聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
それでは、どうぞ。
【REMAINING TIME 07:43:23】
天蝎宮へ踏み込んだ紫龍、氷河、一輝を、赤い光が迎えた。
「ここは蠍座のミロが守る宮だ」
「我が師カミュの親友でもある。俺たちの事情を知らぬ相手ではないが、素通りさせてはくれまい」
その声に応じるように、宮の奥から足音が返ってきた。一定の間隔で石床を打つ音が近づき、柱の間に黄金の輝きが差し込む。
やがて姿を現したミロは、三人から数歩離れた場所で足を止めた。蠍座の黄金聖衣から放たれる光が闇を押し退け、その視線が氷河へ向けられる。
「久しぶりだな、氷河。こんな形で再会することになるとは思わなかったぞ」
「ミロ……」
懐かしさを帯びた声とは裏腹に、氷河を包む凍気は少しも緩まなかった。紫龍も龍の盾を持ち上げ、正面からミロの眼差しを受け止める。
「貴方も、アッシュにつくというのか」
「つくも何も、俺は十三年前からアッシュ師範についていくと決めている。あの人が創り上げた聖域を、俺は誰よりも信じているからな」
そこでミロの視線が三人から外れ、十二宮の麓へ向いた。
「先ほどからデスマスクたちの小宇宙が妙な高まり方をしている。星矢もいるようだな。悪いが、お前たちに長く付き合っている暇はない」
黄金聖衣の手甲に沿って真紅の光が走り、人差し指の先端へ集まっていく。
「早めに片づけさせてもらうぞ」
その光が放たれるより先に、不死鳥の翼が紫龍と氷河の視界を遮った。一輝はミロと二人を結ぶ直線へ割り込み、迫る殺気を正面から引き受ける。
「二人とも先へ行け。ここは俺が引き受ける」
「一輝、相手は黄金聖闘士だぞ」
「だから三人で残るのか? 瞬が命を懸けて開いた道を、ここで閉ざすつもりなら好きにしろ」
一輝はミロから目を離さないまま、背後の二人へ言葉を続けた。
「だが、星矢はいまも麓で戦っている。あの表示が零になる前に、すべてが終わる可能性もある。俺に構わず急げ」
紫龍と氷河が答えを返すより早く、ミロの口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「良かろう。二人は通してやる。上にも、お前たちが来るのを待ち構えている者がいるからな」
ミロの黄金聖衣が柱側へ移り、塞がれていた宮の奥まで一本の道が開く。
「随分と甘いじゃないか。ここで三人まとめて倒した方が、後腐れもないだろう」
「上の連中の獲物まで横取りしたら、あとで何を言われるか分からん。それに、可愛い後輩一人を倒すために気張ることもあるまいよ」
一輝の頬が挑発的につり上がる。
「その言葉、すぐに後悔させてやる」
「威勢だけは昔から変わらんな。紫龍、氷河、行くなら行け。ただし、こいつを片づけたあとで俺が追いついても恨むなよ」
紫龍と氷河は一輝の背中へ頷き、開かれた道を駆け抜けた。二人の足音が暗い宮内を遠ざかっていく間も、一輝とミロの視線は一度も外れない。
「これで邪魔は入らん。まずは、その威勢に身体がついてくるか試してやろう」
ミロの双眸から放たれた小宇宙が、一輝の全身を捉える。
「リストリクション!」
迎撃の拳を繰り出そうとした一輝の肩が、わずかに震えただけで止まった。脚は石床へ縫いつけられ、歯を食いしばって小宇宙を燃やしても、肘を曲げることさえできない。
「受けよ、真紅の衝撃――スカーレットニードル!」
ミロの指先から走った赤光が、一輝の胸を貫いた。
青銅聖衣に生じた穴は、針で突いたほどの大きさしかない。その下に浮かんだ赤い点を見下ろし、一輝は拘束から解かれた身体を踏みとどまらせた。
「これが蠍の毒針か。俺を侮るのも大概にしろ、ミロ。こんな傷でフェニックスを倒せると思ったか!」
「判断するのは、もう少し待ってからにしろ」
耳へ届いた直後、一輝の胸から灼熱が噴き出した。
「ぐっ……がああああっ!」
熱した刃を神経へ差し込み、全身を内側から切り裂かれるような激痛だった。胸を押さえた一輝の膝が石床へ落ち、青銅聖衣の隙間から汗が滴り落ちる。
「スカーレットニードルは、傷口の大きさで威力を測る技ではない。十五発目のアンタレスを受ければ命はないが、そこへ至るまでに十四回、降伏を選ぶ機会がある」
「俺に残された道が、降伏か死だけだと……」
震える脚を叱りつけ、一輝は再び立ち上がった。胸へ突き刺さった痛みを燃料にするように小宇宙を高めると、広がった炎が宮内の闇を紅蓮に染める。
「貴様を倒して先へ進む。それが俺の答えだ! 鳳翼天翔!」
振り抜かれた拳から炎の奔流が迸り、巨大な不死鳥となってミロへ襲いかかった。
