聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
そこで待っていたのは、かつてパライストラで紫龍へ聖剣の極意を授けた山羊座のシュラだった!
沙織を救うため、一刻も早く先へ進もうとする紫龍。
だがシュラは、帰還したアッシュへすべてを託し、その場で結果を待つという。
「アッシュを信じるという言葉を、自分が何もしないための言い訳に使うな!」
憧れた男だからこそ許せない!
師と弟子、二つの信念が磨羯宮で激突する!
そして紫龍最強の盾へ振り下ろされる、シュラ渾身の聖剣エクスカリバー!
果たして龍の盾は、最強の聖剣を受け止めることができるのか!
君は、小宇宙を感じたことがあるか!
【REMAINING TIME 07:00:00】
上下も左右も存在しない超空間の中で、紫龍は自分の身体がどこへ運ばれているのかさえ分からなくなっていた。
どれほどの時間が経ったのか。
星々にも似た無数の光が周囲を駆け抜けるたび、十二宮からさらに遠ざけられているようにも、逆に目的地へ近づいているようにも感じられる。
紫龍は意識を手放さなかった。修行の日々を思い出し、荒れ狂う空間の流れへ抗いながら、わずかでも足場となる場所を探し続ける。
やがて前方に白い光が生じた。
出口だと理解した瞬間、全身へ強烈な圧力が加わる。
投げ出された身体が境界を突き破り、紫龍は受け身を取る間もなく、床へ背中から叩きつけられた。
「こ……ここは……?」
視界が定まるより先に、肌が周囲の気配を捉えた。
宮の中央に、一人の男が立っている。
山羊座の黄金聖衣を纏い、右手は身体の前へ軽く掲げられているだけだが、指先から肘、肩へ至るまで、そのすべてが一振りの剣を思わせる。
構えに力みはなく、それゆえにどこから斬撃が放たれるのかを読み取ることもできない。
「ここは磨羯宮。俺の預かる第十の宮だ」
男の声が、張り詰めた空気の中を静かに進んでくる。
「久しぶりだな……紫龍よ」
「シュラ……! やはり、貴方がこの宮を守っていたのか」
驚きはあった。しかし、同じほど懐かしさもあった。
パライストラで相対した日から、紫龍は幾度となく彼の教えを思い返してきた。
シュラから授けられたのは、単に腕へ小宇宙を集中させる方法ではない。
敵を斬ると決めた瞬間、迷いも恐怖も捨て去り、自らの肉体すべてを一本の刃へ変える。その覚悟こそが、聖剣エクスカリバーの基礎だった。
だが、再会を喜んでいる時間は残されていない。
紫龍が立ち上がるのを待ってから、シュラは右手をわずかに傾けた。
「パライストラ以来か。俺の授けたエクスカリバー……よもや、なまってはおるまいな」
試すような声音だった。
以前の紫龍ならば、その一言だけで胸を躍らせたかもしれない。
もう一度この男と拳を交え、自分がどこまで辿り着いたのかを示したいという思いは、今も心のどこかに残っている。
しかし、そのために失ってよい一秒などなかった。
「シュラ、そこをどいてくれ。俺たちには時間がないんだ。沙織さんを……アテナを助けるために、どうしても先へ進まなければならない!」
紫龍の懇願を聞いても、シュラは道を譲ろうとしなかった。
代わりに顎を上げ、はるか頭上に浮かぶ表示を示す。
【REMAINING TIME 07:00:00】
「何を言う。上を見ろ、まだ七時間も残っているではないか。久方ぶりの再会なのだ。少しくらい俺に付き合っても、罰は当たるまい」
七時間も、ではない。
紫龍たちにとっては、もはや七時間しか残されていなかった。
麓では二つの巨大な小宇宙がぶつかり合っている。
星矢の燃え上がるような小宇宙と、それを正面から迎え撃つアッシュの小宇宙。そのどちらも十二宮全体を揺るがし、戦いが決して予断を許さないことを、ここにまで伝えている。
