聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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目覚めよ!黎明の鐘とともに!
家族の絆か、神々の悪戯か!?
二度寝を許されぬ朝に、翔子の悲鳴がこだまする!
そして職員室に響く甘き囁き!
爆ぜる庭!燃える食卓!揺れる寝室!

君は、小宇宙を燃やして早起きできるか!?


愛と破壊のダブルマザー

午前5時。城戸邸の寝室には、容赦なくスマートフォンのアラーム音が鳴り響いていた。まだ外は暗く、普通の家庭なら布団にしがみついて二度寝を満喫している時間帯だ。だが、この家は普通ではない。

 

翔子は布団に顔を埋め、片腕だけを伸ばしてスマホを探った。画面をタップしようとする指は、眠気でうまく反応しない。ようやくアラームを止めたと思ったら、隣にいたはずのアイオロスの温もりが消えていることに気づいた。

 

「……あれ?」

 

寝ぼけ眼をこすって振り向くと、視界に飛び込んできたのは、部屋の隅で逆立ちしている男の姿だった。片手一本で体を支え、しかも余裕の笑顔。寝起きどころか、すでに一日三回目のトレーニングを始めているかのような軽快さだ。

 

「おはよう、翔子。今日のアップは裏山一周にするか?それとも庭で組手か?」

 

さらりと提案する彼に、翔子は枕を抱きしめたまま呻く。

 

「お、おはよう……。でもその前に、沙織ちゃんを起こさないと……」

 

彼女の言葉に反応したのは、現実ではなく精神世界の住人だった。

 

「甘いぞ、ショーコ!」

 

エリスの声が脳内に響く。全力で寝たい翔子の心を無慈悲に叩き起こす。

 

「強き子を育てるなら、朝は戦いの雄叫びで起こしてやるのが神の作法だ!」

 

「そんな作法はいらない!」と布団に顔をうずめたい気持ちをこらえて、翔子は渋々ベッドを出る。アイオロスと一緒に沙織の部屋を覗くと、4歳になったばかりのアテナは既に空中に浮かんでいた。ふわふわとベッドの上で浮遊し、金色のオーラをまといながら、にこにこと笑っている。

 

「パパ、ママ、おはよー!けいこ!」

 

元気に両手を振る沙織に、アイオロスは大笑いした。

 

「よし、沙織も準備万端だな!行くぞ!」

 

こうして、城戸家の朝は始まる。だが、常人から見ればこれは「朝」ではなく「地獄の始まり」だった。

 

裏山を駆け抜ける三人。まだ夜が明けきらぬ森の中を、アイオロスは軽々と疾走していた。その背中には小さな沙織が乗り、嬉々として声を上げる。

 

「ぱぱ、もっとはやくー!」

 

彼女の無邪気な笑い声が森に響く。翔子は後ろをついて走るものの、既に息が上がっている。心の中では叫び声しか出てこない。

 

(無理無理無理!こっちは普通の人間なんですけど!?なんで朝5時から裏山スプリントなの!?)

 

エリスが口を挟む。

 

「ショーコ、遅れているぞ!体力の無さは精神力で補え!」

 

(そんなの知るかぁぁぁ!!)

 

翔子は自分の脚が勝手に止まりそうになるのを必死に叱咤した。

 

アイオロスはそんな妻を気遣うでもなく、むしろ楽しそうに声をかける。

 

「翔子、ほら、小宇宙をもっと燃やせば楽になるぞ!」

 

「なるわけないでしょ!」

 

人間と黄金聖闘士の間には、埋めがたい体力差があった。だが翔子は負けず嫌いだ。ぜいぜい息を吐きながらも、アイオロスの背中を必死に追い続ける。

 

やがて山頂に到着した時、翔子は完全に膝をついた。息を整える余裕もなく、地面に手をついて荒い呼吸を繰り返す。

 

「はぁ……はぁ……。もう無理……」

 

「翔子、見ろ。日の出だ」

 

アイオロスが指さす先には、雲海の向こうから昇る朝日があった。赤々とした光が森を染め上げ、まるで舞台の照明のように三人を照らす。

 

「きれい……」

 

