聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
天を裂き、魂を砕き、迫りくるは冥府の王・デスマスク!
一度倒れし天馬は、女神の血に導かれ、奇跡へと羽ばたく!!
だが──闇もまた吼える。
黄金の巨蟹、その怒りは神すら焼き尽くす煉獄と化す!
女神を守るは、ただひとつ。
燃えろ、天馬!
砕けよ、運命の鎖!!
次回──『女神の盾、死への断罪』
聖戦は、まだ終わらない。
『REMAINING TIME 08:10:00』
天馬星座の星矢と、蟹座のデスマスク。
対峙する二人の間には、目に見えない火花が散っている。
片や、数々の奇跡を起こしてきた「天才」と呼ばれる青銅聖闘士。
片や、死と魂を操る黄金聖闘士。格で言えば雲泥の差があるはずの二人が、今は対等な敵意を持って睨み合っている。デスマスクの指先に灯る蒼白い積尸気の炎が揺らめく。対する星矢の全身からは、青白く、しかし芯に黄金の輝きを秘めた小宇宙が立ち昇る。
「面白え!!俺がその小宇宙を試してやる!!」
「来いよ!!」
言葉は、合図でしかない。
初速は、既に音速を超え、光速の領域へと踏み込んでいる。
ドガガガガガガッ!!
星矢とデスマスクの姿が掻き消え、空間のあちこちで光の閃光だけが弾ける。
拳と拳が激突するたびに、衝撃波が周囲の岩盤を抉り取り、砂塵を巻き上げる。普通の人間の目には、何が起きているのかすら認識できないだろう。ただ、凄まじい嵐が局地的に発生しているようにしか見えない。
「おらおらおらおらおらぁっ!!!」
「ふん!はっ!うおお!!!」
デスマスクが吠え、星矢が受ける。かつて日本での戦いでは、アイオリア相手に防戦一方だった星矢が、今は黄金聖闘士を相手に互角の打ち合いを演じている。
その事実に、デスマスクの余裕の笑みは消え、焦燥と怒りが混じった表情へと変わっていく。舐めていたわけではない。
相手が「天才」であるという情報は持っていた。だが、ここまでとは。実戦の中で成長しているのか、それとも最初からこのレベルにあったのか。星矢の拳が、デスマスクの黄金聖衣を掠め、火花を散らす。
「生意気なんだよ!積尸気魂葬破!積尸気鬼蒼焔!!積尸気冥界波!!!」
出し惜しみなどしない。全力で潰すという意思表示だ。
まず放たれたのは「魂葬破」
魂を直接振動させ、内側から破壊する不可視の衝撃波。物理的な防御を無視して、星矢の存在そのものを消し去ろうとする凶悪な波動だ。
続いて「鬼蒼焔」
デスマスクの指先から、蒼白い人魂のような炎が無数に放たれる。それは熱を持たない冷たい炎でありながら、触れたものの魂を燃料にして燃え上がる霊的な業火。
そして最後に、彼の代名詞である「冥界波」
空間に黒い穴を穿ち、星矢の魂を強制的に引き剥がして、黄泉比良坂へと叩き込もうとする引力波。
衝撃、炎、そして吸引。死のフルコースが、星矢に向かって殺到する。逃げ場はない。上下左右、全方位からの死の包囲網。これだけの技を、呼吸をするように瞬時に展開できる技量。
「うおおおおおお!!!!ペガサス流星拳!!!」
彼は逃げない。防御もしない。攻撃こそが最大の防御と言わんばかりに、自らの小宇宙を拳に集中させる。一秒間に百発?千発?いや、そんな次元ではない。毎秒一億発に迫る、光速の拳打。それらが流星群となって、目の前の「死」の奔流に向かって飛び込んでいく。
ドガァァァァァァァン!!!!
