聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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冥界の穴は吠え、龍は怒り、風は逆巻き、愛は爆発する!

死の世界でぶつかり合う、青銅と黄金、愛と執念、そしてサラシと裸!!

燃え尽きる寸前の小宇宙が、奇跡か、破滅か──!?

次回!
『逆鱗とサラシ、そして黄泉へのダイブ』

君は、生きて帰れるか!?


逆鱗とサラシ、そして黄泉へのダイブ

LEDモニター表示【REMAININGTIME10:00:00】

 

ちょうどキリの良い数字になった瞬間、巨蟹宮の空気が変わる。

 

「遊びは終わりだ」

 

デスマスクが低い声で告げる。

 

「セブンセンシズに目覚めてねぇガキどもに、奇跡なんて起きねぇよ。ここは少年漫画の世界じゃねぇ、シビアな実力社会なんだよ」

 

デスマスクは両手を広げる。その背後に、冥界へと続く巨大なブラックホールのような幻影が浮かび上がる。

 

「今度こそ冥界へ送ってやる。さっきみたいに鎖一本で戻ってこられると思うなよ?次は片道切符だ。しかも、魂に特大のダメージを与えて、二度と現世の地を踏めないようにしてやる!」

 

デスマスクの指先に、禍々しい光が集束する。それは魂を強制排除するための、絶対的なコマンド入力。

 

「積尸気冥界波!!」

 

ドォォォォン!!

 

空間がねじれる音。紫龍と瞬の視界が歪む。重力が消失し、魂が肉体から剥がれ落ちそうになる感覚。二度目だ。慣れるものではない。むしろ、一度剥がされたばかりのかさぶたを無理やり剥がすような、鋭い激痛が魂を走る。

 

「くぅっ……!また、あの場所へ……!」

 

紫龍が歯を食いしばる。踏ん張ろうとするが、足が床をすり抜ける。肉体というアンカーが機能しない。

 

「紫龍!鎖で防御を……!円陣(ローリング)ディフェンスで、魂の流出を防ぐんだ!」

 

瞬が叫ぶ。彼の星雲鎖(ネビュラチェーン)が、主人の危機に反応してジャラジャラと暴れ回る。物理的な防御だけでなく、霊的な結界をも張ることができる攻防一体の神具。それが瞬の周りに渦を巻き、冥界への吸引力を遮断しようとする。

 

しかし。

 

「その厄介な鎖、邪魔です」

 

冷ややかな声が、鎖の回転音に割り込む。エレナだ。彼女はタブレット端末を小脇に抱え、まるで絡まったケーブルを整理するかのような、事務的な手つきで右手をかざす。

 

「配線整理(ケーブルマネジメント)がなっていませんね。スパゲッティ状態ですよ」

 

彼女の掌に、漆黒の小宇宙が圧縮される。それは、魂を葬るための鎮魂歌(レクイエム)ではなく、障害物を破砕するための衝撃波。

 

「積尸気魂葬破!!」

 

カッ!!

 

閃光が走る。エレナの手から放たれた衝撃波が、瞬のネビュラチェーンに直撃する。鎖の悲鳴が聞こえる。ギャリリリリッ!神話の時代から続く強固な鎖が、エレナの「効率化」という名の暴力の前に、脆くも砕け散る。

 

「あっ……鎖が!ネビュラチェーンが!」

 

瞬が絶望的な声を上げる。防御壁が崩壊する。守りを失った二人の魂は、デスマスクの作り出した次元の穴へと、無防備に放り出される。

 

「あばよ!向こうに着いたら、閻魔大王によろしくな!」

 

デスマスクがニヤリと笑い、手を振る。強烈な吸引力が二人を飲み込む。巨蟹宮の景色が遠ざかる。歪んだトリックアートの顔たちが、最後に「さようなら」と口パクで言ったような気がしたのは、きっと気のせいだろう。

 

紫龍と瞬の体は宙を舞い、次元の彼方へと消え去った。あとには、魂の抜けた二つの肉体と、粉々になった鎖の破片だけが残される。

 

場面は切り替わる。色はなく、音もなく、ただ死の匂いだけが漂う世界。黄泉比良坂。

二度目の来訪だ。もはや常連(リピーター)と言っても過言ではない。ポイントカードがあれば、そろそろ「地獄の釜茹で一回無料券」がもらえるレベルだ。

 

「ぐっ……うぅ……」

 

紫龍が呻く。灰色の地面にうつ伏せに倒れている。魂だけの存在だが、先ほどの「魂葬破」のダメージが深く刻まれている。全身が鉛のように重い。いや、魂に重さはないはずだが、精神的な疲労感が重力となってのしかかっている。

 

「紫龍……立てるかい……?」

 

瞬が、ふらつきながら体を起こす。彼の自慢の鎖は、ここでは具現化していない。魂の状態では、聖衣もまたイメージの産物でしかないからだ。精神が砕かれれば、聖衣もまた砕ける。今の瞬の聖衣はボロボロだ。

 

「なんとか……な。だが、今回はきついぞ……」

 

