聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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巨蟹宮の誤解が、ついに獅子を怒らせた!

仲間を侮辱されたアイオリアの逆鱗は、
青銅四人を一撃で薙ぎ払う雷と化し──

そこへ降り立つ、神か魔か、射手座のアイオロス!!

弟よ、覚悟せよ。
父となった兄の拳は、もう後戻りできない!

次回『獅子の激昂、兄の変貌!!』

獅子宮が燃えるッ!!


獅子の激昂、兄の変貌

獅子宮

 

 

先行していた氷河と、一輝は、宮の広間で足を止めていた。彼らの視線の先には、一人の黄金聖闘士が仁王立ちしている。獅子座のアイオリア。彼は腕を組み、マントを揺らさず、ただ静かに侵入者たちを見下ろしている。その姿は、百獣の王というよりは、縄張りを荒らされた不機嫌なライオンそのものだ。

 

「通してくれ、アイオリア!」

 

氷河が叫ぶ。彼の冷気も、この宮の熱気の前では分が悪い。

 

「あなたは中立を宣言していたはずだ!『誰も攻撃しないが、誰の邪魔もしない』と誓っただろう!」

 

「そうだ」

 

一輝も続く。彼は眉間にしわを寄せ、苛立ちを隠そうともしない。

 

「俺たちはアテナを救うために先を急いでいる。お前だって、アテナを死なせたくはないはずだ。邪魔をするな」

 

正論だ。アイオリアは真っ直ぐな男だ。嘘をついたり、裏切ったりするようなタイプではない。彼が「中立」と言ったのなら、それは絶対のはずだった。

 

しかし。

 

「……悪いが、気が変わった」

 

アイオリアの声は低い。

 

「ここを通すわけにはいかん」

 

「気が変わっただと?」

 

氷河が驚く。あのアイオリアが、前言撤回?あり得ない。彼は頑固だが、約束を破るような男ではない。

 

「まさか、アッシュたちの味方をするのか?アテナを見捨てるのか?」

 

「味方ではない」

 

彼の瞳には、迷いはない。あるのは、苦渋に満ちた、しかし固い決意だ。

 

「俺はアテナの聖闘士だ。その忠誠心に変わりはない。だが……お前たちは『危険』だと判断した」

 

「危険?」

 

一輝が怪訝な顔をする。

 

「先ほど報告が入った。アテナは……いや、今のあの方は、使者であるトレミーを『問答無用で殺せ』と命じたそうだな」

 

アイオリアの言葉に、一輝と氷河が息を呑む。それは事実だ。麓での出来事。アテナ(システム)の冷酷な命令。それを、アイオリアは知っていたのだ。

 

「俺はアテナを死なせるつもりはない。だが、今のあの『システム』と化したアテナに盲従し、思考停止したまま突き進むお前たちを、アッシュやサガの元へ行かせるわけにはいかん」

 

アイオリアが一歩、前に出る。プレッシャーが増大する。

 

「お前たちはアテナを救った後、どうする?『正義』の名の下に、改革派を粛清するのではないか?『アテナの命令だから』と言って、アッシュやサガを、そして俺の仲間たちを殺すのではないか?」

 

アイオリアの問いかけは鋭い。彼は見抜いているのだ。星矢たちの「正義」が、時として盲目的になり、他者の正義を排除する刃になり得ることを。

 

「俺には、お前たちが信用できん!思考を放棄した正義ほど、恐ろしいものはない!」

 

「御託はたくさんだ!!」

 

一輝が吠える。彼は議論が苦手だ。拳で語る方が早いと思っている。

 

「どかないなら力尽くで通る!邪魔する奴は敵だ!鳳翼天翔ーーッ!!!」

 

一輝の背後から、炎の鳳凰が羽ばたく。強烈な熱風と共に、彼はアイオリアに向かって突っ込む。先手必勝。黄金聖闘士相手に躊躇などしていられない。

 

「短絡的だな、フェニックス!」

 

アイオリアは動じない。彼はただ、右拳を握りしめるだけだ。

 

「俺は獅子宮を守る獅子座のアイオリア……それだけだ!理屈も言い訳もいらん、力で示せ!」

 

「ライトニング・ボルト!!」

 

拳を突き出す。光速。一輝の動きが止まって見える。圧縮された光の球体が、一輝の真正面で炸裂する。

 

ドォォォォン!!

