聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
目指すはただひとつ──アテナの首!!
巨蟹宮の陰謀は階段を捨て、文明の利器と共に地上へ滑り込む!!
次回、『名優たちの舞台裏と、聖域の裏ルート』
星矢よ、守りきれるか!?
神殿に響くジャズの音色が、戦場を揺らす!!
LEDモニター表示【REMAININGTIME09:40:00】
空間が不自然に歪んだ。冥界への穴が開いたわけではない。宮殿の空気が揺らぐ。
「……ふぅ」
ため息が一つ、こぼれ落ちた。続いて、二つの影が実体化する。黄泉比良坂の底へ、マヌケな断末魔と共に吸い込まれていったはずの二人。蟹座のデスマスクと、祭壇座のエレナだ。
彼らは「スッ」と音もなく床に着地する。よろめくことも、膝をつくこともない。コンビニに出かけて帰ってきただけのような、あまりにも自然な立ち姿だ。全身を見回しても、擦り傷一つない。
紫龍と瞬の必殺技を食らって吹き飛ばされたはずなのに、デスマスクの黄金聖衣はピカピカに輝いているし、エレナのサラシに至ってはシミ一つついていない真っ白なままだ。まるで、最初からダメージなど受けていなかったかのように。いや、「受けていなかった」のだ。
デスマスクは、髪をかき上げながら、心底うんざりした顔で口を開く。
「『アッシュぅぅぅーーっ!!嫌ぁぁぁーーっ!!』……だったか?」
彼は、先ほどのエレナの断末魔(演技)を、鼻声で真似してみせる。
「ありゃねぇぜ、エレナ。演技が大袈裟すぎて、三流の昼ドラヒロインみたいだったぞ。見てるこっちが恥ずかしくなったわ」
「貴方こそ」
エレナが即座に切り返す。彼女はどこから取り出したのか、新しい眼鏡をかけ直し、冷ややかな視線をデスマスクに突き刺す。
「『ゲームの続きがーーっ!!』って何ですか?あんな緊迫した、命のやり取りをしている場面で言うセリフじゃありません」
エレナはダメ出しをする演出家のように、指でバツ印を作る。
「リアリティに欠けます。そこは『無念……!』とか『アテナ万歳……!』とか、もっと聖闘士らしいクリシェ(決まり文句)を使うべきでした。貴方のアドリブのせいで、シリアスな雰囲気が台無しです」
「ケッ。分かってねぇな」
デスマスクは鼻を鳴らし、壁のトリックアート(苦悶する老婆の顔)にもたれかかる。
「あれくらい俗っぽくて情けないこと言わねぇと、あの熱血バカたちは信じねぇだろ。あいつらは『聖闘士は高潔であるべき』っていう色眼鏡で見てるからな。俺みたいなヒール(悪役)は、とことん情けなく散ってやった方が、『勝った!』って気になるんだよ」
デスマスクの持論だ。悪役美学。「ざまぁみろ」と思わせてこそ、相手に達成感を与え、油断を誘うことができる。完璧な敗北ムーブ。それを瞬時に計算し、あえて「ゲームのセーブデータ」という個人的かつ卑小な未練を叫んだのだ。
「ま、結果オーライだろ。あいつら、俺たちが死んだと信じ込んで、意気揚々と先に行きやがった」
デスマスクはニヤリと笑う。そう。彼らは死んでいない。黄泉比良坂の穴に落ちる寸前、自身の積尸気の能力で、落下ベクトルを「転送」へと書き換えたのだ。エレナもまた、防御結界を展開し、衝撃をゼロに抑え込んでいた。すべては、アッシュ参謀長直伝の「撤退マニュアル・演技指導編」の実践である。
「それにしても、危なかったのは事実だぜ」
デスマスクの表情が、少しだけ真面目になる。
