聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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神を討った戦いの果てに、残されたものは静けさと選択。
三人の男は、己の罪を背に未来を語る。
聖域の再生、そして女神の新たな舞台――。
これは終わりではない。
新たな星の戦いの幕開けである。

次回――『最終聖戦の戦士たち ~虚構の平和、真実の改革~』
聖闘士たちよ、再び星座を賭けよ!


最終聖戦の戦士たち ―虚構の平和、真実の改革―

堕天使ルシファーが消滅し、闇が取り払われた後に残ったのは、意外なほど澄んだ空気と、静けさだけだ。

 

だが、その静けさとは裏腹に、アッシュとサガ、そして聖域側の通信回線に映るアイオロスの間には、重い空気が垂れ下がっていた。

 

この場にいるのは、アッシュ、サガ、そしてモニター越しのアイオロス。

いずれも、聖域の闇に巻き込まれた三人だった。

 

しばし沈黙が続いていたが、その沈黙を破ったのはサガだった。

冒頭から謝罪の言葉を選ぶその声には、迷いも偽りもなかった。

 

サガは、何も飾らずに言った。

 

「アイオロス。本当に、すまなかった」

 

アイオロスが画面の向こうで目を細める。

その表情を見ながら、サガは静かに続けた。

 

「俺は、教皇の座を選ばれたお前に嫉妬した。尊敬もしていたが、それ以上に、届かぬ存在として見ていた。

その劣等感に付け込まれ、俺は闇を育てた。

結果として、シオン様を殺し、聖域を混乱させ、お前を英雄に仕立てた。

悪の人格は止めようとしていたのに、俺自身が弱かった。全部、俺の罪だ」

 

アイオロスは黙って聞いていたが、しばらくしてから口を開いた。

 

「サガ。俺は、弟のアイオリアから全部聞いた。聖域でどれだけ混乱が起こっていたか。そして、お前が…いや、お前たちがどう戦い、最後まで耐えていたかも」

 

その言葉には怒りも恨みもなく、ただ静かな感情だけがある。

だが、彼は一つだけ――どうしても飲み込めずにいたことを伝えた。

 

「だがな……一つだけ、許せない」

 

サガは息を呑んだ。

 

「なぜ、アッシュにだけ相談した?

俺だって……お前の親友のつもりだった。信頼されていると思っていた」

 

その一言は、サガの胸に鋭く刺さった。

サガは言葉を失い、わずかに唇を噛む。

 

だが、アッシュがそこで割って入った。

 

「二人とも違う。全部、俺が悪い」

 

静かだが、逃げ場のない言葉だった。

 

アッシュがゆっくりと二人に向き合う。

 

「俺はサガに、『アイオロスを追い落とせばお前が教皇になれる』と囁いた。

心にある小さな闇を、俺が引きずり出した。

そしてアイオロスには、『サガが暴走した、アテナを連れて逃げろ』と嘘をついた。

二人に相反する情報を渡し、結果として聖域は割れた」

 

サガも、アイオロスも驚きに息を呑んだ。

 

「すべての罪は俺が背負うべきなんだよ。

サガを狂わせたのも、アイオロスを追いやったのも……全部、俺だ」

 

アッシュの声は冷静で、むしろ残酷なほど自分を突き放していた。

しかし、その口調は、誰かに許しを乞うためのものではなかった。

ただ事実を述べ、自分の責任を受け入れているだけの声だった。

 

沈黙が、再び三人の間に流れる。

 

サガが口を開く。

「……アッシュ。お前は、自分を責めすぎだ」

 

アイオロスも頷いた。

「お前がいなければ、俺たちは今ここにいないぞ」

 

アッシュは苦笑する。

「いやいや、俺がいなければ聖域が炎上すらしていないんだよ」

 

三人は、互いの罪を自分のものだと言い合い、責任を押しつけるどころか奪い合っている状態だった。

あまりにも不器用だった。

 

そして――同時に、気づく。

 

(((ああ、俺たちは……似た者同士だ)))

