聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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――燃えろ、小宇宙!
愛と宿命が交差する時、少女は普通を超えてゆく!

次回『重戦車ヒロイン沙織、全力疾走!恋する小学生は黄金聖闘士を超えられるのか!?』

指一本で天地を支え、
母と交わすは光速の拳。
そして迫りくる妖怪の影──。

星矢のために、友のために、普通の小学生はただ前へ走る!

見逃すなよ!次回も、君の小宇宙が燃え上がる――!


重戦車ヒロイン沙織、全力疾走!恋する小学生は黄金聖闘士を超えられるのか!?

早朝の城戸邸の庭園は、空気が澄み切っている。

 

芝生はきれいに刈り込まれて、木々の葉先には朝露。遠くで噴水の水音がして、普通ならとても優雅な光景だと思う。

 

──ただし。

 

その芝生の上で、右手の人差し指一本で倒立している令嬢がいなければ、の話だけど。

 

はい、それが私である。

 

 私の全体重と、ちょっとした「おまけの重力負荷」を、右手の人差し指一本で支える。指先に小宇宙を集中させれば、地面側のほうが折れそうな感覚になるから不思議だ。

 

うん、悪くない

 

腕立ての屈伸を、逆立ち状態のまま高速で繰り返す。

 

 上から見たら、白いワンピースを着た少女が、指一本で地面に刺さって上下しているわけで、客観的に考えるとだいぶホラーだ。

 

これが私の選んだ攻略ルート

 

守られるだけの姫プレイは卒業する。

これからは、敵をまとめてなぎ倒して、彼氏の道を派手に舗装していく「重戦車ヒロイン」の時代。

 

星矢が前線の突撃役なら、私は前方の地雷処理車。

敵の大物は、先に私が殴っておく。

 

「……沙織?」

 

芝生の端から、恐る恐る声が飛んできた。

 

逆さまの視界に、タオルを肩にかけたパパ──射手座の黄金聖闘士、アイオロスが映る。寝起きなのか、髪が少し跳ねていた。

 

「どうしたんだ? 最近やけに積極的というか……ちょっと殺気立っていないか?」

 

「おはようございます、パパ」

 

逆立ちしたまま、できるだけ涼しい声で挨拶した。

 

「準備運動です」

 

「準備運動で指が地面にめり込んでるんだけど」

 

別の声がした。

今度はママ。仔馬座の翔子。

 芝の上でストレッチをしながら、私の人差し指の周囲で生成されているクレーターを見下ろしている。

 

「で、何を目指してるの?」

 

「決めたんです」

 

 最後の一回をぐいっと押し上げてから、地面に軽く着地した。ワンピースの裾を払って、両親のほうを向く。

 

「私、星矢にふさわしい女神になるために──」

 

両手を腰に当てて、宣言する。

 

「『黄金聖闘士より強い、普通の小学生』になります」

 

しばし沈黙。

 

風の音と、噴水の水音だけが聞こえる。

 

「……うん」

 

パパが、とても優しい、でもどこか遠い目でうなずいた。

 

「パパ、その普通の辞書的な意味を、いったん教皇(サガ)に確認してきたい気分だよ」

 

「聖域標準国語辞典みたいなものがあるなら、私も見てみたい」

 

 ママが肩をすくめる。

 

「強さの基準も、常識の基準もズレまくってるのは、血筋なのかしら」

 

「ママもだいぶ人のこと言えないと思いますけど」

 

「それはそう」

 

さらりと認められた。

 

ママは座ったまま上体をひねり、ストレッチの体勢のまま私をじっと見る。

 

「でも、本気なんだね」

 

「もちろんです」

 

「この前、ヴィーナスおば様に言われたんですよ。強さこそ最低条件って」

 

「言いそうね、あの子」

 

 ママが笑う。

 あの子、とさらっと呼ぶあたり、女神同士の距離感はよく分からない。

 

「星矢が光速の拳を見切るなら、私は光速の中で紅茶を飲めるくらいにならなきゃダメかなって」

 

「基準がおかしいぞ」

 

 パパがすかさず突っ込んだ。

 

「もっとこう、テストで満点を目指すとか、マラソン大会で一位になるとか、そういう方向に行かないのか、お前の向上心は」

 

「それも大事ですけど、優先順位的には殴るほうが先ですね」

 