「紫龍の最後の『廬山昇龍覇』……あれは中々だったな。怒りでリミッター外れてやがった。一瞬だが、本当に黄金の龍の鱗が見えたぜ。まともに食らってたら、聖衣にヒビくらい入ってたかもしれねぇ」
「ええ。瞬の『ネビュラストーム』もです」
エレナも同意する。彼女は自身のサラシを軽く直す。
「あの気流の檻、本気で締め上げられたら少々厄介でした。殺意というよりは、生き残るための必死さが、爆発的なエネルギーを生んでいました。……殺そうと思えば、あの瞬間にカウンターで首を刎ねることもできましたが」
エレナの手刀が、空を切る仕草をする。彼女の実力なら、瞬が技を放つ直前の隙をついて、致命傷を与えることは可能だった。デスマスクもまた、紫龍の拳が届く前に、積尸気冥界波で魂を完全に消滅させる選択肢を持っていた。
だが、やらなかった。彼らはあえて技を受け(たフリをし)、あえて吹き飛ばされ、あえて負けた。
「おうよ。だが、あそこでセブンセンシズに目覚めかけたガキどもを、俺たちが死ぬ気で相手するのも……」
デスマスクが言葉を濁す。エレナがその先を引き継ぐ。
「……コストパフォーマンスが悪すぎます」
「「合理的じゃねぇ(ない)」」
声が重なる。これぞ、聖域改革派の合言葉。「根性」よりも「効率」「名誉」よりも「実利」「死闘」よりも「定時退社」。
デスマスクは、トリックアートの壁から背中を離し、宮殿の中央へと歩き出す。カツカツという足音が、広すぎる宮に響く。
「アッシュ師範の教え通りだ。『勝てる戦いだけをしろ。リスクとリターンが見合わないなら引け』」
「あのままガチでやり合って、こっちが疲弊したり、万が一相討ちにでもなったら損だからな。俺たちの命は、もっと高く売らなきゃならねぇ。給料分以上の働きはしない主義だ」
「同感です」
エレナがタブレットを取り出す。画面には、聖域全体の地図と、現在位置を示すアイコンが表示されている。紫龍と瞬を示す青い点は、すでに巨蟹宮を抜け、獅子宮へと向かう階段を登っている。
「それに、彼らを通したところで問題ありません。むしろ、通過させることで、彼らに『勝てるかもしれない』という希望(錯覚)を持たせる方が、この先の展開が面白くなります」
エレナの指が画面をスライドさせる。次の宮。獅子宮。そこには「中立」を宣言したアイオリアがいるはずだ。彼は通すだろう。問題は、その先だ。
「この上には、あの男……乙女座のシャカがいますから」
その名を出した瞬間、場の空気が少し冷える。デスマスクでさえ、その名を聞くと顔をしかめる。嫌悪感ではない。畏怖だ。同じ黄金聖闘士でありながら、住んでいる次元が違うと感じさせる、圧倒的な存在感。
「ああ。あの『もっとも神に近い男』だ。俺たち黄金聖闘士の中でも別格の化け物。あいつ、普段はずっと目ぇ閉じて瞑想してるくせに、Wi-Fiのパスワード変えただけで『煩悩が乱れています』とか通信してくるからな。地獄耳どころか、全知全能かよ」
デスマスクが愚痴る。シャカは聖域のインフラ管理(主に精神的な意味で)も担っているらしい。
「万が一にも、あそこで終わりだ。青銅ごときがどう足掻いてもな。シャカが本気を出せば、天舞宝輪で五感を奪われて、植物人間にされるのがオチだ」
「仮に……億が一、天文学的な確率の奇跡が起きてシャカを突破できたとしても」
エレナが続ける。彼女の分析に、慈悲はない。
「その先には、蠍座(ミロ)、山羊座(シュラ)、水瓶座(カミュ)の武闘派三人が待ち構えています。彼らは実力も折り紙付き。特にシュラのエクスカリバーは、切れ味が鋭すぎて、空間ごと切り裂きかねません」