ここでシュラを説得し続けても、道が開かれるとは思えなかった。
「くっ……ならば仕方ない! 力ずくでも通らせてもらうぞ、シュラ!」
紫龍は腰を落とし、右拳を大きく引いた。
全身を巡る小宇宙が腕へ流れ込み、背後に緑色の龍が浮かび上がる。
最初の一撃でシュラを退かせ、そのまま磨羯宮を突破する。
「廬山昇龍覇――ッ!」
拳が振り上げられた瞬間、龍が咆哮とともに解き放たれた。
大瀑布を逆流させるほどの力が石床を捲り上げ、一直線にシュラへ襲いかかる。
巨大な龍の顎が黄金の姿を呑み込んだ――そう見えた次の瞬間、その輪郭がわずかに揺らいだ。
残像だと気づいたときには、紫龍の拳は何もない空間を打ち抜いていた。
「どうした、紫龍! パライストラで俺に挑んだときよりも、技が鈍っているぞ!」
声が背後から降ってくる。
振り返ろうとした紫龍の肩へシュラの足が掛かり、もう一方の脚が腰を捉えた。昇龍覇を放った勢いがまだ前方へ残っている。
シュラはそれに逆らわず、自らの身体を回転させることで、紫龍の力そのものを投げ技へ変えた。
「そうら! 自分の技の勢いで吹き飛ぶがいい! ジャンピングストーン!」
天地が反転した。
紫龍の身体は弧を描いて磨羯宮の天井近くまで跳ね上げられ、そのまま石柱へ激突する。背中から突き抜けた衝撃で柱に無数の亀裂が走り、崩れた石材とともに床へ落下した。
「ぐわあああああッ!」
全身が軋み、肺の奥から血の味が込み上げる。それでも紫龍は倒れたままにならず、砕けた石材へ手をついて身体を起こした。
目の前では、シュラがすでに元の位置へ戻っている。
「お前たちが先へ進みたい理由は分かっている」
シュラは追撃せず、苦痛に耐えながら立ち上がろうとする紫龍を見下ろしていた。
「城戸沙織を救うため、アテナの盾を求めて女神像まで辿り着く。その覚悟を笑うつもりも、仲間を思う気持ちを否定するつもりもない。だが、俺たちがここを通さぬ理由も、すでに理解していよう」
「神の……機工……」
「そうだ。ゆえに俺はこの磨羯宮を離れず、お前は俺を越えなければ先へ進めない。だが、この仕組みに従うためだけに、我々が互いの命を奪い合う必要まではない」
シュラは右腕を下ろし、麓の方角へ目を向けた。
磨羯宮を隔てる厚い壁の向こうからも、二つの小宇宙が絶えず押し寄せている。
神聖衣を纏った星矢の力はあまりにも激しく、それと相対するアッシュの小宇宙は、深い海のように底を知ることができない。
「お前も感じているはずだ。麓で燃える星矢の小宇宙も、アッシュ師範の小宇宙もな。すでにあの方は戻られた。ならば、城戸沙織を救うための手も考えているのだろう。ここで無理に先を急がずとも、我々はその結果を待てばよい」
「だからこそ、急がなければならないのだ!」
「アテナの盾に沙織さんを救う力があるのなら、一刻も早く女神像へ辿り着かなければならないんだ!」
その言葉を受けても、シュラの表情は変わらなかった。
「アッシュ師範には考えがある。俺たちは、それを待てばよい。それで城戸沙織が死ぬのなら……仕方あるまい。アッシュ師範にできないのであれば、ほかの誰にも救うことはできんのだからな」
紫龍は、自分の耳を疑った。
沙織を救うことができなければ仕方がない。その結果を、ただここで待つ。
それが、かつて自分に教えを授けた男と同じ人物の言葉だとは思いたくなかった。
パライストラで見たシュラは、誰かの判断へ自らの運命を預ける男ではなかった。
己が正しいと信じた道へすべてを懸け、その結果として倒れることさえ恐れない、研ぎ澄まされた剣のような男だった。
だからこそ紫龍は彼に憧れ、授けられた聖剣を誇りとしてきたのだ。
