聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
属性盛りすぎ令嬢・城戸沙織、ついに己の運命と向き合う──!
舞台はグラード財団・社長室、お菓子の香るスイーツの楽園。
けれど、女神は甘いだけではいられない。
迫りくる星矢の本気、聖域の影、アベル会の暴走。
そして響子おば様(ヴィーナス)から突き付けられる
「戦女神たる者、まず強くあれ」 の一言。
次回、女神、戦女神への第一歩。~属性盛りすぎ女子の肉体改造計画~
グラード財団本社ビルの最上階。
製菓部門を兼ねた社長室のテーブルの上には、今日も高級スイーツがずらりと並んでいる。
ガラスのショーケースから出されたばかりの、新作マカロン。
ピスタチオ、ローズ、ビターショコラ、季節の柚子。色とりどりで、宝石というか、もう兵器に近い破壊力がある見た目だ。
でも、今の私は、どうにも手が伸びない。
(おいしそうなのに……胃が重い)
視線の先のマカロンを前に、私はフォークを持ったまま固まっていた。
原因は分かっている。
6年生になって最近ずっと頭を離れない、この一言に尽きる。
(私、属性盛りすぎ問題)
父は黄金聖闘士。射手座のアイオロス。
母は女神憑きの聖闘士。仔馬座の翔子。そしてその中に邪神エリス。
兄は太陽神アベル。
ついでに、脳内には本家アテナが住んでいる。
ここまで並べると、自分でも笑うしかない。
(なろう系小説でも、さすがにここまで設定盛ったら「やりすぎ」って叩かれるわよね)
現実の私のプロフィールが、すでにテンプレどころか設定資料集。
学校生活も、全然「普通」から遠い。
私の通う童守小学校は、教師に鬼の手を持つ霊能者(元担任)がいたり、おかしな妖怪が紛れ込んでいたり、もともと落ち着きとは無縁の場所だった。
そこへきて、兄様が作った「アベル会」
正式名称は「太陽神アベル様と智慧の女神アテナ様を讃える会」。
でも実態は、校内に妙な祭壇を作って、太陽マークの缶バッジやら手作りお守りやらを量産している謎サークルだ。
登校すると、門のところでその会のメンバーが行列している。
「おはようございます、沙織様!」
「本日もアベル様のご加護があらんことを!」
毎朝、拝まれながら校門をくぐる小学生。
……どう考えても「普通のオタク女子」という自己イメージと噛み合わない。
(私はただ、放課後にこっそりBL本を買いに行って、家で静かに積み上げて眺めていたいだけなのに)
ささやかな願望が、神々と邪神と太陽神と霊能力者に囲まれるうちに、どんどん生活の隙間から押し出されていく。
そして最近の追い打ちが、これだ。
脳内で響く、女神のシステムボイス。
『地上を愛せ……』
突然、頭の奥で、落ち着いた女性の声が響く。
『聖域を奪還せよ……』
(うるさいわね)
私は紅茶のカップを持ったまま、眉をひそめる。
(今はお菓子の試食タイムなの。システムメッセージは後にしてくれない?)
『アテナとしての使命を忘れるな……』
(ログアウトボタンはどこ?)
内心で、設定画面を必死に探す。
あったら苦労しない。
さらに、頭の痛い問題がもうひとつ。
彼氏の星矢。
正確に言うと、「ほぼ両想いだと私は信じている幼馴染兼、今後ルート確定予定の本命ヒーロー」だけど、説明が長すぎるので単純に彼氏扱いしておく。
星矢は、聖闘士になりたがっている。
つまり、「アテナを守る戦士」になろうとしている。
(そこで問題です)
私は机の上のメモ用紙に、ボールペンで小さく書き出す。
「星矢が見ているのは
1:城戸沙織(オタク女子)
2:アテナ(女神)
3:アベル会と愉快な一族セット」
正直、自信がない。
(ギャルゲーなら、好感度メーターとルート表示で一発なのに)
「アテナルート・確定」とか、「好感度:80/100」とか、画面隅に出しておいてほしい。
現実世界のUI、親切じゃなさすぎる。
アプデしてほしい。
そんな愚痴を頭の中で並べていると、ノックの音がした。
「沙織ちゃーん、入っていい?」
「どうぞ」
扉が開いて入ってきたのは、いつもの優雅な笑顔を浮かべた女性。
青色の髪をきちんとまとめ、シンプルなワンピースをさらりと着こなしている。
