聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
そして──乙女座シャカ、開眼。
十二宮最強格の黄金聖闘士が、
青銅四人をわずか五分で屠る。
神に最も近い男が選んだのは、
アテナではなく、人間の未来。
次回──
『神に最も近い男の、人間への賭け』
お楽しみに。
『REMAININGTIME09:15:00』
残り時間、9時間15分。アテナの胸に突き刺さった黄金の矢が、彼女の命を完全に奪うまでのタイムリミットだ。秒数の表示が、パラパラと目まぐるしく変わる。それはまるで、侵入者たちの焦燥感を煽るための装置のようだ。
四人の青銅聖闘士たちは走る。氷河、一輝、紫龍、そして瞬。彼らの体は、アイオリアの攻撃ですでに限界に近い。聖衣はひび割れ、砕け、ところどころ剥がれ落ちている。呼吸をするたびに肺が焼きつくような痛みが走る。それでも、彼らの足は止まらない。止まることは許されない。
石段を駆け上がると、目の前に第六の宮殿が姿を現す。処女宮。十二宮の中間地点に位置する、白亜の神殿だ。外観はこれまでの宮と同じく、重厚な石柱に支えられた古代ギリシャ様式の建築物だ。しかし、一歩その敷地に足を踏み入れた瞬間、四人は肌にまとわりつく空気が一変するのを感じる。
そこは、静かだ。あまりにも静かすぎる。先ほどまでの獅子宮の熱気や、巨蟹宮の陰湿な気配とは、全く異質の空間が広がっている。風の音もしない。鳥の声もしない。ただ、研ぎ澄まされた静寂だけが、空間を支配している。
四人は警戒しながら、宮の内部へと進む。高い天井からは、柔らかな光が降り注いでいる。そして、その光の中を、薄紅色の花びらが舞い落ちてくる。沙羅双樹の花びらだ。どこに木があるのかは見えない。ただ、天井の彼方から、無限に湧き出る泉のように、花びらがハラハラと舞い散っている。その光景は、戦場というよりは、天上の楽園のようだ。床には薄く花びらが積もり、彼らが歩くたびに、カサリ、カサリと乾いた音を立てる。
「……誰もいない?」
氷河が、周囲を見回しながら呟く。彼の青い瞳は、油断なく四方を探っている。普通なら、宮の入り口には雑兵がいるはずだ。あるいは、主である黄金聖闘士の強大な小宇宙が、威圧感となって押し寄せてくるはずだ。だが、ここには何もない。真空のような無。それが逆に、氷河の神経を逆撫でする。
「人の気配が、一つもないよ。殺気も、小宇宙も……」
瞬が、不安そうに眉を寄せる。彼は感覚が鋭い。星雲鎖も、だらりと垂れ下がったままで、敵の方向を示さない。まるで、ここには最初から誰も存在しないかのような、完全な孤独。瞬は、自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえるのを感じる。
「警戒しろ」
紫龍が、低い声で仲間たちに告げる。彼は足を止めず、しかし重心を低くして、いつでも戦闘態勢に入れるように身構える。
「ここは乙女座のシャカの宮……。噂に聞く、『神に最も近い男』と言われる聖闘士が守護する場所だ。この異常な静けさこそが、彼の作り出した結界なのかもしれん」
「神に最も近い男」という異名。それは単なる強さの比喩ではない。黄金聖闘士の中でも別格の実力を持ち、常に小宇宙を高め続けている怪物。そんな男が、何の仕掛けもなく通してくれるはずがない。
四人は自然と背中合わせの陣形を取る。死角を消し、互いの背中を守りながら、広大な宮の中を進んでいく。だが、進んでも進んでも、景色が変わらない。同じような柱、同じような床、そして降り止まない花びら。まるで、無限に続く回廊に迷い込んだような錯覚に陥る。
「おい、どうなっているんだ」
一輝が、苛立ちを隠さずに言う。彼は、こうした「見えない敵」との心理戦が一番嫌いだ。敵がいるなら姿を見せろ。燃やすべき相手がいるなら、前に出てこい。そう思っている。
「フン、居留守か?それともアイオリアのように中立を決め込んで、奥へ引っ込んだか」
一輝は、誰もいない空間に向かって吐き捨てる。挑発しているのだ。もし聞いているなら、反応しろと。
「誰もいないなら、好都合だ。突破するのみだ!時間がない、急ぐぞ!」