 

サガが苦笑し、肩を落とす。

「……ふっ」

 

アイオロスが深く息を吐き、静かに笑う。

「……はは」

 

アッシュがぼそりと呟いた。

「やれやれ……だな」

 

ずっと胸に刺さっていた棘が抜けたような笑いだ。

 

サガが言う。

「随分と不器用だな。俺たちは」

 

アイオロスが答える。

「そうだな。だが、その不器用さは……悪くない」

 

アッシュが微笑む。

「俺たち三人で聖域ぶっ壊して、三人で直すってのも……悪くないかもな」

 

その提案に、二人は同時に頷いた。

 

確かに互いを赦し、未来を共有した。

三人の贖罪は、そこでようやく始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に口を開いたのは、アイオロスだった。

彼の声は強く、そして柔らかい。

 

「もういい、サガ。過去は変わらん。それに、俺は日本に来て知ったんだ。聖域だけが世界の全てではないと」

 

伏魔殿の瓦礫の中で、サガは静かにその言葉を受け止めていた。

そして、アイオロスは続けた。

 

「俺はもう聖域に帰るつもりはない。ここで、翔子と娘の沙織、息子のアベル。そして仲間たちと共に生きていく。グラード財団を継ぎ、この国を守る。それが俺の選んだ道だ」

 

画面越しに映るアイオロスは、かつて「正義の象徴」と呼ばれた黄金聖闘士とは違う。

愛する者たちのために生きると決めた、一人の男だ。

かつて聖域に全てを捧げていた英雄が、今は家族を守る道を歩んでいる。その変化を、サガはじっと見つめていた。

 

「アイオロス……」

 

サガは小さく息を吐くと、自分の行く道を言葉にした。

 

「ならば俺は、教皇としての責任を全うする。アッシュが築き、俺が守ってきたこの聖域を、さらに発展させるさ」

 

その表情には、どこか達観したような落ち着きがある。

死線を越え、そして自分自身の闇と向き合ってきた男の、静かな確信がそこにはある。

 

サガは少し表情を緩め、自嘲気味に続けた。

 

「それに、悪の俺が言うんだ。『地上の支配者になったからには、その責任からは逃れられないらしい』ってな。善の俺はこうも言っている。『デスクワークは、上に行けば行くほど増えるのが義務だそうだ』」

 

その言葉と同時に、サガは懐から近眼用の眼鏡を取り出した。

アッシュが思わず突っ込みたくなるほど似合っていない。

 

アッシュは苦笑しながら言った。

 

「それでいいんだ。聖域は変わらなきゃならない。

神を盲信する場所から、人間が神と決別し、自分たちで統治する場所へ。

それは、俺たちの理想だったはずだろ?」

 

サガが頷き、アイオロスが少しだけ目を細めてモニター越しに笑う。

 

だが次の瞬間、アイオロスは真剣な眼差しをアッシュに向けた。

 

「だが、いずれ反発が生まれるぞ、アッシュ。アテナの聖闘士であることに意味を見出す者たちが、必ず現れる」

 

それは未来への警告だ。

どれほど理想を語ろうとも、信仰を捨てきれない者たちがいなくなることはない。その事実を三人は理解していた。

 

サガも難しい顔で続けた。

 

「だからといって、そんな者たちを粛清する……いや、それはできない。地上を思う気持ちは、我らと同じなのだから」

 

「そうだな。俺たちにも、それがどんな重さなのかは分かる」

 

アッシュは二人の視線を受け止め、静かに語った。

 

「だからこそ、世界各地にパライストラを設けた。

多様な価値観を受け入れる、それが本当の意味での世界支配だ。

そして日本──そこが新たな『神域』になるだろう。

神との共存を望む者たちの、新たな聖地としてな」

 

アイオロスは眉をひそめ、やや呆れたような声を漏らした。

 

「俺たちを、その象徴にすると? 随分と面倒な話だな」

 

だがアッシュは涼しい顔で言った。

 