母の姉、響子おば様。……であり、愛と美の女神ヴィーナス。
「わあ、今日の新作、いい匂いね」
おば様は、テーブルのマカロンに目を輝かせた。
「いいわねえ。甘い香りは心を柔らかくしてくれるのよ」
「どうぞ、召し上がってください」
私が勧めると、響子おば様はにっこり笑って椅子に腰掛けた。
「でも、沙織ちゃんは食べないの?」
「……今は、ちょっと」
スプーンでマカロンを突っつきながら、私は深いため息をついた。
「というわけで、響子おば様。いえ──」
わざと姿勢を正す。
「愛と美の女神ヴィーナス様。相談があります」
「まあ」
おば様は少しだけ目を丸くして、それからおかしそうに笑った。
「ずいぶん大げさな呼びかけね。いいわ、今日は女神モードで聞いてあげる」
そう言って、紅茶を一口。
「で、相談って、新作のお菓子が口に合わなかったとか? それとも、アベル君がまた学校に変な銅像でも建てた?」
「兄様の奇行は、もう諦めました」
即答した。
「校庭の燃える太陽と弟の像の隣に、アテナとペガサスの愛のモニュメントを建てようとしたあたりで、私の諦めゲージは振り切れました」
「そう。あのあたりの美的センスには、私もノーコメントよ」
おば様は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、何の相談かしら?」
「私が聞きたいのは──」
喉が少し乾く。
ティーカップの縁に口をつけて、紅茶をひと口飲んでから言った。
「『女神の定義』についてです」
「女神の定義?」
おば様は、興味深そうに首をかしげた。
「はい。私、小宇宙は燃やせます。加護も出せます。いざというときは、奇跡も一応起こせます」
「自分で言うあたり、図々しいけれど事実ではあるわね」
「でも」
私はフォークを置き、指先を組んだ。
「星矢にふさわしい女神って、何でしょう?」
言葉にしながら、胸の中のもやもやが少し形を持ちはじめる。
「慈愛? 包容力? それとも、やっぱり清楚系ヒロインとしての振る舞い?心優しくて、ちょっと天然で、でも芯が強いお嬢様みたいな」
「自己申告がだいぶ盛られてない?」
「そこはイメージです」
憧れの自己イメージというやつだ。
「私、自分では普通のオタク女子小学生のつもりなんですけど」
「アベル会と聖域と邪神と霊能力者に囲まれてる時点で、普通から遠ざかっている気がするけど」
おば様のツッコミは、いつも容赦がない。
「でも、星矢の前では、できるだけ普通っぽくしていたいというか……」
ゲームの話を振りすぎると引かれるかな、とか。
BL本の話題はどこまでならセーフかな、とか。
考えれば考えるほど、足場がぐらぐらしてくる。
(こういうとき、ヒロインマニュアルが欲しいのよね)
乙女ゲームなら、ガイド本が出ている。
「真ルート進行チャート」とか、「隠しパラメーター一覧」とか。
現実には、そういうのはない。
代わりに目の前にいるのは、愛と美の女神。
たぶん、すごく良いアドバイスをくれるに違いない。
私は勝手にそう確信していた。
(愛こそすべてとか、内面から溢れる美しさを磨きなさいとか、ふんわりした名言が来るかな)
◆
勝手に「美の女神=乙女ゲーの老師ポジション」という図式を頭の中で作り上げて、私は答えを待った。
響子おば様は、静かにカップをソーサーに戻した。
「ふうん……」
そして、私をじっと見つめる。
「沙織」
「はい」
「貴女、根本的な勘違いをしているようね」
その言い方が妙に真剣だったので、私は思わず背筋を伸ばした。
「え?」
「貴女はアテナよ?」
おば様の声色が、いつものやわらかい調子から、少しだけ「女神モード」に変わる。
「愛や美の前に、自分が何の神か、忘れていない?」
「……智慧と、戦いの神、ですけど」
「そう。戦女神」
おば様は、英語を挟んだ。
「ウォー・ゴッデス」
その響きがやけに重く感じて、私は思わず息を呑んだ。
「なら、答えはシンプルよ」
さらりと言ってのける。
「まずは『強いこと』が最低条件じゃないかしら?」
時が止まった気がした。
(はい?)
脳内で、変な変換が走る。
(今、美の女神様、なんて言った?まず筋肉って言わなかった?)
