聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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折れた黄金の角。
倒れ伏す二人の戦士。
そしてアルデバランの、誇りある敗北宣言。

だが十二宮はまだ終わらない。


黄金の角、泥にまみれた美学

白羊宮、金牛宮へと続く長い回廊。

 

ここは、十二宮の中でも比較的道幅が狭く、天井も低いエリアだ。普段なら、夜警の雑兵たちが松明を持って巡回するだけの静かな通路だが、今は違う。黄金聖闘士の輝きと、二つの白銀聖闘士の輝きが交錯し、激しい火花を散らしている。

 

牡牛座(タウラス)のアルデバラン。身長2メートルを超える巨漢が、その狭い通路いっぱいに暴れ回っている。彼の拳は、一撃必殺の破壊力を持つハンマーだ。掠っただけで石壁が粉砕され、風圧だけで床が捲れ上がる。普通なら、こんな狭い場所で彼と対峙すれば、逃げ場を失ってミンチにされるのがオチだ。

 

しかし、対峙する二人の白銀聖闘士は、まるで水のように彼の猛攻をすり抜けている。

 

「ぬうん!ちょこまかと!」

 

アルデバランが剛腕を振るう。ブンッ!空気が裂ける音がする。だが、その拳が捕らえたのは虚空だけだ。狙われたミスティは、紙一重でバックステップを踏み、優雅に回避している。

 

「遅いですよ、アルデバラン様。パワーだけの攻撃など、当たらなければただの扇風機です」

 

ミスティが挑発する。アルデバランのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「減らず口を!ならばこれでどうだ!」

 

アルデバランが踏み込む。今度は範囲攻撃だ。両腕を広げ、通路全体を薙ぎ払うラリアットのような攻撃。これなら逃げ場はない。

 

だが、その瞬間。ミスティの背後から、もう一人の男が飛び出す。アルゴルだ。彼はミスティの盾になるのではなく、アルデバランの真正面に躍り出る。

 

「そこだ!メドゥサの盾!」

 

アルゴルが背中の盾を構える。盾に刻まれた怪物メドゥサの瞳が、カッと開かれる。本来なら、見た者を石に変える呪いの光。だが、黄金聖闘士であるアルデバランの小宇宙の前では、石化の呪いは通じない。それはアルデバランも分かっている。だから彼は、盾を見ても止まらない。そのままアルゴルごと粉砕しようとする。

 

しかし、アルゴルの狙いはそこではない。

 

「くらえ!ハイビーム!!」

 

「ぬっ!?」

 

メドゥサの瞳から放たれたのは、石化の魔力ではなく、単純かつ強烈な「閃光」だ。高輝度のフラッシュライト。暗い回廊で、瞳孔が開いていたアルデバランの目に、強烈な光が焼き付く。

 

「ぐぅっ!視界封じか!」

 

アルデバランが反射的に目を閉じる。視界が真っ白になる。動きが一瞬、止まる。そのコンマ数秒の隙。それこそが、彼らが待っていた「確定演出」だ。

 

「隙ありです!行きます!」

 

アルゴルが素早く横に退く。入れ替わるように、ミスティが死角から滑り込む。アルデバランの脇腹。黄金聖衣の装甲が薄く、かつ腕を振り上げたことで無防備になった急所。

 

「マーブルトリパー!!」

 

ミスティの手刀が、旋風と共に突き刺さる。それは美しさすら感じるほど鋭角で、正確無比な一撃だ。ミスティの指先が、筋肉の鎧を貫通し、内臓に衝撃を与える。

 

「ぐっ……!やるな!」

 

アルデバランが苦悶の声を漏らす。彼はとっさに筋肉を締めて手刀を食い止め、反対の腕で裏拳を放つ。しかし、ミスティはすでにそこにはいない。ヒット・アンド・アウェイ。 深追いはせず、ダメージを与えた瞬間に安全圏まで離脱している。

 

アルデバランは片膝をつきそうになるのを堪え、油断なく構え直す二人の白銀聖闘士を睨みつける。視界はまだチカチカしているが、敵の位置は把握できる。

 