 

爆音。鳳凰の炎が一瞬でかき消される。物理的な衝撃波が、一輝の体を直撃する。

 

「ぐはぁっ!!」

 

柱を二本へし折り、壁に激突してようやく止まる。一撃だ。青銅聖闘士最強と言われる一輝が、手も足も出ずに吹き飛ばされた。

 

「一輝!!」

 

信じられない光景だ。アイオリアの本気。それは、彼らが想像していた「中立の立場での手加減」などという甘いものではなかった。

 

「……次は誰だ?」

 

煙の中から現れた彼は、無傷だ。その瞳は、獲物を狙う獅子のように鋭く光っている。

 

そこへ、後方から二つの足音が近づいてくる。紫龍と瞬だ。巨蟹宮での激闘を終え、ようやく追いついてきたのだ。

 

「兄さん!氷河!」

 

瞬が駆け寄る。壁にめり込んでいる一輝を見て、悲鳴を上げる。

 

「待てアイオリア!俺たちに戦う意思はない!」

 

紫龍が前に出る。彼は冷静に状況を判断しようとする。アイオリアとは話せば分かるはずだ。彼もまた、正義の聖闘士なのだから。

 

「ドラゴン、アンドロメダか……」

 

アイオリアが二人を見る。その視線が、わずかに揺らぐ。彼は、紫龍たちのことを気にかけていたのだ。巨蟹宮には、あの曲者コンビ、デスマスクとエレナがいたはずだ。彼らがまともに戦うとは思えないが、意地悪くらいはしただろう。

 

「巨蟹宮はどうした?デスマスクとエレナがいたはずだが、通してくれたのか?」

 

アイオリアは、半分確信を持って尋ねる。あの二人のことだ。適当にからかって、あるいは賄賂(?)でも受け取って、見逃したのだろうと。特にエレナは合理的だ。無駄な戦闘は避けるはずだ。

 

しかし。紫龍の答えは、アイオリアの予想を裏切るものだった。

 

紫龍は、真っ直ぐな瞳でアイオリアを見つめ返す。そこには、戦士としての自負と、悪を討ったという正義感が宿っている。

 

「……倒した」

 

短く、重い言葉。

 

「なに?」

 

アイオリアの動きが止まる。耳を疑う。倒した?あのデスマスクを?そして、あのエレナを?

 

「ええ……」

 

瞬が、悲しげに目を伏せる。

 

「黄泉比良坂へ、落ちていきました。……僕たちの技を受けて」

 

嘘ではない。彼らは本気でそう思っている。デスマスクたちの迫真の演技(とマヌケな断末魔)を真に受けて、彼らが地獄の底へ落ちたと信じ込んでいるのだ。

 

アイオリアの表情が凍りつく。場の空気が、熱帯から極寒へと変わる。

 

デスマスクとエレナ。彼らはアイオリアにとって、ただの同僚ではない。アッシュ参謀長を中心とした「聖域改革チーム」の仲間であり、共に汗を流し、時には酒を酌み交わした友人だ。特にエレナには、アイオリアも頭が上がらない。彼の部屋の掃除当番表を作ったり、栄養バランスの悪い食事を注意してくれたり、生活面での恩人でもある。そんな二人が、死んだ?青銅聖闘士の手によって?

