聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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強化された白銀聖闘士、飛び交う黄金の矢!
沈黙する十二宮、目覚める至高の修復師!
アテナを蝕む邪悪な矢、残された時間は十二時間!

そして――
星矢よ、少女の心を守り抜け!
父アイオロスは進む、神殿へのブライダルロード(※命懸け)。

次回『神殺しの矢と、LEDのカウントダウン』
アテナの愛は、まだ終わらない!


神殺しの矢と、LEDのカウントダウン

ギリシャの陽射しは強い。

 

石灰岩の白さが目に痛いくらいに反射するここ聖域(サンクチュアリ)の麓、十二宮への登り口。

 

そこに、異様な集団が到着する。純白のドレスを纏い、黄金の杖を手にした少女、アテナ。その左右を固めるのは、伝説の黄金聖闘士である射手座のアイオロスとアルデバラン、まだ少年の面影を残す青銅聖闘士たち。星矢、紫龍、氷河、瞬、一輝。そして後ろに続く白銀聖闘士、青銅聖闘士達。

 

彼らの表情は一様に暗い。これから向かう場所は、敵の本拠地ではない。かつて共に汗を流し、笑い合った仲間たちが待つ「実家」なのだ。それを自分たちの手で壊しに行かなければならない。その重圧が、彼らの足を重くさせる。

 

しかし、先頭を歩くアテナだけは違う。彼女の歩みに迷いはない。ヒールの音が、規則正しく石畳を叩く。カツ、カツ、カツ。その音は、まるで死刑執行へのカウントダウンのようだ。 彼女の瞳は、目の前にそびえ立つ十二の宮殿を見上げても、何の感傷も抱かない。ただの「制圧対象エリア」として認識しているだけだ。彼女の脳内では、すでに敵戦力の分析と、最適な進軍ルートの計算が終了している。

 

一行が最初の階段に足をかけた、その時だ。

 

「お待ちしておりました、アテナ様」

 

不意に、涼やかな声が響く。殺気はない。

 

星矢たちが身構える。石柱の影から、一人の男が姿を現す。白銀に輝く聖衣を纏った聖闘士。矢座(サジッタ)のトレミーだ。

 

彼は敵意を見せることなく、胸に手を当てて深く一礼する。その所作は完璧だ。かつての聖域では見られなかった、都会的でスマートな立ち振る舞い。これもまた、アッシュ参謀長による「聖闘士マナー講座」の賜物なのだろうか。

 

「皆様、ようこそお越しになりました。私は白銀聖闘士、矢座のトレミーと申します」

 

トレミーは顔を上げ、穏やかに微笑む。そこには、侵入者を排除しようとする荒々しさはない。

 

「アッシュ参謀長とサガ教皇は、無益な血を流すことを望んでおりません。我々は野蛮な殺し合いではなく、文明的な対話を求めています。話し合いの席を用意しておりますので、どうかこちらへ。冷たいお飲み物と、サガ教皇自慢の焼き菓子も用意してございます」

 

トレミーが手で方向を示す。その態度はあまりにも紳士的だ。星矢たちは毒気を抜かれたように顔を見合わせる。戦いに来たはずなのに、いきなりお茶会に誘われたのだ。紫龍が「これは罠か?」と小声で囁くが、瞬は「でも、嘘をついているようには見えないよ」と迷う。

 

確かに、今の聖域は変わった。力こそ正義、弱者は死ねという古い掟はもうない。話し合いで解決できるなら、それに越したことはない。それが「人間としての聖闘士」のあり方だ。

 

しかし。その理屈が通じるのは、相手が「人間」である場合だけだ。今の彼らのリーダーは、人間ではない。神の機工(システム)だ。

 

アテナは立ち止まる。彼女はトレミーの案内など見ていない。

 

彼女の視線は、トレミーという「障害物」を捉え、瞬時にスキャンを完了する。

 

所属:聖域守備隊

階級:白銀

敵対行動の有無:対話要求(=降伏拒否)

判定:排除対象

 