「……驚いたわ。以前の白銀聖闘士とは比べものにならん」

 

アルデバランが素直に称賛する。かつての白銀聖闘士なら、黄金聖闘士のプレッシャーだけで萎縮していたはずだ。それが、堂々と渡り合い、有効打を与えてくる。

 

「個々の力も上がっている。セブンセンシズに近い領域まで小宇宙を高めているのは流石だ。だが、何よりこの連携……!」

 

アルデバランは舌を巻く。聖闘士の戦いは、基本が一対一だ。「同じ技は二度通用しない」とか「正々堂々と戦う」といった美学が邪魔をして、組織的な連携攻撃を行うことは稀だった。だが、目の前の二人は違う。 まるで歯車が噛み合うように、互いの長所を生かし、短所を補っている。

 

「へっ!当たり前だろ!アッシュ参謀長の教えだ!」

 

アルゴルが盾を構え直しながら、不敵に笑う。彼はアルデバランの正面に位置取り、決して射線を外さない。

 

「『一対一はロマンだが、戦争は数と配置だ』とな!俺たちはプロの軍団になったんだよ!」

 

アルゴルは指を鳴らす。

 

「俺は『タンク(盾役)』だ。お前の強烈な攻撃を引きつけ、視界を奪い、ヘイト(敵対心)を集める。防御力と耐久力には自信があるからな」

 

「そして私は『アタッカー(攻撃役)』」

 

ミスティが髪をかき上げながら続く。彼はアルゴルの斜め後ろ、いつでも飛び出せる位置にいる。

 

「アルゴルが作った隙に、最大火力を叩き込む。そして即座に離脱する。私がダメージを受けるリスクは、彼が引き受けてくれますからね」

 

「そういうことだ!俺が守り、こいつが刺す!シンプルだが最強の布陣だろ?」

 

ミスティとアルゴルが顔を見合わせ、ニヤリとする。タンクとアタッカー。まるでオンラインゲームのパーティプレイだ。神話的な聖闘士の戦いに、現代的な戦術理論(システム)を持ち込んでいる。

 

「新時代の聖闘士の戦法ですよ、アルデバラン様。貴方のようなオールドタイプの『重戦車』は、我々のような機動部隊には相性が悪いのです」

 

ミスティが憐れむように言う。確かに、狭い回廊で、視界を奪われ、死角から削られ続ければ、いかに黄金聖闘士といえどジリ貧だ。彼らは勝つつもりだ。まぐれではなく、論理的に、戦術的に、黄金聖闘士を狩るつもりでいる。

 

「……ガハハハ!面白い!」

 

突然、アルデバランが大笑いする。その豪快な笑い声が、回廊の空気を震わせる。ミスティとアルゴルが、怪訝な顔をする。強がりか?それとも、諦めの笑いか?

 

「なるほど、タンクにアタッカーか。アッシュらしい、理にかなった戦法だ。俺もゲームは嫌いじゃないからな、その理屈はよく分かるぞ!」

 

アルデバランが立ち上がる。脇腹の痛みなど、蚊に刺された程度だと言わんばかりのタフネスさだ。

 

「だがな、若造ども!お前たちの計算式には、一つだけ致命的な欠落がある!」

 

アルデバランの全身から、黄金の小宇宙が噴出する。それは今まで抑えていたものとは桁が違う。猛牛のオーラが具現化し、回廊の天井を突き破らんばかりに巨大化する。

 

「それはな……『レベル差』がありすぎる場合は、戦術など無意味だということだ!!」

 

アルデバランが両腕を突き出す。構えなどない。ただ、圧倒的なエネルギーの解放。

 

「小技で沈むタウラスではないわ!まとめて吹き飛べ!グレートホーン!!」

 

黄金の野牛が咆哮する。衝撃波の塊が、通路一杯に膨れ上がり、津波となって押し寄せる。それは、避けるとか防ぐとか、そういう次元の攻撃ではない。空間ごと制圧する、理不尽なまでの暴力だ。

 

「なっ……!?」

 

