聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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――体育館のリングを砕き、都大会を制し、
弱小チームを全国レベルにまで押し上げた太陽神アベル。

しかし、勝利の余韻にひたる暇もなく、
彼の前には地上最初の大きな十字路が立ちふさがる。

帝光中か、皿屋敷中か。
勝利の物語か、成長の物語か。

光り輝く未来図、暴走する家族、
そして妹の乙女ゲー妄想が火に油を注ぐ。

次回、
『神、地上に進路を問う』

太陽神アベル、決断の時!
そして舞台は──新たな青春へ!


神、地上に進路を問う

 体育館の床って、こんなにほこりっぽかっただろうか。

 

 僕――太陽神アベルは、今日も童守小学校の普通の授業というやつに付き合っていた。内容はバスケットボール。人間どもが丸い球を取り合って、鉄の輪に入れて喜ぶ遊戯だ。

 

ふむ、ボールをこの鉄の輪に入れるだけの単純な遊戯か。やはり人間の娯楽は素朴だな

 

 そう思っていたのだが、体育教師がニヤニヤしながら肩を叩いた。

 

「城戸、運動神経いいらしいな! お前、ポイントガードやれ!」

 

 ポイントガード? なんだそれは。ポイントを守る神官か何かだろうか。適当に頷いておいたら、ボールを押し付けられた。

 

まあいい。神たる僕が人間の遊戯で遅れを取るわけがない

 

 試合開始の笛が鳴る。とりあえず、ボールを床に突いてみた。跳ね返ってくる。なるほど、こうして移動するのか。じゃあ、全力でやってみよう。

 

 ――気づいたら、コートを縦横無尽に駆け回っていた。

 

 相手ディフェンスが二人、三人と立ちふさがるが、身体をひねれば勝手に抜ける。足を止めてボールを隠すふりをすれば、相手の重心が前に出る。そこで一歩横にずれると、目の前には誰もいない道が開ける。

 

あ、これ、意外と楽しいかもしれない

 

 スピンして、ボールを後ろ手に回し、足の間を通す。身体が勝手に最適解を選んでいく。神の反射速度と視野をもってすれば、人間の動きはスロー再生にしか見えない。

 

 最後は、そのままゴール下に突っ込んだ。

 

「とりゃっ」

 

 軽く跳んだつもりだったのに、リングのはるか上まで手が届いてしまった。仕方ないので、そのままボールを叩き込む。ワンハンドダンクというやつだ。

 

 バギィィィン!

 

 リングが情けない悲鳴を上げ、ボードが揺れた。体育館は水を打ったように静まり返る。ボールが床を転がる音だけが響いた。

 

 沈黙を破ったのは、沙織の小さなため息だった。

 

「……またお兄様が普通じゃない……」

 

 いや、僕としては手加減したつもりなのだが。どうやら、小学生がリングを破壊しかけるのは普通ではないらしい。ふむ、難しい。

 

「お、おい今の見たか!?」

 

「なんだあれ、プロでも無理だろ!」

 

 クラスメイトたちがざわつき始めたその時、体育館の出入口から、ジャージ姿の中年男が飛び込んできた。

 

「き、君!今のダンクはなんだ!君は神か!?」

 

 

「いかにも。僕は太陽神アベルだが?」

 

 本当のことを言っただけなのに、周囲がどよめいた。教師が慌てて僕の口を塞ごうとする。

 

「こら城戸!ここは学校だぞ!」

 

 いや、真実を隠せというのか。人間社会は不思議が多い。

 

 そんな混乱などお構いなしに、中年男――童守ファイターズの監督と名乗る男が、僕の手をガシッと掴んできた。

 

「ぜひうちのチームに入ってくれ!君さえいれば、全国なんて楽勝だ!いや世界もいける!童守からNBA選手だって夢じゃないぞ!」

 

NBA……なんだかよく分からないが、神々の集う場所ではなさそうだ

 

「ちなみに、練習は毎日だ!朝も夜も走る!週末は練習試合三連戦!夏は合宿で地獄の走り込みだ!」

 

そっと手を引っ込めた。

 

「丁重にお断りする」

 

「な、なぜだ!?」

 

「僕には、すでにこの地での使命がある。妹を見守り、信者を導き、時々銀行強盗から人々を守るので忙しいのだ」

 

 監督が頭を抱えた。銀行強盗のあたりで教師も頭を抱えた。なんだ、そのまた余計なことを言ったなという目は。

 

 その日の授業は、僕の初級ダンクショーで終わった。

 