「アテナとしての宣言がそれでいいのかな……」

 

パパは本気で頭を抱えている。

 

でも、ここで引き下がる気はない。

 

「パパ、ママ」

 

私はぎゅっと拳を握る。

 

「私、星矢の隣に立ちたいんです。聖闘士としての星矢の隣に立つなら、守られるだけの女神じゃ足りないと思う」

 

それは、誰に言われたわけでもなく、私の中で固まった答えだ。

 

「だから、鍛えます。普通の小学生の範囲で」

 

「普通の小学生の範囲がどこまで拡張されるのか、パパは楽しみ半分、不安半分だよ」

 

パパのぼやきは聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 朝のランニングと筋トレメニューを一通り終えたあと、私は髪を高い位置でまとめ直した。

 

今日は学校があるので、あまり汗だくになりすぎないように気をつける必要がある。

 

今でも、体育の後に更衣室で「なんでそんなに筋肉ついてるの」と聞かれることがたまにあるからだ。

 

庭園の真ん中に、ママが立っている。

 

さっきまでのストレッチを終え、今度は完全に「戦闘モード」の空気をまとっていた。

 

「いいわ、その目」

 

ママが言う。

 

「本気みたいね」

 

「もちろん、本気です」

 

私も一歩前に出た。

スカートの裾を少しだけ持ち上げ、動きやすいよう足の位置を整える。

 

さっきまでの筋トレはあくまでウォーミングアップ。

ここからが本番。

 

「……じゃあ、行くわよ、沙織」

 

「来てください、ママ」

 

視線がぶつかる。

 

次の瞬間、ママの姿がふっと消えた。

 

空気が震える。

芝生が沈む。

地面を蹴った衝撃だけで、庭の空気が一気に張り詰めた。

 

音速超えた

 

耳が少しキンとする。

だけど、ママの動きはちゃんと見える。

足がどこに着地して、どの角度で上体がひねられて、拳がどう軌道を描くのか。

 

ちょっと前の私なら、全部を「消えた」で片づけるしかなかった。

でも、今の私は違う。

 

右から来る

 

ほんの少しだけ首を傾けた。

 

風が頬をかすめる。

ママの拳が鼻先を通り過ぎていく。

 

「やるわね」

 

耳元でママの声がした。

いつの間にか背後に回り込んでいる。

 

「けど──」

 

足音が消える。

気配が地面に沈み込む。

 

「まだ甘い!」

 

ママの声が、真正面から飛んできた。

 

視界に、光の軌跡が走る。

 

「エクレウス彗星拳ーーッ!」

 

無数の拳圧が、一点に集中して襲いかかってくる。

拳がひとつひとつ見えるというより、まとめて「流星の塊」が落ちてくる感じだ。

 

直撃すれば、庭園の一角どころか邸宅の一部が吹き飛ぶ。

使用許可を出したのが誰か、あとでちゃんと確認しよう。

 

さて

 

軽く息を吸った。

 

ここで小宇宙を全開にして対抗するのは、当然できる。

 

 アテナの権能を解放して、聖衣を呼び出せば、ママの拳と正面から打ち合うことだってできる。

 

でも、それでは意味がない。

 

今日やりたいのは、「アテナの力で勝つ」ことじゃない。

 

私自身の身体能力をどこまで引き上げられるかの確認。

 

「そーれっ」

 

私は、自分でもびっくりするくらいお気楽な声で手を伸ばした。

 

ただの「張り手」

 

ただし、全力。

 

彗星の軌道を、無理矢理横に叩き出す。

 

空気がバキッと割れる感覚がした。

 

次の瞬間、庭園の向こう側、山の斜面のほうで爆音がした。

 

ドォォン、と腹に響く音。

 

遠くの山肌が、きれいにえぐれているのが見えた。

木々がまとめて倒れて、鳥たちが一斉に飛び立つ。

 

「……あ」

 

いけない。

また山の地形を変えてしまった。

兄様の神殿がある方向じゃないからセーフ……だと思いたい。

 

「今の」

 

ママが、目を見開いて私を見ていた。

 

「今のを素手で、しかも小宇宙も乗せずに弾くなんて」

 

「張り手です」

 

手のひらをぷらぷら振ってみせる。

 

