聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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――花びら舞う春の通学路。
そこに現れたのは、露出度を限界突破したギャル型アテナ。

彼女の前に立ちはだかるのは、
テスト12点の不良、
脳筋忠犬男子、
そして……自身の中の神。

「待ちなさい幽助!今日の私は一味違うわ!」

桜の木が揺れ、校門がきしむ。
次回、皿屋敷中学は再び崩壊の危機に瀕する――!?

『城戸沙織(13)、今日も神と不良の間で揺れる』
その爛漫、見逃すべからず。


城戸沙織(13)、今日も神と不良の間で揺れる

春。それは出会いと別れの季節。桜の花びらが舞い散る皿屋敷中学校の通学路を、私は風を切って歩いている。春風が少し冷たいけれど、そんなの気にならない。今の私には、この肌寒ささえも「生の実感」として必要な刺激なのだ。

 

私の名前は城戸沙織。表向きは、グラード財団の令嬢にして、この皿屋敷中学の1年生。 でもその正体は、愛と正義の女神アテナの生まれ変わり。

 

……なんて設定は、もううんざりだ。数か月前の星矢とのデート以来、私は決意したのだ。神として生きる前に、一人の女子中学生として、青春を謳歌してやると。

 

その決意の表れが、今のこのファッションだ。

 

「……ふふん、今日もキマってるわね」

 

商店街のショーウィンドウに映る自分を見て、満足げに頷く。

 

まず、スカート。これはもう、スカートと呼んでいいのか議論が分かれる長さだ。膝上何センチとか、そういう次元じゃない。もはや「腰巻」だ。動くと危険?甘いわね。見えそうで見えない、そのギリギリのライン(絶対領域)こそが、小宇宙を高めるのよ。そしてシャツ。襟元は第二ボタンまで開けるのが常識だけど、私は第四ボタンまで開けている。 さらに裾を結んで、へそ出しスタイル。極めつけは、肩の部分を大胆にハサミで切り抜いた「オフショルダー加工」だ。これで誰がどう見ても、由緒正しきお嬢様には見えない。 完全に「夜露死苦」な世界の住人だ。ちなみに、この改造制服を作るのに、執事の辰巳が泣きながらミシンを踏んでくれた。「お嬢様、アテナがヘソを出すなど……!」と嘆いていたけれど、知ったことじゃない。

 

私がこうして露出度を高めているのには、深い理由がある。肌を外気に晒すことで、自分の中の「人間としての感覚」を常に刺激し続けるためだ。

布で覆ってしまうと、安心してアテナが「さあ、聖衣を纏いなさい」とか言い出してくるから、その予防策でもある。決して、星矢が「アイドル雑誌のグラビア見て鼻の下伸ばしてた」から、対抗意識を燃やしているわけではない。……絶対に違うんだからね!

 

『……下品です。まるで売れ残りの海産物のような浅ましさ』

 

脳内で、アテナが毒づく。朝から元気ね、女神様。

 

(うるさいわね!今は登校中よ!黙ってて!)

 

心の中で一喝し、カバン(もちろんペチャンコに潰してある)を肩に担ぎ直す。すると、前方からため息交じりの声が聞こえてきた。

 

「……はぁ。沙織、おはよう」

 

そこにいたのは、私のクラスメイトであり、この世紀末のような学校における唯一の良心、雪村螢子だ。彼女は真面目な制服の着こなしで、私の姿を見て頭を抱えている。

 

「螢子!おはよう!今日もいい天気ね!絶好のサボり日和……じゃなくて、勉強日和ね!」

 

「あんたまた凄い格好ね……。また先生に怒られるわよ?先週も竹中先生に『そのスカートはなんだ、腹巻か?』って言われてたじゃない」

 

「フフン、甘いわ螢子。竹中先生なんて、私の小宇宙……じゃなくて、ギャル・オーラで威圧すればイチコロよ。それに、男を引っ掛けるにはこれくらいのアピールが必要なのよ!『清楚』なんて概念は、ランドセルと一緒に小学校に置いてきたの!」

 

バサッと髪をかき上げる。髪の色も、ちょっと脱色して変えたかったけど、さすがにそれは辰巳が「爺様に合わせる顔がない」と切腹しようとしたから思いとどまった。

 