体育教師は「今日はここまで!と言い、壊れかけたリングを見て深いため息をついていた。後で聞いた話によると、あのリングは新しく買い替えになったらしい。グラード財団名義の寄付で。

 

ふむ、妹の財団はこういうところで役立っているのだな

 

 放課後、昇降口で靴を履き替えていると、さっきの監督がまた現れた。今度は両手に書類の束を抱えている。

 

「まだ諦めんぞ!これは入団届、これは大会エントリー用紙、これは将来の推薦状のひな形だ!」

 

「仕事が早いな、君」

 

「監督だからな!」

 

 胸を張るな。靴ひもを結びながら、彼の顔をじっと見つめた。額には皺、目の下にはクマ。だが、その目は少年のように輝いている。

 

この男、真剣だな。自分のチームを強くしたい。そのためなら、神にだって頭を下げる覚悟か

 

 少しだけ、心が動いた。こういう真っ直ぐすぎて馬鹿な人間は嫌いではない。

 

「……一つ、条件がある」

 

「な、なんでも言ってくれ!」

 

「僕が試合に出るのは、妹と星矢のデートがない日に限る」

 

「は?」

 

「あと、練習後のアイスはバニラよりチョコミント派だ。そこは譲れない」

 

「そこ!?」

 

 監督が膝から崩れ落ちた。僕は肩をすくめる。

 

「冗談だ。検討しておこう。ただ、今はまず――」

 

 体育館の方を振り返った。窓の向こうで、沙織がこちらを見ている。友人たちと何かを話しながら、僕に向かって悪戯っぽくピースサインを送ってきた。あの顔は、きっとこう言っている。

 

「お兄様、今日も普通じゃなかったね!」

 

まあいい。神が少しばかり普通から外れているのは、仕方のないことだ

 

 僕はそう自分に言い聞かせて、監督から差し出された入団届を一枚だけ受け取った。すぐには出さない。けれど、捨てる気にもなれなかった。

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、『少年団』とかいうバスケットボールの集団に誘われたんだ。父さん、母さん、僕はそこに参加してもいいだろうか。監督いわく、親の協力が不可欠らしい」

 

 正直、僕としては「神の協力」があれば十分だと思うのだが、この国では保護者のサインというものが必要らしい。人間社会は意外と神より書類を重んじる。

 

「もちろんだ!」と、父さんことアイオロスが即答した。

 

「チームスポーツはいいぞ、アベル。俺も昔、聖域でな――」

 

 そこで、翔子の中のエリス様が、いかにもご機嫌な声を響かせた。

 

「『いいじゃないか、汗を流す若者は眼福だわ。ユニフォーム姿、期待しているぞ、我が息子よ』」

 

 僕の母親は不和と争いの女神のはずなのに、最近は若者愛好家になっている気がする。神というのは本当に形を変える。

 

「じゃ、決まりだな!」と、父さんが勝手に話をまとめた。

 

「必要なものがあったら光政さんに相談しろ。じいさんはそういうの大好きだからな」

 

 その一言が、あの地獄の資本投下ルートの引き金になるとは、その時の僕は知らなかった。

 

 翌日。童守ファイターズの監督が、顔面蒼白で城戸邸にやって来た。応接室では、じいさん――城戸光政が上機嫌で待ち構えている。

 

「君がアベル君を見つけてくれた監督さんかね!いやあ、よくぞ見つけてくれた!で、話は聞いた。孫が世話になるなら、こちらも相応の礼をしなければいかん」

 

 そう言うと、じいさんは分厚い書類のファイルをテーブルにドンと置いた。監督の肩がビクッと跳ねる。

 

「こ、これは……?」

 

「ささやかな寄付だよ。新しい専用体育館の建設と、チームバス、それから用具一式の一新。コーチも数名ほどプロから招聘しよう。ああ、遠征費ももちろんこちらで持つとも。子どもたちには、いい環境で伸び伸びとやってもらわんとな!」

 

 監督の口が、金魚のようにパクパクしていた。僕は横で紅茶を飲みながら、その光景を眺めていた。

 

……これが資本の暴力というやつか

 

 こうして、万年最下位・ボールもペラペラの弱小チーム、童守ファイターズは、一夜にして最新設備を誇るスーパー少年団へと生まれ変わった。

 

 初練習の日、僕は新しく塗り替えられた床の匂いを嗅ぎながら、コート中央で腕を組んでいた。頭上にはLED照明、壁には最新のスコアボード。端には、どう見ても小学生には不要なマシントレーニングエリア。おまけに外には、チームロゴ入りの立派なバスが停まっている。