紫龍が膝をついて立ち上がる。辺りを見回す。相変わらず殺風景な場所だ。亡者たちが列をなして、とぼとぼと歩いている。彼らの行き着く先は、遥か彼方に見える巨大な穴。冥界へと続く、底なしの縦穴だ。

 

「また戻ってきたね……。デスマスクの言う通り、今度は鎖もない。どうやって戻ればいいんだろう」

 

瞬が弱気なことを言う。確かに、帰還の手段がない。これは「詰み」の状態だ。

 

ふと、瞬が前方を指差す。

 

「あれは……?」

 

亡者の列から少し離れた場所。一人の女性が、ふらふらと歩いている。純白のドレス。長い髪。そして、どこか気品のある後ろ姿。

 

「まさか……沙織さん!?」

 

瞬が声を上げる。間違いない。アテナ、城戸沙織だ。彼女の魂が、ここに来ている。胸に刺さった黄金の矢の影響で、彼女の小宇宙が弱まり、魂が肉体から離れかけているのだ。

 

彼女は虚ろな目で、一点を見つめて歩いている。その先にあるのは、冥界の穴だ。

 

「いかん!待ってください、沙織さん!そっちへ行ってはいけません!」

 

紫龍が叫ぶ。彼は痛む体を引きずり、走り出す。あそこへ落ちれば、アテナといえども戻ってはこられない。彼女は今、システムエラーを起こしたパソコンのように、セーフモードで強制終了しようとしているのだ。

 

「沙織さん!戻ってください!」

 

瞬も続く。二人が沙織の魂に追いつこうとした、その時だ。

 

グニャリ。

 

二人の目の前の空間が歪む。まるで、濡れた雑巾を絞るように、風景がねじれる。そこから、二つの影がぬっと現れる。幽霊ではない。もっと質量の伴った、圧倒的なプレッシャーを持つ存在。

 

「なっ……あなた達、なぜここに!?」

 

瞬が驚愕する。そこに立っていたのは、ついさっき巨蟹宮で自分たちを葬ったはずの二人。蟹座のデスマスクと、祭壇座のエレナだ。

 

彼らは、まるで「ちょっとコンビニまで」といった気軽さで、この死の世界に立っている。

 

「決まってんだろ。確実にトドメを刺すためだ」

 

デスマスクが、面倒くさそうに首を鳴らす。

 

「お前ら、しぶといからな。宅配便だって『置き配』じゃ不安な時があるだろ?ちゃんと本人が受け取ったか確認しねぇと、後でクレームになりかねねぇ」

 

「念には念を、です」

 

エレナが続く。彼女は黄泉比良坂の風景を見ても、全く動じていない。むしろ「殺風景ですね。植栽でもすればいいのに」という顔をしている。

 

「ここで突き落とせば、もう二度と戻れません。物理的に押し込むのが、一番確実なソリューション(解決策)ですから」

 

エレナが、紫龍の方へと歩み寄る。逃げようとする紫龍だが、体が動かない。蛇に睨まれた蛙のように、金縛りにあっている。積尸気の使い手である二人にとって、ここは完全にホームグラウンド。紫龍たちの抵抗力など、赤子のそれに等しい。

 

「さあ、行きましょうか。チェックアウトの時間ですよ」

 

エレナが、紫龍の襟首を無造作に掴む。デスマスクは、瞬の腕を乱暴に引っ張る。まるで、不良生徒を生徒指導室へ連行する教師のようだ。いや、粗大ゴミを集積所へ運ぶ作業員のようでもある。

 

「離せ!沙織さんが!アテナがあそこに!」

 

紫龍が抵抗するが、エレナの腕力(というか魂の握力)は万力のように強い。びくともしない。

 

「アテナ?ああ、あのお嬢ちゃんか」

 

デスマスクが、冥界の穴へと歩く沙織の魂を一瞥する。

 

「放っといても勝手に落ちるだろ。システムが『シャットダウン』を選択したんだ。お前らが気にする必要はねぇよ」

 

「そんな……!」

 

瞬が泣きそうな顔になる。

 

デスマスクとエレナは、二人を引きずっていく。目指すは、冥界の穴の縁。そこは、断崖絶壁となっている。下を覗き込めば、暗黒の渦が巻いている。落ちれば、魂の消滅、あるいは永劫の苦しみが待っている。

 

「ここらでいいか」

 

デスマスクが足を止める。崖のギリギリ。小石を蹴ると、音もなく吸い込まれていく。

 

「絶景だな。地獄の一丁目ってやつだ」

 

デスマスクが瞬を崖の上に立たせる。エレナも紫龍をその横に並べる。

 

「最後に言い残すことは?……まあ、聞いても聞き流しますが」

 

エレナが事務的に尋ねる。紫龍と瞬は、抵抗する力も残っていない。ただ、絶望的な目で、近づいてくる沙織の背中と、目の前の穴を見つめることしかできない。

 

これが、終わりなのか。セブンセンシズに目覚めることもなく、アテナを救うこともできず、ただ無力に処理されるのか。

 

「じゃあな、小僧ども。来世ではもっとマシな神を選びな」

 