「(絶対方向性間違ってるけど、言っても聞かないしな……)」

 

螢子が呆れた顔で呟く。彼女のその冷ややかな視線も、今の私には心地いい。

 

「それにね、エリスママも言ってたわ。『若いうちに出せるものは出しておけ。隠すのはシミとシワだけでいい』って!さすが争いの女神、言うことに説得力があるわよね!」

 

「翔子さん、どんな教育してるの……。保護者面談の時、先生たちがざわついてた理由がわかった気がするわ」

 

螢子が遠い目をしている。エリスママは、私のギャル化を面白がって推奨している節がある。「アテナがグレた!最高!」って、新しい服を買ってくれたりするのだ。ちなみに響子おば様は「美意識が足りないわ。もっと上品に肌を見せなさい」と、露出の角度についてダメ出しをしてくる。どっちもどっちだ。

 

「さあ、行きましょう螢子。今日は1時間目から体育よ。私の改造ジャージ(短パン)を披露する時が来たわ」

 

「あんた、ジャージまで切ったの……?」

 

私たちが校門へ向かって歩き出すと、前方の人混みがモーゼの海割れのように左右に開いていく。みんな、私を避けている。「おい見ろよ、城戸だ」「今日もすげぇな」「目合わせんな、石にされるぞ」そんなヒソヒソ話が聞こえる。失礼しちゃうわね。石になんてしないわよ。精々、精神を破壊するくらいよ。

 

その時だ。校門とは逆方向、つまり「サボりルート」へ向かって、コソコソと歩く影を見つけた。特徴的なリーゼント。緑色の学ラン。そして、背中から漂うダルいというオーラ。

 

浦飯幽助だ。この学校で一番の不良であり、喧嘩が強いと言われている有名人だ。

 

「あ!こら!バカ幽助!どこ行く気!?ちゃんと学校に来なさい!」

 

螢子が素早く反応し、声を上げる。さすが幼馴染、逃走ルートを熟知している。幽助がビクッとして振り返る。

 

「げっ!螢子!……と、沙織!」

 

幽助は私と目が合った瞬間、露骨に半歩下がった。まるで猛獣か、時限爆弾でも見たような反応だ。失礼ね。

 

「『げっ』とはなによ!こんなに可愛い美少女2人を捕まえて、その態度は万死に値するわよ!」

 

腰に手を当てて、ビシッと彼を指差す。幽助は眉間にシワを寄せて、私の全身をジロジロと見た。

 

「ケッ。どこが美少女だ。沙織、お前のそのギャルもどき、痛々しいぞ。無理すんなって。お前、中身はお婆ちゃんみてーな喋り方するくせに、格好だけ若作りしてんじゃねーよ」

 

「なっ……!?」

 

お、お婆ちゃん!?アテナが古代ギリシャ生まれだからって、そこを突いてくるとは! いや、幽助はそんな事情知らないはず。単に私の喋り方が古風だから言ってるだけだ。

 

「ムッキーー!言わせておけば!幽助なんてバカのくせに!万年補習組のくせに!前の理科のテスト、12点だったくせに!」

 

最大の攻撃カードを切る。そう、テストの点数だ。これは先生から聞いた極秘情報だ。

 

「ぶっ!おま、なんでそれ知ってんだよ!」

 

幽助が顔を真っ赤にする。図星だ。

 

「えっ、幽助あんたまたそんな点数取って!ちょっとは勉強しなさいよ!屋台のラーメン食べる暇があったら教科書読みなさい!」

 

螢子も追撃する。幽助はタジタジだ。勝った。この勝負、私の勝ちだ。私は勝ち誇った顔で胸を張る(露出しているので寒い)

 

「うっせーな!螢子は俺のおふくろか!?……ていうか沙織!人のこと言えるのかよ!お前、授業中ずっと寝てるか、早弁してるか、鏡見てるかじゃねーか!お前こそ何点なんだよ!」

 

幽助が反撃してくる。ふっ、愚かね。私が授業を聞いていないのは事実だけど、私には神の叡智があるのよ。本来なら、人間のテストなんて赤子の手をひねるようなもの。

 

……なんだけど。今回ばかりは、事情が違った。

 

「…………点」

 

小声で呟く。

 

「あ?聞こえねーよ!声ちっせぇぞ!蚊の鳴き声かよ!」

 

幽助が耳に手を当てて煽ってくる。くっ、言わせたいのね。いいわよ、言ってやるわよ。これが、ギャル・アテナの生き様よ!

