聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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――恋愛をしたい。ただそれだけなのに、どうして私の生活はこうなるの?

今回の沙織は、完全に普通の女の子として恋を楽しみたいだけ。
でも、兄は太陽神、父は射手座の黄金聖闘士、
そして家族全員が規格外だから、恋路はいつも波乱万丈。

そんな日常の中で、沙織は一歩ずつ普通の恋愛を掴もうとする。
今回の話は、その奮闘とドタバタの記録です。

カオスと笑いと、ちょっぴりの甘さを、どうぞ。


星矢、太陽神に挑む(物理)

 翌日の朝。

私はいつも通り鞄を肩にかけて家を出たけれど、心の中はもう大忙しだ。

だって、昨日のお兄様──太陽神アベルは、嫉妬に燃えて暴走し、そのあと闘技場で一日中待って泣いて……。結果、今朝はぐったりして布団から起き上がれなかったらしい。

 

 でも私だって昨日は普通の恋愛イベントに必死だったんだ。そりゃ、ちょっとくらい怒ってもいいと思う。

 いや、怒るっていうか、呆れる?いやでも兄が嫉妬すると地上が危ないし……、そういう問題でもないし……。

 

 そんな混乱した頭のまま学校に登校すると、6年2組の前で何やら異様な気配を感じた。

 

 私はそっと教室のドアの小窓から覗いた。

 ──そして思わず声を失った。

 

 教室の後ろの壁には、いつの間にかソファが置かれていて、そこにアベルが横たわっていたのだ。顔は青白く、髪はふにゃっとしていて、神々しさの代わりに儚げなオーラを放っている。

 

何これ……病弱美少年のイベントスチル?

 

 ……と思わずガチで錯覚した。

 

 しかも周りには6年生の女子たちが群がり、みんな優しい声でお兄様を看病していた。

 

「アベル様、りんご剥きました。食べられますか?」

 

「アベル様、今日は保健室で休んだ方が…!」

 

「肩、揉みます!」

 

「飲み物持ってきました!」

 

 そんな感じで、とにかく過保護。信者は信者らしく献身モードに入っている。

 

 男子まで寄ってきて、

 

「アベル様、水飲みますか!」

 

「アベル様、このゼリーうまいっすよ!」

 

 と、なんかもう、宗教を超えて介護施設みたいだ。

 

うわぁ……

 

 それを見つけた美樹が私の腕をぐいっと引っ張る。

 

「沙織!聞いたわよ!あんた、お兄様と喧嘩したんだって?」

 

「兄妹喧嘩は犬も食わないって言うけど、神様の兄妹喧嘩ってスケールでかすぎ!」

 郷子も呆れ顔で言ってくる。

 

「いや、別に喧嘩ってほどじゃないんだけど……」

 

 と言いかけたところで、教室の奥からひょこっと男子が顔を出した。

 

「なあ、城戸。お前、昨日アベル様に神罰下したんだって?」

 

「違うわよ!!ただのドロップキックよ!!」

 

 自分で言っておいて頭を抱えた。説明になってない。

 

「ただの……なのか?」

「ただの……ドロップキックで、あんな美少年が倒れるの?」

「さすが女神……」

 

 みんな勝手に納得してるし。

 お願いだからホントに勘違いをやめて。

 

そのとき、お兄様が小さく身じろぎした。

信者がざわっっと揺れる。

 

「……沙織」

 

弱々しい声で、私の名前を呼んだ。

気まずさで心臓が止まりそうになりながら、そっと教室に入った。

 

「お、お兄様……?」

 

半分閉じた瞳で私を見て、かすれた声で言った。

 

「昨日は……僕が悪かった……。嫉妬という、人間の悪性に……心を曇らされた……。神として……恥ずかしい……」

 

「いや、恥ずかしいっていうか……ね?」

 

返事に困っていると、さらに弱った声で続ける。

 

「だが……星矢は良い少年だと……わかった……。だから、許そうと思う……うん……思うのだけど……」

 

思うのだけど……?

 

「……沙織」

 

「な、なに?」

 

「……できれば……今日も……僕を……気にしてほしい……」

 

この神、面倒くさい!!