疲労困憊の中でも、その美しさに思わず息を呑む翔子。隣で沙織が拍手をしていた。

 

「ママがんばった!えらい!」

 

その一言に、翔子の心の疲れが一気に和らぐ。アイオロスが優しく笑って、翔子の肩を抱いた。

 

「翔子も、よく頑張ったな」

 

「……ありがとう。でも、明日はもうちょっと遅く起きてもいいかな」

 

「二度寝は許されないぞ」

 

「許してよ!」

 

そんな夫婦の軽口に、沙織が大声で笑った。

 

下山の途中、翔子はこっそり心に誓った。

 

(明日こそは絶対にアラームを止めてやる……!)

 

しかし、それはおそらく永遠に叶わない夢だろう。なぜならこの家には、二度寝を絶対に許さない女神と、トレーニングを愛する黄金聖闘士が揃っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングを終え、シャワーで汗を流した三人が食卓についた。

この日の朝食当番は翔子。彼女は腕まくりをしながら張り切っていた。

 

「さあ、できたわよ。栄養バランス満点の和定食!焼き魚と、お出汁の効いたお味噌汁と、ほうれん草のおひたしに卵焼き!」

 

食卓には色とりどりの小鉢が並び、見るからに健康的なメニューだ。だが、主役のはずの沙織は、焼き魚をつんつん突きながら不満げな顔をしていた。

 

「えーりすの、かりかりのやつがよかったー」

 

その一言で、翔子の顔は固まった。

 

「こ、これも美味しいのよ!?」

 

慌てて笑顔を作ろうとする翔子。しかし精神世界から鋭い声が飛んでくる。

 

「フン、小娘め、正直だな!ショーコ、貴様の作るものは地味なのだ!ヘルシーすぎて戦士の魂が燃えん!」

 

エリスの辛辣なコメントに翔子は心の中で地団駄を踏む。昨晩、台所で必死に出汁を取っていた努力は一瞬で木っ端微塵だ。

 

「こ、これだって立派な日本の朝ごはんなのよ!」

 

必死に反論するが、沙織は頑として首を横に振る。

 

「えりすの、にくにくバーガーとか、あぶらあげのあまからとかのほうがすきー」

 

翔子の視界が暗転しかけたその時、横で空気を読んだアイオロスが慌てて口を開いた。

 

「こ、これも美味しいぞ、沙織!な!このお味噌汁の滋味深さ、体にしみわたるだろう?魚もほら、骨まで柔らかいぞ!」

 

フォローを試みるものの、明らかに動揺しているのが丸わかりで、むしろ逆効果。沙織はきょとんと父親を見上げた。

 

「パパ、なんかこわい」

 

フォロー失敗。アイオロスはがっくり肩を落とし、翔子は頭を抱えた。

 

結局、朝食は翔子の必死の説得と、沙織への卵焼き追加サービスでなんとか完食にこぎつけた。が、食後のコーヒーを飲む翔子の目は遠かった。

 

(どうしてうちの娘は、朝からエリス直伝のハイカロリー食を求めるのよ…!)

 

その後、三人はそれぞれの戦場へ向かう。

アイオロスはスーツ姿に着替えて財団へ。翔子と沙織は手をつなぎ、保育園へ登園する。

 

通学路の途中、沙織が突然足を止め、声を張り上げた。

 

「ママ!きのうね、えりすがね、『すーぱーさいやじん』っていうのをおしえてくれたの!」

 

「……は?」

 

「それでね!かみのけがきんいろになって、すごーくつよくなるの!えりすが、パパはぜったいなれるって!」

 

翔子は心底うんざりした顔でため息をついた。

 

「ちょっとエリス!なんでそんなこと吹き込むのよ!」

 

「良いではないかショーコ。小宇宙を極めた先に金髪の境地が待っているのだ。これぞ神の真理!」

 

(嘘を教えるなぁぁぁ!)

