聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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──グラード財団ビル、大会議室。

深紅の絨毯、黒と紫のバナー、そして特注の黒い玉座。
ここに魔王アズライールは降臨し、勇者たちを従わせるはずだった。

しかし!

勇者たちは台本を無視し始め、
アトラスは手加減を忘れ、
一輝は勝手に介入し、
氷河は母への愛を叫び、
そして魔王本人は……暴走。

運命を変えたのは、天より舞い降りた二柱──
保護者(パパとママ)

「後でリビングに来なさい。正座だぞ」

迫りくる家庭の裁きから、勇者たちは逃れられるか?

次回、
『沙織の自我 vs アテナの役割』

乞うご期待!


沙織の自我 vs アテナの役割

グラード財団ビルの大会議室は、今日は「会議室」ではなかった。

 

 床には真紅のカーペット。壁には黒と紫のバナー。天井からは偽物のシャンデリア、ステージの中央には、私用に特注した黒い玉座。背もたれがやたら高いのは、魔王感を出すためだ。

 

(うん、いい。とてもいい)

 

 私は玉座に深く腰を下ろし、肩からかけたマントを軽く翻した。重めの生地がひらりと揺れて、足元で光を反射する。ちゃんと裾がふわっとなるように、布の分量をギリギリまで盛ってある。衣装担当の人にはボーナスをあげたい。

 

ステージの下には、勇者御一行様が並んでいた。

 

星矢。紫龍。氷河。瞬。そして一輝。

 

 星矢だけは、聖衣箱を背負ったまま。聖域から帰ってきた足で強制連行されたので、荷物を置く暇もなかったらしい。ほかの四人は、各自それなりに「私服で来ました」感のある格好だが、全員の表情には共通して「なんで俺たちがここに」の文字が浮かんでいた。

 

(うんうん、その困惑、いいスパイスになるわね)

 

 ステージの脇には、魔王軍側の幹部たち。兄様……いえ、今日の名前で言うなら雷を司る神ケラウノス。隣にはコロナの聖闘士三人衆、アトラス、ジャオウ、ベレニケ。全員、それっぽく黒と金でまとめた軍服を着せてある。

 

我ながら、準備にかなり気合いが入っていると思う。

 

「では」

 

軽く咳払いをして、魔王っぽく低めの声を出してみた。

 

「始めましょうか」

 

マントを翻して立ち上がる。視線は、真正面の星矢へ。

 

「よくぞ来たな、勇者星矢よ。人間界を守りたくば、我が城へ来るが良い」

 

会議室とは呼ばない。ここは魔王城だ。

 

 星矢がびくっとした顔で私を見る。どことなく「やばいスイッチ押しちゃった」みたいな目だ。

 

私は、さりげなく右手で合図を送る。星矢はその動きに気づいて、しぶしぶ手元の冊子をめくった。

 

兄様監修、私原案の台本である。

 

 星矢は三ページ目をごそごそと探し、しばらく沈黙したあと、諦めの色を浮かべながら顔を上げた。

 

「お、おい、魔王よ」

 

棒読み。

 

「そんなことは、許さないぞ」

 

途中でちょっと噛んだ。

 

(まあ、想定の範囲内ね)

 

内心で肩をすくめる。

 

「そのとおりだ」

 

隣の紫龍が、妙に真面目な声で続けた。彼も台本の該当箇所をきっちり開いている。

 

「僕たちを、解放しろ」

 

 ひらがなで書いたセリフを、律義にそのまま読んでいる。語尾の「ぞー」とか「だー」はきれいに消されて、完全に「朗読会」のテンションだ。

 

(紫龍は真面目すぎるのよね……)

 

その硬さも含めて、私は結構好きだけど。

 

 私の玉座のすぐ横には、黒い仮面をつけた兄様が腕を組んで立っていた。輪郭から声まで丸分かりなのに、本人は「正体不明の雷神ケラウノス」をやりきる気らしい。

 

「うむ」

 

兄様が、やたら芝居がかった声でうなずいた。

 

「台本通りだな。私の監修だけあって、構成は完璧だ。問題は役者の質だけだが」

 

がっつり聞こえる音量でディスられた星矢たちが、まとめてうつむいた。

 

(そこで本音を言わないでよ兄様)

 

ステージ脇で控えるアトラスが、小さくため息をつく。

 

