聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜   作:斉宮 柴野

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十三年の時を越え、ついに激突するサガとアイオロス!

銀河と光が人馬宮を揺るがす中、二人は少年の日と変わらぬ拳をぶつけ合う!

だが、背負うものはもう同じではない。

人間の聖域を守るため、沙織を神の機工ごと葬る覚悟を決めたサガ。

娘も、親友も、何一つ失うことを認めないアイオロス。

残酷な言葉の裏に隠された、サガの本当の思いとは?

親友だからこそ譲れない!
十三年前に果たせなかった決着は、やがて二人の未来そのものを懸けた殴り合いへ!

サガか、アイオロスか。
最後まで立っているのはどちらだ!

君は、小宇宙を感じたことがあるか!


さらば少年の日!サガVSアイオロス

「ギャラクシアンエクスプロージョン!!!!」

 

両腕の間で圧縮していた銀河を、サガは真正面へ解き放った。

 

渦を巻く星々が床を抉り、人馬宮を根元から揺さぶる。爆発の先にいるアイオロスが右腕を引くのを捉えたときには、眩い光が拳の周囲へ集まり終えていた。

 

「ケイロンズ・ライト・インパルス!!!!」

 

光の暴風が銀河の中心へ突き刺さった。

 

衝撃は互いの奥義を押し返すだけでは収まらず、床を走っていた亀裂を壁へ、天井へと広げていく。崩れ落ちた石材さえ、二つの小宇宙に挟まれた途端、粉々に砕けた。

 

サガは両足を床へ食い込ませ、押し戻される腕に力を込め直した。注ぎ込んだ分だけ銀河は膨らむ。アイオロスの光も同じだけ強まり、境界は人馬宮の中央から一寸も動かなかった。

 

互角。

 

数え切れぬほど拳を交え、一度として決着をつけられなかった少年時代と同じ言葉が、胸の内に浮かぶ。

 

「アイオロス!! お前に勝つ!!」

 

「負けるわけにはいかん!! サガ!!!!」

 

光の向こうから届いた声は、記憶の中にあるものと変わらなかった。追い詰められても、苦痛に膝を折りかけても、自分が敗れる姿など最初から考えていない声だ。

 

あの男を倒してこそ、ここまで歩んできた道を証明できる。

 

床を蹴った。

 

光の中からアイオロスも飛び出す。考えることまで同じか。

荒れ狂う奥義の境界へ左右から踏み込み、拳の距離まで一気に詰めた。

 

アイオロスの右拳が頬骨を打ち、視界が横へ流れる。サガは首を振られた勢いに逆らわず、腰を回して左拳を脇腹へ叩き込んだ。腹筋を固めて受けたアイオロスの額が鼻先へ迫り、咄嗟に顎を引いた頭蓋へ重い衝撃が響く。

 

背後では銀河と光の暴風が押し合っている。一歩退いた側が、行き場を失った二人分の奥義に呑まれる。防御に回した拳の数だけ押し負けると知っているため、頬を打たれれば腹を抉り、顎を狙われれば肋骨を砕きにいくしかなかった。

 

口元が切れ、血の味が広がる。アイオロスの眉から飛んだ血も頬にかかった。

 

痛みが増すほど、サガの内側では歓喜に似た熱が膨らんだ。

教皇の座を争っているのではない。憎しみに任せて殺し合っているのでもない。

互いが選んだ聖域の未来を背負い、その正しさを全力でぶつけられる相手が目の前にいる。

 

背負うものは、あの頃より遥かに重い。

 

何度殴っても倒れない。わずかな隙へ、必ず拳を差し込んでくる。

アイオロスは、何も変わっていなかった。

 

懐かしさに呼吸を緩めたつもりはなかった。

 

アイオロスの身体が低く沈み、踏み込んだ右足の外側へ潜り込む。その拳が肋骨の下へ突き上がった。

 

「ぐぅ!!」

 

肺から息を押し出され、両足が床を離れた。銀河と光の境界を背中から突き抜け、奥へ吹き飛ばされる。サガは空中で身を捻り、踵を床へ突き立てた。石を削りながら勢いを殺したものの、胸当てには深い亀裂が走っていた。

 

サガの拳も、同じだけアイオロスを捉えていた。

 

実力差ではない。あの赤い聖衣だ。拳を受けるたびに軋みながら、黄金聖衣より深く衝撃を受け止めていた。

 

装備の差を言い訳にする気はない。あの聖衣を得た経緯も含めて、いまのアイオロスが築いた力なのだ。

 

「アトミックサンダーボルト!!」

 