「中庸というやつだ。聖域と日本、二つの価値観が並び立てば、聖闘士たちは自分で道を選べる。

……いずれアテナが成長して判断を下す時が来れば、内戦は避けられないかもしれないがな」

 

アイオロスは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

「その時は、また地獄が始まるのか」

 

「そうだ。だからこそ、その時は何としても誰も死なない方法を探るさ」

 

アッシュはきっぱりと言い切った。

未来に待ち受ける火種についても、恐れずに向き合う覚悟がある。

 

そして、彼はゆっくりと手を差し伸べるように言った。

 

「協力してくれるだろう? 友よ」

 

サガとアイオロスが、息を合わせたように言う。

 

「無論だ」

 

三人は、互いの道を選びながらも未来では必ず肩を並べることを誓った。

それぞれの背負うものは重い。

だが、それでも歩みを止めることはない。

 

 

 

 

 

 

 

聖域の中心、闘技場。

その広大な円形の大地には、青銅から白銀、黄金まで、すべての聖闘士が整列していた。

空気は重い。

誰一人声を発する者はおらず、砂を踏む音すら許されない緊迫が、聖域全体を締めつけていた。

 

玉座の階段をゆっくりと降りてきたのは、双子座の黄金聖闘士サガ。

その表情は、常に見せていた冷徹な威圧とは違う。男としての覚悟がにじんでいた。

 

彼は玉座の前に立ち、両手を伸ばして、教皇の象徴たるマスクを自ら外した。

その行為だけで、闘技場の空気がざわりと動いた。

 

サガは深い息をひとつ吐き、地上のすべての戦士に届くよう、静かに語り始めた。

 

「皆に、真実を話す時が来た。長きにわたり教皇シオンとして君臨してきたのは……この私だ。双子座のサガである」

 

ざわめきが爆ぜる。

若い青銅聖闘士たちは驚愕に目を見開き、白銀の中には怒りを隠さない者もいた。

黄金の列の中にも、複雑な表情が走る。

 

サガは続けた。

 

「私は自らの心の弱さゆえに、先代教皇シオン様を手にかけた。そして、英雄アイオロスは生きている。女神アテナも現世では『城戸沙織』として、ただの少女としての人生を望んでおられる」

 

静寂が、落雷のように全員を包み込む。

 

サガは聖衣の胸に手を置き、言葉を締めくくった。

 

「……この私を断罪したい者は前へ出よ。私は抵抗しない」

 

地を割るような衝撃が走った。

罪を認め、すべてを差し出す文言。

その真っ直ぐな覚悟が逆に、戦士たちを硬直させる。

 

最初に動いたのは、黄金聖闘士の列の最前に立つ男だった。

牡羊座のムウが静かに前へ進む。

 

彼の動きを見た瞬間、多くの者が息を呑んだ。

シオンの唯一の弟子。

聖域で最も立場が重い男が、サガの断罪に立つと、誰もが思ったからだ。

 

ムウはサガの前に立ち、薄い唇をかすかに震わせた。

 

「……私の師を殺めた罪。それは決して消えません。あなたがどれほど悔いても、シオン様は帰らない。真実は覆らない」

 

闘技場の視線がムウに釘付けになる。

サガは頷き、ムウの言葉を正面から受け止めようとした。

 

しかし、次に続いたムウの言葉は、誰の予想とも一致しなかった。

 

「ですが──」

 

ムウはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「その罪を背負い、十一年、我々と地上を守り続けたのも、教皇サガ、そしてアッシュ参謀長です。シオン様が愛し、守ろうとした聖域は……今、これ以上ないほど豊かで、平和です」

 

聖闘士たちの表情が一気に揺れる。

サガは驚愕し、ムウを見つめた。

 

「ならば私は、この今を選ぶ。過去に囚われ、未来を失うなど、師が望むはずもない。猊下──どうか、これからも我々を導いてください」

 

ムウが膝を折り、深く頭を垂れた瞬間。

その行動は、黄金聖闘士全員の心を決定的に動かした。

 

山羊座のシュラが手を掲げる。

 