「……あの」
恐る恐る聞き返す。
「強い、というのは、心の強さとか、信念とか、そういう……」
「いいえ?」
おば様は、きっぱり首を振った。
「戦闘力よ」
「戦闘力」
思わずオウム返しになった。
「だってそうでしょう?」
おば様は、当然という顔で言う。
「守られるだけの存在に、戦士が背中を預けられると思う?」
「……」
「貴女が弱ければ、星矢くんは、貴女を荷物として守るしかない。
でも、貴女が強ければ、彼は貴女をパートナーとして愛せる」
胸の奥を、すとんと何かが落ちる感覚がした。
「……!!」
「美しさとは、機能美でもあるのよ」
おば様は、紅茶のカップを指で軽くなぞる。
「戦場で役に立たないドレスは、ただの布切れ。同じように、強さなき女神など、ただの置物」
「置物」
言葉が刺さる。痛いくらいに的確だ。
「……なるほど……それは盲点でした」
本気でそう思った。
私はずっと、「女神=守られる側」としてのイメージで考えていた。
塔の上で助けを待つお姫様。
勇者が魔王を倒しに行って、最後に迎えに来てくれるタイプのヒロイン。
たぶん、古いRPGとギャルゲーの影響を、思っていた以上に受けていたのだろう。
(でも、私はアテナで、星矢は聖闘士)
その関係を、ゲームに例えるならこうだ。
私が、ラスボスと殴り合うくらいの戦闘力を持っていて、星矢は、その隣で一緒に殴る相棒。
そう考えたとき、胸の中にあったもやもやが、少しだけ形を変えた。
守られるお姫様じゃなくて、横に並んで戦う戦友
星矢の隣に立つということは、そういうことなのかもしれない。
「ありがとうございます、響子おば様」
思わず、深々と頭を下げてしまった。
「私、たぶん、ずっと間違ってました」
「分かってくれたなら良かったわ」
おば様は、ふっと笑う。
「ただ──」
「ただ?」
「少し顔が物騒よ、沙織ちゃん」
「え」
「さっきから、ほんのり殺気がにじんでいるもの」
「そんなことないですよ?」
……と、とぼけてみたけれど、内心では自覚があった。
(確かに、ちょっと燃えてきた)
目から鱗が落ちる。
ヒロイン=守られる存在。その固定観念に、私はずっと縛られていたのだ。
(星矢は熱血主人公)
なら、ヒロイン側も、それに見合うだけの「燃え方」をしないと釣り合わない。
深窓の令嬢イベントなんて待っていても、物語のほうが勝手に走り出す。
(必要なのは──)
私は心の中で指を折っていく。
共に戦場に立つ覚悟。背中を預け合える信頼。そして、場合によっては、星矢より先に敵をなぎ倒すくらいの圧倒的武力。
(そう、物理だ)
原始的で、シンプルで、誤魔化しが効かない力。
物理こそが、最強のフラグ建築。
そう結論づけてしまった時点で、たぶん私の何かが決定的にズレている気もするけど、今さら気にしても遅い。
「私が目指すべきは、守られるピーチ姫じゃありません」
気づけば、口が勝手にしゃべっていた。
「クッパを素手で倒して、マリオを迎えに行く最強のヒロインです」
「例えが生々しいわね」
おば様は苦笑しつつも、どこか楽しそうだ。
「でも、発想としては嫌いじゃないわ」
「ですよね?」
「ただ、素手でクッパを倒す前に、まずは宿題を片付ける女神になりましょうね」
「そこは耳が痛いので聞かなかったことにします」
私が視線をそらすと、おば様はくすくす笑った。
「まあ、まだ子どもなんだから、全部完璧にやろうとしなくていいのよ」
「でも」
私は、マカロンにようやく手を伸ばしながら言った。
「星矢が本気で聖闘士になるなら、私も、その隣に立つ資格を持っていたいんです」
マカロンをひと口。
甘さが、さっきよりもずっと素直に入ってくる。
「そのためなら、筋トレでもランニングでも、聖域ドームツアーでも、なんでもします」
「すごい決意に、平然と聖域ドームツアーを混ぜないで」
おば様は肩をすくめた。
「でも、そうね……」
少し真面目な顔になる。
「星矢くんの性格を考えるなら、守られるだけの姫より、一緒に殴れる女神のほうが、きっと似合うと思うわ」
「……ですよね」
「ええ。あの子、人の後ろに隠れてるタイプじゃないもの」
そう言われると、妙に納得しかない。
「ありがとう、ヴィーナス」
私は心の中でそう呟いた。
神様であり、おば様であり、恋バナの相談にも付き合ってくれる、この不思議な存在に。
◆
ふと、社長室の隅から視線を感じた。
振り向くと、アベル会のメンバーが数人、気配を消して控えていた。
いつの間にか入ってきていたらしい。
「……あの、聞いてた?」
試しに声をかけると、彼らは一斉に姿勢を正した。
「はい、アテナ様!」
「会話の冒頭から余すところなく!」
「素手でクッパを倒す最強のヒロインというお言葉、魂に刻みました!」
「刻まないで」
もう手遅れな顔をしている。
「教祖様──いえ、アテナ様の新たな指針として、女神の肉体改造計画を立ち上げるべきでは?」
「ちょっと待って、それは私が今言おうとしていたやつだから!」
先に言われた。
悔しい。
けれど、ここで乗らない手はない。