それが今は、アッシュならば何とかする、アッシュにできなければ仕方がないと他人へ委ねている。
胸の痛みを上回る怒りが、紫龍の中で燃え上がった。
「なんと……見損なったぞ、シュラ!」
「俺がパライストラで憧れた男は、そのような軟弱者ではない! 誰かに任せたからと自らの足を止め、望まぬ結果さえ黙って受け入れる男ではなかったはずだ。アッシュを信じるという言葉を、自分が何もしないための言い訳に使うな!」
満ちていた小宇宙が、それまでとは異なる激しさで揺れ始める。柱の表面へ細い亀裂が生じ、紫龍の周囲に落ちていた石材が、触れられてもいないのに滑らかな断面を残して割れていった。
「自らの信念を吐くというのなら、言葉ではなく、その聖剣で示してみろ! この紫龍を破り、力ずくでここへ留めてみせるがいい!」
長い沈黙の後、シュラの口元から、かすかな笑みがこぼれた。
「……よかろう。そこまで言われてなお手加減をすれば、山羊座の名が廃るというものだ」
下ろされていた右腕が、ゆっくりと持ち上がる。
「ならば受けてみよ、紫龍。我が生涯を懸けて研ぎ澄ませた、聖剣エクスカリバーを!」
シュラの右腕から放たれる小宇宙を見て、紫龍は避けようとはしなかった。
左腕を正面へ掲げると、龍の盾が黄金の輝きの中へ押し立てられる。
幾多の死線で紫龍の命を守り、ダイヤモンド以上の硬度を誇る最強の盾。
シュラの聖剣がいかに強大であろうと、この盾ならば受け止められる。
そうでなければ、自分は彼を越えることなどできない。
「ドラゴンの最強の盾が受けて立つ! 俺は貴方の聖剣を受け止め、そのうえで磨羯宮を突破する!」
「最強の盾か。だが、俺を相手に守りを選んだことが、お前の甘さだ!」
シュラの右腕が振り下ろされた。
盾へ衝撃が伝わると考え、紫龍は全身へ力を込めた。
しかし、何も感じなかった。
激突音も、左腕を押し戻す重圧もない。あまりに鋭い斬撃は抵抗そのものを生じさせず、龍の盾を通り抜けていた。
わずかに遅れて、乾いた音が磨羯宮へ響いた。
紫龍の目の前で、盾の中央へ一本の線が走る。
止める暇などなかった。
幾度となく紫龍の命を救ってきた最強の盾が、真っ二つに分かれた。
盾を掲げていた左腕には傷一つない。
シュラの斬撃は、紫龍の腕を切断することなく、盾だけを正確に断ち切っていた。
それが単なる力任せの一撃ではなく、紫龍の防御を完全に見切ったうえで放たれたものだと理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「な……なんだと……?」
「ドラゴンの盾が……たった一撃で……」
呆然とする紫龍の前で、シュラは振り下ろした右腕を再び静かに構えた。
「甘いと言ったはずだ、紫龍」
右腕に宿る小宇宙が、再び鋭い光を放つ。
「俺の鍛え上げた聖剣の前に、斬れぬものなど存在しない」
紫龍「シュラ。一つ聞いてもいいだろうか」
シュラ「なんだ」
紫龍「なぜ俺の盾だけを斬った?」
シュラ「腕まで斬ったら、このあと困るだろう」
紫龍「戦っている最中に、ずいぶん優しいな」
シュラ「弟子の腕を再会早々切り落とす師がどこにいる」
紫龍「最強の盾は真っ二つになったが」
シュラ「盾は直せる」
紫龍「俺の心は少し傷ついたぞ」
シュラ「それも鍛え直せ」
紫龍「無茶を言うな!」
シュラ「そもそも俺のエクスカリバーを盾で受けようとしたお前が悪い」
紫龍「最強の盾なのだから、試したくなるだろう!」
シュラ「そういうところは昔から変わらんな……では次は、その盾なしで俺の聖剣をどう破るか見せてもらおう」
紫龍「望むところだ!」
シュラ「よし。その意気だ」
紫龍「……やはり、少し楽しんでいないか?」
シュラ「久しぶりに弟子と戦えるのだ。少しくらいはな」