 

翔子は内心で頭を抱えたが、沙織は楽しそうに続けた。

 

「あとね!えりすが、『まどか☆マギカ』っていうのもおしえてくれたの!ほむらちゃんっていうのがすごいんだよ!まほうしょうじょなのに、じかんをとめるの!」

 

「やめて!園児にアニメ布教しないで!」

 

「フン、良い教材だ。少女が己を犠牲にして世界を救う姿、これぞ神話教育であろう!」

 

翔子はもう反論する気力を失い、ただ沙織の手を引きながら歩くしかなかった。

 

通学路の途中、道端の犬を見た沙織が無邪気に叫ぶ。

 

「ケルベロスー!」

 

「違う!ただの柴犬!」

 

その横でアイオロスがいたら間違いなく「いい観察眼だぞ、沙織!」と褒めていたに違いない。翔子は想像して頭を抱えた。

 

保育園に到着すると、沙織は元気よく先生に挨拶して教室に飛び込んでいった。その背中を見送る翔子は、心底ぐったりしていた。

 

「はぁ……これでようやく出勤できる……」

 

が、その耳に小さな声が届いた。

 

「ママー!きょうね、えりすにおしえてもらったセリフいってもいい!?」

 

「ダメーーーー!」

 

翔子の叫びも虚しく、教室の入り口で沙織は元気いっぱいに叫んだ。

 

「『わたしとけいやくして、せいんとしょうじょになってよ!』」

 

教室中の保護者と先生が、ぽかんと口を開ける。翔子はその場で崩れ落ちた。

 

「……もう無理」

 

誰もが羨む聖域随一の家庭の朝は、こうして毎日オタク知識と栄養学と愛情の三つ巴で、ドタバタと幕を開けているのだった。

 

 

 

 

 

 

童守小学校の校庭に、今日も子供たちの悲鳴が響き渡っていた。体育の時間、翔子の身体の主導権を完全に握ったエリスは、教師用の笛を鋭く吹き鳴らす。

 

「そこ!ボールを見ているだけでどうする!感じろ、殺気を!敵の目の動き、指先の震え、そこに次の軌道が宿っているのだ!避けられぬ?ならば受けろ!受けてなお立て!」

 

ドッジボールはもはや遊戯ではなく、戦場と化していた。投げ込まれるボールは小学生の全力とは思えない速さを帯び、避け損ねた者はグラウンド10周の刑に処される。

 

「ひぃぃぃ!」「もう無理ぃ!」と泣き叫ぶ子供たち。しかし試合が終われば、勝利の女神は確実に彼らに微笑んだ。クラス対抗戦は無敗。恐怖の担任エリス先生は、怖いけど勝たせてくれると口コミで広がり、人気はうなぎ登りだった。

 

昼休み。職員室に戻った翔子は、心底ぐったりした様子で椅子に崩れ込む。エリスの支配から解放されたばかりで、体力も気力も吸い尽くされた気分だった。

 

「はぁ……もう……子供たちが不憫……」

 

そうぼやいたところに、スマートフォンが震えた。画面には「アイオロス」の文字。翔子の表情がぱっと和らぐ。

 

「もしもし、翔子?昼休みか?午後の仕事も頑張ろうな」

 

穏やかな声。翔子は小さく笑って答える。

 

「うん、アイオロス君もね。お仕事、大変でしょ?」

 

その瞬間、不意打ちのように視界が揺らぎ、身体の主導権がまたもや奪われた。

 

「あら、アイオロス?」

 

声が一転、甘く艶を帯びる。職員室の空気が凍りついた。隣で書類を書いていた同僚の先生が、思わずペンを落とす。

 

「声が聞きたくなったのかしら、私の愛しい人♡ 今夜はどんな風に愛してほしいの?ベッドでゆっくり、あなたに選ばせてあげるわ……」

 

翔子の中で悲鳴が響いた。

 

(やめろぉぉぉ!職場ぁぁぁ!周りの先生たちが見てるぅぅぅ!)

 

電話の向こうでは、アイオロスが狼狽していた。

 

「しょ、翔子!?どうしたんだ!?声が……いや、いつもと違……」

 

エリスは構わず続ける。

 

「恥ずかしがらなくていいのよ、アイオロス。あなたの鼓動が、もう聞こえているもの♡」

 

隣の机でコーヒーを飲んでいた教頭が、盛大に吹き出した。職員室はもはや静まり返り、全員が翔子のスマートフォンに釘付けになっている。

 

翔子は精神世界で必死に叫んだ。

 

(お願いだから黙って!これ以上は私の教師人生が終わる!)