一輝が、陣形を崩して走り出そうとする。このまま出口まで駆け抜けるつもりだ。罠があろうがなかろうが、力ずくで突破する。それがフェニックスの流儀だ。一輝が、床を強く蹴る。
その時だ。
「……待ちなさい」
声が、響いた。それは、耳から聞こえる音ではない。空間そのものが震え、直接脳髄に響いてくるような、重厚で荘厳な響きだ。一輝の足が、見えない壁に阻まれたかのように止まる。四人の動きが、凍りつく。
「宇宙の真理とは、無常である」
突然の言葉。挨拶でもなく、警告でもない。ただ、世界のアリバイを語るような、哲学的な独白。声の主の姿は、まだ見えない。ただ、宮の奥深くにある闇の中から、圧倒的なプレッシャーが滲み出してくる。
コツ……コツ……。
静寂を破り、硬質な音が響く。足音だ。黄金聖衣の金属的な靴音が、大理石の床を叩く。そのリズムは、時計の針のように正確で、一切の乱れがない。
「花は咲き、やがて散る。星は輝き、やがて消える。この世に永遠などない。あるのは、移ろいゆく現象のみ」
声が近づくにつれて、周囲の空気が重くなる。物理的な重力が増したわけではない。「存在の密度」が濃くなったのだ。呼吸がしづらい。立っているだけで、体力を削られるような圧迫感。
「出たな……!」
一輝が身構える。闇の奥から、黄金の輝きが漏れ出してくる。それは太陽のような激しい光ではなく、月光のような静かで冷たい、しかし絶対的な輝きだ。
四人が一斉に戦闘態勢をとる。敵だ。間違いなく、ここを守る最強の敵だ。乙女座のシャカ。だが、彼からはまだ、明確な敵意や殺気が感じられない。それが逆に不気味だ。彼は戦うために出てきたのではなく、ただ散歩のついでに立ち話をしに来たかのような、悠然とした態度を感じさせる。
「人の真理とは、想いである」
シャカの声が続く。姿は見えないが、その声は四人の周囲を取り囲むように響く。
「人は生まれ、悩み、苦しみ、そして死ぬ。その短い刹那の中で、人は正義を語り、愛を叫ぶ。だが、善悪は流転し、この現し世はあまりにも儚い。君たちが信じる『アテナの正義』も、時代が変われば『悪』となるかもしれない」
「……何が言いたい、シャカ」
紫龍が、汗を流しながら問う。説法を聞きに来たわけではない。今は一分一秒が惜しいのだ。
「禅問答をしている時間はない!俺たちはアテナを救うためにここに来た!通すのか、通さないのか、はっきりしろ!」
「焦るな。私は今、世界について語っているのだ」
シャカの声が、紫龍の言葉を遮る。拒絶ではない。「私の話を聞け」という、有無を言わせぬ強制力がそこにある。上位存在が、下位の者に教えを説くような、絶対的なヒエラルキー。
「かつて私は、教皇こそが正義だと信じていた。力が正義であり、秩序をもたらす者が統治者たる資格を持つと。……13年前、サガが教皇の座に成り代わった時も、私はそれを黙認した」
闇の中から、黄金の光が強まる。まばゆい輝きと共に、ついにその姿が現れる。空中に浮遊する、蓮の花の形をした台座。その上に、黄金聖衣を纏い、結跏趺坐をかいて座る男。長い金髪が、無風の中でゆらゆらと揺れている。端正な顔立ち。そして、固く閉じられた両目。乙女座のシャカ。その姿は、神話の彫刻が命を得て動き出したかのような、完璧な造形美を持っている。
「だが、時代は変わった。私の認識もまた、更新される」
シャカは、閉じた目のまま、四人を見下ろす。彼は戦おうとしていない。観察しているのだ。
「しかし、あの男は……サガと、そして彼を支えるアッシュは、それこそ『人の可能性』だと言う」
シャカの口元に、微かな笑みが浮かぶ。それは嘲笑ではない。知的な好奇心に満ちた、探求者の笑みだ。
「神話の時代から続く、神への盲従。アテナがいなければ平和は守れないという固定観念。……彼らはそれを壊そうとしている。神に頼らず、システムと合理性で、人間が自らの手で聖域を、そして世界を管理する。その試みは、実に興味深い」
シャカは、手のひらを上に向ける。舞い落ちる花びらが、彼の手の上で止まる。
「私は見届けたいのだ。神に近い者として。人間が神を離れ、どこまで行けるのかを。これはただの反乱ではない。人類の自立への挑戦だ」
◆
「神に祈り、神に救いを求める時代……。そんなものは、思考停止した弱者の戯言に過ぎない」