ミスティの顔色が蒼白になる。計算外だ。アルデバランの最大出力が、彼らの想定していた「黄金聖闘士の平均値」を遥かに超えている。タンクの防御力?アタッカーの回避力?そんなものは、核爆発の前では紙切れと同じだ。

 

「くっ、速い……!?」

 

衝撃波の速度は光速に近い。ミスティの反応速度でも、回避が間に合わない。回廊の壁に逃げようとするが、衝撃波の範囲が広すぎる。直撃する。美しい聖衣が砕け、肉体が消し飛ぶ未来が見える。

 

「しまっ……!」

 

ミスティが目を閉じる。死ぬ。美しく散る暇もなく、ただの塵になって死ぬ。

 

その時だ。

 

「ミスティ!下がれぇッ!」

 

怒号が鼓膜を叩く。ドンッ!横から強い力で突き飛ばされる。ミスティの身体が、衝撃波の直撃コースから弾き出される。

 

「アルゴル!?」

 

ミスティが目を見開く。彼の視界に映ったのは、自分の代わりに前に躍り出る男の背中だ。アルゴル。彼は逃げない。避けない。タンクとしての役割を、命を賭して全うしようとしている。

 

「うおおおおおっ!!メドゥサの盾よ!俺の小宇宙よ!全部持ってけぇぇ!!」

 

アルゴルが絶叫する。彼はメドゥサの盾を前面に構え、さらに自身の全身の小宇宙を盾に集中させる。防御力特化。全てのステータスを耐久に振った、決死のガード。

 

「ぐ、おォォォォォ!!」

 

ドッガアアアアン!!

 

凄まじい轟音が響く。グレートホーンの直撃。光の奔流がアルゴルを飲み込む。メドゥサの盾が悲鳴を上げる。白銀聖衣が、ミシミシとひしゃげていく。

 

それでも、アルゴルは退かない。一歩も下がらない。後ろにいる相棒に、衝撃を届かせないために。彼の足元の石畳が砕け、膝まで地面にめり込む。口から血が噴き出す。意識が飛びそうになる。だが、彼は笑う。ニヤリと、不敵に。

 

(へっ……見たかよ、アッシュ参謀長……。俺のタンク……完璧だろ……?)

 

光が弾ける。爆風が吹き荒れる。

 

「アルゴルゥゥゥーーッ!!」

 

ミスティの叫びが、轟音にかき消される。二人は人形のように吹き飛ばされ、回廊の壁に激突する。ズガガガガッ!土煙が舞い上がり、瓦礫が崩落して二人を埋める。

 

静寂が戻る。アルデバランは、拳を突き出した姿勢のまま、フゥーッと息を吐く。彼の手加減したグレートホーンでさえ、地形を変えるほどの威力がある。回廊の半分が崩壊し、外の空が見えている。

 

「ふん……」

 

アルデバランは腕を下ろす。

 

「手加減はしたが、骨の数本はいったぞ。さすがの連携も、力技の前には形無しだな」

 

彼は瓦礫の山を一瞥する。動く気配はない。アルゴルの小宇宙は微弱になり、気絶しているようだ。ミスティも巻き添えを食らって沈黙している。殺してはいない。だが、戦闘不能なのは明らかだ。

 

「悪く思うなよ。俺も急いでいるんでな」

 

アルデバランは踵を返す。アイオロスはもう先に行っているはずだ。自分も合流しなければならない。金牛宮を通って、次の双児宮へ向かう必要がある。

 

彼は大股で歩き出す。重い足音が響く。

 

しかし。その右足が、動かない。何かに引っかかったように、重くなる。

 

「ん?」

 

アルデバランが足元を見る。瓦礫の中から、一本の腕が伸びている。血にまみれ、傷だらけの腕。その手が、アルデバランの足首を、万力のような力で掴んでいる。

 

「……まだ……」

 

瓦礫の下から、声が聞こえる。掠れた、今にも消えそうな声。だが、そこには折れない芯がある。

 

「……終わりでは、ありません……」

 

