聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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エリス神殿を覆う闇が、いま再び蠢く。
祈り、母性、そして恋が、女神たちの小宇宙を焦がす。
オーディーンの加護は裂け、茨は天を貫く――。
立ちはだかるは、杯と矢の宿命。
次回――
『母よ、女神よ、そして人よ―黄金の矢、紫の血―』
世界を救うのは、愛か、それとも意地か!?


母よ、女神よ、そして人よ―黄金の矢、紫の血―

エリス神殿の天井を覆うように、幾何学的な光の方陣が広がっていた。

三柱の女神がそれぞれの位置に立ち、小宇宙を高めている。

その光は、地上を揺るがす天変地異――火山の噴火、海の隆起、空を裂く雷鳴――を、かろうじて押しとどめていた。

 

だが、方陣の安定は危うかった。

ヴィーナスの額から汗が滴り落ち、光の輪が微かに揺らぐ。

 

「うあー、キツいなあ……」

彼女は額に手を当て、疲れを隠すように笑った。

「これ、時給いくらなのかしら。もう帰ろうかな……」

 

その言葉に、精神世界で繋がっている響子の声が、即座に飛んでくる。

『ヴィーナス!弱音を吐かない!聖域の命運がかかってるのよ!』

 

ヴィーナスは肩をすくめた。

「分かってるわよ、キョーコさん。冗談よ、冗談。そんなに怖い顔しないで」

そう言いながらも、彼女の両手からは絶えず光が放たれ、方陣の歪みを修正していく。

 

「それにね――」

彼女は小さく息を吐き、唇の端を上げる。

「ルシファーの影に隠れてコソコソしてる奴に負けるのは、女神として腹立たしいしね!」

 

その言葉には、皮肉と闘志が混じっている。

どれほど疲れていようと、戦う気力だけは失っていない。

 

ヴィーナスの周囲に、ピンク色の光の粒が集まり始める。

彼女が両の掌を合わせると、方陣全体に波紋のように光が広がり、歪んでいたエネルギーの流れが整った。

 

その光景を見ていた護衛の一人、フレイは息を呑んだ。

彼の視界には、疲労に満ちたはずの女神が、なおも毅然として立つ姿。

「(ヴィーナス様……なんと気高い……!)」

 

戦場の中にいても、彼の胸の鼓動は別の意味で高鳴っている。

しかし、彼の視線に気づいたヴィーナスは、あっけらかんとした笑みを浮かべる。

 

「そんな顔しないでよ、フレイ。心配してくれてるのは分かるけど、あたし、意外とタフなんだから」

そう言いながら、彼女は悪戯っぽくピースサインを送った。

神聖な儀式の中でそんな仕草をする女神など、彼女以外にいないだろう。

 

フレイは慌てて視線を逸らす。

「は、はいっ!もちろん信じております、ヴィーナス様!」

耳まで真っ赤に染まりながら、慌てて構えを取り直す。

 

それを見て、エリスが呆れたように小さく息を吐いた。

翔子の身体を通じて現世に降臨している彼女は、相変わらず冷静だった。

 

「……相変わらず緊張感のない神だ」

 

「いいじゃないの、エリスちゃん」

ヴィーナスが笑う。

「私たちが張りつめすぎたら、誰がこの世界を明るくするのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

三柱の女神の中で、最も過酷な状況に立たされていたのはエリスだった。

 

彼女は方陣の端、沙織を守る位置に立っている。

その全身を覆う黒紫の小宇宙が、外から流れ込む邪悪な波動を受け止め、弾き返していた。

しかし、それは限界を超えている。

 

肌が裂け、神経を焼くような痛みが全身を駆け抜ける。

それでも、エリスは一歩も退かない。

 

「ママ!もうやめてよ!」

沙織の悲鳴が響く。

まだ神の力に完全に馴染めていない少女の身体が、恐怖と焦燥で震えていた。

「血が……!逃げようよ!」

 

エリスは振り向きもせずに答える。

「馬鹿を言うな」

その声は低く、しかしどこまでも穏やかだった。

「地上を守るべきアテナが逃げてどうする。逃げても無駄だ。この星ごと滅ぼされるだけだ」

 

「でも……でもママが!」

 

エリスは口元に血をにじませながら、わずかに笑った。

「なら、貴女がやりなさい」

その声には、母としての厳しさと、神としての威厳が混じってる。

「小宇宙を振り絞りなさい、アテナ。貴女の力は、そんなものではないはずでしょう」

 