デスマスクが背中を押そうと手を上げる。その手が、死刑執行のスイッチのように見える。万事休す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは、色彩が死滅した灰色の世界だ。上も下もない、重力さえも曖昧なこの空間に、突如として清らかな音が響き渡る。

 

チリン……チリン……。

 

鈴の音だ。あるいは、風鈴のような、涼やかで透明な音色。荒涼とした死の世界にはあまりにも不釣り合いなその音は、どこか遠く、次元の壁を越えて届いているようだ。

 

『紫龍……死なないで……紫龍……』

 

少女の祈り。切実で、純粋で、そして愛に満ちた声。それは、五老峰で滝に向かって祈り続ける少女、春麗の声だ。彼女の小宇宙は、聖闘士のような破壊の力ではないが、想いを届けるという一点においては、光速を超える。

 

しかし。この美しいBGMを、「騒音」と捉える者たちがいた。

 

「あぁ?なんだこのウザい祈りは」

 

デスマスクが、不快そうに耳を小指でほじる。

 

「頭にガンガン響きやがる。モスキート音かよ。おいエレナ、これ遮断できねぇのか?集中力が削がれるぜ」

 

デスマスクにとって、純粋な愛の祈りなどは、深夜の暴走族の爆音よりもタチが悪いノイズらしい。精神的な周波数が合わなすぎて、アレルギー反応を起こしている。

 

その隣で、エレナもまた、眉間に深い皺を寄せている。彼女は眼鏡の位置を直し、冷徹な視線を虚空に向ける。

 

「……五老峰の、あの小娘ですね。データベースにあります。紫龍の幼馴染兼、精神安定剤担当の」

 

エレナの声は氷点下だ。彼女はデスマスクとは違う理由で不快感を露わにしている。

 

「私がやります」

 

エレナが一歩前に出る。彼女の纏う空気が、事務的なものから攻撃的なものへと切り替わる。

 

「女なら、好きな男のために戦いなさいよ。安全な場所から祈るだけなんて……そんな惰弱な愛、私は気に入りません」

 

エレナは吐き捨てる。彼女はアッシュの妻であり、共に戦場を駆ける戦士だ。「守られるだけのヒロイン」という存在が、生理的に許せないのだ。自分の手は汚さず、綺麗な言葉だけを送ってくる。それが、泥にまみれて戦う彼女のプライドを逆撫でする。

 

「へっ、戦う女(アマゾネス)からの言葉は深いねぇ。耳が痛いぜ」

 

デスマスクが茶化すが、エレナは真顔だ。

 

「消えなさい。貴女の祈りは、ただの雑音です」

 

エレナは右手を掲げる。その指先に、漆黒の小宇宙が圧縮される。彼女はそれを、春麗の祈りの波動――目に見えない精神のラインに、逆流させる形で流し込む。ハッキングだ。祈りの回線を通じた、遠隔攻撃。

 

「積尸気・逆流葬!」

 

エレナの指先から放たれた衝撃波が、次元の彼方へと吸い込まれていく。

 

場面は一瞬、中国・五老峰へ。滝の前で膝をつき、祈りを捧げる少女、春麗。その背後で、大瀑布が轟音を立てている。平和な風景。だが、次の瞬間。

 

『キャアアアッ!!』

 

見えない力に弾き飛ばされ、春麗の体が宙を舞う。そのまま、彼女は深い滝壺へと落下していく。ドボォォォォン!!激しい水音が響き、彼女の気配がかき消える。

 

黄泉比良坂。祈りの声が、プツリと途絶える。静寂が戻る。いや、もっと恐ろしい「何か」が目覚める気配がする。

 

紫龍が、ガバッと顔を上げる。彼はエレナに掴まれたまま、虚空を凝視する。

 

「……春麗……?」

 

紫龍の声が震える。魂だけの存在になっても、彼女との繋がりは切れていなかった。今、その繋がりが暴力的に断ち切られたのを感じたのだ。

 

「き、貴様……」

 

紫龍の視線が、ゆっくりとエレナに向く。その瞳孔が開いている。正気ではない。

 

「今、春麗に何をした……?」

 

地獄の底から響くような声。だが、エレナは涼しい顔で答える。

 

「少し滝壺に落ちて頭を冷やしてもらっただけよ。命までは取っていません……運が良ければ、ですが」

 

エレナは無関心に紫龍の襟首を持ち上げる。彼女にとっては、ただの雑音排除作業の一環だ。

 

「さあ、紫龍。貴方も行きなさ……」

 

エレナが、紫龍を冥界の穴へ投げ捨てようと腕に力を込めた、その瞬間。

 

ジュッ。

 

何かが焼ける音がした。エレナの手が熱い。いや、熱いなんてものではない。紫龍の魂が、物理的な熱量を持って発火している。

 

「……?」

 

エレナが怪訝な顔をする間もなく、紫龍の背中に異変が起きる。彼の背中――魂の状態でも鮮明に浮かび上がっている「昇り龍」の刺青。それが、変色していく。緑色から、どす黒い赤へ。そして、龍の目がカッと見開かれる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

