聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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聖域の夜空を裂く、黄金の咆哮!

13年の沈黙を破り、
神邪霊をまとった射手座アイオロスが
ついに弟・獅子座アイオリアと激突する!!

家族のために世界を裏切る兄。
誇りのために兄を討つ弟。

光速拳と原子崩壊の雷撃が交差する時、
獅子宮は崩壊の運命を免れない!!


兄の堕落、父の覇道 ~獅子宮の兄弟喧嘩~

聖域にある十二の宮殿の中でも、一際勇壮な造りを誇る獅子宮。その広い空間には、今、異様な緊張感と、少しばかりの気まずさが充満している。

 

アイオリアは、自身の拳が兄であるアイオロスの掌に受け止められている事実を、すぐには処理できなかった。光速の拳だ。一秒間に一億発という、物理法則をあざ笑うかのような超高速の連打。それを、兄は子供をあやすような手つきで、片手で完全に封殺している。

 

アイオロスが、軽く腕を振るう。

 

ブンッ。

 

ただそれだけの動作で、アイオリアの体は数メートル後退させられる。足が床を滑る。タジタジになる、という表現がこれほど似合う黄金聖闘士も珍しい。圧倒的な「腕力」の差。

 

アイオリアは、乱れた呼吸を整えることも忘れ、目の前の兄を睨みつける。その姿は、かつて自分が憧れたアイオロスではない。

 

身に纏うのは、射手座の黄金聖衣が進化した神邪霊聖衣。黄金の輝きの中に、禍々しい血管のような赤いラインが走り、背中には悪魔的な鋭さを持つ翼が広がっている。どう見ても正義の味方の装備ではない。ラスボスの装備だ。

 

「くっ……!兄さん!」

 

その声には、怒りよりも悲しみが混じっている。

 

「答えてくれ!なぜだ!なぜアテナはあんな非道な命令を下したのだ!?」

 

アイオリアの脳裏には、先ほどの報告が焼き付いている。矢座のトレミー。かつての仲間であり、交渉のために地上へ降りた使者。彼に対し、アテナは交渉の余地すら与えず「殺せ」と命じたという。

 

「使者を問答無用で殺せなど……俺の知る慈悲深きアテナではない!まるで独裁者だ!恐怖政治を行う暴君そのものではないか!」

 

アイオリアは純粋だ。だからこそ、正義の女神が悪の親玉のような振る舞いをすることが許せない。

 

「兄さんは……!かつて仁・智・勇を兼ね備えた聖闘士の鑑だった貴方は、そのような命令に盲従するような男に成り下がったのか!!」

 

アイオリアの糾弾は悲痛だ。幼い頃から、彼は兄の背中を追い続けてきた。

 

それが、どうだ。帰ってきた兄は、悪魔のような鎧を着て、独裁者のようなアテナの言いなりになっている。これでは、あの日兄を信じた自分が馬鹿みたいではないか。

 

アイオリアの拳が震える。情けなさと、悔しさと、やるせなさ。それらが混ざり合って、目頭が熱くなる。

 

対するアイオロスは、そんな弟の激情を、静かな湖面のような瞳で見つめている。動揺はない。弁解もしない。ただ、そこに「事実」として立っている。

 

「……アイオリア」

 

アイオロスが口を開く。その声は、昔と変わらない。優しく、深く、そして芯の通ったものだ。

 

「沙織は、俺の娘だ」

 

「……は?」

 

アイオリアの思考が停止する。いま、兄は何と言った?

