聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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白銀の牙は鋼を裂き、
職人の拳は星を砕く。

かつて黄金の頂にあった強者たちを、
今、時代の奔流が飲み込もうとしていた。

瓦礫の下で沈む英雄・アイオロス。
その胸に残った問いはただ一つ。

――「俺は何のために、戦っている?」

一方、白羊宮の奥では新たな機工の胎動が蠢く。
アッシュが描く改革の真の目的とは?

そして迫り来る、次なる刺客――。

「黄金聖闘士よ、覚悟せよ。
時代はもう、お前たちだけのものではない」


猛れる黄金の羊、牙を剥く白銀

白羊宮

 

 

石畳が悲鳴を上げる。物理的な悲鳴だ。

 

ギリシャの大理石で作られた頑丈な床が、想定外の負荷に耐えきれずにメキメキと亀裂を走らせている。その原因は、一人の男の猛攻にある。

 

牡羊座のムウ。聖衣の修復師として知られ、普段は優雅で穏やかな物腰を崩さない彼が、今はまるで別人のような苛烈さを剥き出しにしている。

 

「ハァッ!!」

 

鋭い呼気が、白羊宮の空気を震わせる。ムウの姿がブレる。いや、消える。次の瞬間には、数メートル離れていたはずのアイオロスの懐に、彼は出現している。瞬間移動(テレポート)

 

ムウの代名詞とも言える超能力だが、今の使い方はこれまでの常識とは違う。敵の攻撃を回避するためではない。間合いを詰めるための、攻撃的な移動手段として使われている。

 

「ぐっ……!」

 

アイオロスが呻く。反応が遅れる。光速の動きを持つ黄金聖闘士でさえ、予備動作のないゼロ距離への転移には対応しきれない。ムウの右拳が、アイオロスの腹部に叩き込まれる。ドスッという重い音が響く。純粋な速度と、体重移動と、腰の回転を加えた、極めて物理的な体術による一撃だ。

 

「ムウ、貴様……!これほど格闘戦ができるとはな……!」

 

アイオロスが苦悶の表情でバックステップを踏む。彼は驚いている。ムウといえば、サイコキネシスやスターダスト・レボリューションといった、遠距離・広範囲攻撃を得意とする「魔導師タイプ」の聖闘士だという認識があった。

 

肉弾戦は苦手とまでは言わないが、アイオロスやアルデバランのような「戦士タイプ」に比べれば劣ると、無意識に見積もっていたのだ。

 

それが、どうだ。今の連撃は、武術の達人のそれだ。無駄がなく、鋭く、そして重い。 拳に込められた殺気が、黄金聖衣の装甲を貫通して、内臓に直接響いてくるような嫌な衝撃を残す。

 

ムウは追撃の手を緩めない。再び姿を消し、今度はアイオロスの背後に出現する。

 

手刀が首筋を狙う。アイオロスが翼を使って強引に旋回し、それをガードする。金属音が火花と共に散る。

 

「舐めないでいただきたい」

 

ムウが冷たく言い放つ。その表情には、修復師としての繊細さは欠片もない。あるのは、邪魔者を排除しようとする冷徹な戦士の顔だ。

 

「聖衣を修復するには、繊細な小宇宙操作だけでなく、ハンマーを何万回も振り下ろす筋力と体幹が必要なのです。私の拳は、星屑を砕くハンマーと同じ。生身で受ければ骨まで砕けますよ」

 

理屈は通っているが、それを実戦レベルで体現してくるのが恐ろしい。アイオロスは防戦一方だ。彼には迷いがある。ムウを倒さなければならないという目的はあるが、かつての仲間を本気で傷つけることへの躊躇いが、拳の鋭さを鈍らせている。対するムウには、迷いがない。その精神的な差が、互角のはずの実力差を大きく広げている。

 

「アイオロスに構うな!こっちだムウ!」

 

横から、怒号が飛んでくる。牡牛座のアルデバランだ。彼は友人の窮地を見過ごせない。 巨体を揺らし、重戦車のような突進を仕掛ける。単純だが、それゆえに最強の質量攻撃。 まともに食らえば、白羊宮の壁を突き破って隣の山まで吹き飛ばされる威力がある。