シャカの声が、処女宮の石壁に反響する。彼は否定する。アテナという絶対的な存在に縋り、平和を乞うだけの人間の在り方を。
「彼らは証明したのだ。サガと、そしてアッシュは。人間は神に頼らずとも、自らの手で、自らの知恵で、この地上に楽園を作れると」
「だから、彼らに従うと言うのか?」
氷河が問いただす。彼の拳から冷気が漏れる。神を否定し、力による統治を肯定するシャカの言葉が、氷河には受け入れがたい。
「従うのではない」
シャカは首を横に振る。その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。それは悟りを開いた聖人の慈愛ではない。勝算を持った勝負師の、鋭利な笑みだ。
「……投資だよ」
「投資……?」
瞬が戸惑う。黄金聖闘士の口から出るには、あまりに世俗的な響きを持つ言葉だ。
「最強の黄金聖闘士にして、神に最も近いとされるこの私が……あえて神を捨て、人間の可能性に賭ける。これは面白い賭けだとは思わないか?」
シャカは両手を広げる。彼の背後に、黄金の光が後光のように広がる。
「私は、彼らに賭ける!神代は終わり、人の世を作る……これこそが、最後にして最新の英雄譚となるのだ!その結末を見届けるためなら、私は門番の役割も甘んじて受け入れよう」
「そんな……。シャカほどの人が、アテナよりもアッシュたちを選ぶなんて……」
瞬の声が震える。信じたくない。高潔であるはずの黄金聖闘士が、神への忠誠よりも、人間による変革を選ぶという現実。
「御託はいい!投資だか革命だか知らんが、俺たちには関係ない!」
一輝が叫ぶ。彼は難しい理屈を嫌う。目の前の敵が退かないのなら、力ずくで排除するだけだ。
「どかないなら力尽くで通る!俺たちの『正義』で、お前のその余裕を買い取ってやる!」
一輝の小宇宙が燃え上がる。鳳凰の炎が、処女宮の静寂を焼き払うように広がる。それに呼応して、紫龍、氷河、瞬も構えを取る。
「だが気をつけろ!全員、アイオロスの忠告を忘れるな!」
一輝が、仲間たちに鋭く警告する。怒りに我を忘れているように見えて、彼の戦士としての勘は冷徹に働いている。獅子宮で別れた兄、アイオロスが残した言葉。『シャカの目は開かせるな』。その言葉の重みを、今のシャカの底知れぬ小宇宙から肌で感じ取っているのだ。
「『シャカの目は開かせるな』……いいか、絶対にだ!あいつは普段、視覚を遮断することで小宇宙を体内に蓄積している。あいつが目を開いた時、その溜め込まれたエネルギーが一気に解放される!その瞬間、俺たちの命はないと思え!」
「ああ!分かっている!」
紫龍が頷く。盾を構え、小宇宙を高める。相手が座ったままで、目も開けていない今こそが、唯一の勝機だ。ハンデを与えてくれている今のうちに、全力で叩くしかない。
「目を閉じている今のうちに……!全員で一斉にかかるぞ!」
四人が一斉に地面を蹴る。鳳翼天翔。廬山昇龍覇。ダイヤモンドダスト。ネビュラチェーン。四人の小宇宙が一つになり、シャカに向かって殺到する。その距離、あと数メートル。届く。この距離なら、必ず当たる。
だが。シャカは動かない。防御の印を結ぶことさえしない。ただ、迫りくる四人の若き聖闘士たちの気配を感じ取り、ふっとため息をつく。それは、未熟な子供を見るような、深い憐れみの色を帯びていた。
「……やれやれ」
シャカの声が、四人の動きを一瞬だけ鈍らせる。
「よく来たな!小僧ども!その勇気だけは褒めてやろう」
シャカが顔を上げる。その表情が、一変する。静謐な哲学者の顔から、鬼神のような覇気を纏った戦士の顔へ。
「だが……忠告が遅かったようだな」
一輝が、嫌な予感に襲われる。遅かった?何が?まだ攻撃もしていない。まだ何も始まっていないはずだ。
シャカの閉じた瞼が、ピクリと動く。ためらいがない。焦らしもない。「追い詰められて仕方なく」という展開など、最初から用意されていない。
カッ!!!!
シャカの目が、開かれる。全開だ。その瞳は、宇宙の深淵を映したような、透き通るような瑠璃色。そこから放たれる光は、視線というレベルを超えて、物理的な閃光となって四人を射抜く。
「なっ……!!?」
一輝が絶叫する。嘘だ。最初から?戦闘開始のゴングと同時に、最終兵器を起動するのか?