 

うん。やり過ぎだ、じいさん

 

 チームメイトたちは大はしゃぎだった。前キャプテンが涙目で叫ぶ。

 

「お、おれ今日から補欠でいい!キャプテンはアベルがやれ!異議あるやつ、前に出ろ!」

 

 誰も出ない。「賛成!」「キャプテン様!」と口々に言う。僕は軽くため息をついた。

 

「じゃあ、形式上は僕がキャプテンをやろう。だが、これは僕だけのチームではない。全員で勝つための集団だ。いいね?」

 

 適当にぽいことを言っておいたら、なぜか全員が感動していた。

 

「キャー!アベル様、かっけー!」「ついて行きます!」などと騒いでいる。人間は、ちょっとそれっぽい言葉に弱すぎる。

 

 その夜、僕はバスケットボールの理論書と、過去の名試合の映像を一気に頭に流し込んだ。神の脳にとって、人間の戦術理解など造作もない。オフェンス効率、ディフェンスのローテーション、個人スタッツの伸びしろ。すべてを組み合わせ、最適解を導き出す。

 

ふふ、悪くない。地上で神として過ごすうえで、こういう遊びもたまにはいい

 

 翌日から、ファイターズの地獄の特訓が始まった。

 

「タイムアウトだ。いいか、君のシュートフォームは綺麗だが、リリースポイントがコンマ二秒遅い。そのせいで相手にブロックされやすい。ここから先は、空中でボールを保持している時間を短くしろ。肘の角度はこうだ」

 

「りょ、了解っすキャプテン!」

 

「君はリバウンドのポジショニングが甘い。ボールの落下点を予測していないだろう?相手の腰の位置とボールの軌道を見れば、三歩前に出るべきか、その場で構えるべきか判断できる。僕の視点では、もう少し早く動けるはずだ」

 

「お、おう……なんか分かったような気がする!」

 

 僕としては、ごく当たり前の指示を出しているつもりだったが、人間たちにはどうやらハードルが高かったらしい。練習後、全員が床に倒れ込み、「今日は死んだ」「地獄の合宿よりキツい」とぼやいていた。

 

 だが、結果は出た。公式戦が始まると、童守ファイターズは別チームのように勝ち進んだ。パスは滑らかに繋がり、ディフェンスは連動し、ベンチの士気も高い。気づけば、僕が指示する前に、メンバー同士が互いに声を掛け合い、修正し始めていた。

 

ほう……自分で考え始めたか。やはり、人間という種は侮れない

 

都大会決勝の日。試合前、監督が涙目で僕の肩を掴んだ。

 

「アベル…ありがとうな…!ここまで連れてきてくれて…!お前は本当に神様だ…!」

 

「事実だが?」

 

試合は僅差だった。最後のタイムアウトで、僕はメンバー全員を円の中に集める。

 

「いいか、最後に決めるのはお前だ」

 

僕は、最初に僕にキャプテンを譲ると言った元キャプテンの背中を叩いた。

 

「えっ、お、おれが!?」

 

「ここまで一番走って、チームを支えてきたのは君だ。僕は、神として君の努力を評価している。自分を信じろ」

 

こういう時、人間はお墨付きに弱い。案の定、彼の目は一気にやる気で燃え上がった。

 

 そしてラスト数秒。ボールは予定通り彼の手に渡り、彼は震える手でシュートを放った。ボールは綺麗な弧を描き、ネットを揺らす。ブザーが鳴り、歓声が爆発した。

 

「やったああああ!!」「優勝だああ!!」

 

 仲間たちに胴上げされながら、僕は空を見上げた。体育館の天井は低い。でも、彼らの喜びは、神々の世界にも届くほどまぶしかった。

 

試合後、監督が気まずそうな顔で僕に近づいてきた。

 

「なあ、アベル…全国大会の話だが…」

 

「ああ、それだが」

 

僕は小さく肩をすくめた。

 

「残念だが、その時期は少し、家の用事でな。天変地異を抑える結界を構築しなければならない。父さんと母さんと一緒に」

 

監督は一瞬きょとんとしたが、すぐに真剣に頷いた。

 

「そ、そうか…家の用事なら仕方ないな」

 

 チームメイトたちも、「世界が滅びたら試合どころじゃないしな」「結界、大事だよな」と真顔で言ってくる。童守町の順応力は、本当に恐ろしい。

 

 こうして僕は、短いあいだだけ神をやめて、ただのキャプテンとして人間の中に混じった。彼らの笑顔を見ていると、天秤の片側に乗せる生きる価値というやつが、少しずつ重くなっていくのを感じる。