ジャラッ。瓦礫が動く。土煙の中から、ゆらりと人影が立ち上がる。ミスティだ。かつての美貌は見る影もない。顔は血で汚れ、美しい金髪は泥にまみれ、自慢の白銀聖衣はボロボロに砕けている。片目は腫れ上がり、左腕はだらりと垂れ下がっている。

 

それでも、彼は立っている。気絶したアルゴルを背中に庇うようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……」

 

アルデバランの野太い声が、崩れた回廊に響く。

 

「ミスティよ、お前は血や汚れを何よりも嫌う男だと思っていたがな」

 

アルデバランは記憶を手繰る。かつてのミスティは、戦闘中に自分の体に返り血がついただけで不快感を露わにし、海に入って身を清めるような潔癖症だったはずだ。「神よ、私は美しい」と公言して憚らない、ナルシストの代名詞。痛みを知らず、傷つくことを恐れ、圧倒的な防御技で自分を守り続ける男。それが、アルデバランの知る蜥蜴座のミスティだ。

 

「痛みを知らないナルシスト……そう認識していたが、違ったか?」

 

アルデバランの問いかけに、ミスティは口元の血を手の甲で乱雑に拭う。その動作一つとっても、かつての優雅さはない。泥臭い、喧嘩屋の仕草だ。

 

「……フッ、昔の話ですよ」

 

ミスティが自嘲気味に笑う。腫れ上がった瞼の奥で、瞳が鋭く光る。

 

「傷は男の勲章……などと言う気は今でもありません。汗も血も、不快でしかない。今すぐにでもシャワーを浴びて、最高級の香油で肌を整えたい気分です」

 

彼は正直だ。美意識そのものが変わったわけではない。泥は汚い。血は臭い。それは事実だ。しかし、その価値観の上に、もっと重いものが乗っかっている。

 

「ですが……アッシュやアルゴル、そしてサガ教皇と共に過ごし、学びました」

 

ミスティの脳裏に、聖域改革の日々が蘇る。泥まみれになって訓練した日々。アッシュ参謀長に「効率が悪い!」と叱責されながら、何度も地面に這いつくばった日々。そして、その後にみんなで飲んだ、安っぽいスポーツドリンクの味。

 

「美しさとは、外見だけのものではない。目的のために泥水をすすり、痛みを背負ってでも前に進む……その『意志』こそが、真の美しさなのだと!」

 

ミスティの声に力がこもる。彼は、背後で気絶しているアルゴルを一瞥する。友が身を挺して作ってくれた、この命。これを無駄にすることこそ、彼にとって最大の醜悪だ。

 

「引くことのできない時があるのです。今がその時!」

 

ミスティは右手を突き出す。指先が震えているが、それは恐怖ではない。限界を超えた肉体を、精神力だけで動かしている反動だ。

 

「アルデバラン様。せめて貴方のその腕の一本……いや、その自慢の『黄金の角』、へし折って差し上げます!」

 

宣言。それは、白銀聖闘士が黄金聖闘士に対して放つには、あまりにも不敬で、そして無謀な言葉だ。黄金聖闘士の象徴である角を折る。それは勝利宣言に等しい。

 

「……ガハハハハハ!!!」

 

アルデバランが腹を抱えて爆笑する。豪快な笑い声が、回廊の残骸を震わせる。彼は涙が出るほど笑っている。

 

「愉快だ!実に愉快だぞミスティ!俺の黄金の角をへし折るだと?」

 

アルデバランは兜(ヘルメット)の角を指差す。黄金の野牛の角。それはタウラスの誇りであり、最強の強度の証明だ。過去、誰も傷つけることすらできなかった聖域の防壁。 それを、満身創痍の白銀聖闘士が折ると言うのだ。

 

「いいだろうミスティ!その意気や良し!」

 

アルデバランは笑いを収め、真顔になる。その瞳には、戦士への敬意が宿る。

 

「そんなことができるなら、潔く負けを認めてここを通してくれるわ!俺の角を折れるほどの一撃を持った男を、これ以上止めるのは野暮というものだからな!」

 