 

「だから助ける。……それだけだ」

 

シンプルすぎる回答。アテナだから、とか、地上の平和を守るため、とか、正義のため、とか。そういった高尚な理由は一切ない。「娘だから」それだけ。

 

アイオリアの口がパクパクと動く。言葉が出てこない。あまりに短絡的で、あまりに私的で、そしてあまりに「人間臭い」理由。黄金聖闘士同士の、世界の命運をかけた会話で出てくるセリフではない。

 

「なっ……!?」

 

数秒の沈黙の後、アイオリアの脳内で何かが弾けた。怒りが頂点に達する。

 

「娘だと……!?貴方は何を言っているんだ!!」

 

アイオリアが吠える。獅子宮の柱がビリビリと震える。

 

「彼女は女神アテナだ!現代に降臨した、地上の平和を守る要だぞ!全人類の守護神だ!それを……『娘』?ただの家族扱いだと!?」

 

アイオリアは理解できない。神は神だ。崇めるべき対象であり、守るべき主君だ。それを「ウチの娘」感覚で語るなど、不敬にも程がある。

 

「アテナの聖闘士ともあろうものが……聖域の頂点に立つ黄金聖闘士が、この期に及んでアテナを娘扱いだと!?公私混同も甚だしい!!」

 

アイオリアは一歩踏み出す。

 

「日本での13年……それが貴方を変えてしまったのか!?平和な国で、ぬるま湯に浸かり、家族ごっこに興じていたその生活は、あなたの黄金聖闘士としての誇りすら奪ってしまったのか!!」

 

アイオリアの想像の中で、日本での兄の生活が勝手に構築されていく。こたつに入り、ミカンを食べながらバラエティ番組を見て笑う兄。日曜日にショッピングモールへ出かけ、フードコートでうどんをすする兄。そんな「平和ボケ」した姿が、高潔だった英雄の魂を腐らせたのだと、アイオリアは確信する。

 

「嘆かわしい……!本当に嘆かわしいぞ、兄さん!俺は……今の貴方を軽蔑する!」

 

弟からの絶縁宣言。これほど重い言葉はないはずだ。だが。

 

アイオロスは、フッと笑った。それは嘲笑ではない。馬鹿にしているのでもない。何か重い鎧を脱ぎ捨て、肩の荷を下ろしたような、憑き物が落ちたような、清々しい笑みだった。

 

「誇り……か」

 

アイオロスは、自分の手のひらを見つめる。そこには、無数の傷と、そして確かな温もりが残っている気がした。

 

「そうだな、お前の言う通りかもしれない。俺は変わったよ、アイオリア」

 

アイオロスは顔を上げる。その表情には、迷いはない。

 

「アイオリア。はっきり言おう。俺はもう、アテナの聖闘士ではない」

 

「なに……?」

 

アイオリアが眉をひそめる。聖闘士ではない?黄金聖衣(っぽいもの)を着て、小宇宙を燃やしておきながら?

 

「俺が戦うのは、アテナのためでも、地上の正義のためでもない。そんな大層なものは、サガやアッシュ、あるいはお前たちに任せるよ」

 

「俺が戦うのは……俺の愛する妻である翔子と、彼女の中にいるエリス……」

 

「目に入れても痛くない娘の沙織……。あいつは最近、反抗期でな。父親の言うことを聞かずに勝手なことばかりするが、それでも可愛い娘に変わりはない」

 

親バカ全開のコメント。アテナを反抗期の娘扱い。

 

「生意気だが頼りになる息子のアベル……。あいつは俺に似てイケメンだが、性格は母親似で少々キツイ。だが、そこがいい」

 

「そして、俺たちを受け入れてくれた日本のみんな。今は亡き光政父さん。あの人は偉大だった。俺に『父親』とは何かを教えてくれた」

 

「留守を任せたオルフェウスにヤン、北欧のフレイ……。あいつらは良い酒飲み仲間だ。特にフレイとは、一晩中語り合える」

 

アイオロスは指を折りながら、楽しそうに語る。その瞳には、殺伐とした聖域にはない、温かい家庭の団欒のような光が宿っている。彼は戦場の真ん中で、ホームパーティーの参加者リストを確認しているかのようだ。

 

「あとドルバル……」

 

急に、アイオロスの声のトーンが下がる。

 

