聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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聖域を呑み込む闇。
そして、かつて神に選ばれ、神をも欺いた男――サガ。

善と悪、罪と赦し。
そのすべてが今、ひとつの名に還る。

次回――『我、サガなり』

人間が神を越える瞬間を、見届けよ。


我、サガなり

玉座の間に、地鳴りのような低音が響いた。

ルシファーが放つ小宇宙が、炎とも嵐ともつかぬ圧力を生み、床の岩盤が波打つ。

膝をつくサガと、その身体を庇うアッシュ。

 

アッシュは、半ば壊れた聖衣を盾にしながら、拳を構えた。

「くっ……さすがに、これは……」

身体の芯が軋む。意識が途切れかける。

それでも踏みとどまったのは、隣にいるサガを見捨てられないからだ。

 

ルシファーの指先に集う光は、神の審判にも似た冷たい輝きを放つ。

「終わりだ。愚かなる人間どもよ」

 

彼が指を振り下ろした瞬間、轟音と閃光が玉座の間を支配した。

避ける暇もなく、アッシュはサガの身体を抱きかかえ――そのまま光の奔流に飲み込まれる。

 

が、その直前だった。

 

「──クリスタルウォール!!」

「積尸気冥界波!!」

「カーン!!」

 

三つの黄金の光が交錯し、ルシファーの攻撃を弾き返した。

爆風の中から、三人の黄金聖闘士が姿を現す。

 

最初に立っていたのは、牡羊座のムウ。

その肩で光の壁が音を立てて軋んでいる。

彼の額には汗が滲み、聖衣の表面は無数の傷で覆われていた。

 

続いて姿を見せたのは蟹座のエレナ。

黄金の胸部は砕け、腹を押さえながらも、その瞳は凛としていた。

最後に、静かに一歩進み出たのが乙女座のシャカだった。

彼だけは無傷に見える。

 

アッシュは息を呑んだ。

「お前たち……!」

 

エレナが苦笑する。

「遅くなりました……アッシュ」

声はかすれていたが、その口調は力強い。

 

ムウも肩で息をしながら続けた。

「敵の幻術に囚われて……少し、時間を取られました」

 

三人が揃ってもなお、満身創痍の状態だった。

それでも彼らの立つ姿には、かつて幾度も死地を越えた聖闘士の意志が宿っている。

 

ルシファーが片眉を上げた。

「なるほど。よくぞここまで這い上がったものだ。

だが、所詮は傷ついた獣の群れ。立っているのが不思議なくらいだ」

 

その嘲りにも、ムウは反応しなかった。

代わりに、シャカが淡々と首を振る。

 

「二人とも、少々みっともないな。

これでは私の相手が特別弱かったと、言われても仕方ありません」

 

エレナが顔をしかめた。

「……あなた、いつもそんな調子ですのね。

こんな時くらい、労いの言葉をくれてもいいでしょうに」

 

アッシュが割って入るように笑う。

「ああ、シャカの相手は……えーと、何だっけ。エリゴルとかいうやつか?

名前からして弱そうだ。俺なら一撃だな」

 

シャカが半眼を向けた。

「アッシュよ。あの蟷螂に、何か個人的な恨みでも?」

 

「いや、ただ虫が嫌いなだけだ」

 

一瞬だけ、空気が和らいだ。

ほんのわずかだが、笑みが生まれる。

しかしその空気は、次の瞬間――サガの苦悶の声で断ち切られた。

 

「ぐ……あぁぁっ……!」

 

アッシュが振り向く。

サガの身体が痙攣している。

ルシファーの呪詛の残滓が、まだ彼の魂を蝕んでいるのだ。

 

ムウが急いで膝をつく。

「小宇宙の流れが……不安定すぎる」

 

エレナもサガの肩を支える。

「サガ! しっかりしてください!」

 

サガの唇が震え、かすれた声が漏れた。

「……俺は……もう……」

 

アッシュがその言葉を遮るように言った。

「おい、ふざけるな。お前はまだ死んでいい立場じゃない」

 

サガの瞳が、わずかにアッシュを捉える。

その視線に、一瞬だけ光が宿った。

 

アッシュはその目を見返しながら続ける。

「俺はサガを信じてここまで来た。

だから勝手に終わるな」

 

シャカが目を閉じ、静かに言葉を継いだ。

「そうだ。神が定めた運命など、我らには不要」

 

サガは苦しげに息を吸い、拳を握った。

「……俺は……」

 

ルシファーの冷たい声が割って入った。

「感動の再会は終わりか?