それは、黄金聖闘士としての最大級の譲歩であり、同時に絶対の自信の裏返しでもある。 折れるものなら折ってみろ。その前に、お前が砕け散るだろうがな。

 

「だが、できなければその命、置いていけ!半端な覚悟で俺の角に触れられると思うなよ!」

 

アルデバランの小宇宙が膨れ上がる。黄金のオーラが彼を包み、巨大な壁となってミスティの前に立ちはだかる。圧倒的な質量。これに挑むのは、岩山に卵を投げつけるようなものだ。

 

しかし、ミスティは引かない。彼はニヤリと笑う。血と泥にまみれたその顔に、かつてのナルシストの面影はない。あるのは、勝利を信じて疑わない、挑戦者の顔だ。

 

「言いましたね!アルデバラン様、二言はありませんね!」

 

ミスティが構える。残された右腕に、全小宇宙を集中させる。

 

「ならば……受けよ!我が渾身の!」

 

風が巻く。回廊の瓦礫が舞い上がる。ミスティの得意とする、空気の流れを操る技。

 

「マーブルトリパー!!」

 

ミスティが右手を振り抜く。圧縮された空気の弾丸が、アルデバランの顔面めがけて射出される。速い。傷ついた体とは思えない速度だ。

 

だが、アルデバランは動じない。彼は仁王立ちのまま、鼻を鳴らす。

 

「同じ技か!芸がないぞミスティ!そんなそよ風、今の俺には通じん!」

 

アルデバランは防御すらしない。ただ、気合と共に小宇宙を放出する。

 

「グレートホーン!!」

 

彼が両腕を軽く突き出すだけで、凄まじい衝撃波が発生する。それはミスティの放ったマーブルトリパーを正面から食い破り、そのままミスティ本人へと殺到する。力の差は歴然。技の打ち合いになれば、出力で勝る黄金聖闘士が勝つのは道理だ。

 

衝撃波がミスティを飲み込む。勝負あったか。アルデバランがそう確信した、その瞬間。

 

ミスティの姿が、かき消える。

 

「!?」

 

アルデバランが目を見開く。衝撃波が空を切る。ミスティは、自分の放ったマーブルトリパーが相殺されるその瞬間を読んでいたのだ。爆風と衝撃のベクトルを利用し、彼は独楽のように回転しながら、空中へと身を躍らせている。それは回避行動ではない。攻撃のための跳躍だ。

 

「読み通りです」

 

空中で、ミスティが笑う。彼の目は、アルデバランの動きを完全に捉えている。アルデバランはグレートホーンを放った直後で、両腕が伸びきっている。その隙だらけの頭上へ、ミスティが落下してくる。

 

しかし、その動きがおかしい。いつもの優雅な空中殺法ではない。身体を捻り、足を鞭のようにしならせるその独特のモーション。それは、ミスティのものではない。風使いの彼が、肉弾戦用の足技を使うなど、データにはない。

 

「なに!?」

 

アルデバランが反応する。迎撃しようと腕を戻すが、遅い。

 

「アッシュ師範直伝……『他者の技の構造解析と再現(イミテーション)』!」

 

ミスティが叫ぶ。これこそが、聖域改革の真髄。「聖闘士に同じ技は二度通じない」という定説を逆手に取り、味方の技を解析・共有することで、手札を無限に増やすプログラム。「オープンソース・コンバットシステム」

 

ミスティの脳内で、相棒であるアルゴルの動きが再生される。彼の筋肉の動き、小宇宙の練り方、タイミング。それらを自分の肉体でトレースする。

 

「ラス・アルグール・ゴルゴニオ!!」

 

技名と共に、無数の蹴りが降り注ぐ。それは蛇が獲物に絡みつくような、粘着質で重い連撃だ。本来はペルセウス座のアルゴルが得意とする必殺技。ミスティが、それを放つ。

 

「馬鹿な!?それはアルゴルの技!?」

 