アテナは無表情のまま、隣に控える黄金聖闘士に命令を下す。

 

「アイオロス。この者を殺しなさい」

 

その声には、慈悲も躊躇もない。「そこの空き缶を拾って捨てなさい」というのと同じトーンだ。場の空気が凍りつく。星矢が息を呑む。トレミーの笑顔が固まる。

 

「ッ!?……アテナ!?」

 

アイオロスが驚愕の声を上げる。彼はアテナの横暴さを理解していたつもりだったが、ここまでとは思っていなかった。目の前の男は、拳を抜いてすらいない。話し合いを求めてきた使者だ。それを問答無用で殺せと言うのか。

 

「使者を殺すのはあまりに……騎士道に反します!聖闘士として、無抵抗の相手を撃つことなど……!」

 

アイオロスが必死に訴える。彼の倫理観が悲鳴を上げている。しかし、アテナは冷徹に彼を見上げる。その瞳は、深海の底のように暗い。

 

「騎士道?そのような人間のローカルルールなど、私には関係ありません」

 

アテナは断言する。

 

「問答無用です。サガに与するもの、即ち神への反逆者。私の支配を受け入れない者は、全てバグであり、ウイルスです。全て殺します。降伏は認めません」

 

彼女は黄金の杖を地面に突く。硬質な音が響く。

 

「地上の愛と正義のために、不純物は排除しなければなりません。効率的に、確実に。さあ、やりなさいアイオロス。それとも、貴方も反逆者になりますか?」

 

脅迫だ。アイオロスは拳を握りしめる。ここで拒否すれば、彼はその場でアテナに処刑されるか、あるいは洗脳を解く機会を永遠に失うことになる。彼はギリギリと歯ぎしりをする。やるしかないのか。この若き聖闘士を、対話を求めてきた彼を、自分の手で。

 

その葛藤を断ち切ったのは、他ならぬトレミー自身だった。

 

「……(溜息)」

 

トレミーが、わざとらしく大きな溜息をつく。彼は困ったように肩をすくめ、頭を振る。

 

「やはり、神との対話は不可能か。アッシュ参謀長の懸念通りですね。神様ってやつは、どうしてこうも人の話を聞かないのか」

 

トレミーの目から、営業用の笑みが消える。代わりに宿ったのは、鋭い戦士の眼光だ。

 

「残念です。本当に残念です。美味しいお菓子を用意していたのに」

 

彼はゆっくりと右手を挙げる。その手に、凄まじい小宇宙が集束していく。

 

「ならば仕方ない!交渉決裂です。ここから先は、我々の流儀で守らせていただく!」

 

トレミーが叫ぶ。彼の背後に、矢座の星座が浮かび上がる。以前の彼とは違う。その小宇宙の密度、輝き、全てが桁違いだ。

 

「我が矢を受けてもらう!ファントムアロー!!」

 

トレミーが腕を振り下ろす。瞬間、無数の光の矢が放たれる。それは文字通り、雨のように降り注ぐ。しかし、ただの矢ではない。一つ一つが実体を持ち、強烈な破壊力を秘めたエネルギー弾だ。

 

星矢が前に出る。アテナを守るため、反射的に身体が動く。

 

「なっ……これは、ただの幻影じゃない!?」

 

星矢が叫ぶ。かつて戦った聖闘士たちの技とは、レベルが違う。肌を刺すようなプレッシャー。空気が振動し、地面がひび割れるほどの風圧。これは、黄金聖闘士の技に匹敵する密度だ。

 

「矢のような拳圧……!くっ、数が多すぎる!」

 

星矢がペガサス流星拳で迎撃しようとするが、全ての矢を叩き落とすのは不可能に見える。

 

「危ない、沙織さん!」

 

星矢がアテナを庇おうとする。だが、それよりも早く、黄金の閃光が走る。

 

「させん!」

 

アイオロスだ。彼は苦渋の表情を消し去り、聖闘士としての顔になる。アテナを守る。その一点において、彼の身体は自動的に反応する。たとえ相手が話の分かる男であっても、攻撃してきた以上は敵だ。