考え終えるより早く、光速の雷撃が視界を埋め尽くした。ひび割れた黄金聖衣で正面から受ければ、胸を貫かれる。

 

「まだだ!! マウロスエラプションクラスト!!!」

 

胸の前で両腕を交差させ、足元の空間を割る。噴き上がった溶岩が雷撃へ襲いかかり、光を呑み込んだ。雷は溶岩を穿ち、溶岩は雷を押し流し、二つの力はサガへ届く直前で砕け散った。

 

爆風を腕で払いながら跳び退く。アイオロスも追わず、舞い散る火花を挟んで呼吸を整えていた。

 

鼻から落ちた血を親指で拭い、サガは改めて相手の聖衣へ目を向けた。黄金とも白銀とも違う装甲から、神聖さと禍々しさを併せ持つ赤い小宇宙が立ち昇っている。

 

「随分と……面白い聖衣だな」

 

「俺と妻の、愛の結晶だ」

 

アイオロスは傷だらけの胸を張った。照れも冗談も見当たらない。

よくもそこまで真顔で言えるものだ。翔子が絡んだ途端、恥ずかしさまで吹き飛ぶらしい。

 

「……アラサーが、恥ずかしげもなく……」

 

「お前も妻を持てばわかるさ! 行くぞ!! エクレウス!! 流星拳!!」

 

アイオロスの背後で、白い子馬が前脚を上げた。引かれた拳が霞んだ直後、光速の流星が正面と左右から押し寄せる。

 

「なに!! アナザーディメンション!!」

 

サガは眼前の空間を捻じ曲げ、流星を亀裂の向こうへ送り込んだ。すべてを受け流しながら空間をさらに折り畳み、その出口をアイオロスの背後へつなぐ。

 

歪みを抜けた先に、無防備な脇腹があった。腰を回して振り抜いた踵が、神邪霊聖衣の継ぎ目へ食い込む。

 

「ぐはっ……! やるな!」

 

横へ飛ばされたアイオロスは、柱へ衝突する寸前に身体を返し、両足から壁へ着地した。そのまま床へ戻ったが、蹴りの感触は浅くない。脇腹を庇いたいはずの腕は、下がることなく構えを保っていた。

 

「お前こそ」

 

サガも拳を構え直した。

 

荒い呼吸が重なる。土煙の向こうで視線が交わった瞬間、頬を流れる血の熱さが、遠い日の泥の感触を連れてきた。

 

修練場で足を取られ、最初に倒れたのがどちらだったかは覚えていない。

だが、立っていたほうの足首を掴み、道連れにして泥へ引き倒したことは覚えている。

教官に引き剥がされるまで殴り合い、喧嘩の理由も忘れた頃には、腫れた顔を見合わせて笑っていた。

 

拳の速さ、修練場へ着いた順番、次の模擬戦で誰と組むか。譲れないことばかりだった。その中でも、いつか聖域を背負うのはどちらかという話だけは、最後まで決着しなかった。

 

やがて二人で背負えばよいという答えに辿り着いた。

 

一方が道を誤れば、もう一方が拳で殴ってでも連れ戻す。隣を歩くことに疑問を抱かなかった少年たちにとって、あまりにも自然な約束だった。

 

目の前にいるのは、もう少年ではない。

妻を持ち、娘を育て、自ら選んだ神の側へ立つ男だ。サガもまた、あの頃のままではいられなかった。

 

「……我ながら、甘い夢を見たものだ。俺が過去の幻影にすがりつくなどと……」

 

野心も憎悪も、他者を踏みにじってでも前へ進もうとする衝動も、初めからサガの中にあった。

 

善だけが本物。悪は異物。

 

そう切り分けようとしたから、魂まで二つに裂けた。

 

いまは違う。どちらも自分だ。相反していた小宇宙が一つの肉体を奪い合わず、同じ方向へ流れている。

 

「だが……俺達は選んだ。この道を歩むと」

 

アッシュとともに、神の都合で人間が使い潰されない聖域を作る。そのためにアイオロスを倒さねばならないのなら、少年の日の約束を拳の言い訳にはできない。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

アイオロスにも、少年の顔が見えていた。

 

手を抜けば即座に見抜かれ、迷えば先へ行かれる。追いつくために拳を振るい、追い越されたくなくて立ち上がるうちに、隣へ並ぶことが当たり前になった。

 

あの頃のサガを取り戻したいわけではない。

 

目の前にいる男は、善も悪も抱えたうえで自分の道を選んでいる。過去の約束を持ち出して引き戻そうとすれば、現在のサガを否定することになる。

 