凄まじい爆発音が、聖域の麓を揺るがす。星矢の放った無数の光の拳が、デスマスクの放った三つの技と空中で衝突する。「魂葬破」の衝撃波を、流星の雨が相殺し、霧散させる。「鬼蒼焔」の蒼い炎を、光の風圧がかき消す。そして「冥界波」の黒い穴を、純粋な光のエネルギーが塗り潰していく。
光と闇のせめぎ合い。空間が悲鳴を上げ、周囲の岩石が粉々に砕け散る。爆風が嵐となって吹き荒れ、視界を奪う。だが、その爆心にあって、星矢の瞳は輝きを失っていない。彼は見切っている。デスマスクの技の軌道を、性質を、そしてその隙を。天性の戦闘センスが、カオスな戦場の中で最適解を導き出し続けているのだ。
土煙が舞い上がる中、星矢の意識は前方のデスマスクに集中している。黄金聖闘士との技の撃ち合い。一瞬でも気を抜けば、即座に死に繋がる極限状態。だが、星矢はその状況を楽しんでいる節さえある。自分の力が通用する。守るべき人が後ろにいる。その事実が、彼の小宇宙を無限に高めていく。
しかし。天才ゆえの盲点か、あるいは若さゆえの過信か。星矢の意識がデスマスクという強大な敵に集中しすぎたその一瞬。彼の死角――右斜め後方から、鋭利な刃物のような殺気が滑り込む。
「私も忘れてもらっては困る!」
エレナだ。彼女は戦闘が始まってから、気配を完全に消していた。デスマスクが派手な技で星矢の注意を引きつけている間、彼女は虎視眈々と「狩り」の瞬間を待っていたのだ。彼女の動きは速い。白銀聖闘士の枠を超え、完全に黄金聖闘士の領域に達している超高速機動。星矢が気づいた時には、彼女は既に懐に入り込んでいる。
「はああああ!!」
「ううっ!?しまっ……!」
エレナの掌底が、蛇が噛みつくような鋭さで、星矢の腹部に突き出される。物理的な打撃ではない。掌に圧縮された、漆黒の小宇宙。それはデスマスクの技と同じ性質を持ちながら、より洗練され、より凶悪に研ぎ澄まされた一撃。
「くらえ!積尸気魂葬破!!!」
ゼロ距離からの魂への衝撃。かわしようがない。耐えようがない。星矢の腹部で、魂を砕く爆発が起きる。
ドォォォォォン!!
「がはぁぁぁぁぁっ!!!」
ボールのように軽く吹き飛ばされる。地面を転がり、岩盤に激突してようやく止まる。ペガサスの聖衣に新たな亀裂が走り、破片が散らばる。もうもうと立ち込める土煙が、彼の姿を覆い隠す。
「星矢!!」
後方で見守っていた沙織が、悲鳴を上げる。彼女は自らの胸の痛みも忘れ、身を乗り出す。星矢がやられた。あの強くて頼もしい星矢が、あんなふうに吹き飛ばされるなんて。恐怖と絶望が、彼女の心臓を鷲掴みにする。
「心配しなくても、すぐに後を追わせてあげますよ……アテナ」
エレナが、冷ややかに言い放つ。夫であるアッシュが求めた「効率的な排除」。それを遂行したことに、彼女は微かな満足感を覚える。デスマスクもニヤリと笑い、エレナの隣に並ぶ。勝負あり。誰もがそう思った。魂を直接攻撃されたのだ。生きていたとしても、廃人同然になっているはずだ。
だが。
「……むっ?」
手応えはあった。確実に魂の核を揺さぶり、破壊的なダメージを与えたはずだ。それなのに。消えていない。星矢の小宇宙が、消えるどころか、揺らぐことさえなく、そこに在る。
ザッ……。
煙が風に流され、その姿が露わになる。天馬星座の星矢。彼は立っている。腹部を押さえることもなく、苦痛に顔を歪めることもなく。ただ、静かに、燃えるような瞳で二人を見据えている。
「……効いたぜ、今の」
ダメージはある。だが、彼の瞳に宿る光は、先ほどよりもさらに強く、鋭くなっている。天才。その言葉の意味を、エレナは嫌というほど思い知らされることになる。彼は攻撃を受けた瞬間に、自らの魂の波長を調整し、衝撃を最小限に分散させたのだ。教わってできることではない。本能と才能がなせる、神業的な防御。星矢の全身から、黄金のオーラが立ち昇る。それは、傷つくたびに強くなる、不屈の輝き。戦いはまだ、終わっていない。いや、ここからが本当の「天才」の領域なのだ。
◆
「はぁ……はぁ……」
「聖衣は全壊。内臓へのダメージも深いはず……魂(ソウル)への直接打撃も受けているのですよ?なぜ立てるのです?医学的にも霊的にもありえません」
「……沙織さんを……殺させはしないと……言ったはずだぜ?男に二言は……ねぇんだよ!」
理屈ではない。計算でもない。ただ守るというシンプルな動機が、彼を突き動かしている。その姿は、効率とシステムを重んじる改革派の二人には、あまりにも非合理的で、そして不気味なほどに強固な存在として映る。
「……チッ。往生際の悪い野郎だ。このくたばり損ないが!!」
「燃えろ……俺の小宇宙よ!!!ペガサスーーーッ!!流星拳ーーーッ!!!」
光の奔流だ。狙いはデスマスクだけではない。その背後に控えるエレナ、そして周囲の空間ごと飲み込むような、広範囲への無差別爆撃。デスマスクが反応するよりも速く、光の嵐が二人を襲う。
ズバババババババッ!!!