 

しかし。ムウは視線すら向けない。アイオロスを見据えたまま、左手だけを無造作にアルデバランの方へ向ける。まるで、うるさいハエを払うような動作だ。

 

「邪魔です」

 

ムウが呟く。掌から、不可視の波動が放たれる。

 

「ぬおおっ!?」

 

アルデバランの突進が、空中で強制停止させられる。物理法則が無視される。体重百キロ、さらに黄金聖衣の重量を加えたアルデバランの体が、見えざる巨大な手に掴まれたかのように、フワリと浮き上がる。

 

「体が……浮く!?ば、馬鹿な!俺の突進エネルギーを、片手で相殺しただと!?」

 

アルデバランが手足をバタつかせる。空中では、自慢の剛腕も踏ん張りが効かない。ただの巨大な的だ。

 

「相殺?いいえ、ベクトルを変えただけです」

 

ムウが掌を天井に向かって振り上げる。それに合わせて、アルデバランの巨体が猛スピードで上昇する。

 

ズドン!!

 

「ぐがっ!?」

 

アルデバランの背中が、白羊宮の高い天井に叩きつけられる。石材がひび割れ、破片がパラパラと落ちてくる。天井に張り付けにされたような格好だ。屈辱的であり、かつ回避不能な状況。

 

「落ちなさい」

 

ムウが掌を振り下ろす。重力プラス、念動力による加速。アルデバランが隕石のように落下してくる。 床に激突する寸前、ムウは右手を掲げる。彼の周囲に、無数の光の粒子が渦巻く。それは美しい星空のようでありながら、触れるもの全てを消滅させる死の輝き。

 

「スターダスト・レボリューション!!」

 

ムウの叫びと共に、星屑の革命が起きる。光の奔流が、落下してくるアルデバランを真下から迎撃する。逃げ場はない。空中で身動きの取れないアルデバランは、その全弾を身体で受け止めることになる。

 

「ぐああああーーっ!!」

 

絶叫。黄金の野牛が、光の渦に飲み込まれる。凄まじい衝撃音と閃光が、白羊宮を揺るがす。衝撃波がアイオロスをも襲い、彼は腕で顔を覆って耐えるしかない。

 

「アルデバラン!!」

 

アイオロスが叫ぶ。光が収まると、そこには床に大の字になって倒れるアルデバランの姿があった。黄金聖衣が煙を上げている。意識はあるようだが、ダメージは深刻だ。あのタフなアルデバランが一撃でここまで追い込まれるとは。ムウの本気度が、痛いほど伝わってくる。

 

アイオロスがカバーに入ろうと動く。しかし、ムウはその動きさえも先読みしていたかのように、スッとアイオロスの前に立ち塞がる。その瞳は冷徹に光り、明確な「敵」としての認識を突きつけてくる。

 

「よそ見をしている余裕がありますか?アイオロス」

 

ムウの声は冷たい。

 

「貴方は強い。それは認めます。ですが、その強さは誰のためのものですか?思考停止して神に従うためだけの強さですか?」

 

精神攻撃。ムウは言葉の刃も巧みに操る。

 

「神の操り人形になった貴方に、私の『人間の誇り』が止められますか!我々が自らの意思で選び取り、築き上げたこの自由を、貴方のような過去の遺物に破壊させるわけにはいかないのです!」

 

「くっ……ムウ!!言わせておけば……!」

 

アイオロスが唇を噛む。反論したい。自分は操り人形ではないと叫びたい。だが、今の状況では何を言っても言い訳にしか聞こえない。アテナ(沙織)を救うためには、今は黙って「敵」として振る舞うしかないのだ。そのジレンマが、アイオロスの心を蝕む。ムウの言う「人間の誇り」という言葉が、鋭い棘となって胸に刺さる。

 