「あいつは胡散臭いし、何かと利用しようとする狸親父だが、まあ恩はある……。一応、守る対象に入れてやらんこともない」

 

アイオロスは両手を広げる。その背後の翼が、バサリと羽ばたく。

 

「俺は、彼らを守るためだけにここにいる。そのためなら、神殺しの汚名だろうが、裏切り者の烙印だろうが、甘んじて受けよう」

 

宣言。それは、聖闘士としての「公」を捨て、一人の人間としての「私」を貫くという、究極のエゴイズム。

 

「だから……娘を救うために、ここを通る。そこにアテナという肩書きがあろうがなかろうが、俺には関係ない。あの子が泣いているなら、助けに行く。それが父親だ」

 

「そ、そんな個人的な感情のために……」

 

アイオリアが震える。理解の範疇を超えている。世界平和よりも家族愛を優先する?それが黄金聖闘士のやることか?

 

「聖域に弓引くというのか!個人の幸せのために、秩序を乱すというのか!」

 

「ああ、そうだ。文句があるなら、俺を倒してから言え」

 

アイオロスは開き直る。清々しいほどの開き直りだ。

 

「それに……もう一つ理由がある」

 

アイオロスの声が、少しだけ低くなる。彼の纏う神邪霊聖衣の表面にある赤い葉脈が、ドクンと大きく脈打つ。心臓の鼓動のような、重く響く音。

 

「サガだ」

 

その名が出た瞬間、場の空気が張り詰める。双子座(ジェミニ)のサガ。13年前、アイオロスを英雄に仕立て上げ、教皇の座を奪った男。そして、今の聖域の支配者。

 

「あいつとは、13年前のあの夜……喧嘩の決着がついていない」

 

アイオロスは拳を握りしめる。ギリギリと、ガントレットが音を立てる。

 

「あの夜、俺は赤子のアテナを守るために、反撃せずに逃げた。あいつの拳を一方的に受けた。……まあ、戦略的撤退とはいえ、負けは負けだ」

 

アイオロスの目に、男の闘争本能が宿る。

 

「だが、今は違う。守るべき娘は、自分の足で立っている(今は倒れてるけど)。俺はフリーだ。何の憂いもなく、あいつと殴り合える」

 

アイオロスはニヤリと笑う。それは父親の顔ではない。かつてのライバルと決着をつけようとする、一人のオスとしての顔だ。

 

「ただ、あの時の喧嘩のケリをつけたいだけだ。男としてな。理屈も正義も関係ない。どっちが強いか、白黒はっきりさせないと、どうにも枕を高くして眠れなくてな」

 

「兄さん……」

 

アイオリアは言葉を失う。目の前の兄は、あまりにも自由だ。聖闘士の掟、神への忠誠、地上の平和。そんな重い鎖をすべて引きちぎり、ただ自分の守りたいものと、自分のプライドのために戦おうとしている。

 

それは「堕落」なのかもしれない。聖闘士としては失格なのかもしれない。だが、その姿は、皮肉にもアイオリアの目には、かつてのどんな時よりも「強力」で、そして「輝いて」見えた。

 

「……ふざけるな」

 

アイオリアが、絞り出すように言う。

 

「そんな……そんな我儘が、許されてたまるか!!」

 

アイオリアの小宇宙が爆発する。認めるわけにはいかない。そんな兄を認めてしまえば、13年間、兄に追いつくために耐え忍んできた自分の人生が否定されてしまう。兄は立派な聖闘士でなければならないのだ。家族思いのパパであってはならないのだ。

 

「俺が目を覚まさせてやる!その腐った性根、俺の拳で叩き直してやるぞ、アイオロス!!」

 

「ほう、やるかアイオリア」

 

アイオロスが構える。余裕の笑み。弟の全力の怒りを受け止める気満々だ。

 