ミロのスカーレットニードル。シュラのエクスカリバー。カミュのオーロラエクスキューション。どれ一つとっても、青銅聖闘士にとっては即死級の必殺技だ。それが三連戦で待っているのだ。無理ゲーもいいところだ。
「彼らを突破して教皇の間へたどり着くなんて、物理的に不可能です。確率計算をするまでもなく、ゼロです」
エレナが断言する。彼女の計算に間違いはない。だからこそ、ここで紫龍たちを逃がしても、大勢に影響はないと判断したのだ。
「だろ?なら、俺たちはここで真面目に門番ごっこをする必要はねぇ。汗かいて、聖衣汚して、挙句の果てに『残念だったな、ここが墓場だ』とか言うのは、三流の悪役の仕事だ」
デスマスクはニヤリと笑う。その目は、楽しんでいる時の目ではない。獲物を狙う、冷徹な狩人の目だ。
「将棋で言えば、歩兵(ポーン)の相手をしてる間に、敵の王将(キング)が隙だらけになってるようなもんだ」
視線を下に向ける。床を透かして、遥か下界。十二宮の入り口。そこに、一本の黄金の矢に貫かれ、苦悶の表情を浮かべているアテナ(沙織)がいるはずだ。そして、その傍らには、彼女を守るために残ったペガサスの星矢と、二軍の青銅聖闘士たち。
「アイオロスとアルデバランは白羊宮で足止め。主力級の青銅4人は上へ登らせた。つまり……今、アテナの周りには、決定打を持つ戦力が残っていねぇ」
デスマスクが舌なめずりをする。
「一番いい手は……俺たちがこのまま降りて、手薄になったアテナの大将首を狙うことだ」
衝撃の提案。聖闘士が、守るべきアテナの寝首をかく。裏切り。卑怯。外道。あらゆる罵倒が聞こえてきそうだが、デスマスクにとっては「最高の誉め言葉」だ。
「いいですね」
エレナが即答する。彼女もまた、躊躇しない。彼女にとっての王将はアッシュであり、アテナではないからだ。
「アテナを排除すれば、この戦争は終わります。アッシュの負担も減る。合理的です」
「だろ?しかも、星矢の野郎はセブンセンシズに目覚めてるっつっても、まだガキだ。俺とエレナのタッグなら、遅れをとることはねぇ」
デスマスクが拳を握る。勝てる。確実に勝てる戦場が、下にある。わざわざ格上の敵と戦って消耗するよりも、弱っている敵の大将を叩く。これぞ、聖域改革派の流儀。
◆
デスマスクが、慣れた足取りでカビ臭い通路を進んでいく。彼の歩く先には、段ボール箱が山積みにされている。箱には『Amazon』や『楽天』、そして『聖域指定・業務用洗剤(徳用)』といったラベルが貼られている。どんなに小宇宙(コスモ)を高めても、トイレ掃除や床磨きといった日常業務からは逃れられないのが、聖域という組織の悲しい現実だ。エレナが、ヒールの音を響かせながら彼の隣を歩く。彼女は周囲の雑然とした様子を見て、少し眉をひそめる。
「……在庫管理が杜撰ですね。デスマスク、先入れ先出し(FIFO)の原則を守っていますか?洗剤の使用期限が切れそうですよ」
「うるせぇな。掃除なんて雑兵にやらせりゃいいんだよ」
デスマスクは面倒くさそうに答える。彼は「マッスル・プロテイン(ココア味)」の巨大な容器を足でどかしながら、部屋の最深部へと進む。
「さて、本題だ。エレナ、お前の言う通りだ。指揮官を失えば、軍は崩壊する。チェスで言えばキング、将棋で言えば王将。アテナの首さえ取れば、この馬鹿げた内戦も強制終了だ」
デスマスクが立ち止まる。目の前には、コンクリート打ちっぱなしの壁があるだけだ。しかし、彼の表情には「ここが正解だ」という確信がある。