咆哮。それは人間の声ではない。傷ついた獣の、あるいは逆鱗に触れられた龍の、絶叫だ。

 

「なっ……!?」

 

エレナが驚愕する。紫龍が、彼女の手を振りほどく。力任せではない。小宇宙の爆発によって、エレナの手を弾き飛ばしたのだ。その力は、先ほどまでとは別次元。セブンセンシズ?そんな理屈を超えた、感情の暴走エネルギーだ。

 

紫龍が着地する。彼の全身から噴き出すオーラが、黄泉比良坂の灰色の空を赤く染め上げる。髪が逆立つ。目が血走っている。完全に「キレて」いる。

 

「よくも……よくも春麗を!!」

 

紫龍が吠える。彼にとって、春麗は聖域よりも、アテナよりも、何よりも守るべき聖域だ。その彼女を、あろうことか「ウザい」という理由で攻撃した。それは、紫龍という男の中にある「絶対に押してはいけない核弾頭発射ボタン」を連打したに等しい。

 

「許さん……許さんぞ貴様ーーッ!!」

 

「ちょ、待ち……!」

 

エレナが反応する暇もない。紫龍が消える。いや、速すぎて見えない。次の瞬間、エレナの目の前に紫龍の拳がある。

 

ドガッ!!

 

「ぐっ!?」

 

エレナの顔面に、紫龍の拳がめり込む。美しい眼鏡が粉砕される。彼女は後方へ吹き飛ぶが、紫龍はそれを許さない。空中で追いつき、さらに殴る。

 

「廬山ッ!昇龍ッ!覇ァァァァッ!!」

 

連打。連打。連打。もはや技の形を成していない。ただの暴力の嵐だ。エレナはサンドバッグのように空中に浮いたまま、四方八方から殴られ続ける。

 

「きゃぁぁっ!!」

 

エレナの悲鳴が上がる。彼女は白銀聖闘士の中でも屈指の実力者だ。積尸気を操り、数々の修羅場をくぐり抜けてきた。だが、今の紫龍は「理屈」が通じない。「愛する女を傷つけられた男の怒り」という、少年漫画最強の補正がかかっている。

 

「お前の命が尽きるまで、俺の怒りは収まらん!貴様は龍の逆鱗に触れたのだ!!謝っても許さん!閻魔大王に土下座しても許さんぞ!!」

 

紫龍の拳が、エレナの腹部に突き刺さる。彼女はくの字に折れ曲がり、岩山に激突する。ズガガガガッ!!岩が崩落し、エレナを埋め尽くす。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

紫龍が肩で息をする。彼の怒りはまだ収まっていない。瓦礫の山を睨みつけ、まだ動くようなら追撃を加える構えだ。

 

一方、その惨状を目の当たりにしていたデスマスク。彼は、瞬を冥界の穴に放り投げようとしていた手を止める。

 

「エレナッ!!」

 

デスマスクが叫ぶ。あの冷静沈着なエレナが、一方的にボコボコにされた。その事実は、デスマスクに衝撃を与える。そして同時に、彼の中にも火をつける。仲間を傷つけられた怒りだ。

 

「チッ、あの野郎……!ふざけた真似しやがって!」

 

デスマスクは、掴んでいた瞬を雑に放り投げる。ポイッ。まるで空き缶を捨てるように、瞬を冥界の穴の方へ投げる。もう瞬になど構っていられない。エレナの元へ駆け寄ろうと、背を向ける。

 

だが。

 

「……逃がしません……!」

 

背後から、声がする。デスマスクが振り返る。そこには、落ちていくはずの瞬が、空中で踏みとどまっている姿があった。いや、踏みとどまっているのではない。風に乗っているのだ。

 

「ネビュラストリーム!」

 

瞬の両手が、指揮者のように動く。彼の周囲に、緑色の気流が発生する。鎖はない。だが、彼の小宇宙そのものが、巨大な気流となって渦巻いている。

 

「あぁ!?」

 

デスマスクの足が止まる。空気が重い。体に鉛を巻き付けられたように、手足が動かない。気流が、彼の四肢を縛り上げているのだ。

 

「ぐっ……動けねぇ!?なんだこの風は!?」

 

「僕の小宇宙が生み出す気流です。鎖がないなら、空気そのものを鎖にすればいい」

 

瞬の瞳に、静かな決意が宿る。彼は優しいが、弱くはない。紫龍の怒りを見て、彼もまた覚悟を決めたのだ。ここで敵を討たなければ、仲間が報われないと。

 

「あなたを落とします!」

 

瞬が腕を振り下ろす。気流が牙を剥く。デスマスクの体を拘束したまま、冥界の穴へと引きずり込もうとする。強烈な風圧。デスマスクの足が、地面から浮く。

 

「な、舐めンなよガキがぁぁぁ!!」

 

デスマスクが抵抗する。黄金聖闘士のパワーで、気流をねじ切ろうとする。だが、瞬のネビュラストリームは、抵抗すればするほど強く締め付ける性質を持っている。じわじわと、穴の縁へと近づいていく。

 

「落ちろ!デスマスク!」

 