「俺も黙っていられん。教皇の座に相応しいのは、過去の罪ではなく……今、聖域のために立つ者だ」

 

蠍座のミロが小さく舌打ちをしながらも、肩をすくめて言う。

 

「ムウの言う通りだ。罪を語るのは簡単だが、贖い続けるのは難しい。サガ、お前はその重さを理解している。俺はそれを評価する」

 

続いて、魚座のアフロディーテ、蟹座のデスマスク、乙女座のシャカ……

次々と黄金聖闘士が前へ歩み出た。

 

白銀も青銅も、その流れに抗うことができず、次第に膝をつく者が増えていく。

 

サガは、口元を震わせた。

これほどまでに、自分の罪が許されるとは思っていなかった。

彼は喉の奥から押し出すような声で言葉を絞る。

 

「……よいのか。私は……あまりにも多くを奪った」

 

ムウは静かに、しかし確固として答えた。

 

「ええ。ですが、あなたはそれ以上に返した。

そして……あなたを許さぬ者がいるとすれば、それは私ではありません。

シオン様だけです」

 

その言葉に、サガの瞳が潤む。

アッシュもまた、胸の奥に熱いものを感じていた。

仲間の絆が、いま確かに聖域を支えていると実感していた。

 

サガは深く頭を垂れ、かすれた声で告げた。

 

「……皆に、感謝する。私は、この身をもって聖域を導こう。

二度と、神や闇に魂を揺らがされることはないと誓う」

 

その瞬間、闘技場には静かだが確かな歓声が広がっていく。

罪も、後悔も、過ちも、すべて抱えたまま人は進む。

その姿こそ、聖闘士の誇りであり、サガという男の今を示す道だ。

 

 

 

 

 

 

聖域の声明が衝撃を走らせたその翌日。

地球の反対側、日本・城戸財団の大広間にも仲間たちが詰めかけていた。

黄金の聖衣を纏わず、落ち着いた紺色のスーツ姿のアイオロスが登壇した。

射手座の英雄は、一呼吸置き、静かに語り始めた。

 

「聖域は人と共に歩むことを選んだ。ならば、我ら日本は、神と共に歩む道を探る」

 

彼の声は高らかというよりも、むしろ穏やかで揺るぎない芯がある。

その言葉を聞いた記者たちは、聖域の変革と日本の未来に何が起こるのか、息を呑んで次の言葉を待った。

 

「これは対立ではない。新たな共存の形だ。女神アテナは未だ幼少である。彼女が自らの意志で道を選ぶその日まで、そしてその後も、日本は三柱の女神がおわす神域として、半独立の道を歩む」

 

短い声明だったが、内容はあまりに大きかった。

日本はアテナ、エリス、ヴィーナスの三女神を「象徴」として受け入れ、精神的な神域として存在する。

その在り方は、聖域とは異なる、もう一つの正しさだ。

 

アイオロスは深く息を吐いて肩をほぐした。

表情だけを見れば堂々とした英雄だが、彼自身、心の内は穏やかではない。

伏魔殿での死闘の後、サガとの和解、日本の女神たちを守る誓い……

あまりにも多くの出来事が短期間で押し寄せていた。

 

だが、その混乱を抱えながら立ち続けるのもまた、英雄の務めだと彼は知っていた。

 

一方その頃、聖域ではアッシュが各国との連絡と聖闘士たちの管理に追われていた。

彼は大きな国際会議室の中央で資料を並べ、ドルバルと議論を交わしていた。

 

「日本を神域、聖域を実務機構として扱う。これで派閥争いは発生しないはずだ。どちらを中心とするかではなく、役割分担として成立させる」

 

アッシュが淡々と説明する。

ドルバルは腕を組み、渋い顔で考えていた。

 

「だが、どちらを選ぶべきか迷う若い聖闘士は多いだろう。生まれ育ち、師の思想、家の伝統、さまざまな要因に引っ張られる」

 