沙織は涙に滲む視界の中で、母を見つめた。

その姿は、神話の書で読んだ不和と争いの女神ではない。

ただ、自分を守るために傷だらけになりながらも、立ち続ける一人の母だ。

 

エリスの声が強くなる。

「オリンポス十二神の一柱、戦女神たる貴女の力を、今こそ見せなさい!」

 

その叱咤が、沙織の胸の奥にある何かを震わせた。

意識の底で、遥か昔の戦場の記憶が蘇る。

血と鉄の匂い。神々の咆哮。

 

「……私は……」

 

彼女の瞳が黄金に輝き始める。

光が神殿の天井を貫き、方陣全体が一瞬で修復されていった。

 

光の中心で、沙織の声が響いた。

それはもう、少女の声ではない。

柔らかくも威厳を持ち、天地を貫くような響き。

 

「……貴女は、やはり変わりましたね。エリス」

 

エリスは動きを止めた。

黄金の光の中で、アテナが自分を見つめていた。

その瞳には、かつての神話の時代と同じ眼差しが。

 

「神話の時代の貴女とは、別人のようです」

 

その言葉に、エリスは小さく笑った。

「そうでしょうね。あの頃の私は、愚かでした。

 奪うことしか知らなかった。愛を知らず、力を求めることだけが生きる意味だと思っていた」

 

彼女は拳を握りしめ、自嘲気味に続ける。

「けれどね……人の世界で、母となって初めて知ったのよ。

 守りたいという想いの方が、どんな嫉妬よりも強いということを」

 

アテナは目を閉じ、その言葉を胸に刻むように頷いた。

「貴女が母として生きたこと。それ自体が、地上に希望をもたらしたのでしょう」

 

「希望、ね……」

 

 

 

 

 

 

空が裂けるような轟音が、エリス神殿全体を揺らした。

地上を守る光の方陣は歪み、あちこちで火花のような亀裂が走っている。

女神たちの奮闘もむなしく、魔界の茨は再び勢いを増し、神殿の天井を突き破って侵入してきた。

 

それでも、まだ希望はあった。

ドルバルが張り続ける「オーディーン・シールド」が、唯一、神殿と方陣を守る最後の壁として立ちはだかっているのだ。

 

だが――その光にも、限界が訪れた。

 

「ぐっ……ぉ……!」

重く苦しい唸り声が響く。

ドルバルの口から血が噴き出し、鎧の内側を赤く染めていった。

彼の身体は膝から崩れ、床に両手をついた。

 

「ドルバル殿!」

フレイが叫び、駆け寄ろうとする。

しかし、その足を無数の茨が絡め取った。

茨の一本一本が、まるで生き物のように蠢き、彼の身体を締め上げていく。

 

「くっ……!」

フレイは腕を振り払い、剣でで数本を斬り裂いた。だが、斬っても斬っても、茨は次々と再生する。

その隙に、ドルバルの展開していた結界の光が一瞬、かすかに揺らいだ。

 

「……っ!」

次の瞬間、結界が音を立てて砕け散った。

オーディーン・シールドが崩壊し、光の防壁を失った神殿内に、茨の群れが雪崩れ込んだ。

 

ヴィーナスが声を上げる。

「防御が……!?」

エリスが即座に方陣を強化するが、その代償として自らの血をさらに流す。

 

フレイは、自らの身に絡みついた茨を強引に引きちぎると、重傷のドルバルに駆け寄った。

「ドルバル殿!しっかりしてください!」

 

ドルバルは、うっすらと笑みを浮かべた。

 

「……すまん、フレイ。少し……力を、使いすぎたようだ。オーディーン・シールドは……後を、頼む……」

 

「何を言っているんです!あなた以外に、あの盾を張れる者などいない!」

 

ドルバルは、弱々しく首を振る。

「……いいや、お前なら、できる。オーディーンは……お前を選んでいる。気づいていないだけだ」

そう言い残すと、彼はその場に崩れ落ちた。

 

「ドルバル殿っ!!!」

フレイの叫びが神殿に響いた。

 

神殿の外では、魔界の嵐が再び唸りを上げていた。

茨が、蛇のように蠢きながら方陣を取り囲む。

 

フレイは唇を噛み、震える手でドルバルの神闘衣に触れた。

「……オーディーンよ。もし本当に我らを見ているのなら――」

彼はゆっくりと立ち上がり、掌を天へと突き出す。

「我に、友と女神たちを守るための、最善の知恵と勇気と力を与え給え!」

 

その叫びと共に、フレイの身体を白銀の光が包んだ。

彼の背に、翼のような輝きが生まれる。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

全身の小宇宙を爆発させ、彼は両腕を交差させた。

「――オーディーン・シールド!!!」

 