りゅうこつ座、カリナのアトラス。コロナの聖闘士筆頭。いつもはキリッとした顔なのに、今日は完全に「中間管理職」の表情だった。

 

「我らは……やられ役か」

 

ぽそっと漏れた声が、何となく耳に入ってくる。

 

(うん、ごめんねアトラス。今回は完全にやられ役です)

 

そこへ、一列の端っこに立っていた一輝が、露骨に踵を返そうとした。

 

「くだらん」

 

低い声が、ステージの空気を揺らす。

 

「俺は帰る」

 

「待ちなさい」

 

玉座から乗り出すようにして叫んだ。

 

「一輝! 協調性!」

 

「なんで俺がそんなものを持たねばならん」

 

「勇者パーティー全員参加だから成立する茶番なのよこれは!」

 

必死に説得している自分の立場には、あえて突っ込まないことにする。

 

「ほら、氷河」

 

視線を隣に移した。

 

「あなただけでもちゃんとやりなさい」

 

氷河は台本を一瞥しただけで、ふっと前髪をかき上げた。

 

「フッ。任せろ」

 

この子はなぜか、こういう時だけやたら乗り気になる。舞台度胸というか、無駄な役者魂というか。

 

(一輝より扱いやすいわね、氷河)

 

一輝が、横目で彼をにらんだ。

 

「あいつ、本気でやる気か……」

 

 

 

 

 

 

 

「ええい、もういいわ」

 

 私は立ち上がり、マントを派手に翻した。

 

「アトラス、ジャオウ、ベレニケ!」

 

 三人が同時に前へ一歩踏み出す。

 

「はっ」

 

 声だけは揃っていて、訓練の賜物を感じる。顔は三人とも、見事なほどやらされてる表情だが。

 

「やっておしまい」

 

魔王らしく命令してみる。

 

 アトラスが前に出て、観客……というか、勇者側の五人に向き直った。目のハイライトが限界まで薄い。

 

「我が名はコロナの聖闘士、りゅうこつ座カリナのアトラス」

 

棒読みとまではいかないが、明らかにテンションが低い。

 

「やまねこ座、リンクスのジャオウ」

 

ジャオウが続いた。いつもは陽気で騒がしいのに、今日は静かすぎる。たぶん台本のせいだ。

 

「髪の毛座、コーマのベレニケ」

 

 ベレニケは、妙にノリノリなポーズだけ決めて名乗った。彼女は意外とこういうお祭りが好きだ。

 

アトラスが、一度こちらを振り返る。

 

「ケラウノス様と……」

 

一瞬、兄様のほうをちらりと見たあと、少し言いなおした。

 

「アズライール様の命により。貴様たちに死を与える」

 

最後に深く、深くため息。

 

「はぁ」

 

完全に残業を押し付けられたサラリーマンの声だ。

 

星矢が、思わず小声でつぶやいた。

 

「大変だな、あんたらも……」

 

台本に視線を落としながら、ぼそっと続ける。

 

「苦労してんだな……」

 

(そこ、同情するポイントじゃないのよ)

 

でもちょっと分かる。アトラスたちは、本来ならここにいなくていい人材だ。

 

星矢が、ぎこちない動きで顔を上げた。

 

「な、何だってー!」

 

ひらがなで「なにーーー!」と書いておいた部分だ。

 

「お前たちが、伝説の、コロナの聖闘士か!?」

 

思ったよりいい声が出た。

 

「絶対に、負けないぞ!」

 

棒読みなのに、根性だけは込もっているのが分かる。

 

(うんうん、成長してるわね星矢)

 

内心で拍手している横で、アトラスが顔をしかめた。

 

「ええい、ままよ」

 

自分に言い聞かせるように呟き、構えを取る。

 

「喰らえ、バーニングコロナ!」

 

彼の周囲に、小宇宙が立ち上った。

 

……立ち上りすぎた。

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

私が口を開いた時には、もう遅かった。

 

アトラスの手のひらに、太陽そのものみたいな火球が生まれていた。演出用の光ではなく、本気仕様の破壊力。会議室の空気が一気に熱を帯びる。

 

「アトラス! 手加減!」

 

叫んだ瞬間、火球が星矢めがけて飛んだ。

 

視界が真っ白になる。

 

爆音。

衝撃。

床が震え、壁が揺れた。

 