瞬が最後の押し込みをかける。デスマスクの体が、穴の上空へと押し出される。終わりだ。そう思った瞬間。

 

ゾワッ。

 

穴の底から、無数の気配が立ち上ってくる。冷たく、湿った、死者の気配。

 

「亡者たちが……デスマスクを道連れに!?」

 

瞬が期待する。デスマスクに殺された人々が、復讐のために彼を引きずり込もうとしているのだと。それは因果応報。悪役の最期にふさわしい。

 

しかし。現実は、瞬の予想を斜め上に裏切った。

 

「うおおおおおっ!!」

 

「させるかぁぁぁ!!」

 

亡者たちが、這い上がってくる。彼らはデスマスクの足にすがりつくのではない。互いに肩を組み、手を取り合い、人間ピラミッド(亡者ピラミッド)を形成する。そして、デスマスクの体を下から支えたのだ。

 

「え?」

 

瞬が呆気にとられる。亡者たちは、瞬の放つ気流の盾となり、デスマスクを守る壁となっている。

 

『死なせない……』

 

『デスマスク様を……死なせてはならない……』

 

『あのお方の作った聖域を……守るんだ……』

 

亡者たちの口から漏れる言葉。それは呪詛ではない。感謝と、忠誠の言葉だ。

 

『俺たちの家族が救われた……』

 

『デスマスク様が給付金の手続きをしてくれたおかげで……』

 

『聖域の雇用対策で、俺の息子は就職できた……』

 

『あの方は、口は悪いが面倒見がいいんだ……』

 

具体的なエピソードが次々と飛び出してくる。アッシュ参謀長による聖域改革。その実働部隊として動いていたデスマスクは、裏社会(?)の顔役として、貧しい人々や虐げられた人々の救済を行っていたのだ。

 

もちろん、「俺のシマを荒らすな」というヤクザ的な理屈ではあったが、結果として多くの人々が彼に救われていた。ここにいる亡者たちは、彼に恩義を感じている者たちなのだ。

 

「……お前ら……」

 

デスマスクが、自分を支える亡者たちを見下ろす。青白い顔をした死人ども。だが、その手は温かい(気がする)

 

「チッ、余計な世話しやがって。俺がこんな風で落ちるわけねぇだろうが」

 

デスマスクは悪態をつく。だが、その口元はニヤリと笑っている。満更でもない顔だ。彼は亡者たちの頭を踏み台にして、体勢を立て直す。

 

「そんな……死者が聖闘士を守るなんて……!?」

 

瞬が愕然とする。彼の常識が崩壊する。聖闘士は愛と正義の戦士。デスマスクは悪。その図式が、ここでは通用しない。彼には彼なりの「人望(死者望?)」があり、彼なりの正義で慕われているのだ。

 

デスマスクは、亡者たちをかき分けて前に出る。気流を力任せに引きちぎる。亡者たちのサポートで足場を得た彼は、もはや風に流されることはない。

 

「へっ……俺も、ここで冥界波を使ったことはなかったが……」

 

デスマスクが、ボキボキと首を鳴らす。彼の背後に、亡者たちが応援団のように整列する。『フレッ、フレッ、デ・ス・マ!』そんな声援が聞こえてきそうだ。

 

「悪くねぇ気分だ。自分の庭で、自分のファンに囲まれて戦うってのもな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫龍は、エレナを岩場へと追い詰める。春麗を傷つけられた怒りが、彼の小宇宙を限界まで高めている。

 

「貴様を倒す!ここで貴様を討ち、そして諸悪の根源であるアッシュも葬り去ってやる!」

 

紫龍が吠える。彼の正義において、聖域を改革し、アテナに弓引くアッシュこそが全ての元凶だ。その首を取れば、聖域は元に戻る。そう信じて疑わない。

 

しかし。その言葉は、目の前の女性にとって「絶対に踏んではいけない地雷」だった。

 

ピキッ。

 

エレナの眉間で、何かが切れる音がする。眼鏡の奥の瞳から、理知的な光が消え失せ、代わりに深淵のような暗黒が宿る。彼女の纏う空気が、氷点下から絶対零度へと急降下する。

 

「……なんですって?」

 

エレナの声は低い。地獄の底から響くような怨嗟の声だ。

 

「アッシュを葬る?私の夫を?私の全てを?私がこの世で唯一愛し、敬い、その寝顔を見るためだけに生きているあの方を?」

 

エレナの周囲の空間が歪む。積尸気のエネルギーが暴走し、黒い稲妻となって迸る。

 

「そんな事を……させるわけがないでしょうッ!!」

 

エレナが絶叫する。それは事務官の顔ではない。愛する者を守るためなら、世界を敵に回しても構わないという「雌の顔」だ。彼女が右腕を振り払うだけで、衝撃波が発生する。

 

「ぐわっ!」

 

紫龍が弾き飛ばされる。防御しようとした腕が痺れるほどの威力。愛の重さが違う。質量が違う。

 

距離を取った紫龍は、荒い息を吐きながら体勢を立て直す。強い。この女、アッシュのことになると戦闘力が3倍くらいに跳ね上がる。生半可な覚悟では勝てない。ならば。

 

「……ならば、俺も全霊で応えよう」

 

紫龍の瞳に、悲壮な決意が宿る。彼はゆっくりと、自身の聖衣に手をかける。ドラゴンの聖衣。最強の硬度を誇る盾と、矛を備えた守護石。それを、彼は惜しげもなく掴む。

 

「聖衣は身を守る防具だが、今の俺には小宇宙を高める枷にしかならん。命を燃やすのに、鎧など不要!」

 

バコォォン!