 

しかしエリスは耳を貸さない。

 

「午後の勤務が終わったら……迎えに来てくれる?校門の影で、誰にも見られないように、熱い口づけを交わしましょう?」

 

「な、な、な……!?」と電話越しに言葉にならない声を上げるアイオロス。完全にパニックだった。

 

昼休みが終わりかけた頃、ようやく翔子が身体の主導権を取り戻す。通話を切ると、職員室中の視線が一斉に突き刺さった。

 

「……あの、違うんです。今のは私じゃなくて……」

 

誰も信じてくれそうにない。頬を真っ赤にして椅子に縮こまる翔子に、隣の先生がぼそっと呟いた。

 

「……先生、意外と大胆なんですね」

 

「違うぅぅぅ!!」

 

翔子の絶叫が、昼休みの終わりを告げるチャイムにかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、宿題を終えた(正確には半分くらい放置した)沙織を中心に、今日も修行という名の破壊活動が始まった。

 

「よし、沙織。パパの拳をよく見て避けるんだ!」

アイオロスは笑顔で拳を構える。

 

「えーい!アトミック・サンダー……」

 

隣で翔子が思わず叫ぶ。

「ちょっと!本気でやるなぁ!」

 

アイオロスは自分なりに手加減していた。光速拳を一億発から五百発程度に減らし、威力も一割ほど。だが一般人からすれば、庭の芝生を一瞬でえぐる悪夢の連撃でしかない。

 

沙織はキャッキャと笑いながら、その全てを瞬間移動で避けた。家の柱をすり抜け、空中でくるくる回り、再び地面にふわりと着地。髪に花びらをまとわせて得意げに両手を広げる。

 

「ぱぱ、もっとはやくー!」

 

「よしきた!だが、油断は禁物だぞ!」

 

そこに、翔子の身体を操るエリスが割って入る。

 

「甘いぞ、アイオロス!」

腕を振り上げ、誇らしげに叫ぶ。

「娘を強く育てるなら、実戦あるのみ!くらえ、エクレウス・プチ・流星拳!」

 

庭が光弾の嵐に包まれた。花壇は粉砕、塀はひび割れ、隣家の犬が怯えて吠える。

 

「おいエリス!加減しろ!庭の修理代は俺の給料から引かれるんだぞ!」

「フン!女神を育てるのに経費を惜しむとは情けない!」

 

翔子本人は精神世界で頭を抱えていた。

(もうやだぁぁぁ!私の給料はどこに消えるのよぉぉぉ!)

 

やがて訓練は泥沼の親子混成バトルへと発展する。アイオロスが防御し、エリスが攻撃し、沙織がひたすら喜んで飛び跳ねる。

 

「ママ、つよーい!」

「ふふん、当然よ!」

「いや俺が守ってるからな!?俺がいなきゃ庭が跡形もなく吹き飛ぶからな!?」

 

その言葉が終わらぬうちに、沙織が小さな手を掲げる。

 

「えーりすの、かりかりのやつー!」

 

エリスは嬉々として光弾を増やし、アイオロスが再び悲鳴を上げる。

 

近所の人々はこの騒ぎにもう慣れていた。夕方になると城戸邸から轟音と光の柱が立ち上る。通学路の小学生は「あ、またやってる」と言い、商店街の店主は「今日は何枚窓ガラスが割れるかね」と呑気に笑う。修理業者はこの地区で一番の売上を誇り、「城戸家サポートプラン」を特別料金で用意していた。

 

庭に立つ古いケヤキは、毎日の爆撃に晒されながらも、不思議と倒れなかった。幹には幾筋もの焦げ跡が走り、枝の隙間からは時折煙が上がる。それでもケヤキは、まるで城戸家の混沌を受け入れるかのように堂々と立ち続けていた。

 

やがて日が傾き、三人は芝生の上に倒れ込んだ。アイオロスは肩で息をし、翔子は泥まみれになり、沙織だけが元気いっぱいで笑っていた。

 

「ぱぱ、まま、あしたもやるー!」

 

「……はぁ、元気だなぁ……」

「私もう無理……」

 