「いいだろう。少し見ない間に随分と吠えるようになったな。だが、吠えるだけの仔獅子か、牙を持った百獣の王か……試してやろう」

 

獅子宮の中心で、二つの黄金の小宇宙が激突する。片や、神と悪魔の力を融合させた、家族愛の怪物。片や、純粋な正義と怒りを燃やす、孤高の獅子。兄弟喧嘩というにはあまりにも規模が大きすぎる、聖域揺るがす大激突が、今まさに始まろうとしていた。

 

倒れている青銅聖闘士たちは、ただその余波に怯えながら、心の中でこう突っ込むしかなかった。(……身内の揉め事は、家でやってくれませんかね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一輝、氷河、紫龍、瞬。いつまで寝ている。お前たちは先に行け」

 

その声は、完全に「引率の先生」のトーンだ。修学旅行で揉め事を起こした生徒たちを、とりあえずバスに乗せようとするあの感じだ。氷河たちが慌てて体を起こす。全身打撲で痛むはずだが、アイオロスから発せられる「さっさと行け」という無言のプレッシャーが、彼らの体を強制的に動かす。

 

「こいつ(アイオリア)の相手は俺がする。身内の不始末は、身内でつけるのが筋というものだ」

 

アイオロスは親指で自分を指す。かっこいい。普通なら痺れるセリフだが、その姿が「血管が浮き出た禍々しい鎧」なので、どう見ても悪役のセリフにしか聞こえないのが玉に瑕だ。

 

一輝が、パンパンと聖衣の埃を払いながら立ち上がる。彼はこういうドライな展開が大好きだ。浪花節や兄弟の愛憎劇なんて、見ていて痒くなるだけだと思っている。

 

「……フン。兄弟喧嘩に割り込むほど野暮じゃない」

 

一輝は鼻を鳴らす。彼はアイオロスを一瞥し、そして悔しそうに拳を震わせているアイオリアを見る。

 

「肉親同士の殺し合いか。実に聖闘士らしい、血なまぐさい余興だ。俺たちは遠慮なく高みの見物をさせてもらおう……と言いたいところだが、時間がない」

 

一輝は踵を返す。彼の判断は常に速い。ここでアイオロスと共闘しても、どうせ「兄さん!」だの「アイオリア!」だのという暑苦しい会話が始まって、邪魔者扱いされるのがオチだと分かっているのだ。

 

「行くぞ!氷河、紫龍、瞬!」

 

一輝の号令で、他の三人も動き出す。紫龍だけが「しかし、アイオロス殿を一人にしては……」と義理堅いことを言おうとするが、瞬に「今は信じて進もう」と腕を引かれて走り出す。

 

四人が、アイオリアの脇を駆け抜けようとする。その瞬間、アイオリアの金色の眉が吊り上がる。

 

「させるか!賊を通すわけには……!」

 

アイオリアが吠える。彼はここを守る番人だ。兄がどうとか、デスマスクの仇がどうとか、私情はあるが、それ以前に侵入者を通すわけにはいかない。彼の右拳に光が集束する。迎撃のライトニング・ボルト。青銅聖闘士たちの足を止めるには十分すぎる威力だ。

 

だが。その拳が放たれることはない。

 

シュッ。

 

風切り音と共に、アイオリアの視界が塞がれる。巨大な、赤黒い翼。神邪霊聖衣の翼を広げたアイオロスが、瞬時に間合いを詰め、アイオリアの前に立ちはだかったのだ。速い。光速の動きを見切ることができる黄金聖闘士でさえ、反応が遅れるほどの神速。

 

「……ッ!?」

 

アイオリアが息を呑む。目の前に、兄の顔がある。かつてのような優しげな微笑みではない。歴戦の、それも修羅場をくぐり抜けてきた男の、凄みのある無表情だ。

 

アイオロスは、弟を牽制しつつ、走り去る一輝の背中に声を投げる。

 

「ああ、そうだ一輝。一つ忠告だ」

 