 

「アトミック・サンダーボルト!!」

 

アイオロスの右拳から、雷光が放たれる。それは光速の拳だ。一秒間に一億発とも言われるプラズマの奔流が、トレミーのファントムアローを飲み込み、術者であるトレミー自身へと殺到する。本来なら、これで終わりだ。白銀聖闘士と黄金聖闘士の実力差は、大人と赤子以上に開いている。トレミーは一撃で消し飛ぶはずだった。

 

誰もがそう思った。アテナでさえ、結果を確認するまでもなく視線を外そうとした。

 

だが。

 

「おっと……!」

 

軽薄とも言える声と共に、トレミーの姿が揺らぐ。光の奔流が、彼が立っていた場所を通過し、後方の岩山を粉砕する。ズガガガガガッ!!轟音と共に土煙が舞い上がる。

 

しかし、トレミーはそこにいなかった。彼は数メートル横に移動し、冷や汗を拭う仕草をしながら立っている。聖衣の肩パーツが少しかすり、煙を上げているが、本体は無傷だ。

 

「なっ!?」

 

アイオロスが絶句する。星矢たちが目を見開く。

 

「避けた……だと?白銀聖闘士が、黄金の拳を?」

 

アイオロスの声が裏返る。あり得ない。光速拳を見切るなど、同じ黄金聖闘士同士の戦いでなければ不可能なはずだ。それを、格下であるはずの矢座がやってのけた。

 

「ふぅ……危ない危ない。さすがは伝説の英雄、本気で殺しに来ますね」

 

トレミーはニヤリと笑う。その笑顔には、確かな自信が漲っている。

 

「驚きましたか、射手座の英雄。ですが、俺たちを昔のままの『噛ませ犬』だと思わないでいただきたい」

 

トレミーは胸を張る。彼は誇らしげに語り始める。

 

「俺たちもアッシュ参謀長の下で、地獄の……いや、超科学的かつ合理的で、でもやっぱり地獄のような特訓を受けてきた身なんですよ!」

 

「毎朝5時の基礎体力作り。最新の栄養学に基づいたプロテイン摂取。メンタルトレーナーによる精神統一の指導。そして、サガ教皇による直接のスパルタ実戦形式組手!」

 

アッシュによる聖域改革は、福利厚生だけではなかった。聖闘士の底上げ。それこそが、彼の真の目的だったのだ。精神論や根性論で誤魔化さず、効率的に小宇宙を高めるメソッドを確立し、それを全聖闘士に叩き込んだ。

 

「俺たちは学びました。小宇宙とは、爆発させるものではなく、制御するものだと!解析し、予測し、最適化する。それが新時代の聖闘士の戦い方です!」

 

トレミーの全身から、黄金色に近い輝きが漏れ出す。それは紛れもなく、小宇宙の究極形。

 

「セブンセンシズ(第七感)くらい、目覚めていなきゃ聖域の改革にはついていけないんですよ!残業代分くらいは、働かせてもらいます!」

 

衝撃の事実。白銀聖闘士のセブンセンシズ覚醒。かつては奇跡と呼ばれた領域に、彼らは「努力」と「システム」で到達していたのだ。

 

アイオロスの顔色が青ざめる。これは、ただの反乱鎮圧ではない。相手は、自分たちと同等の領域に足をかけた、精鋭集団だ。

 

「……まさか、これほどの戦力を隠していたとは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイオロスがトレミーの回避運動に驚愕した、そのわずかな隙。意識が「目の前の敵の動き」に集中した、コンマ数秒の空白。トレミーはそれを見逃さない。彼が放った無数の幻影の矢の中に、たった一本だけ、実体を持つ「黄金の矢」が混ざっていたのだ。それは音もなく、殺気さえ消して、最短距離を翔ける。標的はこの軍勢の要、アテナだ。

 

「……!」

 

アテナ(システム)は、飛来する脅威を感知する。

 