人間というものは、無駄に絆を語りたがる。

だが、希望など延命措置にすぎん」

 

その言葉と同時に、再び闇が渦を巻いた。

ルシファーの翼が広がり、黒い風が吹き荒れる。

玉座の間が歪み、光が吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 

サガの身体が震え、膝をつく。

彼の内側から立ち上る小宇宙は、もはや黄金の輝きを失っていた。

光の代わりに、影がゆらゆらと揺れている。

 

「う……うああ……!」

苦しみの声が、沈黙した空間にこだました。

両手で頭を抱え、サガは床に額を擦りつけるようにして呻く。

 

ルシファーは、まるでその姿を愉しむように笑った。

「無駄だ。お前が友と呼ぶその片割れは、悪霊に過ぎん。

聖域を内側から破壊するためだけに、女神ケールによって植え付けられた、偽りの魂だ」

 

その声は、氷より冷たく、毒よりも深く刺さった。

サガの顔が歪む。

心臓を握り潰されるような痛みが、胸を貫く。

 

「アッシュ……!」

声が震えていた。

「すまない……!俺は……偽物だった……!今、思い出した……!

俺はケールに取り憑かせられた、ただの悪霊だ……!

お前の……お前の友になれる者では、なかったんだ……!」

 

アッシュが目を見開く。

彼の胸にこみ上げたのは、怒りでも悲しみでもない。

それは、どうしようもなく悔しさだった。

 

悪サガの小宇宙が、陽炎のように消えかけていく。

それは存在そのものが薄れていく光景だ。

それは死よりも痛ましい。

 

沈黙を破ったのは、ムウだった。

彼は普段の穏やかな声音とはかけ離れた声を上げる。

 

「ふざけるな!!」

その声が玉座の壁を震わせた。

「そんな腑抜けた魂が、聖域の支配者だと!?それが我が師シオンを殺したというのか!?

あの方の名を汚す気か!?立て、サガ!!

戦え!!貴様が何者であろうと、それを背負って戦うのが聖闘士だろう!!」

 

アッシュが言葉を失うほどの怒気だった。

ムウの瞳は、涙のような光で濡れていた。

それは憎しみではなく、失望でもなく――信じているがゆえの怒りだった。

 

その隣で、シャカが静かに口を開く。

「ムウ。少し落ち着きたまえ」

その声は穏やかだったが、言葉の一つひとつに重みがあった。

 

シャカは、膝をつくサガを見下ろしながら言う。

「サガ。お前の在り方は、誰かに与えられるものではない。

神が決めるものでも、悪霊として縛るものでもない。

お前自身が決めるものだ。

これまでの道が偽りだったというなら、今この瞬間から、真実を選べばいい。

お前が何者であったか、その答えは、お前の魂の内にある」

 

サガは顔を上げられなかった。

呼吸が浅くなり、胸が焼けるように痛い。

それでも、彼の耳にはシャカの声がはっきりと届いている。

 

アッシュは、ゆっくりと歩み寄った。

血と汗にまみれた手を、サガの肩に置く。

「俺はお前がどこから来たかなんて興味がない。

悪霊だろうが、造られた魂だろうが関係ない。

お前がここで戦ってきたこと、笑っていたこと、怒っていたこと――

それが、お前だ」

 

「……アッシュ……」

サガの唇が震えた。

彼の胸の奥に、熱いものがこみ上げてくる。

 

すると、もう一人――エレナが前に出た。

彼女の聖衣は半壊し、腹部にはまだ血の滲んだ包帯が巻かれている。

それでも、その瞳は揺るがなかった。

 

「呆れました、サガ」

その声音は、冷たくも優しい。

「そもそもアッシュを唆して地上の支配に乗り出したのは貴方でしょう?