 

 

 

 

 

 

 

更に翌日、私は油断していた。

あそこまでメンタルを削られたなら、しばらく大人しくしているだろう、と。

そんな私の甘い見通しは、昼休みの校内放送で粉々になった。

 

「聖闘士候補生の皆さんにお知らせします。本日の放課後、パライストラ闘技場にて、太陽神アベル様より、ペガサス星矢への正式試合申込みが届けられました」

 

校内にどよめきが広がる。

 

待って。なんで太陽神が小学生に試合申し込んでるの? ていうか放課後に神と戦う星矢先輩って何?

 

教室の隣を見ると、美樹と郷子がぽかんと固まっていた。

 

「ねえ沙織、あんた昨日…何かした?」

 

「喧嘩したらしいって聞いたけど、規模が人間じゃないわよ?」

 

「ちょっと脇腹にドロップキックしただけよ!」

 

「「十分すぎるでしょ!」」

 

昼休みの間、星矢にどう説明するか頭を抱えた。だが、そんな私を置いて、事態はどんどん進んでいく。

 

放課後。パライストラの闘技場には、他の候補生や先生たち、ついでに兄の信者たちまで大集合。

 

観客席は「アベル様〜!」という黄色い声でいっぱい。

 

やめてよもう…こんな公開処刑みたいな試合、誰が得するのよ…。

 

星矢は闘技場中央で、肩を回してアップしていた。普通の小学生とは思えないほど気合が入っている。

 

「なあ沙織さん。俺、なんであのお兄さんと戦うことになったんだ?」

 

「ごめん…本当にごめん…!」

 

「そんな顔しないでくれよ。俺は大丈夫だ。アテナのためなら、何度だって立つからな」

 

「えっ」

 

闘技場の中央に、お兄様がゆっくりと登場した。昨日のぐったりした姿とは別人のように、神気を纏い、青い髪を揺らしながら歩いて来る。

 

「ペガサス星矢よ。よくぞ来た。我が妹に近づいた罪、その身で償うがいい」

 

「罪って言った!」

 

「えっと…アベルさん? あの、俺、ただ沙織さんのことが…」

 

「名前で呼ぶな!」

 

その瞬間、闘技場中にバキバキと音が響いた。お兄様の怒気が空間を圧迫し、地面に細かいひびが走る。

 

嫉妬で地面を壊す神ってどうなんだろう…

 

審判役の先生が怯えながら手を挙げ、試合開始を宣言した。

 

「はじめ!」

 

星矢は開幕から全力だった。

 

「いくぞ! ペガサス流星拳!」

 

拳の雨が轟音と共にお兄様へ向かう。しかしお兄様は微動だにせず、腕を組んだまま、そのすべてを見えない壁で弾き返した。

 

「嘘だろ…全部はね返って…!」

 

「無駄だ。お前がいくら拳を振るおうと、神に届くものはない。やめておけ。アテナは、お前には眩しすぎる存在だ」

 

「俺は…アテナを守るために…!」

 

「星矢!」

 

お兄様の眉がぴくりと動いた。

 

「…その名を軽々しく呼んだな。許さんぞ、人間」

 

お兄様が片手を上げると、小宇宙が爆発した。衝撃波が奔り、星矢の体を吹き飛ばす。砂煙が舞い、観客から悲鳴が上がった。

 

「星矢ぁぁぁ!!」

 

そこへ、アトラスが観客席から現れた。

 

「アベル様、試合でございますので、街の半壊は避けてくださいませ。修繕費が出ません」

 

「今はそれどころではない!」

 

「子供の恋愛に神が本気を出すのは大人気ないと申し上げております」

 

「大人気ないだと!?」

 

ようやく誰かが言ってくれた…

 

星矢は砂煙の中から体を起こし、膝をつきながら立ち上がった。

 

「まだ…終わってない…俺は、アテナを守る…!」

 

「星矢…!」

 

星矢の目は真っ直ぐだ。お兄様がどんな理不尽を振りかざそうと、彼は一歩も引く気がない。

 

お兄様は一瞬だけ目を見開いた。

 

「…ならば証明してみろ。アテナを守る力が、お前にあるというのなら」

 

 

 

 

 

 

 

お兄様と星矢の戦いは、正直、私の心臓に悪すぎる。

 

闘技場の中心で、星矢は何度も吹っ飛ばされていた。

お兄様の小宇宙をまともに浴びて生きてる時点で、常識的にはアウトだ。

 

けれど星矢は――何度でも立ち上がってくる。

 

汗だくで、傷だらけで、息も切れているのに、

それでも拳を握りしめて前に進んでくる。

 

「星矢…もう無理しないで…!」

叫びたくても声が裏返りそうで、胸がぎゅっと痛んでしまう。

 

お兄様はお兄様で、信じられないといった顔をしていた。

 

「なぜだ…なぜ僕の小宇宙を浴びて、まだ立ち上がれる…!?