脅威レベル:S

回避行動:計算開始

 

しかし、彼女の演算装置(脳)が一瞬のラグを起こす。それは、目の前で繰り広げられた「白銀聖闘士が黄金聖闘士を翻弄する」という、過去のデータベースには存在しないイレギュラーな事態に対し、処理が追いつかなかったからだ。神の予測を超えた人間の成長。 それが、最強の防衛システムに致命的な穴を開ける。

 

ズスッ。

 

鈍い音が響く。物理的な衝撃が、アテナの胸を貫く。

 

「……ぅ……あ……」

 

アテナの瞳が見開かれる。黄金の矢は、彼女の左胸、心臓のすぐ近くに深く突き刺さっている。鮮血は流れない。代わりに、黄金色の光の粒子が傷口から漏れ出し、空中に霧散していく。それはまるで、高度な精密機器が破壊され、内部のエネルギーが漏洩しているかのような光景だ。

 

「沙織さーーん!!」

 

星矢の絶叫が轟く。彼は反射的に駆け出し、崩れ落ちるアテナの身体を抱き止める。重い。いつもより、彼女の身体が鉛のように重く感じる。それは物理的な重量ではなく、彼女の中に渦巻く膨大な神の力が、制御を失って暴走しかけている重さだ。

 

「アテナ!しっかりしてください!」

 

アイオロスが駆け寄る。彼の顔から血の気が引いている。守れなかった。最強の黄金聖闘士でありながら、目の前で主君を、いや、最愛の娘を傷つけられた。その事実は、彼のプライドと心を粉々に打ち砕く。

 

「……エラー……システム……損傷……修復……不能……」

 

アテナの口から、途切れ途切れの単語が漏れる。その瞳から、冷徹な神の光が明滅し、ノイズが走る。彼女は苦しげに胸の矢を掴もうとするが、手がすり抜ける。矢はすでに肉体と霊的に同化し始めているのだ。

 

「ふぅ……。当たりましたか」

 

安堵と、少しの罪悪感が入り混じった声。トレミーだ。彼は数メートル離れた岩の上に着地し、肩で息をしている。黄金聖闘士の攻撃をかわし、カウンターを決める。それは彼にとっても命懸けの綱渡りだったはずだ。

 

「貴様ァァァ!!よくも沙織さんを!!」

 

星矢が怒髪天を衝く勢いで立ち上がる。その拳に、流星のような小宇宙が宿る。今すぐにでもトレミーを殴り殺さんばかりの殺気だ。しかし、トレミーは動じない。彼は冷静に、事務的に告げる。

 

「無駄ですよ、ペガサス。俺を殺しても、その矢は消えません」

 

トレミーは矢を指差す。

 

「その黄金の矢は、アテナの小宇宙を封じ、徐々にその命(システム)を蝕む特製の楔です。もはやその矢は、誰にも抜くことはできません。力任せに抜こうとすれば、矢はさらに深く食い込み、心臓を破壊するでしょう」

 

「なんだと……!?」

 

星矢が歯を食いしばる。手詰まりか。いや、必ず解決策があるはずだ。これはゲームやアニメの鉄板だ。トレミーはニヤリと笑う。

 

「抜きたければ、12時間以内……そう、タイムリミットは12時間です。それまでに、十二宮の頂上にあるアテナ神殿へ行き、そこにある『アテナの盾』を彼女にかざすのです。その盾の神聖な光だけが、邪悪な矢を浄化し、消滅させることができます」

 

12時間。アテナ神殿までの道のり。そして、そこに待ち受けるのは、強化された黄金聖闘士たち。

 

「無理ゲーだろ……」

 

青銅聖闘士の一人、邪武がポツリと漏らす。しかし、トレミーは聞いていない。

 

「言っておきますが、俺たちは本気です。人間の聖域を守るため、簡単には通しませんよ。……健闘を祈ります」

 