「ぬおっ!?」
「きゃあああっ!!」
轟音と共に、二人の体が吹き飛ばされる。デスマスクの黄金聖衣が、激しい衝撃音を立てて火花を散らす。そして、その背後にいたエレナもまた、直撃を免れない。彼女の纏う白銀聖衣、祭壇星座の聖衣が、悲鳴を上げる。
パリーン!
硬質な音が響き、銀色のパーツが砕け散る。黄金級の強度を持つはずの彼女の聖衣が、星矢の一撃によって破壊されたのだ。エレナは地面に叩きつけられ、受け身を取ることさえできず、苦悶の声を漏らして転がる。土煙が再び舞い上がり、視界を遮る。静寂が戻るまでの数秒が、永遠のように長く感じられる。
デスマスクは、空中で体勢を立て直し、着地する。黄金聖衣の防御力のおかげで、彼自身のダメージは最小限だ。だが、彼が真っ先に確認したのは、自分の体ではない。すぐに視線を走らせる。
「え……エレナ!!」
いつも冷静で、鉄壁の防御を誇る彼女が、土にまみれて倒れている。ボロボロになった聖衣の破片が、痛々しく散らばっている。彼女は意識はあるようだが、ダメージは深い。
彼の脳裏に、師であり、聖域の改革者であるアッシュの顔がよぎる。そして、そのアッシュを支え、共に戦ってきたエレナの献身的な姿も。
彼女は尊敬する男の最愛の妻であり、背中を預けられる戦友であり、そしてデスマスク自身にとっても、密かに「聖域の華」として大切に思っている存在だ。その彼女が、目の前で傷つけられた。たかが青銅聖闘士の、ガキの一撃によって。
「貴様……よくも……よくもエレナを!!」
纏う空気が、劇的に変化する。先ほどまでの、どこか戦いを楽しんでいたような、ふざけた態度は微塵もない。そこにあるのは、底なし沼のようにドス黒く、鉛のように重苦しい殺意だ。
「俺は……退けない!倒れない!絶対に守る!」
星矢は、デスマスクから放たれる圧倒的な殺気に晒されても、一歩も引かない。膝が笑い、視界が霞んでいても、彼は沙織を背に庇い、仁王立ちを続ける。
「神に従うしかねえ奴隷が……いっちょ前の口を利いてんじゃねぇぞ!!」
デスマスクの黄金聖衣が、主人の怒りに呼応して共鳴音を立てている。
小宇宙の出力が、天井知らずに跳ね上がっていく。それは「天才」と呼ばれる星矢の才能さえも、力づくでねじ伏せるほどの、圧倒的なエネルギー量だ。
「俺は沙織さんを守ると言った!!!それが俺の正義だ!!」
「ほざけ!!」
激情と激情の衝突だ。デスマスクが地面を爆砕して突っ込む。速い。先ほどまでの「光速」が、まるでスローモーションに見えるほどの加速。純粋な殺意が乗ったトップスピードは、星矢の反応速度を置き去りにする。
「気持ちで勝てるなら……戦場は天国だろうよォッ!!!」
感情論で戦争に勝てるなら、誰も苦労はしない。現実は非情で、力のある者が勝つ。それが、デスマスクたちが積み上げてきた「人間の聖域」の真理だ。
ズドンッ!!!!