「乙女の執念と、火事場の馬鹿力の合わせ技です」

 

「そんな説明、教科書に載せたくないわね……」

 

ママは苦笑いしつつも、どこか誇らしげだ。

 

「あなた、もうセブンセンシズに触れてるんじゃない?」

 

「うーん」

 

少し考えてから首をかしげる。

 

「アテナの権能を使えば、たぶんもう少しすごいこともできますけど」

 

「できるんだ」

 

「でも、それは私じゃなくて、アテナの力なので」

 

そこは、個人的にこだわりたいところだ。

 

「今やりたいのは、城戸沙織(物理)のステータス底上げです。アカウントを共有してるからって、いつも神モードでプレイするのはズルいので」

 

「ゲームに例えるの、好きよね、あんた」

 

ママが肩をすくめる。

 

「……ふふ。いいわ」

 

その目に、どこか安心した色が浮かんだ。

 

「星矢くんのこと、そこまで本気で考えてるなら、私も本気で付き合う」

 

「ありがとうございます、教官」

 

「誰が教官よ」

 

笑い合ったところで、家のほうからパパの声が飛んできた。

 

「おーい、そろそろ時間だぞー! 沙織、学校遅れる!」

 

「あ、本当だ」

 

腕時計代わりのブレスレットを見ると、予鈴まであと少しの時間だ。

 

「じゃあ、ママ。今日のところはここまでで」

 

「ええ。また放課後に続きをやりましょう」

 

「わーい」

 

口では軽く返しながら、内心ではスパルタメニューを想像して少し震えている。

でも、それも含めて楽しい。

 

「じゃ、行ってきます!」

 

ランドセルを受け取り、玄関へ走り出した。

 

「行ってらっしゃい」

 

パパが、まだ呆然とした顔で手を振る。

 

「……あの子、アベルより強くなるんじゃないか?」

 

「そのうち太陽神より力持ちとか言われそうね」

 

 ママの苦笑いが、背中越しに聞こえた。

 

 

 

 

 

校庭は、昼休みの喧騒でいっぱいだった。

 

グラウンドのあちこちで、サッカーや鬼ごっこ、なぜか相撲まで始まっている。

その一角。白線で囲まれた場所に、クラス対抗ドッジボール大会の輪ができていた。

 

「城戸、外野行く?」

 

クラスメイトの女子が聞いてくる。

 

「ううん、内野でいいわ」

 

真ん中あたりに立った。

 

郷子ちゃんと美樹も、左右に位置取りしている。

 

「今日の相手、けっこう球早いんだってよ」

 

郷子ちゃんが、不安そうにボールを見ている。

 

「怖いなぁ。顔面に当たったら泣くよ、私」

 

「郷子は普段からよく泣くから、今さらだけどね」

 

美樹があっさり言った。

 

「ひどくない!?」

 

いつもの調子だ。

こういう何気ない会話が、私の好きな「普通」のひとつ。

 

……ただ、私の中身が、普通からだいぶ離れてきてるのよね

 

内心でため息をついた。

 

 今の私の状態を正直に言うと、ボールを握れば粉砕できるし、真面目に投げればソニックブームで窓ガラスが何枚か犠牲になる。

 

 つまり、どう考えても「ドッジボールに参加させてはいけない危険人物」に片足突っ込んでいる。

 

ここで必要なのは、手加減

 

そう、自分に言い聞かせる。

 

普通の小学生としての最大の試練は、全力を出さないこと

 

敵の攻撃に気づいても、わざとギリギリまで気づかないふりをするとか。

キャッチできる球も、たまにわざと当たって外野に出るとか。

いろいろ工夫すれば、目立たずに一日を終えられるはずだ。

 

「整列ー!」

 

体育委員の号令で、私たちはラインの後ろに並んだ。

 

相手チームの男子が、やる気満々の顔でボールを構えている。

 

「絶対勝つぞー!」

 

「まずは城戸を狙え! あいつ避けるの上手いから、先に潰せ!」

 

うん、聞こえてる。

 

人気者はつらいわね

 

 内心で軽く毒を吐きつつ、私は「か弱そうなポジション」を意識して立ち位置を調整した。

 

「うおりゃあ!」

 

相手チームの男子Aが、全力でボールを投げてきた。

 