次の瞬間、私の視界から、会議室の壁が一枚消えた。

 

「しまっ……!」

 

アトラスの声が飛ぶ。

 

「やべぇ、死んだかも……!」

 

半分本気の悲鳴だ。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

私と兄様の声が、同時に漏れた。

 

会議室に、しんと静寂が降りる。

飛び散るコンクリ片。吹き込む外気。煙。

 

床に跡形もなく転がる台本。

 

(やりすぎた)

 

誰も口に出さなかったけれど、全員の心が一瞬で同じ結論に達した。

 

 

 

 

 

 

 

白い煙の中から、ゆらりと影が立ち上がった。

 

ボロボロのペガサスの聖衣。

胸元や肩にびっしり走ったヒビ。

でも、彼の目だけは、普段以上にギラギラしていた。

 

「……いてぇ」

 

星矢が、髪をかき上げながら顔を上げる。

 

「もらったばかりの聖衣が、ヒビだらけじゃねぇか……」

 

なんだか、怒りの矛先がちょっと違う気もする。

 

(生きてる……!)

 

私は胸を撫で下ろした。

 

アトラスは、逆の意味で目を見開いていた。

 

「生きているのか」

 

彼の声には、普通に驚きが滲む。

 

「今のは、まともな白銀聖闘士なら消し飛ぶ威力だったはず……」

 

(ちょっと、どのレベルで撃ってるのよアトラス)

 

ツッコミたくなるが、今はそれどころではない。

 

星矢が歯を見せて笑った。

 

「へへっ」

 

「やりやがったな、あんた」

 

星矢の小宇宙が、じわりと燃え上がる。

 

「なぁ、今の本気だったよな?」

 

口元だけ笑いながら言った。

 

「演技じゃねぇよな?」

 

空気が、ぴきっと音を立てて切り替わる。

 

アトラスが、一瞬だけ目を伏せてから笑った。

 

「そうだな」

 

先ほどまでのやる気ゼロの顔が、戦士の顔に変わる。

 

「面白い!行くぞ、ペガサス!」

 

アトラスの周囲に、再び炎が渦巻いた。

 

「今度は、骨まで燃やし尽くしてやる!!」

 

「上等だ!」

 

星矢が叫ぶ。

 

「ペガサス流星拳!」

 

二人の姿が、ふっと視界から消えた。

 

ステージの上で、光と衝撃だけがぶつかり合う。

さっきまで吹き飛ばされなかった壁も、今度は耐えられないかもしれない。

 

台本は、星矢の足元で黒焦げになっていた。

 

(えーと)

 

私は、自分の椅子のひじ掛けを握りしめながら頭を抱える。

 

(完全にガチバトル始まっちゃったわねこれ)

 

 予定では、アトラスの「バーニングコロナ(演劇用)」がパイロ系の光に変換されて、星矢が大げさに吹っ飛ぶはずだった。

 その後、軽い寸劇で「勇者の成長」とか「魔王の余裕」とかを演出する計画だったのだ。

 

普通に命のやり取りが始まりそうな空気である。

 

「どうする?」

 

兄様がひそひそ声で尋ねてきた。

 

「止める?」

 

「……止められる?」

 

星矢とアトラスの戦場を見つめた。

二人の攻防は、もはや様子見レベルを超えている。

光と光がぶつかり合う地点に、一歩でも近づいたら、私でもただでは済まない気がする。

 

(いや、そもそも、これはこれで星矢の修行になるのでは)

 

そう考え始めた自分がいて、さらに頭が痛くなる。

 

「ええい」

 

思考を振り払うように首を振った。

 

「こうなったら、他のパートも予定通り進めるしかないわ」

 

 

 

 

 

「えぇ……本当にやり合うのか?」

 

ジャオウが遠い目で星矢たちのほうを見た。

 

「まあ、いいか。俺の相手は……」

 

視線が、優しげな目をした少年に止まる。

 

アンドロメダの瞬。

守られ属性の塊みたいな子だ。

 

「君に決めた」

 

ジャオウが低く笑った。

 

「シャイニングヘルクロウ!」

 

光をまとった爪を振りかざし、瞬に向かって突っ込んでいく。

 

「うわっ」

 

瞬が慌てて構える。

 

「い、一輝兄さん!」

 

いつものように、反射で兄の名前を呼んでしまっている。

 

「瞬!」

 

一輝がすかさず動いた。

 

 台本には、本来ここで「瞬が鎖で華麗に防ぐ」と書いてあったのだが、鳳凰のほうが先に飛び込んだ。

 

彼は瞬の前に割り込み、生身でジャオウの拳を受け止めた。

 

「俺の弟に触れるな」

 

一輝の目が、炎のように光る。

 

「貴様の相手は、この鳳凰星座の一輝だ」

 

ジャオウが、完全に固まった。

 

「台本にない乱入……」

 

うっすらと汗をにじませながら私のほうを見る。

 

「どうするんだよこれ!」

 

(知らないわよ!)