「だからこそ、区別しない。

パライストラにいる限り、聖域派も日本派も存在しない。

教えるのは事実と戦い方だけだ。思想も信仰も押しつけない。

卒業後、どこに所属するかは100%本人の意志に任せる」

 

アッシュの意図を理解したドルバルは、少し驚いたように眉を上げた。

 

「アッシュ、お前は……本当に、世界を人の手で動かしたいのだな」

 

「神に命令される時代は終わりだ。人は人の頭で選ぶ。それが俺たちが望んだ未来だろう?」

 

ドルバルは腹の底から笑った。

「相変わらずだな、参謀長。だが嫌いじゃない」

 

そして二人は、パライストラにおける中立と選択の自由を守るための詳細なルールを決めていく。

聖闘士の未来を左右する重要な議論だったが、二人の態度はどこか穏やかで、対立とは程遠かった。

 

年月が経ち、世界に少しずつ変化が現れ始めた。

聖域と日本を巡る派閥争いは、アッシュとドルバルの管理方針により徹底的に禁止された。

誰かを信仰するか、どこに所属するかは、個人の前にある「選択肢の一つ」でしかなくなった。

 

パライストラでは、訓練生たちが素直に小宇宙を磨いていた。

教官が「これはアテナ流」「これは聖域流」と言い分けることもなく、ただ純粋に技術として教える。

訓練生の間で宗派や思想が語られることは一切なかった。

 

ある日の訓練で、若い訓練生がアッシュに質問した。

 

「先生、僕は将来どっちの聖闘士になればいいんですか? 日本の神域ですか? それとも聖域ですか?」

 

質問は真剣そのもので、彼なりの迷いが滲んでいた。

アッシュは膝をつき、少年の目を見る高さまで姿勢を落とした。

 

「お前が守りたいものを守れ。

女神を信じるなら日本へ行けばいい。

人を守りたいなら聖域で働けばいい。

どちらの場合でも、お前は立派な聖闘士だし、価値はまったく変わらない」

 

少年は安心したように頷き、再び技の練習へ戻っていった。

 

その後ろ姿を見ながら、アッシュは小さく息を吐く。

 

「……これでいい。子供たちが、くだらない派閥や思想で潰される必要なんてない」

 

ドルバルは横から呆れたように言う。

 

「お前は妙に保護者じみているな」

 

「大人が余計なものを押しつけなければ、人間は勝手に強くなる。

神も聖域も、もう子供の人生の選択肢を奪っちゃいけないんだよ」

 

ドルバルは納得したように頷いた。

 

こうして年月が流れ、次第に聖域は「治世と実務」を担う行政のような組織となり、日本は「女神の存在意義」を守る象徴的な神域となっていった。

世界の聖闘士たちは、二つの価値観の間で迷うどころか、むしろ自由を得る形となった。

 

聖域は国際機関のような落ち着いた中心地に。

日本は精神的支柱を感じられる祈りの拠り所に。

 

奇妙だったが、確立された二極構造は、意外にも世界に安定をもたらした。

 

アッシュはその現実を見つめながら、心の奥で静かに誓う。

 

「必ず守る。神の時代と人の時代を受け継ぐ、この脆くて大切な共存を」

 

聖域と日本。

人と神。

二つの価値観が並び立つ新たな世界は、こうして始まっていった。

 

 

 

 

それから、ゆっくりと、しかし確実に年月は流れていった。

伏魔殿の戦いから数年。

アッシュとサガ、そしてアイオロスが作り上げた世界秩序は、奇妙な均衡を保ちながら続いていた。

 

聖域は行政機構として拡大し、日本は三柱の女神が暮らす「神域」として確固たる地位を築いた。

両者の関係は対立するどころか、互いに補完し合う複合的なシステムとなり、世界中の聖闘士たちがそれぞれの価値観と意志によって行き先を選ぶ時代が到来したのだ。

 

そして──時代は、新たな物語の幕開けを迎えようとしていた。

 