言い捨てて、トレミーは姿を消す。逃げたのではない。戦略的撤退だ。彼の役目は「宣戦布告」と「時間制限の設定」であり、ここで全滅することではない。実に合理的で、現代的な聖闘士の動きだ。

 

直後。ズゥゥゥゥン……。重低音が響き渡る。全員の視線が、上空へと向く。そこには、かつて石造りの火時計が設置されていた塔がある。十二宮の戦いの象徴とも言える、あの時計塔だ。

 

ピ・ピ・ピ・ポーン。

 

間の抜けた、しかしクリアな電子音が鳴り響く。塔の側面にある巨大なパネルが発光する。

 

「「あ、あれは……!?」」

 

全員が声を揃えて驚愕する。そこに映し出されたのは、揺らめく青い炎ではない。高輝度、高解像度、フルカラーの巨大LEDディスプレイだ。渋谷の交差点にあっても違和感のない、最新鋭のサイネージである。

 

『REMAINING TIME 12:00:00』

 

赤いデジタル数字が、冷酷に時を刻み始める。11:59:59……11:59:58……。秒単位どころか、コンマ以下のミリ秒まで高速でカウントダウンされている。視認性が良すぎる。夜間の戦闘でもバッチリ見える親切設計だ。

 

「……なんか、すげぇ正確に時間を刻んでる……!」

 

星矢が呆然と呟く。 風情もへったくれもない。「命の火が消える」といった情緒的な演出は排除され、ただ冷徹な「数値」として死までの時間が可視化されている。

 

「フン、合理的なことだ。残り時間が可視化されるとはな。これならペース配分も考えやすい」

 

一輝が、腕を組んで鼻を鳴らす。彼はこの状況でも冷静だ。いや、むしろこのデジタルな演出が、敵であるアッシュたちの「本気度」を示していると理解しているのだ。神話的な曖昧さを排除し、全てを管理・数値化する。それが今の聖域なのだと。

 

アイオロスが、アテナの体をそっと横たえる。地面にマントを敷き、彼女を寝かせる。 アテナの顔色は悪い。胸の矢が放つ禍々しい光が、彼女の顔を照らしている。彼女は目を閉じているが、眉間には深い皺が刻まれている。システム内部で、エラー修復とウイルス除去のプログラムが激しく衝突しているのだろう。

 

「……一刻の猶予もない!アテナをお救いする!十二宮を突破するぞ!」

 

アイオロスの声が、その場の空気を引き締める。彼は立ち上がる。その背中には、黄金聖衣の翼がある。しかし、飛んでいくことはできない。聖域にはアテナの結界があり、徒歩で宮を突破しなければ神殿にはたどり着けないルールがあるからだ。

 

「行く者は、俺とアルデバラン!」

 

アイオロスが指名する。巨漢の黄金聖闘士、牡牛座(タウラス)のアルデバランが一歩前に出る。彼は日本でのゴタゴタの後、結局アイオロスたちと合流していた。中立の立場ではあったが、アテナが倒れた今、彼もまた動かざるを得ない。

 

「おう!露払いは任せろ!俺のグレートホーンで、道を塞ぐ岩も聖闘士も吹き飛ばしてやるわ!」

 

アルデバランが極太の腕を鳴らす。頼もしすぎる前衛だ。

 

「そして紫龍、氷河、瞬、一輝だ!」

 

アイオロスが続ける。選ばれた青銅聖闘士たちが頷く。彼らは精鋭だ。黄金聖闘士とも渡り合える可能性を持つ、奇跡の世代。

 

「済まないが、それ以外の聖闘士……邪武、市、檄たちは、ここでアテナを守るんだ。今の強化された黄金聖闘士には、お前たちでは荷が重すぎる」

 

アイオロスは非情な判断を下す。邪武たちが悔しそうに唇を噛む。「そんな……俺たちだって!」「役に立ちますよ!」と抗議の声が上がるが、アイオロスは首を横に振る。 無駄死にはさせたくない。これは父としての、そして指揮官としての優しさだ。

 

「待ってくれ!俺は!?」

 