 

良い音がする。紫龍がドラゴンの聖衣を自ら破壊……いや、脱ぎ捨てる。パーツが弾け飛び、黄泉比良坂の虚空へと散らばっていく。現れたのは、鍛え抜かれた肉体美。そして、背中で咆哮する昇り龍の刺青。上半身裸。これぞ、紫龍の本気モードだ。露出度と強さが比例するという、彼独自の物理法則が発動する。

 

「……正気?」

 

エレナが、怒りを忘れて少し引いている。彼女の常識的な思考回路では理解できない行動だ。

 

「自ら防具を捨てるなんて。自殺志願者ですか?」

 

「違う!これは『背水の陣』の覚悟だ!退路を断つことで、己の小宇宙を極限まで高め、セブンセンシズに目覚めてみせる!」

 

紫龍が大真面目に答える。彼の理論では、防御力をゼロにすれば攻撃力が無限大になるらしい。ハイリスク・ハイリターンにも程がある。

 

エレナはため息をつく。眼鏡を外し、丁寧に懐にしまう。そして、彼女もまた、自身の白銀聖衣・祭壇座に手をかける。

 

「……いいでしょう。青銅聖闘士の子供相手に、聖衣の性能差で勝ったと言われるのは癪です」

 

彼女のプライドが、紫龍の挑発に乗る。あるいは、「夫を殺す」と言った相手に対して、全力で叩き潰さなければ気が済まないという激情か。

 

「対等な条件で、そのふざけた減らず口を塞いで差し上げます」

 

カシャン。白銀の聖衣が外れ、地面に落ちる。紫龍が身構える。何が出てくるのか。女性聖闘士のインナーといえば、軽装のチュニックか、あるいはレオタードのようなものが相場だ。目のやり場に困るな、と紫龍は紳士的な心配をする。

 

だが。現れたのは、紫龍の予想を斜め上に裏切るファッションだった。

 

「なっ……!?」

 

紫龍が絶句する。彼の顔が、見る見るうちに赤くなる。リンゴのように。いや、茹でダコのように真っ赤になる。

 

そこにいたのは、胸にきつく巻かれた、純白のサラシ姿のエレナだった。サラシ。日本の任侠映画に出てくるような、あるいは祭りの男衆が巻くような、あのサラシだ。

 

それが、彼女の豊満な胸をギュウギュウに締め付けている。色気というよりは、「気合」と「ド根性」を感じさせるスタイル。まるで、「極道の妻」がカチ込みに行く時の正装だ。

 

「き、貴様……!」

 

紫龍が目を覆う。指の隙間から見ているが、動揺は隠せない。

 

「ここで色仕掛けとは卑怯だぞ!!神聖な戦いの場に、下着姿(?)で立つなど!俺を誘惑して隙を作ろうという魂胆か!」

 

紫龍の脳内回路がショートする。彼は真面目すぎるがゆえに、女性の肌=ハレンチ=誘惑、という短絡的な図式しか持ち合わせていない。春麗以外の女性の、しかもこんな露出度の高い姿(実際はガードが固いが)を見る耐性がないのだ。

 

「……はぁ?」

 

エレナのこめかみに、青筋がピキピキと立つ。彼女は自分の格好を見下ろし、そして紫龍を睨みつける。その視線は、ゴミを見る目よりも冷たい。

 

「どこを見て言っているのですか、このドスケベ!!」

 

エレナの罵倒が響く。

 

「これは動きやすさと、体幹の安定を重視したサラシです!日本の伝統的なアンダーウェアでしょう!?アッシュが『気合が入るから』と勧めてくれた、勝負下着(戦闘用)です!」

 

彼女は胸を張る(サラシが軋む)

 

「それを色仕掛けだの誘惑だの……貴方のその腐った性根、ここで叩き直してあげます!戦士の覚悟を侮辱するな!!」

 

「ち、違うのか!?だが、目のやり場が……!」

 

「見なければいいでしょう!潰しますよ、その目!」

 

噛み合わない。決定的に会話が噛み合わない。シリアスな脱衣バトルのはずが、ただの痴話喧嘩みたいになっている。

 

一方、その頃。瞬とデスマスクの方も、準備が整いつつあった。

 

「行くぞエレナ!ガキどもを黙らせる!いつまでもピーチクパーチクうるせぇんだよ!」

 

デスマスクが、亡者たちのピラミッドの上から叫ぶ。彼は完全に場を支配している。ホームグラウンドの利点と、亡者たちの声援(バフ)を受けて、その小宇宙は膨れ上がっている。

 