アルデバランが驚愕する。完全に虚を突かれる。遠距離タイプだと思っていた相手が、いきなりインファイターの技を使ってきたのだ。対応が遅れる。ミスティの蹴りが、アルデバランの兜や肩口に次々とヒットする。ガガガガッ!重い音が響く。威力は本家アルゴルには及ばない。だが、その意外性がアルデバランの体勢を崩すには十分だ。

 

「ぬおっ!?」

 

アルデバランがたたらを踏む。視線が上に逸れる。ミスティは蹴りの反動を利用して、アルデバランの背後に着地する。これで終わりではない。ここからが本番だ。

 

「まだです!」

 

着地したミスティは、間髪入れずに次の構えを取る。振り返ろうとするアルデバランに対し、彼は両腕を胸の前で交差させる。腰を落とし、足を踏ん張る。全身の小宇宙を、腕の一点に集中させる。その独特の構え。その威圧感。それは、アルデバラン自身が一番よく知っているものだ。

 

「まさか……貴様……!?」

 

アルデバランが、振り返りざまに絶句する。目の前の白銀聖闘士が取っているポーズ。それは、居合のように力を溜め、一気に解放する、牡牛座の構えそのものだ。

 

「構造は理解しました。単純な力の放出ではなく、溜めと開放のタイミングこそが肝要!」

 

ミスティの全身が発光する。黄金色に近い輝き。彼は戦いの中で、アルデバランの技を受け、そのエネルギーの流れを肌で感じ取っていたのだ。天才的なセンスと、泥臭い努力。 その二つが、奇跡の再現を可能にする。

 

「威力は劣れど、原理は同じ!貴方の技で、貴方を討つ!」

 

ミスティが両腕を一気に振り開く。

 

「食らえッ!グレート・ホーン!!!!」

 

叫びと共に、黄金の衝撃波が放たれる。それは本家の猛牛のような荒々しさはないが、蜥蜴のように鋭く、速い。至近距離。無防備な背後(振り向きざま)そして、自分の技を返されるという精神的ショック。

 

ズドォォォン!!

 

白銀聖闘士が放った、黄金の衝撃波が炸裂する。アルデバランの巨体が、正面からそれを受ける。相殺しようにも、技を出すタイミングがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐおっ……!?」

 

アルデバランが呻く。痛い。 物理的な痛みもそうだが、プライドが痛む。 白銀聖闘士の技で、黄金聖闘士である自分が後退させられた。しかも、自分の得意技を真似されて。 これは、彼にとって耐え難い屈辱であり、同時に新鮮な驚きでもある。

 

「おのれぇッ!調子に乗るなよ若造が!」

 

アルデバランが吠える。彼は踏ん張る。太い足が地面にめり込む。後退が止まる。やはり、腐っても黄金聖闘士。基礎ステータスが違う。ミスティの全力を込めた一撃でも、彼を倒すまでには至らない。

 

ミスティは、着地と同時に膝をつく。肩で息をしている。今の攻撃で、残存小宇宙の9割を消費した。視界が霞む。指先が痺れて感覚がない。それでも、彼の目はアルデバランの兜の一点、黄金の角を見据えている。

 

(まだだ……まだ、折れていない……!)

 

ミスティの脳内で、アッシュ参謀長の教えがリフレインする。『戦いは結果だ。美学はその後に語れ』 そうだ。ここで倒れては、ただの「頑張った敗者」だ。勝たなければ意味がない。角を折ると宣言した以上、それを達成しなければ、彼の美学は完成しない。

 

アルデバランがよろめきながらも、体勢を立て直す。その一瞬の隙。ミスティにとっては、永遠にも等しい好機。そして、ラストチャンス。

 

「これでぇぇーーッ!!」

 

ミスティが叫ぶ。彼は残りの体力を振り絞り、地面を蹴る。跳躍。もう小宇宙を練る余力はない。技も使えない。頼れるのは、自身の肉体のみ。彼は右手を高く掲げ、手刀の形を作る。研ぎ澄まされた白銀の刃。狙うは一点。

 

「させるかッ!」

 

アルデバランが反応する。彼はミスティの動きを目で追う。速い。だが、直線的だ。今のアルデバランなら、迎撃は容易い。

 