 

大きく息を吸い込み、仁王立ちになる。通りがかりの生徒たちが「何事か」と足を止める。注目が集まる中、私は高らかに宣言する。

 

「0点よ!!文句ある!?」

 

シーン。

 

通学路の時が止まった。桜の花びらが落ちる音さえ聞こえそうだ。雀も鳴くのをやめた気がする。

 

幽助と螢子が、ポカンと口を開けて固まっている。

 

「……え?」

 

螢子が信じられないものを見る目で私を見る。12点の男・幽助でさえ、言葉を失っている。

 

「0点……?名前書き忘れたとか?」

 

「いいえ。名前は達筆に『城戸沙織』って書いたわ。答案用紙も全部埋めたわ。でも、全部間違ってたのよ!」

 

そう。あれは悲劇だった。テストの問題は「植物の光合成について答えよ」とか、そういうやつだった。でも、私の中のアテナが勝手に右手を動かして、『植物は小宇宙を燃焼させ、大地の恵みを吸収し……』 とかいう、神話的な解釈を長文で書き連ねてしまったのだ。先生のコメントは赤字で『ポエムは国語で書いてください』だった。屈辱だ。

 

「……」

 

幽助の表情が変わる。さっきまでの喧嘩腰な表情が消え、徐々に「憐れみ」の色を帯びていく。眉尻が下がり、目が優しくなる。それは、捨て犬を見る時の目だ。あるいは、壊れてしまったおもちゃを見る時の目だ。

 

「……いや、悪かった。俺がマシに見えるレベルだとは……」

 

幽助が、そっと私の肩に手を置く。

 

「お前、マジで気にすんな。勉強だけが人生じゃねーしな。なんか……可哀想になってきた。俺、12点でへこんでた自分が恥ずかしいわ。上には上が(下には下が)いるんだな……」

 

「……ッ!!」

 

何これ。罵倒されるより、100倍キツイんだけど。あの幽助に、勉強で同情された?不良の彼に、「可哀想」って言われた?

 

私のプライドが、豆腐屋のおじさんがうっかり落とした木綿豆腐のように、グシャグシャに粉砕された。

 

「き、キーッ!なんかすごく辛い!幽助ごときに同情されたのが死ぬほど屈辱的だわ!離してよ!その優しさが痛いのよ!」

 

幽助の手を振り払う。顔が熱い。恥ずかしさと情けなさで、小宇宙が暴発しそうだ。

 

「ドンマイ、沙織。次は頑張ればいいじゃない。……たぶん」

 

螢子まで、腫れ物を触るような扱いで慰めてくる。やめて。そんな目で見ないで。私、アテナなのよ?地上の支配者なのよ?なんで中学生に「勉強できない子」扱いされて慰められなきゃいけないのよ!

 

「うわあああん!バカにしないでよ!次のテストでは本気出すから!ゼウスに頼んでカンニング……じゃなくて、神の力を解放するから!」

 

「カンニングは停学になるからやめなさい」

 

螢子が冷静に突っ込む。

 

「へへっ、まあ頑張れよ、0点女神様。俺は学校行く気なくしたけど、お前の顔見たらなんか元気出たわ。今日は行ってやるよ」

 

幽助がニカッと笑う。私の不幸を糧にして更生しないでほしい。

 

「……ふん!礼には及ばないわ!行くわよ螢子!」

 

私は逃げるように歩き出す。 背中で幽助が「0点かよ……すげーなマジで」と呟いているのが聞こえる。

 

ああ、神様。もし天界で見ているなら教えてください。なんで私の学校生活は、こんなに前途多難なのですか?そして、どうして私のスカートの中に見え隠れするスパッツを、誰も突っ込んでくれないのですか?(実は一番こだわったポイントなのに)

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあなんだ、彼氏に慰めてもらえよ。パライストラ?とかいう私立のエリート校に行ってんだろ?そっちは偏差値も高いし、お似合いじゃねーか」

 

幽助が、ポケットに手を突っ込んだまま、適当なことを言う。私の逆鱗という名のスイッチを、土足で踏み抜いたことに気づきもせずに。

 