「ええ!やりましょう、デスマスク!」

 

エレナも呼応する。サラシ姿の彼女から立ち上る小宇宙は、もはや白銀の域を超えている。愛する夫を侮辱された怒りが、彼女を修羅に変えている。

 

「アッシュの敵は私の敵!全力で排除します!」

 

場は整った。上半身裸で龍を背負う紫龍。気流(ネビュラストリーム)を全身に纏い、嵐を呼ぶ瞬。対するは、サラシ姿で仁王立ちするエレナ。そして、亡者たちを従え、邪悪な笑みを浮かべるデスマスク。

 

最終決戦。どちらかが穴に落ちるまで終わらない、チキンレースだ。

 

「積尸気冥界波ーーッ!!!」

 

デスマスクとエレナの声が重なる。二人の掌から放たれるのは、魂を引き剥がす波動ではない。物理的な破壊力を伴った、巨大なエネルギー弾だ。黒と紫の渦が、全てを飲み込むように広がる。

 

対する紫龍と瞬も、限界を超えた小宇宙を燃やす。

 

「燃えろ俺の小宇宙!龍よ、天に昇れ!廬山昇龍覇ーーッ!!!」

 

紫龍の拳から、巨大な緑色の龍が飛び出す。それはただのエネルギーではない。彼の生命力そのものだ。

 

「唸れネビュラ!兄さん、僕に力を……!ネビュラストームーーッ!!!」

 

瞬の周囲の気流が、爆発的な嵐へと変わる。ピンク色の風が、カミソリのような鋭さを持って吹き荒れる。

 

四人の必殺技が、黄泉比良坂の中央で激突する。

 

ドゴォォォォン!!

 

閃光。そして轟音。空間が悲鳴を上げる。光と闇が入り乱れ、嵐と炎が渦を巻く。

 

紫龍と瞬の技は、確かにセブンセンシズの片鱗を見せている。奇跡的な威力だ。黄金聖闘士を相手にしても、引けを取らないほどの輝きを放っている。

 

だが。「片鱗」では足りないのだ。デスマスクとエレナの連携は、完成されている。そして彼らは、アッシュによる地獄の特訓で、「安定した第七感」を手に入れている。出力のムラがない。連携に隙がない。そして何より、「絶対に生きて帰る(アッシュに会う/ゲームをする)」という、俗っぽいがゆえに強固な執念がある。

 

「押し込めぇぇッ!!」

 

デスマスクが叫ぶ。亡者たちが、彼を支える。『押せー!』『デスマスク様バンザーイ!』死者たちの応援が、最後の一押しとなる。

 

ズズズ……ッ!

 

力の均衡が崩れる。昇龍が押し戻される。嵐がかき消される。圧倒的な質量の差。

 

「ぐああああああッ!!」

 

「あああああッ!!」

 

紫龍と瞬が吹き飛ばされる。彼らの技が打ち砕かれ、その反動と敵の攻撃をもろに受ける。二人の体は地面に叩きつけられ、バウンドし、動かなくなる。

 

勝負あった。誰の目にも明らかだった。デスマスクとエレナの完全勝利だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

エレナが肩で息をする。サラシに汗が滲んでいる。彼女は倒れている紫龍を見下ろし、眼鏡(どこから出した?)をかける。

 

「勝った……!」

 

確信。排除完了。これでアッシュの元へ帰れる。彼女の顔に、安堵の笑みが浮かぶ。

 

「へっ、ざまぁねぇな!口ほどにもねぇ!」

 

デスマスクも高笑いする。勝利の余韻に浸る。

 

しかし。彼らは忘れていた。ここが「黄泉比良坂」であり、足場が不安定な岩場であることを。そして、自分たちが放った技の威力が、あまりにも大きすぎたことを。

 

技の衝突による爆風。そして、最大出力で放った技の反動(リコイル)それが、時間差で彼らを襲う。

 

彼らは、かっこつけて穴の縁ギリギリに立っていたのだ。崖っぷちでポーズを決めていたのだ。

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

足元の岩盤が、悲鳴を上げる。技の衝撃で亀裂が入っていた地面が、二人の体重と反動に耐えきれず、崩壊を始める。

 

「うおっ!?」

 

デスマスクの足場が消える。彼の体が、ガクンと下がる。

 

「足場が……!亡者ども!支えろ!」

 

彼は叫ぶが、亡者たちも崩落に巻き込まれてパニック状態だ。『わーっ!』『崩れるー!』支えるどころではない。

 

「きゃあっ!?」

 

エレナもまた、バランスを崩す。彼女はとっさにデスマスクの腕を掴む。だが、デスマスク自身が落ちているのだ。それは道連れにしかならない。

 

二人の体が、宙に浮く。スローモーションのように。目の前には、底なしの冥界の穴。黒い口を開けて、彼らを待っている。

 

「ちょ、待て!嘘だろおい!」

 

デスマスクが手足をバタつかせる。空を掴む。

 

「俺はまだ死にたくねぇーーっ!!」

 

彼の魂の叫びが木霊する。

 

