聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

144 / 199
神の怒りに焼かれた聖域──
残されたのは、信じるものを失った聖闘士たち。

サガは涙で罪を告白し、アッシュは沈黙を破る。
「神なき世界」──その理想の果てに、彼は何を見たのか。

明かされる真実、揺らぐ信仰、そして再び立ち上がる誇り。
今、聖闘士たちは己の罪を抱えたまま、堕天の都へ向かう。

次回──『優しい嘘の果て』

神を否定した男が、神を救うために戦う。
それが、最後の聖戦の始まりだった。


優しい嘘の果て

ルシファーたちが去った後、そこに残されたのは瓦礫と、信じるものを失った聖闘士たち。

その中心で、ムウが震える声を上げた。

 

「やはり……やはり我が師シオンを殺したのは、貴方方だったのか、サガ!アッシュ師範!」

 

彼の拳は震え、砕けた床に血が滲むほどに握り締められている。

 

アッシュもサガも、言葉を返さなかった。

ただ、沈黙があった。

その沈黙こそが、すべての答えだった。

 

シャカがゆっくりと歩み寄る。

その表情は冷静さを保っていたが、どこか哀しげだった。

 

「ムウ、私情に駆られるな。憎しみは目を曇らせる。

今一度考えよ。この聖域の、地上の平和を、今この瞬間、保っているのは誰か」

 

冷徹なようでいて、その言葉はムウを守ろうとする優しさにも聞こえた。

ムウは息を荒げながらシャカを見つめる。

 

「……では、師を殺してまで築いた平和に、意味があるというのか?」

 

「意味は、お前が見出すものだ」

シャカは目を閉じ、淡々と続ける。

「今、我々の前にあるのは結果だ。その結果をどう解釈するかは、神ですら決められぬ。

人の心が選ぶものだ」

 

ムウは顔を伏せた。

涙が砂混じりの床に落ち、静かに染みを作る。

 

「……私は……何を信じればいい」

 

その呟きは誰にも届かないほど小さかった。

 

 

 

 

 

沈黙を破ったのは、サガだった。

 

彼はゆっくりと右手を上げ、教皇の仮面に触れる。

その動きには、決意と覚悟が混ざっていた。

 

仮面が外れる。

露わになった顔は、いつもの冷静さとは違い、深い苦悩に満ちていた。

そして、その瞳には、涙が滲んでいた。

 

「……そうだ。私が殺した」

その言葉は、地を這うように低く、重かった。

「このサガが!」

 

その瞬間、誰もが息を呑んだ。

 

サガは膝をつき、崩れ落ちるように拳を床に叩きつけた。

乾いた音が、無限に響いた。

 

「シオン様の排除は、聖域のために必要だった……そう自分に言い聞かせてきた。

だが、殺すつもりはなかったのだ……!

あの夜、私はただ、シオン様に認められたかった。

自分の力を、正義を、理解してほしかった。

なのに……私の弱さが……アッシュを信じきれずに暴走した!それが、この私の罪だ!」

 

嗚咽が漏れた。

それは、誰も見たことのない姿だった。

威厳も権力もない。ただ一人の男として、己の罪に膝を折っている。

 

ムウは目を見開き、何かを言おうとしたが、声にならなかった。

怒りは消えていた。

残ったのは、深い悲しみと、理解の狭間で揺れる苦しみ。

 

サガは頭を下げたまま続けた。

「許してくれ……ムウ……私は……私は、もう……」

 

その時、背後からアッシュがそっと手を伸ばした。

崩れ落ちたサガの肩を、静かに抱く。

 

「泣くな、サガ」

 

「俺も共犯だ。

お前だけの罪じゃない。だから、泣いてくれるなよ……友よ」

 

その言葉に、サガは顔を上げた。

涙で濡れた瞳に、アッシュの姿がぼやけて映る。

 

「アッシュ……お前は、何も言わなかった。それは……私を庇ってのことか?」

 

アッシュは小さく頷いた。

「そうだ。お前が背負った罪を、俺が背負えば、聖域は保てた。

俺たちが真実を口にすれば、平和は崩れた。だから俺は黙った」

 