「ですがデスマスク。このまま普通に石段を降りれば、間違いなく登ってくるアイオロスやアルデバランと鉢合わせになりますよ?彼らは今頃、双児宮を抜けて、ここに向かっているはずです。ん?アルデバランは白羊宮にいますね。ミスティが勝ったのでしょうか」
エレナがタブレット端末で位置情報を確認しながら指摘する。現在、巨蟹宮の下には、アテナ軍の主力である黄金聖闘士が迫っている。狭い階段で彼らと遭遇すれば、挨拶代わりに光速拳が飛んでくるのは明白だ。
「ああ。あの『チート英雄』アイオロスと、馬鹿力のアルデバランと正面衝突なんて真っ平ごめんだ。あいつら、俺たちが死んだと思って油断してるはずだろ?わざわざ『生きてましたー!』ってサプライズ登場して、また殴り合い宇宙へ行くのは勘弁願いたい」
デスマスクは首を振る。彼は合理的だ。無駄なカロリー消費を何よりも嫌う。特に、勝ち目の薄い相手との連戦など、ゲーマーとして「クソゲー」認定する案件だ。
「だから……こっちだ」
デスマスクは、壁にかかっている「消火器」のボックスを開ける。中に消火器はない。代わりに、最新鋭のセキュリティパネルが設置されている。テンキーと、生体認証センサー。聖域の古代遺跡のような雰囲気とはあまりにも不釣り合いな、サイバーパンクなガジェットだ。
ピポパポ。
デスマスクが手慣れた手つきで暗証番号を入力する。最後に、親指をセンサーに押し当てる。
『認証完了(アクセス・グランテッド)。お疲れ様です、蟹座様』
合成音声の女性アナウンスが響く。無駄にいい声だ。直後、ズズズ……という重低音と共に、目の前の壁が左右にスライドする。埃が舞う。そこから現れたのは、磨き上げられたステンレス製の重厚な扉。上部にはデジタル表示板があり、『B1』の文字が光っている。
「……使いますか。緊急用搬入出エレベーター」
エレナが、少し呆れたように呟く。彼女は教皇補佐として、この設備の存在はもちろん知っている。だが、まさか実戦(?)で使用することになるとは思っていなかったようだ。
「ああ。これぞ聖域の秘密兵器だ」
デスマスクが、愛おしそうに扉を撫でる。
「思い出してみろよ、エレナ。アッシュ師範がここに来た当初のブチ切れっぷりを」
デスマスクの脳裏に、13年前の光景が蘇る。聖域改革に着手したばかりのアッシュ参謀長が、十二宮の階段の前で絶望し、そして激怒したあの日。
『はぁ!?ここ全部階段!?嘘だろ!?』『一番上の教皇の間まで、荷物どうやって運んでんの!?人力!?馬鹿なの!?』『宅配便のお兄さんが泣いてるぞ!アマゾンもウーバーイーツも配達エリア外ってどういうことだよ!』『今すぐエレベーターを作れ!エスカレーターでもいい!とにかく文明の利器を導入しろ!』『こんな職場環境、労基署に訴えられたら一発アウトだぞ!ブラック企業もいい加減にしろ!』
アッシュの魂の叫び。それが、聖域の地下構造を劇的に変えた。莫大な予算と、ムウのサイコキネシス(土木工事用)、そしてデスマスクの積尸気(残土処理用)を総動員して作られたのが、この「十二宮直通・大深度地下高速エレベーター」だ。
「あの人は正しかったよ。おかげで俺のAmazonプライムの荷物も、翌日にはちゃんと巨蟹宮まで届くようになった」
デスマスクが感謝の意を述べる。物流革命。それは聖闘士のQOLを劇的に向上させた。
「これなら誰にも会わずに、一気に麓まで降りられる。アイオロスたちが階段でハァハァ言ってる間に、俺たちはエアコンの効いた箱の中で優雅に地上へ到着ってわけだ」