まるで「弁当忘れてるぞ」と声をかけるような軽さ。一輝が足を止めずに、首だけで振り返る。

 

「この先の処女宮にいる乙女座(バルゴ)のシャカ……あいつだけは警戒しろ」

 

その名が出た瞬間、獅子宮の空気がピリリと凍りつく。アイオリアでさえ、一瞬だけ動きを止めるほどの名前だ。シャカ。「もっとも神に近い男」聖域における最強のジョーカー。

 

「いかなる手段を使っても、シャカの目は開かせるな。いいか、絶対にだ」

 

アイオロスは念を押す。これは攻略Wikiの重要ポイントだ。赤字で書いてあるレベルの必須事項だ。

 

「あいつは普段、視覚を遮断して小宇宙を高めている。だが、目が開いた時……そこに蓄積されたエネルギーが一気に解放される。開眼したら最後、お前たちの命はないと思え。ゲームオーバーだ。コンティニュー不可だ」

 

「……覚えておく」

 

一輝は短く答える。彼はアイオロスの言葉を疑わない。なぜなら、アイオロスの纏う小宇宙の質が、その警告の重さを裏付けているからだ。一輝たちはスピードを上げ、獅子宮の奥へと消えていく。彼らの背中が見えなくなるまで、アイオリアは動くことができない。アイオロスの放つプレッシャーが、物理的な壁となって彼を釘付けにしているからだ。

 

足音が遠ざかる。完全に聞こえなくなる。獅子宮に残されたのは、黄金の獅子と、赤き翼の射手。そして、破壊された柱の瓦礫だけだ。

 

静寂が戻る。その静けさは、これから始まる嵐の前の、息苦しいほどの静けさだ。

 

「……通したか」

 

アイオリアが、絞り出すように言う。彼の拳は白くなるほど握りしめられている。悔しい。みすみす侵入者を通したことへの屈辱。そして何より、それを手助けしたのが、実の兄であるという絶望。

 

「やはりあなたは、俺の知る兄さんではない」

 

アイオリアが顔を上げる。その瞳には、もう迷いはない。あるのは、敵を討つという決意だけだ。たとえ相手が、血を分けた兄であろうとも。

 

「かつて正義のために命を賭した男が、個人的な感情で聖域を裏切り、あまつさえ賊の手引きをするとは……」

 

アイオリアの小宇宙が、再び高まり始める。今度は怒りではない。悲しみを含んだ、決別の炎だ。

 

「堕ちたな、アイオロス!!」

 

アイオリアが叫ぶ。その背後に、巨大な黄金の獅子の幻影が現れる。獅子が咆哮する。その衝撃波で、周囲の瓦礫が粉々に砕け散る。

 

「堕ちた、か……」

 

アイオロスは、その言葉を反芻する。痛い言葉だ。13年前、彼は「英雄」と呼ばれた。そして今、弟から「堕ちた」と言われる。だが、不思議と心は軽い。今の彼には、守るべきものの優先順位が明確にあるからだ。アテナという「公」よりも、沙織という「私」。聖域という「組織」よりも、家族という「絆」。それを堕落と呼ぶなら、甘んじて受け入れよう。

 

「そうかもしれないな。俺は聖闘士としての高潔さを失ったのかもしれない」

 

アイオロスは肩をすくめる。その仕草は、日本のサラリーマンが「いやぁ、まいったね」とボヤく姿に似ている。

 

「だがアイオリア。お前こそ、少し頭が固くなったんじゃないか?」

 

アイオロスは、ゆらりと構える。特定の型はない。自然体。だが、その全身には微塵の隙もない。どこから攻めても、カウンターが飛んでくる予感しかしない。

 

「聖闘士たるもの、かくあるべし。正義とはこうあるべし。……そんな教科書通りの理屈で、自分を縛り付けているように見えるぞ」

 

「なに……?」

 