ならば、自分も現在の拳で勝つしかない。

 

「楽しかったな……。でも……それは、もう夢なんだよ」

 

口にした瞬間、胸の奥が軋んだ。

 

幼い沙織の手を引いた日々が、修練場へ重なる。転んで膝を擦りむけば泣き、褒めれば照れながら笑い、星矢の話になると隠しきれずに頬を緩めた。女神の化身であるより前に、アイオロスと翔子が育ててきた娘だった。

 

神の仕組みに飲ませるため、十三年見守ってきたのではない。

 

サガにも、アッシュにも、神へ従う者にも、沙織の生を終わらせる権利はない。

 

胸の奥から噴き上がった小宇宙へ、遥か東から届いた神気が重なる。よく知る温もりが、赤い光となって神邪霊聖衣の亀裂を包み込んだ。

 

翔子。その奥にエリスがいる。

 

禍々しい神気。関係ない。翔子を通して届いた。遠く離れた日本から、妻も拳を重ねている。

 

一人ではないと確かめた瞬間、身体に残っていた迷いが消えた。

 

サガも、統合した二つの小宇宙を燃やしている。人馬宮の床が二人の足元から崩れ始めたが、どちらも相手から視線を外さない。

 

これ以上、言葉を交わしても譲れない。

 

アイオロスが床を蹴る。サガも同じ瞬間に踏み込んだ。

 

「「行くぞ! どちらかが勝者で、どちらかが敗者となるための決着を!!!」」

 

声まで重なった。

 

互いの全小宇宙を拳へ集め、残された距離を一息で突き抜ける。銀河を纏う拳と光の暴風を纏う拳が衝突した瞬間、骨を軋ませる衝撃が肩から全身へ抜けた。

 

押し返されまいと踏ん張った足元が砕ける。逃げ場を失った小宇宙が二人の間で膨張し、神邪霊聖衣の胸当てへ亀裂が走った。赤い光が途切れ、肩の装甲が弾け飛ぶ。サガの黄金聖衣も同時に砕け、無数の破片が白光の中へ舞い上がった。

 

防具を失った胸へ、爆発が直接食い込んだ。

 

「がはっ……!!」

 

アイオロスの身体は壁まで吹き飛ばされ、背中から石材を砕いた。反対側では、サガも崩れた壁の下へ消える。

 

「ぐぅっ……!!」

 

互いの姿は土煙に隠れたが、小宇宙は消えていない。

 

胸の奥から込み上げた血を吐き、アイオロスは上に重なった瓦礫へ両腕を押し当てた。肩が抜けそうな痛みに耐えて石材を退けると、土煙の向こうでも瓦礫が動いた。

 

サガが立つ。

 

片膝が揺れ、口元から血を流し、黄金聖衣も失っている。技として放てるほどの小宇宙は、もうどちらにも残っていない。

 

アイオロスも壁へ手をつかず、両足だけで身体を支えた。

 

ここまで来て、言葉だけで道を譲る男ではない。

 

残った拳で決めればよい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

一歩ずつ近づいてくるアイオロスを見ながら、サガも右拳を握った。

 

幼い頃なら、立ってきたことを喜べた。

 

いまは倒す。

 

負ければ、沙織の肉体を使って目覚めようとしている神の機工を止める機会まで失う。

 

間合いへ入った瞬間、右拳を振り抜いた。

 

頬を打ち抜く感触が、砕けかけた指の骨へ返ってくる。

 

「ぐはっ……!」

 

アイオロスの首が横へ振られた。だが、足は床から離れない。

 

拳だけでは足りない。

 

父親として沙織を失ったことを認めさせ、神への怒りを向けさせなければならない。

この先でサガが何を選ぶことになっても、自分ではなく、娘を奪った機工を憎んで生きられるように。

 

「ふざけるなよ、アイオロス! 目を見開いて現実を見ろ!!」

 

胸ぐらを掴み、顔を引き寄せる。腫れた瞼の奥に、まだ希望を捨てていない光が見えた。

 

「城戸沙織は死んだ! 神の機工に飲まれたんだ! お前が今、意地を張る理由なぞ……とっくに神に奪われているだろうが!!」

 

「……っ! サガ……お前……」

 

見開かれた目に浮かんだ痛みが、サガの胸へも刺さった。

 

言ってよい言葉ではない。だが、父親を名乗るのなら見なければならない。

城戸沙織の意思が、同じ肉体に宿る神の機工によって押し退けられている現実を。

 