 

「……二人は、無事なのか?」

 

アイオリアの声が震える。確認せずにはいられない。もしかしたら、ただの負傷で済んだのかもしれない。

 

紫龍は首を振る。彼は残酷なまでに真面目だ。

 

「……おそらく、助からないだろう。黄泉比良坂の穴へ落ちたのだ。生きて戻れる可能性は万に一つもない」

 

アイオリアが拳を握りしめる。ギリギリと音がする。

 

「だが、あのような邪悪、この世にいる価値はない!」

 

紫龍が続ける。彼は自分の正義を疑わない。

 

「遠く離れた春麗にまで手をかけようとした!あれこそ聖闘士の風上にも置けぬ外道だ!」

 

紫龍は熱弁を振るう。彼が見た巨蟹宮の光景(トリックアート)と、デスマスクの態度(悪役演技)を全て真に受けて、彼らを「悪」だと断定しているのだ。彼にとっては、それが真実だ。悪を討つことは正義であり、誇るべきことだ。

 

しかし。その一言が。その「正義」の押し付けが。眠れる獅子の、最も触れてはいけない「逆鱗」に触れた。

 

ゴゴゴゴゴ……。

 

獅子宮が揺れる。地震ではない。アイオリアから溢れ出す小宇宙が、物理的な質量を持って空間を圧迫しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………邪悪、だと?」

 

アイオリアが低く呟く。その声は、地底のマグマが噴火する直前の不気味な振動音に聞こえる。彼の視線は、真っ直ぐに紫龍を捉えている。

 

腹の底から、どす黒い怒りが湧き上がってくるのを止められない。

 

「デスマスクが?エレナが?……あの二人が、邪悪で、生きる価値がないだと?」

 

アイオリアは確認するように問う。もしかしたら聞き間違いかもしれない。あるいは、自分の知っているデスマスクとは別の、同姓同名の極悪人の話をしているのかもしれない。そんな僅かな可能性に縋りたくなるほど、彼にとってその評価は受け入れがたいものだ。

 

しかし、紫龍は空気を読まない。いや、読めないのだ。彼は真面目すぎるがゆえに、目の前の事象(トリックアートや演技)をすべて真実として受け取り、それを自身の倫理観でジャッジしてしまった。

 

「あ、ああ。そうだ」

 

紫龍は力強く頷く。その瞳は澄み切っている。

 

「彼らは死者の尊厳を冒涜し、無辜の人々を恐怖に陥れた。聖闘士としてあるまじき所行だ。俺たちが引導を渡したのは、聖域のため、ひいては世界のためだと言える」

 

紫龍は胸を張る。隣にいる瞬が、オロオロとアイオリアの顔色を窺っているが、紫龍は気づかない。一輝と氷河も、「なんかヤバくないか?」という顔で見守っているが、紫龍の演説は止まらない。

 

プツン。

 

アイオリアの脳内で、理性のヒューズが焼き切れる音が響く。これ以上は無理だ。聞くに堪えない。

 

「ふざけるなッ!!!!」

 

雷鳴が轟く。いや、雷鳴よりも大きく、鼓膜を直接揺さぶるような咆哮だ。アイオリアの全身から、金色の小宇宙が爆発的に噴出する。獅子宮の太い石柱に亀裂が走り、床の大理石がめくれ上がる。その衝撃波だけで、紫龍の前髪が激しく煽られ、瞬が思わず顔を覆う。

 

「あいつらはな!口は悪いし、態度はデカいし、金に細かいし、たまに俺のプリンを勝手に食ったりするがな!」

 

怒りのあまり、具体的な私怨も混じっているが、今は些細な問題だ。

 

「誰よりも仲間思いで、この聖域を良くしようと尽くしてきた『良い奴ら』なんだよ!聖域の財政難を立て直したのはエレナだ!荒くれ者の雑兵たちをまとめ上げ、雇用を創出したのはデスマスクだ!あいつらがいなかったら、今の聖域はとっくに破綻して、俺たちは路頭に迷っていたんだぞ!」

 

一歩踏み出す。その足音は、巨大な鉄塊を落としたような重響となる。

 

「それを……!表面的な演出や、悪ぶった態度だけを見て、何も知らない部外者が『邪悪』だと断ずる!その傲慢さ!それこそが俺の最も嫌悪する、思考停止した狂信者の理屈だ!」

 

「えっ……?演出……?」

 

瞬が小さく声を漏らす。聞き捨てならない単語が耳に入ったからだ。演出。つまり、あれは本気ではなかったということか?