責任を放棄して泣き崩れるなんて、あなたらしくありません」

 

サガは顔を上げる。

エレナはほんの一瞬だけ、柔らかく微笑んだ。

「それに……我が夫の唯一無二の親友であるなら、

最後まで責任を取りなさい。」

 

その言葉が、サガの胸の奥に突き刺さる。

胸の奥に沈んでいた悪の魂が、かすかに脈打った。

その一言で再び心臓が動き出したのだ。

 

ルシファーが鼻で笑う。

「見苦しい茶番だ。友情だの信頼だの――そんな曖昧なものが、神に勝てると思っているのか?」

 

その言葉に、アッシュは振り返りもせず答えた。

「思ってるさ。

だから俺たちは、こうして何度でも立ち上がる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺は……誰だ……?」

その呟きは、まるで途絶えかけた命のように細い。

悪の人格が、消滅しかけながら問いかける。

声に力はなかったが、その苦しみは本物だ。

 

ルシファーは薄く笑い、冷たい声を響かせる。

「愚かな。自己という幻に囚われた者ほど、壊れやすい。

貴様の魂は憑依した時点で終わっているのだ。

片割れにすがったところで、何もできはしない」

 

その言葉に反応するように、サガの体が激しく震えた。

彼の中で、善の人格が沈みかけた光を必死に繋ぎ止める。

 

「違う……俺はまだ終わっていない」

心の奥底で、善のサガがゆっくりと語りかけた。

「そうだ……シオン様を殺めたのは俺だ。

俺の弱さが……お前を、アッシュを、信じきれなかったのだ。

それは俺の、俺だけの……いや、俺たちの罪だ。

だが――お前はいつも俺を止めてくれていた」

 

悪の人格が、目を見開いた。

その声は確かに、もう一人の自分のものだった。

 

「ただの悪霊に、そんなことができると思うか?」

善のサガの言葉は、責めでも憐れみでもなかった。

それは、初めて対等な肯定として悪の人格へ向けられた。

 

「お前は……俺の中で、ずっと怒っていたんだな」

悪のサガの声が震える。

「俺が逃げようとするたび、罪から目を逸らそうとするたび……

そのたびに、怒鳴って、泣いて、戦って……。

そうか、あれは俺自身だったのか……!」

 

涙が頬を伝う。

善も悪も関係なく、その涙は同じ心から流れたものだ。

 

ムウがその変化を感じ取り、息を呑む。

「小宇宙の波が……一つに戻っていく……」

 

シャカが目を閉じ、静かに頷いた。

「ようやく、悟ったようだな。

善と悪は切り離すものではない。

共に歩むことで、初めて一つの魂となる」

 

エレナは、わずかに口元を綻ばせた。

「ふふ……遅いのよ、あなたたちは。

でも、それでこそ人間ですね」

 

悪のサガはゆっくりと顔を上げた。

 

「……俺は……俺は誰だ……?

アッシュ……みんな……俺は……」

 

その問いに、答えたのは一人ではなかった。

ムウも、シャカも、エレナも、同時に声を発した。

 

「お前は、双子座のサガだ」

 

その言葉は、空間に染み渡るように響いた。

その瞬間、サガの中で分かれていた光と闇が交わり、ひとつの色を成す。

 

そして――アッシュが、ゆっくりと一歩前へ出る。

彼の顔には、あのいつもの、憎めない笑みが浮かんでいた。

 

「なあ、覚えてるか?」

アッシュは拳を軽く握って言う。

「俺の親友のスーパー合理的モードだって、子供の頃に言ってたよな。

あれが出たら手がつけられなかった。誰も止められなかった」

 

サガがかすかに笑う。

「そんなこと、言っていたか……」

 

「ああ、言ってた。

だから、今回もそれを出せばいい。

ちょっと神の子を倒すだけのことだ。

お前は神の化身とまで言われた男だろ?

