聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
だが、そこで待っていたのは「推し」との邂逅。
理性を失い、参謀長モードは粉砕!
熱く!痛く!尊く!
ペガサスの拳をこの身で受け止め、流血の中で叫ぶ――
「これが、俺の推し活だぁぁぁ!!」
次回、『史上最も痛い握手会』
小宇宙は燃え尽きても、愛は燃え続ける。
(アッシュ視点)
ついに、俺は来てしまった。
パライストラ日本校――聖域直属の聖闘士養成機関にして、原作における主人公・ペガサス星矢が在籍している聖地。
つまりここは、俺にとって聖域以上の聖域だ。
降り立った瞬間、俺の中の参謀長モードは霧散した。
いや、正確には一応ちゃんと装っていたつもりだ。
しかし、内心はずっとこうだった。
(うおおおおお!!ここが星矢が駆け抜けたトラック!?
この空気、この土、たぶん汗の分子がまだ残ってる!!吸っとけ!!俺の肺に!!)
ドルバルが隣で何か言っていたが、正直聞いていなかった。
おそらく経営報告とか、財務とか、俺の好きな数字系の話なんだろうけど、今の俺にそんな冷静さはなかった。
「アッシュ参謀長、ようこそ。長旅でお疲れでしょう。まずは、我が校の運営実績についてご報告を――」
「ああ、それは後でデータで確認する。それより、生徒たちの訓練の様子が見たい。特に、天馬星座(ペガサス)の候補生がいると聞いているが?」
自分でも驚くほど即答していた。
ドルバルが一瞬だけ「え?」という顔をしたが、すぐに営業スマイルに切り替えた。
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
彼の後ろを歩きながら、俺の頭の中は完全にファンモードだった。
(やばい。冷静に。落ち着けアッシュ。お前は今、参謀長だ。決してファンではない。
間違っても「生で見る星矢尊い」とか言うな。威厳だ。大人の威厳を保て。)
訓練場に着くと、俺は息を呑んだ。
そこにいたのは、汗を輝かせながら拳を突き出す少年たち。
その中心に、短髪で目の奥が燃えるように輝く少年がいた。
……いた。
(星矢ぁぁぁぁぁ!!!!)
叫びそうになった。
口に出したら終わる。俺のキャリアも、理性も、参謀長という肩書きも全部吹っ飛ぶ。
ここは耐える場面だ。
隣でドルバルが淡々と解説を始める。
「こちらが、天馬星座(ペガサス)の候補生・星矢。聖闘士適性試験をトップの成績で通過し――」
「知ってる!!」
言っちゃった。
完全に言っちゃった。
ドルバルの説明にかぶせる形で、食い気味に言っちゃった。
ドルバルが固まった。星矢も動きを止めた。
訓練場に一瞬の沈黙が訪れる。
やばい、どう取り繕う。俺は参謀長だ。冷静に、戦略的に――
「……いや、あれだ。資料で読んだ。うん、知ってる。」
全然フォローになってなかった。
星矢は不思議そうにこちらを見ていた。
「……あの、参謀長さん?俺、なにか?」
「い、いや、気にするな。お前のような若者を見ると、つい、な……。いや、うん。健康的だ。」
(なに言ってんだ俺ぇぇぇ!健康的ってなんだ!)
星矢は首をかしげたが、すぐに笑ってみせた。
「ありがとうございます!俺、もっと強くなります!」
その笑顔がまぶしすぎて、俺はうっかり目を細めた。
(ああ……これだよ……。世界を救う男だよ……!)
ドルバルが横でメモを取っている。
「参謀長、顔がゆるんでおります」
「ゆるんでない」
「いえ、明確に保護者の顔になっております」
「黙れ」
その後も俺は、訓練場を回りながら生徒たちの様子を見て回った。
(おお、完全に原作構図……!尊い……!)
ドルバルが横でため息をついた。
「参謀長、もう少し監督官らしくお願いします。せめて、口元のニヤニヤを……」
「だ、だからゆるんでないって!」
「写真撮られたら広報案件になりますよ」
「だぁぁ、撮るな!スマホをしまえ!」
そのあと、俺は星矢に軽く声をかけた。
「ペガサス、訓練は順調か?」
「はい!でも、まだセブンセンシズの感覚が掴めなくて」
「焦るな。お前の小宇宙は、どんな星よりも強い。いずれ光る」
我ながら、ちょっとカッコよかった。
星矢がキラキラした目で見つめてくる。
(うおおお、やばい!推しに感謝される展開きた!)