彼の前に、再び防壁が展開された。

だが、その光は不安定で、何度も軋みを上げる。

ドルバルが張ったものに比べれば、厚みも密度も遠く及ばない。

 

それでも、フレイは歯を食いしばってその場に踏みとどまった。

茨が幾重にも絡みつき、体中に鋭い棘が突き刺さる。

血が飛び散り、鎧の間から赤黒い液体が流れ出す。

 

「フレイ!」

ヴィーナスが叫んだ。

しかし、フレイは振り返らない。

 

「俺は……オーディーンの戦士だ!守るために戦うと誓ったんだ!この命、盾として尽き果てようとも――!」

 

茨の一本が、彼の左肩を貫いた。

それでも、彼は構えを崩さなかった。

神殿を包む光が一瞬だけ安定し、女神たちの方陣が再び輝きを取り戻す。

 

「持たせてみせる……!この身体が粉々になろうとも、俺は――!」

 

「……頼む、オーディーン……せめて……女神たちが、祈りを終えるまで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

空間の裂け目から新たな茨が無数に伸びてくる。

シールドが破られるのは時間の問題だった。

それらは意志を持つ生物のように、一直線に方陣の中心――アテナとエリスのもとへと迫っていた。

「沙織!下がりなさい!」

エリスの警告が響く。

だが、少女の身体は動かなかった。

傷ついた母を前に、逃げるという選択肢など、彼女にはなかった。

 

「いやです!もう誰も傷ついてほしくない!」

沙織の叫びが、空間を震わせる。

その手は、必死に母を庇うように前へと伸ばされていた。

 

次の瞬間――茨の群れが空を裂いた。

鋭い棘が、蛇のようにうねりながら少女の胸元を狙う。

 

だが、衝撃は訪れなかった。

黄金の閃光が、茨の軌跡を断ち切っていたからだ。

 

「ぐっ……!」

 

光の中に現れたのは、射手座の黄金聖闘士、アイオロスだった。

彼は沙織とエリス――二人を抱き寄せ、その背で茨の一撃を受け止めていた。

突き刺さった棘が彼の背中を貫き、血が勢いよく溢れ出す。

 

「パパ!」

沙織が泣き叫ぶ。

アイオロスは息を荒げながらも、穏やかに微笑んだ。

 

「……二人を守るって、言っただろ?」

 

黄金聖衣の表面に、真紅の血が滴り落ちる。

それはエリスの血と混じり合い、聖衣全体に紫色の脈動を走らせた。

 

光の文様が広がる。

射手座の鎧に、紫の葉脈のような紋様が浮かび上がり、光が爆発的に広がった。

 

「これは……!」

ヴィーナスが息を呑む。

「聖衣が……神の血を取り込んで進化している……!」

 

エリスは苦しい呼吸の合間に、震える声で言った。

「……違うわ。これは、彼自身の小宇宙が反応しているの。

 アテナと……私の血を受けて、人として抗おうとする意志が……」

 

アイオロスは、聖衣の変化を感じながらゆっくりと立ち上がった。

その背で、沙織の小さな手が彼の腕を掴む。

 

「もうやめて……パパ、お願い……!」

沙織の声には懇願が滲んでいた。

 

アイオロスは優しく娘の頭を撫でた。

「泣くな、沙織。お前の涙は、この世界に光を呼ぶ。

 それを曇らせるようなものは、俺が全部、射抜いてみせる」

 

そう言い残し、彼はゆっくりと歩み出た。

 

彼の背で、エリスが声を振り絞る。

「アイオロス……それ以上は……!」

 

「いいんだ、エリス。俺は――父であり、君たちの夫だから」

 

その言葉に、エリスの瞳が揺れた。

アイオロスは天を仰ぎ、全身の小宇宙を燃やし尽くす。

 

「頼む! 俺の小宇宙よ!!