デスマスクの拳が、星矢の顔面に深々とめり込む。防御など間に合わない。星矢の首が、あらぬ方向へと弾かれる。
「な!?さっきまでとは……段違いのパワーとスピードだ!!!」
これが黄金聖闘士の本気。仲間を傷つけられた時に発揮される、底力。考える暇もない。二発目が来る。三発目が来る。腹へ。胸へ。そして再び顔へ。重い鉛のような拳が、星矢の体をサンドバッグのように無慈悲に打ち据える。手加減も、慈悲も、美学もない。ただ破壊するためだけの暴力。
「ぐわぁああああッ!!!」
星矢が血飛沫を上げて宙を舞う。受け身を取ることすら許されない。ボロ雑巾のように地面に叩きつけられる。「想い」だけでは覆せない現実の壁。「黄金聖闘士の本気」という絶対的な格差が、冷酷に、そして絶望的に立ちはだかる。
◆
【最強の黄金聖闘士は誰か?】
美しい海岸線、一人の男が優雅にワイングラスを傾けている。蜥蜴座のミスティ。彼は自身の美しさに絶対の自信を持つ男だが、今は真面目な顔でインタビューに答えている。
「アッシュ参謀長でしょうか?え?黄金聖闘士に限定してですか?……ふふ、意地悪な質問ですね。実力は拮抗していますから。まあサガ教皇か……シャカ様……あとは『あの人』でしょうかね?普段はふざけていますが、本気になった時の底知れなさは、私も肌で感じたことがありますから」
【最強の黄金聖闘士は誰か?】
パライストラ中国、五老峰の大瀑布
その前に座る、小さな老人。天秤座の童虎。彼は髭を撫でながら、茶目っ気たっぷりに答える。
「無論、儂じゃ。………はあ。若いものの言うところのジョークに乗ったつもりじゃったが……笑えんか?まあ、今の現役世代で言えば、シャカか……『あの男』だろうな。奴は死の淵を何度も覗き込んでいる。死を知る者は、生への執着において最強となり得るのじゃよ」
【最強の黄金聖闘士は誰か?】
教皇の間
重厚な法衣を纏った男が、玉座に座っている。双子座のサガ。彼は憂いを帯びた瞳で、しかし力強く語る。
「俺が間違いなく最強だ……と言いたいところだが、『あの男』と戦えばただでは済むまい。シャカも強いが、相性で言えば多分俺が勝てる。奴の技は精神干渉が主だからな。だが『あの男』は……物理的にも霊的にも、手段を選ばない泥臭さがある。戦場においては、最も敵に回したくないタイプだ」
【最強の黄金聖闘士は誰か?】
処女宮
蓮華座に座る男。乙女座(バルゴ)のシャカ。彼は閉じていた目を開き、哲学的な問いを投げ返す。
「ふむ……最強と言う言葉にどれほどの意味があるのか?全ては無常と言うことが分からんのか?強さとは状況であり、絶対的な指標ではない。いや、分かった。視聴者が求める答えを出そう。そうさな。『あの男』だろうよ。このシャカを除けば、唯一、阿頼耶識……すなわちエイトセンシズに目覚めている男よ。愛ゆえに怒り、怒りゆえに冥界の理すら超える……ある意味で、最も人間らしい黄金聖闘士だ」
【その男の名は――蟹座のデスマスク】
「行くぞ!!ペガサス!!吼えろ!!!俺の小宇宙よ!!!!」
彼の背後の空間が歪み、無数の光の粒が浮かび上がる。それは単なるエネルギーではない。人魂だ。かつての聖戦で散っていった英霊たち、あるいは無念の死を遂げた者たちの魂。それらがデスマスクの怒りに呼応し、彼に力を貸そうと集まってくる。死者と対話するキャンサーの能力。それが極限まで高まった時、彼は現世と冥界の境界を自在に操る「死の王」となる。
「行かせない!!!究極にまで燃えろ!!俺の小宇宙!!!!」
対する星矢もまた、一歩も引かない。彼の姿は凄惨だ。聖衣は砕け散り、全身から血が噴き出し、立っているのが奇跡のような状態だ。
だが、その瞳の輝きだけは失われていない。むしろ、追い詰められたことで感覚が研ぎ澄まされ、第七感のさらに先にある領域へと手を伸ばしている。砕け散ったペガサスの聖衣の破片が、星矢の小宇宙に反応して浮遊し始める。光の粒子となって彼を包み込み、守護星座の幻影を形作る。
デスマスクが右手を高く掲げる。集まってきた無数の魂が、彼の掌の上で巨大なエネルギーの渦となる。それは物理的な破壊力と、霊的な消滅効果を併せ持つ、究極のエネルギー弾。
「冥界の深淵より来たれ!!積尸気転霊波!!!!」
放たれたのは、全てを飲み込む光の奔流。過去の聖戦において、神すら封じたと言われる伝説の奥義。空間が悲鳴を上げる。光の波が、星矢に向かって殺到する。
「ペガサス彗星拳!!!!」
星矢もまた、吼える。全ての小宇宙を一点に集中させ、貫通力を極限まで高めた彗星。彼の拳から放たれた白い光の塊が、真っ向からデスマスクの奥義に突っ込む。
ズズズズズズズ……!!
