聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
この世に邪悪がはびこるとき、
必ず現れるという――希望の闘士たち。
彼らは、天空に輝く星座の名を冠し、
聖なる鎧《聖衣(クロス)》を身に纏う。
己の体の奥底から湧き上がる、
無限の力――小宇宙(コスモ)を爆発させて戦う少年たち。
その名は……
聖闘士(セイント)!!
ギリシャの山中――
朝もやに包まれた聖域の一角で、重機の唸る音が響いていた。
轟音を上げて岩盤を砕く油圧ショベル。粉塵を舞い上げながら縦横に走るダンプカーの列。
その中心に、一人の青年がいた。ヘルメットの下から覗く焦げ茶の髪が風に揺れている。
「はいそこ、あと3メートル左! それ以上行くと“神の爪痕”って呼ばれてる崩落地帯です! あんまり踏み抜くと、あの世ですよー」
青年は身軽に岩を飛び越え、トランシーバー越しに指示を飛ばす。
スーツの上に反射ベストを羽織った姿は異様だが、不思議と様になっている。
「重機隊、5分休憩! 水分補給しっかり! 熱波で死にますよー!」
テキパキとしたその動きに、作業員たちはすっかり信頼を寄せていた。
青年の名は――アッシュ。
星座は杯座(クラテリス)。白銀聖闘士でありながら、聖域近代化推進チームの総責任者である。
その時だった。
「アッシュ!!!」
怒声が、霧の奥から響いた。地響きのように。
駆けてくる男の姿は、黄金に輝いていた。
否――黄金のマスクを顔にかぶり、法衣を翻しながら、一直線にこちらへと向かっている。
「またかよ……朝からテンション高すぎるって……」
アッシュは肩をすくめ、腕を組んで男を迎える。
「その建物はっ……! “星読みの塔”! 古より神託を受けた聖域の聖なる場だ!! それを……重機で破壊するとは何事かッ!」
「はあ……」
アッシュは露骨にため息をつき、首をポキポキと鳴らした。
「星読みって、最近誰か読みました? 百年くらい放置されて、今じゃ山羊が住んでるんですよ? 星より草のが多い塔ですよ?」
「口を慎め、アッシュ!!」
怒気が空気を震わせる。周囲の作業員たちが距離を取る。
しかしアッシュは一歩も引かない。
逆に、仮にも教皇のこの男を、まるで年下の上司を見るような目で見上げる。
「サガさん。ぼくたちは神のために働いてるんじゃない。人のために、この場所を作り直してるんです。
時代遅れの神託より、清潔なトイレの方が大事なんですよ。マジで」
サガの黄金の仮面が沈黙した。
そして――
「……全く、お前というやつは」
困惑と呆れが入り混じった声が、重たい空気を緩めた。
その瞬間――背後から光とともに聖衣が到着する。
アッシュはそれに手をかざし、淡く光る杯座の聖衣をまとう。
「では――現代を生きる聖闘士(セイント)として。
星を読み直すところから、始めましょうか?」
こうして始まったのは、
神話の都“聖域(サンクチュアリ)”を、
時代に合わせて“再起動(リブート)”する戦いだった。
ここからは僕の話をさせてくれ。
自分、杯座のアッシュは――転生者である。
いや、転生者などと言えば、どこにでもいるテンプレ主人公のようだが、僕の場合はちょっと毛色が違う。なにせ、転生先はあの『聖闘士星矢』の世界、それも“聖域”の関係者。幼い頃から星座や聖闘士たちに胸を躍らせ、週刊誌に載った原作のバトルやアニメの名シーンを、何度ビデオで巻き戻して見たことか。
――思い出しただけで、今でも鼻歌が出そうだ。
だが、その瞬間、ぼくは確かに“狂喜乱舞”した。そりゃそうだろう。星矢たちと同じ時代、いや、それより少し前――黄金聖闘士や教皇シオンが存命な聖域の空気を吸い、あの神話と伝説が渦巻く地で生きていけるなんて。
運命というものに、心底感謝した。
ぼくは全力で訓練した。血の滲むような努力で小宇宙(コスモ)を燃やし続け、やがて“聖闘士”――しかも杯座〈クラテリス〉の白銀聖闘士にまで昇りつめた。前世の知識で現代科学と神話を掛け合わせ、多少ズルもしたが、最初のうちはそんなこと気にしなかった。
――ところが。
聖域に正式配属となり、最初の朝。
目覚めたぼくを襲ったのは、眩しい朝日と、絶望的なまでの不便さだった。
「……え?」
布団はある。だがカビ臭い。
部屋の隅にはロウソクとオイルランプが転がっている。
電気? あるはずもない。
携帯電話どころか固定電話も、時計すらまともに存在しない。
聖域の敷地はやたら広いくせに、移動手段は徒歩か馬。道には大きな石がゴロゴロ転がり、夜は真っ暗でどこに何があるかもわからない。スニーカーなんて夢のまた夢。支給される“聖闘士の装束”は分厚い布地で、夏は地獄、冬も地獄。
朝食は――固いパンと薄いスープ。
トイレは――穴。
お風呂は――山水に浸かるだけ。
……夢見ていた聖域は、どこにもなかった。
「え、これ……本当に聖域? 前時代的すぎる……!」
最初は冗談かと思った。黄金聖闘士や女神アテナの化身が住む場所だぞ? 最新鋭の設備、ピカピカの神殿、ふかふかのベッド、豪華な食事――せめて“現代的な清潔さ”ぐらいはあると思っていた。
だが、現実は無情だった。
神殿は老朽化が激しく、修繕費もない。
誰も“快適”や“便利”という概念すら持っていない。
むしろ「それが当たり前」と言わんばかりの態度で、伝統や神託を持ち出しては、ぼくの常識を木っ端微塵にしてくる。
「電気? そんなもの要らん。小宇宙があれば十分だろう」
「車? 聖域の外に行くときは馬か徒歩だ」
「服? 聖闘士なら聖衣(クロス)を纏え」
ない、ない、ない。
何もない。
最初の数日は我慢した。修行だと思って耐えた。
しかし、次第に“本当にこれでいいのか”という疑念が膨らみ、やがて後悔に変わっていく。
――ぼくは本当に、聖闘士になりたかったのか?
いや、なりたかったさ。でも、それは“かっこいい聖闘士”であり、“伝説の戦士”であって、“時代錯誤のサバイバル生活者”ではない。
前世で培った常識と現代知識は、ここでは何の役にも立たない。
夢は夢のままで良かったのかもしれない、とさえ思った。
だが――ぼくはもう、後戻りできない。
聖域はこのままでは滅ぶ。
神や伝統の名のもとに、進歩を拒み続ける聖域に、星矢たちのような英雄が本当に誕生するのか?
いや、ぼくが、この聖域を変えるしかない。
現代文明と神話の狭間で――
ぼくは、杯座のアッシュとして立ち上がることを決意した。
そして今日もまた、小宇宙を燃やして、聖域に電気を――
――いや、その前に、まずはこのカビ臭い布団をどうにかしようか。
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