 怒りも憎しみもない…これは…愛…?」

 

ちょっと待って。

お兄様が自分で「愛」とか言ってるの、普通に気持ち悪い。

 

でも、お兄様の小宇宙が揺れるのが見えた。

たぶん動揺してるんだろう。神のくせにメンタル弱いのよね、この人。

 

星矢は拳を握り、叫んだ。

 

「アベル!!!!!」

 

お兄様も負けじと叫ぶ。

 

「星矢!!!!!!!!」

 

二人とも大声で叫んでるけど、なんだろう…

恋愛漫画みたいな名前の呼び方じゃない?どちらかというと昭和的な??

当事者の私はツッコミを入れる余裕もない。

 

星矢の全身が光る。

小宇宙が大きく膨らんで、温かい空気が会場を包む。

 

「ペガサス彗星拳ッ!!」

 

まっすぐな光のかたまりが、お兄様の結界を突き破り、

真正面からお兄様のお腹に命中した。

 

お兄様の身体が大きくのけぞり、闘技場に叩きつけられる。

 

観客席から悲鳴。信者たちのざわめき。

思わず席を立って叫んでいた。

 

「お兄様っ!!」

 

砂埃が晴れると、お兄様は苦しそうに身を起こした。

 

 

そして、二人は――

 

まさかの、殴り合いを始めた。

 

え、待って。

せっかく小宇宙の壮絶な戦いの決着がついたんじゃないの?

 

どうして素手の殴り合いに移行してるの?

 

星矢は叫ぶ。

 

「アテナを守るのは俺だ!!」

 

お兄様も叫ぶ。

 

「妹を守るのは兄である僕だ!!」

 

そして二人は、殴り、殴られ、

汗と涙と鼻血で、もう何がなんだかわからない状態でぶつかり続ける。

 

「アテナに相応しいのは俺だ!」

 

「うるさい!お前など認めん!!」

 

「俺は沙織さんを守るって決めたんだ!」

 

「妹の名前を軽々しく呼ぶなぁ!!」

 

言い争いも完全に小学生レベル。

うちの学校の男子のほうがまだマシな感じ。

 

どれだけ殴り合ったのか、気が付けば太陽が傾き、

観客席ではみんな飲み物を飲みながら観戦していた。

 

そして――

 

闘技場の中央に、大の字で倒れているお兄様がいた。

 

星矢は、ふらふらしながらも立っている。

 

「…勝った」

 

お兄様は、息を切らしながら星矢を見上げる。

 

「見事だ…星矢。お前には…僕を兄と呼ぶことを許す…」

 

なんで上から目線なのかは知らないけど、

敗北宣言としては悪くないからヨシとする。

 

涙目で二人の間に飛び込んだ。

 

「もうやめてよ!星矢もお兄様も、私のために争わないで!!」

 

完璧なヒロインムーブが決まったと、自分では思っていた。

 

すると二人同時に、小声でこう言った。

 

「遅い!」

 

ちょっと!?

ヒロインの涙はもっと評価されるべきでしょう!?

 

その後、二人は私の腕の中で力が抜けていき、

ぐったりしたまま会話を始める。

 

「なあ、本当にこれでいいのか?」

 

「はい。一応、これが一番喜ぶんです」

 

「…そうか。任せる」

 

……ちょっと待って。

 

私のこと「これ」呼ばわりした?

 

でもまあ、今日のところは許したるわ。

星矢も、お兄様も、私のために本気で戦ってくれたのだから。

 

「ありがとう、二人とも。大好きよ」

 

そう言うと、アベルも星矢先輩も、

なぜか同時に真っ赤になって気絶した。

 

 

 

 

 

 うちの夕食は、たいてい騒がしい。が、今日は、なんというか……騒がしさの方向性が、完全におかしい。

 

 食卓の真ん中で、お兄様が真剣な顔をして唐突に言った。

 

「アテナよ。お前が星矢と結ばれることは、この僕が認めよう」

 

 ガタンッ!私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 え、なに?今日のお兄様、急に人格パッチでも当てた?さっきまで「星矢は粛清だ!」モードだったのに?