椅子から立ち上がり、くるりと振り返ってアベル会の面々を見渡した。
黒いローブに太陽マークのバッジ。
顔ぶれは、兄様のファンクラブのはずなのに、なぜか私の一挙手一投足にもやたら反応がいい。
まあ、使う分には便利だ。
「いい? みんな、よく聞きなさい!」
社長机の横で、つい演説モードに入ってしまった。
「これより『女神の肉体改造計画』を始動します!」
「おおおおお……!」
感嘆のどよめき。
反応が良すぎてこわい。
「星矢が正式な聖闘士になる前に──」
私は、グッと拳を握る。
「私が、聖闘士より強くなるわ!」
「ついに……!」
「アテナ様自ら前線に!」
「歴史が動く!」
「いや、そんな大げさな」
さすがに照れた。
『……えっ、待って。そういう意味じゃなくて……』
脳内アテナが、慌てた声を上げる。
(今は黙ってて)
私は、心の中で静かにミュートボタンを押した。
そのくらいの権限は、アカウント所有者として許されていいと思う。
「具体的にはだな──」
アベル会の一人が、ノートとペンを構える。
「早朝ランニング、筋力トレーニング、実戦稽古、霊的耐性の強化、あと筋肉痛対策としてプロテイン導入を提案します!」
「プロテインはおいしいやつにして」
「承知しました! チョコ味とバナナ味を手配します!」
「筋トレメニューは、レグデー週二回でどうでしょう!」
「いきなり脚に全振りしないで!」
あれよあれよという間に、計画が肉付けされていく。
早朝、財団の敷地内でランニング。
午前中は座学と仕事。
放課後は学校。
夜はテラスでシャドーボクシングと小宇宙コントロール。
我ながら、ちょっと詰め込みすぎでは?
「沙織ちゃん」
響子おば様が、心配そうに声をかけてきた。
「本当にやるつもり?」
「もちろんです」
私は即答した。
「だって、星矢の隣に立つには、それくらいしないと」
「それくらい、というか、それ以上よね、もはや」
おば様は、呆れ顔と微笑みの中間みたいな表情を浮かべる。
「体を壊さない程度にね」
「大丈夫です。壊れそうになったら、アベル会に担いでもらいます」
「何そのブラックな運用前提」
アベル会のメンバーが、誇らしげな声を上げる。
「重症時の搬送もお任せください!」
「聖域との通信も確保済みです!」
「いざとなれば、アベル様に太陽エネルギーで回復を──」
「兄様のリソースをそんなことで使わないで」
私がツッコむと、彼らは「はい!」と嬉しそうに返事をした。
脳内では、アテナのため息が聞こえる。
『……もう止められないわね、これ』
(分かってくれたなら話が早いわ)
目標ができると、人間、こんなにも気持ちが軽くなるものなのか。
さっきまで胸のあたりに重くのしかかっていた塊が、少しだけ形を変えて、前へ進むための重りになった気がした。
(星矢。覚悟しておきなさい)
私は、テーブルの上のマカロンを一つつまみ上げた。
(次に会うとき、私は守られるお嬢様じゃない。
クッパを素手で殴り倒してから迎えに来る、普通の女神になっているはずだから)
とりあえず今は、その第一歩として──
「まずは、このマカロン、全部完食します」
「そこから?」
おば様が思わず笑う。
「だって、筋トレには糖質も必要ですから」
私はにっこり笑って、ピスタチオのマカロンをひと口かじった。
さっきまで重かった胃が、少しだけ素直に動き出す。
脳内アテナのツッコミは、しばらくバックグラウンドで鳴り続いていたけれど──
私の中の「女神の肉体改造計画」は、もう止まる気配を見せなかった。
沙織「おば様、今日のアドバイス、本当にありがとうございました!私、戦女神として生きる覚悟ができた気がします!」
ヴィーナス「そう、それは良かったわ。でも……」
沙織「でも?」
ヴィーナス「クッパを素手で倒す女神という発想、どこで間違えたのかしらねえ……」
沙織「えっ? 正しい方向じゃありません?」
ヴィーナス「発想が完全にアレス系なのよ。あなた智慧の女神よ?せめてまず状況分析からくらい言いなさい」
沙織「……分析した結果、物理が最も効率的だと判断しました」
ヴィーナス「ええ、そういうところがアテナなのよね……。でもひとつだけ言っておくわ、沙織ちゃん」
沙織「はい!」
ヴィーナス「筋トレを始めるのは良いけど──星矢くんより強くなる前に、まず宿題を終えなさい。」
沙織「…………それが一番難しいんですけど」
ヴィーナス「女神以前に小学生なのよ、あなた」
十二宮編の最後は誰と誰の対決に?
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アッシュと星矢
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サガとアイオロス
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アッシュとアイオロス
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サガと星矢