二つの巨大なエネルギーが激突する。爆発は起きない。互いの力が拮抗し、押し合い、その接点で空間が歪み、プラズマが発生する。バリバリという放電音が響き、周囲の岩盤が重力に逆らって浮き上がる。光と闇、生と死、そして意志と意志のぶつかり合い。
「おおおおおおおお!!!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
二人の絶叫が重なる。一歩も譲らない。デスマスクの転霊波は、死者の質量を伴って星矢を押し潰そうとする。星矢の彗星拳は、未来への希望を乗せてそれを押し返そうとする。
その光景を、少し離れた場所で見守る二人の女性がいる。一人は、傷つき倒れたエレナ。彼女は痛む体を起こし、信じられないものを見る目で戦況を見つめる。
「馬鹿な……!転霊波と互角だと!?デスマスクは今、エイトセンシズに踏みこんでいるのですよ!?」
彼女は知っている。夫であるアッシュと共に研究し、理論化した「第八感(エイトセンシズ)」
それは死の世界に生きたまま入ることができる領域であり、小宇宙の究極形。
デスマスクは今、怒りによってその扉をこじ開け、神に近い力を手に入れている。
その彼が放つ最大奥義を、ただの青銅聖闘士が正面から受け止めている。あり得ない。計算上、星矢の肉体は瞬時に消滅しているはずだ。だが現実は、星矢の彗星が転霊波の中で輝きを増している。
「星矢……!」
もう一人、アテナである沙織もまた、祈るように両手を組んで見守る。彼女の目には、星矢の背中が、神話の時代からアテナを守り続けてきた伝説の聖闘士そのものに見える。傷つきながらも決して折れない心。神をも恐れぬその勇気が、奇跡を呼び起こそうとしている。
◆
「ぬるいわァッ!!砕け散れ!!!俺の小宇宙で!!!!」
彼の黄金聖衣から、さらなる黄金の光が噴き出す。それは怒りであり、執念であり、そして神の領域(エイトセンシズ)に踏み込んだ者だけが持つ、圧倒的な覇気だ。
転霊波の光塊が一回り大きく膨張する。圧倒的な質量が、星矢の彗星を押し返し、飲み込もうとする。星矢の体がミシミシと嫌な音を立てる。皮膚が裂け、筋肉が断裂し、骨がきしむ。防御のための聖衣はもうない。生身の体に、死者の呪いと物理的破壊力が直接降りかかる。
「ぐ……ううう……っ!!」
視界が霞む。足が地面にめり込み、後退する。止められない。このままでは押し切られる。そして、後ろにいる沙織ごと、消滅させられる。星矢の意識が白く染まりかける。死の冷たい指先が、心臓に触れようとしている。
ドクン
星矢の鼓動とは違う、別の鼓動が響く。それは、星矢の胸元、砕け散ったペガサスの聖衣の残骸、そして星矢自身の傷口に付着していた、赤い液体から発せられている。城戸沙織が吐血し、星矢の体を染めた鮮血。アテナの血。神の血だ。それが、極限まで高まった星矢の小宇宙と反応し、熱く脈動を始める。
カッ!!