二対一。戦力的にはこちらが有利なはずだった。しかし、ムウの気迫、地の利、そして何よりも「守るべき生活」を持つ者の執念が、数的不利を覆している。変幻自在のテレポートと、強力無比な念動力。近距離も遠距離も隙がない。アイオロスとアルデバランは、防戦一方となる。連携を取ろうにも、ムウが常に二人の間に割って入り、分断してくるのだ。

 

「ぬうぅ……!ちょこまかと!」

 

アルデバランが、痛む身体を起こして咆哮する。彼は単純な力勝負なら誰にも負けない自信がある。だが、こういう搦め手を使う相手は一番相性が悪い。

 

「アイオロス!俺が囮になる!その隙にお前が撃て!」

 

アルデバランが決死の覚悟で踏み込む。グレートホーンの構え。自らの防御を捨て、ムウの動きを止めるための特攻だ。ムウの注意が、一瞬だけアルデバランに向く。その隙を見逃すアイオロスではない。黄金の弓を引き絞るイメージで、小宇宙を拳に集中させる。

 

しかし。その瞬間だった。

 

「死角だらけですよ、牛さん」

 

場違いなほどに軽薄で、しかしゾッとするほど冷たい声が、死角から響いた。

 

側面。白羊宮の柱の影。そこから、鋭い旋風が巻き起こる。自然風ではない。人工的に圧縮され、殺傷能力を持たされた空気の塊だ。

 

「マーブルトリパー!!!」

 

技名が叫ばれる。次の瞬間、空気の壁が弾丸のような威力を持って、アルデバランの巨体を直撃する。横からの衝撃。それも、完全に意識の外からの攻撃だ。

 

「なにっ!?」

 

アルデバランが驚愕に目を見開く。防御が間に合わない。ムウへの攻撃に全神経を集中していたのが仇となった。

 

ドォォォン!!

 

爆発音が響く。黄金聖闘士の巨体が、紙切れのように吹き飛ばされる。

 

数本の柱をへし折り、壁に激突してようやく止まる。

 

「ぐ、お……ッ!?」

 

アルデバランが咳き込む。

ダメージは物理的なものだけではない。

 

「あり得ない」という精神的なショックが大きい。今の攻撃は、黄金聖闘士の技ではない。だが、その威力は黄金に匹敵していた。一体誰が?

 

「なっ……!?」

 

アイオロスもまた、攻撃が飛んできた方向を凝視する。土煙が舞っている。その中から、二つの人影がゆっくりと姿を現す。翻るマント。銀色だ。

 

一人は、美しい金髪をなびかせた、ナルシストな雰囲気を纏う男。もう一人は、優男の顔つきだが、屈強な男。

 

蜥蜴座(リザド)のミスティ。そして、ペルセウス座のアルゴル。白銀聖闘士の中でも実力者として知られる二人だが、かつての彼らは黄金聖闘士の足元にも及ばない存在だったはずだ。それが、今の一撃はどうだ。アルデバランを吹き飛ばし、黄金聖衣に衝撃を通した。

 

「やれやれ……。神聖な白羊宮で暴れるなんて、美しくありませんね」

 

ミスティが、自身のマントについた埃を、大げさな仕草で払う。彼は戦闘中だというのに、手鏡を取り出して前髪の乱れをチェックしている。その余裕。かつての彼なら「虚勢」でしかなかったその態度が、今は「実力に裏打ちされた自信」に見える。

 

「ふっ。だが威力は十分だろう?牛の旦那が目を回してるぜ」

 

アルゴルが、ニヤリと笑う。彼の背中には、禍々しいメドゥサの盾が装着されている。 その盾から放たれるプレッシャーもまた、以前とは比較にならないほど高まっている。

 

「アッシュ参謀長の『近代トレーニング理論』のおかげだな。効率的な筋トレ、栄養管理、そして小宇宙のロスをなくす呼吸法。地獄のようなメニューだったが、結果はこの通りだ」

 

アルゴルが拳を握りしめる。パキパキと音が鳴る。

 

「ミスティ、アルゴル……!お前たちまで!」

 