「言っただろうが! 他ならないお前自身が、『無くしたものは戻ってこない。今あるものを大事にする』と! あれは何だ! 今と比べてみろ!」

 

胸ぐらを放した手で、もう一度頬を殴る。アイオロスは床を転がり、片腕をついたまま荒い息を吐いた。

 

昔から、この男は誰も捨てなかった。敵対した相手にさえ手を伸ばし、最後には全員で笑える道を探した。だから人が集まり、サガも、アイオロスとなら聖域を背負えると思った。

 

いまは、その優しさが失ったものを失ったと認めないための言葉へ変わっている。認めさせなければならない。たとえ、自分が最も残酷な役を引き受けることになっても。

 

「失ってもすがりつくための言い訳か!? しけた面しやがって! まだ甘いこと言ってカッコつけるのか! 年を考えろ!!」

 

拳を握り直すたび、骨が擦れる痛みが走った。相手を殴れば自分の手も傷む。

当たり前の感覚が、目の前にいるのは、かつて並んで聖域を背負うと誓った親友だと思い出させる。

 

痛みを理由に止めることはできない。

 

「今のお前は、残ったものが石でも宝石でも区別できていない! 全部取り上げられてから、落ちてるものを必死に抱えて泣いているガキだ! 何が父親だ!!」

 

床へ押し倒し、アイオロスの上へ跨がる。胸座を掴んで引き起こすと、抵抗する力はほとんど残っていなかった。

 

戻らないのなら、奪った相手を憎め。

救えるという言葉だけを繰り返し、決断を誰かへ押しつけるな。

 

「返ってこない! 何も! 何も!!! 何一つだ!!! なのに、いつまで化石みたいな理論をほざいてやがる!! 悔しくないのかよ!! 『殺してやる』って吠えてみろよ!! アイオロス!!!」

 

叫ぶたび、喉の奥から血の味が上がる。アイオロスは答えず、腫れた目でサガを見返していた。

 

怒れ。憎め。沙織を奪った神を殺すと叫べ。

 

そうしてくれれば、サガが沙織を手にかけたあとも、アイオロスは自分ではなく神を憎んで生きられる。

 

胸を離し、立ち上がった。

 

「それに……時間もない。俺は俺のやり方で、この聖域を守る」

 

拳についた血を振り払い、人馬宮の入口、その遥か先へ意識を向ける。

 

「時間だと? ……ないのはこちらのはずだ。沙織の胸に刺さった矢のタイムリミットが……」

 

「神の機工を舐めるなよ? あんな矢一つで、おとなしく死んでくれるかよ。肉体の死の前に、神の機工が暴走する。人間が一矢報いるには……今しかないんだ」

 

麓では、アッシュと星矢の小宇宙が激しくぶつかっている。その二つの間から、さらに巨大な小宇宙が膨れ上がっていた。

 

人間の迷いも、痛みも、願いも、初めから数へ含めていない冷たい力だ。

城戸沙織の肉体を中心に広がりながら、そこに宿る人間の意思を押し潰すように増大している。

 

完全に目覚めれば、聖域の内輪争いでは済まない。神へ向けて人間が拳を振るえる時間は、もう僅かしか残されていなかった。

 

「人間の勝利を願って、何が悪い!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

アイオロスは床へ片膝をついたまま、その叫びを聞いていた。

 

殴られた頬より、胸の奥が痛んだ。

 

サガの言葉が傷口へ押し込まれるたび、認めたくない現実が形を持っていく。

だが、怒りに任せて殴り返すより先に、一つの疑問が引っかかった。

 

なぜ、サガはここまで必死に自分を怒らせようとするのか。

 

本当に沙織を諦めさせたいだけなら、倒れたまま放置して先へ行けばよい。

拳を痛め、声を枯らし、憎まれるための言葉を選ぶ必要はない。

 

また、一人で決めるつもりなのだ。

 

ふざけるな。

 

昔から肝心なところで勝手に先へ行き、誰にも相談せず、正しい顔で一番重いものを持っていく。

 

アイオロスは瓦礫へ手をつき、震える脚を立たせた。サガの前で膝をついたまま、この話を終わらせるわけにはいかない。

 

「お前が……お前こそ、何を言ってるんだよ。サガ、お前らしくないじゃないか。弱気になるなよ! 神の化身と言われたお前だろう?」

 

「俺とお前で、神の機工を打倒して沙織を救えばいい! そして、この聖域は人間のもの、日本が神域。それで解決じゃないか。簡単なことだ。俺とお前が手を組めば不可能なんてない! それに……アッシュもいる!」

 