ムウが口を開いた。

「それが……聖域の平和のためだと……?」

 

「違う」

アッシュは静かに言った。

「俺の信じる未来を守るためだ。若い聖闘士たちが、いや当時は俺も若かったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛ましい空気を、凛とした声が切り裂いた。

 

「アッシュ様」

 

エレナだった。

涙の跡を拭うこともせず、ただ真っ直ぐにアッシュを見据えている。

その姿は、妻であり、聖域の首席秘書官としての覚悟そのものだった。

 

「私は何があっても、貴方についていきます。

どんな真実があろうと、それが罪だろうと、貴方が信じた道を信じます。

でも、今この場にいるのは、貴方とサガ様が命を懸けて守ってきた仲間たちです」

 

エレナの言葉は、叱責でも懇願でもなかった。

ただ、真実を共有する者としての誇りと、夫への信頼が込められていた。

 

「……皆に話しましょう。

真実の全てを。サガ様にすら、話していないことがあるはずです。そのすべてを……」

 

その瞬間、場の空気が一変した。

全員の視線がアッシュに集まる。

誰もが息を呑み、動くことすら忘れていた。

 

アッシュはしばらく何も言わなかった。

その沈黙の中で、何度もエレナと視線を交わす。

彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。

 

やがて、アッシュは小さく息を吐いた。

重い鎧を脱ぐように、肩の力を抜く。

 

「……分かった。話そう」

 

その言葉は、長い年月を経てようやく放たれた真実だった。

 

 

「……長い話になる」

アッシュは低く呟き、ゆっくりと視線を上げた。

その眼差しは、これまでのどんな戦場よりも真剣で、静かだった。

 

「まず、ムウ。お前の師シオンは、確かにサガの手にかかった。

だが、アテナは……生きている。そして、アイオロスもだ」

 

一瞬、時が止まったようだった。

 

「なっ……!?」

サガが声を詰まらせる。

ムウも、シャカも、誰もが息を呑んだ。

 

「俺の目的は、サガを教皇にすること。地上の支配者にすることだ。

それこそが、最もこの聖域を豊かにすると信じていた。いや、今でも間違いではなかったと信じでいる」

 

アッシュの声は揺れなかった。

それが彼の覚悟を際立たせていた。

 

「昔の聖域を思い出せ」

アッシュは言葉を続けた。

「石のベッド、冷たい食事、夜は獣の遠吠え。

トイレは穴、湯は一月に一度。

希望も未来もなかった。

ただ神の命令に従うだけの、無力な信徒の集団だった」

 

ムウが息をのむ。

サガは目を閉じたまま、拳を握る。

シャカの眉がかすかに動いた。

 

アッシュは淡々と続ける。

「俺たちはアテナの聖闘士だ。だがな、その前に一人の人間だ。あの夜、サガがシオン様を殺した時、俺は決めた。殺さず、利用すると。

アテナはアイオロスが守り、人間として日本で生きる。

神ではなく、一人の少女として。

アイオロスはその傍で幸せを掴めばいい。

……彼は今、奥さんも貰って、平和に暮らしている」

 

一瞬の沈黙。

その静けさは、誰もが言葉を失っている証だった。

 

エレナは、夫の横顔を見つめながら、静かに息を吸った。

彼の告白が、どれほどの重みを持つかを理解しているからこそ、彼女は何も言わない。

 

アッシュは言葉を続けた。

「この聖域は神に依存しすぎている。

ーアテナがいなければ動けない。神の意志がなければ決められない──

そんな場所に未来はない。なぜならアテナは聖戦の時にしか降臨しない。

俺は、アテナが不在でも地上は繁栄できると証明したかった。

そして、証明したつもりだ」

 

ムウが、低く唸るように問う。

「……だが、そのためにどれだけの命を犠牲にした?」

 

「すべて、計算と覚悟の上だ。前よりもよくなった。それだけだ」

アッシュの声は冷たい。

 

「俺は聖闘士になって、理想だけでは生き残れないことを知った。

聖域を正義で統治するには、力と秩序が必要だ。

サガを教皇に据えたのは、そのためだ。

彼は破壊と創造の両方を持つ器だった」

 