 

「トリックアートでふざけたり、新作ゲームの話で盛り上がったり、夜中にこっそりラーメン食べに行ったり……あいつらはな、俺たちと同じ、悩みもすれば笑いもする、ただの人間なんだ!それを『生きる価値がない』だと?神にでもなったつもりか、貴様らは!」

 

「だ、だが、春麗を滝壺に落としたのは事実だ!あれは許せん!」

 

紫龍が反論を試みる。唯一の正当性(だと思っている部分)にしがみつく。

 

「あれだって、エレナなりの愛の鞭だ!遠くから祈ってるだけで何もしない女に、カツを入れただけだろうが!実際、死んではいないんだろう!?」

 

一蹴する。彼の論理では、仲間は絶対正義だ。仲間を傷つけた奴が悪だ。非常にシンプルで、それゆえに強固な論理。

 

「俺は決めたぞ。あのような友を愚弄し、殺した(と思い込んでいる)お前たちを……この獅子座のアイオリアが、粉微塵に粉砕してくれるわ!!」

 

腰を落とし、構えを取る。それは威嚇ではない。明確な殺意を伴った、処刑の構えだ。彼の背後に、黄金の獅子の幻影が浮かび上がる。その牙は鋭く、爪は全てを引き裂くために研ぎ澄まされている。

 

「まずい!全員で防御だ!」

 

氷河が叫ぶ。彼は瞬時に状況を理解する。これは話し合いで解決できるレベルを超えている。アイオリアは本気だ。完全に「敵」としてこちらを認識し、排除しようとしている。氷河は両腕を前に出し、冷気の壁を作ろうとする。

 

「くっ……来るぞ!!」

 

一輝もまた、小宇宙を燃やす。先ほどの一撃でダメージを負っているが、休んでいる暇はない。弟を守るため、そして生き残るため、鳳凰の炎を纏う。瞬もネビュラチェーンを展開し、ローリングディフェンスの陣形を敷く。紫龍だけが、まだショックから立ち直れず、呆然としているが、体は本能的に防御態勢を取る。

 

アイオリアは、そんな彼らの抵抗など意に介さない。彼の拳に、光が集束する。一億ボルトの稲妻。いや、それ以上のエネルギー密度を持つプラズマの塊。

 

「聞け!獅子の咆哮を!!俺の怒りを!!」

 

アイオリアが右拳を突き出す。単純なストレート。だが、その拳から放たれるのは、物理法則を無視した光の乱舞だ。

 

「ライトニング・プラズマ!!!!」

 

閃光。視界が白一色に染まる。音すら置き去りにする光速の拳圧が、網の目となって空間を埋め尽くす。逃げ場はない。上下左右、前後、あらゆる方向から光の拳が襲いかかる。

 

「うわあああああああーーッ!!!」

 

四人の絶叫が重なる。氷河の氷壁が一瞬で蒸発する。瞬の鎖がズタズタに千切れる。一輝の炎がかき消される。紫龍の盾に無数の亀裂が走る。

 

圧倒的だ。これが、黄金聖闘士の中でも屈指の攻撃力を誇る、獅子座のアイオリアの実力。しかも、怒りによってリミッターが外れている状態だ。手加減などという概念は、今の彼の辞書には存在しない。

 

四人の体は、重さを失った枯れ葉のように吹き飛ばされる。獅子宮の堅牢な壁に叩きつけられ、さらに跳ね返って床に転がる。聖衣の破片が散らばる。青銅聖衣はボロボロになり、彼らの体には無数の打撲と火傷が刻まれる。