「参謀長、鼻の下が伸びております」
「伸びてない!!」
昼休み、俺は学食に案内された。
学生たちが「参謀長だ!」とざわめく。
その中で、星矢が食堂の奥の席に座り、豪快にカツカレーを頬張っていた。
「ペガサス、お前それ全部食べるのか?」
「もちろんです!カロリーは小宇宙の燃料ですから!」
「……その理屈は嫌いじゃないな」
午後の視察を終え、ドルバルが報告をまとめている間、俺は最後に訓練場をもう一度見た。
星矢が拳を振り上げ、叫ぶ。
「ペガサス流星拳ッ!!!」
空気が震える。
拳が放つ小宇宙の軌跡が、陽光を反射して輝いた。
俺は思わず拍手していた。
「ブラボー!いや、失礼。フォームが完璧だ。」
ドルバルがため息をついた。
「参謀長、完全にファンの顔ですよ」
「いいんだよ。俺はこのために参謀長になったんだ」
「え?」
「嘘だ。……でも半分くらいは本当だ。」
ドルバルが無言で首を振った。
俺は空を見上げた。
(ありがとう、星矢。お前のおかげで、今日も俺は頑張れる。)
その瞬間、遠くから星矢の声が聞こえた。
「参謀長ー!今度、サインしてもらっていいですかー!?」
……え?
(逆!?いやいやいや、推しに求められるの!?どうしよう、色紙持ってない!!)
◆
朝からそわそわしていた。
ドルバルにスケジュールを確認されても、返事は上の空だった。
「参謀長、本日の議題は――」
「あとで。今、ペガサスが訓練中なんだ」
「ペガサス?」
「星矢だよ!星矢が!今日、アイオリアと組手だって聞いたんだ!」
「……視察、という名の見学ですね」
「違う!視察だ!」
「了解しました(棒読み)」
訓練場に着くと、もう始まっていた。
砂煙の向こうに、金色の髪をたなびかせた男――獅子座の黄金聖闘士・アイオリア。
その前で拳を構えるのは、天馬星座の候補生・星矢。
俺は柵の前に立ち、気づけば拳を握りしめていた。
(始まった……!伝説の、あの十二宮の再現!黄金とペガサスが交わる瞬間!これが生で見られる日が来るとは!)
アイオリアの声が響く。
「まだだ、星矢!小宇宙の燃やし方が荒い!もっと一点に集中しろ!俺のライトニングプラズマのように!」
(きたぁぁぁぁぁ!!出た!出たよライトニングプラズマのくだり!!)
星矢が拳を握る。
「うおおおっ!負けるかぁっ!!」
(うおおおおおおおおおおおおお!!!!)
声に出そうになった。
危ない、今叫んだら参謀長として終わる。
だが心の中ではすでに立ち上がっていた。
衝突のたびに空気が震え、砂が舞う。
拳が交わるたびに、音がドゴッ!と響く。
アイオリアの拳が一瞬で百発、二百発と閃く。手加減しているな。
星矢の身体が翻り、地面に転がる――だが、すぐに立ち上がる。
「もう一度だ!今度は避けてみせる!」
(そうだ、それだ!そうやって立ち上がるお前が主人公なんだよ星矢!!)
……危うく口に出すところだった。
危険だ。理性がもたない。
隣でドルバルがメモを取っている。
「参謀長、観察メモですか?」
「実況メモだ」
「……実況?」
「あとで自己満足用に書き起こすんだ」
「やっぱり視察じゃなくてファン活動ですよね」
無視だ。
今はそれどころじゃない。
アイオリアの小宇宙が一気に膨張する。
「いいか、星矢!これが黄金聖闘士の速度だ!!」
ライトニングプラズマが炸裂。
無数の光弾が、空間を切り裂く。
(うおおおおおおお!本物!生プラズマ!音速を超える拳が視認できるなんて、俺の眼球ありがとう!!)
星矢がそれを見切ろうと踏み込む。
「うおおおっ!!」
一瞬、拳がかすめ、衝撃波が柵まで届いた。
俺の髪がふわっと浮いた。
「……当たった!掠ったよ今!俺の前髪に黄金の風が!!」
「参謀長、テンションが異常です」
「黙れ、ドルバル。俺はいま歴史の目撃者なんだ」
しかし、次の瞬間。
星矢が地面に膝をついた。
肩で息をしている。
「はぁっ……はぁっ……師範、もう一撃……お願いします……!」
アイオリアが眉をひそめた。
「やめておけ。今日はここまでだ」
「嫌です!俺、まだ燃え足りない!」
(うわ、来た……!限界突破イベントだ!)
星矢の小宇宙が再び膨れ上がる。
周囲の砂が舞い、空気が震えた。
(おいおい、BGMが聞こえる気がするぞ!)
