聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
だが聖域は、もう以前の聖域ではなかった。
革命の余韻、燃え残る白銀魂。
そして、エレナとフレアの愛の残響。
「アッシュ様の笑顔を労働条件に!」
「参謀長、署名が千件を超えました!」
「アッシュ、お前のせいで私は胃が死んだ!」
恋と行政と宗教が交錯する、前代未聞の作戦会議。
次回――
『参謀長帰還:愛と胃薬の会議録』
理性が支配する場所に、愛が反乱を起こす。
(アッシュ視点)
――帰ってきたら、まず聖域がうるさかった。
いや、正確には地鳴りレベルで騒がしかった。
「待遇改善!」
「白銀にも宮殿を!」
「アッシュ様の笑顔を労働条件に!」
門をくぐった瞬間、俺は自分の耳を疑った。
何十人、いや何百人という白銀聖闘士や候補生たちが、手作りのプラカードを掲げてデモ行進している。
しかもスローガンの半分に俺の名前が入っているのが恐ろしい。
(……いや、俺、労組の象徴じゃないからな?)
「参謀長、おかえりなさいませ!」
汗だくの雑兵が駆け寄ってくる。
「現在、白銀勢による待遇改善デモが第三次に突入しております!」
「第三次ってなんだ、戦争か」
俺はため息をつき、教皇の間へ直行した。
ドアを開けた瞬間、サガの叫び声が響いた。
「アッシュ〜〜〜!帰ってきてくれたのか!もうダメだ!私の胃はもう限界だ!!!」
机の上には、山積みになった苦情書類。
「白銀聖闘士の宮殿建設要望」「勤務時間見直し案」「革命的労働運動方針書」など、見るだけで頭痛がするタイトルばかりだ。
「聖域始まって以来の労働争議だぞ!私は神に仕える身だというのに、今じゃ労基署の職員みたいな生活だ!」
(ああ、サガの胃が死んでる……)
「で、エレナは?」
「外で演説中だ!」
サガが泣きながら指差した先のモニターには、演説台で拳を突き上げる彼女の姿が映っていた。
『アッシュ様がいない聖域に未来はない!』
という横断幕が掲げられている。
(……もうやだこの職場)
黄金聖闘士たちはというと、壁際に整列していた。
皆、疲れ果てている。
デスマスクが真っ先に口を開いた。
「参謀長、どうにかしてくれ。あいつら、エレナが先頭に立ってるせいで、手を出すとアッシュ様の敵扱いなんだよ!」
「お前、前回それで殴られてただろ」
「うるせぇ!まだ歯がグラグラしてんだよ!」
ミロが手を挙げた。
「参謀長。あのデモ、もはや労働争議じゃなくて宗教行進ですよ。『アッシュ教』って旗が立ってました」
「勝手に教団化すんな!!!」
ムウが肩をすくめる。
「実は白銀たち、署名活動まで始めています。アッシュ様を最高指導者にという署名が、すでに千件を超えました」
「千件!?」
「中には黄金の中にも署名してる者が……」
全員の視線が一斉にデスマスクに向く。
「……え、なんだよ?義理ってやつだろ?」
「お前だろォォォ!!!」
混乱の極みの中、俺は議事録用のメモを取り出した。
「よし。とりあえず落ち着け。状況を整理しよう。要求は宮殿が欲しいで合ってるか?」
「そうだ」
「週休二日と有給も追加されてる」
「あと、アッシュ様と同じブランドのコーヒー豆を配給せよ、とも」
「そんな細かいとこまで!? ……いや、正直、労働環境の改善は悪いことじゃない。だが宮殿は無理だ。場所がない」
デスマスクがぼそりと呟く。
「スターヒルなら空いてるぜ」
「お前、何言って……あー……いや、ちょっと待てよ」
サガが即座に反応した。
「待て!それだけは許さん!あそこは聖域の聖地だぞ!」
「だが、あそこを更地にしてタワーマンションを建てれば、百人くらい入居できるだろ?」
「だからやめろと言っている!!」
サガの悲鳴が教皇の間に響き渡る。
「参謀長、真面目に考えろ!タワーマンションって何だ!ここは聖域だぞ!」
「でも聖域にも、近代的な集合住宅の概念を導入すべきだと思うんだよ。各部屋に風呂とエアコン完備、Wi-Fi付き。名前はパライストラ・レジデンス」
「いい響きですね」
「即入居したい」
「冷蔵庫はつきますか?」