 

 しかしお兄様は続けた。

「だがな!交際は清く正しく行うように!接触は、手を繋ぐまでだ!!」

 

「ええええええええええ!?」

 

 なんで!?なんで急に昭和のお父さんみたいなこと言い出すの!?

 

 絶叫していると、新聞を読んでいたパパが、ゆっくりと顔を上げた。

 

「ふむ。星矢君か」

 

 いやな予感しかしない。

 

 パパは新聞を畳むと、神々しい金色の気迫をまとって言った。

 

「沙織。明日は星矢君を私のところへ連れてこい」

 

「へっ?」

 

「この俺に一本も取れないような軟弱な男との交際は、父親として認めん」

 

「パパまでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

 なにその無理ゲー!?

 

 普通の小学生男子が勝てるわけないでしょう!?というか、勝ったら勝ったでなんか怖い!

 

 私は両手で頭を抱えるしかなかった。

 

 横ではエリスママがワインを飲みながら、ニヤニヤしている。

 

「『ふふ。まあ、我が夫より強い男など滅多におらぬし、安心してよいのではないか?』」

 

安心できるかぁぁぁぁ!!

 

なんなの!?

なんで私の「普通の恋愛」が、こんなにも険しいの!?

 

 

お兄様はまだ続ける。

 

「それと、帰りは門限を守るように。あと、デートは必ず公共の場所で。密室はダメだ。危険だからな」

 

「……お兄様、あなた何歳のつもり……?」

 

「神でいうなら数千歳だが?」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

 私は机に突っ伏すしかなかった。

 

 しかし、さらに追い打ちが来た。

 

「あと沙織。デートのときは必ず僕とアトラスが後ろから護衛するから」

 

「ストーカーじゃん!!」

 

「護衛だ。違う」

 

「違わない!!」

 

 泣きそうになっていると、パパまで頷いてくる。

 

「安心しろ沙織。俺も同行する。後方三十メートルから見守ろう」

 

「なんで!? なんでそんな警護隊みたいになるの!?」

 

「娘を守るのは父として当然だ」

 

「星矢が泣いちゃうよ!!」

 

 すると、お兄様が真剣な顔で言った。

 

「アテナ。人間の恋愛は危険だらけだ。妊娠、病気、浮気、暴力、詐欺、孤独、別れ……」

 

「なんでそんなに人間の恋愛の闇に詳しいの!?」

 

「オリンポスでハーレムを運営していた父の記録を読んだ」

 

「あの家系図に載せるな!!」

 

本当にもういやだ……。

 

箸を握りしめ、深呼吸した。

 

星矢とデートして、ゲーセンで勝って、ぬいぐるみもらって……

あんなに普通の女の子みたいに幸せだったのに。

 

 

なのに。

 

 

 

なのに……

 

 

 

 

 

「うちの家族は……過保護すぎるのよぉぉぉぉ……!!」

 

 




エリス「……で? アベルは今日もふて寝しておるが、何をした?」

沙織「何をした、じゃなくて! 兄様が勝手に暴走しただけなの!!」

エリス「ふむ。幼児退行が進んでいるのだな。恋は神をも赤子にするということだ」

沙織「赤子どころか面倒くさいおっきい赤ちゃんよ!星矢に決闘を挑むとか、おかしいでしょ!!」

エリス「まあまあ。星矢の健闘は見事だったぞ。あれなら息子にしても良い」

沙織「勝手に婿扱いしないで!!」

エリス「だが、今日のお前は良かった。泣きながら二人を止めたとき……あれは立派な女神の振る舞いだった」

沙織「……え。そ、そうなの?」

エリス「うむ。ただし恋愛がこれほど波乱だらけでよいのか、私は母として心配しておるがな」

沙織「もう心配なのは私のメンタル!!」

エリス「大事にするのだぞ。恋も、戦いも、日常も。お前の人生はきっと、まだもっと面白くなるからな」

沙織「……褒めてるのか脅してるのか、どっちよ、ママ……」

エリス「両方だ」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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