「め、目が……最初から開いている!?話が違うぞ!」
紫龍が驚愕する。アイオロスの忠告が意味をなさない。「開かせるな」と言われても、入室した時点で、シャカは開く気満々だったのだ。いや、彼らに会うために、わざわざ準備していたのだ。
「私の顔は、冥土の土産代わりだ!よく見ておくがいい!神に近い男の、真の姿を!」
シャカが叫ぶ。彼の中で、迷いはない。アッシュやサガの作る新時代。それを見届けるためには、古い時代の遺物である「聖闘士の情」など不要。効率的に、確実に、障害を排除する。それこそが、新しい時代の「真理」なのだから。
「おとなしくあの世へ行き給え!!」
ドォォォォォン!!!!
シャカの両目が開かれた瞬間。処女宮全体が、黄金の閃光に飲み込まれる。技名などない。ただの「小宇宙の放出」だ。だが、そのエネルギー量は、これまでの常識を遥かに超えている。ダムが決壊したような、あるいは超新星爆発が目の前で起きたような、圧倒的なエネルギーの奔流。
空間が歪む。重力が狂う。床が天井になり、天井が壁になるような錯覚。そして何より、四人の五感が麻痺するほどの衝撃が襲う。
「ぐああああああーーーッ!!!」
四人の悲鳴が重なる。攻撃を繰り出すどころではない。一歩も動けない。強力な重力波に押し潰されたように、彼らの体は地面に縫い付けられる。ビタン!カエルのように床に叩き伏せられる四人の聖闘士。一輝でさえ、指一本動かせない。圧倒的な「格」の差。
シャカを一歩も動いていない。蓮華座から降りることすらしていない。ただ、目を開き、そこに座っているだけで、四人の聖闘士を完全に行動不能に追い込んだのだ。彼は、床に這いつくばる四人を、慈悲深く、そして残酷に見下ろす。
「どうした?突破するのではないのか?」
シャカが静かに問う。煽りではない。純粋な疑問だ。「力ずくで通る」と言った直後に、床に這いつくばっている彼らの言行不一致を不思議に思っているのだ。
「アッシュやサガが築く新時代に、古き神の走狗は不要。君たちはバグだ。システムの整合性を乱すエラーコードに過ぎない」
シャカが、ゆっくりと両手を合わせる。印を結ぶ。その指の形が、複雑な幾何学模様を描く。周囲の空気が震える。先ほどの「開眼」がただの威嚇だとするなら、これから放たれるのは、明確な「排除」の意志だ。
「塵は塵に。……消えなさい」
シャカが、無慈悲に宣告する。事務的にファイルを削除するかのような軽さで。
「天魔降伏!!」
黄金の光の中で、悪魔や骸骨の幻影が踊り狂い、そして弾ける。東洋の神仏の如き圧倒的な力が、倒れた四人に直撃する。それは物理的な衝撃でありながら、魂を浄化し、無へと還す聖なる破壊の光。
(馬鹿な……次元が……違いすぎる……!)
一輝の思考が、そこで途切れる。防御など無意味。耐えることすら許されない。彼らの体は、光の濁流に飲み込まれ、処女宮の壁ごと吹き飛ばされる。
(これが……最初から本気の、シャカ……!!)
意識がホワイトアウトする。痛みさえ感じる暇がない。四人の小宇宙が、風前の灯のように消え入りそうになる。
静寂が戻る。処女宮には、再び花びらが舞っている。上空のLEDモニターだけが、この惨劇など無関係に、無慈悲に時を刻み続けていた。残り時間【09:10:00】。処女宮突入から、わずか5分。あまりにも早すぎる敗北。神に近い男の壁は、絶望的に高く、そして厚かった。
星矢「いや……無理だろ!あれは!シャカ強すぎるだろ!?なんだよ目を開けた瞬間に全員ぺしゃんこって!!」
沙織「ふふ……これよ、これこれ。圧倒的ボスキャラ感ってやつ。RPGで言うならレベル差が80くらいあるのに正面から挑んだようなものね」
星矢「俺たち……そんな初見殺しのボスに挑んでたのかよ……!」
沙織「しかもシャカって、状態異常耐性MAXで物理反射で回避率もカンストみたいなキャラだから、真正面から行くのがもう負けフラグなのよねぇ〜」
星矢「いやゲームじゃなくて現実だからな!?てかお前、妙に楽しそうだな!!」
沙織「だって……攻略しがいがあるじゃない?次の周回、どうやって倒すか考える瞬間が一番楽しいのよ」
星矢「俺らまだ周回してねぇよ!?一回しか挑んでないよ!?」
沙織「星矢……落ち着いて。次はシャカ開眼前に物理で殴るチャートを考えましょう」
星矢「チャートって言うなぁぁぁーーー!!」