 

静寂が戻る。アイオリアは、拳を突き出した姿勢のまま、荒い息を吐く。彼の拳からは、まだ白い煙が立ち上っている。プラズマの余熱だ。

 

四人はピクリとも動かない。全滅。完全なる敗北。セブンセンシズに目覚めかけたとはいえ、本気になった黄金聖闘士の前では、赤子も同然だった。

 

アイオリアは、ゆっくりと腕を下ろす。彼は倒れている四人を見下ろす。その目に、慈悲の色はない。あるのは、任務を遂行する兵士の冷徹さと、友の仇を討つ復讐者の暗い炎だ。

 

「……口ほどにもない」

 

アイオリアが吐き捨てる。彼は、一番近くに倒れている紫龍の前に歩み寄る。この男が、一番デスマスクたちを侮辱した。その罪は重い。

 

「トドメだ。……デスマスクとエレナの仇、取らせてもらう。あの世で彼らに詫びるんだな」

 

右拳を高く振り上げる。そこに再び、光が集まる。これで終わりだ。紫龍の頭蓋骨を粉砕し、その命を絶つ。

 

アイオリアに迷いはない。振り下ろされる拳。光速の死刑執行。

 

その時だ。

 

ガシィッ!

 

鈍い音が響く。アイオリアの動きが止まる。紫龍の頭上で、彼の黄金の腕が、何者かによってガッチリと掴まれ、静止させられる。

 

「なっ……!?」

 

目を見開く。信じられない。自分の光速拳を、誰かが止めた?しかも、背後から近づく気配に、全く気づかなかった。聖域最強クラスの反応速度を持つこの自分が、背後を取られるなどあり得ない。

 

「誰だ!?」

 

そこに立っていたのは、見知らぬ男……ではない。その顔は、アイオリアが誰よりもよく知る、そして誰よりも尊敬していた男の顔だ。

 

だが、その雰囲気(オーラ)は、彼の記憶にあるものとは決定的に異なっている。

 

「……そこまでだ、アイオリア」

 

アイオロスの声は静かだ。だが、その静けさは、穏やかな海のそれではない。深海の水圧のような、押し潰されるような重圧を孕んでいる。

 

「兄……さん……?」

 

アイオリアが呆然と呟く。目の前の兄の姿に、言葉を失う。

 

アイオロスが纏っているのは、確かに射手座の黄金聖衣だ。だが、その形状が明らかにおかしい。以前見た時よりも、さらに禍々しく、そして神々しく進化している。

 

黄金の輝きの中に、どす黒い赤色が混じっている。装甲の表面には、まるで生物の血管か、あるいは植物の根のような「赤い葉脈」が走り、ドクン、ドクンと脈動を繰り返している。聖衣が呼吸している。生きているのだ。そして背中の翼。それは天使の羽のような優美なものではなく、悪魔かドラゴンの翼のように鋭利で、巨大に広がっている。先端がナイフのように鋭く、触れるものすべてを切り裂きそうだ。

 

「な、なんだその姿は……!」

 

アイオリアが後ずさる。本能的な恐怖を感じる。これは兄さんか?本当に、あの優しかった兄さんなのか?

 

「その聖衣は……そしてその桁違いの小宇宙は!いったい何をしたんだ!」

 

日本で別れて以来、まだ一月も経っていない。あの時は「正義の聖闘士」としての清廉な空気を纏っていた。だが、今の彼は違う。かつての「優しき英雄」の面影は残っているものの、その内側から溢れ出すのは、何か別の「超越者」としての覇気だ。神をも殺しかねない、危うい力。神邪霊聖衣。

 

アテナの聖なる力と、邪神エリスの禍々しい力、そして娘を救いたいという父親の妄執が融合した、禁断の姿。

 

アイオロスは、アイオリアの拳を掴んだまま、無表情に弟を見下ろす。その瞳は、以前のような温かさを失い、冷徹な光を宿している。いや、冷徹というよりは、目的のためなら手段を選ばない「覚悟」が決まりすぎている目だ。