ピキッ。私のこめかみで、何かが切れる音がする。血管かもしれないし、理性かもしれない。

 

「……ううっ……星矢のこと言わないでよ!」

 

通学路に私の悲痛な叫びがこだまする。

 

「あいつ、パライストラで『ボクシング部に入ったぜ!リングにかけろ‼』とか言って、普通に充実した中学生ライフ送ってるのよ!毎日『フィニッシュブロー!』とか叫んで、青春の汗を流してるのよ!羨ましすぎるじゃない!」

 

そう。星矢は引き続きパライストラに通っている。聖闘士養成機関という裏の顔を持つ全寮制のエリート校だ。そこで彼は、のびのびと過ごしているらしい。電話をするたびに、「今日は竜児とスパーリングしたぜ!」とか「剣崎ってライバルがすげーんだ!」とか、楽しそうに報告してくる。なにそれ。なによそれ。こっちは毎日、脳内の女神と領土争いをして、スカートの丈で先生と戦争して、テストの点数でアイデンティティ崩壊してるのに。なんで彼だけ、昭和の熱血ボクシング漫画みたいな世界観で輝いているのよ。

 

「私だけ置いてけぼり感があるのよ!蚊帳の外なのよ!寂しいのよバカァ!!」

 

「知らねーよ!八つ当たりすんな!俺に言うなよ!」

 

幽助が後ずさりする。でも、もう遅い。私の行き場のない怒りと嫉妬は、出口を求めて暴れ回っている。

 

「うるさい!慰めなさいよ!『沙織ちゃんは可愛いよ』とか『0点でも魅力的だよ』とか、歯の浮くようなお世辞を並べ立てなさいよ!じゃなきゃ腕ずくでも慰めさせるわよ!」

 

ゴゴゴゴゴ……。私の背後に、黄金色のオーラが立ち上る。これは小宇宙じゃない。ただの「殺気」だ。物理的なプレッシャーが、周囲の空間を歪ませる。窓ガラスがビリビリと共鳴し、近くにあった消火栓がガタガタと震え出す。

 

「や、やめろバーサーカー女神!ここで暴れたら校舎が傾く!俺まだ卒業してねーんだよ!」

 

幽助の顔が青ざめる。彼が私のことを「バーサーカー女神」と呼ぶのには、理由がある。 それは、ほんの数か月前。入学式の日の出来事だ。

 

 

 

 

 

 

あれは、桜が満開の入学式だった。私は、まだ「お嬢様」の皮を被って、おとなしく登校していた。そこに、3年生の不良グループが絡んできたのだ。「おい新入生、金貸せよ」「可愛い顔してんじゃん」そんな、テンプレート通りの三流の悪役セリフを吐きながら。

 

緊張していた。新しい学校生活、友達ができるか不安だった。だから、彼らが声をかけてくれたことが、少し嬉しかったのだ。「ああ、これが『スキンシップ』というものですね」と勘違いした私は、彼らに「準備運動」を提案した。「では、親睦を深めるために、少し体を動かしましょう」

 

数分後。校門の前には、巨大なピラミッドが完成していた。人間ピラミッドだ。土台は、白目を剥いて泡を吹いている不良たち。一番下にはリーダー格の男が、重力と私の体重のすべてを受け止めて埋まっていた。その頂点に、私は優雅に座り、紅茶(持参した水筒)を飲んでいたのだ。

 

「皆様、基礎体力が足りていませんね。聖闘士なら、指一本で岩を砕くのが基本ですよ?」

 

私が微笑みかけると、周囲で見守っていた全校生徒と教師たちが、一斉に悲鳴を上げて逃げ出した。それ以来、私は「皿屋敷中のバーサーカー女神」「関わったら骨がパウダーになる女」として、裏の生徒会長みたいな扱いを受けるようになったのだ。

 

なんで!なんで童守小の時と同じニックネームなのよ!!