「貴様らまで乗るなぁぁぁぁ!!!」
会議は混迷を極めた。
議題をホワイトボードに書く。
白銀デモの沈静化
宮殿建設の是非
サガの胃薬増量申請
「……こうして見ると、地味に3が一番急務な気がしてきたな」
「お前のせいで悪化してるんだぞ!!」
「はいはい」
椅子に深く腰を下ろし、腕を組んだ。
「要するに、今の白銀たちは居場所がないってことだ。
黄金に憧れ、雑兵と比べられ、でも自分たちは中間層。
不満がたまって当然だ」
「じゃあどうすんだ?」
「……まず、ストレス発散施設を作る。筋トレルーム、風呂、ゲーム機完備。名前は――シルバー・ジム」
「ダサい!」
「略称シルジムですね」
「ふざけてる場合か!!」
「それと、白銀専用の食堂も作る。アッシュ・カフェって名前で」
「どこまでも俺の名前使うな!!」
最終的に俺がまとめた暫定妥協案はこうだ。
白銀聖闘士用の宿舎を建設(※タワマンではなくプレハブ)
週休二日は保留、代わりに月1回の焼肉会開催
アッシュ教の布教活動は禁止(ただし信仰は自由)
エレナの革命旗は押収(記念品として展示)
……それでも、妥協案としては上出来だったと思う。
「とりあえず、これで沈静化するだろ」
「本当に大丈夫なのか?」
「たぶん」
サガが絶望的な顔で頭を抱える。
「たぶんって言うな!もう嫌だ!次に革命が起きたら私は引退する!!」
「そのときは副教皇として俺が引き継ぐ」
「悪化する未来しか見えん!」
◆
会議が紛糾していた。
白銀たちのデモは鎮火したものの、根本的な原因である「革命将軍エレナ問題」は何一つ解決していない。
サガは胃を押さえ、デスマスクは氷嚢を頭に乗せ、ムウは「これは精神修行だと思うことにします」とか言いながら目を閉じていた。
俺はというと、ホワイトボードに「エレナ=革命家?」と書いたまま腕を組んでいた。
(どうにも分からない。優秀な部下が、なぜ俺の不在中に革命を起こすのか)
考えれば考えるほど、答えが出ない。
俺が長期視察に出ていたのは聖域の未来のためだ。
それを支えてくれていたのがエレナであることも間違いない。
だが彼女が旗を掲げてデモを率い、「アッシュ様の愛を我らに」と叫んでいたというのは理解の範疇を超えていた。
(……愛?いや、職務上の忠誠心だろう。きっとそうだ)
そう結論づけた瞬間――
ドガンッ!!
扉が爆音と共に開いた。
「話は聞かせてもらいましたわ!!!」
全員が振り向く。
そこには、金髪を翻し、ドレスの裾を翻して仁王立ちするアスガルドの女、フレアがいた。
息を切らし、頬を上気させ、その瞳には強い光が宿っている。
「(来た……嵐が来た……)」
「(胃に悪い組み合わせが増えた)」
「(アスガルド帰れ)」
そんな無言のツッコミを受けつつも、フレアは一歩前に進み出た。
「あなた方、何もわかっていませんのね!」
「な、何がだ?」
「エレナが暴走するのは当然ですわ!」
「当然!?」
「そうですわ!アッシュ様が、彼女の愛に応えて差し上げないから!」
会議室が一瞬で静まり返った。
ムウのペンが手から滑り落ちる音がやけに響いた。
「貴方に触れ合えない孤独が、彼女を革命に走らせたのです!」
……。
(……待て。何を言っているんだこの人は)
俺は軽く咳払いをして言った。
「何を馬鹿なことを。エレナが俺を好き?そんな事はあるまい」
その瞬間、空気が凍った。
気温が物理的に3度下がった気がした。
俺の発言に、部屋の全員が絶句している。
サガは天を仰ぎ、デスマスクは頭を抱え、シュラは静かに首を横に振った。
「……お前なぁ……」
「それ、死刑宣告レベルだぞ」
「アスガルドなら雪崩が起きてる」
だが俺は至って冷静だった。
事実を述べただけだ。
「彼女は優秀な秘書官、それだけだ。俺は彼女を信頼している。それ以上の関係ではない」
一同:「…………」
フレアは目を見開いたまま、息を呑んだ。
そして、少し震える声で言った。
「……では、この私がアッシュ様を愛しているのは、ご存知ですわよね?」
(えっ)
思わず眉をひそめる。
「もちろん知っている」
即答した。