黄金聖衣の正面まで迫った翼を左手で受け止めた。手甲と炎が激しく火花を散らしたのも束の間、不死鳥は横薙ぎの一撃で引き裂かれ、無数の火の粉となって柱の間へ飛び散った。
「セブンセンシズにも目覚めていないお前の拳では、黄金聖闘士を捉えることなどできん!」
消え残った炎の隙間から二条の赤光が迸り、一輝の右肩と脇腹へ突き刺さった。胸の傷と重なった激痛に耐えきれず、その身体が肩から石床へ叩きつけられる。
「これで三発だ」
ミロは真紅に輝く指先を下ろさず、起き上がろうとする一輝を見据えた。
「一輝、お前は本当に自分の意志でアテナのために戦っているのか」
「何が言いたい」
「交渉に来たトレミーを殺させ、この聖域で生きる者まで消そうとしている。それでも従うと言うのか。一輝、お前自身の言葉で答えろ!」
石床を押していた一輝の手から、ふいに力が抜けた。
脳裏に浮かんだのは、瞬たちを見下ろして命令する沙織の顔が浮かび、次いで、星矢と腕を組んで笑った少女の顔が重なった。だが、その顔に冷たい女神の眼差しが重なった瞬間、いままで押し込められていた疑念が胸の奥で形を持ち始める。
「俺は……」
黄金の光が一輝の心臓から迸った。
苦悶に身体を反らした一輝の指が、青銅聖衣の胸元を掻きむしる。答えになりかけた言葉は声になる前に押し潰され、代わりに抑揚の失われた声が唇から漏れた。
「俺は、アテナの聖闘士だ。アテナに逆らう者は、すべて倒す」
「一輝!」
「黙れ!」
石床を砕いた一輝の姿が、炎の残像を残してミロの眼前へ迫った。
至近距離から放たれた拳をミロは左手で受け止めたものの、先ほどまでとは重さが違う。黄金聖衣の腕が押し込まれ、拳圧が背後の柱へ亀裂を走らせる。
「アテナの敵は……俺が排除する!」
「それがお前自身の答えなら、俺の目を見てもう一度言ってみろ!」
一輝の腕を外側へ捌いたミロの右手が、すれ違いざまに二度閃いた。真紅の針は伸びきった腕と踏み込んだ脚を正確に射抜いたが、一輝は倒れず、崩れかけた勢いを炎とともに拳へ乗せる。
「鳳翼天翔!」
爆発的に広がった炎が、ほとんど間を置かずミロへ襲いかかった。
黄金の小宇宙がその正面で壁となり、不死鳥の嘴を受け止める。炎が左右へ荒れ狂い、柱を舐めながら天井近くまで噴き上がると、ミロの踵が石床へ二本の深い溝を刻んだ。
「この力は……」
傷から流れ出した血が、一輝の青銅聖衣を赤く濡らしていた。呼吸は乱れ、膝も細かく震えている。それにもかかわらず、噴き上がる小宇宙は衰えるどころか勢いを増し続けている。
やがて一輝の瞳から理性の光が薄れ、代わりに冷たい黄金色が宿った。
「アスガルドでカミュを縛っていた小宇宙とは比べものにならん。神が直接、お前の心へ命令を刻んでいるのか」
「アテナの敵を……排除する」
「そこまでせねば、自らに仕えると決めた聖闘士すら信じられんのか!」
ミロの怒声に呼応して黄金の小宇宙が膨れ上がったが、一輝を包む炎もまた天井を灼くほど高く伸びていく。
足元から広がった亀裂が柱の根元へ達し、傷口から新たな血が噴き出しても、神の光は肉体を休ませようとはしなかった。
一輝の周囲で渦巻く炎が、瞬く間にミロの黄金の輝きへ迫る。
「第七感まで外側からこじ開けたか、アテナ!」
ミロの声が届いているのかさえ分からない。一輝は黄金色の瞳を見開いたまま、ただ目の前の敵を滅ぼすために小宇宙を燃やし続けている。
「良いだろう。予定を変えるぞ、一輝」
ミロの右手から、真紅の光が消えた。
代わって胸の奥から重い鼓動が響き、そのたびに赤い熱が黄金聖衣の内側を駆け上がる。心臓から肩へ、肩から腕へと巡った熱は、伸ばされた人差し指の先端へ集まり、周囲の空気を歪ませるほどの炎へ変わった。
「もう手加減はせん。お前を縛っている神の力ごと、俺が真正面から打ち砕く」
一輝の背後で、不死鳥が紅蓮の両翼を広げた。
「アテナの敵は……消す!」
「鳳翼天翔!」
迫り来る炎を前にしても、ミロは退かなかった。高鳴る鼓動に合わせ、指先で燃える真紅の火がさらに圧縮されていく。
かつてカミュを呪縛から引き戻した熱が、黄金聖衣を内側から赤く染めた。
「すでに五発。残り十発だ、一輝!」
「生き残ったなら、今度こそ自分の意志で立ち上がれ!」
ミロの背後に現れた真紅の蠍が、炎を纏う尾を高々と掲げる。
「受けてみろ! スカーレットニードル――カタケオ!」
次の瞬間、視界を塗り潰す閃光とともに轟音が弾け、天蝎宮のすべてが紅蓮の爆炎へ呑み込まれた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アテナに心と小宇宙を支配された一輝と、本気を出したミロの激突となりました。
今回の戦闘やミロについて、感想をいただけると嬉しいです。