簡単でないことくらい、分かっていた。方法は見えない。機工を壊せば沙織も死ぬというサガの結論を、論理で覆す答えも持っていない。

 

答えが見つからないことと、沙織を殺してよいことは同じではない。

 

十二宮を守るために娘を諦め、親友に娘を殺させ、その親友まで失って生き残る。

それを現実と呼ぶくらいなら、現実のほうを殴り倒す。

 

「もうやめよう。聖闘士らしくいこうじゃないか。地上の愛と正義のために、奇跡を起こすんだろう?」

 

サガの視線が落ちた。

 

「……それができればな」

 

拒絶ではなかった。僅かでも、こちらの言葉を信じたいサガが残っている。

その迷いへ手を伸ばしかけたアイオロスを、低い問いが止めた。

 

「なら聞くが……どうやって止めるつもりだ?」

 

「それは……」

 

答えられなかった。

 

「そうだ! お前の妻の翔子は、邪神エリスに『憑依』されただけだ! だから二人は独立できる。だが! 城戸沙織はアテナの『化身(転生体)』だ! 引き離すことすらできん!!」

 

翔子とエリスは重なっていても、別々の魂として存在できる。沙織とアテナは違う。アテナが人として生まれた肉体そのものが城戸沙織であり、神の機工だけを取り出せる境界など、初めから存在しない。

 

分かっている。分かっているからこそ。

 

「お前は昔からそうだ……決断できず、肝心なところで俺やアッシュが決断するんだ。……だから、俺が選んでやる。八方美人が……こんな時にもしっかりかましやがる」

 

どちらか一つを選べと迫っているのではない。最初から何も選ばせず、自分だけが悪として死ぬつもりなのだ。

 

「……だめだ。お前に、沙織は殺させない」

 

低くなった声に、サガが顔を上げる。

 

沙織は、失うことのできない宝石だ。だが、目の前で自分を憎ませようとしている男も、殴り合い、いつか二人で聖域を背負うと誓った親友だった。

 

どちらを選んでも片方を失うのなら、その二者択一を拒む。

 

「勝手に、俺の宝石に手を付けるなよ。お前だって親友だ。……俺に選ばせるなよ! 誰に許可を取ってバカなことを!」

 

サガの目が僅かに開いた。

 

「攻めてきたのは、お前たちだろうが!!」

 

「そうだ! だから何だ!!」

 

理屈になっていないことは承知している。

 

沙織も救う。サガにも殺させない。アッシュとともに神の機工を止め、全員で明日へ進む。不可能という言葉を突きつけられた程度で、捨てる相手を選ぶ気はないんだ。

 

「いつまでもメルヘンを聞かせるなよ!!」

 

サガの右拳が顔面へ迫る。

 

避けようとした脚は、もう動かなかった。

 

骨まで揺らす衝撃に身体が宙へ浮き、血を散らしながら人馬宮の奥へ飛ばされる。背中から壁へ激突した途端、崩れた石材が肩と腹へ降り注いだ。

 

視界が暗く沈みかける。

 

サガも限界のはずだ。立てる回数は、互いに一度か二度しか残されていない。

 

ならば、最後まで立つ。

 

少年の頃と同じように、どちらかが動けなくなるまで拳を交わす。ただし、勝ったほうが一人で未来を選ぶためではない。

 

二人とも、何一つ捨てずに明日へ進むために。




アイオロス「しかしサガ。戦っている最中にアラサー、アラサーと言いすぎではないか?」

サガ「事実だろう」

アイオロス「お前もだろう!」

サガ「俺は別に気にしていない」

アイオロス「俺だって気にしていない!」

サガ「日本で若く見られるよう努力している、と自分で言っていたではないか」

アイオロス「…………」

サガ「効いているな」

アイオロス「うるさい! それよりお前こそ妻を持て!」

サガ「なぜそうなる」

アイオロス「妻を持てば分かる。『俺と妻の愛の結晶だ』という言葉が、どれほど自然に出るものなのか」

サガ「分かりたくない」

アイオロス「翔子は素晴らしいぞ」

サガ「そうか」

アイオロス「料理も上手い」

サガ「そうか」

アイオロス「俺のことも大好きだ」

サガ「もういい」

アイオロス「娘も可愛い」

サガ「戦闘を再開するぞ」

アイオロス「なぜだ!?」

サガ「お前を殴りたくなった」

アイオロス「結局、十三年前と何も変わっていないではないか!」

サガ「その点は同感だ」

今後の『聖闘士星矢異伝』は――  ※アスガルド編・ポセイドン編については、すでにプロットがあります。

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