 

 

 

 

 

「(沙織……また『物理』で解決しようとしてる……)」

 

螢子が額に手を当てて、深くため息をつく。彼女は知っている。私がキレると、言葉よりも先に拳が出るタイプであることを。そして、その拳が、光速に近い速度で繰り出されることを。

 

私は幽助の胸倉……ではなく、学ランの襟首を掴み上げる。私の握力の前では、学ランの生地なんてティッシュペーパーと同じ強度しかない。ミシミシと繊維が悲鳴を上げる。

 

「さあ、幽助。私の機嫌を直しなさい。3秒以内に面白いギャグを言うか、私のテストの答案用紙を抹消するか、どっちかにしなさい」

 

「理不尽すぎるだろ!どっちも無理だわ!」

 

幽助が涙目で叫ぶ。その時だ。

 

「おいコラ浦飯ーー!!今日こそは俺と勝負……あー!沙織ちゃん!おはようっす!」

 

ドスの効いた怒号が、向こうから飛んできたかと思えば、瞬時に猫なで声に変わった。桑原和真だ。リーゼントの高さなら幽助にも負けない、この学校のもう一人の不良。そして、私の数少ない(というか唯一の)ファンクラブ会員第1号。

 

彼は幽助を完全に無視し、私の前で直角にお辞儀をする。その角度、90度。定規で測ったように美しい最敬礼だ。

 

「あ、あら……」

 

とっさに、掴んでいた幽助をポイッと放り投げる。幽助は「べげっ!」と蛙のような声を上げて壁に激突するが、私は気にしない。瞬時に表情筋を操作し、眉を下げ、口角を上げ、「深窓の令嬢モード」へと切り替える。ギャルメイクをしていても、この「品格」だけは隠せない(と自分では思っている)

 

「和真くん、おはよう!元気そうね?」

 

「いやー、元気バリバリっすよ!沙織ちゃんの顔見たら、徹夜のゲーセン疲れも吹き飛んだっす!」

 

和真くんは顔を上げて、ニカッと笑う。単純だ。扱いやすくて助かる。

 

「沙織ちゃんのその服、今日もサイコーにイカしてるっす!強い女の戦闘服って感じで!マジリスペクトっす!」

 

和真くんが、私の露出度高めな改造制服を絶賛する。彼はセンスが独特だ。「健康美」とか言って、私のヘソ出しルックを肯定してくれる貴重な存在だ。

 

「(こいつ、趣味悪ぃな……)」

 

壁から剥がれ落ちた幽助が、ボソッと呟く。聞こえてるわよ。

 

「ふふ、分かってるじゃない。ありがとう、和真くん」

 

余裕の笑みを浮かべる。褒められて悪い気はしない。私の機嫌ゲージが、少しだけ回復する。

 

「……ところで和真くん?」

 

「はい!なんでしょうか!」

 

直立不動で返事をする。私は一歩、彼に近づく。香水の香り(お高いやつ)を漂わせながら、上目遣いで彼を見つめる。

 

「和真くんは、朝から喧嘩なんかしないわよね?風紀が乱れるもの。……ね?」

 

ニッコリと笑う。口元は笑っている。でも、目は笑っていない。瞳の奥で、アテナの神聖なる威圧感と、私の個人的なイライラをミックスさせた、特濃の闇鍋みたいな圧力を放射する。

 

ゴゴゴゴゴ……。再び、私の背後に幻影が見える。今度は勝利の女神ニケではなく、冥界の王ハーデスのような禍々しい影だ。「喧嘩したら……わかってるわよね?ピラミッドの2段目、空いてるわよ?」 そんな無言のメッセージを送る。

 

顔色が、サッと変わる。本能が警鐘を鳴らしたのだろう。彼は野生の勘が鋭い。私が「カタギ」ではないことを、肌で感じ取っているのだ。

 

「は、はい!もちろんっす!俺はラブ&ピースっす!喧嘩なんて野蛮なこと、この桑原和真、生まれてから一度もしたことないっす!」

 

彼は冷や汗をダラダラ流しながら、裏返った声で宣言する。素晴らしい。平和主義者への改宗、完了ね。

 

「嘘つけ!さっき俺に『勝負だコラァ!』って叫んで突っ込んできただろ!」

 

幽助が横からツッコミを入れる。

 

「うっせー!あれは挨拶だ挨拶!『おはよう』の代わりに『勝負』って言うのが俺の流儀なんだよ!なあ、沙織ちゃん?」

 

和真くんが必死に同意を求めてくる。

 