日本全国を繋ぐ巨大回線の中心。それは巨大なドーム施設「グラードコロッセオ」。

アッシュが建築を監修し、アイオロスが象徴として立ち続け、そして城戸財団がその全てを維持する、女神の新たな舞台である。

 

その中心ステージ。

十三年の歳月を重ね、少女から若き女神へと成長した一人の存在が、まばゆいスポットライトに照らされて立っていた。

 

城戸沙織。

かつて無邪気に泣きじゃくり、翔子とアイオロスに抱かれていた少女は、今や神としての威厳をまとい、自らの足でこの地に立っている。

 

彼女の登場に合わせ、コロッセオを埋め尽くす観客のざわめきが波のように広がる。

テレビ中継のカメラが彼女の姿を捉え、世界中の視聴者に伝えていく。

 

ゆっくりとマイクに手を添えた沙織は、穏やかな息を整え、そしてその声を響かせた。

 

「集いし、我が兄弟たちよ」

 

その瞬間、空気が変わった。

十三歳の少女の声ではない。

それは、戦女神アテナの声だ。

 

「今こそ、地上最強の戦士を選ぶ時です。

黄金聖衣を懸けた真の聖闘士を決める戦い──

銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)の開催を、ここに宣言します!」

 

場内が一気に沸き立つ。

熱狂、興奮、期待、不安。

さまざまな感情が渦を巻き、巨大スタジアムは竜巻のような活気に包まれた。

 

ステージの周囲では、各地のパライストラから選ばれた精鋭たちが入場ゲートに並び、誇らしげに胸を張っていた。

彼らはそれぞれ異なる思想、異なる教師、異なる鍛錬を積み、ここに集った。

だが皆、ただ一つの座を求めてこの舞台に立つ。

「黄金聖衣」──かつてアッシュが言った人の力で神を超える象徴。

 

そして、客席の一角。

天馬星座の聖衣を肩に背負い、腕を組んでステージを見つめる一人の少年がいた。

 

星矢。

どこか人懐っこく、強い芯を感じさせる黒髪の少年だ。

彼は沙織の宣言を聞いて、口元をつり上げた。

 

「ようやくか。ずっと待ってたぜ、この瞬間を」

 

星矢は自分の胸に手を当て、深呼吸をする。

その鼓動は激しく、高鳴っていた。

彼の中で燃える小宇宙が、ステージの熱気と共鳴するように揺らめく。

 

彼の周囲には、まだ見ぬ仲間の姿がちらほらと見える。

瞬、氷河、紫龍、一輝──

それぞれの道を歩み、それぞれの正義を抱えてここに辿り着くであろう少年たち。

 

星矢は誰よりも早く、その火蓋を切るつもりだった。

 

「黄金聖衣……?あんなもん、誰が着てもいいだろ。

でも俺は、俺の拳で勝ち取る。

それだけだ」

 

ステージ裏。

沙織の姿を遠くから見ていたアイオロスは、翔子とエリスの間で腕を組みながら、静かに頷いた。

 

「大きくなったな、沙織」

 

翔子は誇らしげに微笑む。

 

「そりゃあ、あなたが立派に育てたんだから」

 

エリスはその隣で、ぶっきらぼうに鼻を鳴らした。

 

「フン。神としての教育は、私が叩き込んだ。お前が甘やかしたせいで、沙織はまだまだひよっこだ」

 

翔子がむっとして反論する。

 

「はいはい、母性の押し付けはやめなさいよ、エリス!」

 

「押し付けてなどいない!これは教育だ!」

 

二人の小競り合いに、アイオロスは肩をすくめた。

しかし、その目はどこか優しさに満ちていた。

 

「……どんな形であれ、あいつは三人に愛されて育った。

それが、沙織を女神にも人にもしたんだろうな」

 

 

そして──

世界の本当の物語が幕を開けた。

 

銀河戦争の号砲が鳴り響く。

 

 

 

最終聖戦の戦士たち~虚構の平和、真実の改革~ 完

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  • 真紅の少年伝説編(日本編)
  • 最終聖戦の戦士たち編(聖域編)
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