デスマスクが、懐からカードを取り出す。それはただのプラスチックカードではない。ICチップが埋め込まれた、聖域の社員証(IDカード)だ。表面にはデスマスクの証明写真(キメ顔)がプリントされている。
ピッ。
カードリーダーにかざす。電子音が鳴り、エレベーターの扉が静かに開く。
プシュー……。
中から冷気が漏れ出す。空調完備。完璧だ。内部は無機質だが広々としており、なぜかBGMで軽快なジャズが流れている。「ダバダバダ〜♪」という、オシャレなカフェで流れていそうな曲だ。聖闘士星矢の世界観を全力で破壊しに来ている選曲である。
「教皇やアッシュには内緒ですね。このエレベーターは本来、物資搬入や緊急時の負傷者搬送用です。私用で使うことは禁じられていますし、ましてや職場(宮)を放棄して移動するなど、懲戒処分の対象になりかねません」
エレナが、真面目な顔でコンプライアンス上の懸念を口にする。彼女はどこまでも事務官だ。
「バーカ、硬いこと言うなよ」
デスマスクが、エレナの背中を押して中へ促す。
「これは『職場放棄』じゃねぇ。『別動隊による敵本陣への強襲作戦』だ。立派な公務だよ。戦略的再配置(ストラテジック・リロケーション)ってやつだ」
デスマスクは屁理屈をこねるのが上手い。彼はエレベーター内の操作パネルの前に立つ。ボタンがずらりと並んでいる。『教皇の間』『双魚宮』……そして一番下には『地上(エントランス)』のボタン。
「行くぞエレナ。ボタン一つで運命が変わるなんて、現代的でいいじゃねぇか」
デスマスクが、『地上』のボタンを力強く押す。ポチッ。ボタンが点灯する。
「アテナの首とって、このクソみたいな神々の遊びを終わらせるぞ。そうすりゃ、俺たちもまた平穏な日常に戻れる」
「ええ。……私の夫の作った理想郷を壊す者は、神だろうと排除します」
エレナも乗り込む。二人が並んで立つと、扉が静かに閉まる。外部の音が遮断され、ジャズの音色だけが響く密室となる。
ゴォォォン……。
微かな振動。エレベーターが動き出す。下降を示すランプが点灯し、デジタル数字が『4(巨蟹宮)』から『3(双児宮)』へと変わっていく。速い。さすが最新鋭の高速エレベーターだ。耳がツンとする気圧の変化を感じる。
デスマスクは、エレベーターの鏡で自分の髪型をチェックしながら、ふと思い出したように呟く。
「しかし、紫龍の野郎……最後に俺のゲーム機壊しやがって。あれ、限定版だったんだぞ」
彼の怒りが再燃する。先ほどの戦闘中、紫龍の昇龍覇の余波で、巨蟹宮の隅に置いてあった私物のゲーム機が粉砕されたのだ。セーブデータどころか、ハードウェアごとお亡くなりになった。ゲーマーにとって、それは自分の命よりも重い損失だ。
「許せねぇ。アテナの首とったら、慰謝料として請求してやる。城戸財団の金で、最新のゲーミングPC一式揃えさせてやる」
ブツブツと呪詛を吐く。世界平和よりも、自分のゲーム環境の方が大事らしい。
エレナは、鏡越しにデスマスクの子供っぽい顔を見て、小さくため息をつく。呆れているのではない。少しだけ、微笑ましいと思っているのだ。
「貴方、まだ言ってるんですか。……降りたら、新しいの買ってあげますから」
「え?」
デスマスクが振り返る。
「アッシュの経費で落とします。『福利厚生費』として処理すれば問題ありません。最新機種でも、VRセットでも、好きなものを申請しなさい」
エレナが太っ腹な提案をする。さすが聖域の財布を握る女だ。