ムウが絞り出すように問う。

「……アッシュ師範。それは、貴方が神の座を奪おうとしたということですか?」

 

アッシュは静かに目を閉じた。

「違う。俺はただ、神の役目は終わったと証明したかった」

 

シャカが小さく呟いた。

「つまり、あなたが創りたかったのは、神のいない世界……」

 

「そうだ」

アッシュの声が響く。

「神がいなくても、世界は回る。

人が努力し、互いを助け合い、未来を築ける。

神は奇跡をくれたが、責任は取らない。ならばそんな神はいらない」

 

彼はゆっくりと息を吐き、笑った。

それは自嘲の笑みだった。

 

「……なのに、今さら神の怒りとはな。

笑える話だろう?エレナ」

 

彼は妻に視線を向ける。

その瞳の奥に、微かな震えが見えた。

 

「無様な夫と、笑ってくれよ」

 

エレナは一歩、彼に近づいた。

そして、小さく首を振る。

 

「笑いません。

だって、貴方は世界で一番優しい嘘をついた人ですもの」

 

その言葉に、アッシュの表情が一瞬だけ崩れた。

彼は俯き、かすかな声で呟く。

 

「……優しい嘘、か。

なら、そろそろ償う時が来たのかもしれないな」

 

誰も言葉を続けなかった。

ただ、沈黙が広がった。

それは重苦しいものではなく、全員が「真実」を共有した静かな時間だった。

 

瓦礫の外では、夜が深まり始めていた。

空には星が瞬き、かつてシオンが語った星の導きが、皮肉のように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッシュの言葉が終わったあと、誰もすぐには口を開かなかった。

風が吹き抜けるたび、崩れたアテナ神殿の瓦礫が乾いた音を立てる。

その音さえも、沈黙を裂くことをためらっているかのようだった。

 

神を排した聖域──そのための革命。

それは、神話を否定する、現実的な理屈だ。

 

長い沈黙を破ったのは、ムウだった。

声は震えていたが、その震えの奥には怒りよりも、理解したくない真実への恐怖があった。

 

「……その、狂言を……聖域の誰が知っていたのですか?」

 

アッシュはわずかに視線を上げ、答えるまでに数秒を要した。

その間、誰も呼吸を忘れたように、ただ彼を見つめていた。

 

「知っているのは、ここにいるエレナ、そしてアスガルドにいるフレア」

 

「それから、デスマスクとアフロディーテ、シュラだけだ。

サガですら、アイオロスの生存は知らなかった」

 

ムウの喉が小さく鳴る。

その瞬間、あの時の言葉が蘇った。

 

──「その疑問は、お前のタメにならねえ」──

 

巨蟹宮でデスマスクが放ったあの一言。

軽口のように思えたが、あれは警告だった。

自分が真実に触れれば、戻れなくなることを、あの男は知っていたのだ。

ムウは唇を噛み、俯いた。

 

エレナが口を開いた。

「アッシュ様の計画は、聖域の崩壊を避けるためのものでした。

アテナを象徴ではなく、人間として。その役を果たしたのが、アイオロス様なのです」

 

その言葉に、サガが顔を上げる。

瞳には動揺があったが、怒りではなく、深い戸惑いが混ざっていた。

 

「……それで、どうするつもりだったのだ、アッシュ」

声は震えず、ただ淡々としていた。

「神を排し、人が地上を治める秩序を築いた。

だが今、神々が怒り、ルシファーが降臨した。

お前の理想は……この惨状を見て、なお続ける価値があるのか?」

 

アッシュは、サガの問いにすぐには答えなかった。

代わりに、ゆっくりと立ち上がり、崩れた神像を見つめる。

 

「……俺たちは、神に見放されたんじゃない。

自分たちで、神を手放したんだ」

 

彼は指先で、粉々になった大理石の破片を拾い上げた。

それはかつて、アテナ神像の髪の一部だった。

細やかな装飾の跡が、かすかに残っている。

 