 

……まあ、悪くはない

 

 そう思いながら、優勝トロフィーを掲げる彼らの横で、僕も小さく笑った。 

 

 家に帰ると、じいさんが既に次の企画を練っていたらしい。

 

「アベル君!今度はプロチームを一つ買わんかね?孫が活躍できる舞台は、大きければ大きいほどいい!」

 

「やめてくれ、じいさん。これ以上は、ささがに世界のバランスが崩れる」

 

「そうか…残念じゃのう。では、せめて記念に優勝パレードだけでも――」

 

「それもやめてくれ」

 

 結局、玄関先で優勝報告会が開かれ、近所の人々にまで祝福されることになった。

 

 

 

 

 

 

僕はリビングのソファで、バスケ強豪中学から届いた分厚い封筒の山に埋もれていた。

 

ふむ……人間界で言うところの「スカウト」というやつか

 

 封筒のロゴには、有名らしい学校名がずらりと並んでいる。監督は昼からずっと「お前は全国に行ける器だ!」と鼻息荒く語っていたし、光政じいさんは「これぞ血統の勝利!」と謎のガッツポーズを決めていた。

 

僕としては、あくまで放課後の余暇としてバスケットボールを嗜んでいただけなのだが、人間たちは何かと話を大きくしたがる。

 

 テーブルの向かい側では、父さんがスカウト資料の山をきれいに束ねてくれている。

 

「すごいな、アベル。ほら、見ろ。『特待生・寮費全免』『即レギュラー確約』『将来プロも視野に』……だそうだ」

 

 父さんがいちいち声に出して読んでくるので、僕の耳には情報が自動的に流れ込んでくる。神に対して音読とは、なかなか勇気のある行為だ。

 

「プロ、ねえ……」

 

 僕は一枚のパンフレットをつまみ上げた。そこには「帝光中学バスケットボール部」の文字と、やたらキラキラしたチーム写真が印刷されている。全員、目つきが鋭い。中学生というより、小さな猛獣の群れに近い。

 

へえ……これはデータ上でも突出しているな

 

 ページをめくると、練習環境、指導体制、全国大会成績など、情報がぎっしり載っている。僕の頭の中では、読み込んだデータが瞬時に整理され、勝率予測と将来性がグラフになって並んだ。

 

なるほど。ここに入れば、三年連続全国優勝くらいは固いな。問題は……

 

 リビングのドアが勢いよく開いて、沙織がゲーム機を片手に飛び込んできた。

 

「お兄様!帝光中からも来てるの!?そこ、乙女ゲーのファンディスクでよく見るやつだよ!天才軍団が心を失って、そこに転校してきたヒロインが彼らを更生させていくルート……!」

 

 情報源が完全に間違った方向なのに、なぜか設定だけはそれっぽい。僕はパンフレットをひらひらさせて答えた。

 

「確かに強い学校のようだけどね。君の言うようなドラマ性は、さすがに期待しない方がいいと思うよ」

 

「行くの?ねえ行くの?『帝光の白い太陽』とか言われちゃうかもよ!」

 

「嫌だな、その二つ名。日焼け止めを配って回る神みたいじゃないか」

 

 沙織はわくわくしながら僕の隣に座り、勝手に進路妄想ルートを量産し始めた。

 

「帝光中でクールな天才たちと火花を散らすお兄様」

 

「皿屋敷中で地元の仲間たちと汗を流すお兄様」

 

「いっそどっちも通って二重生活を送るお兄様」など、どれも人間には物理的に不可能な案ばかりだ。

 

「二重生活はやめておこう。いくら神でも、時空をまたいでの通学は面倒だよ」

 

「そこは頑張ろうよお兄様!」

 

 頑張りどころがずれている。僕は苦笑しながら、帝光中学のパンフレットをそっと閉じた。

 

「で、どうするつもりなんだ?」と、父さんが真面目な顔で尋ねてきた。さすが元・教皇候補、進路相談になると途端に教育熱心になる。

 

 僕はテーブルの端に積んでおいた、別の一冊を指先で弾いた。そこには、見慣れた校章と「皿屋敷中学校」の文字がある。

 

「僕は、皿屋敷中でバスケを続けるよ」

 

「えっ」と沙織が声を上げる。「ええっ」と父さんも驚く。なぜ二人とも同じ声色なのか。

 

「だって、帝光中の方が絶対強いじゃない!全国行けるよ?乙女ゲー的にも映えるよ?」

 