「マジか?おっしゃ、やる気出てきたぜ!さすがエレナ姉さん!一生ついていきます!」
デスマスクのテンションが爆上がりする。単純な男だ。モチベーションの源泉が「新しいゲーム機」というだけで、彼の小宇宙は限界突破する。
「調子のいい男ですね。……ですが、働き次第ですよ?アテナを仕留め損なったら、逆に今までのゲーム機も全て没収します」
「うっ、鬼かよ!……上等だ、やってやるよ!全クリしてやる!」
デスマスクが拳を握る。彼の目には、もはやアテナは「神」ではなく、「レアアイテムをドロップするボスキャラ」として映っている。
エレベーターの表示が『2(金牛宮)』を通過する。外では、アイオロスが必死に階段を登っている頃だろう。彼らが汗水垂らして進んでいる真下を、エアコンの効いた箱でスイスイと通過する背徳感。最高だ。
「しかし、このBGM、どうにかならねぇのか?」
天井のスピーカーを見上げる。軽快なサックスの音が、これから暗殺に向かうシリアスな雰囲気と絶望的に合っていない。
「アッシュの趣味です。『エレベーターといえばジャズだろ』と。私はクラシックの方が良かったのですが」
「俺はデスメタルがいいな」
「却下します。治安が悪くなります」
たわいない会話。だが、その裏には、これから向かう死地への覚悟が隠されている。彼らは知っている。地上には、アテナを守る星矢がいる。そして、アテナ自身の潜在能力も未知数だ。降りたら、もう後戻りはできない。
チン!
軽やかな到着音が鳴る。表示板には『G(地上)』の文字。扉が開く。そこは、十二宮の裏手にある、目立たない出口だ。外の空気が流れ込んでくる。雨上がりのような、土の匂い。そして、遠くから聞こえる、微かな喧騒。
「着いたな」
デスマスクが、一歩踏み出す。その顔つきが変わる。ゲーマーの顔から、黄金聖闘士の顔へ。
「行くぞ、エレナ。チェックメイトの時間だ」
「ええ。迅速に終わらせましょう」
エレナも続く。彼女は眼鏡をくいっと押し上げる。
最新鋭の高速エレベーターは、最強の暗殺者達を、アテナの待つ地上へと送り届けた。正面突破などという古い美学は捨てた。裏口から忍び寄り、最短距離で心臓を突く。それが、現代の聖闘士の戦い方だ。
邪武「……沙織お嬢様。聞きました? デスマスクたち、アテナの寝首をかきに来てますよ!?もう完全に暗殺計画ですよね!?!?」
沙織「最高じゃない……?あのエレベーターのくだり、天才。十二宮攻略RTA(リアルタイムアタック)って感じで」
邪武「そんな軽いノリで言わないでください!!」
沙織「だって邪武、見なさいよ。普通の漫画なら正面突破で真っ向勝負!だけど、今回、蟹と祭壇が裏口から降りてくるのよ。裏口よ?天才か?」
邪武「真剣に怒っていいですか?」
沙織「ちょっと待って、今のところ一番面白かったの、福利厚生でゲーム機買ってあげるね。あれはアテナの権能を超えてたわ」
邪武「アテナの権能じゃないですよね!?なんかもう、アッシュ参謀長の権力の方が強くないですか!?」
沙織「邪武。私はね……神の権威 vs 夫婦の生活費の戦いが大好物なの」
邪武「沙織お嬢様…あなた、前世で絶対バラエティ作家でしたよね……?」
沙織「ちなみに、私が一番震えたのはこれ。アテナの首とって平穏に戻る」
邪武「平穏(殺し)!!?」
沙織「あ〜♡ 次回めっちゃ楽しみ〜♡邪武、ちゃんと守れよ?ヒロイン(わたし)は、今すっごい弱ってるからね♡」
邪武「はい!!……いや、なんかもう色々違うけどがんばります!!」