聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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聖域に迫る闇、迫りくる黄金の殺意。

アテナの命は風前の灯——
揺れ動く少女の心と、呼び起こされる天馬の才能!

圧倒的絶望の前に立つは、ただ一人の少年……
その拳は奇跡を呼ぶのか!?

次回「天才の覚醒、少女の祈り」

小宇宙よ、燃えろ——星矢の運命を照らすために!


天才の覚醒、少女の祈り

『REMAINING TIME 08:13:00』

 

アテナの胸に突き刺さった黄金の矢が、彼女の命を完全に奪うまでのタイムリミットだ。秒数の表示が、パラパラと目まぐるしく変わる。それは侵入者たちの焦燥感を煽るための装置として機能する。

 

処女宮での戦いは、衝撃的な結末を迎えた。神に最も近い男、乙女座のシャカ。彼を排除するために、アンドロメダ瞬が選んだ手段は、物理的な退場という名の道連れだ。生身で、空へ。その自己犠牲とも言える、しかしあまりにも型破りな行動のおかげで、最強の門番は不在となる。

 

後に残されたのは、静まり返った処女宮と、呆然とする三人の青銅聖闘士たちだけだ。

 

しかし、立ち止まる時間はない。瞬が命がけで作った道を、無駄にするわけにはいかない。三人は傷ついた体を引きずり、走り出す。石段を駆け上がる足音だけが、聖域の静寂を乱す。肺が焼けつくような痛みを訴える。足の筋肉が悲鳴を上げる。それでも彼らは止まらない。

 

第七の宮、天秤宮。その巨大なシルエットが、彼らの目の前に迫る。

 

他の宮とは異なり、どこか調和の取れた、威厳ある佇まいを見せる神殿だ。三人は勢いのまま、宮の中へと飛び込む。広い。そして、静かだ。処女宮の静けさとはまた違う、誰もいない、主の不在を示す完全な静寂がそこにある。彼らは周囲を見回す。敵の気配はない。黄金聖闘士の小宇宙も感じられない。ただ、古代の石柱が並び、冷たい空気が流れているだけだ。

 

「ここは……我が師、老師の宮だ」

 

「誰もいない!ならば駆け抜けるぞ!!」

 

「ああ!瞬の献身を無駄にしないためにも!!」

 

 

 

 

 

一方、その頃。聖域の十二宮、その一番下の場所。最初の宮である白羊宮よりもさらに下、石段の登り口付近。そこには、二人の人影がある。星矢と、彼に抱きかかえられている沙織だ。

 

星矢は座り込み、沙織の上半身を自分の膝の上に乗せている。彼の視線は、腕の中の少女に釘付けになっている。沙織の顔色は白い。透き通るような白さだ。その胸元には、忌まわしい黄金の矢が深く突き刺さっている。矢の周りの皮膚は変色し、見るからに痛々しい。時間が経過するごとに、矢は少しずつ、しかし確実に彼女の心臓へと近づいている。それは物理的な死へのカウントダウンであり、同時に、彼女という存在が消滅するまでの時間を示す。

 

星矢の手が、沙織の肩を支える。彼女の体は冷たい。生命力が吸い取られていくようだ。星矢は無力感を噛み締める。

 

自分は聖闘士だ。敵を倒す力はある。壁を砕く力もある。だが、この矢を抜くことはできない。大切な人が弱っていくのを、ただ支えていることしかできない。その事実に、星矢の奥歯がギリギリと音を立てる。

 

その時、沙織の瞼が微かに震える。長い睫毛が揺れ、ゆっくりと目が開かれる。そこに現れた瞳は、先ほどまでの神々しく、人を寄せ付けない威圧感を放っていた「アテナ」のものではない。どこにでもいる、等身大の少女の瞳だ。不安と、痛みと、そして混乱の色を宿した、城戸沙織としての瞳。

 

「沙織さん、しっかりしろ!」

 

「、……!星矢……。私は……痛い!っ……」

 

意識が戻った瞬間、遮断されていた痛覚が一気に蘇る。胸を焼き焦がすような激痛。異物が体に突き刺さっているという、生理的な恐怖。彼女は自分の胸を見る。そこにある黄金の輝きを認め、息を呑む。

 

「胸が痛いって……矢が刺さってる!マジで?ここは??」

 

「沙織さん!意識が……!」

 

「星矢……ごめんね。私、アテナに負けちゃった」

 

沙織の目から、涙が溢れ出す。自分が弱かったからだと言う。彼女の中には、二つの意識が存在する。

 

人間としての「城戸沙織」と、女神としての「アテナ」

 