「勝つこと自体は、そこまで興味がないんだ」

 

 指先でボールを回しながら、正直な気持ちを口にした。

 

「帝光中みたいな完成された場所に行ったら、僕が何もしなくても勝ててしまうだろう?それはそれで、綺麗かもしれないけどね。神として、結果だけが整っている物語には、あまり魅力を感じないんだ」

 

 沙織がきょとんとしているので、少し言い方を変えてみる。

 

「皿屋敷中の連中は、今はまだ弱い。でも、この前の都大会で一緒に戦ってみて、分かったんだ。あいつらは負けて泣きながらも、次の日には『次は勝とうぜ』って笑ってボールを追いかけていた。そういう未完成なチームと進学して、一緒に強くしていくのは……」

 

 僕は少しだけ言葉を探して、それから笑った。

 

「けっこう、楽しい」

 

 父さんが目を細めて、なぜかしみじみとうなずいた。

 

「いいな、その理由。最初から強かったわけじゃない。仲間と殴り合って、転んで、起き上がって……そうやってやってきた」

 

「私は最初から強かったけどね!」と、キッチンからエリス様が割り込んでくる。フライパンを華麗に振りながら、こちらをチラリと見た。

 

「『いいじゃない、皿屋敷中。地元の不良たちと喧嘩しながら強くなる展開、嫌いじゃないわよ。どうせならその過程で、いくつか壮大な因縁を作ってきなさい』」

 

「エリスママ、それ完全に不良漫画だからね?」

 

と沙織がツッコむ。家族全員が自由すぎて、僕の進路相談なのかバラエティ番組なのか分からなくなってきた。

 

 光政じいさんも、いつの間にかリビングに顔を出していた。スーツ姿のまま、腕を組んでうんうんとうなずいている。

 

「皿屋敷中か……いいじゃないか。地元密着のドラマは視聴率が取れる。よし、体育館の改修費は追加で出しておこう。ついでに、バスケ専門チャンネルとの配信契約も検討だな」

 

「じいさん、それはさすがにやり過ぎだ。僕の青春が放送枠で区切られてしまう」

 

「何を言う、アベル。コンテンツは広く展開してこそ価値が出るのだぞ」

 

この家系、神より資本主義の方が強い気がする。

 

 とはいえ、皿屋敷中に進むこと自体は、誰も反対しなかった。

 

父さんは「俺もたまに練習を見に行こう」とはしゃぎ

 

エリスは「『応援グッズを作るわ!手縫いの応援旗よ!』」とすでにミシンの準備を始めている。

 

沙織は沙織で、「じゃあ、バスケ部マネージャーとしてのヒロインルートを開拓しなきゃ」と妙な方向にテンションを上げていた。

 

スカウトの封筒の山を一つにまとめると、そっと光政じいさんに渡した。

 

「悪いけど、全部丁重にお断りの返事を出しておいてくれる?」

 

「任せておきなさい。『わしの孫は地元愛が強くてねえ』と感動的なエピソードを添えておこう」

 

「余計な脚色は要らないよ」

 

その夜、僕は自室で一人、バスケットボールを指先で回しながら天井を見上げた。

 

神が地上に降りた理由は、地上を裁くためだった。けれど、気がつけば僕は、ただのバスケ少年として進路に悩んでいる

 

 自分で思って少し笑ってしまう。けれど、その笑いは悪くない。

 

まあ、いいか。神だって、少しくらい寄り道しても罰は当たらないだろう

 

 そう思いながら、僕はボールを抱えてベッドに倒れ込んだ。皿屋敷中での新しい生活と、まだ見ぬ強敵たちとの試合を想像しながら。

 

 

 

 

彼がこの後、中学、高校時代に「キセキの世代」と呼ばれる者たちと、神話のごとき熾烈な戦いを演じることになるのは、また別のお話である。




アベル「父さん、ひとつ聞きたい。人間というのは、進路一つでこんなに胸がざわつくものなのか?」

アイオロス「ああ。神よりずっと脆いくせに、選択の重さは誰よりも抱えて生きる生き物だ。」

アベル「面倒だな、人間の感情は。」

アイオロス「面倒だ。だが……悪くないだろう?」

アベル「……まあ、確かに。勝利より価値があると、少しだけ思えた。」

アイオロス「アベル。地上に降りた意味は、まだ途中なんだ。お前の旅路は、これからもっと深くなる。」

アベル「そうか……。なら、もう少しだけこの世界に付き合ってみるよ。父さんの息子として。」

アイオロス「ああ。誇りだよ、アベル。」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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