「なっ……なんだ、この光は!?」
彼の放っていた転霊波が、その光に触れた瞬間、霧散していく。圧倒的な浄化の力。星矢の小宇宙が、黄金聖闘士の領域(セブンセンシズ)を超え、エイトセンシズさえも凌駕し、さらにその先にある未知の領域へと無限に高まっていく。
『神の血を受けた聖衣は、小宇宙を極限まで高めた時、全てを超える神衣へと進化する。その名は――神聖衣!』
光の中で、粉々に砕け散っていたペガサスの聖衣の破片が集まっていく。再構成される。
全く新しい、高次元の存在への進化だ。青銅でも、白銀でも、黄金でもない。
神が纏う衣に限りなく近い、奇跡の鎧。光が収束し、星矢の体を包み込む。
背中には、天馬の翼が巨大化して現れる。全身を覆う鎧は、クリスタルのような透明感と、ダイヤモンドのような硬度を感じさせる輝きを放っている。
「うおおおおおおおお!!!!!!!!」
星矢が叫ぶ。光が弾け飛ぶ。そこには、神聖衣を纏った天馬星座の星矢が立っている。傷は癒え、疲労は消え失せ、全身から神々しいオーラが立ち昇っている。
「上等だ……!神だろうが奇跡だろうが、俺の煉獄の炎で焼き尽くしてくれる!!最強の獲物じゃねぇか!!」
デスマスクが構え直す。彼の背後に浮かぶ死者たちの魂もまた、主人の高揚に呼応して狂喜乱舞する。相手にとって不足なし。神聖衣を纏った星矢を倒してこそ、真の最強の証明となる。
「これなら!行ける!!!」
星矢が翼を広げる。ただ立っているだけで、周囲の空間が震えるほどのプレッシャー。先ほどまでの彼とは、存在の次元が違う。彼は右拳を引く。単純な動作。だが、そこに集まる小宇宙の量は、銀河一つ分に匹敵する密度を持っている。
「やらせるかよ!!消え失せろォォォーーッ!!!」
デスマスクが突っ込む。全霊の転霊波を維持したまま、さらに自らの魂すら燃やして加速する。黄金の巨蟹が、神の天馬に喰らいつく。最後の激突。
「ペガサスーーッ!!彗星拳ーーーーッ!!!!」
星矢が拳を突き出す。神聖衣によって強化された彗星拳。それはもはや彗星ではない。すべての星々を飲み込み、新たな宇宙を創成するビッグバンのような奔流。
カッーーーーーーーーッ!!!!
二つの絶大な力がぶつかり合う。音がない。光が強すぎて、視界が白一色に染まる。世界から色が消え、音が消え、時間さえも止まったかのような空白。轟音すら消え失せた世界で、勝敗の行方は光の彼方へと委ねられる。
サガ「……まったく、今回は派手に暴れたものだな。デスマスクがここまで本気を出すなど、何年ぶりのことか。」
アッシュ「いやあ、嬉しい誤算だな。あいつ、やればできる。普段ふざけてるだけで。」
サガ「ふざけている、ではなく素があれなんじゃないのか?」
アッシュ「それは……まあ、否定はせん。だが──あれだけの怒りを見せたのは珍しい。エレナが傷ついたからか。浮気するなよ」
サガ「ふむ。お前の妻は、本当に面倒なほど優秀だ。それがまた彼を焚きつける。」
アッシュ「そういうお前も、星矢を見て冷や汗をかいていたな」
サガ「……気のせいだ。だが、あいつの小宇宙は化け物じみている。アテナが選んだ理由も理解できる。」
アッシュ「最強が誰か、という質問……あの男と答えたな。」
サガ「当然だ。俺と互角、あるいは状況次第で上回る可能性すらある──厄介な黄金聖闘士だ。」
アッシュ「ああ。デスマスク。彼が敵に回る──想像したくないな。」
サガ「だが味方にいるなら、これほど心強い男もいない。」
アッシュ「だから次回も……彼らに暴れてもらおうか。」
サガ「フン。読者も、それを望んでいるだろうよ。」