聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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鳳翼天翔とカタケオ・アンタレス――二つの炎が天蝎宮を揺るがす!

真紅の極星を受け、ついに倒れた一輝。
だが、不死鳥の闘志は十五の毒針を受けても消えてはいなかった!

死を覚悟してなお弟と仲間のために立ち上がる一輝へ、ミロが下した決断とは?

そして天蝎宮へ現れる、神邪霊聖衣を纏った射手座のアイオロス!

黄金聖闘士すら戦慄させる男が十二宮を駆け上がるとき、戦いの中心にいるはずのアッシュの不在が明らかになる!

君は、小宇宙を感じたことがあるか!



現れた射手座! 消えたアッシュの行方

【REMAINING TIME 07:33:00】

 

真紅の極星と不死鳥の炎が衝突した場所では、陥没した石床からいくつもの亀裂が伸び、折れた柱の破片が火の粉に交じって降り注いでいる。

 

やがて、宮を埋めていた光が薄れていく。

 

立っている者は一人しかいなかった。

 

ミロは右腕を伸ばした姿勢のまま、立ち込める土煙の向こうを見据えていた。黄金聖衣は炎と煤に包まれながらも、その表面に傷一つ刻まれていない。

最後まで勢いを失わなかった鳳翼天翔も、黄金聖衣を砕くには至らなかった。

 

だが、ミロの足元では石床が大きく抉れ、踏みしめた両脚の後ろに長い溝が残っている。

 

「見事だ、一輝」

 

伸ばしていた右腕を下ろすと、指先に集まっていた真紅の光が消えた。

 

「俺が纏っているのが黄金聖衣でなければ、いまの一撃で相討ちになっていたかもしれん」

 

一輝は柱へ背中から激突し、その根元に崩れ落ちていた。フェニックスの聖衣は大きく砕け、原形を失っている。砕けた聖衣の隙間からは、スカーレットニードルによって穿たれた十五の傷が覗き、その最後に刻まれたアンタレスから流れ出した血が腹部を染めていた。

 

一輝は動かない。

ミロはしばらくその姿を見つめていたが、やがて視線を宮の奥へ向けた。

 

「だが、俺にも退けぬ理由がある。アッシュ師範から託されたこの場所を、お前たちへ明け渡すわけにはいかん」

 

「悪く思うな。先へ行った二人を追わせてもらうぞ」

 

ミロが一歩を踏み出した直後、背後から擦れた声が届いた。

 

「まだ……だ……」

 

ミロの足が止まる。

一輝は血に濡れた手を柱へ押しつけていた。

 

腕にはほとんど力が残っていない。何度も滑り落ちながら、それでも指を石の裂け目へ食い込ませ、上半身を引き起こしていく。

 

その胸元から、小さな炎が立ち上っていた。

 

一輝の体内へ撃ち込まれたカタケオの熱が、心臓の鼓動に合わせて傷口から噴き出している。神の機工を焼き尽くした炎は役目を終えてなお肉体の内側に残り、血と小宇宙を燃料として一輝自身を焼き続けていた。

 

「もうよせ」

 

ミロは一輝へ向き直ったものの、戦いの構えは取らなかった。

 

「ただでさえアンタレスはスカーレットニードルを完成させる致命の一撃だ。それにカタケオの熱まで加わった。いま立ち上がれば、残された数分の命まで自分で削ることになるぞ」

 

「そのようなことは……関係ない……」

 

一輝は口元を押さえたが、指の隙間から血がこぼれた。それでも柱から手を離し、震える両脚で立とうとする。

 

「沙織お嬢さんを救わねば……星矢は進むことすらできん。紫龍も、氷河も……この先で戦っている」

 

「何があろうと、弟のため、俺を信じて戦う仲間のために……俺は止まらん」

 

肉体を内側から焼かれてなお、その瞳から戦意は失われていなかった。

 

神の命令に従っているのではない。

自ら選び取った理由のため、死へ向かって歩こうとしている。

 