 

心の中で叫び返す。

 

(鳳凰星座を止められる人間が、世界に何人いると思ってるの!)

 

ジャオウは、覚悟を決めたように舌打ちした。

 

「チッ。どいつもこいつも……ならば相手をしてやる!」

 

一方、反対側のエリアでは、別の意味でカオスな空気が漂っていた。

 

氷河とベレニケだ。

 

 ベレニケは台本通り、自慢の髪を揺らしながら妖艶に笑っている……つもりなのだろうけど、氷河のほうが完全に「自分の世界」に入ってしまっていて、噛み合っていない。

 

「マーマ……」

 

氷河が胸元を押さえる。

 

「俺の愛したマーマの信じる神は……」

 

台本にはそんなセリフ書いていない。

 

「断じて、アズライールのような邪神じゃない」

 

「お、おお……?」

 

ベレニケが一歩引いた。

 

(待って、私そこまでひどい扱い?)

 

本人の前で邪神認定されて、ちょっと傷つく。

 

「俺の小宇宙は、愛する者のために燃える」

 

氷河が手を広げる。

 

「受けてみろ、ダイヤモンドダスト!」

 

 手のひらから放たれたのは、本気の氷雪……ではなく、演技用に調整された微風。それでも、冷気だけは本物だ。

 

「ぐ、ぐわああああ!」

 

ベレニケが、わざとらしく吹っ飛ぶ。

 

「ここまで強いとは……油断した……」

 

 ちゃんと台本っぽいセリフを足しているあたり、彼のほうが役者としての柔軟性が高い。

 

(この二人だけ、ジャンルが違う芝居やってる感じなんだけど)

 

 瞬は兄に救われて、ジャオウとがっつりやり合い始めるし、星矢はアトラスと光速近い攻防を繰り広げているし、紫龍は台本の立ち位置にいないからどこにいるのか一瞬見失うし、氷河とベレニケのところだけ異様に演劇っぽいし。

 

ステージは一気に、私の手を離れて暴走を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(まあ、でも)

 

 私は、玉座に腰を落ち着け直した。

 

(こういうのも、嫌いじゃない)

 

星矢が戦っている。

私のために。

……と、勝手に解釈する。

 

(ふふ)

 

満足げにうなずきかけて、私はふと違和感に気づいた。

 

胸の奥が、いやな感じで熱い。

 

(ん?)

 

さっきから、頭の片側がじんじんする。

視界の端が、少しだけ歪んで見える。

 

(あれ……?)

 

私の小宇宙が、さっきから自分で膨らんでいく感覚があった。

意識して燃やしているわけではないのに、戦いの熱と、星矢の叫びと、アトラスたちの気配に反応して、勝手に火力が上がっている。

 

「……沙織?」

 

隣の兄様が、眉をひそめた。

 

「小宇宙が漏れているぞ」

 

「へ?」

 

自分の周りを見回す。

 

空気がびりびりしていた。

ステージの床の模様が、じわじわと変色している。

 照明が瞬き、会議室の隅に置いてあった観葉植物が圧力に耐えきれずしおれかけている。

 

(ちょっと、待って)

 

私は慌てて小宇宙を押さえようとした。

 

(落ち着け、私。私は沙織。私はアテナ。私はアズライールでもあるけど、本質はアテナ。たぶん)

 

頭の中で、自分の名前を何度も繰り返す。

 

そのたびに、別の声が返ってくる。

 

『地上を守れ』

 

『魂を導け』

 

『死を恐れるな』

 

『戦え』

 

『愛せ』

 

いろんな役割が、いろんな声で同時にしゃべり出した。

 

(うるさい!)

 

思わず頭を押さえる。

 

(今は、こっちの台本通りに動きたいの!)

