冷え切った身体が彼の温もりに触れた瞬間、張り詰めていたものがすべてほどけていく。

 

「私は…ずっと、ここで…!」

 

言葉は続かなかった。ただ抱き着くことでしか、この胸の内を伝えられなかった。彼は黙って私の背に手を回し、力強く受け止めてくれた。その沈黙が何よりの答えだった。

 

 




フレア「……ああ、私、ついに飛び込んでしまいましたわ。戦乙女としての矜持はどこへやら」

アッシュ「はは、いいじゃないか。戦乙女だって女であることに変わりはない」

フレア「……っ!そんなこと、さらりと言わないでくださいまし!」
(グラスを手に戻ると)

フレア「でも……温もりを知ってしまったら、もう一人の夜が寒すぎますわね」

アッシュ「だったらまた来るさ。アスガルドの視察という名目でな」

フレア「……っ、ずるいお方」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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