容易いことさ」

 

 

 

 

「お涙頂戴の芝居は終わったか?」

ルシファーの声が、氷のように冷たく響く。

「そんな言葉で、作られた魂がどうとなるものではない。

我が小宇宙で、永遠の苦しみに落ちよ、人間ども!」

 

その宣告と同時に、漆黒の翼が大きく広がった。

無数の闇の刃が飛び交い、床を、壁を、空気そのものを切り裂いていく。

聖域の空を焼き尽くしたその力が、今は伏魔殿を崩壊させようとしているのだ。

 

シャカが目を見開き、両手を合わせる。

「カーン!!」

黄金の障壁が瞬時に展開される。だが、その防御を組み上げるより早く――サガが前へと踏み出していた。

 

「サガ!?無茶だ!」

アッシュが叫ぶが、サガは振り返らない。

 

彼は片手を伸ばし、その手のひらをルシファーの攻撃へとかざした。

次の瞬間、天地を裂くような閃光がぶつかる。

 

轟音とともに玉座の空間が震え、空気が歪んだ。

だが、その衝撃波をサガは片腕で押し返していた。

 

「なっ……!」

ルシファーの顔に、初めて驚愕が浮かぶ。

「まだそんな力が残っていたとは……!」

 

サガの小宇宙はすでに限界を超えていた。

それでも、彼の瞳には強烈な光が宿っていた。

その光は熱ではなく、静謐。

怒りではなく、確信。

 

ムウが息を呑む。

「この小宇宙……今までとは違う。

善でも悪でもない……」

 

シャカが低く呟く。

「そうか……これが、魂の完全な統合」

 

サガはゆっくりと口を開く。

「俺は――」

その声は、深く、地の底から響くように。

「俺、は―――」

かつて善と悪で交わされてきた対話が、今、ひとつの音に融け合う。

「俺の、名は――――ッ」

 

その叫びとともに、彼の全身を黄金の光が包んだ。

「サガ――双子座のサガ!

それが、俺を示すたった一つの真実だ!」

 

その瞬間、彼の背後に二つの影が重なった。

過去に罪を犯した“善”と、それを悔いた“悪”。

二つの存在が互いを否定するのではなく、支え合うように溶けていく。

 

ルシファーが歯噛みした。

「まだ神の意志に抗うか!」

 

サガの声が、それを圧倒する。

「違う。俺は、違う!

俺は悪霊ではない!

女神ケールに操られて、気分がいいと嗤うような道化でもない!

俺は俺だ!

俺の意思で罪を背負い、俺の拳でそれを償う!

俺は、神に選ばれた者ではない――自分で選んだ、ただの人間だ!」

 

「消え失せろ!幻がッ!」

 

サガが吠える。

「俺の、俺たちの魂は、断じて冥界の眷属などではない!!」

 

ルシファーの周囲の闇が震え、光が走った。

サガの小宇宙が爆発的に膨れ上がる。

その輝きは、太陽の光よりも眩しく、どこまでも凄絶だ。

 

アッシュが後方で息をのむ。

「……これが、サガ……本当の姿か」

 

エレナがかすかに笑みを浮かべる。

「神々ですら、恐れるでしょうね。

己を赦した人間ほど、強い存在はいないわ」

 

サガの背に、双子座のビジョンが広がる。

それは幻影ではなく、彼自身の小宇宙が形を成したもの。

揺るぎない意思の象徴。

 

「アッシュ!」

サガが叫ぶ。

「俺はもう、迷わない! こいつを倒す!」

 

アッシュが頷いた。

「ようやく言ったな、親友」

 

二人が同時に踏み込む。

黄金の光と翠の光が交差し、空間を引き裂く。

 

「俺は人間だ!

だが、人間は、誰よりも強くなれる!!」

 




アッシュ「いやー、なんか最終回みたいだな」

ムウ「実際、伏魔殿が天井ごと吹き飛んでますからね。これ以上上はありませんよ」

エレナ「アッシュ、あなた途中で虫が嫌いとか言ってましたけど……あれ、要るんですの?」

アッシュ「必要だよ。ギャグは酸素みたいなもんだ」

シャカ「ならば私には不要だ」

アッシュ「いや、シャカ、君が一番酸素薄いタイプだから」

サガ(苦笑)「……まったく、どいつもこいつも、神聖さの欠片もないな」

エレナ「いいえ、それが人間ですから」

アッシュ「あー、今のいいセリフ。あとがき締めに使おうぜ」

全員「(笑)」

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  • 真紅の少年伝説編(日本編)
  • 最終聖戦の戦士たち編(聖域編)
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