 

「邪魔をするな、アイオリア」

 

アイオロスが、弟の手を払いのける。その動作だけで、強力な風圧が発生し、アイオリアは数歩後退させられる。

 

「俺は急いでいる。この獅子宮を通らせてもらうぞ」

 

「と、通すわけにはいかん!」

 

反射的に構える。兄への敬愛はある。だが、今の異様な兄を、そのまま教皇の間へ行かせるわけにはいかない。それに、自分は今、仲間(デスマスクたち)の仇を討つという使命がある。

 

「兄さん、あんた正気なのか!?その姿、まるで邪神に魅入られたようじゃないか!アテナを救うために、魂まで売ったのか!」

 

「魂なら売ったさ」

 

アイオロスが即答する。迷いがない。

 

「娘(沙織)を救えるなら、悪魔にでも邪神にでもなってやる。それが父親というものだ」

 

「父親……?何を言っているんだ!」

 

アイオリアには理解できない。兄はアテナの聖闘士としての使命に生き、死ぬはずだ。それが今更、父親ごっこ?個人的な感情で、聖域を混乱させるというのか。

 

「目を覚ませ、兄さん!あんたは英雄なんだ!個人の感情で動いていい人間じゃない!」

 

兄を止めなければならない。かつての理想の兄に戻さなければならない。それが弟の役目だ。

 

「ライトニング・ボルト!!」

 

光速の球体が、至近距離からアイオロスを襲う。手加減なし。痛みで目を覚まさせるしかない。

 

しかし。アイオロスは動じない。彼は片手を軽く振るう。それだけの動作で、アイオリアの必殺技がかき消される。光の球体が、まるでシャボン玉のようにパチンと弾けて消滅する。

 

「なっ……!?」

 

片手で?防御の構えすら取らずに?

 

「遊びは終わりだ、アイオリア」

 

背中の翼が、バサリと広がる。赤い小宇宙が、獅子宮全体を塗り替えるように広がる。

 

「俺は今、機嫌が悪い。ムウとの戦いで少し疲れているし、急いでいるのに弟に説教されるのも癪に障る」

 

アイオロスが一歩、踏み出す。その威圧感に、アイオリアの足がすくむ。生物としての格の違いを見せつけられているようだ。

 

「かかってこい、アイオリア。全力で来い。……少しばかり、兄としての教育的指導が必要なようだな」

 

アイオロスの瞳が、弟を射抜く。そこには、殺意はないが、圧倒的な「暴力による解決」の意志がある。言うことを聞かない弟は、力ずくで黙らせる。昭和の頑固親父のような、理不尽かつ絶対的なオーラ。

 

獅子宮に、最強の兄弟喧嘩の幕が開こうとしていた。それは、聖域の歴史に残る、悲しくも激しい衝突となるだろう。




翔子「……ちょっとエリス。今の読んだ?アイオロス君、完全にお父さんスイッチONじゃないの!」

エリス「ふふ♡ あれこそ愛よ。娘のためなら神にも悪魔にもなる。素敵じゃない?」

翔子「いや素敵とか言ってる場合!?あの状態で家に帰ってきたら、私たちどうなるの!?」

エリス「ショーコ、落ち着け。最悪、脱げばなんとかなる」

翔子「脱ぐな!!問題が悪化するから脱ぐな!!」

エリス「だってアイオロス、ショーコの裸には特別反応するじゃないか?なら、我も──」

翔子「やめろぉぉぉぉぉ!!!なんで毎回脱ごうとするのよ!?その神としての発想力どこに使ってるの!?」

エリス「ショーコ。お前、お姉さん(響子)より可愛いぞ。だから二人まとめて──」

翔子「やめろ!!アイオロス君に聞かせるな!!もう本当に!!」

エリス「ふふ。次の回……兄弟ゲンカがどうなるのか楽しみね」
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