アイオロスが叫ぶ。信じられない光景だ。白銀聖闘士が、黄金聖闘士の戦いに割って入り、あまつさえ有効打を与えたのだ。階級という絶対的な壁が、ここでは崩壊している。

 

「白銀聖闘士の拳が、黄金聖闘士を吹き飛ばすなど……!あり得ん!」

 

「時代は変わったのですよ、アイオロス様」

 

ミスティが鏡をしまい、冷ややかな視線をアイオロスに向ける。その目は、かつての憧れの上司を見る目ではない。

 

「小宇宙の絶対量だけで勝敗が決まる古い聖域は、もう終わりです。才能や家柄、生まれ持った星座の格……そんなもので強さが決まるなんて、ナンセンスだと思いませんか?」

 

ミスティは優雅に歩み寄る。

 

「私たちは証明したのです。正しい努力と、正しいシステムがあれば、人間はどこまでも強くなれると。神に選ばれなくとも、星の加護が薄くとも、黄金に届く牙を持てるのだと!」

 

ミスティとアルゴルは、ムウの前に進み出る。跪くことはしない。対等な戦友として、ムウの背中を守るように左右に立つ。その陣形は、鉄壁だ。

 

「ムウ様。アイオロスは強敵……いくら貴方でも、二対一では集中力を削がれます。修復師の指を、無駄に疲れさせる必要はありません」

 

ミスティが提案する。

 

「アルデバラン様のお相手は、私たちにお任せください。あの巨体、的としては最高に美しいですが、動きは鈍い。私の防御とスピードなら、翻弄するのは容易いです」

 

「俺の『メドゥサの盾』もあるしな」

 

アルゴルが盾を構える。その瞳が怪しく光る。

 

「こいつの石化能力と、ミスティの防御壁なら、暴れ牛一頭くらい食い止められます。最悪、相打ち覚悟なら石像に変えてやることもできる」

 

ムウは一瞬だけ、かつての仲間たちに視線を向ける。以前の聖域なら、黄金聖闘士が白銀聖闘士に助太刀を頼むなど、恥辱以外の何物でもなかっただろう。

 

だが、今のムウの目に、そんなプライドはない。あるのは、信頼だ。アッシュの下で共に汗を流し、新しい聖域を作り上げてきた同志としての、深い信頼。

 

「……頼みます」

 

ムウは短く答える。拒否しない。彼らの実力を認めているからこそ、背中を預けるのだ。

 

「ただし、」

 

ムウは言葉を付け加える。その声色が、少しだけ柔らかくなる。

 

「決して死なないように。……これは『人間』としての命令です。アッシュ師範が悲しみますからね」

 

無理な突撃や、自爆覚悟の攻撃はするな。生きて帰れ。それは、かつての「アテナのために死ね」という教義とは真逆の、新しい聖域のルールだ。

 

「フフ……御意」

 

ミスティが、美しく微笑む。アルゴルも、鼻を鳴らして笑う。彼らにとって、これ以上の激励はない。

 

「さあ、牛さん。リハビリの時間ですよ。最新の白銀の切れ味、その身で味わっていただきましょうか」

 

ミスティが構える。アルゴルが盾を掲げる。そしてムウは、再びアイオロス一人に狙いを定める。

 

状況は一変した。二対一の有利な状況から、分断され、それぞれが同格以上の敵と対峙する死地へと変わったのだ。

 

アイオロスは、冷や汗が頬を伝うのを感じる。これが、アッシュの作った聖域か。個人の力に依存せず、組織として連携し、底上げされた戦力で圧倒する。神の奇跡に頼らない、人間の強さ。それを、嫌というほど見せつけられている。

 

「……上等だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場が、二つに割れる。

 

「さあ、こっちですよ牛さん。狭い場所では自慢の巨体も邪魔でしょう?」

 

蜥蜴座(リザド)のミスティが、わざとらしく手招きをする。

 