エリスだけは満足げに胸を張る。

「これぞ親子の絆。これぞ女神育成の正しい姿!」

 

翔子は精神世界で全力で叫んだ。

(いや絶対違うから!これ育児じゃないから!ただの破壊活動だからぁぁ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、城戸邸の浴室は修行後の戦場の跡を洗い流すために開放される。大理石の床に広々とした浴槽。家族三人が入っても余裕があるサイズは、もはや普通の住宅設備ではなく、軽くリゾートホテル級だった。

 

アイオロスは真面目な顔で娘の髪を丁寧に洗っていた。聖闘士の黄金の拳を持つ男が、泡立てネットを片手に「優しく、地肌を傷つけないように」と真剣そのものの表情。翔子はその横で微笑ましく眺める。

 

「ははは、沙織は器用だな」

娘が小宇宙でシャンプーの泡を操り、頭の上にカエルを作って「ぴょん!」と鳴らす。

 

「わー!みてー!」

沙織は大はしゃぎ。泡のカエルが跳ねるように動き、浴槽にぽちゃんと落ちる。

 

翔子は笑いながらタオルで自分の髪をまとめる。

「ふふ、二人とも楽しそうね」

 

エリスは精神世界で胸を張った。

「(見よショーコ、この子は既に神の領域にいる!泡を制御するなど神技の初歩よ!)」

 

翔子は額を押さえた。

(ただの遊びでしょ!将来絶対変な特技として披露させられるやつだから!)

 

やがて三人は湯船に肩まで浸かり、ぽかぽかと体を温めながら今日一日の疲れを癒した。

この瞬間だけは戦闘も訓練も忘れ、ただ家族の温かさに包まれる。

 

だが、その平穏は夕食の時間になると一変する。

 

この日の夕食当番はエリスだった。彼女は珍しく翔子に主導権を譲らず、台所を支配していた。

 

「さあ、存分に味わうが良い!」

テーブルの上には湯気を立てるギリシャ料理の数々。黄金色に焼き上がったムサカ、肉と野菜が香ばしく串焼きされたスブラキ、オリーブオイルの光沢が食欲を刺激する。

「神の恩寵、我が特製ムサカとスブラキだ!」

 

「わーい!エリスのまんまだー!」

沙織は大喜びでフォークを突き立てる。頬をふくらませ、幸せそうに笑う。

 

翔子はその様子を見て、ほんの少しだけ頬を膨らませた。

(私の和食だって栄養バランスは完璧なのに…。やっぱり子供は、濃い味付けのほうが好きなのかしら…)

 

アイオロスは焦った。夫として父として、火種を見逃すわけにはいかない。

「え、えっと!翔子のご飯も最高だぞ!あの味噌汁のだし加減なんて、黄金聖闘士の拳の間合い並みに繊細だ!」

 

だが、エリスは容赦なく言い放つ。

「フン!滋養だの健康だの、戦場で誰が気にする!必要なのは、血と肉を震わせる豪胆な味だ!」

 

翔子は反撃する。

「体にいいものを食べなきゃ、戦う前に倒れるでしょ!」

 

二人の間に挟まれ、アイオロスは必死で笑顔を保ちながら料理を口に運ぶ。

「ど、どっちも美味い!どっちも最高だ!俺は幸せ者だ!」

 

沙織はテーブルの端で両方の料理を交互に食べながら、きらきらした目で言った。

「どっちもすきー!」

 

その一言で場の空気は少し和らいだが、翔子とエリスは同時に「私のほうを先に食べた!」と叫び、再び火花を散らす。

 

アイオロスは心の中で絶叫する。

(頼む!せめて台所だけは破壊するなぁぁぁ!)