アイオリアが半歩下がる。
「……この感じ、まさか!」
「ペガサス……流星拳ッッッ!!!」
放たれた拳が無数の光となり、空を駆ける。
アイオリアが腕を交差し、防御する。
光弾がぶつかり、訓練場が白く染まる。
俺は立ち上がって叫んでいた。
「いっけええええええええええ!!!」
「参謀長ォォォ!!静かにしてください!!!」
アイオリアが振り返って怒鳴った。
その瞬間、衝撃波が俺の足元まで押し寄せ、盛大にひっくり返った。
◆
「よし、アイオリア、代われ!」
そう叫び、ジャケットを脱ぎ捨ててリングに上がった。
アイオリアがぽかんと口を開ける。
「え?参謀長、まさか――」
「俺が直々に相手をしてやろう!」
ドルバルが慌てて止めに入る。
「待ってください!職権乱用です!参謀長、これは訓練じゃなくてイベントです!!」
「違う!これは魂の交流だ!」
靴を蹴り飛ばし、シャツの袖をまくった。
体中の小宇宙が爆発的に高まるのがわかる。
(……やばい。今の俺、正直神より強い気がする)
リングの周囲では生徒たちがざわついていた。
「えっ、参謀長って戦えるの?」
「ていうか、あの人、やたらテンション高くない?」
「目が光ってる……!」
「さあ来い、ペガサスの子よ!」
腕を広げて叫んだ。
「君の拳、この身で受け止めてやろう!」
星矢が慌てて構える。
「えっ!?参謀長が!?えっと……よ、よろしくお願いします!」
そして――あの言葉が放たれた。
「ペガサス流星拳ッッッ!!!」
拳が光の弾になって飛んでくる。
速い。
しかし俺は、あえて動かなかった。
(これを受けるために生きてきたんだ……!)
次の瞬間。
ドガガガガガガッ!!!!!
……数発、いや十数発の拳が俺の体を直撃した。
一発目で「うっ」と声が出て、五発目で視界が白くなり、十発目で完全に吹っ飛んだ。
気づけば俺は空中を飛んでいた。
そう、あの有名な車田とび。
意図せず再現してしまった。
「ぐはっ!!!」
地面に転がった俺を、訓練場の全員が見ていた。
アイオリアが額を押さえる。
「……参謀長、何をやってるんですか」
血反吐を吐きながら、満面の笑みで立ち上がった。
「ぐっ……!き、効いたぞ……!これが……これがペガサス流星拳か……!」
胸がズキズキする。
いや、物理的にも精神的にも。
(痛い!超痛い!でも最高!これだよこれ!推しの拳をこの身で受ける幸福!)
星矢が慌てて駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?あの、治療班呼びます!?」
「いい……呼ぶな……!」
「でも血が!」
「気にするな!推しの拳なら出血も栄養だ!」
「えっ!?」
生徒たちがドン引きしていた。
構わず続けた。
「さあ!次は彗星拳だー!ローリングクラッシュでもいいぞ!」
星矢が一歩後ずさる。
「ひ、ひぃぃっ!?こ、この人、目が本気だ!!逃げろーー!!」
訓練場に悲鳴が響き渡った。
星矢が全力で逃げる。
追う。
アイオリアがため息をつく。
「……もう帰っていいですか?」
「ダメだ!お前も来い!これが青春だ!!」
「どんな青春ですかそれ!!」
その後、星矢は木の上に避難して降りてこなくなった。
下で手を振りながら叫ぶ。
「おーい星矢!次はシャカ戦を想定した瞑想訓練やろうぜー!」
「やりません!!!」
昼休み。
保健室で湿布だらけの状態になっていた。
ドルバルがため息をつく。
「参謀長、完全にファンイベント化してますよ」
「ファンイベントじゃない、握手会だ」
「どこがですか」
「拳と拳の握手だろうが」
「……史上最も痛いやつですね」
「でも最高だった……」
俺は遠い目で天井を見上げた。
午後、星矢がこっそり見舞いに来た。
包帯だらけの俺を見るなり、申し訳なさそうに頭を下げる。
「アッシュ師範、すみません!僕、本気で殴っちゃって!」
「気にするな。むしろ感謝してる」
「え?」
「君の拳は、理想だった」
星矢がぽかんとしたあと、笑った。
「変な人ですね、参謀長」
「そうだろうな。でもな、君みたいな変人が世界を救うんだよ」
星矢の笑顔が眩しかった。
(ああ、やっぱりこの子、推してよかった)
その夜。
保健室のベッドで寝ていると、アイオリアが入ってきた。
「……参謀長」
「ん?」
「まさか本気で流星拳を受けるとは思いませんでした」
「俺もだ」
「結果、どうでした?」
「最高だった」
「バカですね」
「うん、知ってる」
アイオリアが苦笑した。
「星矢、参謀長のことちょっと怖いけどいい人って言ってましたよ」
「うん、いい評価だ」
「そうですかね……」
アイオリアはため息をつきながら出て行った。
天井を見上げ、ぼそっと呟いた。
「……星矢の拳、マジで肋骨いったな」
翌朝、医務室の扉に貼られた診断書にはこう書かれていた。
『軽度の肋骨ひび。原因:推しの拳』
エリス「で、あなた……肋骨、折ったの?」
アッシュ「折れてない。ひびだ。誤差だ。」
エリス「誤差で済ますのやめなさい。まさかペガサスの拳、受けに行ったの?」
アッシュ「あれは握手だ」
エリス「どこがよ」
アッシュ「拳で通じ合う、それが男の友情――」
エリス「推し活って言いなさい。」
アッシュ「……推し活です。」
エリス「はい、よく言えました。次は入院届けを出しましょうね♡」
アッシュ「いやだああああ!!!」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
-
アッシュと星矢
-
サガとアイオロス
-
アッシュとアイオロス
-
サガと星矢