星矢が叫ぶ。彼は当然、自分が突入メンバーに入っていると思っていた。アテナを救うために、誰よりも燃えているのは自分だという自負がある。

 

「俺だって紫龍たちより強い!セブンセンシズにだって目覚めている!なんで俺が留守番なんだよ!」

 

星矢がアイオロスに詰め寄る。唾が飛ぶほどの勢いだ。

 

「俺が行かなきゃ、誰が沙織さんを……アテナを助けるんだよ!あのデジタル時計をぶっ壊して、教皇を引きずり下ろすのは俺の役目だろ!」

 

熱い。星矢はいつだって熱い。その熱さが、何度も奇跡を起こしてきた。だが、アイオロスは静かに首を振る。彼は星矢の肩を、強く、本当に強く掴んだ。ガントレット越しに、アイオロスの体温と、痛いほどの握力が伝わってくる。

 

「だからだ……星矢」

 

アイオロスの声が、一段低くなる。周囲の雑音を遮断し、星矢だけに届くような声量で、彼は告げる。

 

「お前はアテナのそばにいてやれ。……『沙織』のそばにだ」

 

「……!」

 

星矢の動きが止まる。アイオロスの目を見る。そこには、聖域軍総司令官としての厳しい光はない。あるのは、一人の父親としての、切実な懇願だ。

 

アイオロスは視線を、苦悶の表情を浮かべるアテナへと向ける。その表情は、システムのエラーに苦しむ「女神」のものではない。悪夢にうなされる、ただの「少女」の顔だ。

 

『神のシステムに飲み込まれた娘を、矢が刺さって弱っている今こそ、お前の声で呼び戻してくれ』

 

アイオロスは言葉にしない。だが、その目は雄弁に語っている。システムが弱体化した今がチャンスなのだ。アテナという強固な殻にヒビが入った今なら、その奥深くに封じ込められた「城戸沙織」という人格に手が届くかもしれない。そして、その呼びかけに応じることができるのは、父親である自分ではない。彼女が恋焦がれ、心から信頼していた少年、星矢だけなのだ。

 

星矢は息を呑む。理解した。自分の役目は、ただの護衛ではない。戦って敵を倒すよりも、もっと困難で、もっと重要なミッション。彼女の「心」を守り、繋ぎ止めること。 それができるのは、世界で自分一人だけだ。

 

「……わかった」

 

星矢の拳から力が抜ける。しかし、その瞳には新たな決意の炎が宿る。

 

「俺が、沙織さんを守る。必ず。……たとえ神様が相手でも、閻魔様が相手でも、絶対に連れて行かせない」

 

「恩に着る、星矢君」

 

アイオロスが、初めて少年の名前を呼んだ気がした。「君」付けで。それは、娘を託す相手への、対等な男としての敬意の表れだ。

 

アイオロスは前を向く。未練を断ち切るように。その背中は、再び頼れる総大将のものに戻っている。

 

「さあ行くぞ!!アテナ神殿へ進軍開始だ!!我々の手で、未来を掴み取るぞ!」

 

「「オオオーーーッ!!」」

 

アルデバランの野太い声、一輝の冷静な気合、瞬の悲壮な決意、氷河の冷徹な闘志、紫龍の静かなる闘気。それぞれの小宇宙が爆発する。彼らは一斉に駆け出す。目指すは第一の宮、白羊宮。

 

そこには、最強の修復師であり、アッシュの改革を支持する智将、ムウが待ち構えているはずだ。

 

星矢は、遠ざかる仲間たちの背中を見送る。そして、ゆっくりと膝をつき、アテナ……いや、沙織の手を握った。その手は冷たい。でも、微かに脈打っている。生きている。彼女はまだ、ここにいる。

 

「……待っててくれよ、沙織さん。みんなが戻ってくるまで、俺が絶対、お前のことを離さないからな」

 

星矢はデジタル火時計を見上げる。残り時間、11時間58分20秒。長い長い夜が、始まったばかりだった。

十二宮編の最後は誰と誰の対決に?

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