 

夕食後、リビングはまるで戦場の跡のように皿が積み上げられ、父はへとへと、母ともう一人の母は互いに勝利を主張し、娘は満腹でソファに寝転がっていた。

 

「ふふ…どっちもすき…」

寝息を立てながら笑う沙織の寝顔に、アイオロスも翔子もエリスも、さすがにそれ以上言い合う気力をなくしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

庭の芝は流星拳で抉れ、フェンスは黄金の拳でひしゃげ、ダイニングの壁には「ムサカ皿投擲戦」の跡が小さなクレーターとして刻まれている。だが、寝室だけは別だった。ここは戦場であると同時に、平穏を取り戻す最後の砦であり、家族の聖域だった。

 

アイオロスはベッドの端に腰を下ろし、一冊の本を開いていた。内容は「現代における子育てと小宇宙の相関性」聖闘士らしく真面目な研究書を読む姿に、黄金聖闘士としての矜持と父親としての責任感がにじんでいた。だが、その眉間には少しだけ疲れの色も見えた。

 

そこにバスローブ姿の翔子が入ってきた。彼女の頬はうっすら赤く、両手を胸の前でぎこちなく組んでいる。

 

「…あ、あの、アイオロス君。今夜は、その……」

 

言いかけて彼女は視線を泳がせる。聖闘士として修羅場をくぐり抜けた少女も、こうした場面にはどうしても不器用になる。

 

しかし、その一瞬の戸惑いを切り裂くように、翔子の雰囲気ががらりと変わった。背筋が伸び、目元に艶めいた光が宿る。口元に浮かんだのは、翔子のものではない大胆で蠱惑的な笑み。

 

「…私の番、だったわね?」

 

声の主はエリス。翔子の中に眠るもう一人の女神が、夜の舞台に姿を現したのだ。

 

アイオロスは本を閉じ、ページの間にしおりを挟む。顔が赤くなりながらも、その瞳は驚きよりも優しさと決意に満ちていた。

 

「わかっている。翔子も、エリスも…俺にとって大切な家族だ」

 

この一言に、エリスの表情はふっと緩む。征服者の笑みが、どこか満たされた安堵の笑みに変わった。

 

「いいわ。…覚悟はできているようね」

 

彼女はリモコンを手に取り、照明を一つ一つ落としていく。寝室が柔らかい闇に包まれ、窓からは月明かりが差し込んだ。

 

ベッドに潜り込む瞬間、翔子の意識がふと戻る。

(ちょ、ちょっと!なんでこういう時だけスイッチ切り替わるのよ!)

 

精神世界で慌てふためく翔子に、エリスがにやりと笑いかける。

「安心なさい。これは私たち二人の共同作業よ」

 

「共同とか言わないでぇぇぇ!」

 

寝室の静寂の裏で、精神世界では二人の魂が漫才のように掛け合いをしている。だが、外から見れば、ただ一人の女性が愛おしげに夫を見つめているだけに見える。

 

アイオロスはそんな内情を知ってか知らずか、腕を広げて彼女を受け止めた。その表情は真剣であり、そしてどこまでも優しい。

 

エリスは満足そうに頷くと、最後の明かりを消した。

 

深夜。城戸邸の廊下を小さな足音が駆け抜けた。沙織である。夜中に喉が渇いたらしい。コップを片手に冷蔵庫に向かう途中、寝室のドアから漏れる小さな気配に気づく。

 

「パパ、ママ…まだおきてるのかな?」

 

首をかしげるが、子供らしい好奇心よりも睡魔が勝ち、彼女は水を飲むとそのまま自室に戻っていった。

 

もし扉を開けていたら、間違いなく翌日の朝食時に「きのうね、ママとエリスがね…」という爆弾発言が炸裂していたに違いない。

 

その頃、寝室では静けさが戻っていた。アイオロスは横たわる翔子の頬をそっと撫でながら、満ち足りた声で呟いた。

 

「翔子、エリス…。俺は約束する。どんな時も、何があっても、二人を守り抜く」

 

眠りの中の翔子は小さく微笑み、精神世界のエリスは照れ隠しのように腕を組んだ。

「フン…。まあ、夫としては合格点を与えてあげるわ」

 

 




翔子「はぁぁぁ……お願いだから、私の職場で勝手に愛の言葉を口にしないでよぉ!」

エリス「フン。愛の囁きは、戦場でも職場でも関係ない。心が震えたのだろう?」

翔子「震えたのは私の教師人生だっての!」

エリス「ならば誇れ。女神の声で終わる教師人生など、最高の勲章だ」

翔子「全ッ然いらないからぁぁぁ!」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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