「そのなけなしの命、俺が摘み取ってやる!」

 

アルデバランが剛腕を振るう。裏拳。単純な殴打だが、その質量は鉄球に匹敵する。空中で回避不能なミスティに、その拳が迫る。当たる。確実に、ミスティの胴体を粉砕する軌道だ。

 

ミスティは目を閉じない。迫りくる死を見据えながら、それでも手刀を下ろさない。相打ち覚悟か。いや、相打ちにすらならない。彼の手刀が角に届く前に、アルデバランの拳が彼を吹き飛ばすだろう。タイムラグにして、コンマ数秒の差。その絶望的な時間差が、黄金と白銀の壁だ。

 

誰もが、ミスティの死を確信した、その瞬間。

 

ピタッ。

 

アルデバランの剛腕が、空中で停止する。ミスティの体に触れる寸前、まるで見えない壁に阻まれたかのように、その動きが凍りつく。

 

「ぬうっ!?」

 

アルデバランが目を見開く。何だ?なぜ止まる?腕に力が入らないわけではない。体が動かないのだ。金縛り?いや、違う。もっと物理的な、強固な拘束。

 

「動かん!?なにゆえ!?」

 

アルデバランが首を巡らせようとするが、それも叶わない。彼の背中に、何かが張り付いている。重い。熱い。そして、鉄の臭いがする。

 

「へっ……寝てられるか……!」

 

耳元で、唸り声が聞こえる。地獄の底から這い上がってきたような、血に濡れた声。アルゴルだ。

 

彼は気絶していたはずだ。アルデバランのグレートホーンをまともに食らい、全身の骨を砕かれ、瓦礫の下に埋もれていたはずだ。それが、いつの間にかアルデバランの背後に忍び寄り、その巨体を羽交い締めにしている。

 

「アルゴル……!?」

 

ミスティが、空中で驚愕する。アルゴルの姿は凄惨だ。白銀聖衣は原形を留めておらず、全身から血が噴き出している。立っていること自体が医学的に不可能な状態だ。だが、彼の腕は万力のようにアルデバランの胴体を締め上げ、その動きを完全に封じている。

 

「俺は……タンクだ……」

 

アルゴルが、血泡を吹きながら笑う。

 

「タンクが……ヘイト(敵対心)を離してどうする……。最後まで……敵を抑え込むのが……俺の仕事だろぉがッ!!」

 

アッシュの教え。役割(ロール)の徹底。彼は意識が飛びそうな中で、その一点だけを支えに体を動かしている。アタッカーが攻撃を決めるその瞬間まで、タンクは倒れてはならない。それが、新時代の聖闘士の誇りだからだ。

 

「アルゴル……貴様……!」

 

アルデバランが呻く。振りほどこうと力を込める。黄金聖闘士のパワーなら、瀕死の白銀聖闘士など簡単に弾き飛ばせるはずだ。だが、アルゴルの拘束は緩まない。火事場の馬鹿力などという言葉では生温い。これは魂の拘束だ。

 

「行けぇぇぇーーッ!ミスティーーッ!!」

 

アルゴルが絶叫する。喉が裂けんばかりの咆哮。それが、ミスティの背中を押す。最後のブースト。

 

「ハアアアアッ!!」

 

ミスティの迷いが消える。友が作った、最初で最後の決定機。これを外せば、自分たちは全滅する。そのプレッシャーを、彼は極限の集中力で「鋭さ」へと変換する。

 

彼は空中で身体をひねる。重力、回転力、そして二人の白銀聖闘士の魂。全てを右手の指先に集約させる。

 

アルデバランの兜。黄金の野牛の角。その一点のみが、ミスティの世界の全てとなる。

 

一閃。

 

音が消える。時間が止まる。

 

ミスティの手刀が、黄金の装甲に触れる。

 

本来なら、人間の手刀などで傷つくはずのない。

 

だが、今のミスティの手は、ただの肉体ではない。「人間の可能性」という名の刃だ。

 

パキィィィィン!!