「まだクリアしてねぇゲームがあるんだよ!来週発売の新作RPGも予約してあるんだ!セーブデータどうすんだよぉぉぉ!!」

 

あまりにも俗物的な断末魔。しかし、それが彼の生きる原動力だ。

 

「アッシュぅぅぅーーっ!!」

 

エレナも絶叫する。クールな補佐官の仮面はどこへやら。

 

「嫌ぁぁぁーーっ!!今夜はカレーを作る約束だったのに!まだ貴方とイチャイチャし足りないのよぉぉぉ!!」

 

愛の叫び。だが、物理法則は非情だ。重力は愛もゲームも忖度しない。

 

「「ぐあああああああ…………」」

 

勝利したはずの二人は、人間臭すぎる断末魔を残して、黄泉比良坂の穴のど真ん中へと吸い込まれていった。ヒュオオオオ……。穴の奥から、彼らの声が小さくなっていく。最後に「クソ神めぇぇぇ!」という呪詛が聞こえた気がした。

 

静寂が戻る。ポカーンとした空気が流れる。倒れていた紫龍と瞬が、痛む体を起こす。何が起きたのか、すぐには理解できない。

 

「……ぼくたち……勝ったの?」

 

瞬が、呆然と呟く。自分たちは負けたはずだ。地面に這いつくばっていたはずだ。それなのに、敵がいなくなっている。

 

紫龍が、穴の方を見る。そこにはもう誰もいない。ただ、崩れた崖の跡があるだけだ。

 

「いや……技の威力では完全に負けていた」

 

紫龍は冷静に分析する(服を着ながら)「彼らの連携とパワーは、俺たちを上回っていた。まともにやり合えば、俺たちが落ちていただろう」

 

紫龍はため息をつく。

 

「だが……運が味方したとしか言えん。あるいは、彼らの『慢心』と『立ち位置』が悪かったのか」

 

勝負に勝って、試合に負けた。いや、逆か。とにかく、結果として生き残ったのは紫龍たちだ。運も実力のうち。聖闘士の戦いでは、最後まで立っていた方が勝者なのだ。

 

「……沙織さんは?」

 

瞬が辺りを見回す。先ほどまで穴へ向かって歩いていたアテナの姿は、もうどこにもない。落ちたのか?いや、違う。デスマスクたちが落ちた衝撃で、術が解けたのだ。アテナの魂は、自動的に肉体へと引き戻されたのだろう。あるいは、最初からここにはいなかったのかもしれない。

 

「戻ろう、瞬。長居は無用だ」

 

紫龍と瞬の体が光り輝く。魂が、現世の肉体からの呼びかけに応える。ふわりと浮き上がり、彼らは光の粒子となって消えていく。

 

場所は戻って、聖域・巨蟹宮。床に転がっていた二人の肉体が、大きく息を吸い込んで目覚める。

 

「はっ!」「ぷはっ!」

 

紫龍と瞬が起き上がる。生きてる。心臓が動いている。痛みはあるが、心地よい痛みだ。

 

二人は周囲を見渡す。壁のトリックアートの顔たちが、心なしか「お疲れさん」と悲しげに微笑んでいるように見える。デスマスクとエレナの姿はない。彼らの肉体も、魂が冥界へ落ちたことで、どこかへ転送されたのか、あるいは仮死状態のままどこかに回収されたのか。気配は完全に消えている。

 

「デスマスクたちの気配はない……」

 

紫龍が立ち上がり、拳を握る。勝った気がしない。だが、道は開けた。

 

「行こう、紫龍。次は獅子宮だ」

 

瞬が先を促す。立ち止まっている時間はない。上空のLEDモニターを見上げる。

 

【REMAININGTIME09:45:00】

 

残り、9時間45分。時間は確実に減っている。だが、彼らはまだ進める。傷ついた体を引きずり、次なる戦場へと歩き出した二人の背中には、以前よりも確かな「強さ」が宿っていた。それはセブンセンシズへの覚醒の兆しか、それともただの悪運か。答えは、次の宮で待っている。




星矢「……あの、沙織さん……今回の巨蟹宮……。ギャグと殺意が同時に存在してたっていうか…………」

沙織「最高ォォッ!!紫龍の逆鱗覚醒!!!あれよ、あれ!!!愛の暴走ッ!唐突な上半身裸ッ!!少年漫画の真髄ッ!!」

星矢「いや、沙織さん……お前の魂も危なかったんだぞ!?リピーター特典とか言われてたぞ!?」

沙織「そこも最高だったわ。黄泉比良坂ポイントカード制度、導入したい……」

星矢「しないでくれ!!」

沙織「それにエレナさんのあのサラシ姿……。あれ強すぎない?紫龍が色仕掛けだ!って叫んだあの瞬間、わたし床で転げ回ったんだけど」

星矢「俺も転げ回った。別の意味で」

沙織「そして亡者ピラミッド!あれは天才。もうデスマスク様バンザーイで拍手したわ」

星矢「沙織さん……あんた、敵側を応援しすぎじゃ……?」

沙織「面白い方が正義よ、星矢♡」

星矢「アテナ……正義の基準が……」
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