 俺に、皆を守る力を与えてくれ!」

 

黄金聖衣が完全に覚醒し、背から巨大な翼が広がる。

光は天井を突き抜け、空そのものを貫いた。

 

「ケイロンズ・ライト・インパルス!!!」

 

光の奔流が茨の群れを焼き払い、魔界の瘴気ごと一掃していく。

神殿全体を包み込む黄金の光が、夜空を裂いて広がる。

 

 

 

 

 

 

轟音と共に神殿が揺れた。

アイオロスの放った黄金の風が、次々と茨の群れを吹き飛ばしていく。

しかし、敵の勢いは止まらなかった。

切り払ったはずの茨が再生し、空間の裂け目からさらに無数の黒い腕が伸びてくる。

 

オルフェウスが立ち上がり、血に濡れた竪琴を握りしめる。

「……ならば、奏でよう。最後の調べを」

弦を弾くたびに、無数の音の刃が放たれ、闇の蔦を斬り裂いていく。

 

だが、彼の手も限界に近かった。

血に染まった弦が切れ、音が掠れていく。

隣で戦うヤンが咆哮を上げた。

 

「オルフェウス!俺が前に出る!お前は構うな!」

彼の身体を覆う白銀の聖衣はすでにボロボロだったが、それでも立ち続ける。

腕の一本が折れ、視界の半分が血で曇っても、彼は仲間を守るために前に出た。

 

「くそっ……この数は何なんだ!」

ヤンが盾を振るうたびに、茨が砕け、闇の塊が弾ける。

だが、押し寄せる闇は終わりを知らない。

 

ヴィーナスが叫んだ。

「持ちこたえられない……! エリス!方陣の維持を――!」

その声の途中で、彼女の足元が割れた。

黒い手が地面から飛び出し、神殿の支柱を引きずり込もうとする。

 

「やめろッ!!!」

アイオロスの怒号が響く。

彼の矢が地面に突き刺さり、光の波動が周囲の闇を吹き飛ばした。

しかし、その背に再び棘が突き刺さる。

それでも彼は構わず、膝をつきながら矢を引き抜いた。

 

「俺は……まだ終わっていない」

 

その瞬間、空気が変わった。

重く淀んでいた空に、一筋の光が差し込んだ。

誰もがその異変に顔を上げる。

 

遥か彼方、聖域の方角――。

そこに、黄金と翠玉色、二つの光が輝いていた。

空を貫くように放たれたその光柱は、明らかに地上のものではない。

 

「……あの光は……!」

アイオロスの瞳が見開かれる。

胸の奥で、何かが共鳴するように震えた。

 

「アッシュ……サガ……!」

 

友の小宇宙が届いた瞬間、彼の心に再び炎が灯った。

仲間がまだ戦っている。

どんな闇にも屈せず、あの空の果てで、希望を繋いでいる。

ならば、自分が止まるわけにはいかない。

 

「お前たちだけに、良い格好はさせんぞ……!」

アイオロスはゆっくりと立ち上がった。

身体は限界を超えていた。

それでも、黄金聖衣が彼の意志に呼応し、輝きを取り戻す。

 

ヴィーナスが驚きの声を上げる。

「まだ立つの……!?あれだけの傷を負って……!」

 

アイオロスは微笑んだ。

「俺たち聖闘士は、守る時にこそ立ち上がるんだ」

 

彼は天に黄金の弓を構える。

矢をつがえた瞬間、血に濡れた手が震えた。

それでも彼は迷わず、息を吸い込む。

 

「俺も、力を貸す!この暗雲に、一条の光明を!!」

 

放たれた矢は、黄金の尾を引きながら天を駆け抜けた。

その軌跡は、聖域から届いたアッシュとサガの小宇宙と交わる。

 

黄金と翠玉の光が重なり合い、世界を包み込むほどの閃光を生み出した。

その光は、魔界の茨の根源――世界を覆っていた黒雲を貫いた。

 

轟音と共に、空が裂けた。

暗黒の雲が弾け飛び、夜の帳を押しのけるように陽光が差し込んでくる。

闇の触手が次々と焼け落ち、神殿の空気が一気に変わった。

 

ヴィーナスが息を飲む。

「……空が……晴れていく……」

 

茨の群れが陽光に焼かれ、音もなく消えていく。

 

オルフェウスは膝をつき、空を仰いだ。

「……あれが、あなたたちの光なのですね……アッシュ、サガ……」

 

フレイが、光の壁の影から顔を上げた。

「オーディーン……見ていてくれたか。

 人の意志が、神の闇を超えた瞬間を」

 

やがて、黄金の矢の光がゆっくりと薄れていった。

アイオロスの身体が、その場で崩れ落ちる。

膝をつき、弓を支えにしてかろうじて立ち上がると、彼は静かに笑った。

 

「……届いたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を包んでいた闇が完全に消え、神殿の上空には穏やかな風が流れている。

長い戦いの終焉を迎え、誰もがその場に倒れ込む。

 

瓦礫の上に腰を下ろしたヴィーナスが、大きく息を吐いた。

「はぁ……疲れた。小宇宙の残量、ゼロね。何ならマイナスよ」

その言葉に、誰も笑う元気もなかった。

 