「もっと柔軟になれ。アッシュを見習え。あいつは合理的すぎるきらいはあるが、少なくとも『自分の頭』で考えている。お前は、思考を停止して『正義』というラベルの貼られた箱の中に逃げ込んでいるだけだ」

 

「貴様に……貴様に俺の何が分かる!!」

 

アイオリアが激昂する。図星だからだ。彼は常に迷っていた。兄が逆賊なのか。サガが正しいのか。自分の信じる正義はどこにあるのか。その答えが出ないからこそ、彼は「聖闘士の使命」という絶対的なルールに縋り付くしかなかったのだ。

 

「13年間!俺がどんな思いで……!誇り高き英雄と比べられ、それでも這いつくばって生きてきたか!貴様に分かるはずがない!」

 

アイオリアの叫びは悲痛だ。彼は孤独だった。唯一の肉親を失い、周囲は羨望か敵だらけ。そんな中で、必死に牙を研ぎ、強くなることで己を守ってきた。

 

「分かるさ」

 

アイオロスがあっさりと言う。

 

「え?」

 

「俺も日本で大変だったんだぞ?住民票の登録とか、健康保険の手続きとか。身分証明書がないから携帯の契約も一苦労だ。光政さんがいなけりゃ、俺は今頃ホームレスだ」

 

「はぁ!?」

 

アイオリアがずっこける。次元が違う。苦労のベクトルが違いすぎる。こっちは命がけの差別と戦ってきたのに、兄は役所の窓口と戦っていたというのか。

 

「納得できないなら、かかってこい」

 

アイオロスは、挑発するように手招きをする。クイクイ、と指を動かす。

 

「口で言っても分からんのなら、体で教えてやる。兄として……可愛い弟と遊ぶのは、随分としていなかったからな」

 

「遊ぶ……?」

 

その単語が、アイオリアの耳にこびりつく。遊ぶ。この死闘を、聖域の命運をかけた戦いを、兄は「遊び」だと言うのか。俺との戦いを、子供のじゃれ合いと同じレベルだと見下しているのか。

 

「……だと!?」

 

アイオリアのプライドが、音を立てて砕け散る。そして、その破片が火種となって、爆発的な怒りの炎を巻き起こす。

 

俺は黄金聖闘士だ。聖域最強の一角だ。もう、兄さんの背中を追いかけるだけの子供じゃない。

 

「俺を……子供扱いするなァァァッ!!!」

 

アイオリアが吼える。リミッター解除。理性崩壊。彼はただの「弟」としてのコンプレックスを爆発させる。

 

「消え失せろ!過去の亡霊!!俺の前に立ちはだかるなら、兄さんだろうと消滅させる!!」

 

アイオリアの右拳が光る。今までの比ではない。獅子宮の全てのエネルギーを吸い込んだかのような、眩い輝き。

 

「ライトニング・プラズマ!!!!」

 

必殺の技が放たれる。一秒間に一億発。その言葉通りの、光の雨。いや、光の檻だ。網の目のように交差した光速拳が、アイオロスを包囲する。前後左右、上下、斜め。あらゆる角度からの同時攻撃。逃げ場はない。空間そのものを光で埋め尽くす、回避不能の飽和攻撃。

 

物理法則を超えた光の監獄。これを受けた者は、細胞の一つ一つに至るまで焼き尽くされ、消滅する。最強の黄金聖闘士・アイオリアの、全力全開の殺意だ。

 

だが。

 

「遅いな、アイオリア」

 

その光の中で、アイオロスの声が響く。余裕のある、冷静な声だ。

 

「なっ……!?」

 

アイオリアが驚愕する。光の檻の中にいる兄の姿が、ブレている。当たっていない?いや、当たっているはずだ。空間を埋め尽くしているのだから、避ける場所などないはずだ。

 

「その程度では、日本の満員電車すら乗り越えられんぞ!」

 

「はぁ!?」

 