小学生レベルとしては、なかなかの剛速球。

けれど、今の私の目には、その軌道がゆっくりと見える。

 

止まって見える……

 

でも、避けると背後の郷子ちゃんに当たる。

彼女は絶対泣く。

それを慰める私の労力が増える。

 

なら、受け止めるしかない

 

その判断をした瞬間、私は「普通の女子らしい反応」を必死に上書きする。

 

「きゃあっ!」

 

わざと高めの悲鳴をあげながら、手を前に出した。

 

──つもりだったのだけど。

 

「え?」

 

気づいたら、ボールは私の指の間に挟まっていた。

 

人差し指と親指、二本だけでピンセットのようにつまんでいる。

 

周りが一瞬静かになった。

 

ギギ、と機械が止まったみたいに動きが止まる。

ボールだけが、カタカタと震えていた。

 

「……今」

 

外野にいた広が、ぽかんと口を開けた。

 

「指で摘まなかったか? 城戸」

 

「え、えーと」

 

私は、笑顔を貼り付けたまま、手の位置をそっと下げる。

 

「違うの、今のは……爪が、ちょっと引っかかっちゃって」

 

「爪でキャッチする人がどこにいるの」

 

美樹が、じとっとした目でこちらを見る。

 

「あんた、またなんかやったでしょ」

 

「やってないわよ!」

 

即答した。動揺を悟られないよう、声のトーンをできるだけ保つ。

 

まずい

 

内心では、冷や汗がだらだら流れている。

 

危なかった……もう少しでボールを握りつぶして、スターダスト・レボリューションみたいな投球するところだった

 

 星の海みたいにボールの破片を撒き散らすドッジボールとか、想像するだけで先生に怒られる未来しか見えない。

 

「城戸、今のセーフだからな!」

 

先生の声が飛んできた。

 

「ナイスキャッチ!」

 

「すごーい!」

 

歓声を上げる女子たち。

いや、そういう方向で褒められるのも困るんだけど。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

慌ててボールを胸元に抱え込み、わざとふらついた。

 

「きゃっ、重い……。私、運動苦手だから……」

 

「さっき指でつまんでたよね?」

 

広のツッコミは聞こえなかったことにした。

 

その後の試合は、極力「当たったふり」「避け遅れたふり」で乗り切った。

結果、試合自体はそこそこ盛り上がって終わったけれど、私の中の「普通達成度」はあきらかに減点対象だ。

 

 

 

 

 

 

放課後。

ランドセルを背負って、通学路を一人で歩く。

 

友達と途中まで一緒に帰ったあと、私は角を曲がって少し遠回りのルートを選んだ。

この道は、本屋に寄るのに都合がいい。

 

本日のランドセルの中身

 

心の中でチェックする。

 

教科書とノート。

宿題のプリント。

そして、下敷きに挟んだ新刊同人誌。

 

表紙が見えないように、二重三重にカバーをかけてある。

これくらい念入りにやっておかないと、兄様やアベル会の目ざとい連中に見つかる危険があるからだ。

 

今日の普通達成度は、五十点ってところね

 

朝から指一本倒立、親子組手で山をえぐり、ドッジボールでボールを指で挟む。

冷静に振り返ると、どう考えても一般的な小学生の一日と一致しない。

 

あの場でボールをちゃんと抱え込めていたら、六十五点くらいにはなったかもしれない

 

そんなことを考えながら歩いていると、ふと路地裏のほうから、ひやりとした感覚がした。

 

空気が淀む。

温度が少し下がる。

 

妖気

 

童守町特有の、低級霊や妖怪が発する気配。

最近はぬ~べ~先生がいろいろ掃除してくれていたから、前よりは減っているはずだけど、それでもゼロにはならない。

 

それが、今日はいつもより少し強い。

 

路地の奥から、ねっとりした声がした。

 

「ヒヒヒ……」

 

典型的な悪役ボイス。

 

「美味そうなガキだなぁ……。そのきれいな魂、ちょっとかじらせてもらおうか」

 

電柱の陰から、よだれを垂らしそうな顔の妖怪がにじり出てきた。

正体を知らない人が見たら、犯罪者のほうの通報案件だと思う。

 

うーん

 

私は、ポケットからスマホを取り出した。

 

画面には、星矢とのメッセージアプリのトーク画面。

 

「今、授業終わった。こっちはこれから特訓」

 