フレイがゆっくりと近づき、崩れた柱にもたれかかっていた彼女に声をかける。

「お怪我はありませんか、ヴィーナス様」

 

「んー、怪我というより、全身筋肉痛って感じ。もう動けないわ。ねぇ、フレイ」

「はい?」

「お願い。私を抱っこして部屋まで運んでちょうだい。王子様みたいに」

 

唐突なお願いに、フレイは顔を真っ赤にした。

「そ、それは……! しかし、私は――」

「ほら、戦いが終わったんだから、少しくらい甘えてもいいでしょ?」

 

彼女はいたずらっぽく笑い、両腕を広げた。

仕方なく、フレイは彼女の細い身体をそっと抱き上げる。

ヴィーナスは目を閉じ、安堵したように呟く。

 

「うん……悪くないわね、これ。温かい」

フレイは動揺を隠せずに、視線を泳がせた。

「そ、それは光栄です……!」

 

二人のそんなやり取りを、オルフェウスが遠くから見て苦笑した。

「君たち、まるで芝居のラストシーンですね……」

それを聞いたヴィーナスが、薄く目を開ける。

「違うわ。これはご褒美タイムよ」

「……それはそれで、説得力がありますか…。」

疲れ切った空気の中で、小さな笑いが戻った。

 

一方その頃、方陣の中心では、沙織が崩れ落ちるように座り込んでいた。

黄金の光が消え、戦女神としての威厳を失った彼女は、ただの少女の姿に戻っていた。

その隣には翔子――彼女の中に宿っていたエリスの意識は奥に引っ込んでいた。

 

翔子が目を閉じると、心の奥で声が響く。

「……フン、無駄に小宇宙を使った。当分は、お前の金で推し活に専念させてもらうぞ」

 

翔子は目を細め、微笑んだ。

「はいはい。次は何を買うの?」

「そんなの決まってる。あの推しの新譜だ。限定版の。お前の財布から、な」

翔子は心の中で小さく頷く。

 

「……お疲れさま、ママ」

「ふん、礼などいらん。少しはマシになったな、アテナ」

エリスの声が遠のく。

 

沙織が、翔子の腕の中で小さく呟いた。

「ママ……パパ……もう、つかれた……」

 

彼女の髪には血と汗が混じっている。

それでも、その顔は穏やかに見える。

 

翔子はそっと沙織の頭を撫でた。

「もう大丈夫。全部、終わったのよ」

 

「……誰か、珈琲淹れてくれない?砂糖多めで」

 

笑いがまた広がった。

 

ヴィーナスが眠そうに呟く。

「ねぇ、フレイ……世界って、結構頑丈ね。こんなに壊したのに、まだ朝が来るなんて」

「はい。ですが……壊れても、誰かが直すからでしょう」

「……そうね。じゃあ、しばらくは任せるわ。私は次の企画案に集中する」

「……はい?」

「冗談よ。半分はね」

 

翔子が思わず笑い、沙織も釣られて笑った。

 

光が差し込み、神殿の崩れた壁の隙間から、柔らかな風が吹き抜けていく。

 

戦いの跡が消え、世界はようやく静けさを取り戻した。

誰もが目を閉じ、眠りにつく。

その眠りの中に、確かな希望を感じている。




響子「……はぁぁ、ついに終わったわね。なんか壮大だった……」

ヴィーナス「キョーコさん、見てる側はいいけど、現場は地獄だったのよ。汗と血と小宇宙のブレンドよ?」

響子「でも、アイオロスとエリス、すっごく良かった……俺は父であり、君たちの夫だからとかズルいって……」

ヴィーナス「ま、あれは伝説級ね。あのセリフで女神の8割は落ちるわ」

響子「……でもさ、結局エリスって人間を愛した神になっちゃったのね」

ヴィーナス「そう。だから怖いのよ。革新はいつも、神々の崩壊と隣り合わせ。――もしそれが不安要素になるなら……」

響子「……あなたは止めるの?」

ヴィーナス「当然。愛も、美も、秩序あってこそ輝くもの。
 でも――今夜くらいは、彼女に拍手を送りたいわね」

響子「ふふっ、珍しく素直じゃない」

ヴィーナス「あら、22歳のあなたに素直ねえって言われる筋合いはないわよ、美少女」

響子「ちょ、ちょっと!またそれ言うのやめてよ!」

この次の映画編はどちらがいいですか?

  • 真紅の少年伝説編(日本編)
  • 最終聖戦の戦士たち編(聖域編)
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