その眼差しを真正面から受け止め、静かに息を吐いた。

 

「……そうだな。ここまで見せられて、なお拳を振るわせるのは無粋というものか」

 

天蝎宮を支える柱の一本へ近づくと、蠍を模した装飾の尾を指先で押し込んだ。

小さな駆動音とともに装飾の一部が横へ滑り、その奥から指紋認証装置が現れる。

 

ミロが親指を押し当てると、短い電子音が鳴った。

 

柱の内部に隠されていた保管庫が開き、白い冷気が足元へ流れ出す。その中央には、小さな医療用ケースが固定されていた。

 

「アッシュ師範は、用意が良すぎるところがある」

 

ミロはケースを取り出すと、内部に並んだアンプルの一本を掴んだ。透明な容器の中では、淡い青色の液体が凍りつく寸前のように揺れている。

 

「何を……するつもりだ」

 

「動くな。針が折れれば、余計な傷が増えるぞ」

 

「なに――」

 

一輝が反応するより早く、ミロはアンプルを首筋へ押し当てた。

圧縮された薬液が小さな音とともに注入される。

 

「ぐっ……!」

 

冷気が首から胸へ流れ込み、血管を通って全身へ広がった。

 

それまで内臓を舐め回していた灼熱が、冷たい小宇宙に包み込まれていく。

心臓を締め上げていた炎は急速に勢いを失い、傷口から噴き出していた火も細い煙を残して消えた。

 

一輝は胸を押さえ、驚きに目を見開いた。

 

「これは……」

 

「カミュに凍気を封じてもらった、カタケオ専用の冷却アンプルだ」

 

新たな一本を取り出し、今度は自分の首へ打ち込んだ。

 

聖衣の内側にこもっていた赤い熱が白い蒸気へ変わり、肩や胸部の隙間から噴き出す。

最後のカタケオ・アンタレスの反動は、術者であるミロの心臓にも決して軽くない負担を残していた。

 

「カタケオは、心臓へ集めた小宇宙を熱へ変える諸刃の剣だ。連発すれば、撃たれた相手より先に俺の心臓が焼き切れることもある。それを知ったアッシュ師範が、非常用として天蝎宮へ置かせた」

 

「それを……なぜ俺に使う」

 

「お前は死なせるには惜しい男だ。それでは不満か?」

 

ミロは空になったアンプルをケースへ戻し、保管庫の扉を閉じた。

 

「勘違いするな。アンタレスで受けた傷まで治ったわけではない。炎を抑えただけだ。無理に動けば、本当に心臓が止まるぞ」

 

一輝は柱へ背を預けたまま、自分の手を握り締めた。体内を焼いていた苦痛は引いたが、指先には力が入らず、視界もまだ激しく揺れている。

 

それでも宮の奥へ足を向けようとする。

 

「傷が残っていようと、俺は先へ行かねばならん」

 

「俺もここを動くつもりはない」

 

ミロは一輝の前へ戻り、宮の通路を塞ぐように立った。

 

「お前を殺さず、俺も二人を追わない。これで手打ちだ。そこで大人しくしていろ」

 

「ふざけるな……紫龍たちだけを行かせて、俺が座っていられると思うか」

 

足を踏み出そうとした一輝の膝が大きく揺れた。

 

だが、倒れかけた肩を、背後から伸びてきた手がしっかりと掴んだ。

力強く、それでいて気遣うような手だった。

 

「一輝。お前は、いまは休め」

 

その声を耳にした瞬間、一輝の動きが止まった。

 

声の主が近づくまで、小宇宙の気配を捉えることさえできなかった。あるいは、あまりに巨大な力が宮全体へ溶け込み、かえって一人の存在として認識できなかったのかもしれない。

 

「あ……アイオロス……」

 

そこに立っていたのは、射手座(サジタリアス)のアイオロスだった。

 

アイオロスの全身を包むのは、邪神エリスの力を取り込み、禍々しい赤光と神々しい輝きを同時に放つ射手座の神邪霊聖衣だ。

 