「聖域を再建した頃、俺は思っていた。神のいない世界は、悲劇じゃない。

人が努力して、知恵で生きる世界こそが、神が望んだ形だと」

 

アッシュは拳を握り、砕けた石片を掌で潰す。

「……だが、違ったのかもしれないな」

 

エレナが、静かに歩み寄る。

「アッシュ様……」

 

「いや、聞いてくれ」

アッシュは振り返らずに続けた。

「俺たちは神を越えることを目指した。

だがその過程で、神に持っていた恐れを失った。それが、今のこの結果だ」

 

サガが低く唸るように言う。

「つまり、お前は自分の理想を否定するのか?」

 

「否定はしない」

アッシュの声が戻った。

「だが、認める。俺たちは間違えた。

神を倒すことじゃなく、神を理解することが、先にあるべきだった」

 

シャカが目を開いた。

その瞳には、わずかな光が宿る。

「つまり、神の不在を望んだお前が、今度は神の怒りに直面したわけだ。

……皮肉なものだ」

 

「そうだな」

アッシュはわずかに笑った。

「だが、俺はまだ終わらせない。

俺たちは神の奴隷でも、愚かでもない。」

 

その言葉に、エレナが目を見開いた。

「アッシュ様……まさか、伏魔殿へ……?」

 

「行く。ルシファーの言葉が本当なら、アテナ、エリス、ヴィーナスの三柱が狙われている。

それを防げるのは、もう俺たちしかいない」

 

ムウが顔を上げた。

その表情には迷いが残っていたが、眼差しには光が戻っていた。

 

「アッシュ師範。……私も行かせてください。

師を弔うためでも、過去を清算するためでもない。

この手で、真実を見届けたいのです」

 

アッシュはゆっくりと頷いた。

「来い。お前の力が必要だ。

……それに、これは俺たちの罪の清算でもある」

 

その言葉を聞いて、サガが静かに立ち上がる。

教皇の法衣は破れていたが、その背筋はまっすぐだった。

 

「俺も行く。

もはや逃げるつもりはない。

俺が犯した罪が、この聖域にどれほどの影を落としたのか、

この目で確かめたい」

 

アッシュは振り返り、サガと目を合わせた。

二人の間に、もはや過去のわだかまりはなかった。

 

「……ありがとう、サガ」

 

「礼などいらん。俺は、俺のために行く」

 

エレナが胸に手を当て、深く頷いた。

「では、参謀長。聖域代表としての正式な布告を」

 

アッシュは一度深呼吸し、崩れた神殿の中央に立つ。

夕陽が差し込み、彼の背を照らした。

 

「ここに宣言する。ルシファーを討つ‼そのため、我々は伏魔殿へ出撃する」

 

その言葉が響いた瞬間、聖闘士たちの沈黙が解けた。

瓦礫の中に、再び小宇宙の光が宿る。

 

アッシュは一度、仲間たちの顔を見渡し、静かに微笑んだ。

 

「さあ、行こう。俺たちの罪を、戦いで終わらせるために」

 

そして、沈みゆく太陽の中で、聖域の戦士たちは新たな聖戦へと歩き出した。

その背中を、エレナの瞳が静かに追っていた。

 

彼女の胸には恐怖も不安もあったが、それ以上に誇りがあった。

──この人こそ、聖域を「人の手で」導いた男なのだ。




エレナ「……あの告白、聖域中に配信されてましたけど」

アッシュ「……え?」

エレナ「衛星中継、切り忘れてました」

アッシュ「……神よ、俺を今すぐ殺してくれ」

エレナ「あら、神を信じないって言ってませんでした?」

アッシュ「こういう時だけ信仰が芽生えるんだよ」

エレナ「フフ、そういうところ、嫌いじゃありません」

アッシュ「……それにしても、サガがあんなに泣くとはな」

エレナ「貴方も泣きそうでしたよ」

アッシュ「泣いてたら完全にバレるだろ」

エレナ「もうバレてますよ。優しい嘘の人、って」
アッシュ「……やれやれ」

この次の映画編はどちらがいいですか?

  • 真紅の少年伝説編(日本編)
  • 最終聖戦の戦士たち編(聖域編)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。