その仕草は、闘牛士が赤い布を振る姿そのものだ。隣には、不敵な笑みを浮かべたペルセウス座のアルゴルがいる。彼らは白羊宮の正門ではなく、柱の並ぶ回廊の方へと後退していく。明らかに誘っている。狭い回廊に誘い込み、アルデバランの動きを封じる作戦だ。 見え透いた罠。しかし、アルデバランにとって、それは無視できない挑発だ。

 

「ぬうう……生意気な!黄金聖闘士を愚弄するか!」

 

アルデバランが鼻息荒く立ち上がる。彼は単純な男だ。仲間を傷つけられ、自分をコケにされて、黙っていられるほど人間が出来ていない。それに、彼らをここで叩き潰さなければ、アイオロスとムウの一騎打ちに邪魔が入るかもしれない。ならば、自分が彼らを引き受けるのが最善手だ。

 

「良いだろう、その自信、へし折ってくれる!白銀風情が、調子に乗るなよ!」

 

アルデバランが猛然とダッシュする。ミスティとアルゴルが、ニヤリと笑って回廊の闇へと消える。重い足音と、軽い足音が遠ざかっていく。

 

嵐が去った後のような静寂が、白羊宮の広間に戻ってくる。残されたのは、二人だけ。 射手座のアイオロス。そして、牡羊座のムウ。

 

二人は数メートルの距離を置いて対峙している。風が吹く。舞い上がった土煙が、二人の間を白いカーテンのように流れていく。視線が絡み合う。かつては信頼し合い、共に聖域の未来を語り合った同志。今、その二人の間に横たわるのは、決して埋まらない深い溝だ。

 

「これで邪魔はいなくなりました」

 

ムウが口を開く。その声は、驚くほど静かだ。先ほどまでの激情を、理性の皮一枚の下に押し殺しているような、張り詰めた静けさ。

 

「アルデバランには悪いことをしましたが、彼にはミスティたちが良い相手でしょう。……さて」

 

ムウは、ゆっくりと構えを取る。両手をだらりと下げ、全身の力を抜く。それは、いかなる攻撃にも即座に反応できる、達人の自然体だ。

 

「決着をつけましょうか、アイオロス」

 

宣告。それは、どちらかが倒れるまで終わらないという、死闘の合図だ。

 

アイオロスは、苦い表情を隠せない。

 

彼は拳を握りしめる。 黄金聖衣のガントレットが、きしりと音を立てる。

 

「ムウ……。本気で私を殺す気か」

 

問いかけずにはいられない。心のどこかで、まだ期待している自分がいるのだ。これは何かの間違いだと。あるいは、これはアテナへの忠誠を試すための試練であり、最後には笑って握手ができるのではないかと。そんな甘い幻想を、アイオロスは捨てきれない。 彼は優しすぎるのだ。だからこそ、彼は英雄であり、そして今、弱者となる。

 

ムウは、そんなアイオロスの甘さを嘲笑うかのように、冷たく言い放つ。

 

「言ったはずです。一片のためらいもないと」

 

ムウの瞳孔が開く。そこにあるのは、純粋培養された殺意だ。

 

「貴方がアテナという『システム』の一部であり続けるなら、私は貴方を破壊する!たとえ貴方が、かつての英雄であろうとも、私の友人であろうとも!」

 

ムウの小宇宙が極限まで高まる。金色のオーラが、炎のように彼の身体を包み込む。白羊宮の空気が震える。柱がきしみ、天井からパラパラと砂が落ちてくる。 このプレッシャーは本物だ。彼は、アイオロスを「敵」として認識し、排除しようとしている。

 

アイオロスは、深く息を吐く。肺の中の空気をすべて入れ替えるように。そして、覚悟を決める。これ以上、迷っていてはアテナを救えない。ムウが本気なら、こちらも本気で応えなければ失礼だ。 それが、戦士としての最後の礼儀だ。

 

アイオロスは腰を落とす。右拳を引き、左拳を前に突き出す。

 

「ならば私も……アテナの聖闘士として、全力で応えよう!」

 

アイオロスの小宇宙もまた、爆発的に膨れ上がる。二つの巨大なエネルギーが衝突し、広間の中心で火花が散る。

 

「行きます!」

 

ムウが叫ぶ。その瞬間、彼の姿が消える。テレポートだ。しかし、今度の移動は先ほどよりも速く、鋭い。

 

アイオロスは反応する。背後か?上空か?彼のセブンセンシズが、空間の歪みを感知する。正面だ。ゼロ距離。真正面からの強襲。

 

ムウの姿が現れる。黄金の具足による、鋭い上段蹴り。

 

予備動作なしの、不可避の一撃。アイオロスがとっさに腕をクロスさせ、ガードする。 ガギィィン!!