赤い翼から舞い落ちる光の粒が石床へ触れるたび、周囲の小宇宙が低く震える。

 

立っているだけで、天蝎宮そのものを押し潰しかねない圧力が広がっていた。正面からその姿を見据えたミロの肌を、黄金聖闘士となってから幾度も経験してきた死闘の中でさえ覚えのない緊張が走る。

 

「アイオリアを抜けてきたか」

 

「久しぶりだな、ミロ。…ここは通してもらうぞ」

 

威圧するために声を張り上げたわけではない。

ミロは無言のままアイオロスを見据えた。

 

右手を上げれば、戦いは始まる。だが、たとえ手負いであろうと、いまのアイオロスはもはや黄金聖闘士一人で止められる領域にはいない。戦えば天蝎宮は崩壊し、この場にいる一輝も巻き込まれるだろう。

 

長い沈黙の末、ミロは宮の奥を塞いでいた位置から一歩退いた。

 

「行け。サガが待っている」

 

アイオロスは目を細めた。

 

「ああ」

 

交わされた言葉は、それだけだった。

 

アイオロスは一輝にもミロにもそれ以上何も告げず、天蝎宮の奥へ歩き出した。

 

足音が聞こえなくなってから、一輝がミロを睨んだ。

 

「いいのか」

 

「アイオロスは随分と簡単に通したものだな。お前の信念とやらは、その程度だったのか?」

 

挑発を受けても、ミロは怒らなかった。

 

「俺では、あの男を止められん」

 

「手負いとはいえ、いまのアイオロスは俺たち黄金聖闘士とは別の次元に立っている。ここで戦っても、数分も足止めできまい。勝ち目のない戦いへ周囲まで巻き込むことを、信念とは呼ばん」

 

ミロはアイオロスが消えた通路を見つめたまま、さらに続けた。

 

「それに、この上で待つ聖闘士は、もう三人しかいない」

 

一輝の表情が変わった。

 

山羊座のシュラ。

 

水瓶座のカミュ。

 

そして、教皇の間で待つサガ。

 

しかし、黄金聖闘士たちを束ねているはずの男の名が、そこには含まれていない。

 

「待て……」

 

一輝は柱へ預けていた背中を離した。

 

「アッシュはどこにいる?」

 

ミロは答えない。

 

「聖域を改革し、この戦いの中心にいるはずの男が、十二宮にも教皇の間にもいないというのか。アッシュは、いまどこで何をしている!」

 

一輝の声が、アイオロスの通り過ぎた通路へ吸い込まれていく。

 

ミロはゆっくりと目を閉じ、胸元で腕を組んだ。

 

「お前は、そこで座っていろ」

 

「質問に答えろ、ミロ!」

 

「俺からお前に語る言葉は、もうない」

 

一輝は歯を食いしばり、ミロへ詰め寄ろうとした。

 

だが、一歩目を踏み出しただけでアンタレスの傷が開き、胸の奥へ鋭い痛みが走った。

 

「ぐっ……!」

 

喉までせり上がった血を堪えきれず、激しく咳き込む。力を失った膝が折れ、倒れかけた身体を再び柱へ支えられた。

 

ミロは目を開かなかった。

 

「大人しく座っていろ。一度死にかけても懲りん男だな」

 

「お前には……言われたくない……」

 

あの男は、いったいどこにいるのか。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、一輝とミロの戦いの決着後を描いています。

アンタレスを受けても立ち上がろうとする一輝と、その覚悟を認めながらも、自分の役目を捨てることはできないミロ。敵味方ではありますが、互いを一人の聖闘士として認め合う形で戦いを終えました。

そして、アイオロスが天蝎宮を通過したことで、十二宮の上に残る黄金聖闘士はシュラ、カミュ、サガの三人となります。

それでは、聖域を築き、この戦いの中心にいるはずのアッシュは、いまどこにいるのか。

次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
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