アイオロスは、光速の拳の隙間――原子と原子の隙間のような極小の空間を、最小限の動きですり抜けている。体をひねり、首を傾け、時にはマントを翻して軌道をずらす。その動きは、まるで朝の新宿駅のラッシュアワーで、改札へと向かうサラリーマンのようだ。人混み(光の拳)を縫って、最適解のルートを導き出す。長年の通勤ラッシュで鍛えられた(?)動体視力と回避能力。

 

「お前の拳は速いが、直線的すぎる!改札前のオバチャンの方が、よっぽど予測不能な動きをするぞ!」

 

アイオロスは冗談交じりに言うが、やっていることは神業だ。光速拳を「遅い」と言い切る反射神経。神邪霊聖衣によってブーストされた身体能力が、常識を遥かに超えている。

 

「ふざけるな!俺の拳を満員電車と一緒にするな!」

 

アイオリアが更に小宇宙を燃やす。拳の密度を上げる。隙間をなくす。だが、アイオロスは止まらない。彼は光の雨の中を、優雅に泳ぐように前進してくる。

 

「終わりだ、アイオリア」

 

アイオロスが、翼を大きく広げる。バサァッ!!その羽ばたきだけで、周囲のプラズマが吹き飛ばされる。空間が確保される。

 

「お前には、少し『社会勉強』が必要なようだな。井の中の蛙、大海を知らず。聖域の中だけで強がっていても、世界は広いんだ」

 

アイオロスの右手に、小宇宙が一点に凝縮される。それは拡散するプラズマとは対照的な、極限まで圧縮されたエネルギーの塊。原子核すら破壊する、高密度の雷撃。

 

「見せてやる。これが、家族を守るために俺が手に入れた力だ!」

 

「アトミック・サンダーボルト!!!」

 

カッッッ!!!!

 

世界が反転する。獅子宮が、真っ白な光に包まれる。音が消える。光が強すぎて、視界が機能しなくなる。

 

一億の拳(プラズマ)と、原子を砕く雷撃(サンダーボルト)の衝突。「数」と「密度」の激突。

 

ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

遅れてやってきた轟音が、鼓膜を破壊せんばかりに響き渡る。衝撃波が、獅子宮の壁を内側から破裂させる。太い石柱が、マッチ棒のようにへし折れ、なぎ倒される。天井が吹き飛び、聖域の青い空が露わになる。瓦礫が雨のように降り注ぐ。

 

土煙が舞い上がる中、二つの黄金の小宇宙が拮抗し、そして一方が他方を飲み込んでいく。

 

 




翔子「ちょ、ちょっと!?アイオロス君、アイオリアさんと本気で殴り合ってるんだけど!?止めに行かなくていいの!?エリス!!」

エリス「大丈夫だショーコ。あれは男同士の接吻みたいなものだ」

翔子「なんで急に危険な例えを出すのよ!?殴り合いがスキンシップみたいに聞こえるでしょ!!」

エリス「だって男ってそういうものだぞ?本気でぶつかって、お互いボロボロになって、最後にふっ……やるなとか言って仲良くなる生き物よ?」

翔子「いやいやいや!あの破壊規模は仲良くなる前に獅子宮が消し飛ぶでしょ!!天井もう無いし!!柱も無いし!!」

エリス「まあ、壊れたらアッシュが直すでしょ」

翔子「アッシュ君便利屋じゃないから!?ていうかアイオロス君、戦闘中に沙織の反抗期の話すんのやめてくれない!?恥ずかしいんだけど!!」

エリス「ふふ♡でも反抗期の娘のために世界を敵に回す父って、いいな……最高に面白いわ」

翔子「エリスの面白いは信用できない!!お願いだからもう少し!もう少しだけ常識寄りになって!!」

エリス「ショーコ、常識は世界を退屈にするのよ?」

翔子「……あなたが言うと説得力がある気がしてイヤ!!」
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