「こっちも今終わったの。体育でバスケしたよ」

 

内容は他愛ない。

でも、そのやり取りが、私の中の「普通」を支えている。

 

私は、妖怪のほうを一度も見ないまま、メッセージを打ち始めた。

 

『今日も学校終わったよ。こっちは今から帰り道♡』

 

顔文字をつけるかどうか一瞬迷って、ハートマークだけ残した。

 

「おい、ガキ」

 

妖怪が、よろよろと近づいてくる。

 

「人の話を聞けよ。今からお前は──」

 

そこまで言わせてあげただけでも、私としてはかなり親切なほうだと思う。

 

「はいはい」

 

私は、片手でスマホを持ったまま、空いたほうの手を軽く振った。

 

裏拳。

 

ほんの少しだけ小宇宙を乗せる。

 

爆発させるほどじゃない。さっきの親子喧嘩に比べれば、くしゃみみたいな出力だ。

 

風が一閃する。

 

妖怪の姿が、スッと消えた。

 

残ったのは、ほんの少し舞い上がる黒い霧のようなものだけ。

それもすぐに、風に溶けて消えていく。

 

「……弱いわね」

 

スマホの画面から目を離さずに、小さく呟いた。

 

「これじゃ準備運動にもならない」

 

送信ボタンをタップする。「既読」は、まだつかない。

 たぶん今頃、星矢はどこかの崖を駆け上がっているか、教官にしごかれているか、あるいは謎の牛と戦っているか。

 

指先には、さっきの妖怪の感触がほとんど残っていない。

あまりにも弱すぎて、殴った実感さえない。

 

「あなたが聖闘士として傷つく前に」

 

思わず、声に出てしまった。

 

「私が敵を全部、お掃除しておけば──」

 

あなたは、ずっと笑っていられるのかもしれない。

 

そう考えた瞬間、胸の中に、ひやりとした重さと、じんわりとした温かさが同時に広がった。

 

……あれ?

 

少しだけ、自分の思考が危ない方向に傾きかけている気がする。

 

いわゆるヤンデレゲージ、というやつが存在するとしたら、今ほんの少しだけ針が動いた感覚。

 

だけど、その違和感を、私は深く考えずに通り過ぎた。

 

「待っててね、星矢」

 

誰もいない路地で小さく笑った。

 

「今度会うときは、あなたをお姫様抱っこできるくらい強くなっているから」

 

星矢をひょいっと抱きかかえて、ダッシュで逃げる自分の姿を想像する。

彼のほうが絶対嫌がるだろうけど、それはそれで面白い。

 

そんな妄想をしながら、私はランドセルの紐を握り直した。

 

夕焼けが、童守町の屋根を赤く染める。

その空の下を、一人の女神(物理特化型)が、普通の通学路を歩いていく。

 

その頃、離れたパライストラで、星矢は突然くしゃみをした。

 

「へっくし!」

 

「どうした星矢、風邪か?」

 

教官に心配されながら、星矢は首をかしげていた。

 

「なんか……ものすごいプレッシャーが近づいてくる気がする……」

 

それが、重戦車ヒロインへの第一歩を踏み出した女神の気配だということに、彼が気づくのは、もう少し先の話になる。




沙織「……ねぇ、ママ、パパ。今日の私、どうだった?」

翔子「どうだったって……娘に山をえぐられた母親の感想を聞きたい?」

沙織「張り手です。ほんのり、張り手です。」

アイオロス「ほんのりで山がなくなるのか……(遠い目)」

翔子「でも、沙織。本気で強くなりたいなら、私も本気で鍛えるよ」

沙織「うん!目標は星矢をお姫様抱っこすること!」

アイオロス「……パパ、ちょっと星矢くんに同情してきた」

翔子「パパはまず娘のスピードに追いつけるように鍛えないとね」

アイオロス「今日の家族会議はやめよう!?パパの心が折れる!」

沙織「じゃあパパ、明日の朝練は私と一緒に走ろうね!」

アイオロス「えっ、いや、ちょ、待っ……!」

翔子「はい決定~。アテナの指示は絶対よ?」

アイオロス「妻と娘がタッグを組んだら、もう逃げ場がない……!」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

  • アッシュと星矢
  • サガとアイオロス
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  • サガと星矢
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