 

私の意思とは裏腹に、小宇宙はさらに膨張した。

背中を、何か熱いものが駆け上がっていく。

 

バチッ。

 

鋭い音がして、天井の照明がすべて消えた。

 

「うわっ」

 

誰かの声。

 

次の瞬間、グラード財団ビルの外の夜景が、一斉に暗くなったのが窓越しに見えた。

 

(やば)

 

ビル周辺の街区が、まとめて停電している。私の余波だけで。

 

「チッ」

 

兄様が舌打ちした。

 

「アトラスたちが戦っている間にこれか」

 

彼は両手を広げ、小宇宙を一気に解放した。

 

まぶしい光が、会議室全体を包む。

私の小宇宙の波が、兄様の光で押し返されていく。

 

「コロナ・サンクチュアリ展開。被害をビル内部だけに抑える」

 

「さすが兄様!」

 

素直に感心しながらも、状況のやばさは変わらない。

 

別室では、たぶんこうなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、こちらグラード財団スイーツ事業部でございます」

 

たぶん今頃、響子おば様は電話に両耳をふさがれているだろう。

 

「はい、ただいま原因を調査中で……ええ、また雷です。はい」

 

雷のせいにされる兄様にとっては、少し不本意かもしれない。

 

そんな裏方の苦労も知らず、ステージの中央では、まだ星矢たちが殴り合っていた。

 

(そろそろ止めないと、本気でビルが半壊するわね……)

 

私がそう考え始めた頃、会議室の扉が、音もなく開いた。

 

扉の枠だけが。

 

中身のドアは、さっきの爆発でどこかへ行っている。

そこから、二つの影が姿を現した。

 

パパとママである。

 

「こら」

 

パパが腕を組んでステージを見上げた。

 

「何をやっているんだ、お前たちは」

 

その一言で、会議室全体の空気が凍った。

 

「あらあら」

 

ママが、唇に指を当てて笑う。

 

「少し目を離した隙に、ずいぶん派手なパーティーね?」

 

エリス融合モードなので、笑顔の奥に若干の殺気が見える。

 

「げ」

 

兄様が小さく声を漏らした。

 

「パパ……ママ……?」

 

私は思わず立ち上がる。

 

星矢たちも、それぞれの戦場で動きを止めた。

 

「アトラス君たちも」

 

パパが、アトラスたちに視線を向ける。

 

「そこでストップだ」

 

「は、はい!」

 

アトラスが、反射的に背筋を伸ばした。

ジャオウとベレニケも、軍隊式に直立不動になる。

 

「星矢君たちもだ」

 

矛先が勇者側に向く。

 

「はいっ!」

 

星矢が条件反射で返事をし、兄弟を庇っていた一輝でさえ、思わず姿勢を正した。

氷河だけは、ちょっとだけ「まだ芝居続けたい」みたいな顔をしていたが、ママの視線に射抜かれて静かになった。

 

「そして」

 

パパの視線が、ゆっくりとこちらに向く。

 

「アベル」

 

「はい」

 

「沙織」

 

「はい……」

 

私の声は情けないくらい小さくなった。

 

「あとでリビングに来なさい」

 

パパが静かに言う。

 

「正座だぞ」

 

会議室に、誰かの飲み込む音が響いた。

 

星矢が、こっそり私のほうを見てくる。

 

(ごめんね星矢)

 

心の中で謝った。

 

(でも、今日の茶番……じゃなかった、勇者vs魔王イベント、私は結構楽しかったわ)

 

そう思った瞬間、ママと目が合った。

 

「沙織」

 

柔らかな声。

 

「反省は、楽しい記憶を消さなくていいものよ。でも、次からはもう少し、やり方を考えましょうね?」

 

「……はい」

 

私は素直にうなずいた。

 

こうして、勇者御一行と魔王軍の頂上決戦は、保護者召喚スキルによって強制終了した。

 グラード財団の停電と、周辺区画のブラックアウトの原因については、後日「局地的な雷雲による影響」として公式発表された。

 

(次やる時は、もうちょっと安全な会場でやろう)

 

そんな反省を、正座しながら静かに心に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……で」

 

 その日の夜。私はリビングのテーブルの前で、兄様と並んで正座していた。

 