だって、彼女は毎週のように公言している。
朝の挨拶で「愛してますわ!」、お茶の時間に「愛してますわ!」、別れ際に「愛してますわ!」
これだけ分かりやすく言われて、気づかない方が難しい。
「……あの、もしかして、知っていて、何も……?」
「いや、俺も嬉しいよ」
「えっ……」
「毎回愛してますわって言われるたびに、俺もありがとうって心の中で返している」
「心の中で、ですの!?」
フレアの目が見開かれ、顔が真っ赤になる。
「どうして言葉にしてくださらないんですの!」
「いや、だって勤務中だろう?」
その瞬間、サガが椅子に突っ伏した。
デスマスクが顔を手で覆い、ムウが天を仰ぐ。
「……朴念仁決定だな」
「いや、前からそう思ってたけど、これは重症だ」
「天然か計算か、どっちにしても罪深い」
そして全員の心の声が重なった。
「「「朴念仁決定!!!」」」
「え、なんだよ急に!?俺、何か悪いこと言ったか!?」
「悪いとかの次元じゃない!お前の存在そのものが恋愛事故だ!!」
「エレナが暴走するの、9割お前のせいだぞ!」
「こっちまで巻き込まれてんだよ!俺、噛まれたんだぞ!!!」
「医療班が愛の咬傷ってカルテ書いてました」
「……あー」
(そういえば、デスマスクの肩にエレナの歯形が残ってたな)
「でも俺、悪気はないぞ?誰かに好かれるのは嬉しいことだろう」
「だから!それを微笑ましく見守るだけで終わらせるから!地雷を撒くんだ!!」
サガの声が裏返った。
その横でムウが静かに言う。
「アッシュ。あなたの一番の問題は、恋愛を数学で理解しようとしているところです」
「え、違うのか?」
「違います」
「じゃあ何で理解すればいい」
「経験です」
「……え、実験的に試してみろってこと?」
「実験言うな!!!」
その後も会議は混沌を極めた。
サガは机に突っ伏したまま、「誰か俺に胃薬を……」とつぶやいている。
デスマスクは「アッシュの恋愛指導室とか開いて儲けようかな」とか言い出し、ミロが本気で止めていた。
俺はひとり、窓の外の夜空を見上げた。
満月がきれいだ。
(……人の感情というのは、本当に難しい。エレナもフレアも、どうしてそんなに一生懸命なんだろう)
俺は少しだけ笑って言った。
「だからこそ、ちゃんと話すよ。彼女と。
仕事のことも、気持ちのことも」
フレアは目を丸くした。
そして、小さく笑った。
「……やっと、アッシュ様が人間らしいことを言いましたわ」
「おい、今まで何だったんだ俺」
「石像」
「AI」
「無自覚型破壊神」
「お前ら、好き放題言うな!!!」
アッシュ「……あー、なんだ。今日も静かでいい日だな」
サガ(青ざめた顔で)「静か? どこがだ。私の胃が火山だぞ」
デスマスク「俺は肩に歯形残ってんだぞ。愛の形ってこういうのか?」
アッシュ「いや、違うと思う」
フレア「アッシュ様、違わなくてよろしいんですの!?」
アッシュ「いや、物理的な愛はちょっと……」
サガ「ほら見ろ!また地雷を踏んだ!!」
デスマスク「フレア、落ち着け!雪崩が来るぞ!」
フレア「雪崩より速く愛が流れますわ!!!」
(机の上がコーヒーでびしょ濡れ)
サガ「お前たち……ここは会議室だぞ!?」
アッシュ「サガ、胃薬飲め」
サガ「お前が原因だぁぁぁぁ!!!」
――そして翌日。
教皇の机の上に一枚のメモが置かれていた。
『アッシュ教・非公式再始動
教祖:不明(※多分エレナ)
信者:白銀全員+一部黄金
スローガン:「アッシュ様の理性に祝福を」』
サガ「……あーもう知らん!胃が限界だ!」
ムウ「つまり、理性では止められないのです。これが愛ですよ」
サガ「違う!病気だ!!!」
アッシュ(微笑みながら)「いや、たぶん、正常なんだと思う」
一同「どこがだァァァァァ!!!」
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真紅の少年伝説編(日本編)
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最終聖戦の戦士たち編(聖域編)