 

金属音が響く。重い。星を砕くハンマーのような重さが、腕の骨に響く。

 

だが、ムウの攻撃はそれで終わらない。彼は着地することなく、蹴り足の反動を利用して空中で体を捻る。遠心力を乗せた踵落とし。標的は、アイオロスの鎖骨。装甲の薄い急所だ。

 

「ぐっ……!」

 

アイオロスが身体を逸らす。踵が胸のプロテクターを掠める。火花が散り、黄金聖衣に浅い傷が入る。速い。そして、容赦がない。

 

「まだです!」

 

ムウが着地と同時に踏み込む。今度は拳だ。アイオロスがカウンター気味に拳を突き出す。相打ち覚悟の光速拳。しかし、ムウはその拳を避けない。あろうことか、アイオロスの手首を掴んで強引に止める。

 

「なっ!?」

 

アイオロスが驚く。動きを止めれば、ムウ自身も隙だらけになるはずだ。だが、ムウにはためらいがない。彼はアイオロスの動きを封じると、開いた指先を突き出す。貫手。

 

アイオロスの、目だ。

 

「っ!?(目潰しだと!?)」

 

アイオロスの背筋が凍る。聖闘士の戦いにおいて、視界を奪うことは有効だが、ここまで露骨に眼球を破壊しに来る攻撃は稀だ。しかも、かつての友に対して。アイオロスは反射的に首を仰け反らせる。

 

シュッ。

 

風切り音が耳元で鳴る。鋭い痛みが頬を走る。ムウの指先が、アイオロスの頬を切り裂いたのだ。一筋の血が流れる。あと数センチ避けるのが遅れていれば、アイオロスの眼球は串刺しになっていただろう。

 

アイオロスはバックステップで距離を取る。彼は信じられないものを見る目で、ムウを睨む。

 

「ムウ……!そこまで殺意マシマシで来るとはな!お前、キャラが崩壊しているぞ!」

 

「キャラ?生死のやり取りに、キャラクター性など不要です」

 

ムウは無表情に言い放つ。彼は指先についたアイオロスの血を、舐めることも拭うこともなく、ただ冷たく見つめる。その姿は、あまりにも実践的で、合理的だ。アッシュの教育か。それとも、これがムウの本性なのか。

 

「遅い!反応が遅すぎます、アイオロス!」

 

ムウが再び間合いを詰める。今度はサイコキネシスを併用した波状攻撃だ。見えない念動力の鎖がアイオロスの手足を縛り、そこに物理的な打撃が叩き込まれる。アイオロスも光速拳を振るう。

 

一秒間に一億発の拳。しかし、その拳には致命的な「迷い」が含まれている。ムウを殺してはいけない。再起不能にするだけに留めなければ。そんな甘い考えが、拳の軌道をわずかに鈍らせる。そのわずかなブレを、鋭敏なムウの感覚は見逃さない。

 

「アテナの聖闘士と言いながら、日本では家族として接しておいて……今更、神の兵隊に戻るのですか!その中途半端な覚悟が、拳を腐らせているのです!」

 

痛烈な指摘。図星だ。アイオロスは、父親としての自分と、聖闘士としての自分の間で揺れ動いている。沙織を娘として愛しながら、アテナとして崇めなければならない矛盾。 その歪みが、今の彼の弱点となっている。

 

「何がしたいのです!!貴方の『個』はどこにあるのですか!!」

 

ムウの怒号と共に、彼の小宇宙が爆発する。右手に集束する、銀河の輝き。スターダスト・レボリューション。至近距離からの最大出力。

 