「ええ、そうね。元気な挨拶は気持ちがいいわ。でも、廊下は走っちゃダメよ?次やったら……校庭の桜の木の下に埋めるわね?」

 

「ヒィッ!了解っす!摺り足で歩くっす!」

 

能楽師のように、静かにすり足で移動を始める。その姿を見て、私は満足げに頷いた。

 

「さあ、教室に行きましょうか。1時間目は体育よ。和真くん、私の着替えの番兵(見張り)をお願いできるかしら?」

 

「喜んでェェェ!!命に代えても覗き魔から守るっす!」

 

「(一番の危険人物はお前だろ……)」

 

幽助と螢子の心の声がハモったのが聞こえたけれど、私は無視して歩き出した。とりあえず、私の機嫌は直った。幽助を壁に叩きつけたことと、和真くんを服従させたことで、ストレス発散になったようだ。やはり、暴力……じゃなくて、コミュニケーションは大事ね。

 

パライストラで青春している星矢に負けないくらい、私もこの皿屋敷中学で伝説を作ってやるわ。 まずは、体育の授業でドッジボールよ。 私の光速のボール捌きで、相手チームを更地にしてあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

校門のあたりが、なんだかお祭り騒ぎみたいに賑やかだ。

 

「……あら。朝から騒々しいわね。バーゲンセールでもやってるのかしら?」

 

私が眉をひそめると、隣で幽助が「あーあ」と気だるそうに頭をかいた。

 

「バーゲンじゃねーよ。ありゃ隣中の不良どもだ。カツアゲか、ただの示威行為か……ま、どっちにしろめんどくせーな。裏門から回ろうぜ」

 

幽助がくるりと踵を返そうとする。その背中を、私がガシッと掴む。本日二度目の捕獲だ。

 

「待ちくたびれなさい、浦飯幽助」

 

「『待ちくたびれなさい』ってなんだよ!離せよ!関わりたくねーんだよ!」

 

「何言ってるの!神聖なる学び舎の入り口を、あんな薄汚い連中で封鎖させるなんて!皿屋敷中学・風紀委員(自称)として、この私が許しません!」

 

ビシッと校門を指差す。そこには、典型的な「昭和のヤンキー」といった風情の、リーゼントやモヒカン頭の男たちが5、6人たむろしている。竹刀とか持ってる。時代錯誤も甚だしいわね。あんなもの、コスプレイベント以外で持ち歩いていいのは執事の辰巳だけよ。

 

「幽助!和真くん!手伝いなさい!排除(おそうじ)の時間よ!」

 

二人のボディーガード(候補)に号令をかける。

 

「はあ!?お前一人で行けば10秒で終わるだろ!俺の手伝いいらねーだろ!」

 

幽助が全力で拒否する。失礼な。私をなんだと思っているの?

 

「何言ってるの!私は『か弱い普通の中学生』なんだから!敵陣に突っ込むには前衛(タンク)が必要に決まってるでしょ!私が攻撃(DPS)に専念できるように、あんたたちが盾になりなさいよ!」

 

「DPSってなんだよ!ゲーム脳かよ!ていうかお前、DPS(ダメージ)どころか、一人で殲滅(全滅)させるラスボス級の火力持ってるだろ!」

 

「うるさいわね!乙女には『守られながら戦う』というシチュエーションが必要なの!雰囲気作りよ、雰囲気作り!真面目にやれば2秒で皆殺しよ!」

 

駄々をこねると、ここまで空気だった和真くんが、目をキラキラさせて前に出た。

 

「沙織ちゃんがそう言うなら!がってん承知の助っす!この桑原和真、愛の盾となって散る所存っす!行くぞ浦飯!」

 

「チッ……へいへい。バックレたら後で沙織に締められるよりマシか」

 

幽助が諦めたように肩を回す。そうそう、物分かりがいい男は嫌いじゃないわよ。

 

私たちは三位一体(トリニティ)のフォーメーションで校門へと進撃する。不良たちが私たちに気づく。

 

「あン?なんだテメェら。痛い目にあいたく……」

 

不良Aが言いかけた瞬間、和真くんのドロップキックが炸裂した。

 

「問答無用ォォォ!!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

「オラオラァ!沙織ちゃんの通学路を塞ぐゴミ掃除だァ!」

 