 目の前にはパパとママ。背後のソファには、なぜか星矢たち青銅五人も正座……ではなく、きちんと膝を揃えて座らされている。

 

「まず」

 

パパが、私たち兄妹を見比べた。

 

「ビルの壁を一面吹き飛ばした件について」

 

「はい」

 

「はい」

 

私と兄様は素直に返事をする。

 

「アトラスたちにはきっちり謝ったな?」

 

「さっき控室で菓子折りを持って頭を下げました」

 

兄様が即答した。

 

「一応、彼らも『まあ楽しかったので』と言ってくれました」

 

「『でも次は時給をください』って言ってたわよ」

 

ママがさらっと補足する。

 

コロナの聖闘士に残業代を払うべきかどうか。新しい経理上の課題が生まれてしまった。

 

「次」

 

パパの視線が私に向く。

 

「小宇宙の制御不全について。沙織、お前、自分でどこまで出ていたか分かっているか?」

 

「八割くらい……?」

 

正直に答える。

 

「体感では?」

 

「五割くらいです」

 

「それであの停電だ」

 

パパは深くため息をついた。

 

「アテナとしての力が伸びているのはいいことだが、『楽しいから』でリミッターを外すな。戦場と遊び場は、ちゃんと分けなさい」

 

「はい……」

 

正論すぎて何も言い返せない。

 

ママが、少しだけ声のトーンを柔らかくした。

 

「でもね」

 

彼女は私の目をまっすぐ見た。

 

「星矢君たちに『本気でぶつかれる場』を作りたかったんでしょう?」

 

「それは、まあ……はい」

 

 私は視線を落とす。

 

「聖域では、みんなが私のことを勝手に持ち上げて。私は『お飾りの女神』でいなきゃいけなくて」

 

 言葉がつっかえそうになる。

 

「ここでは、ちゃんと、自分で選んで戦えるところを見せたくて」

 

 ママはにっこり笑った。

 

「その気持ちは、分かるわ」

 

 隣でパパも、小さくうなずいた。

 

「だからこそ、余計に準備と安全管理が必要になるんだ。お前はもう、何をやっても『一般人の悪ふざけ』では済まない」

 

「はい」

 

「次からそういうイベントをやる時は、必ず大人に相談すること。最低でも、私か翔子、どちらかの許可を取る」

 

「了解しました……」

 

 私は素直に頭を下げた。

 

 そこで、パパの視線がソファ側に向く。

 

「星矢君たちも」

 

 名前を呼ばれた星矢が、びくっと肩を震わせる。

 

「は、はい!」

 

「今日は巻き込んでしまって悪かったな」

 

 パパの声は、さっきまでより柔らかい。

 

「あの火力でよく立っていた。聖衣の修理代は、うちで持とう」

 

「えっ、いいんですか!」

 

 星矢の顔がぱっと明るくなった。

 

「ムウさんに出すたびに、なんか『またか』って顔されるんですよ」

 

「それはお前の戦い方の問題だと思うが……」

 

 紫龍の突っ込みは聞かなかったことにする。

 

「ただし」

 

 パパが続けた。

 

「次に同じような茶番……いや、訓練をやる時は、危険度を事前に確認すること。お前たちも『なんか変だな』と思ったら、その場で止めなさい」

 

「はい」

 

紫龍、氷河、瞬、一輝。全員が一斉に返事をした。

 

星矢だけは、少し考えてから口を開いた。

 

「あの」

 

「何だ?」

 

「今日のって……怒られポイントも多かったと思うんですけど」

 

星矢は、ちらっと私のほうを見てから、続けた。

 

「俺、結構、楽しかったです」

 

胸の奥が、少し熱くなる。

 

「アトラスたちと本気で殴り合えたし。沙織さんが、あんだけ楽しそうなのも初めて見たし」

 

「お、おい星矢!」

 

慌てて制止しようとしたが、もう遅い。

 

「だから、その……またやる時は、ちゃんと準備してから、俺たちも一緒にやりたいです」

 

星矢は、真正面からパパとママを見た。

 

パパは一瞬黙って、それからふっと笑った。

 

「そうか」

 

ママも、手で口元を隠して肩を揺らす。

 

「ねえ、アイオロス君」

 

「うん。……まあ、そう言われたら、親としては弱いな」

 

(次は、もっと上手くやろう)

 

私は、そんなことを考えながら、もう一度深く頭を下げた。

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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