「食らいなさい!貴方の迷いごと、粉砕してあげます!」

 

無数の星屑が、光の弾丸となって射出される。アイオロスは防御の姿勢を取るが、間に合わない。渾身の蹴りが鳩尾に入り、身体がくの字に折れ曲がったところに、全弾が直撃する。

 

「スターダスト・レボリューション!!」

 

「ぐわあーーーーッ!!」

 

アイオロスの絶叫が、白羊宮に木霊する。黄金聖衣が悲鳴を上げる。圧倒的な質量のエネルギーに押し出され、アイオロスの身体は砲弾のように吹き飛ぶ。宮の壁に激突する。 それでも止まらない。分厚い石壁をぶち抜き、さらに奥の岩盤へとめり込む。

 

ズゴゴゴゴゴ……。瓦礫が崩れ落ち、アイオロスの姿を埋め尽くす。土煙が舞い上がる中、ムウは荒い息を吐きながら、その場に立ち尽くす。勝負あり。誰の目にも、そう見えた。

 

意識が、遠のいていく。全身が痛い。骨が数本、いっているかもしれない。黄金聖衣のおかげで即死は免れたが、ダメージは深刻だ。暗い。重い。瓦礫の下で、アイオロスは身動きが取れない。呼吸をするたびに、鉄の味が口の中に広がる。

 

薄れゆく意識の中で、アイオロスは自問する。

 

(俺は……何をやっている……?)

 

情けない。後輩であるムウに、ここまで一方的にやられるとは。力の差ではない。覚悟の差だ。ムウは迷わず「人間」を選んだ。俺は?俺は「アテナ」を選んだつもりで、その実、何も選べていなかったのではないか。

 

(俺は……何がしたい……?)

 

アテナを救う。それは大義名分だ。でも、その奥にある本当の動機は?娘を助けたいという親心か?それとも、かつて託された使命感か?どっちつかずの感情が、俺を弱くしている。

 

(前にも、こんなことを聞かれたような気がするな……)

 

走馬灯のように、記憶が蘇る。あれは、いつのことだったか。そうだ。日本での出来事だ。エリスと初めて戦った時のこと。 そこで俺は、まだ妻となる前の翔子と戦った。彼女の中には、邪神エリスが宿っていた。

 

あの時、俺は何と言った?『私はアテナの聖闘士だ。だから、邪神の器となった君を助けたい』 そう、かっこいい台詞を吐いた気がする。

 

それに対して、周りの連中はなんて言った?デスマスクが、鼻で笑ったんだ。 『ケッ、優等生ぶってんじゃねぇよアイオロス。アテナのため?正義のため?そんな借り物の言葉で、女一人救えると思ってんのか?』

 

(俺は……黄金聖闘士?射手座の聖闘士?)

 

瓦礫の中で、アイオロスは自問する。その肩書きは、俺の一部だ。誇りでもある。でも、それだけが「俺」なのか?鎧を脱いだら、俺には何も残らないのか?

 

(…………………いや、違う。俺は………)

 

俺は……あの時からずっと‥‥‥‥。




星矢「なぁ沙織さん……アイオロスさん、ちょっと心配じゃねぇか?あのムウさん、本気で殺りにきてたぜ?」

沙織「んー?でもアレ、男ってよくあるプライド荒ぶりバトルでしょ?私ああいうの見慣れてるし〜」

星矢「いやそういうレベルじゃなかっただろ!?星屑で壁ブチ抜かれてたぞ!?頭おかしいって!」

沙織「だーいじょーぶ♡ パパは簡単に死なせないっての♡」

沙織「てかムウもさ〜、アイオロスもさ〜、私のために暴れるのはいいんだけど……」

星矢「……けど?」

沙織「ウチの大理石にヒビ入れた時点で、二人とも後で請求書ね?」

星矢「そっち!?戦闘よりそっちの方が重罪なの!?」

沙織「愛と金はリアルなんだよ、星矢♡」

星矢「聖域の女神、俗っぽい!!」
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