システムとしてのアテナが、本能に従って、宿主である沙織の意識を乗っ取ろうとしているのだ。冷徹で、人間味のない、ただの神としてのプログラム。それに飲み込まれそうになる恐怖。自分という存在が消えてしまう恐怖。沙織は震える手で、星矢の腕を掴む。その温もりだけが、彼女を現実に繋ぎ止める命綱だ。

 

「良いんだ!俺は今こうして、本当の貴女と話せるから」

 

「うん!私、星矢のことが……うう!頭が……アテナ!!黙ってよお!」

 

彼女の脳内で、声が響く。『静まりなさい』『無駄な感情は捨てなさい』『我はアテナ。地上の管理者』その声は、彼女自身の声でありながら、全くの別人だ。

 

圧倒的な威厳を持って、沙織の自我を押し潰そうとする。痛い。胸の傷よりも、頭の中で暴れ回る神の意識の方が、遥かに痛くて苦しい。沙織は必死に抵抗する。嫌だ。消えたくない。星矢のことを好きな、ただの私でいたい。

 

星矢は、苦しむ沙織を強く抱きしめる。女神として敬うのではない。守るべき一人の女の子として、恋人として、その細い体を腕の中に閉じ込める。彼の体温が、彼女の震えを少しだけ和らげる。彼の鼓動が、彼女のリズムを取り戻させる。

 

「気をしっかり持つんだ!」

 

「もっと強く抱いて星矢……安心する。ゴホッゴホッ!」

 

彼女の体が大きく跳ねる。口元を手で覆う暇もない。ゴボッ、という嫌な音と共に、彼女の口から赤い液体が噴き出す。

 

それは星矢の胸元、白いペガサスの聖衣にかかる。白かった聖衣が、見る見るうちに赤く染まっていく。毒々しい赤。命の色。それが、あまりにも大量に、彼女の体から失われていく。星矢の手が、赤く濡れる。沙織の呼吸が浅くなる。限界が近い。神と人、二つの心がせめぎ合う中で、肉体の方が先に悲鳴を上げている。

 

星矢は叫びそうになるのを堪える。今、自分が動揺すれば、沙織はもっと不安になる。だから彼は、歯を食いしばり、笑顔を作ろうとする。大丈夫だと言うために。必ず助けると言うために。だが、その表情は、泣き出しそうなほどに歪んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。星矢の背中に、冷たい影が落ちた。太陽の光を遮る、二つの影。星矢はハッとして顔を上げる。逆光の中で、二人の人影が立っている。一人は黄金の輝きを纏い、もう一人は白銀の、しかし黄金に匹敵する冷たい輝きを放っていた。

 

「お熱いこって!妬けるねえ」

 

「アテナと……ペガサスですか……なんとでもなりますね」

 

「お前達!紫龍達はどうしたんだ?」

 

「ああ?こっちには黄金聖闘士が9人もいるんだぞ?紫龍達は先に行かせて、俺達はアテナの首を取りに来たのさ」

 

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた男。蟹座のデスマスク。

そしてその隣には、氷のように冷徹な瞳をした女性聖闘士、祭壇星座のエレナ。

星矢の問いに対するデスマスクの答えは、絶望的な状況においては真実味を帯びて聞こえた。黄金聖闘士の層の厚さを誇示するかのような発言に、星矢の表情が強張る。

 

「えっ!?私の首!!??怖いんですけど!」

 

「アテナ。あなたが今どちらだろうと、夫・アッシュの築いた『人間の聖域』を脅かすものは我々が排除します。貴女の首を神殿に掲げて、旧体制の終わりを告げる象徴にしてあげますよ」

 

「諦めな……小僧」

 

 

神としての威厳よりも、等身大の女子中学生としての死への恐怖が勝っている。

 

デスマスクが一歩前に出る。彼の人差し指の先に、ゆらりと蒼白い炎が灯る。積尸気。死者の魂を操る呪いの光だ。

 

「うう……沙織さんを殺させるわけには行かない!!」

 

「2対1で勝てるつもりか?しかも相手は黄金聖闘士と、白銀聖闘士だぞ?分の悪い賭けにもならねぇな」

 

「やるしかないんだ。俺はこれでも、日本のパライストラではアイオリアに勝ったこともあるんだぜ!行くぞ!」

 

弱り切った少女を寄ってたかって殺そうとする大人たちへの激しい怒り。彼は沙織を自分の背後へと庇うように移動させる。

 

その背中は、決して大きくはないが、今の沙織にとっては世界で一番頼もしい壁だった。

 

彼は事実、日本の聖闘士養成学校パライストラにおいて、獅子座のアイオリアと手合わせをし、一撃を入れた実績がある。その経験が、彼に微かな、しかし確実な自信を与えていた。

 

「抜かしましたね!!」

 

「積尸気冥界波!!」

 

「へっ!ペガサス彗星拳!!」

 

生意気な口を利く青銅聖闘士など、彼女の美学には反する。彼女の掌から、漆黒の波動が放たれる。渦巻く黒い小宇宙が、星矢を飲み込もうと襲いかかる。

 

対する星矢は退かない。真っ向から迎え撃つ。彼の右拳に青白い光が集束する。すべての拳圧を一点に集中させた、彗星の如き一撃。

 

ドォォォォォン!!