 

乾いた、しかし重厚な金属音が、回廊に響き渡る。

 

黄金の輝きが宙を舞う。アルデバランの左の角。その根元から先が、綺麗に切断され、回転しながら空を飛ぶ。キラキラと光を反射しながら、それは放物線を描き、石畳へと落下する。

 

カラン……コロコロ……。

 

虚しい音が、静寂を取り戻した回廊に転がる。勝負の決着を告げる、ゴングのように。

 

ミスティは着地する。よろめき、膝をつく。もう一歩も動けない。アルゴルもまた、拘束を解き、その場に崩れ落ちる。糸が切れた操り人形のように。

 

アルデバランだけが、仁王立ちのまま残される。彼は動かない。左の角を失った兜を被ったまま、呆然と虚空を見つめている。

 

静寂が訪れる。風の音さえ聞こえない。聞こえるのは、ミスティとアルゴルの荒い呼吸音だけだ。「はぁ……はぁ……」 彼らは生きている。辛うじて、だが確かに。

 

対するアルデバランは、ゆっくりと右手を上げる。自分の頭、兜の左側へと手を伸ばす。そこにあるはずの突起がない。ざらりとした、金属の断面の手触り。彼はそれを指先で確認し、そして、ふうと息を吐いた。憑き物が落ちたような、安堵の息だ。

 

「……見事だ」

 

アルデバランの低い声が響く。彼は振り返る。地面に這いつくばる二人の敗者……いや、勝者たちを見下ろす。

 

「白銀聖闘士風情が、黄金聖闘士の角を折るとはな。神話の時代から数えても、こんな芸当をやってのけたのは、お前たちが初めてだろう」

 

アルデバランは腕を組む。その顔には、清々しい笑みが浮かんでいる。

 

「連携、執念、そして技術。どれをとっても一級品だ。アッシュの教育も、伊達ではないらしいな」

 

ミスティは、顔を上げる力もない。ただ、床を見つめたまま、アルデバランの言葉を聞いている。

 

「……約束だ」

 

アルデバランが告げる。その言葉の重み。黄金聖闘士にとって、言葉は契約だ。一度口にしたことは、死んでも守る。それが彼らの美学であり、アイデンティティだ。

 

「俺の負けだ。俺はこれ以上は進まん」

 

「……感謝、します……」

 

ミスティが、声を絞り出す。彼はアルゴルに手を伸ばす。アルゴルは微かに笑い、親指を立てる。タンクとしての仕事を完遂した男の、満足げな表情だ。

 

「……フン。いい時代になったもんだ」

 

アルデバランは目を閉じる。 角の折れた兜を脱ぎ、膝の上に置く。彼の戦いは終わった。だが、聖域の夜明けはまだ遠い。

 

デジタル火時計の表示は、残り11時間10分。神殺しの矢がアテナの命を蝕む中、人間たちの意地が、また一つの奇跡を起こしたのだった。




星矢「なぁ沙織さん……あの二人、白銀なのに強すぎない?アルデバランさんの角、折れるの……普通に怖いよ……?」

沙織「はぁ~~~~~尊い……!アルゴル……推せる……!!あのタンクムーブ、完全に魂のロールプレイじゃん……!!」

星矢「ロールプレイ?タンク?なにそのゲーム用語みたいなの……」

沙織「ミスティはDPS(アタッカー)でしょ?で、アルゴルがタンクでしょ?で、アルデバランがレイドボスでしょ?もう最高のパーティ編成なのよ!!」

星矢「聖闘士ってRPGだったのか……?」

沙織「いいの。尊ければ全部ファンタジー。今回の角を折る展開、あれはもう……推しの成長イベントSSR確定演出だから!!」

星矢「なんか沙織さんの語彙、時々こっちの世界の人じゃなくなるんだよな……」

沙織「だって!ミスティはただのナルシじゃないのよ?意志の美に目覚めた戦士なのよ!?オタクが泣くやつよ!?今日泣いたからね私!」

星矢「仕事中にも泣いてなかった……?」

沙織「それはそれ、これはこれ♡」

星矢「いやどんな境界線!?!」
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