和真くんが暴れ回る。 幽助も「めんどくせー」と言いながら、的確なパンチで不良BとCを沈めている。さすが、喧嘩慣れしているわね。でも、一番の見せ場は私がいただくわ。

 

残ったリーダー格らしき男が、私を見てニヤリと笑った。

 

「へっ、女かよ。おい姉ちゃん、怪我したくなか……」

 

「隙あり!」

 

私はスカートを翻し、踏み込む。小宇宙は使わない。これはあくまで、中学生同士の喧嘩。神の力を使ったら反則負け(というか消し炭)になってしまう。だから、私は純粋な筋力と、星矢から見よう見まねで覚えたフォームだけで拳を繰り出す。

 

「食らいなさい!ペガサス流星……パンチ(物理)!」

 

ドガガガガガッ!!

 

私の拳が、亜音速(マッハには届かない手加減)で男のボディに炸裂する。一秒間に10発くらいの、可愛らしい連打だ。

 

「ごふっ……!?お、重……ッ!?」

 

男がくの字に折れ曲がり、白目を剥いて吹き飛んだ。そのまま校門の石柱に激突し、ズズズと崩れ落ちる。 石柱に少しヒビが入った気がするけれど、経年劣化ということにしておこう。

 

「……ふぅ。制圧完了ね」

 

拳に息を吹きかける。またネイルが剥げちゃったかしら。

 

周囲では、桑原くんと幽助によって倒された不良たちが転がっている。

 

「……容赦ねーな、お前」

 

幽助がドン引きしている。

 

「あら、手加減したわよ?骨は折ってないもの。たぶん、ヒビくらいよ」

 

「それが一番痛ぇんだよ……」

 

後ろで見ていた螢子が、深いため息をつきながら歩み寄ってきた。

 

「……沙織、あんたねぇ。あなたは多分、小学生の頃から普通じゃなかったと思うわよ……」

 

「え?小学生の頃はピアノとバレエを嗜む、深窓の令嬢だったわよ?」

 

「嘘おっしゃい。ぬ~べ~の隣で妖怪を、デコピンで天井に突き刺してたの見てたわよ私」

 

螢子の記憶力が憎い。そんなこともあったかしら。

 

不良たちを片付けた私たちは、何食わぬ顔で校舎へと向かう。

 

ふと校庭に目をやると、バスケットコートで爆発音がした。

 

ドッゴォォォォン!!!

 

見ると、アベルお兄様がゴールリングにぶら下がっていた。その後ろで、バスケットゴールが根元から折れ曲がり、火花を散らしている。周囲の女子生徒たちが「キャー! アベル様ー!破壊的ィ!」と黄色い声を上げている。

 

「……あっちのほうが、よっぽど非常識じゃない?」

 

私が指差すと、幽助と螢子と桑原くんが、無言で頷いた。お兄様、修理費は自分のお小遣いで払ってね。

 

神と人との狭間で、ギャルと清楚の狭間で、そして不良と風紀委員の狭間で、私は壊れかけの洗濯機が脱水中に暴れている時のように、激しく揺れ動きながら生きている。

 

私が彼らとともに「霊界」とか「妖怪」とか、そういう意味での非日常に巻き込まれるのは、もう少し先の話。この平和な喧嘩の日々から、一年後のことだ。幽助が、子供を助けて車に轢かれ、運命の歯車が大きく動き出す、少し前の物語である。

 

とりあえず今は、1時間目の体育でドッジボールをして、汗を流すとしましょうか。 ボールが破裂しないように、気をつけなくちゃね。

 

 

まず私の物語はこの13歳。中1の年に始まるのだ。




螢子「……ねぇ沙織。なんであなたって、毎回こうなの?」

沙織「え、褒めてるの?」

幽助「褒めてねーよ!てか俺の12点弄るのやめろ!」

桑原「沙織ちゃんのためなら12点でも0点でも誇らしいっす!」

幽助「お前の頭ん中どうなってんだよ」

沙織「ふふ……まあいいわ。今日も私の勝ちね」

アテナ(脳内)『違います。人間が勝ったなどという錯覚は捨てなさい』

沙織「黙りなさい!今はあとがきよ!」

幽助「うわ、また始まった……」

桑原「沙織ちゃんの内なる声すら尊いっす!」

螢子「……だめだこりゃ」

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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