 

光と闇が衝突し、激しいスパークが散る。エレナの放った冥界波が、星矢の光の塊とぶつかり合い、そして霧散していく。星矢の拳が、冥界波の核を正確に打ち抜いたのだ。

 

エレナは白銀聖衣を纏ってはいるが、その小宇宙の質と量は並の黄金聖闘士以上だ。それを、たかが青銅聖闘士が正面から打ち消したのだ。

 

「……相殺?私の冥界波を?」

 

「ほう、やるじゃねぇか。エレナの技を防ぐとはな。だが、これはどうだ!積尸気魂葬破!!!」

 

「ふっ!」

 

デスマスクが間髪入れずに追撃する。冥界波が魂を送る技なら、魂葬破は魂そのものをその場で爆砕する技。回避不能の広範囲攻撃。蒼白い閃光が星矢の視界を埋め尽くす。だが、星矢は短く息を吐くと、動きを変えた。水が流れるような、あるいは風がすり抜けるような、滑らかな動き。

 

シュバッ!

 

星矢の体が残像を残して消える。デスマスクの放った衝撃波が星矢の残像を貫き、後方の岩盤を粉砕する。

 

星矢は攻撃の軌道を完全に見切り、当たる直前に最小限の動きで回避したのだ。彼の全身から、青白いが、限りなく黄金に近いオーラが立ち昇っている。それは、第六感を超えた先にある感覚。

 

「てめえ……この小宇宙……流石は日本のパライストラで、1人だけセブンセンシズに目覚めた候補生……!」

 

「アッシュが随分と執心なので気になっていました……『天才』……なんて言葉は嫌いなのですが……!」

 

デスマスクの顔から余裕の笑みが消える。

 

彼は気づいた。目の前の少年が、ただの青銅聖闘士ではないことを。情報としては聞いていた。

 

日本に一人、突出した才能を持つペガサスがいると。だが、まさかこれほどとは。小宇宙の練り上げ方、技のキレ、そして何より、黄金聖闘士と対峙しても全く臆さないその精神力。

 

エレナは努力の人だ。才能のない自分が夫の隣に立つために、血の滲むような努力をしてきた。だからこそ、生まれ持った才能だけで自分たちが積み上げてきたものを軽々と飛び越えていく「天才」という存在が、生理的に許せないのだ。

 

「そうだ!俺はセブンセンシズに目覚めている!」

 

「お前たちと土俵は同じだ!黄金だろうが白銀だろうが関係ない!沙織さんは……俺が守る!!」

 

英才教育を受け、己の才能を正しく開花させ、自らの力を完全にコントロールしている、堂々たる戦士。

 

星矢の小宇宙が燃え上がる。その背後には、天馬の星座がはっきりと浮かび上がっている。

 

(星矢……かっこいい……)

 

背後の沙織が、星矢の背中を見つめる。痛みで霞む視界の中で、星矢の姿が輝いて見える。神話の英雄のように大きく、頼もしく見える。アテナとしての感情ではない。一人の少女としての恋。

 

麓の広場に、緊張が走る。デスマスクとエレナの殺気。星矢の覚悟。三つの強大な小宇宙がぶつかり合い、空気がビリビリと震える。残り時間は、確実に減っていく。だが、星矢の目には一点の曇りもない。彼は証明しようとしている。自分が、アテナを守るに足る「天才」であることを。




サガ「……星矢が天才ね。お前の教育は、時に過剰だと思っていたが……どうやら間違ってはいなかったようだ」

アッシュ「褒められると照れるな。でもなサガ、才能ってのは扱いが難しい。開花しすぎれば周囲が壊れ、抑えすぎれば本人が壊れる」

サガ「まるで自分のことを語っているようだな」

アッシュ「お前も大概だよ。……あの子たちは、俺たちの答えより先に、自分の答えを出してしまうかもしれない」

サガ「……良いことではないか。彼らは、我らの失敗の上に立つ次の時代の戦士なのだから」

アッシュ「……だがなぁサガ。あいつら、本当に俺たちより先に行っちまいそうなんだよ。それが嬉しいような、怖いような……複雑だ」

サガ「フッ……お前にも父親みたいな顔ができるのだな」

アッシュ「やめろ鳥肌立つ。俺らに子育てされる星矢たちの未来が心配になってくるわ」
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